85:物理説得

「さあ。特訓(ブートキャンプ)を始めましょう」

人気のない森林の広場で、ごくりと生唾を飲み込むレナたち。
視線の先にいるルーカ先生は、とても爽やかな微笑みを浮かべている。不安しかない。

レナたちが保護した強情ウサギが、ついに少しだけ心を開き、『強くなりたい』と発言したのが昨日。じゃあ自分たちも一緒に特訓しようか! と張りきってルーカ先生を頼ったら、彼は過剰に気合を入れてしまったのだ。

昨夜はすでに散々だった。全員がなんとなく正座している状態で、ルーカが潜在能力診断を行い、それをスマホのメモ機能にまとめあげた。

▽完璧な トレーニングメニューが 出来上がった!

前準備として、入念に過酷なストレッチをしてから眠りについたのだが……そのストレッチメニュー制覇に1時間も要し、
「ストレッチで疲れただろうけど、ハマルの[快眠]で朝まで眠ればギリギリ全快する見積もりだから、安心してね!」
とルーカが口にしたことから、全員が本日の特訓(ブートキャンプ)に対して恐怖心を抱いていた。
限界まで絞られかねない……!?

更に。本日のメニューについて
「内容はまだ内緒」
<ナイヨウはまだナイシヨウー! シが! シが邪魔で御座います!>と言われている。
ルーカはジョーク好きのスマホに唆(そそのか)されてしまっていた。スマホはおそらくこのダジャレが言いたかっただけである。
唇に優雅に人差し指をあてて「きっと驚いてもらえると思うから。楽しみにしてて!」と笑うネコミミお兄さんは大変麗しかったが、生徒全員が顔を引きつらせていたのは言うまでもない。

ここで、ウサギのステータスを記載しよう。ルーカが読み取ったものだ。

「名前:ステップラビット
種族:ステップラビット♀、LV.4
適性:白魔法

体力:12
知力:10
素早さ:20
魔力:9
運:5

スキル:[逃げ足]、[スピン・キック]
ギフト: 」

レベル2でテイムした当時のリリーよりも弱い。
これだけの技能である程度の期間生き延びていられたのは、大したものだと言える。
……それでは。覚悟を決めよう。

『『『『「よろしくお願いします、ルーカ先生!!」』』』』

押忍ッ! と続きそうなしゃっきりした掛け声だ。こうでもしなければ逃げたくなってしまう。

『! ……よろしくお願いします』

ウサギは皆を真似して、ペコリとルーカに頭を下げた。

「うん。頑張ろうね」

▽ルーカ特訓(ブートキャンプ)が はじまった!

『『ぱ、ぱふぱふぅーーっ!』』

***

「まず、ハマル。こっちにおいで」

しゃがんで、ちょいちょい、とヒツジを手招きするルーカ。
真っ先に指名されたハマルはビクゥ! と身体を跳ねさせて、レナたちにまるで戦場に送り出すかのような憂いた目で見られながら、ハードボイルドな影を背負い、ゆっくりとルーカの元に歩いていった……。

「……とって食う訳じゃないんだから。そんなに緊張されると、ちょっと気まずいなぁ。えーとね」

『そーなの? ほうほう。……なんとーー!』

ルーカに特訓内容を耳打ちされたらしいハマルは、確かに先ほどルーカが口にした通り、とても驚いている。表情がぱあっと明るくなった。
……こうなると、レナたちも気になってくる。なになにっ? もしかして面白い特訓なの? と、期待をにじませた視線で二人に問いかけた。
生徒たちの現金な変わり身に、ルーカがクスリと笑みをこぼす。

「効率よく鍛えるために最適な環境を、今からハマルに整えてもらうんだ。それから、各々のトレーニング内容について説明するからね」

『みんな、楽しみにしてていいよー! ……ウサギさん以外』

『ッ!?』

なにやら最後の一文が不穏である。ハマルの言葉を聞いた生徒全員が同情した目でウサギを見たので、注目を浴びた張本人は、びくんっ! と飛び上がる。
恐れおののいているウサギをとりあえず視界から外しておいて、

『スキル[夢吐き]〜! お遊び場の夢!』

ハマルは楽しげにぴょこぴょこ跳ねて、久しぶりにレナの夢を具現化させた。
お遊び場、つまり公園のことだ。
レナが目を丸くしている。お遊び!? と聞いて、クーイズリリーは目を輝かせた。

この森林広場はなかなかの広さだ。ハマルのしっぽがモクモクと膨らみ、夜色のもやを広場全体に広げる。拡散されたもやの中には数個、大きな星が輝いており、それぞれがピカッ! と強く光ると、すべり台やジャングルジム、ブランコなどの遊具が現れた!

