1:異世界トリップ

私は絶望しながらソファに沈んでいた。
雀の涙のようなボーナスが出たときに、自分へのなけなしのご褒美として買ったソファ。
人をダメにするという売り文句通り、このソファに沈んでいるともう何もしたくなくなる。

食事もいいや。
トイレもいいや。
なんだか全て無気力で、宙にふわふわ浮いているような気分だ。
脳みそが軽い。
ぶっちゃけやばいんだと思う。

「会社を、クビに、なりました……」

口に出すとズガンと心臓に響いた。
いったたたたたたたたた!
ふわふわの脳みそでも心臓は攻撃してくる。マジでやめて。

体は私を甘やかしてはくれないのに心を傷つけるのは得意だ。
……違うか。
私が身体を酷使し続けて、心とか、自分自身を労ってあげなかったんだよねぇ。報復? 自業自得? ごめんね。
なんかもうわけ分かんなくなってきた。

正直、まだ22歳なのでこれからの人生どうとでもなる。
いろんな生き方があるはずだし、私は一つのレールから外されてしまっただけ。

でもすんごく疲れているんだ。
真面目に頑張っても報われなかったなぁ。
大見得張って一人で東京に出てきて、こんなになって、応援してくれていた実家の家族に申し訳ないくらい。
涙が溢れる。まだ枯れないんだ。人間ってどこまで泣けるんだろう。

「帰り……たくは、ないなぁ……」

恥ずかしいの。
私、見栄っ張りだから。
短大行かせてもらってこの結果なんて、すんごい申し訳ないし。
全部上手にできなくてごめんなさいって、私はもう駄目だって、そんな気持ちと心中してしまいそう。

「くらくら」

ついに擬音まで言葉に出てきちゃったよ。
大変。とても痛い子じゃないか。誰も見ていないけどね。

ふわふわした心と体のままで、ひたすらソファに甘えた。
もう存分にダメにしてくれ、たのむ。

明日の予定もないんだから、べつに、アラームを気にする必要もないし。
このままでいさせて………………。

もらえなかった。

目の前が急にピカッッッと明るくなる。

「ーーなに!?」

なけなしのまどろみを邪魔されたことにとっさにマジギレした私は、さすさすと手を動かした。

砂、砂利、地面。はい? なんだこれ……?
私のソファはーーー!?

明るいのは外にいるから? えっ昼? なんで……?
クビを宣告された夕方、そしてメンタルが死んだ夜はどうした? どこにいったの。

全部夢だったっていうの?

そんなおふざけは許さないんだけど……。
会社をクビになってなかったとしても、私はもう絶対に出社するもんか。
……クビになってへこんだからって、また会社に戻りたいとは限らないんだよおおお激務のブラック企業で過ごしていたからね!!
はい、もう終わり!
私は人生の選択を間違えて疲れた!!!!

情緒不安定は許してよ。もういろいろ無理なんだよ。
何言ってるのかわかんなくなってきた。

ここまで、私、ひたすらぼうっと俯いて、ついに泣き始めてしまったんだけど。

<オマエは……っ>

声が上から降ってきた。獣みたいな低い唸り声とともに。妙な響き。
目の前に真っ白の毛皮が現れる。

「はっ?」

思わず撫で回した。さわさわさわさわふわふわモフモフモフ……とてもいい。
そうだここで寝るわ!!!!

<オイ>

「うるさいうるさーい。黙って私のベッドになってて。おやすみ」

極上感触に包まれていた私は、もう寝たくて仕方なかった。
現実逃避? なんとでも言ってくれ。全てにマジギレ(逆ギレ)している。
やったーそーれ睡眠の世界へー。
そういえばこの白い毛皮ベッドには頭がついていて、巨大なオオカミみたいなのが顔を顰めて私を見ていたような気がするけど、静かになったからもういいや。

眠り続けた。
もうなにも考えていたくない。

ーーそして目覚めると、視界の何もかもが真っ白だった。
目の前の毛皮が白いのは分かる。そんなんだったとぼんやり思い出した。

私の手が、長い髪が、スーツまで、全部白いんですけど?

「っうわああああーーーーー!?」

<目覚めたか。ウルサイ娘だ>

オオカミの鼻先がぬるんっと私をつついた。
待ってちょっと待って。
顔、大きい。食べられそうなくらい。待って!?

「死にたくなーい……っ!」

とっさに出た言葉がそれで、私は唖然とした。
……生きたいって、まだ考えることができたんだね……。

無気力でふわふわしていた身体がビクンと震える。
心臓がどくどく動いているのが分かる。

こんなタイミングでなんだか気持ちがスッキリ切り替わってしまっている……。
たっぷり寝たから?
私、本当に間が悪すぎない?

遠い目で動作ストップしていると、またぬるんと鼻先が押し付けられた。

「っっっっ」

声にならない悲鳴が! そりゃ出るわ! というか、このオオカミの対応! 私のこと弄んでない? 強者の余裕が羨ましいわ。

<死にたくないか。それならば、食え。ヒトの娘よ>

オオカミが鳴く。遠吠え。
耳を思わず塞いだけど、至近距離だから鼓膜がビリビリするぅ!

……鳥が集まってきた? 動物たちも。
口には様々な果物を咥えている。
私の前に。

<食え>

「あっはい」

固まっていると、オオカミが命令してきて、とっさに従ってしまった。

リンゴをかじる。
オオカミの威圧を感じるので必死に胃に詰め込む。むせた。
胃に食べ物が落ちていく感覚が久しぶりで、きゅーっとお腹が痛い。そして身体が熱くなっていく。

食べ物のエネルギーを吸収しながら、私はまた泣いた。
勝手に涙が落ちてくるんだよ。

気分がジェットコースターだ。
辛くて消えてしまいたかった夕方、ソファに癒されたかった無気力な夜、生きたくなっている昼間……。

動物たちは静かに私を眺めている。
と思ったら、寄り添ってくれた。
オオカミは相変わらず動かずどっしり構えていて、私のソファになってくれている。

<食べたか。よし>

オオカミが満足そうに鼻から息を吐いた。

「あ、ありがとうございます……」

私の口からやっと出たのは、お礼の言葉だった。
オオカミが笑った気がした。

 

 

 

 

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