86:ブートキャンプ2

森林公園のなかで、幼児たちがウサギを追いかけ回す。
ウサギの同意を(事後承諾)得ているので、けして動物虐待ではないと言っておこう。過酷な状況ではあるが、これは強くなるための訓練なのだ。

ジャングルジムの中を、ウサギが縦横無尽にぴょんぴょんと移動する。小柄なので、ジムの棒を足場に、様々な方向に自在に動く。体力はそこまでないウサギだが、運動センスはあるようだ。

幼児たちはヒト型で動くという縛りがある。ウサギほど自在にジャングルジム内部で動くことができないので、人数にモノを言わせて外側から回り込んで、触手やら霧やらでウサギを追い込み始めた!

「ヒト型の時に使える技能はいろいろ試してみようね。使ってよし。ステップラビット、頑張って逃げて」

『言われなくても頑張るよ! この鬼教官ーー!』

ルーカがいい笑顔で生徒たちを応援し、ウサギが、がるるっ! と草食獣らしからぬ叫びを返した。

はしゃいでいる幼い魔人族たちの訓練目的は、ヒト型になった時の戦闘力向上だ。魔物状態でないと使用できないスキルもあるが、ヒト型でも使える技能はどんなものでも使用してウサギを追う。

「……スキル[幻覚]!」

『あっ!』

リリーが[幻覚]スキルを使い、ジャングルジムの棒を二倍に増やしてみせたので、ウサギは誤って[幻覚]の棒を蹴ろうとしてしまい、バランスを崩す。
落っこちかけて、慌てて体勢を立て直して、別の棒に着地した。こちらは幻ではなかったようだ。ホッと少し肩の力を抜く。
ウサギは現在、幸いにもジャングルジムのど真ん中にいて、幼児たちの手はすぐには届かないものの、スライム触手が迫ってきている。足場も不安だ。
……ジムを出る決断をした。

『スキル[逃げ足]! スキル[スピン・キック]!』

▽ウサギは ジャングルジムを 飛び出した!
▽キックで ジムの外側の棒を蹴って 加速した!

教官の教えた通り、地形を上手く使っている。
早くもオカン気分のレナが、パチパチと拍手した! そしてレナは教官に連行されていく……。
自分たちもレナに褒められたくなった幼児たちが、いっそうテンションを上げた!

▽ウサギは シーソーに 走り込む!
▽クレハが 手を伸ばした!

▽回避! ウサギは 逃げ出した!
▽クレハが シーソーに 倒れこんだ!
▽反対側にいた リリーが ふわっ! と空に浮かび上がった。

「わわっ!?」

「あっ! ごめーん、リリー!」

「……大丈夫ー!」

綿毛のように軽いフェアリーの魔人族であるリリーは、ヒト型になっても、見た目ほどの重さがない。せいぜい数kg程度である。
よって、シーソー上でクレハの重みに負けてしまった。
2メートルほど浮かび上がったリリーはクルリと一回転してみせると、すたっ! と華麗に着地をキメる。
着地点はハマルの頭の上。重くないからこれでいいのだ。新体操のような、なめらかで綺麗な動きであった。

「「大道芸人だーー!!」」

クーイズが大笑いしている。トーテムポール状態のリリーとハマルがノリノリでポーズを決めるものだから、お腹を押さえて笑い転げる。
自分たちもなにか芸を出来ないかなー、と考えながら、ようやく持ち直して、地面を蹴ってまたウサギを追いかけ始めた。

ウサギはこの大笑いの時間に、少しだけ体力を回復できたようだ。
昨日教官にレクチャーされたストレッチを思い出し、くにくにと足首の筋を伸ばしながら、呼吸を落ち着けていた。冷静に滑り台を見つめて、走り出す!
従魔たちの関心をとくに引きそうな遊具を選んだ。

ハラハラしながら従魔たちを見守り、大道芸に対してまた拍手したレナは、ついに鞭を握る事になった。
教官は、マジックバッグ内でお蔵入りになっていたレナの初期装備[ふつうの鞭]を手に、レナの前に立つ。すこぶる似合う。

「それでは。レナの鞭の練習を始めようか!」

「は、はぁい、教官……」

「元気がないですね? やり直しましょう」

「押忍っ!」

「ふふふっ!」

「笑いのツボに入っちゃったんですねー」

<あちらも撮影! こちらも撮影! まことに大忙しで御座います! したらば……全方位レンズの出番。
今こそ輝け我の秘められた力よ……解・放!>

▽スマホが 眩い光に包まれた……
▽スマホを覆うように 水晶球体レンズが 出現した!
▽全方位を 撮り放題!

