81:遭遇

比較的規模の大きい宿場街近くの林で、一夜を明かしたレナたち。
今日も快晴で気分がいいなぁ、と鼻歌を歌いながら朝食の準備をする。
炙った燻製肉と薄切りチーズを挟んだサンドイッチ。
二日前のパンは少し硬かったので、こちらもクレハのフレイム魔法でこんがりと焼いた。
美味しいものでお腹が満たされて、気分良く立ち上がる。

「そろそろ魔王国にたどり着きますね。宿場街の生鮮食品店をちょっとだけ覗いて、泊まらずに魔王国に向かいましょうか?」

「そうだね。街の宿の料金は多分割高だし、なにか商品を買いたいなら魔王国の王都の方が品揃えがいいと思う。野菜や果物だけ買っていくのがいいんじゃない」

『この街にはどんなお菓子が売ってるかなぁー?』
『ねぇレナー、お菓子屋さんには寄っていかない?』

スライムたちがぷよぷよと身体をリズミカルに揺らしながら発言して、レナにすり寄った。リリーとハマルも期待した目をしている。

「ふふっ、そうだねぇ。そうしようか。この街道途中にある宿場街には、それぞれの街限定のお菓子が売られてるもんね。お菓子屋さんにも寄っていこう」

『『やったー!』』
『『わぁーい!』』

「この前の街で買った限定お菓子はあと少しだけ残ってたっけ。イエローフラワーのビスケット。あれも美味しかったね」

「花びらがビスケット生地に混ぜ込まれてて綺麗な黄色でしたよね。食用にも布染めの材料にもなる花なんて、価値がありますよねぇ。ビスケットの間にはオレンジジャムが挟まってて、凝ってるなぁって思いました!」

『……クスクス! ご主人さま……美味しいものの、お話ししてる時、生き生き、してるっ!』
『また後で、あのビスケット食べたいなー』

「イエローフラワーはジーニ大陸の特産品で、ミレー大陸では育ちにくい。土壌の質が違うからね。種をパトリシアのお土産にできなくて残念だったね」

「ルーカさんの眼は本当に何でも視れて、相変わらずすごいですー。パトリシアちゃんに贈るなら、土もセットじゃなきゃ厳しそうか……うん、お土産はまたあとで、別のものを考えようっと」

「そうしたらいいよ(魔物花の種なら、土は関係ないだろうけど?)」

「(うわっ、言葉を口にしてたら遭遇してたかもですね……)」

全員でわいわい話しながら、林を抜ける。
途中で一つずつビスケットを口に放り込んで、ちょっとお行儀悪く食べ歩きを楽しんだ。
黄色いビスケットはひまわりのような形で、それも可愛いよね、と笑いあう。オレンジの風味が爽やかだ。
次の街のお菓子屋さんに想いをはせる。
魔王国までの街道沿いにある宿場街には、それぞれささやかな特色があり、街限定のお菓子など、旅人たちを飽きさせない工夫がされていた。

草むらを通り抜けて、そろそろまた街道が見えてくるかという時……レナたちは近くに人の気配があることに気づいた。
前方、背の低い木が群生しているあたりに濃い茶髪の頭が見えている。
ガサガサ、と草が荒く擦れる音が聞こえていた。ヒトの足音だけではない。

「! ……魔物との戦闘でしょうか」

「おそらくそうだね」

レナは緊張して少し身体を強張らせ、ルーカが目を細める。
スライムたちがレナの肩に登り、ハマルがレナの半歩ほど前に出た。リリーはハマルとは逆に、半歩分ほど後ろに下がる。リリーは後方防御と支援の役割なのである。

茶髪の人物は悲鳴をあげていない……ということは、絶体絶命のピンチではないはず。
レナが少し身体を横に傾けると、木々の隙間から戦闘を伺うことができた。

「若い冒険者さん……?」

小さく呟くレナ。
見つめる先にいるのは、新人が身につけるような簡素な冒険装備を纏った、まだ横顔にあどけなさが残る少年。一人きりだ。
前方を見つめて何者かに対峙しており、手には鞭を持っている。

……いや、一人ではなかった。視線を下にズラすと、彼のすぐ前に、半透明の白い狐のような生き物が控えている。狐は少年を守るように背を向けているので、仲間なのだろう。
……もしかして同業者なのだろうか? レナの目がまん丸くなった。

