96:魔王国へ3

「僕は今はただの一旅人ですが、数ヶ月前までは、ガララージュレ王国の第一王子でした。地位の低い側室の子だったので、王位継承権はありませんでしたが。
ガララージュレ王国では、金髪と紫眼を受け継いで生まれた者のみが、王子もしくは姫と認められます。
その特徴が出る確率はかなり低いので、王子はルーカティアス、姫は現女王のシェラトニカの二名のみが逃亡当時、王族として在籍していました。
シェラトニカは正妻の娘。
母の地位が低くとも僕に王子という立場が与えられたのはこの習わしが理由です。
たとえ国王の血を継いでいても、能力が優れない子供は一般の孤児院に送られ、なにかしらの技能に秀でていた場合は公爵家の者として育てられています。
髪と目の特徴を持たないものが王の子として扱われる事は生涯ありません」

「なんと……! ガララージュレ王国は政策等がかなり特異だと噂がありましたが、その伝統については初耳でした。
続けてください」

「はい。ガララージュレ王国の悪い噂は、既にたくさんご存知でしょう。
真偽入り混じってはいるようですが、祖国がよい国でないことは確かです。
政府は悪事に手を染めていて、国民は搾取されている。貴族同士で、常に生き馬の目を抜くがごとく相手を貶めて争っている……。
恥ずかしく、とても申し訳ない話です……。
僕はガララージュレ王国の王子という立場が心底嫌で仕方なかった。疲れ切っていました。
だから……身分を捨てて、逃亡したのです。
国を出て旅をしていた道中、この子たちと出会いました。
索敵が得意なので、その分野で活躍する代わりに、事情を話したうえで仲間入りを許してもらいました」

「逃亡……。大変だったんだねぇ……」

マリアベルがしゅんと眉尻を下げてルーカを見つめると、ルーカは苦笑を浮かべた。

「一人逃げ出したことを叱られるかと思いましたが」

「責められる訳ないでしょ。あの国は数代かけて歪みに歪んでるんだから、ただ一人の力でどうこうできる状態じゃないもの。
あのね。
生を受けて、今の身体で生きられる人生は一度きりなのよ。
貴方だって幸せになる道を歩んでいいの」

マリアベルは翅をパタパタ動かして、ルーカの前に空中停止すると「めっ!」と膨れ面で注意した。

あれやこれや、もっと複雑な事情が絡み合ってここに共にいるのだが……洗いざらい吐き出すわけにはいかないので、ルーカは真実をかなりざっくりと説明している。
嘘をつけば、恐らく感づかれる。
検査官たちの関心を分散させるために、彼らが好みそうな祖国の秘密を少しだけ口にした。
ルーカに王位継承権がなかった理由は他にも存在する。一生、国の便利な道具として扱われる予定だったのだ。

元気だしなよー、とネコミミをつついているマリアベルは、どうやらルーカの過去を覗いてはいないらしい。
もし異世界の存在などが覗かれているなら、いかに諜報部所属のフェアリーといえども、ポーカーフェイスではいられないだろう。
検査官たちは、優秀な従魔たちの魔王国への印象を悪くしないよう、強硬手段には出ない様子。

そっと胸をなでおろしたルーカは話を続ける。

「本当に大変だったのは、逃亡者をこうして受け入れてくれたレナたちだと思います。
たくさん祖国のことで迷惑をかけてしまったし、僕の見た目はこの通り目立つので、常に[幻覚]をかけ続けてもらっていました。
あと、僕も冒険者として戦うことはできるのですが、とあるギルドで以前トラブルがあったのでカード開示が難しく、素材の換金等でもこの子たちを頼っています。
宿も仲間のツテに甘えていますね」

「そうなのですか。聞く限り、見事なヒモですね」

「返す言葉もありません」

ロベルトのちゃかすような言葉にも、ルーカは静かに頷いてみせる。
冒険者ギルドの受付嬢は愛想の良い美人が多いので、ラチェリでとあるトラウマを抱えたルーカは、恐怖心を抱いて足がすくんでしまうのだった。

