94:魔王国へ

港街グレンツェ・ジーニから魔王国までを繋ぐ幅の広い国道。
その終着地点で立ち止まったとある冒険者たち。
ヒト族二人、スライムが二体、蝶々、ヒツジ、ウサギの魔物。少女の懐の中には異世界の意思ある機械、スマホが収められている。
つまりレナパーティの目前には、巨大な王国門がどどーんと鎮座していた。
レナがおでこのあたりで手をかざして、高くそびえる建物を仰ぎ見る。

「すごくおっきぃーー」

「そうだね。
基本的には人型の者たちが通るんだけれど、まだヒト型になれない大きな魔物が魔王国に出入りする場合もあるだろう。
天井が高く、石柱の間隔は広く、魔物が通りやすいように検問所が作られているんだ。魔人族たちが多く暮らす国らしいよね。
石柱には高度な魔法がかけられていて、強度が増していると文献で読んだ。
壁で囲っていない国境線については、国属術者が結界を張っているはず。
魔王陛下が治めるシヴァガン王国。正式名称シヴァガルドニアン王国の国門……だね。
巨額の資金を使って建てられた美しい建造物は、ここだけでも観光名所として素晴らしい価値があるよ」

隣にいたルーカがさらりと知識を披露した。
レナは慣れたもので、「ルーカさんはすごいなぁ」とのほほんと相槌を打つ。

『『へぇーへぇー』』

『『へぇへぇ、へぇへぇっ』』

『へーーっ!』

<13へぇ、出ました! なかなかの数で御座います。
皆さん納得の詳細な説明、長引かせすぎないところも素晴らしい。
是非敬意を込めてルカペディアさんとお呼び致したく!>

「ありがとうスマートフォン。でも呼称は普通にルーカでお願い。長いし。
昨日見たトリビアビデオの内容にさっそくみんな影響されてるね」

昨夜は入国前日ということで、皆なんとなく早い時間に寝る気になれなかった。
そこで1時間だけ野外でスマホのダウンロードビデオを視聴したのである。
内容は、地球のちょっとしたマメ知識を番組が紹介して、出演者が「へぇ」と納得したぶんだけボタンを押すというもの。
[サンクチュアリ][黒ノ霧]でブラックルームを出現させ、奇襲対策もバッチリの視聴室で大いに盛り上がった。

それなりに夜更かししてしまったが、[快眠]スキルで効率よく眠り、体力は回復している。
万全の体調とは言えないが、魔王国に入った当日も観光を楽しめるだろう。
現時点で、日はまだ登りきっていない。

『『あのボタン連打してるの、面白かったよねー!
番組でやってたレナの故郷のマメ知識は、よく分かんなかったけどぉ』』

『ね、ご主人さま。あのへぇって言う、ボタンの……夢をみてほしいな。私、アレ欲しいの!』

『シュシュもー!』

『[夢吐き]をご所望でしょうかー? またお申し付け下さいー』

「皆、釘付けでスマホさんの立体スクリーン観てたもんねー。投影壁がなくても映画館が作れるの、すごいなぁ。
へぇボタンの夢は……見れるよう気にして努力してみるけど、いつ成功するか分からないからね?」

『ありがと! ご主人さま。楽しみに待ってるね。
じゃあ、それまでの間は……ここが、へぇボタンってことに、しよう! ぽちぽちっ』

<ああーーんっ! リリーさぁん、そんな所押されちゃうと…………へぇへぇへぇへぇ!!>

スマホの順応力が高すぎる。
蝶々リリーに細い足でホームボタンを連打されて、あられもない声を上げた。
本来ボタンが押されるほどの力ではないのだが、スマホのサービス判定である。

▽スマホのボタンに クーイズリリーが 群がる!

