2:容姿チェンジ(美しすぎるよ)

私、日本の自分の部屋にいたのよ。それなのに、なに? ファンタジー世界に来ちゃったの。物語の主人公なのかな? ははっ。
なにが起きたのか説明してよ誰かーー!

<自分でだいたい言っているではないか>

「うそ。思考が声に出ていたの……?」

<この娘。どうやら相当ヌケているらしい>

だれがオッチョコチョイよー。
たしかに学生時代はうっかりのほほんとしてたかもしれないけど、社会人となってからは生馬の目を抜くような雰囲気の中で少しのミスも許されず…………ああだめだ……もう頭が痛くなってきた。
忘れよう。
だって会社クビになったもん。
晴れて自由の身だね。
自由すぎるけどね。イライラ。おっといけない。ここどこ?

<ファンタジー世界、とオマエは言っていたが? まあそんな感じだろう>

私の口は壊れた蛇口になっているようだ。
ダダ漏れか。

くんくん、とオオカミが匂いを嗅いでくるので威圧感がすごい。
無遠慮に私が毛皮をベッドにしているので埋もれるような体勢だ。

<やはり嗅ぎ慣れない匂いだ>

そうですか。多分異世界の匂いだよ。柔軟剤程度しか香ってないと思うけどね。

<ほう、異世界。……今さら口を塞いだところで遅いぞ>

オオカミがため息を吐く。

顔が大きいから、それだけで髪がブワッとなびく……!
サラッッッサラの白銀髪なんですけどねーーーー!?
そういえば、私の容姿について聞いてないな。

「すみません。質問してもいいですか」

<よい>

うわ潔い返事。二文字。

「ありがとうございます。あの、私の容姿って……もともと黒髪だったと思うんですけど。何かご存知でしょうか?
肌もこんなに白くなかったし、まさか服まで白く染まっているなんて……驚きました」

<ああ、そのことか>

何かを知っているらしい。
助かります。

<毛皮にくっついて、3日間も眠っていただろう。そんなに密着して過ごせば、魔狼の魔力が馴染んで容姿が影響を受けるのは当たり前だ>

あんたのせいかい。
というか、待って待って。

「……質問事項が三点。3日も眠っていたんですか? 魔狼とは? 魔力が馴染むと容姿が変わるとは?」

<堅苦しくていやになるな>

オオカミが顔を顰めた。
すみませんね、営業用の言葉遣いです。

ああ魔狼、魔法オオカミか! なーるほど! じゃなくて。まじなの?

<オマエの名前は>

「あっ。柊(ノエル)といいます……」

キラキラネームなので入社当初からベリーハードモードだった。
こればかりは親に苦情を申し立てたいところだ。

<ノエル。まあ、呼びやすいな>

この世界ではこういう名前の方が馴染みがあるのかなー。ファンタジー世界……なんだもんね……?

<エルよ>

「ノはどこに」

しまった、思わずツッコミしてしまった! だって一文字をとる必要がどこに!?

<ノ、は私が預かった>

「そんなことができるんですね……」

<魔法契約だ>

「私は内容をうかがっていませんが!? 一方的な搾取はどうかと思います!」

えええい食らえ! 必殺、事務職入社なのに営業回りも対応させられた私の語彙力ぅ!
会話は下手だと言われていたけど! うるせぇ!

<普通に話せ。そうしたら”ノ”を返してやる>

不思議なことに、このオオカミは対等な言葉で私と話したいらしい。
敬われるのが気持ちいいタイプだと思っていた。

「”ノ”、別にいらないですけど……?」

<そうなのか!?>

オオカミは驚愕した様子。
えっ、えーと……そんなに”ノ”が欲しいの……?

「欲しければあげますけど」

<では、もらう>

もらうんだ。どうぞ。目が爛々としてて、えっ、そんなにほしかったの!?

私の体から白銀の線が伸びて、宙をたゆたう。見たこともない文字になった。
オオカミはそれをバクンと食べてしまった!
えーーーーっ!?