リリーがネガティブルーカの背中をガスッと蹴り、マリアベルはそのキック技術を賞賛した。

「ええぇ……また暗い事言ってるー。
あの、ロベルトさんマリアベルさん。
見ての通り、私たちも公に言えない事情持ちなので、ルーカさんとはお互い様なんです。
たくさん助けられているし。
どうかおかしな称号を彼にさらに与えるような認識は、改めて頂けたらと」

「……だそうですよ。おや、大変嬉しそうですね」

「そのすんごく揺れてるネコミミ、もうカチューシャの域超えてるよねっ!?
一体どんな魔法がかけられてるの? ううっ職人として気になるぅー!」

マリアベルとリリーが、いきなり動き始めたネコミミにじゃれついている。
自由だ。
レナのフォローを聞いたロベルトが面白そうにニヤリと口角を上げた。
歳を重ねるとだんだん思考も下世話になるのである。

「この耳、ほんと凄い性能だよね……もうちょっと自重してほしいかな。恥ずかしい……」

ルーカは荒ぶるネコミミを手で押さえてみたものの、頬の赤さはどうにもならない。
小さなため息をこぼしてネコミミから手を離し、喜びの感情を抑える事を潔く諦めた。
代わりに、とても綺麗に微笑む。

「みんないつもありがとう。すごく救われてる」

「イイハナシダナーーッ!!」

マリアベルが机に崩れ落ちて、おいおいと泣き始めた。
レナパーティがぽかんとマリアベルを見つめ、ロベルトが額を押さえる。

「ええと。彼女、すごく感受性が豊かなんですね……?」

「検査官としては最低です。
勤務中だぞマリアベル。はあ。冷静になれ」

ルーカのなけなしのフォローはロベルトに完封されてしまった。

「鬼! 悪魔!」「いや雪豹だ」というゆるいやり取りを終えて、ロベルトの制服で涙と鼻水を拭おうとしたマリアベルがハンカチで包まれ饅頭になるというハプニングはあったが、室内はようやく静かになった。
マリアベルは色々不満そうだったが、取り繕うようにハンカチを上品に脱ぎ去って、にぱっと明るく破顔する。

「感動の涙を流したあとって、気分がいいよね!」

「情緒不安定か。仕事しろ」

しっとりしたハンカチを返却されたロベルトはそれをゴミ箱に放り投げ、先ほどから放置されっぱなしの黒地に赤文字の書類をルーカの前に置いた。

ルーカはその文字をじっくりと読み、目をみはる。

「えへへん。んんっ。
ルーカくんの事情は分かったよー!
逃亡中にきちんと工作して、足取りは確実に断った……と。記録しといてねロベルトー。
えらいえらい! よく頑張りました!
もう貴方も知ってるかもしれないけど……ガララージュレ王国の前王夫妻は病が原因で他界、って公式発表されてるのね。
つい最近の話よ。
新たな女王様となったのは、貴方の義理の妹であるシェラトニカって子。
第一王子については死去って事になってる。
貴方達、そっくりなお顔だったのね? 血筋かしら……。
ルーカくんの魂はまあ綺麗だし、親族との縁を切ったからギルドカードの苗字の表記も消えてる。
経歴について、もう危険はなさそうだと私は判断したよー」

