84:物理説得

ベッドの上で、フェアリーとウサギがお互いをがつがつ蹴り合いながら、口喧嘩している。
倒れてしまわないよう、座り込んで両足で蹴り合っているので、なんだか絵面がマヌケである。
しかし、双方の表情は乙女にあるまじき形相だ。メルヘンな種族なのに、この獰猛さはどうしたものだろうか。

『<……もーー!! ……頑固者ー! 目を逸らして、ばかり、じゃないっ。自分でも、分かっているのに。
従魔に……難しい、戦いを、させることは……あると思う。
私たちは、頑張って応えようとするよね。ご主人さまと、自分たちの……ために。生き残るために。それに、褒めてもらいたくて。
……でも、わざと、勝算のない、戦いを呼び込んだり。負けた従魔に……八つ当たりしたり。新しい、従者の、経験値にしようと……するなんて。
そんなの、従える者として、失格だよ! おかしい! 酷いっ!
そんな人が、本当に好きなの? ……貴方が執着してるのは、従魔契約? あの、男の子? どっちなの!>』

リリーが両腕を真上に上げて、身体全体をつかってむきーーっ! と吠えた。
スマホさんは律儀にも、リリーの隣で通訳をしている。とりあえずは乙女の喧嘩を見守るつもりのようだ。

ただ、コッソリ、主人にも連絡をとっておく。
大事な話をしているからまだ入室しないでほしい、と自分の判断を添えて。

『<ギルティ! ご主人様のこと悪く言った。貴方も嫌いっ……! あの人との関係……私の全て。親も兄弟も、弱い私のこと見限った。なんとか逃げて生き延びてきた。ずっと草原で一人きり。いつ死んでもおかしくなかった。
初めて私を欲しがってくれたのが、ご主人様。大切な思い出。唱えられた契約のぬくもりも魂のつながりも、忘れられない。……わずかな間でも。
……一緒にいて私が弱いとわかった、ご主人様とても悩んでいた。無理な戦い……鍛えようとした、だけ!>』

ウサギはリリーのキックを足の裏で受けて、また足先で蹴り返す。
あまり威力がないように見えるが、それもこのウサギが弱い個体な上に、体調が万全ではないからだ。お腹が野菜で膨れてぷっくりしており、動きが鈍い。
きつく瞳を細めてリリーを睨み、悔しそうに歯ぎしりしている。

『<召喚術士(サモナー)になって、から、あの子……もっと冷たくなった、じゃない! 貴方の命を、狩ろうと、してた。記憶を、誤魔化さないで。目を……逸らさないで……!
自分で、”従魔契約が”忘れられないって、言ったの。気付いてる? ……あの人が、初めてだったから、なんでしょう? 貴方にとって、特別なのは、分かるけど>』

『<……なにが分かるのーー!? 私の何を知ってるの。
……過去を知ってる……それは貴方たちの力? っ気分悪い! 能力に恵まれてる、仲間もいる、そんな貴方がなにを言っても全く心に響かないッ!! ほっといて! 私、帰るから……!>』

『<分からず屋! せっかく、助かった命……なのに。……手放すことになっちゃうよ……!>』

『<!>』

『<どうして、あの男の子に、従おうって、思ったのか。思い出してよ。きちんと、記憶を……見つめて。
……この際言うけど、貴方が従属した経緯は、だいたい知ってる。魔物の、空っぽになった巣穴に、落ちちゃって……動けなくなってんだよね? 弱ってた所を、あの男の子に……助けられた。
貴方、生きたかったんだよ。魔物としての、生き方を変えて。ヒト族に……従う事を、勝負もなく受け入れるくらいに!>』

『<〜〜〜〜ッやめてよぉ!>』

『<やめない! ……ちゃんと、大切な自分の事、考えて!>』

熱のこもった喧嘩を目の当たりにした、クレハとハマルは情けない表情になっている。
双方の言葉は、痛々しいまでに真剣。口調を苛烈にあらげていて、一瞬触発な空気でとても心配だが……大切な話し合い。間に入ることをためらってしまう。
しょんぼりと顔を見合わせる。

