72:お説教1

部屋に戻ってきたレナは称号を解除して、重い重ーいため息をついた。幼い従魔たちとルーカは苦笑している。モスラは主人のため息の理由についていまいちピンと来ないようで、首を傾げていた。パトリシアは相変わらず口元を押さえてぐったりベッドに横になっていて、とても気分が悪そう。

モスラの大活躍によりエンペラー・クラーケンの脅威は去った。圧勝であった。
喜びに沸く船上に魔人族姿のモスラが降り立ったことにより、主人であるレナは説明展開から逃れられなくなってしまった…。気高い女王様の振る舞いでまたもや信者を獲得するかと思われたが、ここは船長が気を利かせてくれた。操縦をいったん副船長にまかせて、功労者たちを労わろうと甲板に姿を現したのである。

「皆さん、とんでもない脅威をよくぞ退けて下さいました……!
船員全てを代表し、船長である私がまず御礼申し上げます。本当にありがとうございました。貴方方は皆、素晴らしい勇者だ。
とくにそちらの魔物使いのお嬢さん、貴方には丁重にお礼を申し上げなくてはならない。
跪いている紅目の青年は貴方の従魔、赤と黒の大きな蝶々がこの方…ということで間違いはございませんか? あっぱれな大活躍でしたな。
あのような壮絶な戦いをよもや目にする事になろうとは…恥ずかしながら、私自身この船と命運を共にすることになるかと覚悟した瞬間もございましたが、窮地を助けて頂きありがとうございます。
そちらのエプロンの少年は随分と具合が悪そうだ。お疲れでしょうし、甲板の片付けは我々船員に任せて皆さまはお部屋でお休み下さい。
冒険者様方、本日はお疲れ様でした。
本船のサービスで各部屋にお飲み物をお持ち致しますので、どうぞごゆっくりとお寛(くつろ)ぎ下さいませ」

レナたちは船長直々に名指しでお褒めの言葉と、敬礼を頂いてしまった……。
▽レナとモスラは 注目を 集めている!
結局さらに目立ってしまったわけだが、この場で詳しい説明を求められず、部屋に退散していいと言われたのはありがたい。もう少し目立たないようにしてもらいたかったが……ド派手な活躍をしてのけたレナたちがまさか「目立ちたくない」などと考えているとは、船長も予想できなかったのだ。

「あら、ありがとう。ふふ、私の従魔は素晴らしいでしょう! この子も一時的にこの船に滞在させてもらいたいのだけれど。お願いできるかしら?」

「……もちろん。恩人を放り出すことなど致しません」

この時、レナはまだ女王様だった。
少女がまさかの女王様対応をしてみせたことで、船長は驚き、動揺している。
勝気な笑みを浮かべたレナは、モスラの頭を軽く撫でてやる。意外と柔らかい黒髪の質感が気持ちよかったらしく、少しの間撫で続けていた。
その行為に感激したのであろう、モスラの背景にふわっと薔薇が咲く幻覚が見える……耳を淡く赤く染めて嬉しそうに微笑む様子は、世の女性全てを虜にするであろう圧巻の美しさ。美形ってスゲェ、と甲板にいる皆が戦慄した。双子エルフが「いつか自分たちも!」とはしゃいでいる。

「お褒め頂き、大変光栄です、レナ様……!」

熱い視線を真正面から向けられたレナの様子? ウチの子最高に可愛い! と大喜び! かなり特殊な感性……は今更か。
先輩従魔たちも輪に加わり、みごとな主従薔薇色空間が出来上がっている。誰も声をかけることができない……ただ眩しそうに主従を見つめるのみだ。
そんな時に、いつも貧乏クジ…失礼、フォローしてくれるのがルーカ先生! 困り顔になっている船長に静かに話しかける。このような展開など慣れたものだ。

「質問をよろしいでしょうか。黒髪紅目の彼がどれだけ滞在することになるかは、相談してみないと分かりませんが……青年が泊まるための余分な部屋はありませんよね?」

「……そうですね。客室は全て埋まっていて、空きはございません。
ただ、もしご容赦いただけるのでしたら、船員の仮眠室の一室を清掃してお貸しすることが可能です。このような提案しか出来ず心苦しいですが…」

「ご配慮ありがとうございます。そのように彼に伝えてみます。では、お言葉に甘えさせて頂いて、一旦今の客室に戻らせて頂いても?」

「是非。ゆっくりお休み下さいませ」

是非、あの主従をそろそろどうにかしてもらいたい。
このままここに留まられていると、討伐したイカの回収作業が出来ないのだ。しかし一番の功労者であるし、幸せそうなので、追い出すような言葉をかけることははばかられたのである。船長は「また後ほど詳しい事情をお聞かせ下さい」とちゃっかり申告していた。

親バカ主人バカを発動してかなり空気が読めていなかった主従を、ルーカが上手く促し、ようやく全員で部屋に戻る。結構な大所帯だ。
レナたちが泊まっている客室に向かう。全身イカ臭いまま部屋に戻るわけにもいかないので、共同のシャワー室で身体を清めていく。いきなり謎の美形が出現したことで軽く騒ぎになり、船内廊下を歩くのはなかなか大変だった。

