92:別れと成長

ステップラビットとレナパーティの戦闘後、騒ぎをききつけたギルド関係者たちが様子を見に来た。
ステップラビットが無事にレナにテイムされたと聞いて、とある受付嬢は胸をなでおろしていたが、広場で野生の魔物とのモンスターテイム戦をしようとした少年を[正論ゲンコツお姉さん]状態でこっぴどく叱った。
もちろん、公衆の面前である。
少年は虚ろな目をして正座で話を聞いていた……。

「危ないことをして周囲に迷惑をかけたらどうするのです! それに、貴方のことも心配してたんですからね! ある程度強い魔物に勝負を挑むには、まだまだ実力が足りていませんよ!」

言い過ぎである。
称号効果で、受付嬢のまっすぐな性格が強化されているらしい。

涙目の少年はこのセリフを聞いて、受付嬢に惚れた。
心配されていることがむず痒くて、でも嬉しくてたまらなかったのだ。
あとステップラビットに蹴られたことで、マゾヒストの扉を開きかけていた。辛辣な言葉のゲンコツが気持ちいい。

広場にいるたくさんの可愛い魔物に触りたくて、子どもたちはウズウズしていたが、ステップラビットとレナの従魔のガチ戦闘を見てからは、すうーーっと後ずさり距離を取っている。さわるな危険、と本能が告げていた。
同じくドン引きしていた大人たちに手を引かれて、ギルド関係者も来たことだしと町人はぞろぞろと広場をあとにする。
騒ぎが起った時には、町の警備員か冒険者ギルドの者が呼ばれる決まりなのだ。

現在広場に残っているのは、少年と冒険者たち、ギルド関係者、レナパーティ。
少年がゆっくりウサギに近づく。視線を合わせるためにしゃがみこむ。

「……幸せになれよ」

そしてレナの方を向いて、頭を下げた。土下座である。

「どうか、このステップラビットを可愛がってやって下さい」

レナは土下座をスルーして明るい笑顔を返す。
ここで突っ込むと、より面倒な事態になると察したのだ。

少年が顔を上げた時、[友愛の笑み]スキルとサディスト効果でふらりとレナになびきそうになったので、ジミーがあわててレナの顔を手で覆って隠す。
称号には、サディストの”マゾヒストと相性が良く、出会いやすい”のように、取得しているだけでいくらか効果を発揮してしまうものがあるのだ。
いたずらにレナ信者マゾヒストを増やすのは良くない。普通の信者ならまだしも、マゾヒスト色が強い者は厄介なストーカーになりかねない。ハマルなど、すでに女王様の寵愛(ちょうあい)を受けている者は例外である。

立ち上がった少年とウサギは、笑いあって別れることができた。
お互いに辛い主従関係を経験したが、運良くそこから前に進むきっかけに恵まれた。
この機会に感謝しながら、人生を前向きに歩もうと心に刻む。
苦笑しながら、でも晴れやかな顔で二人は「さよなら」と口にした。

ウサギは少年に拳を差し出したが、少年はやんわり首を振って断る。
自分にはそうしてもらう資格がない、と考えたのだろう。

踵を返して、広場から立ち去る少年の周りには、妙な縁があったおっさん冒険者たちと、ギルドの先輩、正論受付嬢の姿がある。これから少年が意地を張りそうになった時には、彼らが叱り、ともに歩んでくれるはずだ。

少年はこのあと[|盾使い(ガードナー)]に転職し、パーティ内で指示を受ける側に変わると言っておこう。もちろんパーティメンバーは、改心した元荒くれ冒険者たち。
やたら打たれ強いこのパーティは、魔王国手前の宿場町のギルドを拠点として活躍し、なかなか優秀なAランク冒険者にのぼりつめる。
正論のアドバイスをくれる受付嬢とともに、宿場町名物となる。

「私たちもそろそろ行こうか。貴方にとっておきの名前を贈りたいの!」

自分たちだけになった広場で、レナがウサギに手を差し伸べる。
もちろん魅惑のスマイルつき。
ウサギは嬉しそうに、尻尾を大きく揺らす。

『……うんっ、ご主人様!』

「あ。貴方のお口から直接言葉が伝わってくる。ふふっ、嬉しいなぁ。可愛い声だね」

『う!? ……あ、ありがとうっ……』

レナにそっと抱え上げられたウサギは、赤い瞳をさらに赤く染め上げた。
先輩従魔とルーカに優しくからかわれながら、思い出深い宿場町をあとにする。
ここは辛い記憶も、泣きそうなくらい幸せな記憶もある特別な場所。
ウサギはぼうっと町を門の外から眺めて、ほんのり微笑むと、レナの懐に白く柔らかい頬をすり寄せた。

***

宿場町からすこし離れた草原の片隅で、レナたちが座り込んで談笑している。
話を他人に聞かれないよう、魔王国までの大きな国道からも距離を取っていた。

「さて。貴方のお名前だけどね……」

『うんっ!』

ウサギの瞳が期待にキラキラと輝き、耳と尻尾はせわしなくピクピク動いている。
だって欲しくてたまらなかった自分だけの名前を贈られるのだ。
それも、とっておきなのだという。喜びを抑えることなんてできない!

ずいぶん可愛らしく感情表現してくれるようになったなぁ、とレナがにへらっと格好を崩す。しまりがない表情してるよ? と、リリーにこっそり耳打ちされて、あわててきりっと顔を引き締めた。

「こほんっ。ステップラビットさんのお名前を発表します!」

『『ぱふぱふーー!』』

『そぉーーれっ!』
<あーーらよっ!>

▽リリーが [幻覚]の紙吹雪を ふらせる!
▽スマホが ぱふぱふに合わせて ファンファーレを脳内で響かせた!