『ど、どうしよーー!?』

『うーん……。ここに割って入ったらー、リリー先輩に蹴られちゃうなー。それはとっても困るなー?』

『ハーくん……この場面で自分の嗜好を優先するのは、ちょっとダメだと思うのよー。めっ』

『いえいえ、軽ーい冗談ですー。ボクのこーゆーのはレナ様限定ですのでー。自分の心を落ち着かせるためにー、口にしてみましたー。……うん、冷静な鈍感ヒツジにもどったよー? クレハ先輩ー、驚かせてごめんなさーい』

『それで落ち着いちゃうんだぁ。……あ。でも、クーも、ハーくんの発言で驚いて、かえって冷静になれたかも? ありがとー!』

『どういたしましてー。今後もこのスタイルでいきますー』

クレハとハマルは驚きの方法(名称通り)で平常心を取り戻した! お互い、苦笑している。

『……見守るしかないかなぁ。ただの喧嘩じゃないから』

『分かり合うために必要な事なのかもねぇー』

言葉を交わした二名は、うんうんと頷いて、再び、ベッドの上の乱闘に目を向けた。
ーー戦闘が立体的になってきている!
リリーもウサギも立ち上がって蹴り合っている!

『ヒートアップしている!? これはさすがに……!』

『ス、スマホ先輩ぃーー!』

<はい。こちら、現場のスマホで御座います! お呼びいただきありがとうございます。ありがとうございます! ご用件をお聞かせ願えますか? お二方>

現在のスマホさんはアナウンサーのようなしゃべり口調だ。
たまに|流れ弾(キック)を空中浮遊でかわしながら、平常心でふたりに返事をしてみせ、画面をキラリと光らせる。余裕である。

『あ、あのねーー!? リリーとウサギちゃん、止めなくていいのかなって!』
『ウサギさん、また体調崩してしまわないー!?』

クレハとハマルがスマホに向かってそう叫ぶと、リリーとウサギからギラリ! と強烈な眼光で見られてしまい『『ひゃっ』』と小さな悲鳴をあげた。こちらの方が乙女たちよりも反応が可愛らしい。
スマホさんがフォローを入れる。

<漢女(オトメ)には、拳で語らなければならない時がある……と、おふたりが申しておりますので>

『拳じゃなくてキックだし!』
『オトメって響きが微妙に違ってて驚愕ですー!』

クレハとハマルが正しくツッコミ役をこなしている。はたして、今までこのような展開があっただろうか。いや、ない。
リリーが小さな牙を剥き出しにしている。これ以上になってくると画面修正が必要になりそうだ。つまり、すでに形相がとてもやばい。

『<私、確かに、恵まれてるよ? 生まれて数日で、ご主人さまに、テイムされて。……手伝ってもらって、とても強くなった!
一人きりで生きる、心細さは、数日分は知ってる。一緒にしてほしく、ないだろうけど。
……忠誠を捧げたご主人さまに、冷たくされる、辛い、気持ちなんて……分かんないよ!
……私たちが、ズルイって、貴方は思ってるよね? 嫉妬してる。
あのね。私が幸せを、知ってるからこそ。貴方にも……同じ、幸せを教えられるの! 胸をはって、この場所が、素敵な世界だよって言える! 同じところまで……引き上げてあげるんだからぁ!>』

『<……貴方、意外と高慢でワガママ! 強引っ>』

『<王族フェアリーだもの。リリーも、統べて、与える者……なのだよっ! ……思い知るがいい……ご主人さまと、私たちの、愛情ぉ!!>』

『<!! ……上等。迎え撃つまで!>』

▽リリーと ウサギが 高く飛び上がった!