その後、甲板では、たまに怪獣大戦争の話題になりつつも、一生懸命エンペラー・クラーケンの水揚げが行われていたと言っておこう。
まだ精力的に作業を手伝っている冒険者もいるが、大半はくたくたの身体を引きずって部屋に戻っていた。
船員たちは頼もしくも己のマッスルボディに鞭打ち、イカの引き上げ作業に追われている。皆、揃って晴れやかな顔をしていた。
かくして、男たちの笑顔はレナの黒歴史増加と引き換えに守られたのだった。

***

客室のレナたちの実況に戻ろう。
青白い顔をしたパトリシアがベッドに横になっていて、レナ、ルーカ、モスラはそれぞれ一人掛けのイスかソファに座っている。
小さな従魔たちは、迫力満点の戦闘を見せられて魔物として気持ちが昂ぶっているらしく、ソワソワ落ち着かない。誰かの膝の上を気ままに移動していた。
船員が持ってきたグレープフルーツジュースを、レナがパトリシアに飲ませてやる。

「大丈夫……? あの戦闘中のモスラの背に乗ってたなんて、本当、よく無事だったよねぇ……。お疲れさまー」

「おーぅ……ありがとー……ここで死ぬかと思ったけど、なんとか生きてたわ……」

パトリシアがこくん、とジュースを口に含む。さっぱりした味は彼女の好みだったようで、少し上体を起こしてコップ半分ほどを一気に飲み干してしまった。ごきゅん、と大きく喉が鳴る。漢らしい。

「もし私の背から落ちてしまっても、風の衣で包んで空中待機させられるとは言ってあったのですけどね?
レベルが上がって、精霊様の風の加護もついて、やれることの範囲がかなり広くなりましたから。
でも、やっぱり貴方でも怖かったですか?」

「当たり前だバカヤロウ……!」

笑いを含みながら放たれたモスラの軽口に、少々語気を強めて返答するパトリシア。
すると「はい、元気になりましたね」と笑顔で返されてしまった……。かなりの鬼畜介抱である。
たまにスチュアート邸で執事バイトをしているパトリシアは、口上手な先輩執事にはとても歯が立たないようだ。
脱力したように枕に突っ伏したパトリシアの頭を、レナが苦笑しながら撫でる。
パトリシアは、このままいいようにやられっぱなしは悔しいなぁ、と考え即席で策を練ったらしい。にや、といやらしく笑った。

「…そーいえばぁ。レナー、知ってるー? 今日、モスラ髪セットしてないじゃん。
それってさ、レナに褒められて頭撫でられる時のためなんだぜー。今度会ったらモスラを撫でようってレナが言ったから、大喜びしててさぁ。
髪の手入れめちゃめちゃ頑張って、美髪オイルまでアリスに融通してもらってたり! おかげで触り心地よかったっしょ? もう微笑ましいったらないよねーー!ぷぷっ、希望が叶って良かったなぁーー」

▽パトリシアの 反撃!
レナが驚いた顔でモスラを見つめる。
モスラの形の整った眉がピクリ、と動いた。

「……そうですね、レナ様の手を整髪剤などで汚してしまうわけにはいきませんから。今回こそ主人の力になれて、お褒めのお言葉を頂戴し、大変嬉しく思っておりますよ。ところで、“前回”につきましては後でお話がございますレナ様。ネイチャーさん…」

▽モスラの 反撃!

「やめろよ寂しいじゃん!苗字にさん付けとか、そんな他人行儀な!」

▽パトリシアの精神に 大ダメージ!

「OHANASHI……!?」

▽レナの精神に 大ダメージ!
我が子のいじらしい努力に感動して、さっそくまた髪に触れようとしていたレナの手がぴたっと止まってしまった。
モスラは主人ににっこりと笑いかけ「後ほど、宜しくお願い致します」と告げてやんわりと手を下ろさせる。静かにパトリシアに向き直る。

「話はまだ終わっていませんよ、ネイチャーさん。人が話している最中に横入りしてしまうのは、貴方の悪いクセだと言えます。お気をつけください。
それに、他人行儀だなんてそんな……また一緒に空中散歩をしましょう、とお誘いするつもりでしたのに。いかがですか? 友人特典で、風の膜で覆って雲の上までお連れ致しますよ」

▽モスラの 会心の一撃!
▽パトリシアは 再び枕に沈んだ…

「断る…!うう、まいった、もう勘弁。いい加減パトリシアって呼んでくれっ」

「はい、パトリシア。ではこの辺でやめておきますね」

またしてもひとり勝ちしたモスラは実に満足そうである。
軽口で応酬し合う二人は、執事として共に仕事をするうちにかなり親睦を深めていたようだ。
厄介な余波をくらったレナは「運が悪いのはルーカさんの専売特許なのに…!」とうっかり考えてしまい、ルーカにお察しされて、あとで布教という制裁をくらうことになる。散々な目にあってしまった。

