79:その頃、ガララージュレ王国3

まだ朝早く人通りの少ない街を、ローブのフードを目深に被った人物二人が歩いていく。
ここはディルツガ公国内に最近作られたばかりの新しい街だ。
賭博場(カジノ)による集客を図った、公国の試験街とでも言えようか。
真新しい建物はどれも極彩色で、朝もやの立ちこめる中でもはっきりと店名を視認することができる。様々な賭け事の店、それにバー、宿屋、稼いだ金銭を使わせるための高級商店が多い印象だ。
住民は全員がなにかしらの施設の従業員なのだと、裏の情報を得ていた。昼から深夜にかけて働くことになるので、まだ深く眠っているらしい。
黒ローブの人物が、隣を歩く紫色のローブの男性に話しかける。

「随分と寂れた印象だな。もっと賑わっているかと思ったが」

「今の時間に出歩いているのは酔っ払いか、それを獲物にする追剝ぎ強盗ぐらいでしょう。妥当な状況だと思いますけどね。カジノに行くのは初めてですか?」

紫ローブは意外と丁寧に相手をしてやる。

「ああ。賭け事には別に惹かれなかったからな。自分が得たアイテムなどを売れば、それで生活が出来たから必要なかった」

「そういえば貴方も強盗側でしたね。荒稼ぎしていましたっけ。懐かしいです。裏社会の有名人でしたよ」

「盗賊と言ってくれるか?」

「”元盗賊”ね。言い直すほどの事でしょうか……外聞の悪さなんて大差ないでしょう? 貴方は悪党なのは今更ですよ。……外聞など気にしてもいないかもしれませんが?」

「その通り。実にどうでもいい。ちょっとした場を和ませるジョークだ」

「疲れるので黙っていてください。黙れ」

「断る」

はあ、とため息を吐くのはモレック。ガララージュレ王国の聖職官長 兼 若者(バカモノ)の保護者だ。
人をおちょくる発言を繰り返している長身の黒ローブは、安定のイヴァン・コルダニヤ。
イヴァンの時空魔法[トライ・ワープ]を多用し、二人は短時間で勤務先のガララージュレ王国から、隣国のディルツガ公国に足を運んでいた。
おつかい(内容:出稼ぎ)を頼まれたのが今朝。そう考えると、かなり行動が早い。面倒な仕事は早く終わらせたいのである。

店が開くまで数時間余裕があったため、二人はその辺をブラブラと適当に歩きながら、これから訪れる店に目星をつけた。
ズルい手を使って荒稼ぎする算段なのだ。
目立たないくらい人が多い賑わった施設がいい。
街の中で一番大きなカジノをターゲットに定めた。

「……私を置いて逃げないでくださいね? 貴方はたまにふざけたことをやらかすので先に忠言しておきますが」

結構な死活問題である。モレックの声は真剣だ。

「…………」

「さっき、私は確かに黙れと言いましたが、貴方はそれを拒んだ筈ですよね」

「ふむ。冷静に言い返されてしまったな。いいだろう、待ち合わせの約束は守ろう。
それより、俺は久しぶりに王国の外に出ることができて気分が良いんだ。言葉遊びを楽しむつもりはないか?」

めんどい。脳みその血管が焼き切れる未来が見えるようだ。
しかし、こいつの機嫌を損ねると厄介である。

「……………………………いいでしょう」

モレック、苦渋の決断。

「しりとりという遊びを知っているか」

「私たちがそれをするんですか!? き、気持ち悪い!」

「過労死。し」

「わざとなんですよね? しばくぞ。ぞ」

「ゾンビ。び」

「……貧乏神。み」

選ぶ言葉がどれも薄暗い。
ラナシュにも貧乏神という概念はあるらしい。
不気味なローブの男たちが建物の影に隠れてブツブツと言葉を交わしている。
どのような密談が行われているのかと、遠方からスキルをつかって盗み聞きした闇職たちは、そろいもそろってずっこけるハメになった。

***

昼過ぎになって、ようやく目当ての賭博場(カジノ)が開店する。
入り口は4箇所、西部劇のバーのような、出入りが簡単なウエスタン・ドア式。入りやすくする事で、集客を促す効果がある。
もちろん、不正行為をして逃げる者がここを通ろうとした場合は開かなくなる仕様だ。
従業員の判断で、電流を流す事もできる。

