97:魔王国のお宿♡

魔王国の王都はとにかく広い。
案内所で無料で配られる地図には観光名所などが描かれているが、豆粒のような文字だ。
その代わり、街のいたるところに案内板が設置され、周辺の店などを詳細に表している。

広大な王都を移動するのは、もちろん大変。
もし街の端から端まで移動したい場合には、馬車やシヴァ空便、獣人力車を使う。

空便は、魔物姿で空を飛べる魔人族が、客を目的地付近まで運ぶというシステム。小型〜中型の翼を持つ魔物が、頑丈な魔法カゴに人を乗せて運ぶ。街を上空から眺めることができるので観光客に人気。

獣人力車はその名称の通り、力自慢の獣人が二人乗りくらいの小さな乗り物を引いて走るのだ。小回りがきくため、道中立ち寄りたい場所があればすぐ停車できるのが利点。

それぞれ、国に認められた組織でなければ営業許可が下りない。
衣装や乗り物のどこかに分かりやすく認証印を付けることが義務付けられている。
印がない業者にはたいてい裏社会の者が関わっているため、利用してはならないとレナたちも注意された。

レナと、ジミーを含む従魔たちはキョロキョロ辺りを見回しながら食材商店街へと向かう。
どこを見ても新鮮だ。上記した乗り物の類は、たいそうレナたちの興味を引いた。
従魔たちが空移動をしたいとおねだりしているので、また利用する機会があるだろう。
今日はまず近場で、当分の買い出しを済ませる。

生活に密着したものを扱う商店街は、魔王国にそれぞれ十数箇所ほど存在する。
コンビニのように、少々割高だが色々なものが一箇所に揃えられた小さな国営商店もたまに見かけた。

「どこも賑わってますねぇ!」

「ジーニアレス大陸随一の観光地なだけあるね」

レナとジミーは小さな従魔を抱えて歩いている。
万が一踏まれでもしたら、モンスターペアレント女王様が早くもこの国に降臨する事態になりかねないのだ。

『カッコいい街って感じー。黒やグレーの建物が多くてー、なんか引き締まった印象かなー?』

足元の石畳の道も濃い灰色。
建物も黒っぽく、紫色の魔王国国旗がいたるところに飾られていて色味のアクセントになっている。

『いろんな、派手な髪色の魔人族が……いるから。黒い街並みに……人物たちが、引き立ってる! 人が、主役ってことで、計算されて黒い街、なのかなー? 芸術的……!』

『なるほど。すごい! リリーのセンスが』

『やーーん♡ シュシュ、ありがとう』

『『いえい!』』

和解した漢女たちが、バシッ! と力強くハイタッチした。なんか……まあいいや。

『うっひょー! 獣人さんの尻尾がローブの端からチラチラしてる、絡みつきたいわぁ。あ、あの人はトカゲみたいな尻尾!』

『コウモリみたいな羽にー、おっきな角。あの人は触角だね! 何の魔物の魔人族なのかな? うう……お腹空いてきちゃった』

レナの腕の中で、クーイズがブルルルッと振動する。これはヒト族でいう、お腹が鳴った時の様子。ぐー、と音も鳴る。

レナは苦笑して、「道中、休憩スペースがあれば屋台で軽食を買ってもいいかもね」と声をかけた。
魔物のままだとヒト型の時よりも味覚の精度が落ちてしまうが、クーイズは『『わははーーい!』』とノリノリで喜ぶ。
宣言通り、レナたちは野菜サンドイッチを購入して、美味しく頂いた。

その後、商店街に並ぶ様々な店を興味深く眺めながら、食材をたくさん買い込む。
大容量すぎるマジックバッグにまとめて放り込んで注目を浴びるとマズイので、ルーカが買い物袋を全て持ってくれた。
とても重いはずだが、なんとネコミミヒト族は半分獣人判定ということで腕力が向上していたため「自分でも驚いたけど、余裕だよ」とのこと。