『スキル[跳び蹴り]!』
『スキル[スピン・キック]!』

ああーーっと! この局面で双方、新しいスキルを取得したーー! これはいけないーー!

▽リリーが 一度後退して 加速しつつ蹴りを放つ!
▽ウサギが 身体を ぐるりと回転させた!

『『!!』』

漢女(オトメ)たちは頭に血が登りきっているのだろう、スキルまで使用した蹴りは容赦がなく、全力で攻撃するつもりだ。確実にお互いを倒しにかかっている。

スマホさんが沈黙し、ハマルが目を細めて駈け出す。
クレハが触手モードになり、金色毛皮にひっつく。
渾身の蹴りが、お互い届こうとしていた……。ちくしょう、間に合ってくれよ! 止めてやるッ!

『スキル[跳躍]ーー!』

ハマルも大ジャンプする! はたして、結末は……!?

<ああーーっと! ここでCM(カット・マジック)で御座います! 乱闘は中断、いったん中断でございまーす! はい、やめ!>

『『『『!!?』』』』

スマホさんが高らかに延長宣言(カミングスーン)した瞬間……

▽ミニ光の聖結界×2が 現れて リリーと ウサギを 包み込んだ!
▽リリーと ウサギは 脚を結界にぶつけた! クリティカル!
▽ベッドに落ちて 悶えている。

▽ハマルとクレハは ふたつの聖結界の隙間を くぐり抜けた!
▽ぼすん! と ソファーに ダイブした。

「……光魔法[サンクチュアリ]。はい、両成敗。そろそろやめようね」

「うわ、痛そう。ふたりとも、脚抱えてぷるぷるしてる……。大丈夫? 回復魔法、はこの場面では余計か。その痛みは、自分自身の成長の証だもんね。……ナイスファイト!
でも、心配したんだから。力加減はしなきゃだめだよー。クレハ、ハーくんは、頑張ってくれてありがとう」

『う、うぃーーっす』
『ぷはぁっ! ……ご心配なくー、レナ様ー。無傷ですのでー』

『みんな、大暴れしてたねっ!? イズもお遊びに参加したかったなー!』

「こらこら。みんな、遊んでたんじゃなくて、和解するために努力していたんだよ? イズミ。からかっちゃだーめ」

『あ。ごめんなさーい』

「リリーもステップラビットも、ちょうど良く頭が冷えたみたいだね」

寝室にナイスタイミングで入室してきたのは、レナ、ルーカ、イズミ。
スマホから連絡を受けて、乙女たちの喧嘩を知り、ルーカがずっと魔眼で室内の様子をうかがっていたのである。
そのおかげで、落ち着いて仲裁することができた。

リリーとウサギは、ベッドに座り込んで脚を抱えた姿勢のまま、じっ……と相手を鋭い眼差しで見つめている。
ゆっくり立ち上がり、一歩一歩かみしめるように足を進め、距離をつめていく……。ウサギがひょっこりと後ろ足で立ち上がった。
ギャラリーが、息を飲んで彼女たちを眺めている。
リリーとウサギは、ガッ!! と力強い握手を交わした!

▽漢女(オトメ)たちは 心を通じあわせた!

『『アレで!?』』

ハマルが唖然と口を開け、クレハがぶくぶくっ! とボディを泡立たせた。

『ぷぷっ! クーとハーくんがビックリした顔してるぅー!』

「無理もない。ちょっとリビングに戻るね、レナ。僕は笑いの衝動を堪えきる自信がない……うくっ……」

「相変わらずツボに入ると弱いですねぇ。はいはい、いってらっしゃいなルーカさん。お大事にー」

口元を押さえて肩を大きく震わせたルーカが、早々に別室に退散した。何やってんだか。

『<……脚の調子、どう?>』

リリーが、ウサギに穏やかに声をかける。歩いてくる時、少しだけ脚を引きずったように見えたのだ。

『<……大丈夫。これくらいなんてことない>』

『<でも、痛いでしょう? それはね……貴方の力。きちんと、能力があるって、ことだよ>』

『<!>』

『<貴方、男の子の……役に立ちたくて。認められたくて。頑張ってたもん。強敵にも……立ち向かって、いった。従魔だった頃、[逃げ足]スキルを使って、撹乱して、頭突きや蹴りで……敵を攻撃してたね? 根性、あるの!
その努力が、きちんと、訓練することで……今、芽吹いたんだよ>』