「行きますよ」
「ああ」

開店から少し時間をズラして、店内にお客が集まってから、モレックとイヴァンは賭博場(カジノ)に足を踏み入れた。
扉のすぐ脇に控えていた黒タキシードの男に、顔の上半分を覆う仮面を渡される。
装着して、店内を見渡した。

薄暗い店内では、その賭け事の場ごとに照明の色が異なっている。
一番場所を取っているのは巨大なルーレット。
その他、バカラ、ポーカー、ブラックジャック、クラップスの遊びが行われている。
ダーツ、ビリヤードなどの純粋な娯楽も用意されており、エンターテイメント性が高いな、とモレックは思った。
さすがに街一つを賭け事場にしているだけあって、初心者の観光客も楽しめるよう作られているようだ。
儲ける、剝ぎ取る事を目的とする裏社会のガチ賭博場(カジノ)は、ごく小さな店舗でひっそりと巨額の賭けが行われるのが一般的。
この施設のように、色とりどりの照明の下で従業員たちがドリンクを運び、舞台上で芸や演奏が披露されている様子など初めて目にした。
あのイヴァンですらも、興味深そうに周囲をキョロキョロと見渡している。

勝手にフラフラ歩いて行ってしまいそうなイヴァンの袖口を引っつかみ、モレックは巨大ルーレットへと迷いなく向かう。
テーブルの隅にひっそり立つと、従業員の男女がさりげなく隣に移動してきた。
彼らにチラリと目配せし、懐から王冠の紋章の銀貨を取り出して、テーブル上に並べるモレック。

「100,000リルあります。ルーレットのチップに交換して下さい」

「「承知致しました」」

男性がテーブル上に置かれた銀貨10枚に、さっと目を通す。偽貨でないかの検証は、従業員用のマジカル仮面を通して一瞬で視終わった。
問題ない、と合図されたバニーガールが、ピンク色の中チップを9枚、小チップを10枚、モレックに差し出してくる。

「もっと細かくしますか? それともまとめますか?」

「これで構いません」

「それでは、保証契約を」

バニーガールが、チップを手にしたモレックの手を己の両手のひらで艶っぽく包み込む。
彼女の手袋の甲に、銀色の魔法紋が浮かび上がった。
“チップと硬貨の価値を同等と認め、カジノはいつでもそれらを交換する”と書かれている。
モレックが手に魔力を込めると、手袋に吸い込まれていく。魔法紋が消えた。
こうして、チップの価値が保証された。

「「……お楽しみ下さいませ」」

モレックの渡した銀貨がようやくブラック・ボックスに収納される。
従業員たちは軽く礼をすると、別のお客の元へと向かった。

モレックの手元を覗き込んだイヴァンが眉を顰めている。

「そんなものが金銭の代わりになるのか……話には聞いていたが、頼りなく感じてしまうな」

「まるでオモチャのようでしょう。これを使って賭け事をしていると、銀貨と同等の価値を持つ事をそのうち忘れてしまう。カジノで高額のお金がやり取りされている理由です」

「なるほど。認識に錯覚を起こさせるのか。合理的なシステムだな。上手くできている、少し興味が湧いてきた」

「貴方は、今は賭け事に無関心なままでいた方が良いのでは? そのどうしようもない称号がある限り……ねぇ」

モレックは小馬鹿にするような表情を浮かべて、イヴァンの手に小チップ10枚を握らせる。
10,000リル分だ。裏社会で成功していた者が手にするにはささやかすぎるお小遣い、そして、一国の余剰予算の1/10だと考えると情けなくて涙が出てくる額である。

「……言いたい事はハッキリ言えばいい」

「こんな場で口にするわけないでしょう」

悪運の称号持ちは賭け事に向かない……なんて、賭博場で話すのはド阿保である。
つまらなさそうにチップを手の中で弄ぶイヴァン。

しかし、この二人にとって少額とはいえ、一般客にとってはなかなかの大金を手にしている。同じテーブルに着くギャラリーたちの目がギラッと光った。

「ーー次の賭けを受け付けます」

ルーレット・ディーラーが片手を上げて、賭けへの参加を呼び込む。

巨大ルーレットは地球のものとよく似た構造。
円状のルーレットの内側が格子状に仕切られていて、枠内に数字が書いてあり、赤と黒で塗られている。
色を当てるか、奇数偶数を当てるか、数字の前半・後半を当てるかは二択。賭けたチップが二倍になって返ってくる。
いくつかの数字を選んでピタリと当てて見せれば、掛け金に対して数十倍のチップを受け取ることが出来る。