あとで新種族について検証の必要がありそうだ。
極小サイズになったハマルはルーカの頭に移動し、黒いネコミミの間にすっぽり収まっている。小さな綿雲の帽子のよう。

「あった! サンダーコッコのゆで卵専門店! すごい行列……でも、まだ商品残ってるね。良かった」

『「やったーー!」』

レナが目的の屋台を発見して指差すと、従魔たちが声を揃えて喜ぶ。
人数分の『』は今回省略させて頂いた。

<初めてのシヴァガン王国王都散策。激写で御座います! 激写で御座います! うーむ、我ながらナイスアングル!>

スマホの言葉を聞いたレナが目を剥く。成長が止まらない。なーんていうのは何度目だろう。

「今、私の懐の中のはずなんだけど……!? 透視できるようになったの?」

<マスター・レナの付近に、極小の玉レンズがひとつ浮かんでいるでしょう。それが撮影の媒体となっているのです。
360度、どの角度からでも撮影が可能! 思い出を余すところなく完璧に記録致しますよ! ご覧あれ、こ・の・技術力!>

「「うわぁ、すごーい」」

ビー玉よりももっと小さなまん丸のレンズがひとつ、レナの周りを浮遊していた。
スマホが得意そうに<はははは!>と笑うと、キラリと光る。多芸を極めている。

人数分のゆで卵とオリジナルソース各種を無事購入したレナたちは、ほくほく顔で宿に向かった。
皆の嬉しそうな顔、賑やかな会話がスマホに蓄積されるたびに、スマホのボディはまるで生き物のように熱を持つ。
始終興奮しっぱなしなので、平熱は40度だ。
もちろん熱いので、厚手のハンカチに包まれた状態でレナの懐に収まっている。

▽夜の帳(とばり)が降りてくる……
▽レナたちの目の前が ショッキングピンクに染まった!
▽”淫魔ネレネのお宿♡”に 辿り着いた!

***

「相変わらず、なんというインパクト……。トンガリ屋根の、お城っぽい豪華な建物だねー!
一見さんは入りにくい雰囲気だけど、私はお宿♡のベテランだよ? もう気にならない。淫魔の皆さん親切だもん!
お邪魔しまーすっ」

レナが得意げな顔でお宿♡を仰ぎ見る。
周囲の人々からチラチラ注目を集めてしまい、いっけね! と何食わぬ風を装った。
称号テロ、こわい。

『『レナ、逞しくなったわよねー。ルルゥのお宿♡に初めて行った時は、あーんなにビビってたのにぃ! 可愛かったぜ!』』

『なにそれ詳しく。シュシュもご主人様のこと、もっと知りたい』

『いいよー。部屋でゆっくり話そうかー』

「あっ。み、みんな? 私のドジについては、あんまり語らなくて良いんだよ?
数ヶ月前はおっちょこちょいで頼りなかったけど、今は結構しっかりしてきたし……。
シュシュには最近の、カッコ良い感じの私を見ててもらいたいっていうか〜」

「ぷっ!」

「ちょっとジミーさん!? どうして今笑ったか、理由をお聞かせ頂いても?」

『クスクスクスクスッ』

ピンクの施設の前でグダグダしてるといらぬ認識を頂戴してしまう。
気持ちを切り替えたレナがドアノブに手を伸ばす。
……「あはーん♡」と嬌声(きょうせい)が聞こえてきた。皆、顔を見合わせる。

しかーし! これはルルゥのお宿♡で経験済みである! おそらく、オーナー淫魔の悪ふざけ! それならば、恐れるものは何もないッ!

「さ、さすがルルゥさんの大親友。でももう引っかからないよー!」

レナは勝ち誇った表情で、景気良くお宿♡の扉を……開けたーーっ!

ズドーン! きゅっ! ボン! 視界の暴力のお出ましだ!

▽レナの脳内が まっピンクになった!

「……ひえええセクシィーー!!」

▽淫魔ネレネが 現れた!

「……あら。ありがとうお嬢さん」

悲鳴に近い声を上げたレナに反して、色っぽい大人の女性の声が、静かに室内に響く。
透明なカウンターに座って優雅に脚を組み、うっすらと微笑む淫魔ネレネは、誰しもが思わず目を奪われてしまうほどの圧倒的な美貌の持ち主だった。

まるで吐息すらも香るよう。
緩やかにウェーブした桃色の髪、切れ長の瞳はワインレッド。
レナが驚愕していたように、ワガママボディどころではない、暴君の如き女子力を誇る曲線美の身体が煩悩を掻き立てる。
黒ドレスから覗く谷間が眩しい、おっきい、と熱い視線を送ってしまうレナであった。