『変な生き物ー』
『『あんなの、見たことないね!』』

「……召喚獣のようだね。彼は”召喚術士(サモナー)”なんだろう」

「召喚術士(サモナー)?」

「また、あとで説明しよう」

レナがルーカに詳細を尋ねる視線を送ると、苦笑された。説明が長くなる、ということかもしれない。
なんとなく、全員で戦闘をこっそりと見守る。……ルーカが眉根を寄せている。

少年は、まだまだ慣れない未熟な動作で鞭を振りまわした。

「スキル[造形強化]……対象は、前脚二本!」

スキル名を聞く限り、魔物使いの[鼓舞]のように、使役獣を強化したらしい。戦闘の最中にスキルを使ったということは、永続的に効果が続くものではなく、一時的な強化なのだろう。

狐がぶるっと半透明の身体を震わせる。
すると、前脚の先のみが徐々に白みを増していき、しばらくして、純白の太く鋭い爪がハッキリと形造られた。
召喚獣とは、術士が幅広くアレンジできる存在のようだ。

ーースキルの反映まで、少し時間がかかった。
しかし、彼らの目前にいるであろう魔物は、その間一度も攻撃していない。

「…………?」

そんなことがあり得るのだろうか、とレナがさらに身体を傾けた。召喚獣が狙いを定める先を見ようとしたのだ。
どのような魔物がいるのだろう?
視界の端に、白色がチラリと見えた。

普通に歩いて移動すればよかっただろうに、レナはその場に留まったまま、腰をほぼ真横に曲げている。とても間抜けな図である。
スライムたちが『『きゃーーっ』』と言いながら、レナの首にネックレスのようにみょーーんとぶら下がった。
レナがよろけて尻もちをつかないよう、ハマルが予想落下地点にさりげなく移動して、ルーカがレナの肘のあたりを軽く掴む。
完璧! いつも大体こんな感じなので、連携はバッチリ!
おっちょこちょいのパーティリーダーは、仲間たちに手厚く守られている。

召喚術士(サモナー)の少年は、また鞭を小さくしならせ、ピシリッ! と地面に打ち付けた。
表情は嫌そうにしかめられており、はあ、と気だるげなため息をひとつ。ついでに舌打ちもひとつ。

「……チッ。そろそろ本当に仕留めちまうか。
……あーあ! お前、きっとろくな経験値にもなりゃしないんだろうな? スキルもギフトも駄目駄目、戦闘センスもない、タダ飯食らい。最悪じゃん。
どこまでも使えねぇくせに、チョロチョロといつまでも後ろを付いて来やがって……いい加減、うっぜーーんだよ!
駄目なお前を見てると、ほんとイライラする。
……そうか……そんなに、俺の役に立ちたかったのか?
じゃあ、最期はせいぜい経験値で役に立ってくれ。お前よりも、この召喚獣の方が使えるはずだからさぁ」

「!」

少年のセリフに、妙な違和感を覚えたレナ。首を傾げ、必死で脳を回転させる。
レナの視界の隅に見えている、薄汚れた白は……

(……小さな、白ウサギ!)

ずいぶんと小柄でやせ気味のウサギが、くたりと地面に伏せていたのだ。

レナたちがこの戦闘に遭遇するまでにも、ウサギは召喚獣から攻撃をうけていたのだろう。
白い毛皮は土で薄汚れていて、ところどころ血がにじんでいる。弄ぶように身体中を狐に噛まれたようだ。
ウサギはなんとか脚を動かそうとモゾモゾもがくが、体力がなく、また地面にぺたんと倒れてしまう。倒れた瞬間、衝撃が傷に響いたのか、ビクビクッと耳を震わせる。
ウサギの真っ赤な瞳は、なぜか、ただただ懇願するように少年を見つめ続けていた……。

ウサギの視線に全く”敵意”が見られないことに、レナは困惑している。
逃げの姿勢をとりがちな草食魔物であっても、命を刈られようとしている瞬間に、相手に敵意を持たないことなどあり得ない。
なぜ? と、違和感が膨れ上がり、眉根を寄せた。

しかし、悩んでいる間に、少年が……動く。

「いけっ。クラウドフォックス。……爪で喉笛斬り裂いちまえ!」

▽クラウドフォックスが 駆け出した!