「「!」」

『『『『『やったねー!』』』』』

小躍りして喜ぶ従魔たちを、マリアベルが苦笑いで「もーちょい聞いてて」となだめ、真顔になる。

「ただ……一般の人たちと同じように無条件で入国って訳にはいかない。
これからも、公の場ではその目立つ外見は偽った方が良いよねー?
顔の造りでも目立つし、髪と目の色から、ガララージュレ王国を連想されることもありえる。気を付けてもらわないと。
……あの国、今かなりキナ臭いのよ。
悪人がどんどん集ってるらしいし、貴方のことを何らかの取引材料にしようと考える人物がこの国に潜んでてもおかしくない。
私たちも取り締まってるけど、悪人はどうしても紛れこむからね。
シェラトニカ女王が国のトップになってから、近隣国でガララージュレ王国の関係者がトラブルを起こす事案が散見されたんだけど……最近ではピタリとそれが無くなって、代わりにたくさんの職人があの国に呼ばれてる。……攫われた人もいるらしいわ。
他国の闇市での資金集めを終えて、自国の戦力強化に乗り出した……って事なのかしら?
要塞でも作るつもりなのかな。あーヤダヤダ。
……こんな状況だからさー。
もし、シヴァガン王国で大きなトラブルを起こされると、私たちも困っちゃうの。
検査官クビになっちゃうかも! なーんて」

「…………。詳細に説明してくださってありがとうございます」

「うん。気になるでしょう。関係を断ったとはいえ、祖国の事だもの。
一般人も知ってる程度の情報しか話してないけどねー」

ルーカが真剣な表情で、レナたちが不安そうに検査官ペアを見つめる。

「それで。僕の入国のための条件、とは?」

「確実な保証がほしいということです」

ロベルトが同僚の説明を引き継ぐ。
マリアベルは黒い契約用紙の上に立ち、なにやら綺麗な声で呪文を唱え始める。

「確実にトラブルを引き起こすと想定される人物を、私たちは入国させられません。
しかし、それを未然に防げるであろう手段が約束されたなら、例外は認められます。
ルーカティアスさんの場合は……そうですね。
他人の前ではずっと強力な[幻覚]をかけ続けると約束して頂きたい。黒髪のあの青年の姿に。
お仲間にはかなりの負担をかけることになるでしょうが。
それから、万が一貴方が大きな事件に巻き込まれた際、後始末をレナ様たちがきちんと請け負うこと。
この二点を”妖精契約”において、お約束して頂きたいのです」

あとは小さな問題が起こった時には、私たちがサポートすればなんとかなるでしょう、とロベルトは付け加える。

レナたちとルーカが顔を見合わせる。
ぐっ! と親指を上向きに立てて「いいよ!」とアピールする仲間たちを見て、ルーカは「泣いてしまいそうだな」と思った。
瞳の奥が既にじんわりと熱い。

ごめん、と言いそうになったが、仲間が望んでくれているであろう言葉を口にする。

「ありがとう」

……では決まりですね、とロベルトが穏やかに告げた。

マリアベルの詠唱が終わる。
すると、特別な書類の上にぼんやりと黒い影が現れ、やがて集束し、アイテムを形造る。
それは[幻覚]などではない。確かな質量を持ったーー無骨な首輪だった。

目を丸くするレナたち。
ルーカは青ざめて首輪を凝視している。ごくりと生唾を飲み込み、喉が鳴った。

マリアベルの空色の瞳はじっとルーカを視定めている。

「ヒト型を取れない知能ある魔物がこの国に入国する時、きちんと保証者がいますって周囲にアピールするために付ける首輪だよ。
貴方は魔物じゃないけど……これを付けてると、トラブルが起こった時には必ずお仲間たちが呼ばれるから。
貴方と、契約するお嬢さんの入国義務ということになる。
常にルーカくんの位置情報がお嬢さんに把握されるようになるでしょ。
あと、ルーカくんが強い不安感を抱いた時には、お嬢さんの脳内に警報が鳴り響く魔法がかけられているの。
魔物が迷子になった時はもちろん、激昂した時や、万が一捕らえられた時にも、心は不安を感じているものだから保証者が幅広くトラブルに対応することができる……という仕組み。
もしお嬢さんが警報を無視(スルー)した場合には、頭が割れそうなくらい音が鳴り続けるから気をつけてね。
これくらいの縛りはどうしても必要なの。いい?」