▽森林内に 公園が 出来上がった!

レナの日本の住居の近所にあった、思い出の場所そのもの。ブランコの腰掛けの色も、ジャングルジムのわずかなサビも、ペンキを塗り直したあとも、配置も。全てが懐かしい。
レナがやんわりと目を細めて、優しい記憶を辿(たど)る。

「……そういえば、二回ぶん、この公園の夢のストックがあったんでしたっけ? また旅が落ち着いたら遊ぼうね、って言ってたけど……このタイミングで目にすることになるなんて。予想外でした。
幼い頃、両親とお兄ちゃんとよく遊んだ場所なんです。懐かしいなぁ。
私、幼い頃からおっちょこちょいだったから……ブランコに乗ってても、後ろに転げちゃったりして。大人しいけど目が離せない子ね、って両親には苦笑いされてました。
お兄ちゃんは運動が得意だったから、次から次へと遊具を制覇していって。ついて行きたかったけど、追いつけなくて、泣いて呼び止めてたそうです。それはうっすらとしか覚えてないですけれど……確か、手を繋ぎに、戻ってきてくれました。大きな手だなぁって子ども心に思ったな。
私の足りない運動センスはきっと、お兄ちゃんが全部持ってっちゃったんですね! ……ふふっ」

「子ども用の遊具は、魔人族状態での体力作りに最適だと思って。ただ戦闘するだけよりも、従魔たちも楽しめるし。
貴方の思い出の場所を、訓練に使わせてもらってもいいかな? レナ」

「はい! 幼い頃に遊んでた公園にこの子たちも訪れるだなんて、なんだか嬉しいです。思い出を共有するみたいで」

レナが晴れやかな表情で頷くと、ルーカはホッと小さく息を吐いた。
従魔たちがレナにぱたぱたポヨヨンと寄ってくる。

『『遊び方、教えてーー?』』
『『レナお姉ちゃんっ!』』

世渡り上手なことだ。従魔たちはレナのセリフを聞いて、おそらく今言われて最も喜ぶであろう言葉を選んだ。
レナの表情がとろける。ちょろい。

「よ、よーーし! 私が公園の先輩だもんね! まかせて。お姉ちゃん張りきって遊び方教えるから!」

やめておけ! 実力を過信してはいけない! 人には向き不向きがあるのだ! 張り切るのはほどほどにしよう!

『『『『わーーーーい! みんな、怪我には気をつけようねっ!』』』』

従魔たち、ナイスフォロー!
ルーカが再度、ホッと大きめに息を吐く。

「じゃあ、従魔たちは全員ヒト型になって。動きやすい服装に着替えようか。グレンツェ・ジーニの港街で買った簡易ワンピースがいいかな? 汚れ防止の魔法効果がついてたし」

『『『『はーーーーい! 先生!』』』』

▽従魔たちの お着替えターイム! ×4
光の聖結界サンクチュアリで簡易更衣室をつくり、周りに[黒ノ霧]を出現させて、覗き防止処置をする。わいわいと中で従魔たちがお着替えを始めた。今回はレナは中に入っていない。
ルルゥから贈られた下着をそれぞれ一人で身につけて、シンプルな白色のワンピースをすっぽり頭からかぶる。ピッタリした下着の上に更にドロワーズ(かぼちゃパンツ)を重ねて履いているので、チラリズムは期待できない。
コスプレ衣装はおしゃれ着、バスローブは寝巻き&早着替え時、この汚れ防止効果付きワンピースは普段着……というところだ。

▽着替えが 終わった! ×4
もういいよー! と言ってサンクチュアリを解放してもらい、おめかしして登場した幼児たちは実に誇らしげだ。
レナの視界がうるりとかすむ。

「うう……みんな、ついに私の手助けがなくとも服が着られるようになって……! えらい! でも、成長が、嬉しいような寂しいような……っ」

感激して涙ぐんでいるレナ。いや、ほぼむせび泣きかけている。
ついこの前まで、バスローブすら腰紐のリボン結びが上手く出来なくて、レナが手助けしていたのだ。まずバスローブをマスターし、今回は私服にも着替えてみせただけでなく、ソックス・ストラップシューズまで完璧に着用できている。素晴らしい!

「……泣くよりも前に、レナがしてあげられる事がまだあるんじゃないかな? ほら、涙を拭って、貴方の従魔たちを見てごらん」

『『『『褒めてほしいのーーー!!』』』』

▽従魔たちの かがやく笑顔! ×4
▽レナは 幸福感に満たされた!