ディーラーの声を聞いて、ここで即チップをテーブルに置く者はド素人。

「黒に中チップ9枚」
「赤に小チップ1枚」

しかし、モレックとイヴァンはすぐさま手にしたチップをテーブル上に積み上げた。
思いきりのいい賭けっぷりに、他のお客たちが目を剥く。

「ふふん。やっぱり、賭け事は豪快に楽しみたいですからね!」

「俺は赤に全てのチップを賭けたかったのだが」

「初心者は堅実に動くものですよ。ガマンして下さい」

会話はフェイク。楽しむ賭け、ではなくモレックにはもちろん絶対の勝算がある。
ただ、イヴァンの悪運を利用した手を何度も使うと怪しまれるため、初動から全力で動き、逃げきる予定だ。
それぞれ初心者、豪気な遊び人を装った。

ディーラーがピクリと片眉を上げて、笑いそうになったのか口元を少し歪めたものの、平然を装い、白手袋をはめた手を掲げる。
回転するルーレットの中に小さなボールを、カラリと放り込んだ。

カラカラカラカラ……と円盤の上をボールがリズミカルに跳ねる。
……このタイミングで、お客たちは一斉にテーブル上にチップを積み始めた。これが玄人の楽しみ方だ。

「赤!中チップ2枚」
「9番、18番、36番の三賭け!小チップ5枚」

チップの動きは、天井に備え付けられた大鏡にハッキリ映っている。
不正をしようとした一人の小男の手を従業員が弾き、外へ連れ出した。この場合、彼のチップは全てカジノの物となる。
ディーラーが手のひらをテーブル上にかざして、これ以降のチップの積み上げを阻止する。

「ノー・モア・ベット」

賭けを閉め切ったということ。
あとは、お客たちはそれぞれ祈りながら、ボールがどの枠に入るか天命を待つのみである。皆、息を飲む。

カラカラカラカラ…………カラン!

「黒の12番!!」

ディーラーが声を張り上げた。大金を賭けたモレックの勝ちが決まり、彼も内心かなり悔しがっている。
テーブルの周りからは歓声と、悲哀の悲鳴が入り混じってあがった。

「やりました!気分いいーー!」

はしゃぐモレックの前に、二倍の高さになったチップの山が置かれる。

「負けるとつまらないな……」

イヴァンがふっとため息を漏らした。
国家存続に関わる大切な作戦なので、おとなしく従っているが、視線はもう退屈なルーレットに向けられていない。

賭け事は堅実に。
モレックは自分たちにとっての冒険をせず、二択の賭けばかりを続けた。二択なら、運の悪いイヴァンが選ばなかった方が必ずアタリになるのだ。
これについては、ガララージュレ王国を出る前に入念にシミュレーションして確認していた。

モレックは主にルーレットの賭けを繰り返し、投資金をどんどん倍、倍、倍と増やしていく。
やがて、カジノ中の注目を集める大金を手にした!
当初の掛け金を思い出せば、リターンはとんでもなく巨額だ。

「”大”チップが、115枚……。いやー、稼ぎましたねー」

「景気がいいな」

ニコニコ顔のモレック。彼のこんな明るい表情などいつぶりだろうか。

「私、幸運に好かれてますね!」

「ふむ。どうやら俺は運が悪かったようだな」

白々しい会話をこれ見よがしに口にする。
ディーラーが密かにギリリと奥歯を噛みしめた。
モレックの前にどどんと積まれた大チップの山を、中チップで計算すると、実に1150枚分にあたる。
つまり11,500,000リル。
余裕があるので、途中、イヴァンにも追加でお小遣いを恵んでやっていたほどの好景気だ。

二人組の男の片方は勝ち続け、片方は負け続けている。
何かトリックがあるのでは?と、カジノ従業員たちは必死で目を凝らしていたものの、イカサマは見抜けなかった。そもそもイカサマしていないのだから、不正の証拠など見つかる筈もない。ただ、運なのだ。
ルーレットは完全に出目が運任せのゲーム。ディーラーですらどこにボールが転ぶか分からない。
まさに、悪運を利用するには最適だった。