「ねえ!? ルーカ教官、ねえ! これどういう状態なんですか!? 私のスマホがっ!」

<私の、などと言っていただけるとは……照れてしまいます。ありがたき幸せ! その通り。マスターレナの所有物、スマホで御座います! これから、もっと役に立つ所存で御座います!>

「あ、ありがとう!」

思わずレナはお礼を言ってしまった。脳内は大混乱中である。
世界の福音(ベル)が、レナに従者のスキル取得を知らせたわけでもないのに、スマホは新技能を次々取得しているのだ。
今までは、アプリ取得など、スマホとしての進化だったのでそこまで驚かなかったのだが……(レナたちはもう少々のことでは驚かない)今回の外部レンズはなかなかの大事件と言える。
レナがルーカを見ると、神妙に頷いている。
「ははは」と口から漏れる笑い声は、非常に乾いたものだ。

「……えーとね……。まず、まだこのスマホは魔物じゃない。そのため、新しく技能を取得しても、ステータスに反映されていないから、福音(ベル)が鳴らないんだと思う。
現在の魔物未満の状態で、おそらく時空魔法を取得しているから……。これから、どんな強大な存在になっていくんだろうね……?
レナ。再度言っておくけれど、進化は一度じゃない。しっかりスマホの手綱握ってて。このスマホの主人は貴方以外ありえない。貴方じゃなきゃ嫌だ」

「うわああああ!? ウ、ウチの子すごいーー! もちろん、誰にも主人の座は渡しませんとも!」

<ありがとう御座います! 光栄の至り!
ルーカティアスさん、ご心配なく。私の主人(マスター)は藤堂レナ様のみだとプログラミングされておりますゆえ、書き換えの心配は御座いません。
すでに[メギドフレイム・ウォール]という情報干渉防止アプリもダウンロードしておりますので!>

「「すごーーい……」」

すごすぎてもう何がなんだかよく分からない。

<マスター・レナのご勇姿を、エクストラ・ハイビジョンで動画撮影致します! わくわく! ささっ、どうぞ訓練を開始して下さいませ>

容量(キャパシティ)が無限大なスマホは自重しない。
レナの赤っ恥が、余すところなく記録されることが確定した。
後に、”御主人様の栄光への道のり(レナちゃんの成長の記録、とも読む)”という小っ恥ずかしい名称のまとめビデオが作られることなど、主演女優はまだ知るよしもないのだった……。

ご主人様イジリはこれくらいにして、現在の話に戻ろう。未来を憂いても仕方ないのだ。
レナとルーカは、公園のすみっこのスプリング遊具前にやってきた。
スプリング遊具とは、動物型の乗り物にバネがついており、前後にぐよぐよ揺られながら遊ぶ遊具のこと。
ウサギと幼児たちには、この付近でレナが練習をするから近寄らないように……と、言い聞かせてある。

「じゃあ、まずはレナの現時点での実力を測るよ。見本で、僕が鞭打ちをやってみるから。見てて。あとで真似して」

▽ルーカが 鞭を 構えた!

