82:ウサギの目覚め

レナたちが保護したステップラビットが目覚めたのは、夕方だった。
元主人に邪険に扱われ、元々かなり疲労が溜まっていたところに、ハマルの[快眠]スキルで深く寝かしつけられてため、ピクリとも動かずに今まで眠りこけていたのだ。

柔らかい白の毛は、絡まっていた砂や血が取り除かれ、久しぶりに本来の色を取り戻していた。
イズミの青魔法アクアをアレンジした”ミスト・シャワー”で毛を濡らし、レナたちが丁寧に拭いてあげたのである。
ウサギの大きさは、レナが両腕で余裕をもって抱えられるくらい。ステップラビットとしては小さめで、痩せている。栄養状態が悪いため、足先からちょこんと覗く爪は先端がささくれていた。

ウサギの瞼がゆっくり持ち上がり、赤い瞳がぼんやりと室内の景色を映し出す。
ーー知らない天井だ。

「……あ。起きたね」

『!』

何やら柔らかい地面(・・)の上で、ぼうっと横たわっていると、穏やかな青年の声が耳に入ってくる。
ウサギは、ぴぃん! と耳を立てて、慌てて立ち上がろうとした。
この声は……主人のものではない!
混乱しつつ脚にグッと力を込めると、ズキリ! と鋭い痛みが全身に走る。

『〜〜〜〜ッッ!?』

たまらず、伸ばしかけていた関節を曲げてしまい、ウサギはしゃちほこ状態でまた地に突っ伏してしまった。
視界にはチカチカと赤い光が舞っている。

「あ……。これだけ声のボリュームを抑えても、驚かせちゃったか。ごめんね。……思考できる状態ではあるようだね。レナ、クレハ。お願い」

「はいっ! 緑魔法[ヒール]」

『まかせてぇ〜! よっと。ほんのりフレイム〜』

まずウサギに声をかけたのは、金色の青年ルーカだった。
打ち合わせたとおりに、レナが回復魔法を施し、クレハがウサギの身体の下に潜り込んでほんのりあったかいぷよぷよベッドになる。
これが、もっとも身体に負担をかけない究極プランSS! 二つのSは、スペシャルサービスの略だ。

ウサギの身体にスライムボディの熱が伝わり、じんわりと温まっていく。レナの魔法で、痛みもいったんおさまった。
痛くなくなったなら、早く主人のもとに行かなければ……! ここから逃げなければ! と、ウサギは再び立ち上がろうとする。
しかし、クレハがスライム触手で、赤いベッドに固定してしまった。

「また無理して動くと、痛い思いをすることになるよ。落ち着いて」

脚をバタバタさせかけたウサギに、ルーカが穏やかだが有無を言わせない口調で話しかける。
ウサギは激しく困惑して、敵意を滲ませた目で、この場にいる全員をぎっ! と睨んだ。
そして、先ほど倒れた時に視界を覆った白はベッドだったのだと気付き、主人が眠るような特別な場所にどうして自分が? とぐるぐる思考を始める。今、自分を包んでいる赤いスライムベッドもとても……心地いい。なぜ?
ルーカは、じっと紫の瞳でウサギを視つめるとため息をつく。

「警戒する気持ちはまあ、分かるけれど……。落ち着いて考えてみて。
この女の子と赤いスライムは、貴方を攻撃したわけじゃないでしょう? むしろ、体調を回復させるために、たくさん手間をかけてくれたんだよ。
他の子たちもそう。貴方を大切に扱った。
……だからそんなに睨まないであげて欲しいな」

『! ……ここ、どこなのっ……! 私の、ご主人様はっ……どこに……』

ウサギは頭を四方八方に向けて、少しでも情報を得ようとしている。言葉は独り言だ。

「話をしてくれるの? そっか、よかった。じゃあ、順番に説明していくから聞いていて」

ルーカがさらりと屁理屈を口にして、ウサギの思考をとりあえず話し合いをする方向に誘導しようとする。

『私の言葉、わかってる……!? どうして。……貴方、ご主人様じゃないのに……!』

「僕のギフトの力だよ。貴方が伝えようとしている言葉を、理解することができる。どんな種族とも会話できるんだ。
だから、貴方の質問にも答えることができる。後で受け付けるよ。
まずは今の状態について、説明させてほしい」