先輩たちにも仲間入りを大いに祝われている。
ステップラビットの口元がむずむずと笑みを作り、抑え、を繰り返している。

あまり焦らすのもかわいそうなので、レナはステップラビットを自分の膝にのせて、目を合わせた。
ウサギの心がまたズギューーンっと撃ち抜かれる。

「貴方のお名前はね。ーー”シュシュ”。どうかな?」

『シュシュ? ……か、可愛い……!』

「やったぁ、気に入ってくれたみたいだね! どんなお名前がいいかなって、みんなで何度も相談したんだよー。スマホさんの検索機能にはすごく助けてもらったなー」

<お任せ下さいませ! 検索は私の得意分野。本来そのためのスマホで御座います!>

「本来……忘れてた。ありがとう!
さて。シュシュって、どういう意味がこめられたお名前でしょうか? 可愛いだけじゃないんだよ。聞いてくれるかな」

『意味? ……うん』

「あのね。”シュ”って、私の故郷のとある地域で、キャベツを指す言葉なんだ。ウサギさんの大好物だよね。
キャベツの葉っぱって、内側まで何重にも重ねられてるでしょう? だから、大切に何重にもくるんでおきたいような可愛い子に、シュシュって名付けるの!
貴方は私たちにとってそれくらい特別な子なんだよって。伝わったかな?」

『……っ!』

「ありゃ。真っ赤になっちゃった」

どのような構造なのか分からないが、ステップラビットの頬周辺の白い毛は、照れるとほんのり赤く染まってしまうのだ。ツンデレを羞恥でころす仕様である。
こうなるともう、素直にデレざるを得ない。

ステップラビットの……いや、シュシュの瞳がうるうると潤んでいる。
レナは「私たちにとって大切な子」と言った。
レナ、リリー、クーイズ、ハマル、ルーカ、スマホを、ゆっくりと見渡す。
皆、自分を見つめて微笑んでいる。歓迎されている。身体がカッと熱くなる。

シュシュは歓喜に震え、グッと拳を天に突き上げて宣誓した!

『……みんなにとって抱きしめたいくらい大切で可愛い子、シュシュです! 種族はステップラビット。これから……どうぞよろしくねっ!!』

なかなかやりおる。とんでもなく思い切った自己紹介だ。

ルーカが撃沈した。こみ上げてくる笑いの衝動を堪えて「げほごほっ……!」と盛大にむせ込む。
これは仕方ない。シュシュに背を向けずに震えながら耐えているので許してやってほしい。
他のメンバーはシュシュに全力で絡むことで、上手く自らの笑いをごまかした。

『シュシュの宣言に釣られたわーー!』
『抱きしめたくなっちゃったのーー!』

『『スライムホールドっ!』』

『ちょっ……お腹冷たくなるぅっ』

『いやーん、クーがフレイムしてあげるよん〜。ほら、ホットはらまき! ひんやりイズとの合わせ技で、丁度いい感じでしょっ?』

『う。これなら心地いい』

『『やったね!』』

『可愛い子には……お花が、よく、似合うよね? ハーくん!』

『はーい、リリー先輩のおおせのままにー。スキル[夢吐き]、お花畑の夢〜』

レナパーティを中心に、半径3メートルくらいの範囲に色とりどりの花が咲き乱れる。
パンジー、ダリア、チューレ、ポーチュラカ、薔薇にカーネーション。
全てリリー好みの蜜が美味しくて可愛い花々ばかり。リリーが見た夢だったのだ。花の種類に節操などなく、ごちゃ混ぜである。

『……んっ、これが、一番……よく似合うかな!』

リリーが贈り物に選んだのは、ピンク色のカーネーション。
花弁をぷちんとちぎって、シュシュの頭にそっと飾った。
毛皮の白と花のピンクでとても乙女ちっくな色合いだ。

内面が漢女なシュシュも、どうやら可愛いものが好きらしい。
丸みのある頭からカーネーションの花を落っことさないように硬直し、そーっと瞳だけを上向かせて、夢中で花を眺めている。
フリルのような花弁が幾重にも重なっている、シュシュが今まで目にしたどんな花より華やかで美しい大輪のカーネーションだった。

こんな綺麗なものを贈られてしまっていいのだろうか、と考えたが……すでに名前という最高の贈り物をもらっている。
この花もありがたく受け取ろう。
シュシュ、シュシュ、と頭の中で唱えて、ステップラビットがほわわんと愛らしく微笑んだ。

「カーネーションの花言葉は”無垢で深い愛”だね」

ルーカが唐突に話しかけたので、ビックリしたシュシュは思わず耳を揺らしてしまい、花が転げ落ちる。
……タイミングが悪いー! と軽めのキックをかまし、ルーカがそれを避けて遊び始める。
レナは膝の上に落ちたカーネーションに細いリボンを結んでやり、クスクス笑いながらウサギの頭に飾り直してやった。

「はい」

『あ。ありがとう……ご主人様』

「うん。これからよろしくね。シュシュたん!」

『……? たん?』

「あ!?」

かっこよく場を締めようとシュシュの名前を口にしたレナだったが、なんと「シュシュちゃん」と言いたいところを噛んでしまった……。
これはいただけない。
万が一、「シュシュ」の方を噛んでいたらせっかくの名付けの感動が台無しになってしまうところだった。

次は、上手くシュシュちゃんと発言できるだろうか!?
しかしお忘れだと思うが、レナはドジっ子噛みキャラである。
たらり、と冷たい汗がひとしずく頬をつたう。

シュシュが不思議そうな顔でレナを見上げている。
失敗に過剰に反応せず、レナが笑顔で押し切ってしまっていたらシュシュもごまかされたかもしれないが、全ては後の祭りだ。

先輩従魔たちとルーカが心配そうな表情で、はらはらとレナを見ている。
スマホが撮影モードに入った。なかなか動けない主人の背中を荒療治でぐいぐい押している。
今度は、記録されてしまう。
失敗はもう許されない……!

レナは覚悟を決めた。すうっと息を吸い込む。

「……称号[お姉さま][赤の女王様]セット」

▽キターーーーー!!

レナの瞳にキランと凛々しい光が灯る。
リリーがわくわくと[幻覚]で銀色の風をレナの周りに出現させ、スライムがボディをプルプル張り詰めさせた。ルーカが思い切り己の口の中を噛み締め、来たる時に備える。ハマルがフライング土下座した。
ここまでわずか1秒ジャスト。

急に場の空気が変わり、シュシュは軽く混乱してあたふたしている。
しかし視線は、なにやら魅力を増したご主人様に釘付けだ。

レナがシュシュを片腕に抱いて、さっそうと立ち上がった!
反対側の手で、ばさあッ! と赤ローブの端をはらう!
ルーカが再度撃沈した。早い。

「私についていらっしゃいな、可愛い子。シュシュ!」

▽ちゃん付けを諦めたーーーー!!