カジノ中の注目を集めてしまっているな、とモレックは引きあげ時を悟る。
モレックの勝率を見て賭け方をマネる者も出てきたので、他のお客からもギラギラした視線を注がれている。
今後もここを訪れる機会があるかもしれないので、ローブの凸凹コンビが従業員たちに目をつけられてしまうとマズイ。
本当はもう数回賭けてまとめて資金調達したかったが……諦めて立ち去る事にした。

「換金を。チップ全て、お願いします」

「かしこまりました」

換金カウンターにいた女性は、あからさまにホッとした表情をしている。
この程度の出金ならば、莫大な資金が動くカジノにとっては大して負担にはならない。
もしあと数倍になっていたら、大赤字は必至だった。
モレックの配慮は正解であった。多額の換金を依頼したにもかかわらず、従業員たちには笑顔で深くお辞儀されて見送られる。

「「「ありがとうございました!!」」」

この段階で帰ってくれてありがとう、という意味が込められている。
モレックがこんなに感謝される事など、めったにない!
モレックは気分良く鼻歌を歌い、カジノを後に………………。

……イヴァンが隣にいない。……なんだと?

バッ!と超速で振り返るモレック。
ポーカーのテーブルに背の高い黒ローブがいて、周囲に人だかりができている。これは凄まじく嫌な予感!

「し、失礼!」

人混みをかき分けてイヴァンの隣に並び、大急ぎで手元のチップをチェックした。

……”借り”チップの山だ!
……こいつ、平然とした顔のまま大負けしていやがる!

怒りで頭が沸騰したモレックは条件反射で、ばちーーんッ!と緑頭をひっ叩いた。いい音がカジノに響く。

「……何をする。今、俺は楽しんでいるのだ」

「この石頭!ド変態!……大赤字じゃないですかッ!? 負けるゲームが楽しいとでも!?」

「ああ。確立さえ計算すればポーカーなどカンタンに勝てると踏んだのだが……意外な所で、毎回微妙に読みが外れるのだ。ひょんな時に5のカードに狂わされてな。これは何かの呪いだろうか? 実に興味深い現象だ」

「考察は私への実害のないところで楽しみなさい! もう、今回のこれはダ、メ、で、す!早く帰りますよー!」

荒ぶってイヴァンのローブをぐいぐい引っぱるモレックの肩が、トントン、と叩かれる。
現れた、やたら筋肉隆々のマッチョ従業員は、カジノのガードマンなのだろう。
「賭け事の最中に水を差すのはルール違反です」とドスの効いた声で告げられる。

「くっ……!」

……結局、この勝負が終わるまでモレックは大人しく待機しているしかなかった。
イヴァンは長々と駆け引きを楽しみながら、最後はガッツリ負けを掴む。
その総負債額、なんと大チップ50枚分。
ポーカーの賭けが終わり、イヴァンとディーラーはとても満足そうに握手を交わし、苦労人モレックは燃え尽きていた……。

負け金5,000,000リルを仕方なく従業員に支払い、担保にしていたマジック・ロッドを取り返し、とぼとぼとカジノを後にする。

結果としては6,500,000リルの大勝ちだったのだが、なんとなく損をした気になってしまう。
モレックの表情が老け込んでいる。

「かなりたくさん稼げたな。これだけあれば、あの姫もしばらく機嫌が良いだろう」

「そうですね。馬鹿野郎……」

カジノを出る際背後から響いてきた、従業員たちの明るい「ありがとうございました!」が心にひどく沁みる、と思うモレックだった。

***

カジノから出たモレックたちは、背後につけて来る者の気配を感じていた。
まあ、あれだけ目立てばこういう展開もあり得るだろう。
ふぅ、と小さくため息をつく。
しかし背後の者をどうにかすることなく、カジノから離れて商店街をうろつく。
路地裏の、置物を取り扱う商店を訪れた。

「いらっしゃいませ」

愛想のいい店主の歓迎を受ける。
ここで扱っている商品はどれも割高。この街の商人たちは、ギャンブルで儲けた者の散財を期待しているのだ。
どこも高級品を扱っていて、本来の価値以上に値段は吊り上げられている。

やたらと”金運アップの壺”が置いてあるのが目に入った。カジノ客が買うのだろうか?
しょうもな、なんて思ってはいけない。ここはラナシュ。運+の魔法効果がわずかにかかっているのである。
まあこの程度でイヴァンの悪運が無効化されるとは思えないが。