「出会い頭にその反応は失礼だよ、レナ……」

鳥肌が立った腕をさすりながら、ルーカがレナに注意する。
こちらもたいがい失礼なのだが、不幸な体質ゆえなので許容してやってほしい。
ネレネはぽんと手を打った。

「ああ……貴方たちがレナパーティなのね?
ルルゥお姉様から、よろしくって伝えられてるわ。
会えて光栄よ、可愛いお客様たち。
ご予約頂いてありがとう。淫魔のネレネのお宿♡へようこそ」

ネレネはレナたちの態度を気にした様子もなく、すっと立ち上がるとまっすぐ歩いてくる。
ハイヒールを履いているため、ルーカより背が高かった。
とんがり尻尾が揺れていて、クーイズがうずうずとそれを見つめている。
見られていると気付いたネレネは、からかうように尻尾を揺らしてみせた。
右に、左に、スライムボティもうにょーんくねーんと伸びる。
ネレネは嬉しそうに微笑を浮かべる。

「うん。魔物たち、とても感情豊かね。
お嬢さんがきちんと愛情を与えて育てているからなんでしょう。
優秀な魔物使いだって聞いてるわ」

「あ、ありがとうございます……ルルゥさんがそう言って下さったんですか?
うわぁ、照れるなぁ。嬉しいです! 私はまだまだ未熟なんですけど、ウチの子たちはなかなか強いと思ってますよー」

『『『『『えへん!』』』』』

従魔たちが揃って胸を張るので、ネレネは口元に手を添えてくすっと破顔した。
見た目こそちまっこいものの、レナの従魔たちは「なかなか強い」どころではない。
えげつない各種ステータスは知らないほうが、ネレネも心穏やかに対応できそうだ。

淫魔のお宿♡ネットワークで、レナパーティの従魔たちが魔人族になれることは周知されているが、それ以上の情報は伏せられていた。
危険な裏の案件でもない限り、お客様の情報をむやみに流出させないことはお宿♡を経営する淫魔たちの矜持である。
今回は、レナたちがより快適に過ごせるように魔人族の事は知らされていたが。
ポーカーフェイスのネレネも、レナパーティの戦力を知れば驚愕することだろう。

「ネレネさんは、ルルゥさんがご存知の淫魔さんのなかで一番美人さんなんだってお伺いしてました! 本当に、綺麗な方です〜……見惚れます……」

「まあ。ルルゥお姉様がそんなことを? 光栄だわ。
レナさんも褒めてくれてありがとう、とても嬉しい」

「えへへ。……あれ。ルルゥお姉様?」

レナが首をかしげる。

「知らなかったのね。役職を口にする機会もなかったでしょうから、そうなるかしら。
淫魔ルルゥ様は、魔王国所属の淫魔の中でもかなり上位の力を持った魔人族なのよ。
自然界の魔物が一代で進化してサキュバスになった特別な存在。
人を視定める実力があるから、魔王国政府も彼女の主張には真摯に耳を傾けるわ。とてもエライ人、って覚えておいて。
私たち淫魔の一族の者はあらゆる敬意を込めて『ルルゥお姉様』って呼んで慕っている。
私を含めてほとんどの淫魔は、確立した一族として血を受け継いだ、生まれながらの魔人族なの。
ルルゥ様のようなお方と比べると、どうしても戦闘力は劣ってしまうわ。
淫魔一族のサキュバスは成人すると、それぞれ国営もしくは個人でお宿♡を経営するのが習わしよ。
長年そうしてきたから、種族スキルとして[ベッドメイキング]などを取得するの。面白いでしょう?
めったに生まれないのだけど、淫魔インキュバスは政府の捜査官として勤めている者が多いわ。彼らに出会ったら、色香に惑わされないよう気をつけなさいね。
貴方たちには、淫魔のことを伝えておきましょう」

「そうだったんですか!? ルルゥさんって……。
……ネレネさんは、どうして私たちには詳細な情報を教えて下さったんでしょう。
実はロベルトさんたちが関わっていたり?」

「正解よ」

「はー……」

検問大変だったみたいね、とネレネはゆっくり話して微笑む。
この絶妙な間は計算されていて、相手に心地よさを与える効果がある。
つい長居してしまい、話すつもりがなかった事までいつの間にか口にしている者も少なくない。