潔い決断であった。
なぜ諦めたのだろう、というシュシュが抱くはずだった疑問は、魅惑の笑顔で容赦なく封殺する。

▽シュシュは レナに メロメロ状態!

<さすがで御座いますマスター・レナ!>

『『『『従えてぇーーー!!』』』』

スマホさんがあらゆる角度からレナを激写する。
先輩従魔たちが一斉にひれ伏した!

ここで高笑いをひとつ。

「おーーっほほほほ!」

綺麗なお花畑の真ん中で一体なにをやっているのか。
なんとか瞳を開けてレナを見続けていた笑い上戸宣教師と、ごまかしなど一切受け付けないスマホの映像記録によって、この場面はレナ女王様の栄光の歴史として、今後、多方面に布教されるのであった。

もはやお腹を押さえて地面に転がっているルーカを白い目で見ながら、通常モードに戻ったレナは、ハマルとスライムたちをブーツのつま先でちょいちょいとつついて遊んでやりつつ(もちろん本人たちの希望)、シュシュに話しかける。
ご主人さまは一人しかいないので忙しいのだ。

「シュシュ。私の体質については以前話してあったよね。
貴方もレアクラスチェンジしておこうか!」

『う、うんっ』

シュシュはどきどきと胸を高鳴らせる。
自分が進化する日が来るなんて思ってもみなかった。
楽しみな気持ちと同時に、不安も少しだけ浮かんでくる。

(私、本当にみんなのような綺麗で強いレア種になれるのかなぁ……)

主人の力を疑っているわけではない。
でも、はたして同等の強さを手に出来るのか。役立てるだろうか。ギフトも持ってないし、と考えて、へにゃりと耳先を力なく垂れさせた。
足を引っ張らないか、悩んでしまったのだ。

だが漢女(オトメ)は、自分にできる精一杯で努力してみんなについて行こう! とすぐに気持ちを持ち直す。
暗い顔を覗かせたのはほんの一瞬。
先輩従魔たちがシュシュの明るい表情を見て、にこっと笑う。

もちろんオカンがその変化に気付かなかったはずがない。
チラリとルーカに目配せする。
ルーカは痛むお腹を押さえながらなんとか上体を起こして、自主的に正座した。

「ごめんごめん。ごほんっ。えっと、クラスチェンジする話だよね……。せっかくだし、精霊にもらったエネルギー・リーフを使ってみるのはどうだろう?」

「その手がありましたね!」

レナが弾んだ声で相づちを打った。

「うん。これから魔王国に入るとなると、実力者とたくさんすれ違うだろう。治安がいい街だとは聞いているけれど、どこにでも裏社会の者は紛れ込んでいる。持ち込む貴重品はなるべく少ない方がいい」

「相当手遅れです」

「知ってる。そのマジックリュックの中身、やばいよね。
まあ、スマートフォンが空間管理をしてくれてるから中身を魔眼で覗かれることはないだろう。
心配しているのは、例えば盗みのスキルで中身が盗まれたり、騒ぎに巻き込まれて警備隊に中身のアイテムを自分から見せなければいけなくなった場合。そんな事ないと願いたいけど。
スマートフォンがリュックのアイテムを更なる異空間に移動させられるとしても、レナが隠し事をしていると見破られて怪しまれるパターンも考えられる。
大金を積めば手に入るアイテムはまだいい。でも、エネルギー・リーフは反則級の激レア品だ。早めに消費しておくことを勧めるよ」

「そうしましょう……。シュシュ、説明するね」

『うん』

エネルギー・リーフに関する説明を聞いたシュシュは、かくんと顎を落とす。
ご主人さまは精霊とお友達? 贈られたのは精霊の力が凝縮された激レアアイテム? それを自分に使ってくれる?
なんだか途方もなさすぎて、身体からすっかり力が抜けてしまった。
必死に思考しても、もうこの言葉しか浮かんでこない。

『ご主人様……すごくすごい』

間違いない。反則級にすごい。

「そう? んー、運が良かったからかなー」

こちらも間違いない。
自らのセリフで、これまでの幸運に彩られまくったはちゃめちゃ旅を振り返ったレナは、いつの間にか遠い眼をしていた。

エネルギー・リーフを使う事について、シュシュから快諾を得る。
ルーカいわく、エネルギー・リーフに秘められている力が強すぎるので、進化している最中に口にするのがいいとのこと。
レア種ではない現在のシュシュが葉を口にしてしまえば、身体が負荷に耐えられない可能性があるらしい。
いったいどれほどの進化を遂げるというのだろうか……。

強化途中に負荷がかかるというが、ここで怖気付くシュシュではない。
望むところ! と張り切っている。漢女の瞳はあつく燃えている。

レアクラスチェンジ条件を満たすには、レナにテイムされてからひとつ以上レベルを上げなくてはならない。
幸いにも、シュシュはクラウドフォックスと少年と戦った事で経験値が溜まっていて、あと一体でも魔物を倒せばレベルアップしそうだとルーカが視た。

これからステップラビット自身の力で、また一体の魔物を倒す事になる。
皆、負けることなど心配していなかった。
今のシュシュは、強い。
特訓を経て確実に強くなった。

これから特別な力を手にしようとしているが、そこにたどり着くまでの階段は、彼女自身が努力と根性で登ってきたのである。
レナパーティの皆と、肩を並べて歩めるようにと願いながら。

「あそこに魔物がいる。……ステップラビットだ。シュシュ、倒せるかな?」

ルーカがじっとシュシュを眺める。
同じ種族のステップラビットとの戦い。……シュシュは深呼吸した。

『やれる。まかせて』

シュシュは言い切る。
ルーカが視つめていた先に同じく眼を凝らして、自然の音に耳を澄ませた。
風で草のこすれる音に混じって、動物が移動するかすかな足音が聞こえている。草陰にチラリと白色を確認し、獲物をロックオンする。
レナを振り返った。

『行ってくるね、ご主人様。勝利してみせるから……見てて!』

「うん、頑張ってきてね。応援してるよ。スキル[鼓舞]!」

『!』

シュシュの身体にゾクゾクするような活力がとめどなく湧き上がってくる。主人の[鼓舞]による興奮効果。
頬を歓喜の桃色に染めて、シュシュは地面を蹴って駆け出した!