「頭、胴体、尾!」

ピシッ、ピシッ、ピシッ! と、小気味いいリズムで鞭がスプリング遊具に打ち付けられていく。どれも狙い通りの場所にヒット!
ルーカは軽く打ち付けてみせたが、成人男性の鞭打ちはそれなりに威力があるらしく、スプリング遊具がぐわーんぐわーんと前後に揺れた。
的が動いている中、ルーカが再び、先ほどと同じ三箇所を見事に狙い打ってみせる。
レナが小さく拍手すると、ネコミミを嬉しそうに揺らしてペコリと頭を下げ、場所を譲った。

「さあ。どうぞ」

「は、はい!」

完璧な鞭打ちに倣う自信など、レナには無かったが……ここで怖気づいているわけにはいかないのだ。
従魔たちは頑張っている!
主人も頑張らなくては、と、ごくりと喉を鳴らして前に進んだ。

スマホが主人撮影のベストポジションに移動し、幼児たちが一瞬足を止めて、じーーっとレナの華奢な背中を見つめる。
ウサギも休憩しながら、幼児たちを警戒しつつレナを眺めた。

▽レナは 注目を 集めている!

ふうっ、と深呼吸。気持ちを落ち着けて、ぐっと握るのは”赤い鞭”。
元・呪いの魔道具[ 怨嗟(えんさ)の鞭]は、レナの幸福体質により、早くも[赤ノ棘姫]へと進化を遂げていた。
強い魔法がかけられた赤い魔道具ほど、早く変化するようだ。

ーーー
[赤ノ棘姫(いばらひめ)]……女王様の手元を彩る、赤の宝石が散りばめられた豪奢な鞭。トゲトゲしている。元・怨嗟(えんさ)の鞭、第一進化形態。
闇に堕ちた者を打つ時、精神を服従させる効果がある。自分が相手よりも強いほど、服従効果が高い。
状態異常[魅了]、意思により[毒]を与える。威力補正+10、運ステータス+30の効果がある。
ーーー

鞭はその見た目を変化させており、柄部分の宝石は赤くあざやかに輝き、鞭部分には小さめの棘が浮かび上がっていた。
形状が変化する魔道具というのは存在するが、あらかじめそのように魔法がかけられている訳ではなく、後天的に形状変化してみせる魔道具など、前代未聞なのだとか。
レナはもう考えることをやめた。
第一進化形態という一文など気にしてはいけない。

ぐっ、と柄を握りこむと、[赤ノ棘姫]は驚くほどしっくりレナの手になじむ。

「ーーよしっ!」

((((きゃーー! レナ女王様ーー!))))

従魔たちが内心で応援する中、レナはついに、右手を鋭くしならせた……!

▽レナの 鞭打ち!

「頭!」

▽ミス! 芝生をえぐった!

「胴体!」

▽ミス! 今さら頭に当たった!

「尾! ……きゃーー!?」

▽ミス! 自分の足を 打った!

「これはひどい……」

「面目ない……」

レナがズゥン……と落ち込んでいる。教官は苦笑いだ。
思い返してみると、鞭がまともに的に当たった経験など、大きくなったハマルくらいしか覚えがなかった。
小さめサイズのスプリング遊具に一撃をくらわせただけでも、成長しましたね、なのである。

「足、打ったところ……少し赤くなってるね。大丈夫? 早く[ヒール]したほうがいいよ。痣になるといけないから。
しかし、主人を打つ時には鞭の棘がひっこむとは……従順な鞭だね。怨嗟は調教されたということなのだろうか……?」

「ちょっ、変な物言いしないで下さいよ! 現状、ルーカさんの方が調教師っぽいです。
……ご心配おかけしました、痛みはそんなにないので平気です。緑魔法[ヒール]」

レナの足の膝上あたりが、緑色の光に包まれた。
怪我を治して、そろーり、と気まずそうに背後を振り返ってみると……幼児たちは、元気にウサギを追いかけまわしている。落ち込むレナに注目していない。

従魔たちの心情としては、本当は心配でたまらなくて速攻レナに走り寄っていきたかったのだが、心の傷をえぐることになりかねないし、おそらく大丈夫なので、堪えたのだ。
めちゃくちゃ気遣われている。
見てなかったよ! と主人にアピールするように背を向けているあたり、大人な対応だ。

オカンは気遣われていることに気づいたが……その気持ちをありがたく受け取ることにした。
過剰に注視されていない、と思うと、肩の力も自然と抜けていく。
教官の目はあるものの、レナは先ほどよりもかなりリラックスした様子で、鞭打ち訓練を続けていった。
空中にこっそり潜むスマホの存在は、この時はレナの意識外だった。

