78:その頃、ガララージュレ王国2

シェラトニカに呼び出されたモレックとイヴァンが王宮の回廊を歩いていく。
足取りはやる気なく、ダラダラとしている。

「なぜ、こんなに早く俺の居場所が分かった? 毎度毎度、迷惑だ」

このセリフはもちろんイヴァン。いい加減にしろ。

「こっちのセリフです……貴方を探さなきゃいけないのは、私だって不本意なんですから。
できるだけ一緒にいたくないのに、貴方が次から次へと問題を起こすから、毎度駆けつけなくてはいけないんですよ!
しっかり反省して下さい。
居場所が分かったのは、貴方らしい行動の予測に私がだいぶ慣れたからです。
対策されても厄介なので、詳細は教えませんが」

「ふむ、まるでこれからも俺を捜索する機会があると言わんばかりだな。自分からそのような運命を引き寄せているのか。実に難儀な男だ」

「殴っていいですか!?」

「構わないが」

もはや痛みウェルカム厨のイヴァンだが、どのような痛みでも気持ち良くなれるわけではない。
おっさんの拳など正直興味がない。女王様のおしおきこそが至高である。
しかし、痛みを与えられると考えると、咄嗟にOKしてしまう身体になっていた。
もちろん程度はわきまえていて、自分の命は守るし、反撃もするが。もう最悪。

「嫌ですよ気持ち悪い……。はあ。
ほら、もう玉座の間に着きますから。その顰め面をなんとかとり繕いなさい。愛想良くとは言いませんが、せめてシェラトニカ様の御前で失礼のないように」

シェラトニカ様、と発言したモレックの表情が憂鬱そうである。
頭の中では賛美文句の選別を行っている。

「この国の姫を女王様とはまだ認められないな……」

「そうですか。貴方の性癖はどうでもいいです。ちょっと1時間くらい黙ってて下さい」

「俺も呼ばれたということは、受け答えの必要がありそうだが?」

「黙って首を縦に振ってれば丸く収まりますから。いいですね」

「気が乗らない。断る」

「この野郎」

トゲトゲしい会話は通常運転。
廊下ですれ違う使用人たちは、イライラオーラを振りまいている二人からそろって距離をとりつつ、遠くから会話に耳をそばだてて、今日もまたモレックに同情した。
同時に、イヴァンをあしらえるのはやはり彼くらいだな、さすが元聖職者、と少しだけいらぬ尊敬の念を抱く。
今後も、イヴァンが問題を起こすたびにモレックが呼ばれるのだろう。

玉座の間の大扉の前には、二人の衛兵が立っている。
彼らは聖職官長、死霊術師(ネクロマンサー)の到着を確認すると、重厚な扉を仰々しい動作で開けた。

***

ガララージュレ王国の玉座の間は、先日の幻黒竜大暴れの跡がまだ随所に残っている。
大理石の床は割られ、いくつかの柱が折られていて、壊された美術品が撤去されたために全体的にがらりと殺風景だ。

ここが壊されているのは王国の威厳に関わるため、すぐに修理したい所だが、いかんせん国家予算に余裕がない。
必要経費(シェラトニカの美容品含む)を除いた余剰予算などスズメの涙程度なので、修理は本当にチマチマチマチマと少しずつ行われていた。
現在はなんとか柱が補強されて、とりあえずの安全が確保できた所である。

室内全体を見下ろすことができる階段の上には、重厚な椅子ーー玉座が存在する。
数ヶ月前には前国王が座っていたその特別な場所にいるのは、まだ16歳の歳若い少女。
豊満な身体はここ数日で少し痩せたようだ。肌の色はゾッとするほど白い。豪奢な黄金色の巻き髪、来場者二人を見下ろす瞳は高貴な紫色(アメジスト)。
視線でさりげなく二人の礼を促(うなが)す。

モレックとイヴァンはゆっくりと頭を下げた。
それくらいはイヴァンにだってできる。礼が浅いが。

「やっと来たのね。モレック・ブラッドフォード、イヴァン・コルダニヤ。ご苦労さま。
でもせっかく私が声をかけたのに、少し到着が遅かったんじゃないかしら? あまり待たせないで頂戴」

ありがたい女王様のお言葉「ご苦労さま」を頂戴した。やったー。
シェラトニカは綺麗な形の眉を寄せていて、不機嫌な様子。
待たされるのが好きではないのだ。

特に、イヴァンには呼ばれたらすぐに駆けつけろと何度もねちねち言っているのに、この有様。
契約主の到着が遅れて、綺麗な死体(アンデッド)となった顔や身体が崩れ始めたらと考えると、シェラトニカは恐ろしくなるのだった。