どれだけでも早く走れる。
身体がまるで羽のように軽い!
かなりの速度で獲物のステップラビットへと迫り、シュシュは見つかる直前に[暗躍]スキルを使う。

(!?)

▽野生のステップラビットの 索敵失敗!
▽シュシュの [ステップ]!

ほとんど音を立てずに方向転換したシュシュは、ステップラビットの真横に回り込む。

動きながら、シュシュは思考していた。

(このステップラビットも、例えば弱い個体で、魔物使いにテイムされる前の自分と同じような境遇を辿っているのかもしれない……。
それはきっと端から見たらかわいそうで、強くなったからと同じステップラビットを倒そうとしている自分はとても嫌な奴かも。
でも、自分が強くなるため、生きるためにこの個体を倒す事をためらわない)

……鬼教官の特訓の一環で魔物を倒していた時、今回のようにステップラビットに遭遇したことがあった。
まるで自分自身を見ているようで、シュシュはキックを一度決めたものの、トドメをさせなくて逃してしまったのだ……。
そのステップラビットはその後、救われたのか?
いや、シュシュから逃げた先で大慌てで薬草を口にしようとして、擬態していた草モンスターに喰われて絶命した。
どんな生き物でも、何かの命を糧に生きている。糧を得ようとする時、自分も喰われるリスクがある。
弱肉強食は、自然界で生きる者としてのルール。
シュシュは自分らしく生きるために、このステップラビットを倒すと覚悟した。

『うりゃあっ! スキル[スピン・キック]!』

▽シュシュの 横蹴り!

▽野生のステップラビットは [危機察知]スキルを発動!
▽蹴りを かわした!

どうやらこの個体は、初期のシュシュよりは実力がある様子。
蹴りをかわして、通り過ぎたシュシュの背中に頭突きをかまそうとした。

『やるね! ……上等っ、スキル[逃げ足]!』

▽シュシュが 前方に 加速する!

頭突き対象を失ったステップラビットは、つんのめって頭を地面に擦り付けそうになる。慌てて体勢を立て直した。

その隙にシュシュが軽やかに地面を蹴り、背面跳びで、ステップラビットの頭上に舞う。

『スキル[スピン・キック]ぅぅ!』

ズゴォンッ!! と、ステップラビットの背中にシュシュの落下かかと落としが決まった!

蹴りのモーションで回転(スピン)していれば、あとは比較的自由度の高いスキルなのだ。
獲物のステップラビットの背骨が折れ、内臓に大きなダメージを受けたらしく、すぐに動かなくなった。

▽K・Oーーー!!

<従魔:シュシュのレベルが上がりました! +1>
<ギルドカードを確認して下さい>
<☆クラスチェンジの条件を満たしました!>

<クラスチェンジ先:撥(ハ)ネ跳ビウサギ>
<進化させるには、種族名項目をタップして下さい>

<カンカーーーン! おめでとう御座いまーす! 勝者、シュシュ嬢! ……世界の福音(ベル)に先を越されてしまいました。ぐすん。精進致します>

別にスマホの連絡速度は現状で十分である。
レナはスマホの画面をちょいちょいと指で撫でて、慰めてやった。
毎度、シュシュの戦闘は「試合い」という表現がよく似合う。

「シュシュ!」

『ご主人様……!』

そして戦闘を終えてさっそうと帰ってきたシュシュを、レナがひしっと抱きとめる。

『勝てたよ。ねぇ、進化できるって……! よろしくお願いしますっ』

「うん! よく頑張ったね、おめでとう!」

先輩従魔たちも一緒に、わちゃわちゃ集ってレナのギルドカードを覗き込む。
進化先の項目がピカピカ光っている。
これを押したら、進化が始まるのだ。

「えーと、押して、直後にエネルギー・リーフを食べてもらえば良いですよね……?」

「それでいいと思うよ。葉っぱを準備しようか。どちらにするの?」

レナがルーカに再度葉っぱの使用法を確認して、マジックリュックを取り出した。
葉は、緑と赤の二枚がある。

ルーカとリリーが周囲を索敵して、誰にも見られていないことを確認してから、レナが赤いリュックに腕をつっこんだ。
エネルギー・リーフを二枚つまんで取り出す。

あ、ああーーっと! これはまさか……!?

「…………」

「…………」

『『『『………………』』』』

『わあ! すごいね。とても綺麗。
緑色の方も素敵だけど、赤いのは太陽が宝石に閉じ込められたみたいにキラキラしてる……こんな葉っぱ、見たことないよ!
……ねぇ。みんなどうしたの……?』

唯一事態を把握していないシュシュ以外、全員が黙り込んでいる。
視線は赤いエネルギー・リーフに釘付けである。
先輩たちも、こんなに赤い葉っぱ見たことないよ!

大精霊シルフィネシアの赤いエネルギー・リーフは確かに、受け取った時もとても美しい葉っぱだった。
しかし、赤色はルビーを彷彿とさせる落ち着いた赤色で、ましてや覇のオーラなどまとっていなかったはずである。
全員が黒髪ネコミミお兄さんに注目する。
……ルーカが頭を抱えているということは、そういう事なのだろう。

「赤くて……強力な魔道具か。そうだよね、レナのリュックに所有してたし……レナの体質の影響も受けるよねー……」

「またそうやって私のせいにするー……!
ううう、その通りだけどぉ。ねぇ、ルーカさん、これすんごくヤバそうな代物に変化してますよね……?
大精霊ネッシーの赤いエネルギー・リーフ。大精霊からの贈り物ってだけで既にすごかったんだけどなぁ。そのままで十分だったのに……」

事態をまとめよう。

▽ミラクル!
▽大精霊シルフィネシアの 赤いエネルギー・リーフは リュックの中で 進化(レナ・クラスチェンジ)を遂げていた!