這い上がるスライムの人柱になっているレナは重みとくすぐったさに震えて耐えていた。
スマホがしまわれているのはレナのシャツの内ポケット。
そういうこと。

「こ、こらみんな! そんなに引っ張られると、私の服の首元伸びちゃうからねっ!?
手加減して……クレハとイズミ、ストップ! その動きはアウト。ストップ! 小刻みに揺れないで!」

『『やーーんっ! 最近これ出来てなくてさみしいも〜ん』』

メロン大に成長したスター・ジュエルスライムは、進化してからレナの胸元に潜り込むことが出来なくなっていた。
細身で小柄な少女の虚乳(きょにゅう)としては、メロンサイズはデカすぎるのである。
今回、潜りこむ口実を得てこれ幸いとレナにじゃれついているが、スルリとスライムが入り込んだ胸元はぐにょぐにょとうごめいており、ハッキリ言って不気味の一言だ。

「何してるのレナたち……目立つし、僕の笑いの衝動がもうそろそろ限界だから早くやめようね」

ルーカの限界突破が早い。

『それくらいは堪えてよルーカぁ。
理由のかたっぽ、私情甚だしいよー?
そんな程度の信仰心じゃあ、とてもじゃないけどレナ様の従魔を名乗らせてあげられないなー。まったくもー。
んー……ルーカがもしもテイムされたらー、ラナシュの種族認定はきっとー……ネコミミヒト族とか』

「ハマルやめてほんと笑うから、ふはっ……!!」

『これだからルーカはダメダメだねー……ね。シュシュー』

『断罪したいな』

▽シュシュは 光の消えた目で ルーカを見上げている。
控えめに言ってやばい。

『ここでの極大魔法は目立つから、だーめ。先輩からの忠告だよー。
レナパーティはー、騒がず目立たず穏やかに、が目標だから。ね?』

『どれもありえないと思うの』

『否定はできませんー。シュシュはキッパリ言うねー?』

『気持ちを偽ったって良いことないもん。シュシュ、学習した。素直上等!』

ハマルとシュシュの会話を聞いていたルーカがついに膝を折った。

<称号:[笑い上戸]が追加されました!>

当然の展開である。
ルーカのこの称号取得は約束された未来だったのだ。
道端であからさまに爆笑を堪えていれば、周りの旅人たちから「あいつすんごい笑ってるなー」と認識されてしまう。
その複数判定が称号取得のダメ押しとなった。

ようやくクーイズを説得して引き離したたレナがぐったりと項垂れながら、ルーカたちに視線を向ける。
リリーにも「ここでスマホさんを出すのはマズイからね」と諭して、蝶々が抱え込んでいたスマホを懐にしまい直していた。
主人と密着している方がスマホの成長も早いだろう、という配慮でそこが定位置になっている。

「はあ……つ、疲れましたー」

「お疲れさま」

『ボクを下敷きにして[快眠]しますかー? レナ様ー』

「ハーくん言い方! ……でも、あとでお願いしようかな。また夜によろしくね。
入国審査に並びましょうか?」

レナがうかがうようにルーカに話しかける。
盛大に肩を震わせていたルーカはゆっくり立ち上がって、ズボンの膝についた土を払った。
少し弱々しい笑みを浮かべる。

「……うん。そうだね」

レナたちとルーカがずっと頭を悩ませていた”一緒にいるための理由”はーーまだ、見つかっていなかった。

じれったく言葉を濁しながら、ただ誤魔化すように静かに隣に並んでいる。
魔王国まであとほんのわずかの距離。どこまで一緒にいられるだろうか?