「……ルーカさん大丈夫ですか……? 顔色が良くないですが……」

ルーカの様子がおかしいと感じたレナと従魔たちは、マリアベルへの返事をいったん保留して、困ったようにロベルトを眺めた。
しかし、これだけが解決策です、と小さく首を振りながら答えられる。
別の手立てはないようだ。

首輪は、魔物に付けることを考えると幅が狭く華奢な印象だが、明らかに”首輪”だと分かる見た目。
人がこれを付けるとなると、抵抗も感じてしまうだろう。
そこまで考えて、レナははたとひとつの可能性に気付いた。

(あ。首輪って……もしかして。
過去にガララージュレ王国にいた時に……!?)

「まいったな……」

レナも顔色を蒼白にして、検査官に伝えるわけにもいかない”強制従属の過去”についての事情をどう解決しようか……と視線を彷徨わせ始めた時に、ルーカがため息をつきながら首輪に手を伸ばした。

検査官たちが見守る中、抵抗なくするりと首に巻いて、金具を止める。

固まっているレナに向き直って、苦笑して一瞬だけ目を合わせると、頭を下げた。

(……これさ。なんと、ガララージュレ王国で親に付けられてたやつと、まるで同じデザインの首輪なんだよね?
魔法で”その者が一番嫌がる見た目”を作ったんだろうけど。
僕がどこまで従順になれるか試している気がする。
検査官たち、結構いやらしいね)

「!?」

「また色々と負担をかける事になるけど……貴方たちと一緒にいさせてほしい。とても楽しいから。
僕が手伝えることはなんでも頑張るから。どうかたくさん頼って。
契約、よろしくお願いします」

金色の耳がピンと力強く立っているのを確認して、レナはようやく、握りしめていた拳の力を緩めた。
心臓が早鐘を打っていたので、すうっと息を吸い込んで心を落ち着かせる。

ルーカの前髪の間から紫色の瞳が覗いているので、さりげなく見つめて[テレパシー]で少し言葉を交わす。

(……本当に大丈夫ですね?)

(この首輪で契約すること?
むしろこちらから契約をお願いしている状況だよ。
身元保証契約のために首輪を用意されたのは正直驚いたけれど……レナが、この首輪にかけられてる[従順効果(微)]の効果を悪用する心配なんてしてないし。
貴方たちのことをこの世界で一番信頼してるから、大丈夫)

レナはホッとした表情で微笑んで、目の前のルーカの金色頭を撫でてやる。
念話が聞こえていなかった従魔たちも、どうやらいい方向に話がまとまったようだと察して、それぞれ耳や尻尾、翅、ボディを嬉しそうに揺らした。

「よーしよし」

「えー?」

レナが金髪をわしゃわしゃ撫でると、指の間からスルリと金の線がこぼれ落ちる。
スライムジェルでトリートメントしている髪はツヤツヤなのだ。

このやりとりに、場の空気がやんわり和んだ。
晴れやかな表情で振り返ったレナは、机の上にお腹と口元を押さえて転がっているマリアベルに声をかける。

「お互いに同意しました。それでは妖精契約、よろしくお願いしますね」

「ちょ、ちょっと待ってぇ……! いひひっ、お腹痛いーっ! あ、貴方たち面白すぎるって……!」

「ありがとうございます。待てません」

「素晴らしい。是非そうしましょう。立つんだマリアベル」

「ああ鬼畜だらけ……!」

仲間を怯えさせられたレナは容赦がなかった。頑なな言葉と貼り付けたような笑顔でマリアベルを急かす。

さすがに空気を読んだマリアベルはなんとか笑いを鎮めて立ち上がり、えへんと咳払いする。

「……じゃ、首輪にこのアクセサリーチャームをつけて」

レナに手渡されたのは、小さな長円(オーバル)形の、無色の水晶がはめこまれたペンダントトップ。
首輪の金具に引っ掛けるようにして取り付けた。
マリアベルがきちんとくっ付いていることを確認して、うんうんと頷く。