「みんなとってもすごいですーー! ぐすっ。お着替えはもう完璧だね……大変良く出来ました。おいで!」

『『『『ごっ主人さまぁーーー!』』』』

ひしッ!!と、レナオカンと幼児四名が抱き合う感動の一場面! だいたい毎日2、3回ほど目にしている。

バシャバシャバシャバシャ! とシャッターを切りまくるスマホは記録に余念がない。
宙に浮かんでアングルを変えながら<完璧な仕上がりを目指すなら、デコルテに光源がもう少し欲しいところ……ソフトライト!>などと新技能を披露しており、「撮影などのアプリ技能を使って魔物になる経験値を少しづつ積んでいこう」と指導していたルーカ先生も、もはや呆れている。
これでまだ魔物ではないのだから行く末が恐ろしい。

満足するまでいちゃこらして、ほくほくと頬を高揚させているレナと幼児たちに、レンズをキラリと光らせるスマホ、苦笑するルーカ。
レナパーティは通常運転。

まだこのノリについていけてないのは一人だけ、驚愕の表情であんぐり口を開けているステップラビットのみである。

実はこのウサギ、野菜サラダをがっついているシーンをまじまじニヤニヤ見られるのが気恥ずかしくて、別室で食事させてもらっていたため、幼い魔人族たちを見るのは初めてだった。
従魔たちも、急激にウサギに情報をつめこむと負担になるだろうから……と、ヒト化は極力控えていたのである。そして、そろそろいいだろう、と考えて、今回のマインドクラッシュに至った。気遣いをぶん投げすぎである。

従魔たち全員が、まさか魔人族だなんて! ……レナパーティの実力が底知れなさすぎる、とウサギがぶるりと震える。
しかも全員すんごい美幼児。まだまだ根暗なウサギは、案の定自分と比較してしまい、頭を悩ませているようだ。
美幼児たちはニヤつきながら白い毛玉を眺めている……

『……な、なに!? ……そんな目で見ないでーーっ!』

「さて。どうして今回、従魔たちはヒト型になったのでしょうか? ここで今回の特訓内容を説明します」

『う!』

不穏極まりない。
幼児たちは、サンクチュアリ更衣室の中でハマルから作戦を伝え聞かされていた。まだまだむっすりしている事が多いウサギの驚いた顔が見れて楽しそうに笑っている。
ウサギは四人に背を向けて、ルーカをじとっと見上げた。

「「ルーカ先生のご説明〜! ぱふぱふーーっ」」

「はい。今回の特訓は、ステップラビットの戦力増強を最優先させます。
そのため、まずは従魔たちにウサギの体力作りのお手伝いをしてもらおうと思います。快諾してくれてありがとう、みんな。この子たちがヒト型の身体で動く訓練にもなる。
普段は、休む時くらいしかヒト型になる機会がないけれど、魔王国に入ったら可愛い服を着て出かける事が多くなるだろうし、ヒト族の身体をもっと自在に扱う練習をしておいたほうがいい。不審者対策も兼ねて、ね。
ステップラビットのスキル取得期待値が望ましい値になったら……野生の魔物と戦闘してレベルアップしましょう。そのタイミングの視極めはまかせて」

『!』

ウサギが緊張した顔つきになる。まだ、野生の魔物を倒した経験がなかったのだ。いつもコテンパンにやられる一方で、なんとか仕留められる前に逃げ去っていた。
美幼児たちの不審者対策、と聞いてレナオカンも大きく頷く。眼光が鋭い。

「無茶な戦いを強制するつもりはないし、いざとなったら僕たちが助けに入るから安心してほしい」

ルーカのフォローを聞いて、ウサギはむず痒そうに少し俯いて、ミミとしっぽをぴくぴく震わせる。
獣のミミなどは、本人が意識していなくても感情に合わせて動いてしまうのだ。どうやら気遣われて、嬉しいらしい。

『……はい。せ、先生』

「よい返事です。それでは、訓練を開始しましょう。
ステップラビットが取得しやすいのは[逃げ足][スピン・キック]のような脚力を活かしたスキル。ということで……”駆ける”ことが成長への一番の近道です。そしてただ駆けるだけではなく、攻撃をかわしながらだとなお良いでしょう。
……もう、お分かりですね」

ここで、ルーカがタメを作った。
ウサギは嬉しさを堪えている様子から一転、今や顔を青ざめさせている。
じゃりっ、と靴底が地面を踏みしめる嫌な音がした。ギギギ……ッと、背後を振り返るウサギ。
ーーにんまり顔の幼児たちが、両手の指をわきわきと動かしながら、距離を詰めてきている!?