「誠に申し訳ありません。
今日のシェラトニカ様はまたどれほど美しく成長なさっているのだろうと考えると、お姿を拝見する前に緊張してしまって。あまりに恐れ多くて、足どりが鈍ってしまったのです」

モレックが俯(うつむ)いて隠した目元をぴくぴくさせながら、すらすらと賛美の言葉を口にする。

「それは、今後私が美しくなるたびにもっと到着が遅くなるということ? ……そんなの許さないわぁ。
美貌に慣れろとは言わないけど、その辺りはなんとか気合いで改善なさい」

シェラトニカの機嫌は直らないどころかさらに下落した。
モレックの言葉の選択はいつだってポイントを微妙に外す。

「ふむ。今後、俺の美的センスが向上するかどうかにかかっているのか。……まるで興味がない。ということは、モレックの足取りがこれ以上鈍ることはないだろう。
良かったな、シェラトニカ様」

「なんですってぇ!? イヴァン・コルダニヤ……もっと私の美しさに興味を持ちなさいよぉ! 私の顔を造り変えられるのは、貴方しかいないのだから!」

「今が最上の美しさだと言っておこう。現状を保てばいいのだ。満足か?」

「貴方はいつだって一言余計なのよ!!」

全くもってその通り。
思わず玉座から立ち上がり、イヴァンを指差して声を荒げてしまったシェラトニカ。

背後に控えていたメイド兼魔法使いの女性があわてて注意する。

「……シェラトニカ様!? いけません、足が崩れてしまいますっ」

「あっ」

シェラトニカはまだ死体(アンデッド)になったばかり。身体は皮膚も骨もやわらかく、脆(もろ)い。
本来ならそこをまず強化していくのだが、シェラトニカは顔や手足の整形を優先させたため、補強が後回しになっていたのだ。
一気に手を加えすぎると死体が負担に耐えきれずドロドロに溶けてしまうため、シェラトニカは仕方なく脆(もろ)い身体のまま過ごしていた。
移動する際には、お付きの魔法使いが彼女を宙に浮かせて丁重に運ぶ。

そっと玉座に腰を下ろしなおす。
幸いにも足の腐肉は崩れておらず、皮膚もハリがあるまま。骨も折れなかったようだ。
ホッと息を吐いて、シェラトニカは座った姿勢でイヴァンを睨みつける。
モレックに頭を叩かれる様子を見て、少しだけ気持ちが晴れた。

「アンデッドケアの予定日はまだ数日先の筈だが、いったい何用だ? また整形か?
悪いが、もうこれ以上は難しい。現在の顔の造形はかなり整っている。さらに弄れば、バランスが崩れる可能性の方が高い」

イヴァンがつらつらと喋る。この男、厄介なことに話好きなのである。
シェラトニカはうっとりするような優雅な所作で、頬にかかった金髪を指で耳にかけて、まっすぐにイヴァンとモレックを見つめた。

二重の線がくっきりと刻まれた大きな瞳、長い睫毛。すっと通った鼻筋に、薄めの桃色の唇。たまご型の輪郭。
化粧を施しているため女性らしい魅力がさらに醸し出されている。
母が好んだ青色の贅沢なドレスは、娘のシェラトニカにもよく似合っていた。資金に余裕がないため、母のドレスをリメイクしているのだ。
日々苦労をかけられているモレックですらも、性格の悪さを忘れて、一瞬見惚れるほどの圧倒的な美しさ。

「私は美しいわ。今の姿はとても気に入っているの。今日申し付けるのは別の要件よ」

イヴァンが満足そうに頷く。
この顔の造形が気に召したようでよかった。

とある人物の見た目を倣(なら)ったおかげで、興味のない”美貌”とやらについて研究する手間が省けたのだ。
いい出会いだったかもしれないな、とラチェリでの出来事を思い出す。ついでに女王様の纏っていた鮮烈な赤色が脳裏をよぎって、楽しい気分になった。

ーー彼がシェラトニカに施した整形は、イヴァンオリジナルのアイデアではなくモデルが実在する。
その人物はシェラトニカによく似ていたため、なんらかの関わりがあるのだろうな、と思いながらも面倒なので黙っていたのだが。

うっすらと微笑むシェラトニカの美しい顔(かんばせ)はーーールーカティアスにそっくりだった。

彼女が殺したいほど嫌った元義兄の第一王子。
女性版のルーカとも言える顔になってしまって、気付かないものかと思うが、王宮にいた頃のルーカはいつも暗い表情で俯いていて、人と進んで目を合わせなかったことと、シェラトニカ自身がルーカの存在を脳裏から抹消して無かったことにしていたため、このような悲劇が生まれた。