「扉……。あそこにあるな。よかった」

「うっわ。まさかそれだけが売られているとは。なぜ……?」

イヴァンが目を向けた先にあるのは、色々な種類の”扉”。扉だけがバラ売りされている。なぜ。

「我が商店は品揃えに自信を持っているのです!」

店主がやたらとテンション高く告げる。
イヴァンとモレックの背後を見て、目をギラリと強欲に光らせた。
背後の不審者が鋭い視線で、店主とアイコンタクトをとる……。この瞬間、魔道具でカジノでの情報を共有していた。

「貴方、扉の規格はきちんと覚えていますよね? 巻き尺で計って、紙にメモしてくるよう言いましたもんね。
扉は自分で用意しなければならないとはいえ……あの塔の小部屋を好きに使っていいなんて、お嬢様はお優しいですねぇ」

「相変わらず口うるさい男だな……まるで姑だ。
計測は問題ない、目測で計って頭にメモしてある。
あの部屋には読み物がたくさんあるから快適に過ごせそうだ。ごちゃごちゃと無駄なものがないのもよかった」

イヴァンとモレックはマイペースに会話をしながら、壁に立てかけられた商品の扉を見ていく。
お嬢様に姑?この二人はどのような関係なんだろう?と、聞き耳を立てていた店主たちは首を傾げた。
イヴァンはささっと扉を選ぶ。

「これを貰おう」

なんてことはない、サイズが合う扉は一つしかなかったのだ。
超高級品、ベストフィット魔法扉〜!
契約魔法を発動させた場所で大きくなり、サイズピッタリに収まる優れもの。
モレックが「なんとも巡り合わせがいいこと……」と呆れながら呟いた。そんなことはない。

イヴァンが、先ほど稼いだ資金の入ったマジック・バッグを取り出す。

……店主がニヤリと笑い、獲物となったお客たちは数人の荒くれ者たちに囲まれてしまった!

「カジノで大金を儲けて、油断なさったようですなぁ」

イヴァンとモレックの首に刃物が突きつけられる……剣身が閃き、そのままひと息にお客の命を奪いにかかる……!

▽荒くれ者の 喉裂き!

「「……なんだとっ!?」」

▽イヴァンの [シャドウ・ホール]!
▽モレックの [白光結界]!

荒くれ者たちが驚愕の声を上げた。
確実に捉えた、と確信したのに、それぞれ闇と光の強硬な結界で防がれてしまったのだ。
モレックは無傷だが、イヴァンの喉元には確かに赤い線がうっすらと刻まれている。
刃は確かに喉元に当たっていたが、すんでの所で結界をはり、無理やり剣を弾いたようだ。
なんて反射神経と結界の強度!

「……ふん。このような下賤な痛みで死ぬわけにはいかないな」

「きしょーーい」

毎度おなじみ、イヴァンのマゾヒスト発言への対応がもうかなり雑である。モレックは慣れた。

結界には何度も激しい攻撃が加えられるが、ビクともしない。
荒くれ者たちは、これでも長年闇職として生き残ってきた実力者なのだが……イヴァンたちは数段階、くぐってきた死線の数が違った。微塵も焦っていない。

「闇魔法[影縛り]」
「スキル[光熱球]」

漆黒の縄が対象を縛り上げて宙吊りにし、[光熱球]が男たちを弄ぶように周囲をくるくる、ふよふよと舞う。
時折、[光熱球]が髪や肌に接近すると、熱が凝縮されているためひどく熱く、ジジジッと生肉が焦げる音がした。
恐怖に染まったうめき声が漏れる。しかし喉元を締め上げられているので、大声を出して助けを求めることはできない。
店主は情けなく腰を抜かしていた。

愉(たの)しげな表情のモレックが、手にした短杖を一振りする。

「クスクス。正当防衛ですものねー?」

ここ最近は部屋にこもってばかりだったので、殺しは久しぶりだ……。

光がそれぞれの喉元に押し付けられ、ジュウッ!ジジジジ……と嫌な音がして、首はゆっくりと消し炭になってしまった。
ゆっくりゆっくり……時間をかけた分だけ、男たちの顔が凄惨な表情になる。

圧倒的強者を獲物と見誤った愚か者たちは、残念な頭部を、ごろりと店の床に転がすことになった。
肉の焦げた不快な臭いが、店内に充満している。
店主はなんとか逃げ出そうと見苦しく床を這いずるが、店の扉は、仲間の荒くれ者が施錠してしまっている。