もっとも、今回ネレネはレナの情報を聞き出す気はなかった。
ロベルトから含みのある言い方はされていたが、彼より地位が高いうえ淫魔にとって憧れの先輩である、ルルゥの「良くしてあげてね♡」を優先したのだ。

「クイーンサイズのベッドがある、このお宿♡でも格式が高い部屋を空けてあるから。
従魔たちとゆっくり休んでいってちょうだい」

ネレネは笑顔をレナにだけ向けると、凝った装飾の鍵を渡した。
リリーが『キレイ!』と嬉しそうな声を上げる。

レナが「高級なお部屋ってことですよね……? 料金は……」と恐る恐る聞くと、「ルルゥ様のご友人だからサービス、サービス。予約通りの金額で大丈夫よ」と答えられる。
ホッと胸を撫で下ろし、好意に甘える事にした。

「最上階の部屋になるわ。ある程度遠くまで、魔王国の景色が見通せる。
街灯がたくさん並んでいて、灯火(ともしび)ホタルたちが舞って、魔王国の夜は昼間よりももっと美しいの。
是非、窓から外を眺めてご覧なさい」

「わあ、楽しみです! ありがとうございます」

レナたちはうきうきと胸を躍らせながら、軽やかに階段を上がっていった。いい食前の運動である。
夜景もゆで卵も楽しみだー!

ネレネは赤い瞳を弧の形にしてふんわり微笑み、レナたちを見送って、「ルルゥお姉様に褒められるなんて、いい日だわ」と機嫌よく尻尾を揺らしながら日誌を書き始めた。
嬌声(きょうせい)はもちろん、淫魔ネレネのおちゃめなイタズラだった。
……ということにしておこう。

***

レナたちが泊まることになった客室は、扉からすでに高級感が溢れていた。深みのあるブラウンの、木製の扉。
金の鍵穴にキーを差し込むと、魔法が解けてドアノブが自然に下がる。
「ようこそ!」とお客にアピールするように、扉は自動で室内に向けて開いた。

「うわぁーー!!」

『『広ぉーーい!』』

まさしくホテルのスイートルーム!
扉を開けて手前にはちょっとしたリビングスペースがある。猫足のテーブルと椅子が可愛らしい。
小さなキッチンも備え付けられている。

奥行きのある部屋の中央に、どでかいクイーンサイズのベッドがででーーん! と鎮座していた。なんと天蓋付き。
たくさんクッションが置かれているのは、従魔たちの枕に……という配慮なのかもしれない。

ベッド脇のミニテーブルには、人数分のお宿♡特製バスローブがきれいに畳まれていた。
隣の部屋は洗面所とバスルーム。シャワーも完備、浴槽がとても大きい!

全体的にピンク色が多く使われている乙女部屋だが、淡いパステルカラーのピンク基調になっているので、ルーカもなんとか気を落ち着けて過ごせそうである。
お宿♡の外観のように目に痛い色ではなくてよかった、と苦笑した。

皆、荷物をバスケットに入れて、ふうー、と一息つく。

「さて。これ、なーんだ?」

レナが机の上に、テニスボール大のゆで卵と小さな白パン、ソース各種、シンプルな野菜スープを並べる。従魔たちが目を輝かせて、歓声をあげて席に着いた。
手を洗うのを忘れたので、イズミのアクア水球にそれぞれ手を浸し、水球はシンクに流される。イズミもたいがい魔法の制御が上手くなってきた。
「頂きます!」と一斉に手を合わせる。

▽サンダーコッコのゆで卵 実食! ×7

「「んぅ! ピリピリぃ〜〜!?」」

一番に声をあげたのはクーイズ。目を白黒させている。
青い殻を[溶解]し、白身のプリプリしたゆで卵を舌先で味わうと、微弱な電流がピリリと口内をシビレさせた。
その感覚がおかしくて、幼い魔人族たちがきゃあきゃあ騒ぎ始める。

「香辛料とトマトの赤いソース、美味しい! シュシュ、これが一番好きっ」

「私は、ハニーマスタードソース……♪ ほんのり、甘ーいの」

「ハーブのお塩もいいねぇー」

「白身の弾力が素晴らしいね。
黄身はもっちりしてて味が濃厚、おそらくサンダーコッコが水分の多いサボテンを好んで食べるのが、ゆで卵の食感に影響している……と、視通した!
最高に幸せな気分……。
ちなみに僕は夢産のマヨネーズを付けるのが一番好き」