『<今……>』

ウサギはなんとも言えない、複雑そうな表情になった。なぜ今、と考えているのだろう。そんな力があったなら、従魔だった時に欲しかった。…………多分。
リリーはぐっ! とガッツポーズしてみせた。

『<貴方には、貴方に合った、鍛え方が……あるの! ルーカが、教えてくれるよ>』

『<……あの金色? ……そんな能力もあるの? もしかして蹴りスキルの取得もそろそろだって分かってた?>』

ウサギはもうげんなりした様子である。
このパーティは、どれだけ規格外な実力者ばかりなのだろうか? これほど多才な冒険者たちは、かつての主人と訪れた冒険者ギルドでも見たことがなかった。

どうやら、皆、自分以上に自分のことを知り尽くしているようだ。
気分が悪い……と一度口にしていたウサギだが、ここまで来ると、さすがにもうどうでもよくなってくる。過去でも思考でも、好きに見るがいいさ、と諦めた。
干渉されることを自然に受け入れていた。
もっと反発しそうなものだが、魔眼が一般的なラナシュでは、この程度の不快感で許容できてしまうのかもしれない。

ウサギは瞳を伏せた。
ーーおせっかいな妖精リリーが、本気で蹴りかかってきた時。身体が燃えるように熱くなった。妖精の瞳の熱が、そのまま身を焦がし始めたのかと思ったほどだ。
妖精の本気に、ウサギはつられた。心底真剣に向き合ってくれているのだと、本能で理解し……同じく真剣な気持ちで相手に向きあった。
だからこそ、ほんの僅かずつ積み上げていた努力が、スキルとして確かに現れた!
他より弱い個体ではあるが、魔物。力が全くない訳ではなかったのである。

ウサギは、自分に心配そうな視線を注ぐレナパーティの面々を、じっとりと眺めた。
……ヒツジとスライムたちが主人にさっそくくっ付いていて、とても仲が良さそう。ヒツジと赤スライムの頭に、レナの手が触れている。先ほどまで撫でていたのだ。
その手は、あたたかいのだろう。
判断力をなくし、命を投げ出しかけたほど、ウサギが欲しくてたまらなかったもの……。

レナの手をじーーっと眺めているウサギに見せつけるように、リリーがハマルの頭に舞い降りて、レナの手を持ち上げて頰ずりしてみせる。
にんまり笑って、顔を引きつらせているウサギに投げキッスした。

『<おいでよ! レナパーティに! すっごく楽しいよ!>』

『<……そんなにすぐ判断できない>』

『<頑固者ーー!>』

それでも、考えている、というだけ進展だと言える。
リリーはパッと明るい笑顔になった。もしかして、いい返事だった? とリリーを見つめる主人たちに、こしょこしょと耳打ちする。レナたちも表情が華やいだ!

『<〜〜どうしてすぐにみんなに言っちゃうの! いい返事はしてないっ!>』

『<クスクスクスッ! ……貴方が、歩み寄りさえ、許してくれるなら。ご主人さまに、メロメロになるのも……時間の問題、なのだよ! 覚悟、するんだなっ! もう、つーかまえたっ>』

<あ〜〜れ〜〜! リリーさん、それでは悪役のセリフのようで御座います! ご、ご無体なっ>

『<なんのなんの。そーれ、そーれ! スマホ先輩、ホームボタン、連打だぞー! 参ったかぁー。……通訳、ありがとう、なの!>』

<いえ、お安い御用で御座います。私は業界人では御座いませんが、ホームボタン連打は、ご褒美として受け取っておきます。
……現場からの中継は、以上で御座います。それではここで、別室のルーカさんを呼んでみましょう。ルーカさーん! ……おや? 返事が御座いませんね>