ヒト族の心って面倒なのねー、と従魔たちがこっそり顔を見合わせ、ため息をついた。
当たって砕けろ思考のシュシュが、ムスッと頬を膨らませながらルーカのブーツの踵を蹴る。

なんだか微妙な空気の中で、レナとルーカはへらっと苦笑しあって、先ほどから集まってきている視線を避けるように、足早に王国門へと足を進めた。

***

魔王国の検問所はさすがに大賑わいだ。
魔王国に国籍を置くものは早く通れるが、それ以外の者はかなり長く列をなしている。

ヨーロッパの神殿を連想させる大きな門は、石柱の間ごとに通る者が決められている。
魔王国民、ジーニ大陸の各魔人部族、ミレー大陸からのヒト族、商人……など。
これは差別ではなく、効率を最優先した方法である。
公平ではないが、まとめて同じ審査をしたほうが少しでも待ち時間を減らすことができるので、この件で文句は出ていない。

列に並ぶ者たちは身体の大きさも造形も様々。
小さなポーチと武器以外は身一つで堂々と立つ屈強なリザードマンもいれば、小学生くらいの背丈のコボルト族も、大馬車をいくつも引いているヒト族の大商人もいた。
周囲一帯は人々が小声で雑談するため、ざわついている。

「レナたちはこの検問所の……一番端の列に並ぶべきだと思う。
門番に、あらかじめ特別な事情などを相談したい者はそこに向かっているようだ。
別室に通されるから時間はかかるけれど、常に複数人に[幻覚]をかけている以上、普通の旅人として検問所を通ることは難しいだろう。
まだ赤の祝福装備に変化していない呪いの魔道具も、アリスからの所持証明書を提示して持ち込み許可をもらっておくことを勧めるよ。
ここの門番は皆、特別な目を持っていると考えて間違いない。なにせ大国だからね。
姿を偽ったまま普通に検問を通ろうとして、やましい事があるかと疑われるよりも、自分たちから事情を説明したほうが心象がいい。
まあ従魔たちの事情が事情だから、話すのは緊張するだろうけど……」

ルーカが門の一番左端を指差した。

「た、確かにその通りです。
ただ、希少種の魔物って告げてトラブルに巻き込まれなきゃいいけどなぁ……」

「それで国に搾取されたりするような事がまかり通っているならば、魔王国はこんなに明るい活気に満ちていないと思うよ。
大丈夫だと思う。
ただ、スカウトくらいは警戒した方がいいかもね。
高位政府関係者はレア種の魔物や、それぞれの種族の上位実力者たちが担ってるはずだし、希少種の魔物だからって入国拒否はされないはずだよ」

「分かりました。説明、頑張ってみます!
そして面倒な接触があればできるだけ回避したいと思います……」

「賢明だね。みんなも静かにしてようね」

『『『『『はーーい!』』』』』

はたして、トラブルに一切巻き込まれないことが可能なのだろうか……という点は、レナたちとて理解している。絶対無理。
それでも願わずにはいられない。

きゅっと手のひらを重ね合わせて、レナはお祈りポーズをしておいた。

『ご主人さま……私たちが希少種で、たくさん苦労、かけちゃうね……?』

「貴方たちの力にこれまでどれだけ救われていることか!
リリーちゃん、心配させちゃってごめんね。
みんな強くてとても頼りにしてるし、可愛い姿で一緒にいてくれて毎日癒されてるよ。ありがとう。これからも末長くよろしくね」

『『『『『女王様ぁーー!!』』』』』

「普通に呼んで!」

これはまたいつもの。
主従が抱きしめあい、むぎゅっとコンパクトにまとまる。
先ほどの「静かにね」『はーい!』のやり取りを即行で忘れ去られたルーカが、己のこめかみをぐりぐり揉んだ。

再度落ち着くように皆に注意して、ルーカは己のギルドカードを取り出しす。
さっと目を通して、一箇所を見つめるとぽかんと口を半分開けて立ちぼうけた。

「……!? さっきの[笑い上戸]の称号効果……う、運が良くなるって」

「ウソでしょう!? あのルーカさんの運が!?」

「レナ最近ひどい」

思わず本音が飛び出してしまったレナはてへっと誤魔化す。
従魔たちも目を剥いて驚愕している。

「そんなに過剰に反応されちゃうとちょっと傷付くんだけど……いつもご迷惑おかけしてます。
昨日ダンゴバチにおやつのはちみつケーキを盗られた時は、みんなのを分けてくれてありがとう」

