99:訪問者

「……お客様はもうお休み中ですわ。受付(チェックイン)終了後の面会の申し出はご遠慮頂いております。
いかに貴方様とはいえ、特別扱いはできかねます。ここは私たち淫魔の誇り高きお宿♡ですもの。ルールに倣って頂かなくては。
どうかご了承下さいませ」

「……なんだ……せっかくねちっこい蜘蛛の糸を引きちぎってここまでやって来たというのに、話し込む以前に、僅かに顔を合わすことも拒むというのか?」

「ええ。お客様に快適な夜を過ごして頂くことが、淫魔の喜びであり、守るべき伝統なのです。ご了承下さいませ」

「…………頑なだな。はあ。
まったく、ヒト族の貴族の真似事をして血統に誇りを持つ魔物院とやらの連中は、やれ規則だルールだと煩くてかなわん……耳が痛くなる。今ばかりは、己の聴力を恨めしく思うぞ。
我を相手にしても退かぬその姿勢は、誠に立派なものだと思うが?」

「まあ……そんなに怖い眼で見つめないで下さいませ。興奮してしまいます。淫魔をジッと見つめるなんて、押し倒されても文句は言えませんのよ?
立派だとお褒め頂き、光栄ですわ。
淫魔の一族は、お宿♡のお客様にご満足頂けるよう日々努力しております。
他国の要人の皆様からも、お褒めのお言葉をたくさん頂戴致しました。全て政府に書類で報告しておりますので、またお目通し下さいね。
このお宿♡がしっかりとした施設であればこそ、対外交面でのシヴァガン王国の評判が、これからも上昇していくことでしょう」

「……どのように言えば我が納得せざるを得ないか、嫌になる程心得ている。
かの魔物使いたちが泊まっているのが上位淫魔ネレネのお宿♡だとは……やり辛いことこの上ない」

「今回は不便をお掛けしてしまいますが、彼女たちの安全を考えると、このお宿♡で良かったと思って頂けるのではないでしょうか?」

「フン……まあ、違いない。
これからかの者たちが騒がされる事も増えるだろうからな。防犯がしっかりしているのは良い傾向だ。
不服ではあるが……今日のところは引き上げるとしよう」

「ご配慮、感謝致しますわ。
私の部屋に一晩お泊まりになりますか……と言いたい所ですけれど、お連れの可愛い子がいらっしゃると、難しいですわね。貴方様を追いかけていらっしゃる蜘蛛の一族の皆様も、とても恐ろしい。
また、日を改めて遊びにいらして下さいませ。
タイミングさえ合えば、お客様に面会のご相談をすることも承りますわ。
そういう規則ですので」

「わざわざ何度も規則だと繰り返すな……うんざりする! 今日も、もう何百回その単語を聞いたことか……!
それでは、帰る。また訪れよう」

「おやすみなさいませ。お帰りの道中、お気をつけて。お2人様」

淫魔ネレネが、ご自慢のお宿♡の玄関先でうっとりするほど優雅な一礼を披露する。
空気がふんわりと匂い立つ。

訪問者をお宿♡の外に送り出し一礼するまでの流れがあまりに素早かったので、訪問者は「喰えない奴め」と目元をヒクリと引きつらせた。
ほんの僅かな苛立ちを反映して、見事な毛並みの尻尾がゆらりと揺れる。艶のある漆黒だ。

彼が少し苛立っただけで、ピリピリと肌が痛くなるほどの威圧感が立ち込める。
淫魔ネレネは一見平然としているが、内心では肝を冷やしていた。

まあ、彼は理性ある魔人族だ。このような小さなことで暴れ出したりはしない。
群れの頂点に立つ者は下々に身勝手な暴力をふるうのではなく、守り、崇められる存在であるべきなのだから。