ということ。
話している通り、レナの体質のせいである。

『きゃー。クーの核の宝石よりも高級そうかもー?』

『やーーん。ウルトラ級の貴重品ねぇー?』

『……見てるだけで。なんだか肌が、ざわざわ、するぅ……』

『これさー、食べたらどうなっちゃうのー? ルーカ』

従魔たちが尋常じゃないエネルギーを肌で感じて、妙に大人しくなっている……。
ただ事ではないぞ、と改めて感じたレナの背に極寒の汗が滲んだ。

ルーカがこめかみを押さえて乾いた笑いを浮かべながら、魔眼で赤い劇物をじっくり再観察し、皆に説明した。

「生半可な存在がこの赤い葉を食べたら……エネルギーの負荷に負けて、絶対死ぬ。
そして、おそらくリーフに取り込まれて、恐ろしく力を持った精霊モドキに強制変身させられ、この世とあの世の狭間で意志もなくただ永遠に存在することになる……くらいはありえそうかな。うわぁ。
まあ超危険なのは確実だ……」

「ひぃーーーっ!?」

レナが精神的負荷に耐えかねて悲痛な叫びを上げた。

『!? ねぇ……精霊様って、そんなに危ないものをご主人様に贈ったの……!?』

シュシュの瞳からスッと光が消えた。やばい。
主人に危ない物をよこしたらしい大精霊に、怒りを抱きかけている。

レナが慌てて事情を話した。
赤色にまつわる偶然が重なってしまったからこその事態で、けしてネッシーの悪意ではないのだ、と。

ようやく怒っていた肩を鎮めたシュシュが口にしたのは、安定の『ご主人様すごい!』であった。
レナは「もうそれでいいや」と、力なく笑いを漏らす。
先輩従魔たちも早々に悩むことをやめる。悩んでどうこうなる話ではないのだ。
ルーカがため息とともに、まとめに入った。

「赤いエネルギー・リーフの今の名称は、[赤ノ運命ニ染マリシ覇(ハ)・ヴィヴィアンレッドリーフ]」

「長っ!?」

「ね。かなり強力な魔法アイテムだったから……強化がとても早かったんだろうね。
もしこれを従魔に使うなら、スマートフォンしかあり得ないだろう。
他のみんなはたとえレア種に進化済みでも、エネルギーの負荷に耐えられないだろう」

「う”わ!? そんなに!? どれだけの存在になっちゃうんだろう、スマホさん……。……この赤いエネルギー・リーフ、将来貴方に使ってもいいかなぁ……?」

レナが眉尻を下げてスマホに語りかけた。
スマホからは、すぐにためらいのない返事が返ってくる。
レナを慰めるように、画面ににっこりマークが現れた。

<かしこまりました、マスター・レナ。是非、その時が来たらよろしくお願い申し上げます。
誠に光栄で御座います!
貴方様が私の強化を望んで下さるのならば、従者としてこんなに嬉しい事は御座いません!
私の中で歓喜プログラムがさっそく阿波踊りを始めておりますよぉ!>

「どういうことなの!? ……もう。ふふっ、いつも笑わせてくれてありがとう。
じゃあ将来、進化する時はよろしくね」

まさかの展開で、二つのエネルギー・リーフの使用先が急きょ決まった。
緑のエネルギー・リーフはシュシュに、赤いエネルギー・リーフは将来スマホが使用することになる。

赤い葉はマジックリュックではなく、とりあえずスマホの異空間[アイテム]フォルダに収納された。
来るべき時が来たら、吸収されるのだろう。

すっかり待たされてしまったシュシュが、そわそわと緑の葉とレナを交互に見つめている。
「お待たせ」とレナが苦笑して、ついに……ギルドカード項目をタップした!

【|撥(ハ)ネ跳ビウサギ】……恐ろしいまでの脚力を持った超物理派ウサギ。その蹴りは岩をも砕き、肉食獣など余裕で蹴散らす。
体長は約1メートル。骨太で頑丈、防御力も高い。
特殊スキル[爆裂蹴り]を進化時に取得する。

「うわぁ!? 乙女にあるまじき進化先! ……どんな姿になっても貴方は可愛い可愛いうちの子だからねぇ、シュシュ!」

『ご主人様ぁ……!』

浮かび上がった説明文が筋肉まみれである。
しかもハマルと役割が被っている気がする。
しかし一瞬で覚悟を決めて従魔を励ましてみせたレナは、さすがオカンであった。
それに応えて拳を掲げてみせるシュシュも、さすが漢女。

項目をタップして説明文を表示したことで、シュシュの進化が始まった。
レナが緑色のエネルギー・リーフを差し出す。

『あむ!』

▽シュシュが エネルギー・リーフを 飲み込んだ……!

通常なら、進化する時には体の内側から湧き上がる熱にしばらく耐えなければならないはずだが、シュシュの身体にはすぐに変化が表れ始める。
柔らかな白毛がまばゆい艶を増していく……。
その時、世界の福音(ベル)が再び鳴り響いた!

<☆進化先が変更されました!>
<種族:[|撥(ハ)ネ飛ビウサギ]→[|羽根飛(ハネト)ビウサギ]にクラスチェンジ>
<特殊スキル:[爆裂蹴り]→[|衝撃覇(しょうげきは)]に変更>
<ギフト【☆6】[|幸運の加護(カーバンクル)]を取得します!>

まさかの強制進化先変更のお知らせ!?