レナたちが息を飲む。
フォックスの脚が軽快に地を蹴り、爪を剥き出しにする! ウサギの喉を狙う。
白い毛皮は鮮血で染まるのだろう、と、皆が痛ましそうな表情で、それを見届ける覚悟をした。

この戦闘が”狩り”である以上、たとえ見目の愛らしいウサギが痛めつけられていても、レナたちが介入するべきではないのだ。
レナたちだって、食べるため、レベルを上げるために魔物を倒すし、その際、血塗れにしてしまうこともあるのだから。

レナたちは遠方から他者の戦闘を眺めることしかできず、あわれなウサギは、ここで生涯を終えるはずだった……。

『……っスキル[魔吸結界]!!』

「!? リリーちゃん……!?」

だが、フォックスの爪がウサギに届こうとした瞬間、極薄の黒の壁が現れ、攻撃を阻んだ!
リリーが飛び出していってしまう!
レナたちは慌てて追いかける。

フォックスの前脚は結界にはじかれて、さらに、召喚獣にこめられた魔力を結界が吸収したため、前脚を消し去ってしまった。
フォックスががくっと体勢を崩し、
少年が唖然と沈黙する中、リリーはウサギを庇うように狐と対峙して、叫んだ。

『……この子を、攻撃、しないでよーーっ!! だめーーっ!』

目尻を釣り上げて、ふーーっ!!と思いきり少年らを威嚇するリリー。
妖精の声は少年に理解されていないが、ウサギを庇ったことは一目瞭然なので、目を白黒させている。

「……はっ? なに、妖精族……!? な、なんで?」

『なんで……は、こっちのセリフ、なの!』

交わった二人の視線が剣呑さを増す。
レナたちがようやく、リリーの元に駆け寄った。

「す、すみません! ……私のパーティの仲間が、その、暴走しちゃったみたいで!」

「……悪いね」

「はあぁ!?」

ちんまりした少女と黒髪の青年、スライムが二体に、ヒツジの魔物。
ぞろぞろと妖精の仲間が現れて、少年はイライラと眉を顰めながらも、少したじろいで、半歩後ろに引いた。
レナに寄り添っている魔物たちと、腰にくくられた鞭を見て、「……魔物使い?」とぼそっと呟く。

ーー少年の雰囲気が鋭くなり、まるで嫌悪するような視線をレナに投げかけてきた。
レナはゾクリと背に冷たい汗を流す。何故、また急に不機嫌になったのだろう?
スライムたちとハマルは少年を訝しげに見つめており、ルーカはどこか切ない表情をしている……。

少年は、ふんっ!と荒っぽく鼻を鳴らした。

「……あのさぁー。どうしてくれんの……? 獲物の横どり、だろ。この状況!」

「あっ」

レナが、ひとまず目の前の少年に頭を下げて、慌てて後ろを振り向く。視線で、リリーに唐突な行動の説明を求めた。

『……もう、休んで……。お願い』

リリーはハマルに頼んで、ウサギを寝かしつけてもらっていた。
傷だらけのウサギは[快眠]スキルをかけられて、ようやく移動を諦めて、瞳を閉じる。傷つけられてなお、少年の元に向かおうとしていたのだ。
安静にしていれば、今以上に傷が広がることはないだろう。命は助かりそうである。従魔がホッと息を吐く。

顔を上げて主人の視線を受け止めたリリーが、涙目で、唇を震わせた。

『……この子の魂に、契約が、結ばれた跡が……視えた……! ……その、男の人は。この、ステップラビットの、ご主人さま、だったんだよ』

「!?」

『あの人は、多分、元(・)魔物使い……なの。……従魔だった子の、忠誠心をバカにして、こんな風に扱うなんて。あんまりだよぉ!
この子、契約が切られても、まだ、ご主人さまを……慕ってて。……攻撃、されても。抵抗、出来なかったの……』

説明を最後まで聞いたレナは、驚愕の表情で青ざめる。唇まで白い。身体中の熱がスッと冷めていくような感覚を自覚した。

リリーの声には、激しい怒りと悲しみの感情が滲んでいた。言い終わると、大粒の涙をポロポロとこぼす。

元仲魔を痛めつけていたなんて、なんて酷い話!
……信じられない、と少年を責めるような表情で、レナは彼に向き直った。
冷えた身体に反して、黒い瞳には、煌々と力強い炎が灯っている。

「な……なんだよ!」

一見気弱そうだったレナの変化に少年はひどく驚いていて、内心の焦りを誤魔化すように小さく叫んだ。

召喚獣クラウドフォックスはすでに消滅している。おそらく、ウサギを痛めつけ出してからそれなりに時間が経っていたため、実現時間が元々もう長くなく、リリーの[魔吸結界]に実現魔力を吸われたことがトドメとなったのだろう。
レナが眼光鋭く、少年を見る。