頂点に立つ者としての仕事諸々からは逃げ出しまくっているのだが。

この者が面会を望んでいたのは、シヴァガン王国を訪れたばかりの小さな魔物使い。
訪問者は黄金の眼をスッと細めると、屋外からお宿♡最上階の一室を視つめた。
面白そうにニッと口角を上げる。鋭い牙が覗く。

「なかなか今後が楽しみではないか。お前も心の準備をしておくといい」

腕に抱え込んだちっぽけな存在に語りかけると、返事が返ってこないことも特に気にせず、訪問者は気配を消し去り夜の散歩に繰り出した。

***

「今日もいい朝だねーーっ! ふあぁ。みんな、おはよう」

『『おっはよー! ねぼすけご主人! もうクーもイズも起きてたよーん』』

「……ありゃ。先を越されちゃったなぁ」

『おはよう、ご主人さま!
私とシュシュも……起きてたよ! 寝顔、ずーっとじーっと見てたの。シュシュが』

『ご主人様の寝顔、眼福だった。ハマルとルーカの寝坊は怠慢』

「ちょ、恥ずかしいよ……!?
金色ペアは種族的に眠気に弱いみたいだからねぇ。ルーカさんもすっかり屋内ではお寝坊さんになっちゃって。
野外ではきちんと気配察して起きてくれるし、きちんとお宿♡で休める日はゆっくり寝ててもいいんじゃないかな?
2人とも寝顔やすらかで可愛いし」

『ご主人様の寝顔が至高だよ!』

「あ、ありがとシュシュ。朝からフルスロットルだね……」

『ん!』

シュシュが拳を天に突き上げたところで、起きていた皆が笑って、金色ペアもあくびと共に目を覚ました。
おはよう、と改めて挨拶し合う。

魔王国を訪れてからというもの、レナたちはとても快適に日々を過ごしていた。
ネコミミヒト族の検証も無事に終わり、魔王国でのルールについて気になったことはネレネか、最近毎朝訪れるようになったロベルトに聞けばいい。
モスラ招待諸々について、魔王国政府との橋渡しのため、ロベルトは日々パシりに精を出しているのだ。
マリアベルはいろいろな部署の補助に引っ張りだこのようで、検問以降、まだレナたちの元を訪れていない。

周囲の環境は良し、食べ物は美味しくて、毎日充分な睡眠を確保できている。それに従魔たちが可愛い!
最高だね! と、レナは晴れやかな表情でうーんと大きく伸びをした。

寝坊のお詫びにとルーカが作ったオニオンベーコンマヨトースト、スマホストックのコンソメスープをお腹に収めると、さらに幸福感が増す。

穏やかで幸せな日常はかけがえのない宝物だ。
レナたちの魂の秤の片方に、幸福がそっと積み重ねられていく。
ーーカタン、と秤が大きく傾いた。

ラナシュの秤は平等である。
片方に傾けば、また平坦に戻ろうとする。

なあ、人生にはスパイスも必要だと思わないか?
オーケー!
ミラクルガールにも幸せを祈られている事だし、ここらでとびっきりの”ラッキーハプニング”と参ろうではないか!
トラブル、カモン!
あっ、いっけね、ラッキーハプニングだった。

「……ねぇ。今、よろしいかしら? 貴方たちに面会を希望する者が訪れているの」

着替え終わったレナたちがまたベッドにとんぼ返りしてゴロゴロし、穏やかな朝を満喫していると、淫魔ネレネが控えめに扉をノックして現れる。
ただ立っているだけなのに色っぽくて、今日も曲線美が素晴らしいなぁ、とレナがボンヤリ考えながら返事をした。

「あ、どうぞー。ロベルトさんですよね?」

ーー賽は投げられた!