スマホとリリーが怒涛の勢いでおふざけを始める。
スマホが自己主張を始めてからというものの、少し気を緩めると、速攻で場がとっ散らかる。

置いてきぼりにされたウサギが目を白黒させている。
なんとなく別室の予想ができてしまったレナ、クーイズ、ハマルが、こーっそりと扉を開けた。

▽ルーカは サンクチュアリの中で 呼吸困難になっている!

原因は言わずもがな、笑いすぎである。
様々な人にダイヤルできるスマホが、先ほどのリリーとの戯れをルーカに届けていたのだ。鬼畜か。
笑い沈んだルーカ、という異様な光景は、ウサギの昂ぶった気持ちをリフレッシュさせる目的で使われた。鬼畜だ。

ウサギが大人しいうちにと、レナが話しかけを図る。

「ウサギさん。しばらく、私たちと一緒にいませんか? 従属を強制はしないから。もし、一緒にいる間に、貴方がこれからもこの場にいてもいいな……って思ってくれたら、その時は、仲間になってくれると嬉しい」

『<ご主人さま、こう言ってるの>』

『<! ……都合、良すぎると想う。この女の子にメリット、なさすぎる>』

リリーがウサギの隣に舞い降りて、ちょこんと腰掛ける。
スマホを通して通訳して、レナのことを手招きした。
ウサギはびくっと肩を震わせたが……逃げ出すことはなく、その場に留まってレナの行動をうかがっている。
レナはゆっくりベッドまで歩いて行くと、リリーの反対側、ウサギの隣にそっと腰掛ける。逃げられなくて、ホッと安堵の息を吐いた。

「リリーちゃん、言葉を届けてくれる? ウサギさん。……えっとね、メリットは、勝算があるから! って言っておこうかな?」

『<!?>』

「うちのパーティで過ごすの、絶対楽しいから。きっと、貴方にも気に入ってもらえると思う。
従魔の先輩たち、ルーカさんと一緒にいると、毎日笑っていられるんだ。困難な事も乗り越えられる。どんな事も頑張れるし、強くなれる! ……いいことしかないもの!」

リリーが大笑いしながら、主人の言葉を通訳して、先輩従魔が誇らしげな表情になった。
ルーカがようやく持ち直して、ほんと笑ってばかりで毎日楽しい、と目尻ににじんだ涙をぬぐいながら口にする。
ウサギは瞬きも忘れて、レナのやたら勝気な光を灯す黒い瞳を凝視している。
ふと、瞳にイタズラっ子な光が宿った。……この人もか! そういえば、イタズラ従魔の主人なのだった!

「それにぃーー……。仲間になると、毎日、美味しいご飯が食べられるよ! お約束しまーす!」

▽レナは 山盛り高級野菜サラダを マジックバッグから取り出した!
あらかじめ数セットぶんストックしていたのだ。
ウサギの目が釘付けになっている。さっきのサラダ皿には入っていなかった種類の野菜もある! 生唾を飲み込んだ。

『……こんなのズルイ!! ……う、ううん、今もうお腹イッパイだから……!』

▽ウサギは 自分の欲望に 抗っている!

「あれ? ルーカさーん」

「ステップラビットの現在のお腹の容量は、だいたい4割ってとこ。まだまだ入るね。
さっきリリーと争って、スキルも取得したからお腹空いたんじゃない? 新しい技能を取得するのはエネルギーを必要とするから」

▽ウサギは 退路を 断たれた!