『感謝はしかと受け取ったー。しかしまったく、ルーカはしょうがないなー』

『クスクスクスッ』

『倍にして返してね? 今日のご飯当番は貴方だから、シュシュは大盛り希望』

従魔たちの反応に、ルーカがくすっと笑う。
日々ささやかな悪運に見舞われているのだが、いつだって仲間の主従に助けられていた。

ーーー
[笑い上戸]……よく笑うものに贈られる称号。笑う門には福来たる。つねににこやかに過ごしていれば、良い事があるだろう。
セットするとしばらく笑いが止まらなくなるが、その後は逆に笑えなくなる。笑いの前借りが可能。
ーーー

ごくり、とカードを覗き込んだレナが生唾を飲み込んだ。

「うわ、本当に運が良くなってそう」

『『運ステータスは上がってないのっ?』』

「そちらは5のまま変化なし。残念。……不思議だよね、生まれてこの方ここだけは絶対に変化してないんだ」

ルーカが遠い目になったので、おそらく過去のあれやこれやを振り返っているのだろう……そっとしておこう。
うっすら腕に蕁麻疹(じんましん)が現れているのは、面食いお嬢さんたちに追い回されたトラウマの後遺症である。
ルーカは軽い女性恐怖症で、ふわふわ女性らしい見た目の恋愛好き乙女がとても苦手だ。

……もし、本当に悪運が改善されたならば。
「魔王国までの旅の同行」という理由と同じように、ルーカがレナパーティとともにいる言い訳がまた一つ無くなってしまったということになる。
「幸運にあやからせてもらいたいから見捨てないで!」などと情けなくすがるつもりは元から無かったが……。
なんだか落ち込んでしまって、ルーカのネコミミの先端がへにゃりと折れた。

どう声をかけようかと、レナと従魔たちは視線を交わらせて、とりあえず……いつもの調子で前向きに背中を押すことにする。
彼が気負わずにパーティにいられる上手い説得内容は思いついていないが、きっとそのうちなんとかなるのだ!
前向き代表、リリーとシュシュがにかっと笑う。

「えっと。宿場町でもらったチラシに、今魔王国ではサンダーコッコのゆで卵が流行ってるって書いてあったよね?
香辛料のソースがたくさん揃ってて、すごく美味しいって!
私たちは入国したらその屋台に行くつもりなんですけど、ルーカさんのご予定はいかがでしょう?」

「! 僕も……それを食べてみたいな」

「じゃあ行く方向が一緒みたいですし、そこまでまだ同行しませんか?
検問所、一番端っこから通りましょうよ」

落ち込んだ時はごはん!
主にシュシュの持論であり、レナパーティの総意である。
食事の誘惑は、つよい。

ルーカはぱちくり瞬きすると、ネコミミをぱたぱたさせてとても嬉しそうに笑った。
地味姿のジミーだが、心からの笑顔を浮かべるとぱっと花が咲いたように表情が華やぐ。
顔のベースとなっている、トイリアの魔法使いジーンもおそらくそうなのだろう。

「是非、そこまでもよろしく」

<笑う門には福来たる、と。なるほどなるほど>

スマホの呟きを聞いて、そうだといいなぁ……としみじみ思いながら、ルーカとレナたちはようやく端の列に並んだ。しばらく待つ。

門番にギルドカードを提示して、魔物使い一行であることを確認してもらうと、従魔とともに個室に案内された。

門番はレナたちの後ろ姿をとても興味深そうに眺めており、聞こえないほどの小声でこっそり「頑張れよー」と呟いた。

***

門の隣に併設されている石造りの建物の内部は、たくさんの小部屋に区切られている。
ずらりと並んだ扉の一つ、指定された部屋をルーカが魔眼でこっそり覗き視た。
頭を抱えた……。