卵料理ガチ勢が、本気でサンダーコッコのゆで卵を味わっている。

「それ卵オン卵じゃないですか、ルーカさん。まぁマヨネーズ合いますけどね?
まさか鑑定しながらゆで卵を食べ始めるとは……」

レナが呆れているが、一口卵を口に含むと、こちらも幸せそうに表情を緩める。

「おいひい……それ以上の言葉は、いらぬ……。ピリピリ感が新しいねぇ」

「レナ、さっそく一言付け足してるって気付いてる?」

「「あははっ!」」

<いやはや、皆様、大満足のようですね!
[サンダーコッコのゆで卵]を私が今後食べてみたい物リストに追加……完了致しました! マスター・レナ、またよろしくお願い申し上げます>

「うん。スマホさんも魔物になったら、一緒にお食事しようね!」

レナたちは大満足で夕食を食べ終えた!
美味しいものでお腹が満たされて、皆表情がとろけている。
すこし休憩したら広いバスルームへ。

▽入浴完了!

ふかふかバスローブを身に纏って、全員でクイーンサイズのベッドに自由に寝転がる。
誰ともなく、ふあーっと幸せそうな声をこぼす。

厄介な検問を突破して、新しい街を歩き回って色々なものを見て、疲れているため従魔たちも大人しい。
明日になれば体力も回復して、おそらくベッドにダイブしてはしゃぎ始めるはずである。
全員の目つきがとろんとしてきた。

眠ってしまう前に……ネコミミヒト族について検証しておこう。

「えーと。
私のギルドカードの従魔項目に”ルーカティアス”が追加されて、貴方のステータスが閲覧できるようになっています」

「僕のカードには、従属状態で、レナが主人だと記載されている。おそらくモスラのサブカードと同じ仕様なんだろう。
あと、種族項目が追加。
冒険者ギルドのランク表記は消えているね……他の従魔たちと同じ、主人ありきの状況になったということかな?」

「あ。ほんとだ。単独行動は推奨しないってこと?」

「ルーカの運の悪さを考えるとー、レナ様から離れて過ごそうなんて自殺行為もいい所だからいいんじゃないー」

ハマルの言葉にルーカも含めた全員が神妙な面持ちで頷く。
ステータス表記は以下の通り。
レベルはシュシュの修行後からまだ上がっていない。

「名前:ルーカティアス
種族:ネコミミヒト族
職業:魔法剣士 LV.21
装備:高級ローブ、シャツ、スラックス、従属の首輪、厚底靴、Mバッグ、魔剣+5
適性:白魔法[光、雷]

体力:40
知力:57
素早さ:47
魔力:41
運:5[+−100]

スキル:[身体能力補正]、[瞬発]、[感電]+1、[雷剣]、[雷光]
ギフト:[魔眼]☆7
称号:麗人、制雷マスター、器用裕福、話題のイケメン、赤の宣教師、精霊の友達、調教師、笑い上戸
(従属状態・主人:藤堂レナ)」

「う、運が……」

ルーカが青ざめながらステータス部分を睨むように視つめて、がっくり項垂れた。
+と−の同時発動は、これまた前代未聞らしい。

「……僕がレナにたまたまテイムされたのって、凄く幸運って判定だと思うんだ。
だから、今後いつになるかは分からないけど、おそらく反動で大きなトラブルが舞い込んでくる……ごめん」

「ルカにゃん」

「普通に呼んで、ご主人様。
昼間からかったのは謝るから」

「そっか、よしよーし。あのね」

レナが、落ち込みまくっているルーカの金色頭を撫でてやる。
先輩従魔たちも、後輩の金色モンスターを慰めるように寄り添ってきた。

「私はルーカさんのご主人様なんですよね。もう受け入れて、色々背負いこむ覚悟もできてるんです。
トラブル、苦労も上等ですよ」

ここでシュシュが得意げに拳を天に突き上げた。

「主人である私が、どんな手を使っても! 不幸を蹴散らして、貴方の幸せを守ってみせます。
トラブルに困らされる以上に、ルーカさんも私たちを手助けして下さいますよね?
貴方の実力を信じて、たくさん頼りますよー!
それから……一緒に笑って楽しく過ごしてくれたなら、私たちはとても嬉しいんですよ。
ルーカさんが正式に仲間になってくれて良かったと、心から思ってる。大歓迎です!
もうそうそう、手放してあげませんからねー。
これからもよろしくお願いします。ネコミミヒト族のルーカティアスさん」