「これが妖精契約の媒体になるのよー。
さっき説明した保証契約の内容が、あらかじめ刻み込まれてるわ。
リリー様がいらっしゃるからご存知だとは思うけど、[フェアリー・コントラクト]は大掛かりな魔法だから、契約の場を整えるために時間がかかってしまうの。
その作業時間を効率化するために、魔法付与アクセサリーを使ってるというわけ」

どうやらリリーが即効で契約のためのドームを創り出せるのは、かなり特別なことらしい。別に驚かない。

「そうなんですかー」

「あっ、ちょっ、お嬢さんの声がなんか冷たい。ごめんってばー。
ヒト族の彼にこの首輪はさすがに可哀想だったよね?
んでも、もーちょい我慢してて!
水晶の部分に、保証者の指を触れさせてね」

マリアベルの物言いに含みを感じながらも、レナは人差し指で、首輪に付けられたペンダントトップにそっと触れた。
マリアベルが、承認の呪文を紡ぎ始める。

「ーーライトフェアリー・マリアベルが妖精契約を承認します。
対象は藤堂レナ、ルーカティアス。
契約内容は水晶に刻まれているとおり。保証者が藤堂レナ、ルーカティアスを保護観察することを約束します。
双方の意思を確認……完了。
ーー【フェアリー・コントラクト】! 契約が結ばれました!」

美しい声が高らかに部屋に響き渡ると、マリアベルは白い光に包まれた!

光はリボンのように形を変え、妖精の元を離れると遊ぶようにレナとルーカの周りを一周し、レナの手首から指先をくるくると回る。
それから、指先側からすうっと水晶に吸い込まれていった。

全ての光が水晶に収まると、ペンダントトップは鮮やかな赤に色づく。

「ありゃ? このペンダントトップは保証者の適性魔法と同じ色になるから、お嬢さんの場合は黒か緑のはずなんだけどなー……?
……赤色好きだもんね! そんな事もあるか! あはは!」

それでいいのか魔王国重役。ざっくりしている。

笑い流すマリアベルに対して、なんとも言えない表情をしているレナ。
そして、興味深そうに首元の赤いペンダントトップに触れるルーカ。
二人は、お互いの中に妖精契約の確かな繋がりができたことを感じていた。

世界の福音(ベル)が鳴り響く。

<[従魔契約]が成立しました!>
<従魔:ルーカティアスの存在が確認されました>
<従魔:ルーカティアスのステータスが閲覧可能となりました>
<ギルドカードを確認してください>

「「……ああーーーーッ!?」」

それでいいのか異世界ラナシュ。いいのだろう。

思わず叫び声をあげてしまったレナとルーカは悪くない。
ヒト族が魔物使いにテイムされる事故……失礼、事案など前代未聞もいいところなのだから。
従魔たちがきゃっきゃっとはしゃぎだす。

『『えっ、うは! まじでーー!?』』

『クスクスクスクスッ! い、いらっしゃい、ようこそ……こちら側へ!』

『わーネコミミヒト族判定なのかなー。……ボクが前にそんな事言ったせいだったり? まさかねー』

『ん? ルーカがテイムされても、今までと何も変わらないよね。なら良し!』

<今日はなんとも素晴らしい記念日になりましたねーーッ!
さあさあ記録致しましょう! え、マジックバッグの中だろうって?
ははは、マスター・レナの従者である私を甘く見ないで頂きたい!
ラナシュネットワークに接続中……接続中……。[第2の眼(レンズ)]アプリを確認。ダウンロード中…………完了で御座いますーー!>

