89:ケジメ2

クラウドフォックスとウサギの視線が交わる。
フォックスは獲物を捉えるためにウサギに焦点を合わせていたが、そこに感情は見られない。
反対に、ウサギの瞳には燃えさかる炎のごとき熱がこもっている。
煌々と赤く輝く瞳がスッと逸れて、クラウドフォックスの足元を映す。

(相手の弱点を明確に見極める……。前脚は強化済みだからあとまわし。後ろ脚が、狙いめ! 足首に傷が残ってる)

ウサギはそこまでを短時間で考えると、駆ける進路をさりげなく一直線上からズラした。
今までは、お互いに真正面からぶつかりあおうとしていたのだ。
体格が違いすぎるため、単純に力勝負に持ち込まれたらウサギは押し負けてしまう。その展開に持っていかれては困る。

召喚術士の少年はウサギの思惑に気付き、ピクリと眉を跳ね上げると、声を張り上げた。

「クラウドフォックス、ちょい左にズレろ。ステップラビットを逃すな!」

指示が丸わかりの大声。近くにいるのだから、小声で召喚獣に話しかければいいものを。
召喚獣は主人の声を拾いやすいように作られている。ルーカが話していた情報だ。
他業種の人よりも、この少年は自分の職業の優位点を分かっていないの? とウサギは残念に思ったが、引きこもりで重度の本の虫だったルーカの知識量はたいがいおかしい。
……ウサギが少年をご主人様、と呼ぶことはもうなくなっていた。

両者の距離が縮まる。

『スキル[ステップ]!』

▽ステップラビットは 左側に鋭くジャンプした!

少年とクラウドフォックスから見たら右側にウサギが跳ねたということ。
先ほどフォックスが移動した方向とは正反対である。
ウサギの足関節が柔軟に動き、横跳びを可能にした。訓練の成果だ。

「!? 新スキルの力か……!? くそっ、追いかけろクラウドフォックス!」

[駿足]により事前に加速していたウサギが跳んだ距離は約1メートル。
スキルなどの補正がなければ、小さなウサギにこれほどの跳躍は不可能。
少年もさすがにそれを察し、あわてて指示を追加した。
ウサギのレベルが上がっている!? と、冷や汗をにじませる。

自分はこのウサギに優しくしてこなかった。まさか、復讐に来たのだろうか……? と考え、格下のくせに、今更なんだよ! と恐怖心よりも強い怒りを抱いた。
少年の、こいつを従えていたんだ、という記憶がウサギの評価を最底辺に固定していた。

指示を受けたクラウドフォックスが、改めてウサギのいる方に顔を向けようとした時……

『スキル[逃げ足]からの[暗躍]!』

ステップラビットが二人の視界から消え去った!

「はああッ!?」

ウサギは[逃げ足]スキルで更にもう一度加速し、少年とクラウドフォックスの視界で一瞬姿をブレさせると、忽然と姿を消してしまった!

[暗躍]スキルの効果で視界外で気配を潜めて、素早く二人の背面に回り込む。

戦闘中の少年はいちいちリアクションがやかましい。
その声をきっかけに、若いヒト族を喰らおうと肉食の魔物が近付いてきていたが、ルーカが遠方から魔物を[サンクチュアリ]で閉じ込め、後ほどスライムたちが[溶解]してしまった。
流れるような連携プレーだ。

『全くぅ〜……森の中だってこと忘れて大声で叫んでもらっちゃ困るわよねっ』

『もっと警戒心持たなきゃヤられちゃうのに。あの子、弱っちーんだからぁ』

『『もしもレナの悲鳴が聞こえたなら、みんなで即行駆けつけて守ってあげるけどね〜? 反撃もまかせてぇ!』』

クーイズ、身内贔屓しまくりである。少年を下げつつ、さりげなく主人への愛情を表してみせた。しばらくしてから、おやつタイム(捕食)を終えて帰ってきたスライムたちをレナがプニプニと撫でてやる。
愛情の与え合い。理想の主従関係とはこういう光景をいうのだろう。