「……狩りの邪魔をしてしまって申し訳ありません。
……このウサギを庇った私の仲間が、この子と貴方はもともと主従関係だったんだって言っていますけれど。本当ですか? ……逆らえない相手を獲物と定めて、攻撃したんですか? 貴方を慕っていた、仲間だったのに?」

レナの気迫に当てられて、少年がまた半歩あとずさる。

「貴方が”主人”だったというなら。どうしてそんな事が出来るんですか?
魔物使いって、魔物に力を貸してもらう代わりに、愛情をいっぱい注いで、いざとなれば、身体を張ってでも守らなくちゃいけないはずです。
それが、主従関係。私たちを主人と認めて共に歩んでもらう事への、恩返し。主人と従魔は一緒に強くなるんだ。
それなのに。暴力を振るうなんて、経験値になれ、だなんて。……あんまりだと思います!」

凛としたレナの言葉を聞いた従魔たちが、主人に盛大に惚れ直した。
このような気持ちで従魔に接してくれるからこそ、役に立ちたい、守りたいと思うのだ。
えへん! と、クーイズ・リリー・ハマルは、小さな身体を精一杯そらして誇らしげに胸をはる。

「っ……」

少年は苦々しい表情をしていた。
彼自身、気まずくて目を逸らしていた部分を容赦なく暴かれて居心地が悪い。そして、それ以上に「恥をかかせやがって!」という勝手な感情をレナに抱いた。
ちまっこいのにやたら尊大に見える少女に、言い知れぬ恐怖を抱きながらも、一生懸命睨みつける。

「……なんで、そんなトコまで他人に突っ込まれなきゃいけないんだよ。
俺は今、召喚術士(サモナー)だ。魔物使いじゃない。そいつが、元従魔だからなんだって言うんだ?
……アンタが言う通り、そのウサギとの契約は切れてる。それなら、今のウサギはただの野生の魔物だろ!
召喚獣のエサにして、何が悪いっていうんだ。はッ!? さんざん俺らの後をいつまでも追ってきたのは、そのウサギ自身だし! ……あー、うっとおしかった。
数日間、お目こぼしして去っていくのを待ってやった俺の忍耐を褒めていいくらいだと思うけど。
冒険者ギルドの規約で、魔物使いが元従魔を攻撃してはいけないと定められているのか? そんなルール、無いだろ! じゃあ、個人の自由なんだよ。
アンタが自分の従魔にそーゆーお優しい接し方をするのも、俺が、従魔を戦闘用品として扱ってたのもさ。
どっちもこの世界に認められてるんじゃねーの!?
……まあ、戦わせようとしてもそのウサギは全然弱くて、どうしようもなかったから捨てたけどな!」

「……!」

レナがギリリと歯をくいしばる。
レナが先ほど口にしたのは、倫理観から導きだされた言わば感情論で、明確なルールとして規制されているものではない。
ギルドの規約を得意げに持ち出した少年のすさんだ心には、まるで響かなかったようだ……。悔しかった。

ウサギが熟睡していることをチラリと確認するレナ。せめて、少年のこの言葉を聞かれていなくて良かった、と思った。ジクジクと心が痛んでいる。

「そんな使えないウサギを庇ってさぁ、アンタ、どうしたいんだよ?
自分の従魔にでもするつもり? ギフトはなし、ステータスもスキルも弱い、レベルは3だぜ。……捌いて食っちまった方がよっぽど利益になるかもしれねぇ」

押し黙るレナを見て、少年はなおも、べらべらと言葉を続ける。
余裕がなさそうだった表情が、だんだんと嗜虐性を帯びてくる。

「……ああ。でも、そんな雑魚でも、俺たちの獲物でもあったわけだ? ほんの僅かな経験値だっただろーけど。
じゃあ、獲物をくれてやった対価を求めても問題ないよな?
冒険者同士のルール違反をしたのはらアンタらだから。
なんなら、そこの大事な従魔たち、俺の召喚獣の経験値として差し出してくれてもいーんだぜ! ははッ!」

ーーなんだと?

彼の最後のセリフは、レナパーティ全員の怒りを呼び込み、女王様の逆鱗を思いきり逆撫でた。
ぶわっ、と赤い覇気が周囲に満ちる気配がした。
怒れるレナのものである。
少年がビクッと身体を震わせ、何事かと周囲を気味悪そうに伺い、寒そうに腕をさすった。

▽レナの 気持ちが 昂ぶっている……!