毎朝決まった時間帯に訪れていたロベルト。
淫魔のお宿♡の規則通り、ロベルトが訪れるたびに”面会希望者がいらしたわ”とまず告げていたネレネ。
平穏に浸りきっていたレナパーティ。

全てのフラグが花束となって、この瞬間、運命に届けられた。
平穏とのランデブーなどつかの間の夢のようなものだったのだ。

「……っちょ!? レナ……!」

日頃の習慣で、なんとなく魔眼を発動させたルーカが、訪問者とやらを視認してぎょっと声を荒げる。青ざめている。
「え?」とレナが驚いてルーカの方を振り返ろうとした時……

この機会を今度こそ逃すまい! と、廊下で待機させられていた大柄な男性が、颯爽と部屋の中に足を踏み入れた!
カッ、と靴のかかとが鳴る。

「なるほど! 女王として慕われる魔物使い、レナとはお前の事か?」

彼が姿を現した瞬間、空気がガラリと変わった。

ーー圧倒的な存在感!
この者のためにこの場が存在していると言わんばかりだ。一瞬で、お宿♡の一室を己の舞台にしてみせた。
妙に重みのある一音一音が、彼が絶対王者なのだと、皆に認識させていく。

男性的な美しさの顔(かんばせ)に、光が当たると青紫に輝く長い黒髪。
鍛えられた立派な体格に、質のいい貴族服がとても似合っている。
迫力のある黄金の瞳が細められて、弧を描いた。
機嫌がよさそうに、これまた見事な毛並みの尻尾が揺れる。
……ようやくまた従者一同を振り払って、この淫魔ネレネのお宿♡に辿り着けたのだから!
ピンと立った獣耳も、彼の喜びの感情を表していた。

「……あ、貴方は……!? ……あの。どちら様、ですか?」

脳内の警報(文字通り、ルーカの首輪の機能)に尋常じゃなく嫌な予感を覚えながらも、レナは存外しっかりとした声で、男性に問いかける。
目を合わせてしまって、迫力に飲まれかけてゴクリと生唾を飲み込んだ。

ルーカはレナの後ろで、静かにやりとりを見守っている。
従者が過剰に出しゃばってしまうと、主人の格を下げることになるのだ。
上位階級者が集った場での格付けの重要性を、よく理解していた。
悔しそうに唇を小さく噛み締めている。

レナは無意識に従魔たちを引き寄せて、守るように腕に抱え込んでいるが、当の従魔一同は心に冷や汗を流しながらも、主人を怯えさせているよからぬ奴をキッと睨んでいる。

このような小さな魔物まで立ち向かってくるか……調教上手という情報は本当らしい、と男性はいっそう笑みを深めた。
ぞくり、と空気が凍える。

「我を知らぬと言うか。この国を訪れたばかりならば、仕方あるまい。
ーー我が名は”ドグマ”という!
このシヴァガン王国を治める、現魔王デス・ケルベロスだ。
よく覚えておくといい! 魔物使いレナ。
縁ができたことを光栄に思うか? そうか」

▽厄介ごと、キターーーーーー!!

以上、レナパーティの率直な感想である。
現魔王との直接の面会など、レナたちが一番望まぬ縁だった。
目立ちたくない、などという戯れ言をモットーにしているのだから。目標は自由だ。

ピキン! とレナがなんとか貼り付けた微妙な笑顔のままで固まる。
喉がカラカラに乾いていた。
「丁寧なご紹介、ありがとうございます」などと返そうかとうっすら唇を開くが、含みのありそうな笑みを浮かべている魔王と目を合わせると、喉で言葉がつっかえて出てこない。

「……魔王ドグマ様。ご自覚なさっていないと思いますが、”絶対王者の覇気”が溢れていて彼女たちを萎縮させてしまっていますわ」

「そうか。馴れろ」

「無茶を仰らないで。ご覧の通り、魔物使いのレナさんは、とてもいたいけな少女でしょう?」

そうでもない。
ネレネの責めるような視線を受け止めて、魔王は面倒そうに眉を跳ね上げた。

「これから話し込むのだ。これしきも受け止められない器ならば、帰るしかなくなる……と言いたいところだが、まあいい。
これから長い付き合いになるだろうからな。
馴れるまで猶予を設けてやろう」