「(悲報。トラブル発生のお知らせです)」

「(早い!?)」

「(検査官としてありえない立場の人物が控えてるよ。偶然……はないだろうな。
どこかで僕らの特殊な事情が漏れた? 心当たりは……色々ないこともないけど。どれが原因だろうね。まあここに行くしかない)」

「(ちなみにその方の役職というのは……?)」

「(魔王国の諜報部署の重役。実戦のエキスパート。仕事柄もあって魂はグレーだけど、本質は善人のようだ)」

「(ひいっ)」

<フッフゥーー! 生きた情報担当、ルカぺディアさん万歳!>

「(その呼び方直す気ないね、スマートフォン)」

<ええ。前向きに善処します、とあの時お答え致しましたので。
この言葉、実は意味はほとんど”いいえ、お断り”なので御座います。日本の言い回しって奥が深いですね!
私は臨機応変に対応致します!>

いかにも構ってほしそうにドヤ声で脳内通話してみせるスマホをいったん皆はスルーして、真剣な表情になり頷き合う。
リラックスさせようとしたギャグは今回は不発だった。

……行くしかない。
可愛い従魔たちが、安心してお着替えできるブレスレットを手に入れるために!
いざ、魔王国!!

ついに……ドアノブをひねり扉を開ける。

ルーカが一番先頭で、静かに足を踏み入れた。
後に続くレナとの二人分の靴音が、小さく室内に響いている。
従魔たちは足音を立てずに歩いて、検査官を主人たちの背後からじーーっとジト目で見つめて、ちょっぴり威嚇していた。

室内には茶色のカーペットが端までしっかり敷かれており、真ん中に大きめのテーブル、椅子が数脚揃えられている。
ふかふかカーペットには形状維持とクリーン効果の魔法が付与されていて、旅人の疲れた足を労わってくれる。
ハマルとシュシュが心地よさそうに足踏みしていた。

入室したレナたちの対面には、しなやかだが厚みのある体つきの中年男性が待機している。
威圧感などは感じないが、彼の正体を知った今となってはそれがかえって不気味である。

制服の帽子を深く被っていて、顔の上半分は隠されている。見えている範囲の肌には、細かな古傷がいくつも刻まれていた。
常なら、諜報員として日々悪人を追い戦っているのだろう。
思考を読まれないよう訓練しているため、ルーカが読み取れたのは役職やステータスなどの基礎情報だけだった。
どうしてこの人物が検査官としてここにいるのかは、まだ分かっていない。

椅子に腰掛けていた男性は、レナたちが入室すると立ち上がり、意外にも丁寧に会釈した。

「いらっしゃい。
なんだか皆さん、随分緊張しているようですね……?
ここに来られる方は皆、なんらかの特別な事情をお持ちです。
私たち検査官は守秘義務がありますので、教えて頂いた情報をむやみに言いふらしたりということは絶対にしません。
どうか気を楽に、肩の力を抜いて色々とお話しして頂けたらと思います」

男性は朗々と告げると、レナたちに先に椅子に座るよう手で促した。
検査官、という今の役職以外の情報を告げる気は無いらしい。

「この従魔たちも大人しく椅子に座れますか?」

「あ。はい」

ぬいぐるみを扱うように、レナがハマルとシュシュを持ち上げて椅子に着席させた。
「お見事です。調教済みですね」と男性が言う。
レナはずっこけそうになりなんとか踏ん張って耐えた。ルーカはお腹を押さえている。

スライムたちはレナの膝に、リリーは頭に控えた。
大きなバタフライの翅は、まるでレナの髪飾りリボンのようだ。
ルーカは音を立てずに優雅に椅子に座ってみせる。
検査官は帽子の下で、わずかに目を見張った。