決闘の実況に戻ろう。
サンクチュアリ内でもがいている魔物をレナたちはいったん放置して、真剣に決闘を眺め続けている。

「い、今ウサギさんは……?」

ウサギが[暗躍]スキルを使ったことにより、レナはウサギを見失ってしまった。

「今は少年たちの背後にこっそり回り込んでるよ。滑りにくい芝の上にいるから、そろそろ攻撃に入るかな」

『うさぴょんの、心……すっごく、高揚してる! 闘争心が、魂を赤く輝かせて……とても、キレイだよっ』

「そうなんだ。ありがとう二人とも。ウサギさんっ、頑張れー!」

『『『ファイトー!』』』

レナが状況について尋ねようとすると、ハイスペック心眼ペアがさっと答えてくれた。
このように闘争心激しいウサギなど珍しい。リリーが漢女(オトメ)の道に引きずり込んで……いやいや、目覚めさせたのだ。素質はあった。

レナたちが小声でウサギを応援する。

空中で動画撮影しているスマホがカメラレンズを超ズームモードに切り替え、決闘者たちをぐっと大きく映し、記録し始めた!
ハリウッド映画ばりの臨場感たっぷりな映像が出来上がるだろう。

<召喚術士ペアはステップラビットの姿を探してキョロキョロ首を振っております……おおーーっと!
ここで、ステップラビットがUターンして少年の背後に迫っているッ! スピードは落ちていないー!
少年たちはまだ気付いていませんね。
はたして、両者どうでるのか!?>

スマートフォンの脳内実況は、テンションを高めているぶん音声ボリュームを控えている。
配慮がデキるスマホなのだ!

▽ウサギが うしろ脚に力を込めた……
▽少年の両足の間めがけて 駆け出す!

「うわあッ!?」

すり抜けに驚いた少年が あたふたとよろけた。尻もちをつきそうになり、ギリギリ踏みとどまる。
足の間から飛び出した白色を目を剥いて見つめている。
ウサギの駆ける速度は速く、すぐに視界の中心から逃げていってしまった。

▽ウサギが クラウドフォックスの 後ろ脚を狙う!
▽嚙みつき攻撃!

『むぐ!』

クラウドフォックスの傷口に噛みついてなお、ウサギは速度を緩めずに駆けていく。
獲物は捉えた。あとは、ひたすら気合いで引き摺(ず)る!
ウサギよりも数周り大きなクラウドフォックスが、ウサギの根性に負けてバランスを崩す。
調教師がとても満足そうに頷いている。
レナたちが顔を輝かせた。

<ウワアーーオッ! ステップラビット、フォックスの足に噛み付いて離しませんッ!
クラウドフォックスの傷口が大きく裂けて、骨組みが見えております。どうやらヒビが入ったようで御座います。お見事。
クラウドフォックス……片脚をついたァ!
素晴らしいのでゴングを一つ、あ・そーれっ! カーーーンッ!>

ゴングとは、ファインプレーのたびに鳴らすものだっただろうか? まるで祭りの囃子(はやし)のように、スマホはこれから数回リズミカルにゴング音を鳴らし続ける。

はしゃぐには気が早いようだが、フォックスの片足をダメにした時点で、勝負は圧倒的にウサギに有利になった。フォックスはもう全力では走れない。
スマホのゴングは、すでに勝利宣言としてふさわしいものだったと言えよう。

クラウドフォックスの骨のヒビ割れは……治らない。先ほど、ポイズンヤマネコとの戦闘で負った傷を修復した際に、主人が施していた潜在魔力を使い切ってしまっている。

傷を負えばすぐには治らない、ということは、主人のサポートを受けられるという優位点を召喚獣は潰されて、ウサギと対等な存在になった。
お互いにとっての優位点は、召喚獣は強化済みの前脚、ウサギは多様なスキルを使えること。
弱点は、ウサギは防御力が低く、召喚獣は主人の指示がなければ上手く戦えないこと。
ーー召喚獣の主人があの少年であることを考えると、圧倒的にウサギが有利!
私情を交えた解説で申し訳ない。