頭にキンキン響くスマホのハイテンションボイスがつらい。
また出来ることが増えている。それに接続速度が速くなっている。そういう存在(モン)なのだ。

突然騒ぎ始めたレナと従魔たちを、検査官二人が驚いたように眺めている。

「な、なになに? 何事?」

魔王国へ入国するには従魔たち全員の登録が必須である。
レナは覚悟を決めた表情でルーカの頭にぽんと手を置き、ぐいっと二人で頭を下げ……新たな我が子を紹介した。

「この子はルーカティアス。種族はネコミミヒト族。
この度、”妖精契約のついでに従魔契約が結ばれたようで”、晴れてウチの可愛い子になりました。
どうぞよろしくお願いします。
もちろん、主人である私がトラブルの後始末でもなんでも引き受けましょう。
いじめちゃダメですよ!」

「これから、改めてよろしく。えーと、こちらが僕のご主人様で……うっ」

マリアベルとルーカが笑いの大海原に沈んだ。

***

レナパーティが魔王国の正門をくぐって、ついに王都に足を踏みいれる。

魔王国には巨大な王都のみ、地方の街は存在しない。
小さな街をいくつも作ると、種族が偏ることが想定される。
それが原因で、街ごとに特殊な風習が出来上がり、結果、少数派の種族が住みづらくなるなど差別が発生することが懸念された。

もし異色な者たちが街から出て行って、種族が単一化してしまうならば、魔王国近隣のそれぞれの集落で暮らす日常となんら変わらない。

せっかく魔王を旗印に皆で集おうというのだから、ごちゃっと豪快にまとまって楽しくやろうや! というのが、シヴァガン王国の由来でモットーである。
よって、法律もかなり幅が効くように作られている。
元が魔物な魔人族たちは、基本的に大ざっぱな脳筋が多いのだ。

個性豊かな種族を、その力で見事にまとめあげている魔王という存在について少し語ろう。
魔王がいるからこそ、シヴァガン王国は統率され、治安が守られているのだ。

魔物は強い者に従う。
よって、魔王とは魔人族最強の者でなければならない。

2年に1度、次期魔王を決めるための”武闘大会”がこの魔王国で開かれる。
数多の強者を、己の剛脚で、鋭い牙で、恐るべき攻撃魔法で蹴散らし、頂点に立った者こそがーー魔王として国民に認められ、崇(あが)め奉られる。
それは最高の栄誉だとされている。

魔人族たちは、どれだけヒト族らしい娯楽に染まっていようとも、根底では野生の本能を忘れられない。
群れの頂点に立つ、その瞬間に焦がれた猛者たちが、ジーニアレス大陸各地から我こそはと集う大会までは……あと半年ほど。

現在、玉座に座るのは歴代魔王の中でもかなりの強者だと言われる、デス・ケルベロス。
敬愛と畏怖を一身に集めている存在だが、彼をよく知る者は、あれはかなりの曲者だと日々ボヤいている。
宰相など毎日のように額に青筋を浮かべて書類片手に追いかけ回して……おっと、これ以上は今後レナたちに語ってもらうとしよう。
もしそのような機会があれば、だが。

「ねぇ、ご主人様」

ルーカが面白がってレナを呼ぶ。

「今は普通に呼んで下さいよ……ルーカさん。
主従関係として見られる場でだけ、お互いにそれらしく振舞うって話しあったばかりじゃないですか」

「従えられてるのに幸せって、なんかおかしくってさ。つい」

「もー。過去をからめた返しはズルいですよ。
せっかくマリアベルさんに、首輪のデザインをアクセサリー風に変えてもらったんだから、誰も”従者のくせに生意気だ”なんていちゃもんつけてきませんし。
今まで通りに気兼ねなくお話しましょう」

『黒リボンの、オシャレなチョーカー……だよね。赤の宝石に……凝った金属宝飾。すごくきれい!』

リリーがルーカの肩に蝶々型でとまって、うっとりと首元を覗き込む。
綺麗なものが好きなのだ。
宝飾技術に興味を示したリリーは、マリアベルに熱心に業界加入を勧められていた。
近々、彼女は入門書類をまとめてまたリリーに会いに来るらしい。