全員が着席したタイミングで、男性もようやくまた腰を下ろす。

「私は検査官のロベルトと申します。初めまして。本日はよろしくお願い致します」

「よ、よろしくお願いします」

レナが緊張した声で返事をした。
ロベルトは(まあこんな見た目の者が相手だと、少女には怖がられてしまうか……)と考えてこっそり苦笑する。
レナはただ可愛い子たちを守ろうと気を張っているだけで、男性の見た目に怯えてはおらず誤認であった。

ロベルトがレナたちのギルドカードを見て名前を確認し、質疑に入る。

「それでは。我が国を訪れようとしている理由をお聞かせ下さい」

「観光のためです」

「二人とも?」

「「はい」」

「ギルドカードをご提示頂いて、貴方方が善い人物であると私たちは確認しました。
本日は当国にお越しくださり、誠にありがとうございます。
その上で、どうしてこちらの個別検問所にいらしたのか、理由を伺ってもよろしいですね?」

レナがごくりと喉を鳴らした。
検査官はその変化に気付きながらも、落ち着いた静かな雰囲気を崩さない。
のんびりと返答を待っている。

[幻覚]を解かなくちゃいけないな……とレナが覚悟して、リリーに話しかけようとした時。

スパァンッ!! と、壁掛けハト時計の扉が、内側から勢いよく開けられた!
金色の光がひゅっと飛び出してくる!

「ひゃっ!?」

「「!」」

「……あたし参上ーーーっ!! じゃーん!
どうも、遅れちゃってごめんあそばせ!」

▽ライトフェアリーが 現れた! ×1

きらめく光の軌跡を残しながらカゲロウの翅をはためかせて、小さな美しい人がスタッと机上に着地する。
華麗に一回転してみせ、バレリーナのようにお辞儀を披露した!
突風のような現れ方だ。

ただのガチ遅刻をごまかすためにいつもより大胆にパフォーマンスしたのだが、ちょっと恥ずかしらしく、彼女の頬はほんのり赤い。
そしてロベルトの氷の眼差しを背中で受けて、冷や汗が止まらないようだ。

レナたちは目を点にしている。

▽ライトフェアリーは ダメ押しで ウインクを決めた!
▽ロベルトの 膝かっくん!

「ぬわああああ!?」

華奢な膝裏にけっこう思い切り指チョップを入れたロベルト。
いつもながらこの同僚には悩まされる……と眉を顰めていた。
客人の前でなければ、盛大にため息をついていたことだろう。

なにすんのよーー! と涙目の小さな美人が、ロベルトの手をがんがん殴る。
恥をかかされた! 登場が既に生き恥だっただろう、と仲よさげにズケズケと会話し始めた。
この二人、普段は影の重役なので、接客に慣れていないのである。
簡単に検査官のハリボテが剥がれ落ちる。
魔王国の役員は基本的にゆるい。

妖精とは皆、このようにアグレッシブな存在なのだろうか?
レナの中で「なぁんだ、リリーちゃんは妖精として普通だったんだ」と間違った認識が育っていた。

しばらく叩いて気が済んだのか、くるりとレナたちを振り返ったフェアリーの髪は明るいはちみつ色。
眩しい白肌に空色の瞳、若葉色のミニドレスをまとっている。
すらりと伸びた長い脚は健康的な色香を放っていた。

「マリアベル。机の上にみっともなくうずくまらないでくれないか」

「ロベルトのせいでしょうがー!?
うう、自己紹介まで先にされちゃった。私、立つ瀬がない。かっこ悪い。
昔に矢を受けて以来膝が悪いんだから、もっと労ってよー!」

「その矢とは吹き矢か何かですか?」

耐えきれずレナが突っ込んでしまった。こんな妖精の足に当たる弓とは何なのだろう。
あっ、と口を押さえるも、もう遅い。
話しかけられたマリアベルが、レナに近付いてまじまじと顔を見上げる。
レナは引きつった笑みを返す。
とても面倒そうな性格の妖精だ。