ルーカは根気よく同じ言葉を繰り返して、ウサギを視つめた。
ギフトの力、と聞いたウサギは、なんだか途方にくれたような表情になる。小さな鼻を少し持ち上げて、悲しそうに顔を歪めていた。

このステップラビットは、低レベルで弱い魔物だが、一時は魔物使いにテイムされていたのだ。その時に知恵がつき、感情も豊かになったのだろう。
野生の低レベルモンスターならば、この場でまた考えなしに大暴れしはじめてもおかしくはないし、ルーカの言葉に一切耳を傾けなかった可能性もある。

(この子は、ギフトを持っていない。それゆえ、ただでさえ戦闘手段が少ないステップラビットの中でも弱い個体だ。
でも主人の役に立ちたいと願うとても献身的な性格だから……弱いことがコンプレックスなんだろうな)
ルーカが冷静に思考する。

ウサギはルーカの後ろに控える、ヒト族の少女レナ、魔物たちの姿を確認して「ここで暴れてもどうせ逃げられないんだ」と理解したらしく、もがくことをいったん諦めた。
部屋の扉も閉まっているため、たとえ拘束を抜け出したとしてもここから逃げられないだろう。
扉を蹴破るだけの力が、このウサギにはないのだ。

話が通じる者がいて、説明をするのだというならば聞くしかない……と覚悟してルーカを見上げた。
しかし、瞳は『隙があれば逃げ出してやるんだから』とギラギラしている。

ルーカは苦笑しながら口を開いた。

***

今朝、レナたちは召喚術士(サモナー)の少年から、元従魔のステップラビットを救い出した。
仲間だった魔物を召喚獣の経験値にする、という行為を見過ごすことができなかったからだ。
[心眼]を持つリリーが、ステップラビットの魂に刻まれた契約の痕跡に気付いた。
仲間狩りの行為を咎めると、少年は「そのウサギを手放す」と言って、立ち去っていった……。
今、どこにいるのかは分からない。

ステップラビットは、レナの従魔の[快眠]スキルで眠らされていた。効率よく体力を回復できるように、である。
そして近くの街の宿屋に丁重に運ばれた。
現在いるこの部屋は、宿場街ナーシスの宿の一室というわけだ。(魔人族が多いジーニ大陸だけあって、どの宿であっても魔物も宿泊できる)
ウサギが眠っている間に、レナたちは毛皮を綺麗に清めて、傷を治癒してやった。
そしてごはんを作って、皆でウサギが目覚める時を待っていた。

この子はどうしたら幸せになれるのかな、と話し合いながら。

***

「……と、いうわけ」

ルーカの手短な説明をひとまず聞き終わったウサギは、表情にさらに困惑の色を強く滲ませた。

『……私の幸せ? ……貴方たち、どうしてそんなこと、考えてたの。……ご主人様、私を手放すって? …………』

「どうして今後の幸せについて考えてたかというと、召喚獣の攻撃から貴方を庇った妖精がね?
従魔だったのに、元主人に攻撃されるなんて、愛情を知らないなんてあんまりだ、って言ったからだよ。
僕たちもそう思った。だから、話し合ってた。
仲間たちを紹介しようか。この黒髪の女の子……レナは、魔物使い。そして妖精、スライム、羊はみんな、彼女の従魔」