「そうだね。
このチョーカー、かなり熟練の技で再構築されたようだよ。
([魔眼]がバレるといけないから、集中してじっくり観察はできなかったけれど、あのフェアリーは少なくとも100年は生きてると視た。
生きた年数をムダにしていない証の驚くべき魔力量、宝飾加工技術の高さ、それにかなり高度な[心眼]持ち。魂の善悪、言葉の真偽、過去をある程度覗く力があるようだ。
ロベルトの同僚らしい素晴らしい技能だよね)」

「ほんと、あの場を無事に切り抜けられて良かったぁ……」

レナが歩きながら、ほうーーっと全身の力を抜くように息を吐き出す。
ルーカはクスクスとひたすら笑い続けている。
あの検査官たちと別れてからは、上機嫌な表情を隠そうともしない。
黒髪と、ついに装備品ではなく頭に本当に生えている事になったネコミミを揺らしながら、軽やかに仲間の隣を歩く。

『『うりうり、後輩よーー!』』

「やあ、スライム先輩。ふつつか者ですが何卒よろしくお願いします」

『『先輩と呼ばれるこの感じたまらんなぁー!』』

『ルーカー、語尾ににゃんって付けなよー』

『ルーカ、お手』

「こら、ハマルにシュシュ。さすがにそれはやらないよ?」

『『ぶーぶー!』』

先輩従魔たちとふざけ合うルーカは心底楽しそうだ。

金色モンスターテイムとは驚愕極まりない事件だったが、結果としてみんな丸く納まって良かったな、とレナもふわんと破顔した。
とてもではないが事態は納まってなどおらず、はみ出しまくっているなんて言えない。

「観光案内所で、ルルゥさんの仲良しの人が経営してるお宿♡へ宿泊予約もしてもらったし。
紹介状があるって言ったら割引までしてもらえて、ラッキーだったよねー!
魔王国王都の地図ももらったから、これからちょっと商店街に寄ってお買い物して、必要な生活用品を揃えようか。
うふふ、どんな食材があるかなーっと。楽しみ!
サンダーコッコのゆで卵屋台は持ち帰りができるらしいから、夕方早めに買ってお宿♡でみんなで食べようね。
ヒト型で食べたほうが味をきちんと感じられるし」

『『『『『やったーー!』』』』』

「名物の卵料理。すごく楽しみ!」

レナたちはわいわいと楽しそうに商店街に向かう。
途中「笑いすぎた」と自己申告したルーカの目尻には、うっすらと涙が浮かんで光っていた。

ーー笑う門には福来たる。
今回は特大の幸福が、ルーカのもとにやってきたらしい。

***

レナたちが去った検問の個室では、ロベルトとマリアベルが蜂蜜レモンティーを手に乾杯していた。
マリアベルはヒト型になっている。

「〜〜ぷはあっ! やっば、ちょー美味しい。仕事終わりには一杯やらなきゃね〜」

「妖精族は本当に甘いものが好きだな。そのままで甘い飲み物に、どれだけ蜂蜜を追加した?」

「んっとねー」

「言うな。胸焼けがしそうだ」

「なによー!」

「「お疲れさま」」

一口飲んで軽口を叩き、また乾杯する二人。
カチン、とグラスの口が硬質な音を立てた。

「マリアベルと組むのは疲れるが、今日も称号の”ミラクルガール”が冴え渡っていたな。
全て上手く事が運び、なんだかんだ魔物使いの藤堂レナにも貸しを作ることができた。
今回の調整は善意として受け取ってもらえばいいと告げたが、彼女は義理堅そうだから、魔王国にとってプラスとなっただろう。
いい日だ」