クラウドフォックスを引き倒したウサギは、いったん口を大きく開けて後ろ脚を解放する。
クラウドフォックスは起き上がろうとしたが、上手く身体を起こせずまた地面に横腹を擦りつけた。二度目でようやく起き上がったが、動作が若干にぶい。
負傷した脚を地面につけるとガクリと傾いてしまうので、ほんの少し浮かせて庇っていた。また全力で駆けることはできない。

少年が顔を引きつらせる。
鞭を握りしめた手は、ガチガチに固まっていた。

いったんスピードを落としていたウサギが、少年の目の前でまたぐんっと加速する。
Uターンしてクラウドフォックスに向かってきたので、今度こそ同じ手をくらうまいと少年は目を凝らしてウサギを睨みつけた。
ウサギの表情がとても落ち着いていたため、イライラとこめかみに青筋を立てる。

「迎え撃て、クラウドフォックス……! 真正面からぶつかったら負けねぇよ。またステップラビットが左右どっちかに移動するようなら、俺が鞭で攻撃してやる。
指示をよく聞け。タイミングはミスるなよ。切り裂きの構え!」

▽少年が 鞭を構えた!
▽クラウドフォックスが 前脚の爪を剥き出しにする!

ウサギの赤い瞳がギラリと好戦的に輝く。
自分を睨みつけてくる少年に対して、爪の先ほどのわずかな親しみは感じていても、悲しみや恐怖心は抱いていない。
澄みわたる空のように晴れやかな気持ちで、地面をいっそう強く蹴った。

クラウドフォックスに正面から挑む!
ウサギの視界に、強化された爪の白色が閃いた。

▽クラウドフォックスの 切り裂き攻撃!

しなやかな動きでウサギを血祭りにあげようとするフォックス。
しかし、レナの従魔たちの機動力はもっとすごかった! ウサギは、振り下ろされる前脚を難なくかわしてみせる。ブートキャンプでの経験が、ウサギの足を活路に正確に導くのだ。

▽ステップラビットの ジャンプ!

『それっ』

「ひぎゃッ!?」

▽ステップラビットは 少年の胸元を 蹴り台にした!

『スキル[スピン・キック]ぅぅ!!』

前方に大きく体重を傾けたせいでよろけているクラウドフォックスの背中を狙う!
ウサギの身体が、空中でクルリと華麗に回転した。

▽クリティカル!!
▽クラウドフォックスが 地面に倒れ伏した!

<ワン・ツー・スリー……K・Oーー!! カンカンカーーン!
おめでとうございます! おめでとうございます! 勝者はステップラビット!
クラウドフォックスは背骨を完全に折られ、もはや再起不能。力なくもがいております。核が壊されていないので修復はなんとか可能で御座いますが、かなりの労力と時間が必要になるでしょう。
召喚術士の少年は胸を押さえて悶えております。無様で御座います。
ステップラビットは片腕を掲げて勝利のポーーズ! シビれるぅー!
漢女(オトメ)のケジメ第一戦、見事このスマートフォンに収録させて頂きました! エフェクト付き戦闘音ありのスペシャルPVに編集致しますので、後で一緒に鑑賞しましょうね。
お疲れ様で御座いました>

スマホのアナウンスがすべてを物語ってくれた。
地面に倒れたままのクラウドフォックス、しゃがみこんで悶える少年、圧巻の戦闘を終えて誇らしげに腕を天に突き上げるウサギ。
異様な光景である。

しかしこの光景を見ているのは当事者以外でレナパーティくらいだ。つまり誰も気にしない。
レナたちは頬を染めて、とても嬉しそうに笑いあっている。手を叩いて喜びを表したいところだが、ぐっとこらえた。

「よく頑張ったね」

レナが小声でこっそりと呟く。
このまま飛び出していって抱きしめたかったが、まだウサギは全ての目的を果たしていない。
あとでたくさん褒めて撫でてあげよう、と決めた。
スライムたちが捕喰に向かった。

▽Next! ウサギと少年の話し合い()

 

 

 

 

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