鞭打ちの精度向上のために、レナは教官の指導を受けながら訓練に励んだ。成長率はお察しである。
ウサギも全力逃走を続け、ときどきルーカの指導のもと休息を取り入れながら、また、限界まで体力を使い切っていった。
休憩時、頭をくらくらさせながらスライムベッドの上に倒れこむと、レナが[ヒール]をかけ、ハマルが[快眠]を施してやる。
大変効率のいい、キツイが至れり尽くせりな特訓だ。

魔人族たちは、ウサギを追いかけながら、様々な日本の公園遊具を楽しんだ。
すべり台が特に気に入ったようで、大はしゃぎ! リリーはすべり台を滑り降りながら、飛び蹴りの練習をしていた。次回、レベルが上がった際にはなんらかの格闘系新技能を取得するかもしれない。

「そろそろお昼休憩にしようか」

ルーカ教官が声をかけると、全員が「はーーーい!」と嬉しそうに返事をする。もう、身体はくたくただ。
公園の真ん中にサバイバル用テーブルを展開し、そこにお昼ご飯を並べる。

今回は、全て宿場町の屋台で購入したジャンクフード。
数日間は、特訓のために全ての体力を使うことにしようと話し合ったのだ。
メニューは、薄切りの炙り鴨(かも)肉と野菜が挟まれたフランスパンのサンドイッチに、ミネストローネスープ。クレハの魔法で温める。あとはいつもの定番品、チーズや燻製肉が並んでいる。
ウサギの前には、山盛りの野菜サラダ。さすがにもう高級野菜はほとんど含まれていないが、素材の切り方や野菜の組み合わせなど、レナが毎回趣向を凝らしているため、とても美味しく頂ける。

「いただきまーす!」

全員が声を揃えて発言し、ぱちんと手を合わせた。
まだぎこちないながら、ウサギも仕草を真似している。

レナパーティの食事風景は、わいわいと賑やかだ。撮影にいそしむスマホも、いつかは魔物となり、魔人族姿でこの輪の中に入るのだろう。

「……おいひぃー!」

「レナ、嬉しそうに食べてるね〜。ねぇ、あれ付けようよ。ケチャップ! ちょーだい?」

「イズはマヨネーズがいいー! サンドイッチ、このままでも美味しいけど、もう一味ほしいの」

「「むっふっふ〜!」」

「クレハはケチャップ、イズミはマヨネーズね。はい、どうぞ。嗜好が珍しく分かれたよね」

「「ありがと、ルカにゃん!」」

「クスクスクスクスッ! ……むぐっ!?」

「ああっ、リリーちゃんが喉に詰まらせた!? はいこれっ、お水」

「……! ……ぷはっ。ありがとう、ご主人さま。……笑いすぎちゃった。えへっ」

「まああれはー……笑っちゃうのも、仕方ないよねー? ぷっふふふー!」

「こらこら。みんな、僕を見てニヤニヤしないで。午後からの特訓も、誰が指導するか……分かってるよね?」

「「「「「すみませんでした!」」」」」

「あははっ!」

<ナイススマイル、頂戴致しましたー!>

『…………』

▽ウサギは 無言で サラダをガッついている!
まだ、このパーティのテンポの早い会話に入り込むタイミングを、掴みきれないのだ。

「「うさぴょーん、見て見て。顔面崩壊」」

『うあーーーーッ!!?』

▽ウサギは クーイズに 絡まれた!
▽ヒト型クーイズは 顔のみを どろどろとスライム化させてみせる!