「〜〜〜〜ッ」

俯いたルーカが肩を盛大に震わせて、唇を強く噛み締めた。
とてもじゃないが、顔が上げられない……。

仲間たちは何も言わずに、ひたすらルーカの頭やらネコミミやら背中を、優しく撫でくりまわしてやった。

やがて、身体の震えがようやく落ち着いたルーカが「はあっ……」と苦しそうに息を吐き出す。
ポタ、ポタ、とふた雫の涙がベッドシーツを濡らして、丸い跡を残した。

「ありがとう……。是非、末長くよろしく」

「はい!」

「「「「「うん!」」」」」

<感動の一場面で御座いますね……よよよ。
下アングルからの泣き顔、バッチリ頂戴致しました>

「……ちょ、やめてよスマートフォン。せっかく俯いて隠してたのに、意味なくなったじゃない……」

苦笑いするルーカの紫の瞳からまた涙が溢れて、結局皆にも泣き顔を晒すことになってしまった。

「気味が悪い」と誰も目を合わせてくれなかった紫眼を、こんなにまっすぐ見つめてくれる人たちに出会えた。
仲間として歓迎されて、頼られて、守ると言われて、嬉しくて仕方がない。

視界が潤んでいるので[心眼]を発動させると、魂のきらめきが眩しくて、ルーカは頭がくらくらする。
目を柔らかく細めると、また涙が頬をつたった。

ネコミミヒト族ルーカティアスがやがてレナパーティの一員として驚愕の成長を遂げ、ラナシュ中を震撼させるのは、まだ少し先の話。

じゃあその輝かしい未来のためにも、そろそろネコミミヒト族の検証しようぜ!

「やっと泣き止みましたね。
そういえば……ネコミミヒト族って扱いは魔人族ということになるんでしょうか?
魔物使いがテイム出来たんだし」

「んー……そのようだね。ただ比率としては、ヒト族の要素が大半を占めてるかな。
僕のネコ獣人らしい所って、強化された腕力と、生物扱いになったネコミミくらいだし」

「ネコの魔物に変身したりはできないんでしょうか?」

「ふむ。ちょっと待ってね……やってみよう」

レナの提案を聞いて、ルーカが先輩たちから魔物化のコツを聞き出し、大して参考にならなかったがお礼を言って、器用裕福のゴリ押しでなんとか身体を変化させる。
まずは指先に集中。
爪をネコのように鋭利に尖らせた。
▽ルーカは 魔物化の術を 取得した!(5%)

「「「おおーーー!」」」

「……ふう。まあ要領は掴めたな。
まだ大きな変化は無理そうだけど、毎日こんな感じで少しずつ魔物化を試していけば、いずれは丸ごとネコの魔物に変身できそうだよ。
じゃあ次、尻尾」

「「ひゅーーひゅーー!」」

▽ルーカが 金色ネコ尻尾を 生やした!

持ち上がったバスローブの裾からなめらかに揺れる尻尾の動きを見て、クーイズがうずうずとウォーミングアップを始める。
いや、全員があの長い尻尾を狙っていた。

ハッとしたルーカが尻尾を仕舞おうとしたが、なんとネコ尻尾は消えてくれない。
尻尾を出すよりも消す方が難しいよう。

「ここでも運が!?」と小さく叫んでしまって、尻尾が消せないのだと、目をギラつかせた野獣たちに知られてしまった。
普段は慎重なルーカも、愉快な仲間たちには色々ゆるゆるである。

顔を引きつらせて自らの尻尾をひしっと抱え込むルーカ。
想定していたよりもしっかりと感覚があって「げ」と呟く。
自分の状態を再度[鑑定]してみたところ、身体がネコ魔物らしく変化している割合が多いほど、野性みが増して感覚が敏感になるとわかった。

ハッキリ言って、状況は最悪である。

じり……じり……とあとずさると、レナと幼児たちも距離を詰めてくる。
すごーく愉しそうな表情。
やがて、ルーカの背がベッドの柵に当たった。

▽ルカにゃんは 逃げられない!