もじもじしていたが……ギッ! と鋭い眼差しでレナを……いや、サラダを見つめる。

『ううううぅ……!! ……私、食費すっごくかかる、厄介ウサギなんだからね! 後悔しても知らないからっ! ば、ばかーー!』

『アラヤダ、耳が痛いわぁ〜』
『耳ないけど〜?』
『『スライムが一番大喰いなんだよねー!』』

「というか、この子の胃袋を満たすくらいなんてことないと思うよ。このメンバーの中では、小食なくらいだし。まあ……さっきの発言は意地はってるだけだね。たくさん食べればいいと思うよ。
さあさあ。サラダに限らず、このパーティのご飯はすっごく美味しいから。堪能して、堕ちるといい。あはは!」

『……うぅーーーーーっ!!』

感情を片っ端から暴かれ、ヤケになったウサギが荒っぽく、レナが手にした野菜サラダに突っ込んでいって、頭を埋もれさせながら、ガツガツもりもりと齧り始める。
先ほどのサラダには入っていなかった甘熟ヤングコーンが大変好みの味だったらしく、悔しげな表情を一瞬とろけさせては、また険しい顔付きになる。一人顔芸を披露していた。

じっと見られていると食べにくいかなーと、レナたちはさりげなく視線をそらしていたが、肩が微妙に震えている。
一番の笑い上戸、ルーカはレナに「(脚に少しダメージがあるから、あとでヒールしてあげて)」と目を合わせて伝えて、早々に別室に戻った。
締まらないが、この場で笑い出さなかった忍耐力は褒めていいところだ。

ーーウサギはそれから数日間、身体の療養も兼ねて、レナたちとこの宿場街付近でのんびりと過ごした。
美味しいごはん、最高の睡眠、優しい環境……ここは天国のような地獄だ、と思った。あたたかく堕ちていく。

***

……ある日の夜。
ウサギはルーカにだけポツリと弱音を吐いた。
通訳の必要がないこの金色に話しかけるのは手間がなくて楽だったし、どうせ全て知られている、と考える事で、本音を語りやすかったのだ。
スマホはハイテンションすぎてちょっと疲れる。

『私、ここにいてもいいのか分からない……。他のみんなみたいに優秀じゃないし、見た目も綺麗じゃない』

「レナがそういうことを望んでいると思ってる?」

『……ううん。……ねぇ、質問で返されるの嫌』

ウサギはふるふると頭を振った。
長い白耳がそれに合わせて揺れる。つられるように、金色の耳も揺れた。

「そっか、気をつけるね。
単純に能力のことを言っているなら……説明した通り、レナの特殊体質の恩恵を受ければ、貴方は戦闘力を手にすることができる。そのために努力をする必要はあるけれど、それも、仲間たちが手助けしてくれるよ」

ウサギを仲間にしたいと考えているレナたちは、誠意を見せるという意味もあり、【レアクラスチェンジ体質】について話していた。
妖精契約もなしに、少々不用心だが……近場にウサギ獣人がいないことをルーカに確認してもらい、話すことを決めた。
このウサギを、そのうち懐柔する自信があったからだ。

ルーカがじっ、と紫眼でウサギを視つめる。

「でも、その前にケジメをつけたいと考えているんだよね?」

『細かく話す必要がないから、察してもらうの楽だけど。貴方、嫌われやすいと思う』

呆れたようなウサギの視線を受けて、ルーカは口元に小さく苦笑を浮かべた。

「どんな人にもこんな対応をするわけじゃないさ。
上手く取り繕うことはできるよ。
貴方は、口にできない本心を察してもらうことを、望んでいるようだからね」

▽ルーカは ウサギの照れキックで 叱られた!