そしてふと、どうしてテイムしていない妖精の声が聞こえているのか! と異常に気付き、レナは青ざめた。

マリアベルは唐突に、驚愕の表情になる。

「えっ…と。うそ、えっ、女王様じゃないですかぁーーっ!?」

「なぜ私が女王様だと!?」

「え? お嬢さんも女王様なの……?」

レナが勢いよく後ずさるが、マリアベルはずずいと力強く前に踏み出す。

「えっ。えっ……え?」

「んーと、あたしが今言ったのは、お嬢さんの頭に乗ってるその青い翅の御方の事よ。
よ、妖精の……王族候補の方、ですよねぇ……?」

『ふふん!』

リリーが蝶々姿のまま器用に胸を張る。そうじゃない。
ルーカが発言を止める間もなくレナが誤爆し、リリーは"女王様"認定を肯定するような行動をとってしまった。
従魔たちはあまりの急展開に、双方を交互に眺めてオロオロしている。
レナたちにとってとても不利な展開だ。

まあ、分かりやすく行動に示さなくても、このマリアベルの特別な[フェアリー・アイ]はレナのことをほとんど視透かしていただろうが。
そのために、この場に呼ばれているのだから。

目の前の魔物使いを視定めるために。
それはロベルトとて同じ立場。

「そう騒ぎ立てるなマリアベル。……レナ様もどうか落ち着いて下さい」

「はいっ!?」

なぜか会ってすぐの人物に様付けで呼ばれたレナはもう訳が分からず、目を白黒させている。
隣にいた宣教師をじとっと睨んだが「まだ布教してない!」と否定された。

ロベルトがふっ……と笑いを鼻息で逃して、ゆっくり帽子を取る。
座ったまま再度会釈した。

「あ」

ルーカが何かに感づいたような声を上げる。

「おや。そちらの……本来金髪の方は私をご存知でしたか。
同じ船に乗っていましたからね。
あの時はエンペラークラーケンを退治して下さってありがとうございます。
結果的に、私の命も救われました」

この男性、ロベルトはミレー大陸でレナたちが乗った船にたまたま同乗していたのだ。
航海中、海の魔物相手に活躍するレナパーティが特別な力を持った存在だと勘付いて、できるだけ視界に入らないよう気をつけながら、ずっと観察していた。
ロベルトはまさか気付かれていないと思っていたが、視界の端にたまに映る雪色(フロスティブルー)を、ルーカが記憶していた。

男性の髪は珍しい雪色、切れ長の瞳は涼しげな青。
実年齢は38歳なのだが、普段あまり表情を崩さないためかシワが少なく、歳よりも若く見える。
一番特徴的なのは、丸みのある雪色の獣耳。

驚いているレナたちの視線が耳に向いていることに気付いて、ロベルトは改めて補足で自己紹介をした。

「私は雪豹(スノー・パンサー)の獣人なのです。なかなか珍しい種族ですよ。
尻尾もこの通り」

ロベルトがそう言うと、制服のマントの下から長い尾が覗く。
雪色がベースになっていて、白で模様が入っている。
獣人の長い尾を見たのが初めてだったレナがなめらかな動きに視線を奪われていると、ルーカにこっそり小突かれる。

「(……獣人がああして無防備に尻尾を見せるのは、腹を割って話そうという合図)」

「(うわぁ!?)」

青ざめた顔を見合わせたヒト族二人、警戒を強めた従魔たちを眺めて、ロベルトはにこりと朗らかに笑ってみせた。

「わー。ロベルト、イヤラシーわぁ」

半眼で毒付いた同僚に指でえいやっと制裁を加えて、ロベルトが咳払いする。

リリーが王族のフェアリーだと、なぜかバレてしまっている。
レナが規格外な魔物使いだということ、ルーカの金色姿についても相手は把握済み。
圧倒的にレナたちに分が悪い。

「さて。色々お聞かせ願いたく」

レナは乾いた笑いをこぼさざるを得なかった。

 

 

 

 

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