「ちょ、ちょっと待って……!?」

「3分間だけ待ってやる」

レナがドヤ顏で宣言する。
幼児たちがこのセリフ選びを絶賛し、スマホがこれ見よがしにタイマーをセットして画面をルーカに向けた。
デジタルタイマーの数字が減り続けている。

ルーカはたらりと冷や汗を流しながらも、じいっと皆を視つめて、活路を探っている様子。

……タイマーがあと20秒を切った。
幼児たちが細い指をぐにぐに動かし、手首をこきっと鳴らして、くすぐり攻撃開始に備える!
レナが高らかに宣言した。

「あと10秒です!」

「称号[器用裕福]セット……[感覚共有]! ……よし!
何をしたか、解説しようか。
この従属の首輪の主人との繋がりに干渉して、レナと僕の身体の感覚を”共有”しました。
一緒に苦楽を共にしてくれるよね、ご主人様!」

「何ですって!? や、やだ、全然良くなぁーーい!」

「おそらく体力値トレーニングになるよ、やったね」

「それ後付けの屁理屈でしょうーー!?」

お互いを犠牲にし合ったレナとルーカがぎゃんぎゃん言い合うも、タイマーは正確に時を刻み続ける。

<あと3秒>

「あっ!?」

レナが悲鳴を上げる。あのネコミミと尻尾はくすぐられたらどんな感覚なんだろう!? と顔を青くした。

<くすぐったがりのマスター・レナと、敏感なネコミミ尻尾を完備のルーカティアスさん……。
お二人の感覚が合わさったなら、倍率ドーーーンッ!! フィーバーで御座いますね!>

「「ああーーーッ!?」」

レナのみならず、一度満足そうな顔になったルーカまで叫ぶ事態に陥った。
しまったうっかり!

スマホの宣言を聞いた幼子たちが、目をキランと光らせて、レナとルーカの双方に狙いを定める。
レナの背も、ベッドの柵にゴツンとぶつかった。逃げられない。

<0秒。それでは、高画質録画開始で御座います>

スマホの無慈悲な声が部屋に響く。
恐るべき機動力を誇る幼子たちが、一斉にレナとルーカに飛びかかった!!
▽くすぐり攻撃!!

「「そおーーれ、こしょこしょーっ!!」」

「ルーカのネコミミ、捉えたりぃ! うりゃーうりゃうりゃ!」

「うわああああはははッ、ひいぃっ! ちょ、駄目無理やめてーー!?」

「レーナぁ……うへへ……分かってるよねぇーー!?」

「ここか!? ここがええのんか!? クーもイズも、弱点よぉーく知ってるの! 首元と足裏がイイのよねっ!」

「えげつないポイント!? やだやだ!
ヒーーッアーーッ……! あはははははッ!!
……ルーカさんのネコミミ、いい加減にして下さいムズムズする!」

「ひどい!」

『『あっそうだ。じゃーーーんッ! 魔物になったよ! スライム触手〜』』

「「さすがに勘弁して!」」

叫ぶように全力で笑い声をあげて、ドタバタ騒いでも、淫魔のお宿♡のスイートルームは完全防音。
床も頑丈で、みじんも振動しない。

くすぐられ尽くして、バスローブもすっかり乱れたレナとルーカは虫の息。
目を合わせてようやく[感覚共有]を切ったのだが、後の祭りにも程がある。

仰向けに寝転んでぜえはあしている大人2人に、従魔たちが「とーーうっ」ボスン! とお腹や太ももにダイブした。
「「う!」」

▽レナとルーカは 撃沈した!
▽従魔たち 完全勝利!

疲れていたのになんだかんだはしゃいでしまって、全員の瞼が今度こそとろりと落ちてくる。視界が暗くなった。

ピッタリ密着していると、相手の体の温かさがとても心地いい。
穏やかな眠気に誘われて、今夜はハマルもヒト型のままで、全員適当にブランケットを身体にかけて眠った。

夜景をゆっくり眺めるのは明日の夜になるだろう。
スマホもレナの胸元にそっと寄り添って、仲良く一夜を明かした。

 

 

 

 

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