「ああ、おそまつですねぇ……甘ーい作戦ですこと。
この街のどれだけの商人が共謀者なのかは知りませんが。カジノで儲けた者の後をつけていき、商店に入ったところで首をかっ裂いて始末する。店主は知らぬふり。遺品は山分け。
……というところですか。私たちを狙うなんて、残念(ハズレ)でしたねー」

「ひ、ひいいいいいいぃっ!!?」

「なんて悪い人たちなんでしょう!これはもう、賠償が必要ですね」

「ああそうだな。店の商品は詫びとして頂いていこう。異論はないな?店主」

「ど、どうか命だけはァ……!!」

涙と鼻水でぐしょぐしょに汚れた顔面で、なりふり構わず土下座し、命乞いする店主。
悲痛な返事を聞くよりも前に、イヴァンはさっさとお目当ての扉をつかみ、時空魔法の”ポケット”に放りこんだ。

モレックが店内をぐるりと見渡すが、自分が使おうと思うほど価値のありそうなものは存在しない。
これらを盗み大量売買して、ガララージュレ王国にまで足がつく可能性を思えば、少額を手にするリスクを取るほどではない。
それこそカジノで稼いだ方が効率がいい。

「……もうそろそろ行きますか」

「そうだな」

イヴァンがマジック・ロッドの先端をくるりと回転させる。
目に見えない魔力の渦が足元に出来上がる。

店主がホッと表情を弛緩させた、瞬間。
モレックは先ほどと同じ方法で、店主の首をーー落とした。
無慈悲な冷たい笑みを浮かべている。

「せっかくですから、研究部へのお土産にしましょうか。メルガが喜びそう。
イヴァン、死体を保管してくれますか?」

「汚らしくてあまりいい気はしないのだが……まあ、仕方ない。承ろう。ここに捨て置けば怪しまれるからな」

「そうですよ。だからそこ、わざわざ床を汚さず始末したんですからー」

「愉(たの)しんでいただろう。作戦というより、お前の趣味だろ」

「なんのことでしょう?」

切断面を焦がして床を血で汚さず、縛り上げることで、抵抗の跡も残さなかった。
主人がいないということ以外は、いつもと変わらぬ店内、というわけだ。

「[トライ・ワープ]」

そして、イヴァンとモレックは、賭博の街から少し離れた森林地帯へと転移する。
数回転移を繰り返し、ガララージュレ王国へと帰還した。

ーーとある噂が、賭博の街でまことしやかに流れ始める。
施錠された商店で、突如として店主と仲間たちと獲物が消えてしまったのだ……と。
悪事を働いていた商人たちは揃って震え上がった。

***

夕刻の、ガララージュレ王国”玉座の間”。
そこには朝と同じく4名の人物が揃っている。
皆、笑顔もしくは満足そうな表情だ。
女王シェラトニカがにっこりと優雅に笑みを浮かべる。

「ご苦労様。お手柄よぉ、モレック、イヴァン。かなりの資金を稼いできてくれたそうじゃない。
これで、この玉座の間の修復が進められるし、私の新しい美容品も買うことが出来るわぁ」

「お褒めにあずかり光栄です、シェラトニカ様!
是非、玉座の間の修復をお急ぎください」

美容品を優先させるな、と暗に言っている。
シェラトニカが鼻を鳴らす。

「わかっているわ。ところで、モレック。今の私、朝とどこかが違うと気付かない?」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(た、多分)髪のツヤが素晴らしいですねー!」

「あらぁ、よく分かったじゃない。貴方にしては上出来よ。答えが遅かったけれど。
昼間に行商人がやってきたから、新しい美髪オイルを頂いたの」

「ひえっ、早速! というか、ツケはいけませんとあれほどっ!?」

「10セットまとめて買うことを勧められたんだけど……お試しとして5つだけ買って、ひとつサービスして貰ったわ。6つで50,000リル。安いと思わない?」

「あ、それならまだ……。お得に買えましたね」

モレックの美容品に関する金銭感覚がだいぶマヒしてきている。美髪オイルとやらは、大国の王都の高級宿約10泊分なのだが。
そして、商人に割り引きやらオマケを要求する一国の王女はだいぶみみっちい。