「ごめんごめん。……ごほん。道行く全ての人の思考をいちいち覗いていたら、視ることに慣れてしまっている僕でも、他人の思考に潰されると思う。疲れるし、影響を受けて自分を見失う。
過去に、暗い陰謀を覗いてしまった時なんて数日間吐き気が酷かったし。……だから、魔眼は必要な時しか使わないって決めてるんだ」

『……能力があっても幸せになれるとは限らないの?』

ルーカが優秀な能力を持っていると、ウサギは知っている。そして今、同じく実力のある仲間たちと、とても幸せそうに笑って過ごしていることも。
それなのにこの言い方では、まるで過去は不幸だったと言わんばかりだ……。
ウサギは困惑の表情を向けた。

「もの言いたげだね。
んー、僕の過去について詳しく聞きたいわけじゃないだろうから、そこは割愛するね。
……必要なのは、優秀な能力よりも、巡り合わせの運じゃないかなぁ。善い人に会えて、親しくなれた縁こそが、人生の宝だと僕は実感してる。
優秀な能力を持っていると、それにあやかりたい様々な者を呼び寄せる。その中には、悪人の方が多いんだ。
もし黒い糸に絡め取られてしまうと、なかなか抜け出せなくて、悲惨な人生を送ることになる可能性が高い」

『…………。でも、能力がないとみじめ。愛されることが難しい……』

「一長一短だと思う。能力が低いとみなされると、見下されて、いじめられやすいよね。
能力が秀でている場合は、ものすごく嫉妬される。能力をダメにしてやろうと考える者も、利用してやろうとする者もたくさん寄ってくる。
……それと逆で、特別な能力がなくても友だちがたくさんいて毎日笑って過ごしている人もいるし、優秀な能力がきっかけで、カリスマ的な人気を誇っている人もいるだろう。
……だからね。誰かとの縁がなにより大事なんじゃないか、って思うんだけれど。どうかな?
幸運にも、貴方はもうそのきっかけを手にしているよ。
貴方のどんな要望にも、弱音にも、レナは耳を傾けて、真摯に向かい合ってくれるだろう。この世界で一番の縁だと思う」

『……う。分かってない訳じゃない。貴方たちはとても親切……。
……でも、今までで一つだけ手に入れたもの、あの人との契約。それを手放してしまうのが……怖くて。動けなくなって……』

感情が昂ぶり、ウサギの口元がひくりと引きつれて、細かなヒゲが震える。
レナたちに怒りを取り除かれた今、ウサギをためらわせているのは、失くすことによる恐怖心だった。
もう失くしている、と言えなくもないが、本人は未だに、従魔契約が結ばれた一瞬の思い出を抱え込んで離せないのだ。

今までと全く異なる新しい環境に飛び込むのは、とても勇気がいること。たとえ、状況が良くなるとわかっていても、足がすくむ。
こじつけのような弱音が、何度でも顔を出す。
涙をこらえて、複雑な表情で固まっているウサギを見たルーカは、自分と似ているな……と思った。

めんどくさい、根暗、とよくリリーに叱られるのだ。
自分がガララージュレ王国からの逃亡を決断できたのも、義妹の殺意がシャレにならなくなってきて、そのうち使い潰されるであろうことが明確にイメージできたから。そうでなければ、どうせ状況は良くならない……と悲観して、あの王宮に留まったままだっただろう。
ルーカは”生きたくて”環境の変化を望んだ。

ネガティヴな性根がよく似ているなら、説得の仕方もよく分かる。

「これまで持ってたものを手放すのは、怖いでしょう。これからどうなるだろうって、不安になるよね。
でも……これから先、何も手に入れられない訳じゃない。
得るものの方が多いんじゃないかな。そう思うと、楽しみにならない?
僕はそうだったよ。19年間生きてきた環境を捨てて、身体と旅装備以外何もなくなった。それからレナたちに出会って……優しい人たちといる心地よさを知ったし、食事の美味しさも、世界のいろんな風景も知った。あの子たちのおかげ。もちろん、美しいものばかりではなかったけれど。
短い期間で、本当にたくさんのものを手にすることができたんだ」