「ふふん、もっと私をねぎらってくれていいのよロベルト!
私にとっても、今日はいい日だったなー。だってだって、妖精の王族候補の方と知り合いになれたんだよ!?
リリーさぁん、綺麗だったー……うふふ……さっそく黄魔法の技術訓練方法、まとめて持っていかなきゃ!」

「業務開始時間に遅刻したことは上司に報告させてもらうから、今後は気をつけるんだぞ。毎回言っている気がするが……。
それにしても、すさまじい冒険者パーティだったな。
従魔が全員レア種族だったとは。
それにネコミミヒト族の誕生か……」

「うぷぷっ! 笑わせないでよロベルトー! やっと笑いの衝動が収まったところなんだからね……!?
ビックリしたよね。
確かに、ネコミミカチューシャを付けたルーカくんの見た目は獣人みたいだったけど、彼を魔物使いの従属範囲にするために、まさか世界が後天的に種族を変えちゃうなんて!
こんなことってあるんだねー!」

「ミラクルだな」

「ね! 自分が怖いわぁ」

「反動には気をつけろよ。
まあ今回はマリアベルが得をしたというより、あの元王子が救われたのだから大丈夫だと思うが」

「あたぼーよ。ま、気をつけるわ。
前回すっごく良いことがあった時は、その日の夜に酔いつぶれて農具屋の牧草箱の中で寝ちゃって、危うく牛のご飯として出荷されるところだったからねー。
胃袋の中で溶かされ死ぬかもしれなかったなんて、ビビるぅー」

「笑えるな」

「こんな時だけ笑いよって! ロベルトこらぁーーっ!」

マリアベルはロベルトの鼻をデコピンしようとしたが、攻撃モーションをかっこ良く長々ときめてしまったので、いざ攻撃という時には見切ったロベルトが氷の壁(小)を出現させ、爪を思い切り打ち付けてしまい悶絶していた。
これが100歳の妖精族。……なにも言うまい。

「……い、いたた。
結局さ、ルルゥ様からの推薦として魔王様に紹介されてることは言わなかったんだね?
私が来る前にも話してなかったんでしょ」

マリアベルが蜂蜜マシマシレモンティーをぐいっと勢い良くあおって、むせて、中身を空にしてからロベルトに尋ねる。
ロベルトは難しい顔になった。

「……ああ。その件については魔王様と上層部で、どうするか相当揉めていてな。
そもそも、優秀な魔物使いがいたら報告しろとミレー大陸の部下たちに伝えたのは魔王様の独断だったらしいんだ。
事情を聞いた宰相様は、血管が破裂せんばかりにカンカンに怒っていた。
魔王様は逃げ回ってる」

「うわあ」

「俺が命じられたのは、ひとまず藤堂レナ一行が魔王国を訪れたら、丁重にもてなせという事だけだったな。
規格外な能力を持った人材なのは事実だから。
それにしても、諜報部の重役を直接の対応役に命じるとは驚いたが……政府上層部たちも、よほどあの魔物使いに期待しているらしい。
なにせルルゥ様が力と人柄をお認めになった者だし、興味も抱くか。
……良くも悪くも、ヒト族の職業”魔物使い”は、俺たち魔人族や魔物にとって特別な存在だしな」

「そうだねぇ……」

マリアベルとロベルトは苦笑いして、空のグラスに蜂蜜レモンティーを注ぎ直す。
ロベルトが魔法で氷を作り出して、透き通ったブラウンの液体に浮かべた。

「善い魂の子たちだったよ。レナちゃんのは、初めて視たくらいキラキラだった!」

「そうか。それでは、支えてやらない訳にはいかないな」

「魔物使い、藤堂レナと従魔たちの旅路に幸せあれ!」

「願わくばシヴァガン王国に永住してもらいたいものだ」

「「乾杯!」」

幸運は加減が大切だと知っているはずだろうに、ミラクルガール・マリアベルはやっちまった。

レナパーティのこれからの魔王国での日常も、とても賑やかに彩られるのだろう。

 

 

 

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 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
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