パニックになりながらウサギがルーカを見上げると、有無を言わせないイイ笑顔で、ひらひら手を振っている。
隣に控えたレナがドン引きしているが、レナには後で本人が望んだ鞭指導があることを忘れてはならない。

「特訓(ブートキャンプ)開始です!
全力で鬼ごっこをしてください。鬼は4名固定、各自ほどほどに休息をとりつつ、ウサギを捕まえましょう。遊具に頭をぶつけないよう、安全には十分に気をつけて。ヒト型だってことを考慮して動くんだよ。
ステップラビットの体力限界は僕が見極めるから、安心して全力逃走・捕まえにかかってください。体力が限界になるまで鍛錬していくと、レベルアップした時にステータス数値が大きく上がりやすいから。頑張ってね。
よぉーーい、ドンッ」

「軽っ! 楽しそうですね教官……」

「教官? よい響きです」

「「「「はぁーーーいっ! そぉれーーっ!」」」」

『あ、あなたが誰よりも鬼じゃないーーっ!? 鬼教官(オーガ・サージャント)!』

<初めての追いかけっこ。これは動画撮影で決まりで御座います!>

ウサギは涙声で叫ぶと、文字通り脱兎の勢いで駆け出した!
動物を追いかける子というのは恐ろしいものだ……獲物を追いかけるという行為に本能的に興奮しているのか、従魔たちの宝石のような目がギラギラと輝いている。速攻で追いかけてくる。

『スキル[逃げ足]ぃ!』

「広場の範囲内に他の魔物が侵入しないよう、[サンクチュアリ]を展開しているから。壁にぶつからないように気をつけてね」

『鬼ぃーーー!! が、頑張って逃げ切ってみせるからッ!!』

泣き言を口にしたものの、やはりこのウサギは根性があるようだ。ギッ! とこちらも目つきが鋭くなる。覚悟を決めたようで、子どもたちを撒く道筋を探そうと、周囲をすばやく見渡す。
自分から強くなりたいと口にして、その機会を幸運にも手にしている。……特訓方法が鬼畜なのはともかくとして。命を刈られる心配はないし、それならば、鬼教官の指導にあやかり、成果を出してみせようというもの。

強くなりたいのだ。現状にケジメをつけるために。自分自身のために。そして……もしかしたら、このパーティのために、と……言える日が来るのかも……。来るといいな、なんてウサギは考える。幸せな未来を、この弱い魔物だって手にしたいのだ。

『(……まだ、全てこれからの話。う、ううう! まずは出来ることから、頑張る!)』

不安はある。それでも、こう考えた瞬間、ふわっと胸があたたかくなった。
明確に希望が見えていると、こんなにも心が、足が軽くなるものなのかと驚く。
リリーとの蹴り合いでレベルアップした影響もあるが、ウサギの気持ちの変化の影響は大きい。

ふと、ウサギはブワッ……! と背中の毛を逆立たせた。

『(……殺気!?)』

嫌な予感がして、後ろ足に力を込めて、グンッ! と前方に加速して進む。そして横にステップ。
背の毛を、子どもの指先がかすっていった。……足の速い魔物が、スキルも使ってほぼ全力で駆けているというのに!?
一瞬だけ後ろを振り返ると、クレハとイズミがまたウサギに手を伸ばしかけている! もう近づいてきている!? 速いし、早い!
このスライムの魔人族たちは、関節が柔軟だ。しっかりと靴底で地面を捉えて、滑るように走っている。

▽ウサギの 横跳び!
▽イズミの 捕縛を かわした!

「あいてっ!」

イズミが、ずざーーーっ! とウサギの横をうつ伏せでスライディングしていった。
怪我をしていないだろうか、と全員が少し心配したが、イズミは転ぶ瞬間に皮膚の表面をスライム状に変化させてダメージを逃していたらしい。
ほのかに水色がかった膝を手で払いながら、ケラケラ笑って起き上がる。
どうやら数日前にウサギの物理説得に一人だけ混れなかったのが悔しかったようだ。誰よりも気合が入っている。

ウサギが一瞬スピードを落とした隙を逃すまいと、今度はクレハが手を伸ばす! リリーが走り込んで来る! ハマルはブランコをよそ見していた。

▽ウサギは ジャングルジムに 逃げ込んだ!
▽魔人族たちは 大はしゃぎで ジャングルジムに駆け込む!

「「「「まてまてまてまてーーーっ!」」」」

『絶対、逃げきるぅーー!』

わいわいと、時にえげつない機動力を発揮する幼児たちをステップでかわし、ウサギは必死で逃走する。宙でスマホフラッシュがきらめく。
子どもたちを見守る大人二人……レナの肩に、ポン、と教官の手が置かれた。

「第2優先事項は、レナの鞭技術の向上なんだよね」

「そういえばそんなこと口走ってたっけ! うわあああ! ……この子たちに、主人も頑張ってる姿きちんと見せなくちゃいけないからね……!」

「えらいえらい」

▽みんなで愉しく ブートキャンプ!

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!