ぱあっと視界が眩しくなり、目を覆う。
光がおさまると、オオカミの毛並みがなんだかさらに艶々している……!
すごい。撫でたくなるなぁ。話しかけてこられたので、グッと我慢する。

<エルよ。感謝する>

「ど、どういたしまして。先ほどの光は……? 毛並みがさらに素晴らしくなりましたね」

<堅苦しいから直せと言っただろう>

その要求は通されるんですね!
いいですけど!
やけっぱちで敬語を放り投げた。もう知らん。

「もふもふ。撫でたい」

<……いいだろう>

本能のままに発言しすぎちゃった気がしたけど、なんとオオカミはけっこう乗り気な様子。
ふわふわ、さらさら、日の光に当たっているのにひんやりと心地いい極上感触。
アニマルセラピー効果で思わず顔が緩んでしまう。

「そういえば。果物を持ってきてくれた動物たちは……?」

<帰した。魔狼がふたりもいると、弱った動物たちには毒だからな>

「へー。ちょっと待って?」

<ああ、先ほどの質問に答えるとしよう。
オマエは3日間眠っていた。ピクリともしなかったから死んでしまったかと心配したくらいだ。よほど疲れていたのだろう。
眠っている間にエルの体には魔狼の魔力が染み込み、半獣人のような存在になった。容姿の変化はその影響だ。魔狼の愛娘にふさわしくなったな。
魔狼とは。この国に加護を与え、大地を富ませている存在である。人々は時に大精霊とも呼び私を敬っている>

…………。
……………………。
………………どこから気にしたらいいんだろう………………。
……とりあえず、魔狼って、人にとって悪い存在ではないみたいでほっとした。魔物というか精霊なんだ。へぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

私は人ではなくなっているらしい。

足元にカバンが転がっていることに気づく。

「鏡を見てもいい?」

<好きにしろ>

はぁい。
鞄から手鏡を取り出して、顔を映す。
……ウワアアーーーーーーオ! 超絶美人フラッシュ! 眩しい!

鏡には目もくらむような美少女が映っている。
透明感がある雪のような白い肌に、澄んだ青の瞳、長い睫毛、ピンクの唇。
鏡を持っている震える手先は、爪がほんのり青い。

「誰これぇ……」

<魔狼フェンリルの愛娘だ。オマエの心を表したように美しい>

「…………。私の心は別に綺麗じゃないよ」

ちょっぴり舞い上がっていた気持ちが、ズドン、と暗く重く落ち込んだ。
どろどろと黒い自虐心が湧き上がってくる。
部屋で一人、沈んでいたときのことを思い出してしまった。

<そう落ち込むな。私も悲しい>

鼻先が押し付けられて、オオカミの顔がすぐ横に来る。
澄んだ青の大きな瞳。今の私ととても似ているけど、少し青が深くて、獣らしい冷たい印象を受ける。
毛皮もひんやりと。
でも寄り添ってくれるその優しさが、あたたかくて、なんだか……ああ今は二人って考えてもいいのかなぁ……って……励まされた。

「……っ」

<泣くといい。オマエの心が現れるよ>

どういうこと?
涙が頬を伝って、顎から落ちると、なんと真珠に変わってしまった。
まろやかな白の美しい宝石だ。

「ああもう、意味が、わからないぃぃ……!」

<よく喋る子だ。出会い頭に「うるさい」と叱りとばされたことは初めてだったな>

「ううう、その節は、誠に申し訳ございませんでしたぁーーーっ!」

<はははは!>

オオカミは愉快そうに笑った。
体が揺れて、私がふわふわ揺れる。

<それでもいいと言っている。愛娘にしたと言っただろう?>

……頭までふわふわするよ。

……この魔狼は私を泣かせる天才なのかもしれない。
ずっといい子の仮面をかぶって隠してきた、大雑把でけして綺麗じゃない自分の素の部分をさらけ出しても、受け入れてもらえて……涙が、もう、止まらない。
手のひらが真珠でいっぱいになってしまった。

<大切にしておきなさい。オマエの心の声が溢れているんだ>

すっぽりと獣の尻尾が私を覆って、あらがえないほどの眠気を誘った。

<おねむり>

…………すやぁ。となりたいところだけど、一つだけ。

「……ぐすっ。私の、どこを気に入ってくれたの……?」

<そうだな……手だ。撫でられると心地よかった>

なにそれ、面白い。そういえば、子どもの頃はマッサージが上手って親に褒められたし、野良猫ハーレムを築くほどの撫で上手だったっけ。

そんなささやかなことで、気に入ってもらえるんだ。
……嬉しいかも。
手は真珠でいっぱいだから、目覚めたらまた撫でよう。
私はまた心地よい眠りに甘えた。

 

 

 

 

 

 

 

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