従魔たちがふしゃーーっ!!と少年を威嚇する。
ルーカは心底冷め切った眼差しで少年をじっと眺めていた。いざとなればルーカも少年の前に立ちふさがるだろう。全員仲間バカである。

獲物を譲った対価、というのは正当な要求なので、レナとて”なにかしなければいけないかも”とは考ていたが……その前に、少年の暴言への制裁が必要になった。

可愛い従魔たちを差し出せだと? 傷つけさせろだと?
ーーよくもそのようなことを口に出来たものだ、成し遂げたいというなら、主人(わたし)の屍を超えていけ。
レナは三つ編みヘアでなければ、髪が逆立っていたかもしれない。
ギロリ!!と少年を強烈に睨みつける。

『……スキル[紅ノ霧]っ!』

「称号[お姉様]、[赤の女王様]セット」

▽キターーーーーーー!
▽レナは 覇気を放っている!

自身の前にいたルーカたちを後ろに庇うように数歩歩むと、バッ! と赤いローブの端を払ってみせる。
片腕で仲間たちを庇った状態になり、つんと顎を上げた。

「対価……? 私の可愛い子たちに失礼な物言いをしたことを、まず謝って頂戴。話はそれからよ。
この無礼者ッッ!!!」

▽一喝!
▽少年は 恐慌状態に おちいった!

「っひッ……!?」

思わず、情けない悲鳴を漏らす少年。
ルーカが、この召喚士(サモナー)はいわゆる”小物”のようだ……と冷静に落第の判子を押した。過去と人間性を覗き視て、呆れかえっている。
従魔たちがレナの背後から、大はしゃぎで追撃威嚇する。

『『溶かしたるぞオラァーーー!!』』

『撥ねるぞおらぁーーっ!!』

『身体中の……血……根こそぎ、吸って、干物にしてやろーか……!』

『『『『フシャーーーーッ!!』』』』

5メートル大にまで膨れ上がって、ドロドロと粘液を垂らすスライムたち。
巨大化して鼻息荒く足踏みするヒツジに、ジャイアントバタフライモードになり、大きく翅ばたくリリー。
もう迫力満点!
レナ女王様に、可愛い子たち、と言ってもらった従魔たちは大はりきりだった。

「っ、うわわ……ッ!!?」

少年は大慌てで、街道の方へと逃げ出す。駆ける足元がどこかおぼつかない。
本当に小物である。
弱い者へは高圧的になれても、相手が強者だと悟ると、途端に顔色を悪くした。
なけなしの勇気を振り絞り、悔しそうに、赤い顔で背後を振り返る。

「……ちっ! そんな雑魚ウサギ、いらねーよっ! 対価を要求するほど価値がある存在じゃないからな、アンタらにくれてやるさッ! せいぜい愛玩動物として扱ってやれば!?」

発ち際に後を濁しまくった捨てゼリフを聞いたレナたちの額には、バッチリ青筋が浮かんだ。結局、少年は謝らずに立ち去っていってしまった。腹立たしい。
……だが、今は、あの逃げた少年に構っている場合などではない。
深呼吸して冷静さを取り戻す。

「……みんな、ご苦労様」

『『レナもねー?』』

「そうね。少し、心が疲れたかもしれないわ。ありがとう」

レナ女王様は仲間たちにほんのり微笑むと、眠るウサギの傍に膝をついて、入念にヒールをかけてやった。
ポゥ、と緑色の穏やかな光がウサギを包んで、傷口を塞いでいく……。
数回、威力の弱いヒールを重ねがけする。

クーイズがウサギの真下に入り込み、ぷよぷよベッドになった。
レナはクーイズごと、ウサギをそおっと腕に抱え込む。これが一番、身体に負担をかけないだろう。

ふう、と誰からもとなくため息を吐く。
少年は結局、対価などいらないと吐き捨てていったため、もうこちらに接触してくることはないはず。不快な思いをするのは今回だけだと思いたい。
元従魔のウサギに価値などない、とはまた酷い言い草だったが、本人に聞かれていなくてよかった。

「……とりあえず、この子を治療するわ。回復を最優先させましょう。
それから、今後の関係について考えるつもりよ。
……元主人にあんな風に扱われるなんて、あんまりだわ……きっと心もすごく傷付いてる」

レナが悲しそうに、腕の中のちっぽけな魔物を眺めた。
ハマルの[快眠]はとても深い眠りを誘うため、悪質な主人に心を囚われてしまっているウサギも、今だけは悪夢を見ずに済むだろう。