このような事態、異世界ラナシュにおいて前例がない。
よって、意思確認なく強制変更というやっつけ仕事でシュシュの新たな未来が決定した。
あまりの事態にルーカの頭痛が加速する。
一足早く、[|羽根飛(ハネト)ビウサギ]の種族説明を視たのである。

「えええええーっ!? ど、どうなってるのぉ……!?」

『『『『きゃーーっ! 頑張れ、シュシュ! すっごーーい!』』』』

<晴れ姿、バッチリ記録致します!>

「これはこれは……大変なことになるだろうなぁ……ははは」

レナたちがやんややんやと騒ぎながら、シュシュの進化を待つ。
シュシュは心地よい熱に包まれていた。

シュシュが頭に付けていたカーネーションの花が、ふわりと溶け込んで、額周辺の白毛を薄桃色に彩る。
足先の毛も、同様の淡いピンク色に染まっていく。
身体は華奢なまま、まず毛皮が美しく変化した。
そしてウサギらしい長い耳は、まるで羽根のような形状に。ほんのわずかな切れ込みは残っている。シルフィーネの羽根飾りを彷彿とさせる姿だ。

赤い瞳がいっそう透明感のある赤さを増す。
瞳と同じ赤色の丸い宝石が、シュシュのおでこに現れた!
ーー精霊から彼女に贈られたギフト、”|幸運の加護(カーバンクル)”。

レナパーティの幸運値がまた強化されてしまった。
これからの旅路はさらなる珍道中になる予感しかしない。
この短時間でもう何度「さらなる」と描写しただろうか。これぞレナクオリティ。

<種族:ステップラビット→羽根飛(ハネト)ビウサギに進化しました!>
<ギフト:[|幸運の加護(カーバンクル)]を取得しました!>
<ギルドカードを確認して下さい>
<スキル[衝撃覇]を取得しました>

ぱちくりと瞬きするシュシュの大きな赤色の瞳が、黒髪の主人を映す。
ほんのりとした桃色のまつげが、顔をより可愛らしく彩っている。
元のステップラビットの面影を残しながらも、毛皮がツヤツヤになり、身体の造形も綺麗に整っていた。
シュシュがほうっと息を吐き出す。

『なんだか、身体の内側から力が湧き上がってくるの……。それにすごく身体が軽い。本当に羽根になったみたい。
ご主人様……私、撥(ハ)ネ飛ビウサギになるんじゃなかったの? 1メートルほども大きくないよね。
羽根飛(ハネト)ビウサギって途中で変更されたの?』

シュシュの困惑はごもっともだ。
レナが安心させるように微笑みかける。しかしレナ本人も内心冷や汗が止まらない。

「えっとね。私たちもちょっと混乱してるの……。
多分エネルギー・リーフの影響で……貴方の進化先が変わっちゃったみたいだね? ルーカ先生ー」

『『ぱふぱふーーっ』』

「いや、僕もさすがに詳しい事情は分からないよ? こんなの前例がないってことだけは確実だけど……。
まず、ギルドカードを見てごらん。それから、僕が分かる範囲のことを少し補足しよう」

さすがのルーカもお手上げのようである。
レナたちは仲良くギルドカードを覗き込んだ。
進化後のシュシュのステータスがこちら。

「名前:シュシュ
種族:羽根飛(ハネト)ビウサギ♀、LV.5
適性:白魔法[光]

体力:24(+12)
知力:18(+8)
素早さ:32(+12)
魔力:17(+9)
運:777(+772)

スキル:[逃げ足]、[スピン・キック]、[|駿足(しゅんそく)]、[ステップ]、[|暗躍(あんやく)]、[衝撃覇]
ギフト:[|幸運の加護(カーバンクル)]☆6」

運ステータスがぶっとびすぎである。ギフトの【☆6】はだてじゃない。

ーーー
[衝撃覇]……取得している物理攻撃スキルの威力を”覇気”として遠方に放出し、攻撃することができる。スキルを[覇]の一言で省略して発動することが可能。

【|幸運の加護(カーバンクル)】……自分と周囲の者が、幸せな縁に恵まれる。幸運値が[777]に固定される。
ーーー

近距離物理特化ウサギに成長すると思われたが、シュシュは遠距離攻撃にも対応できるようだ。

そして光魔法項目をタップすると、精霊から贈られた極大魔法の説明に切り替わる。

ーーー
[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]……対象の魂を善悪の秤(はかり)で見定め、悪人寄りであれば裁くことができる。魂の秤を一時的に[善]に転じさせ、その状態で強制的にこれまでの自分の行いを振り返らせることにより、精神的な反省を促す。
ーーー

これはいわゆる、リアルタイム更新中の黒歴史を大人になった自分目線で強制的に見させる……という、恐ろしい精神攻撃なのではないだろうか。

想像してほしい。
例えばレナの場合、某ツインテール美少女戦士の髪型を真似して、るんるん気分で学校にいる瞬間に、そのやっちまった感に唐突に気付かされるのである。指摘するのは大人の自分。
目を覚ました瞬間には、自分を囲む友人の笑顔が生暖かいものばかりだと分かってしまう。目が三日月型。
自分は二次元的な髪型でその場にいて、皆におしおきポーズをかましている……など。まさに惨状。

これをもっとシビアな異世界仕様にしたものが、ラナシュにおける[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]といえよう。
まともな精神状態で、人殺しなどの己の鬼畜の所業を振り返るなどすれば、心が壊れてしまいかねない。
それがまさしくその者への”罰”なのだろう。

沈黙したレナがちょっぴり恐々と[|聖(ホーリー)・ジャッジメント]の項目から指を離して、今度は種族説明文をタップした。
進化途中に種族が変更されたので、羽根飛(ハネト)ビウサギがどのような特徴を持つ魔物なのかまだ把握していないのだ。
ルーカの反応がアレだったのでちょっとびびっている。
まあ、女の子の見た目がゴリゴリの筋肉ウサギにならなくて良かった。

【|羽根飛(ハネト)ビウサギ】……羽根のように軽々と地を駆け、ハイジャンプで空を舞うとても美しい希少種のウサギ。
耳と目の性能が良く、遠くの様子も的確に察することが可能。遠距離攻撃が得意。
ギフト[|幸運の加護(カーバンクル)]を贈られている羽根付きの魔物の場合は、将来エンジェル種族に進化する。

「これはまたとんでもない……!?」

『『『『シューシュ! シューシュ! わーー!!』』』』

先輩従魔たちがはしゃいで、シュシュを持ち上げる。
将来天使になれるなんてすごいねー! 空飛べるのっ? と、わくわくしながらシュシュの羽根耳を見つめた。

『う! ……あ、ありがと、みんな。
シュシュ、綺麗になれてるかな……? 毛皮はツヤツヤになったよ。でも、カーネーションが消えちゃったのは残念だな』

『また、お花贈るから、大丈夫だよ〜! スマホ先輩の……[アルバム]に、お花畑も記録されてるもんっ。カーネーション、まだまだ咲いてたからね。
貴方のお手手とおでこが、可愛いピンク色になって……嬉しいっ!
今は、ひたすらお祝いしましょ? シューシュ!』