「そうでしょう。それに、貴方なら元手を増やして帰ってきてくれると信頼していたものー。でなければツケなんて出来なくてよ。さすが、頼りになるわぁ」

「ははは……」

仕事ぶりは真面目、都合よくいつでも呼び出せて、厄介事を押し付けられる。そこそこの確率で期待以上の成果をあげる。
苦笑しながらも、どこか得意げな表情をしているモレックおじさんは、シェラトニカにとってとても便利な駒だった。

「明日、明後日はお休みになさい。許可するわ。身体を休めて、のんびり療養して頂戴」

「えっ。明後日もいいんですか!?シェラトニカ様……なんと太っ腹なんでしょう!」

その褒め言葉は悪手である。太い腹、と言われたシェラトニカの額に青筋がひとつ浮かんでいる。

ところで、イヴァンはどうしているのかって?

「静かだと思えば、何やってるんですか貴方……」

「珍しいアリがいるのだ。これも、実験による変異種の魔物なのだろうか?
どのような構造なのか気になるな……あとで研究所に資料を探しにいこう」

変態マゾヒストイケメン強ーい死霊術師(ネクロマンサー)は、シェラトニカに背を向けた状態で床に這いつくばり、アリを観察していた。
彼にとっての価値は、シェラトニカ<<<新種のアリ、らしい。

シェラトニカの額に、青筋がまた三つほど追加される。
それにしても、この厳重に閉鎖された空間にアリ?
ドラゴンの襲来を受けて以降、魔物が
入れないよう常に結界を張っていたのだが……。

シェラトニカとモレックがあれ?と思い始めた時。

ドタバタドタバタと複数人の騒がしい足音が扉の向こうから聞こえてきて、続いて、衛兵の「ぎゃあああッ!?」という悲鳴が聞こえてきた。
衛兵たちが後ろにこけた拍子に、玉座の間への扉が開いてしまった!
女王様へのおべっかと、へなちょこ訓練しか最近では受けていなかった衛兵は、身体がすっかりなまっていたのである。

「……ぎゃああああああ!?」

「イヤあああぁ!?」

「ふむ」

なだれ込むようにして広間に入ってきたのは、アリの大群と、研究職員たち。
白い大理石の床が、瞬く間に黒々したアリの群れで埋められる。おぞましい。
先頭にいたメルガが大声で叫ぶ。

「ご、ごっめんなさぁーーい! 実験で増やしてた魔喰アリ、逃しちゃいましたぁーー!いって、噛むなよ!ひえっ!」

メルガが趣味で遺伝子をイジっていた蜜アリが突然変異し、魔力を喰らい体内に貯める個体になったのだとか。
そして、急激に増やされたことで餌の魔力が共喰いしても足りなくなり、莫大な魔力を持つ三名が集ったこの玉座の間目掛けて脱走した……というわけだ。

「噛む?よし、こい」

「馬鹿野郎ぉぉぉ!!」

マゾヒスト野郎の頭をモレックがスパーーーン!とどつく。
ブチ切れたシェラトニカが甲高い声で叫ぶ。

「早くなんとかしなさいよおおぉ!! モレック!!」

「私!? さすがに頼りすぎですよぉ!あんまりです、遠征帰りなのにっ! これは私の業務外の事案なんですけれども!?」

「貴方、使い勝手がいいのよ!」

「思っててもせめて言わないで下さい! モチベーション下がるので!」

ーーこうして、アリの群れを派手な魔法で力任せに撲滅したあとの玉座の間は、またしてもボロボロになってしまった。
ひどい床のヒビ割れを修復するために、今回モレックたちが稼いだ余剰金はほとんどが泡となり消えてしまった……と言っておこう。
残りはシェラトニカのツケ分である。

凶暴なアリの退治はとても大変で、なんと翌朝にまで及んだ。

その後、モレックは3日間の連続休暇を与えられ、この世の天国とばかりにほとんど寝て過ごした。
幸せそうに眠る彼が出勤日に目にすることになるのは……
「よく休めたみたいで良かったわ」と美しく微笑むシェラトニカ様。
そして、休んだ日の分がカサ増しされた書類の山。仕事が減るとは言われていなかった。
さらに、塔の扉に結界魔法を付与しやがったイヴァンの世話。

今日もモレックは真面目に仕事をして、元気にイヴァンを追いかける。

▽Next! レナパーティの楽しい旅

 

 

 

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