「そうだね。あの少年の記憶を覗いたんだけど……ずっと、この子を冷遇していたみたいだよ。元々の力を頼るばかりで、育てようとはしなかったようだ。
これもまた、あとで詳しく話そう。気分の良くない話だけれどね。
僕は、このウサギの魔物とも会話ができるから。起きたらまず状況を説明して、話し合ってみようと思う。
元主人に固執してしまっているけれど……彼を追いかけても、良いことは何も無いだろうから。諦めて視野を広く持つよう、説得してみる。
レナも皆も、ステップラビットが起きたらどんな事を語りかけたいか、考えておくといい。通訳はまかせて」

「ええ。いつもありがとう」

苦笑するレナはまだお姉様・女王様状態である。

『……ご主人さま。勝手に、飛び出していって、ごめんなさい……。この子のこと、助けてくれて、ありがとう……!』

大きな瞳に涙を浮かべて、ひくっ、としゃくりあげながら話すリリー。
肩に舞い降りたので、レナは頬ずりしてやる。

「リリーは優しいわね。素敵よ。
……でも、今回みたいな場面では仕方なかったけれど、今後は、まず私たちに一言相談してほしいわ。一緒に行動しましょう。
……すごく心配した。飛び出していったあの時、もしも貴方が狐に攻撃されていたら、って思うと、今でも恐ろしくなっちゃう。貴方は大切な子だもの」

『……ううっ、うぅ!……ご主人さまぁーー!』

「うん、えらいえらい。召喚獣の攻撃を真正面から迎え撃ったのも、怖かったでしょう……。よく頑張ったわね」

『うあぁーーーんっ!!』

リリーは本格的に泣き始めてしまった。
涙がおさまるまで、レナたちは、林を出ずにその場に留まることにした。

リリーを慰める主人を、仲間たちはあたたかく見守っており、こちらはこちらで話し始める。

『ステップラビット。順調に回復するといいね〜』

ハマルがレナの腕の中のウサギを覗き込んだ。

「傷は打撲と細かな出血だけだったから、もうほぼ治っているみたい。あとは栄養価の高い食事が必要かな。
長く攻撃されていたようだけど、致命傷が無かったのは……まあ、良かったよ。
その分、心の傷が心配だけど……」

『『むぅ』』

クーイズがぷうー!と少し膨れあがった。ウサギに配慮して、すぐにしぼむ。
あの召喚術士(サモナー)の少年の去り際のセリフを思い出して、怒っているようだ。
落ち着いて、とルーカがぷよぷよボディをつついて構ってやる。
何をするこやつめっ、と押し返して、またつつかれて、クーイズは多少気が紛れたらしい。
……過ぎた事なのだから。と、少年について無駄に考えないことにした。
どうやってステップラビットに話しかけるか模索する方がはるかに有益だし、楽しいはず。

もしかしたら、成り行きで仲間になるかもしれないのだから。
従魔たちは、ちょっぴりその展開を期待している。

『レナならきっとウサギさんも上手に絆(ほだ)してみせるよ』

『あんなに優しく愛情注がれたら、たまらないもーーん』

『『ああーーーんっ♡ 好き好きーー!』』

ご主人さまに従うって、こんなにも心地良いのだから! 従魔だったのにそれを知らなかったなんて、悲しい事だと思った。

<その通りでございます>

スマホさんが割り込んできた。
レナパーティは賑やかで楽しいところなのである。
レナ女王様がノリノリで高笑いしてみせる。

「オーーッホホホ! 私に不可能なんてなくってよ! みんなまとめて、愛してあげる!」

『『『『きゃーー! 従えてぇーーーー!!』』』』

<女王様万歳!!>

「うわぁ。これ、あとでレナがすごく後悔するやつだ。……ふふふっ!」

収集がつかなくなってきた。
わいわい騒ぐ愉快な仲間たち。腕の中で深く眠る白兎は、この輪の一員となるのだろうか。

レナはクーイズベッドINウサギを、優しく抱え込みなおした。
ゆりかごをゆっくりと揺する。

しばらくは、この子の回復にかかりきりになりそうである。
ラナシュでは切り捨てなければいけない情が多いぶん、深く関わった縁は大切にしようと、レナは心に決めていた。

予想外の遭遇があったため、レナたちは予定を変更して街の宿に向かい、今日は休息日にすることにした。

▽Next! ウサギさんとの話し合い

 

 

 

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