一番悲惨なのは長く王宮に勤める、ルーカを知る使用人達だ。
とくに、すっぴんのシェラトニカを目にすることがある専属メイドたちは毎日が自分の腹筋との戦争だった。
ルーカティアスによく似ている、などと指摘したら、殺されかねない。
よって、必死で現実から目を逸らして余計なことを口走らないよう気をつけていた。

事情を知らぬは新人の勤務者たち、それにシェラトニカ本人だけである。
この悲劇に女王様が気付いてしまう日は来るのだろうか……。

「ご要件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

モレックが壇上に向けて丁寧に尋ねる。
シェラトニカはにっこりと上品に笑ってみせた。

「国家予算に余裕がないのよ。稼いできて頂戴。このままでは、私の美容品が買えないわぁ」

重役が出稼ぎまでこなす貧しい国、ガララージュレ王国。大丈夫なのだろうか。
今にもガララと崩れてしまいそうだ。
失礼、つまらないことを言ってしまった。

「またですかぁ!? もう、無駄遣いはやめて下さいと申し上げましたのにー!」

出稼ぎ指令は初めてではない。
モレックがあからさまに嫌そうな表情をチラリと覗かせる。
それに目ざとく気付いたシェラトニカは眉を跳ね上げた。

「あら……? 私の美しさを保つことは無駄ではなくってよ。ねぇ?」

「うぐっ。お、おっしゃる通りです」

若い子の発想の転換とご都合主義(ワガママ)にいいように振り回されているモレック、現在40歳。

「淑女の美しさは手間とお金をかけて完成しているの。紳士がそれを惜しむものではないわ」

「紳士? ふっ……」

「イヴァン、今、私を嗤(ワラ)いましたね? 貴方だって紳士とは程遠いですから!」

「すぐに脇道に逸れるのをやめて頂戴! まったく。それに今回は、貴方たちに組んでもらうんだからぁ」

シェラトニカの発言が不穏である。
モレックは必死に脳内で言葉を嚙み砕くものの、理解できない。したくない。

「………………え゛?」

「ほう、俺が王国の外に出られるということか? 悪くない提案だ」

お前は黙ってろ、とモレックがイヴァンの脇腹にチョップを入れる。同じく脇腹に報復をくらい、しばし悶えてしまう。
言質はとった、と言わんばかりのシェラトニカの嬉しそうな顔といったら。
悪い予感しかしない!

「隣国に新しく賭博場が出来たそうよ。そこでしっかり稼いできてくれるわね?
アンデッドケアの日程には余裕があるし、今回はイヴァンを連れて行ってもいいわぁ。
イヴァンの運の悪さを逆手にとって上手く活用するのよ。
貴方ならきっと上手にできるわよね、モレック?
このコンビ、賭け事にはピッタリだわぁ」

「げえっ!? やっぱりろくでもなかった!
(シェラトニカ様のご命令であれば、尽力いたしますははは)」

副音声の方を表に出してしまったモレック。シェラトニカがひくっと口元を歪める。

「よろしくね、イヴァン」

「ああ、いいだろう。承ろう」

華麗に退路を断たれた。
▽モレックは逃げられない!

シェラトニカは迫力のある笑顔をモレックに向けて、一言。

「よろしくね、モレック」

ダメ押しである。
こう言われると、部下という立場をわきまえているモレックはもう頷くしかない。
味方でいるうちは対応が実に几帳面だ。損な性格だと言えよう。

こうして、モレックとイヴァンはまさかの出稼ぎに赴くことになった。
目的地はアネース王国とは正反対の隣国、ディルツガ公国。

イヴァンのトライ・ワープを使ってのハードな日帰り遠征を要求されてしまったが、その代わり、翌日は休日にしてくれるそうだ。
そう言われてしまうと、少しはヤル気も出てくるというもの。
働き詰めで疲れきっていたモレックの表情もわずかに明るくなる。

丸一日お休み!と喜んでいるところに水を差してしまうが、20日連続勤務がまずおかしい。
それに気付かないくらい勤務感覚が麻痺してきているモレックは、立派な社畜だ。
シェラトニカの采配勝ちである。

難儀な男だな、と考えるイヴァン。
どうでもいいや、と思考を切り替えると、ささっと身支度を整える。

楽しい遠征になりそうだ。

 

 

 

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