いや、帰ってよー! とレナたちが心の中で絶叫しているのはお約束である。

ふっ、とベッド上で寄り添っていた主従の呼吸が楽になった。
魔王ドグマが意識をして、威圧を拡散させたのだ。
皆、大きめにすうっと空気を肺に取り込む。ドクドクドク、と心臓の鼓動が速くなっていた。

従魔たちをいったん放してベッドに降ろしたレナが、ひとまず室内用のスリッパを履いて歩み、魔王の前で深く頭を下げる。
背に心配する視線と微量の殺気を感じて、しっかりした姿勢を見せて安心させてあげなくちゃね、と己の心を鼓舞した。

「ご配慮、感謝いたします。魔王ドグマ様。
初めまして。私は魔物使いの藤堂レナと申します。
従魔たちのこと、シヴァガン王国政府の皆様に色々とご相談に乗って頂き、深く感謝しております。
突然のご訪問だったので、このような軽装でのご挨拶となり申し訳ございません。
それに、お姿を拝見したことがなかったので、先ほどは失礼な質問をしてしまって……」

「堅苦しいな。もっと砕けた口調で話しても構わん」

「(お断りです! 親しくなる予定がないので!)寛大なお言葉、恐縮です。
ですが、ちっぽけな魔物使いには恐れ多くて……どうかこのまま話させて下さい。
本日は、ご足労くださりありがとうございました」

<ありがたくなーーい!>

(やめて! スマホさん!)

「確かにちっぽけだな。女王様というからには、もっと身も心も強大な存在を想像していたのだが。会ってみて驚いたぞ」

「(みんな、殺気抑えて!)恐れ入ります。何かご用件があった……ということですよね?」

聞かなければ、この場から魔王が帰ることはないだろう。
部屋の入り口付近で堂々と仁王立ちしているのだから。
レナは口元を引きつらせないよう気をつけて、ナチュラルな笑顔を必死で維持している。

……ふと、自分を正面から見つめる3つめの視線に気付いた。
魔王の腕のあたり。
大きめのぬいぐるみくらいの黒い獣が、無気力な眼差しでじとっ……とレナを見つめている。
身体の力を抜ききっていて全く動かず、大柄な魔王に抱え込まれて、長髪の影に隠れていたので今まで気付けなかった。

ぽかんと口を開いたレナの視線が、己の腕に向けられていると察した魔王。
黒髪をばさっと払いのけて、ぬいぐるみがよく見えるように腕を前に出す。
だらーん、と黒い獣の脚が揺れた。

レナが額に嫌な汗を滲ませる。
魔王の腕に、まだ幼い……おそらく、魔物。
長めの体毛は青みを帯びた艶やかな黒。抱える男性とそっくりな黄金の瞳。
ここまでくると、突然の訪問と合わせて、お察しせざるを得ない。

魔王がにんまりと凶悪な笑顔を浮かべた。
まあいやらしいこと、とネレネが内心で盛大にため息をつく。

「用件はなにか、と問うたな? いいだろう、教えよう。
我は現魔王、デス・ケルベロス!
そしてこれは、息子の”ブラックドッグ”だ。名をオズワルドという。
優秀な遺伝子を持つ魔物なのだが、どうにも最近めっきり伸び悩んでいてな。
魔物を育てる専門家である魔物使いを探していた……というわけだ。
数人、魔物使いの元を訪れたのだが、息子が興味を示す者には出会えなかった。
しかし、お前はなかなか見所がありそうだ!」

(ひっ!?)

レナが内心で叫んで、絶句する。必死でこの場を切り抜ける言い訳を考えている。

黄金の瞳を細めてレナを視た魔王の笑みが、一段と深くなった。

「我が子を育ててみせるか、魔物使いレナ! そうか!」

(断定ーーーー!!?)

なんて人の話を聞かない人物なのだろう。はたして、涙目のレナの返答やいかに!

 

 

 

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