「食事中はグロテスクなのは控えてねー」

「「はぁーい、れにゃ様ー。ごめんなさーい」」

『そ、そういう問題なのっ!?』

魔人族姿で初めてウサギと食卓を共にした従魔たちは、とても楽しそうに笑っている。
ウサギはそれを眩しそうに眺めている。

スライムやヒツジの表情の変化は、ウサギには少し分かりづらかった。
こんなにあたたかな笑顔を向けられていたのだな、と改めて考えると、胸のあたりがじんわり熱くなる。
……キツイけど、午後からの特訓も頑張ろう、と自分自身に気合いを入れた。
がつがつと野菜をむさぼって、胃袋を満たし、エネルギーを補充していく。

食事が終わると、デザートのスイカが切り分けられる。レナが偶然青果店で見つけて、懐かしく感じたため購入したのだ。イズミの魔法で程よく冷やしてもらう。
クーイズが、目をキラキラ輝かせてスイカを見ていた。

「あれ、一度やってみたかったのーー! アニメで見たやつ!」

「スイカの種飛ばし! みんなでやろーよ!」

というわけで、デザートは楽しく頂かれた。
しゃくっ、と瑞々しい音を立てて果肉が齧られると、それぞれの唇が赤い果汁で濡れる。口の中に芳醇なスイカの甘みがひろがる。
懐かしの公園に、懐かしのスイカ。それを仲間たちと楽しめる現在の喜びを、甘みと共にかみしめて、レナは自然に微笑んでいた。
黒い種が宙を飛んでいく。……結論だけ言うと、スイカの種飛ばしは、キャリアがあるはずのレナが一番ヘタだった。

スイカの種は、砂場に埋められた。多分、ここではスイカは成長できないだろうなぁ、とレナは苦笑していたが、子どもたちがあまりに嬉しそうだったので、あたたかく見守る。
種を飲み込んだウサギが、従魔たちに「お腹でスイカが成長して口から芽が出てくるぞ〜……お腹破裂するぞー!?」とからかわれる場面もあり、公園には常に笑い声が絶えなかった。
それらも全てカバーして、外部には消音してくれるのだから、サンクチュアリは実に優秀である。忘れないでやって。

午後からのトレーニングメニューについては、従魔たちは変わらずウサギ追い。
レナは練習場所を移動して、鞭打ちを練習することになった。

「……さて。誰かさんが食事の席で僕をからかった結果、大人数にそのように認識されてしまい、なんと[調教師]の称号まで取得してしまったので、ルーカティアスの訓練への心構えはバッチリです。ええ、絶好調です。
張りきって指導しますので、頑張ってついてきて下さいね。レナさん」

「すみませんでしたッ!!」

▽ルーカは 称号[調教師]を 取得した!

……称号の由来については、本人の説明の通り。皆にノリノリで話を振ったレナのせいである。
[教官]が先に来るかと思われたが、ラナシュは[調教師]を優先したようだ。
<フォーマットが適当すぎるので御座います>と、スマホが的確に発言してみせた。
取得のタイミングは、たまたま、なようだ。

ーーー
[調教師]……サディスティックな指導が得意な者に贈られる称号。
この者に指導される時、[従順(微)][快楽(微)][成長促進]の効果がある。笑顔の迫力が増す。
ーーー

これまたとんでもないものを取得してしまっている!
ルーカの称号のとっ散らかり具合が尋常ではない。今更か。

「せっかく[成長促進]効果があることだし。使わない選択肢はないよね。称号[調教師]セット」

「う、うわーーっ……さっそく変化が! 微笑んでるのに、なんか眼光が鋭い……! ……午後からのご指導、よ、よろしくお願いします、ルーカ教官」

「もちろん」

「ひえっ! ノー・モア・スマイル! 鞭、尋常じゃなく似合いますね……? この赤い鞭、持ってみますか?」

「呪いが復活する未来しか見えないな」

「そうですよね。指導お願いします」

お気づきだろうか、この短い会話の中で、レナが二回も指導を請(こ)う発言をしていることに。これこそが、称号[調教師]の能力なのだ!