ここでレナの従魔たちが、誇らしそうに胸を張る。えへん!
レナが控えめに、ルーカの後方からウサギに手を振った。

「レナはとても愛情深いから、従魔たちは、主人に愛される幸せをよく知っているよ。
貴方にも、その心地よさを知ってほしいと考えているんだって」

『!』

ルーカはゆっくりと話して、ウサギに手を差し伸べた。柔らかく微笑んでいる。反応をうかがっている。

ーーウサギは皆のそのささやかな仕草にも驚いてしまって、ビクリ! と身体を大きく震わせた。
慈愛の微笑み、それに思いやりのこもった視線が、自分に向けられている。
……全て、今まで経験したことのない得体の知れないもの……。
……なんだかよく分からない強い衝動が込み上げてきて、毛がぶわっと逆立ち、呼吸がしづらくなった。
……気持ち悪い! 頭が真っ白になる。これは、恐怖心なのだろうか?

心の乱れを誤魔化すように頭を振って、強い怒りを瞳に映し、ウサギはとりあえず目の前のルーカを睨んだ。
困ったように「かなり頑固なんだね」と呟かれる。

『っそんな顔しないでよ……! 嫌! ……貴方の顔、すごく嫌い!』

「へぇ。なかなかこの顔が嫌がられることってないから、すごくビックリした。ありがとう!」

『えっ』

こんな時にコンプレックスを唐突にぶっこまないで頂きたい。
根暗解放を察したリリーがルーカの頭をスパンと叩き、耳(猫耳じゃない方)に思いきり噛り付く。なんとか正気に戻した。
レナたちは呆れた顔でルーカの後頭部を眺めている。

ウサギはポカンと口を半開きにして、唖然と固まってしまっている。
気持ちは大いに分かる。しかしレナパーティは基本的に天然ボケばかりだ。

耳を物理的に薄紅色に染めながら、うっかりルーカがこほん、と咳払いした。

「失礼。えっと、つまりね。貴方に大切な説法(おはなし)がある」

「副音声やめてもらえますかルーカさん。バレバレです。もう!」

ここで、見かねたレナが宣教師の肩にポンと手を置いた。リリーの根暗撃退が効きすぎたのかもしれない、今やルーカは別の意味でいい笑顔である。
レナはお叱りの意味を込めて、ぎゅっ! と肩に置いた手に力を込めておく。
猫耳が残念そうにしゅんと伏せた。

ルーカの隣に移動し、しゃがんでウサギと視線を交わらせたレナ。
ルーカと声を合わせて、ウサギに語りかける。

「「私たちの仲魔になってくれませんか?」」

ウサギは目を見開いた。言われた言葉をすぐ理解できなくて、怒っていた事を忘れて硬直する。
こんなどうしようもない対応をしている弱々ウサギを、欲しがってる……?

『レナに従属するとイイコトいーっぱいあるよ!』
『毎日楽しくお話して、美味しいご飯を食べて、ぬくぬくベッドで眠って、好き好きぎゅーーっ! ってしてもらえるの!』
『『いいでしょー!』』

『アピール、ポイント、いっぱいあるの! ……まず、愛してもらえるでしょ。……それに、ご主人さまのもとで頑張れば、すごく強くなれる。強く、なるまで……根気よく、鍛錬に、付き合ってくれるよ』

『ウチのパーティではー、みんなで力を合わせて戦えばいいのー。一人きりで悩まなくていーんだよー』

<世界でもっとも愉快な旅をお約束致します! いかがでございましょう! 今なら貴方の頷きひとつ! 頷きひとつ! それだけで加入が可能なのでございます! さぁさぁ!>

従魔たちがたたみかけるように、口々にレナパーティの魅力をPRする。
「ちょっと待って、そんなにいっぺんに通訳できないから」とルーカが楽しそうに笑う。贈られた言葉を、ウサギに順番に伝えた。
ウサギを包んでいた赤いスライムボディが興奮したように少しだけ温度を上げて、ぷるるん! と揺れる。
まるで空間に花が咲いているような和やかさだ。

ウサギは徐々に赤い瞳を潤ませていき……
ーー痛みを覚悟してまで、身体を思いきりバタバタさせて暴れ始めた!

 

 

 

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