『ん。リリー。貴方が選んでくれた……カーネーションのピンク色、すごくお気に入りだよっ』

『このこの、可愛いやつめーー!』

レア進化して先輩たちと堂々と肩を並べたシュシュが、『お祝いのダンスしようよ!』と陽気に誘われて、レナの元から少し離れていく。
チラリとレナを振り返ったので、レナは「楽しんでらっしゃい」と手を振って見送ってやった。

従魔たちはみんなで円になり、コミカルなフォークダンスを踊り始める。
スマホが控えめに音楽を鳴らし、ぴょんぴょこと小さな魔物たちが各々のオリジナルステップを披露した。

この一角の癒しオーラがすんごい。
成人ヒト族二人の驚きすぎで疲れ切った脳みそが、優しく労られていく。

「いいですねぇ……」

「ほんと、和む光景だよね……」

癒されたあとは大人のお仕事が待っている。
希少(レア)で魔人族姿がスペシャル美形な我が子たちを守るために、蓋をして目を逸らしておきたい大問題も、レナとルーカはしっかり話し合う。

せっかくのお祝いの空気に水を差さないよう、従魔たちにはこの時点では話さないことにした。あとで注意喚起だけしておこう。
レナとルーカが瞳を交わらせる。
▽ルーカは [テレパシー]を使った!

「(進化先がエンジェル種族、ってことは、シュシュはそのうち天使族と関わりができちゃうと思うんだ)」

「(それについて、問題点は?)」

レナの眼光が鋭い。
天使族というなにやら神秘的な存在に興味をひかれてはいるが、今はそんなことよりも我が子である。
レナ、覇気抑えて抑えて、とルーカが苦笑していさめた。

「(天使族は、魔人族から派生した固有の種族なんだよね。もう長く、一族間でのみ純白の翼を持つという血統を受け継いでいる。
種族名に羽根付き、[|幸運の加護(カーバンクル)]ギフト持ちの魔物は本当に珍しくて、生粋のエンジェルは長年誕生していないらしい。
現在の天使族は、始祖と言える十数名の血を大事に守ってきた子孫たちで、たまに血が濃くなりすぎないよう別種族の魔人族を血統に受け入れながら生活している。
……こんな状況だから元の”種族としてのエンジェル”の力が薄まってきているという噂があるんだ。新たに天使族として生まれた子たちが、代々弱くなっていると。現状を考えると、その噂の信ぴょう性は十分だと思う。
もし、魔物からエンジェルに進化した者が現れたとしたら?
……天使族は確実に関わりを持ちたがるだろう。シュシュを一族に迎え入れたいと主張するのではないかな。
これが、僕の懸念。すべて憶測だけれどね)」

「(なんという厄介そうな……。天使族、あぶない、私覚えた)」

「(こらこら、おやめなさい。あくまで、僕が考えた仮説だからね?
天使族は普段は秘境にこもりきりで、祭典の時くらいしか姿を見せず、物静かな性格で謎が多いとか。
でも悪い噂は聞かないよ。だからまだそんなに警戒しなくていいはず。
二度目だけど、眼光抑えてね、レナ。
僕らがやるべきことは想像上の天使族たちに敵意を抱く事じゃなくて、トラブルに巻き込まれてもねじ伏せられるくらい、特訓して強くなる事じゃないかな)」

超戦力強化宣言、なかなか物騒である。
ルーカが自然にこのように考えるようになったのも、レナパーティの影響と言えなくもない。
彼にとっても、無邪気な従魔たちが可愛いのである。

「(そうですね……。強くなっておくに越した事はないですし、杞憂で悩むより、そちらを考えた方が確実に良さそうです。
わかりました。頑張って強くなりましょう!)」

「(その意気だよ)」

ルーカは綺麗な微笑みを浮かべた。
今はただ、すこやかに明るく育ってほしい。みんな晴れやかに笑っていて、とても気持ちがいい。

何か、言葉を続けようとしたが……レナの元にダンスを終えた従魔たちがわちゃわちゃと戻ってきたので、瞬きをして[テレパシー]を解除する。
レナの視線は、おかしそうにケラケラ笑っている可愛い子たちに移ってしまっていた。

ルーカのネコミミの先端が、へにょりと少しだけ折れている。
ごまかすように左右に耳が揺れた。

(んー、僕がまた戦力強化の特訓メニューを組むよ、って言おうかと思ったけど……。なんか、タイミングを逃して言い出しづらくなっちゃったな。
この子たちとずっと一緒にいたいと思うけど……うう、どう申し出ようか?
仲間入りしたいって言えば受け入れてくれるとは思うけど……上手い言葉が見当たらないなぁ……)

ふう、とほんのわずかにため息を漏らしたルーカの様子に、鋭い聴力を持つシュシュが気づいた。
レナの懐からぴょこんと飛び出して、ルーカをじっと見上げる。

『なんかちょっぴり気落ちしてる……? そんな時は、ごはん』

「うくっ!」

シュシュ基準では、悲しい時には美味しいものを食べると治ると思っているらしい。その通りなのだが、いかんせん単純な思考である。
ルーカが笑いをこらえてとっさに口元を押さえ、シュシュにジト目で見上げられた。
せっかくの再発言フラグを自分でへし折ってしまった。

『シュシュ、励ましにきたのに! 失礼!』

「っごめん、つい……! あははっ、なんか……、肩の力が抜けちゃったよ。ありがとう」

『ん? お礼? ……ならよし!』

「ふっ……!」

『むぅ、また笑った! どうしてよーー!?』

シュシュの漢女な受け答えがどうしてもツボに入ってしまうらしいルーカ。一度笑い始めると衝動がなかなか収まってくれないのだ。
ここに、また新たな腹筋クラッシャーが誕生した。
ちなみにレナパーティの皆はすでに腹筋クラッシャーとして優秀な成績(笑いの提供)を収めている。MVPはもちろん、驚きと笑いを同時提供して場の空気を我が物にするスマホである。

<調理スペースをこの場に出現させましょうか? マスター・レナ>

スマホが、花畑を出現させていたあたりを光の線で囲い、ここにセットを出す? と傾いて問いかけている。
ヒト型で表現するなら、小首を傾げているのだろう。

「場所はもう少し林の中に入ったところがいいかな。そこに調理セットを出してくれる?」

<かしこまりました!>

「ルーカさんはご飯が食べたいみたいだしねー!」

「ちょ、レナまで、笑わせないで……! それ、かなりの追い打ちっ……!」

「ふふん、シュシュの報復です。まいったか!」

『ご主人様ぁ』

▽シュシュは レナにメロメロ状態!