レナとルーカが訪れたのは、のぼり棒が8本並んだ一角。
ルーカは鞭を構えると、軽快な動作で、横薙ぎに鞭をふるう。カカカカツンッ! と、のぼり棒に連続で当たり、硬質な金属音が響いた。
午後からは、レナはこの動作を反復練習することを勧められる。

「レナの場合、鞭を打つ際の力の入れ方はだいぶ上達したんだけれど、命中率がよろしくないから、幅広く横に当てる練習をしておくといいと思う。
これに慣れたら、新しい鞭スキルを取得できそうだ。
広範囲に攻撃することになるから、今後この技を使う機会があるとしたら、戦闘時に従魔たちのガードが突破されて、レナがひとりきりになった時だろう……。
まずそんな事態は起こらないだろうけど。自衛手数は多いほうがいいからね。
頑張って練習しましょう」

「少しは上達したって言ってもらえて、救われた気分……! ありがとうございます、教官! すごく嬉しい。私、頑張りますっ!」

教官に褒められたことによる過剰な感動は、おそらく[快楽]効果の影響である。
レナのやる気がさらに引き出されたのはとても良いことだ。

「そぉれっ! えいやっ!」

カカン! カツン! と、赤い鞭がのぼり棒を叩いていく。まだまだ、位置も威力も思い通りにはいかない。
大きく真横に鞭をふるうのはかなり腕が疲れるが……レナは弱音を吐かずに、教官から休憩指示があるまでは鞭を振るい続けた。

何度も同じ動作を繰り返して、少しずつではあるが、鞭が棒に当たる高さも揃ってきて、打撃音も連続して聞こえてきている!

***

「ーーはい、そろそろ今日の練習は終わりにしよう。よく頑張りました」

ルーカ教官がようやく皆に声をかけて、疲れきったレナが芝生の上にへたり込むと、辺りはもうほんのり薄暗く、いつのまにか夕方になっていた。
集中してのぼり棒だけを見つめていたため、時間経過に気づかなかったようだ。
それほど頑張った分、成果は確かに出ている。

「……教官! 見ててください、上手に同じ高さに当たるようになりましたー!」

レナがうきうきと教官を呼んで、のぼり棒に向かって鞭を振ってみせる。
それなりに綺麗な弧を描いて、鞭はカカカカン! とのぼり棒をリズミカルに打った!

▽レナは 鞭打ちを 成功させた!

感動しているのか、スマホのレンズがキラリと光る。ヒトに例えるなら、涙を滲ませている状態だろうか。

「大変よくできました! 明日、実際に魔物に試してみてレベルが上がれば、スキルが取得できそうだと視ました。すごく頑張ったね、レナ」

「やったぁーー! ご指導ありがとうございました!」

両手を上げて大げさに喜んでいる第一生徒レナを、ルーカ教官は優しい眼差しで眺めている。
褒める時には、瞳に威圧感はなく、[快楽(微)]効果のみが発揮されるらしい。

レナが「他のみんなも訓練終わったよね」とやっと背後を振り返る。
公園内はその景観を大きく変えて、混沌とした空気に包まれていた……。

「……な、何事!? 教官ー!?」

「それでは、順番に説明していきましょう。レナがまず気になったのは、ブランコに絡まるハマルですね」

レナが青ざめて、こくこく頷く。異常事態だ。
慌ててブランコに向かい、鎖でぐるぐる巻きになっていたハマルを解放した。
ハマルはさすがに少し苦しかったらしく、鎖から解放されると「けほっ」と咳き込んだが、表情は恍惚としている。
これはいけない。レナの頭の中に甲高いベルの音が鳴り響いた……。

<従魔:ハマルに、称号:[マゾヒスト]が追加されました!>
<ギルドカードを確認してください>

「うわ! 今まではタイムラグで称号がごまかされてたのに! ついに……取得してしまったんだね……!?」

「えへへー。レナ様限定ですー!」

レナは喜ぶべきなのか迷った。
とりあえず白金色の頭を撫でて、入念に[従魔回復]をかけてやった。ハマルは、ネコなら喉を鳴らしていそうなとろけた表情である。

「そうきたか。ハマルがこの束縛状態になっていたのは、[鈍感]など、痛みを感じづらくなるスキルの取得を目指したからです。ギフトとの相乗効果となり、今以上に頑丈になると読みました」

「な、なるほど」

「ちなみにこれは本人の意思による、セルフ束縛です。ブランコに飛びついて、ハマルは自ら鎖に絡まってみせました。僕の仕業ではありません。おそらく、趣味が高じたのでしょうね」