微笑んでそう語るルーカの姿は、強情なウサギが思わず見惚れるほど、穏やかで美しかった。
この世の幸せをヒトに映したようだ、とウサギは思った。

「貴方は生きているんだから。
どれだけでも、新しいものに出会えるんだよ。
とっても素敵なことだよね?」

……説得されてしまった。
柔らかい言葉が、ガツンと脳にアッパーをくらわせてきた。
……ノックアウト、かもしれない。

ウサギは震える手で、自分のお腹をそっと押さえる。今日、食べた野菜も美味しかった。初めて出会った味。生きているから、食べられる。

うつむいて、脚を見る。毎日ほんの少しずつ、努力して得た力がある。
1日1日、生きて積み重ねてきたもの。初めて攻撃スキルを得た感動も、生きていたから……知ることができたのだ。

『……。……従属契約について、まだもう少しだけ待ってほしい。……貴方が言ったように、ケジメをつけたいと思っているから』

「いいよ。レナも従魔たちも僕も、気長に待つつもりでいるから。ケジメのつけ方について、僕にアドバイスできることは?」

『……よろしくお願い、します』

ウサギはカチコチに固まった動きで、ペコリと頭を下げた。
アドバイスについて、ルーカは既に察しているようだ。笑って「まかせて」と告げる。

***

次の日の朝、ウサギはレナたちに自分の決意を告げた。

『<……強くなりたい>』

「!」

レナたちがパッと色めき立つ。
しかし、ウサギは真剣な表情でまだ続きを口にするようだったので、おとなしくベッドに座りなおす。
ちなみに、起きがけに声をかけられたので、全員いつも通り大きなベッドに寝そべっていた。ウサギはベッド脇のソファがベッド代わりだった。
ウサギは緊張しながら、すうっと息を吸い込んで、ひといきに希望を述べた。

『<私の気持ちの終着点。聞いてほしい。
自分自身にケジメをつけたいから、強くなりたいと言った。……従魔契約の判断は、そのあとにしてほしい>』

「……自分の力で強くなってから、従属契約を考えてくれる、って認識でいいかな……?」

『<そう!>』

不思議な申し出だ、とレナたちは感じて、目をパチパチさせている。
しかし、ウサギがそれを望むというなら、満足がいくまで付き合おうと決めた。

「うん、分かった。じゃあそうしよっか」

『!』

「ついでに、私も鞭を練習しようかな? せっかく凄いものを見繕ってもらったのに、使う機会なかったからねぇ。みんなもこの辺りで特訓しておく?」

『『いいねーー! さんせー!』』

『この街、お菓子屋さんの……品揃えが良くて、好きなの!』

『たまにはジャンプの練習しようかなー』

<撮影はこの私がぬかりなく!>

あっけなく自分の意見が受け入れられてしまって、それがむず痒くて。……嬉しくて。
ウサギは無意識に、耳とシッポをピコピコ動かしてしまっていた。
ハッ! と耳を押さえるも、赤い目がさらに赤くなっている。

「ね? 受け入れてもらえたでしょう。自分の意見を素直に口にしていいんだよ」

ルーカがおかしそうに言う。
スマホが<なんというブーメラン>とぼそっと呟く。

「あ、やっぱりルーカ先生が事情を知ってた。みんなの成長特訓アドバイス、お願いしてもいいですか?」

「まかせて。貴方たちに頼られるの、嬉しいから」

ルーカが楽しそうにそう言うと、仲間たちから「ありがとー! 超頼りにしてるー!」と声援が贈られる。
金色先生はネコミミをぴん! と立てて、にっこり笑い、高らかに宣言した。

「ご要望にお応えして。バッチリ鍛えてみせるからね!」

「『『『『あっ』』』』」

『?』

わっしょいしすぎた……と気付いても、もう後の祭り。事態を理解していないのはウサギだけ。

これからしばらく、超効率的なルーカブートキャンプが始まる事が確定した。
自力で強くなりたい、というウサギの要望は、本人が予想していたよりもそうとう早くに実を結ぶことになる。筋肉痛とともに。

▽Next! 戦闘訓練

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!