シュシュは早々に、レナの従魔らしい主人溺愛者に育っているようだ。
先輩従魔たちも『レナかっこいいわぁーー!』と足に肩にまとわりついている。
レナは得意げに胸を張り、林の方に向かって一歩足を進めた。

「笑いながらでも歩けますよね、ルーカさん。移動しましょう」

「ごほっ、本当にまいった……。レナの鬼畜」

「ちょっと!? その手の称号はもうサディストで手一杯ですから!
ほらほら、移動しますよー! ご飯はお野菜たっぷりのクリームスープと卵焼きにしましょう、私やさしいー。ということで、鬼畜発言撤回を求めます」

「お断り」

「やだーーー!!」

レナがぐいぐいルーカの背を押しながら、皆で林に向かう。

『レナ様が自分で自分の首締めてるー。よく見る光景、そんなところも素敵ですー』

<うんうん、身体を張って空気を和ませてくれるレナ様には全力で感謝しなくてはなりませんね! そぉーーれっ>

『『『『『ごたいとうち!』』』』』

「っきゃーーー!?」

騒がしいのはいつものことである。
日常の一コマ一コマ、どれもが素敵な名場面なので、スマホの動画でバッチリ記録しておこう。
たくさん思い出を振り返れるように。この記憶のあたたかさが、永遠に生きるスマホの確かな心臓となるように。

食事の準備を終えたレナたちが、揃って席に着く。
夢産のサバイバルセットも、それを全て保管するスマホの空間もとても優秀だ。

初めてヒト型になり、魔人族の称号を取得したシュシュも椅子に恐々と腰かけ、湯気を立てるクリームスープを夢中でみつめている。
くぅ、とお腹が小さく鳴ってしまい、赤面した。皆は微笑ましく後輩を眺めていた。

ヒト型のシュシュは、羽根耳と尻尾、カーバンクルが魔物の特徴として残っている、ふんわりした雰囲気の愛らしい幼女の姿。
いかにも柔らかそうなミルキーピンクの髪に、透明感のある赤色の大きな瞳。
雪のように白い柔肌。華奢ながら、二の腕や胸にはすでに女の子らしい曲線がある。
見た目だけなら、花のように可憐な乙女。
内情が情熱的な漢女だとはおそらく誰も想像しないだろう。

現在、シュシュの服は先輩たちの白の普段着の予備を拝借している。
戦闘には向かない、生地が薄くてゆったりらくちんな格好だ。
魔王国に着いたら、レナは潜在財力をフル活用して、丈夫で防御力が高い魔法衣服をたくさん買ってあげようとわくわく予定している。
この従魔たちの幼い見た目の時期もいずれ過ぎ去ってしまう、その前に思い切り着飾らせてあげたいと思っていた。
いつもはストッパーなはずのルーカもこの意見に完全同意しているあたり、幼児たちの魅力は尋常じゃない。
親バカは二人いるのだ。

「いただきます」

「「「「「いただきまーーす!」」」」」

レナが号令をかけると、母を追うようにたくさんの声がハモるようになったレナパーティ。
カギカッコの重ねの多さが感慨深い。

先輩たちはもう、フォークとスプーンをそれぞれ上手く使って食事をしている。
シュシュは両手にカトラリーを持ちながら、ぴしっと硬直していた。先輩たちの食事風景をじいっと観察して、必死で使い方を学習しようとしている。

シュシュの隣に座っていたレナが、予備のスプーンにスープを汲んで冷まし、小さな口元に持って行った。

「!」

「シュシュ。あーーん」

「んむっ!」

レナのスプーンからスープを口に含んだシュシュの表情が、ぱああっと華やぐ。
ヒト族特有の繊細な味覚に、まろやかな甘みがじんわりと広がって、頬を桃色に染め上げた。
羽根耳がせわしなくピクピク動いているのを見て、『おいしいでしょー!』と、全員が嬉しそうに笑う。

「こういう動作も、少しずつ上手になっていけばいいからね。私たちがちゃんと教えるから」

「……うんっ! ありがとう、ご主人様。このクリームスープ最高だね……!」

「「こっちのコーンパンも美味しいよー! 後輩よ!」」

食事の時間はお腹も心もいっぱいの幸せで満たされる。
一口温かいごはんを口にしては、皆の表情がうっとりととろける。

「……いつか。一緒にごはん、食べようね。スマホ先輩とも、お食事、したいの!」

<光栄で御座います、リリーさん>

リリーが、撮影に徹しているスマホにこそっと話しかけてにっこり笑った。
<その表情も激写で御座います!>とスマホがすかさず連写する。

食事が終わると、今度は眠くなってきたのでお昼寝。
レナパーティはマイペースだ。
ハマルのゴールデンベッドの寝心地は、相変わらず最高の一言に尽きる!
金毛に埋もれた皆の口元から、すぐにすよすよと寝息が聞こえてくる。

魔王国まで、あとほんの少し。ゆっくり歩もう。全員の足音を揃えて。
その間に、みんなでいる素敵な理由が見つかるかもしれない。

きっと魔王国でも、新たな出会いがレナたちを待っている。幸運に恵まれた未来が確定している。
爽やかな風が国道に吹いて、レナたちの髪をそよっと揺らしていった。

▽Next! 魔王国を訪れよう!

 

 

 

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