▽ハマルは 照れたように 笑っている。

「リリーちゃんとウサギさんは、どうしてまた向かい合ってバトルをしているのでしょうか……」

レナは金髪を撫でくり回しつつ、話を逸らした。
この話題が長引くとしんどい。
ルーカも自然に流れに乗ることにした。

「ハマルとクレハ、イズミが抜けたことで、追いかけっこの難易度が下がったからね。いったん別の特訓に切り替えてもらいました。
よく見てみて。バトルといっても、相手の攻撃を避けあっているでしょう? 攻撃力アップではなく、安全に回避力を上げることが目的なんだ。だから、スキルは使わないようにと言ってあります」

「スキル[飛び蹴り]!」

『スキル[スピン・キック]!』

▽ステップラビットと リリーは 地面を蹴った!

「めちゃくちゃお互いを攻撃してますけれど!?」

「ヒートアップして指導内容を忘れてるな……よろしくないですね。訓練終了の言葉も聞こえていないようだ。
仕方ありません。光魔法[サンクチュアリ]!」

▽ルーカ教官の 教育的制裁!
▽ウサギと リリーは ミニ光の聖結界に 包まれた!
▽壁に 激突した!

「『へぶうっ!』」

乙女らしからぬ悲鳴である。
サンクチュアリに膝を思いきり打ち付けて、うずくまって悶える漢女(オトメ)たちに、レナは[従魔回復]をかけてやった。

「あーん、ご主人さまぁ、久しぶりだぁー……!」と甘えに来たリリーを抱き止めて、もじもじしていたウサギもついでに抱きしめて撫でる。
ウサギは真っ赤になってプルプルしていたが、疲れ切っていたので、レナの手を振り払って逃げることはなかった。

「「レナぁーー! 新しい技を作ったんだよ、見てー!」」

▽クーイズが 現れた!
▽レナは ついに 幼児たちに埋もれた!

腕の中にリリーとウサギ、すぐ側にハマル、背中にぺったりとクーイズが貼りついた状態のレナ。そっとスマホも寄り添っている。
大変仲睦まじいなごむ光景なのだが、激しい訓練をこなしたレナの身体はガタガタだ。負担になるので、ルーカ教官がそおっとクーイズを剥がした。さりげなくフォローを入れる。

「ご主人様は今、とても疲れているから、ちょっと気をつけて労ってあげてね。さっき練習してた技、見せて驚かしてあげようか!」

「「うんっ!」」

驚きはもうお腹いっぱいなのだが……。レナは重い身体をなんとか動かし、公園の片隅、なぜか植え込みの木が消し炭になっている箇所に移動する。
不思議に思っていたのだ。なぜ、こんなことになっているのか?
レナがクーイズを眺めると、なんとも可愛くてへぺろしている。癒された。

「みててね!」
「スイカの種飛ばししてて、思いついたの!」
「「リリーとハーくんの大道芸、羨ましいと思ってたんだよねー!」」

▽クーイズは 口元に指を添えて ザッと足を引き! かっこよくポーズを決めた!
▽すううっ! と大きく息を吸い込む……

「赤魔法[フレイム]……火炎放射ーー!」
「青魔法[アクア]……高圧放水ーー!」

▽ゴウッ! と クレハの口から 激しい炎が 吹きだした!
▽ゴアッ! と イズミの口から 噴水が 飛びだした!

すでに真っ黒焦げだった植え込みのあたりに炎が燃え広がり、それらを瞬時に、イズミの放水が消し去っていく。
むわっと白灰色の煙が周囲に広がったが、ルーカがまた別の[サンクチュアリ]を展開して煙を閉じ込め[ 浄化(パージ)]してしまった。煙にも効くらしい。

「あ。レナが見てると思って張り切りすぎちゃった……てへっ☆」
「これで不審者が近寄ってきても追い払えるね!」
「「すごいー!?」」

「すごすぎるっ……! これ、不審者死にますね……」

「この攻撃をくらわざるをえないほどの悪党の場合は、重装備で近づいてくるだろうから死にはしないと思うよ。クレハとイズミも状況によってきちんと加減するだろうし。不審な生き方をしているほうに問題があるんだから、多少の怪我はしょうがないって。悪いけど、僕はそういうタイプの輩を擁護してあげられるほど、心が広くないんだ」

「私もです。うわ……ルーカ教官の目がうつろ……トラウマ思い出させちゃいましたね。夕飯のデザートには、作り置きしてあったプリン出しますから、気力回復してください」

「……ありがと、元気出た。
クレハとイズミの、この口から放出する技は、次にレベルアップした時にスキルとして取得できそうだよ。レベリングの時はヒト型で戦ってみようか」

「とんでもないことを聞いてしまった。了解です。二人とも、頑張って練習したんだね」

「「うん! 褒めてーー!」」

▽クーイズの とっしん!(うっかり)
▽レナは 幸せと 苦悶が 入り混じった 複雑な表情をしている!
▽幸せの勝利!
▽レナは クーイズを 撫でまわした!

頑張った子たちを教官とレナで褒めて、褒めて、褒めまくり!
ようやく、今日一日お世話になった、この場を去ることにした。

夜、野外で寝ることには慣れているが、今はほぼ全員が満身創痍。万が一の事態があったときに、万全の状態で対応できないのは危険だ。
ルーカに索敵・魔物を撃退してもらいつつ、早く宿場街に戻った方がいい。
宿代ももったいない。現在リッチな財産を手にしているレナパーティだが、性根がどこまでも節約家だ。

レナたちは、訓練のあとが残る公園を名残惜しそうに見つめている。
ルーカがサンクチュアリで公園を覆った状態で、内部でレナの風魔法[ テンペスト]を発動させる予定なのだ。力技で片付けようとしていた。
せっかくスイカの種を埋めたのになぁ、と、クーイズが残念そうに呟く。

<この場所を保存したい、と……。承知致しました!
マスター・レナ、どうかもっと、この私にご相談下さいませ。お力になれることも御座います。
それでは……[ 空間切取(スペース・カット)]!>

「ふあっ!?」

スマホがまたとんでもないことを言い出した!
レナもルーカも、従魔たちも、ぽかんと開いた口が塞がらない……。

スマホはレナの肩から浮かび上がると、空中で、ぺかーーーっ! と輝き始めた!
虹色の光の筋が伸びていく。
サンクチュアリの範囲内の土地、空中は高さ3メートル、地中は1メートルまでを、四角い立体図形のように光の筋が形取る。まるで設計図のようだ。
スマホがひらりと横に一回転してみせるとーー 公園は、光の図形通りの寸法で切り取られてしまった!
切り取られた後の空間には、茶色の土が顔を出している。

口をぱくぱくさせたレナたちが説明を求めてスマホを見上げると、<ああッ……視線が熱すぎます……>などと画面を赤く染めてみせる。その反応は求めていなかった。

<どうやら、空間魔法をすでに使用できるようで御座います。切り取った空間は、私の容量内で保存されております。いつでも出現させる事が可能ですので、お気軽にお申し付け下さいませ。
公園の時間を停止させておりますが、スイカの種の成長を望まれるのでしたら、時間が進むようプログラムを変更致します。どうなさいますか?>

……とのこと。

「そのまま、保存しておいて下さい……水やりとかできないし……」

<承知致しました、マスター・レナ! むむ、水やりですか。確かに、それは難しいご相談で御座います……今後、私がさらなる発展を遂げることをご期待頂きたく! パーフェクトにお望みに応えるスマホになってみせます!>

「うん!」

レナはもう頷くことしかできなかった。

レナも従魔たちも無事に特訓(ブートキャンプ)を終えて、新たにスキルを取得できるめどが立った。
明日以降、魔物と戦いレベルアップしよう。
ウサギが、一瞬だけ震えた脚をもふもふの手でペチン! と叩き、戦女(オトメ)の凛々しい表情で、空を見上げた。

▽Next! レベルアップしよう!

 

 

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