いわゆる“運の悪さに定評のありすぎる”ルーカは、なんとか持ち直したパトリシアに訝しげな目を向けられてしまう。パトリシアの、もともと鋭い目はさらにきつく細められており、不審者を警戒しているんだ!と言わんばかり…。
あからさまに表情には出していないものの、モスラも同様に黒髪ジミメンを疑惑の目で見ている。
その警戒は至極正しいものだと理解していたルーカは、射殺すような視線を真正面から受け止めた。
このような目を向けられることには慣れている。動揺はしていない。

次の瞬間、小さな従魔たちがパトリシアの上にどさどさと降ってきた。

「うわっぷっ……!? な、なになに!?」

『ルカ坊を睨む悪い子は〜……だ〜れ〜だ〜』
『お主か〜……お主だな〜……?』

『そんなに…警戒しなくても、大丈夫だよ。私が…ちゃんと、魂が善人かどうか、ちくいち、確認してるからねっ』

『あの人は、一緒にいても別に問題ないよー。あえてどんな人かって言えば、間が悪くて覗き魔で情報通でテクニシャンかなー?』

「ルーカ先生はいつも私たちを助けてくれるいい人だよ」

「まてまてまてまて。私はあんたらの声が理解できないから。なんとなく何言いたいのかは分かるけどさぁ……クーイズ、腹の上でジャンプやめて!吐くよ!?」

『『きゃーーっ! 逃げろ逃げろーーっ!』』

「なんなんだ……うへぇ……」

従魔たちに弄ばれたパトリシアは胡乱な声で呟いた。しかし、あの黒髪ジミメンを庇ったのだろう、とは予測できる。少しバツが悪そうな表情になった。
パトリシアがモスラにチラリと視線を向けてみると、ハマルの言葉を理解してしまったため嫌そうな表情をしている。
さすがの彼も、あれを聞いてポーカーフェイスを維持できなかったようだ。

「貴方がどういった人物なのか…まるで予測できませんね…。ただ、よほど変わった方のようですが…」

苦い声音で一言。精一杯言い回しに気を使っているが、頭の中には“ヘンタイ”の文字が躍っている。致し方ないだろう。
言葉の真意をいち早く察したルーカがため息を吐いて、ハマルを軽く小突く。

「言い方、もうちょっと何とかならなかったの…? リリーを見習ってほしいな」

『えー。嘘は言ってないもーん』

この反応、先ほどの誤解を招きかねない物言いはワザとだったようだ。ハマルは後で快楽の指先攻撃をくらって骨抜きにされた、と言っておこう。
…しかしこうして仲間に庇われたのはとても嬉しい。ルーカは「ありがと」と小さく呟いて、現在の幸せを噛み締めた。

「ねー。結局さ、アンタ、誰なわけぇ?」

パトリシアが先程より少しだけ目つきを和らげて、ルーカに問う。
トイリアにいる仲間の魔法使い、ジーンとまるで同じ容姿なのだから気にするなと言う方が無理な話だ。レナと旅を共にしている男性、ということでただでさえ警戒対象だというのに。ヒト族なのに猫耳だし、あの光の聖結界を張ったのは彼だとか。かなり特異な存在だと正しく認識している。

ルーカはリリーに一言言づけて、あっさりと黒髪ジミメンの[幻覚]を解いてみせた。
あらわになる、蜜のような艶やかな金髪と珍しい紫眼。整った品のある美貌。

「げえっ…!?」
「うわぁ…」

パトリシアとモスラがこの上なく嫌そうな顔になる。この見た目、絶対訳アリだ!
なぜこうも厄介な者を引き寄せてしまうのか…と、かなり同情した目でレナを見つめた。
前回のラチェリ事件に関するOHANASHI、それに新たなパーティメンバーに対する懸念、と積まれていくお説教に怯えていたレナは冷や汗を流しながら一生懸命ごまかしの笑顔を浮かべている。
おかげで、レナが進んで彼を仲間に招きいれたのだとバレてしまった…。

「レーナ。こっちおいで」

上体を起こしたパトリシアが笑顔で、ベッド上をポンポンドスンッ!と軽めに叩く。持ち前の【剛腕】によりかなりの強打となってしまった。ベッドが粉砕されなくて良かった。

「では私があちらまでエスコート致しましょう。レナ様、お手を」

イスからベッドまでの短い距離にエスコートなど必要ない。しかし、レナは自然な動きでスルリと手をとられてしまう。
▽レナは 逃げられない!
▽ベッド上で パトリシアにホールドされた!くすぐり攻撃!

「ひひぇひぇひぇ…!? パトリシアちゃんやめて無理無理ぃ、ギブアップ!ごめーんってば、うひゃああーーっ!」

身をよじり悶え続けるレナには、多少の制裁がかかったと言えよう。ルーカをパーティメンバーに招いた事については、だが。
心配したように事の成り行きを見守っている先輩従魔たちに向けて、モスラは「大丈夫ですよ。心得ております」と告げると、ルーカをじっと見つめる。

「レナ様と先輩方が貴方を認めている以上、この旅の同行について私から口出しをすることはございません。
ただ、従魔が主人を、パトリシアが友人を大切に思う気持ちをどうかご理解頂きたく。事情をきちんと説明して下さいますね?」

紅眼と紫眼が互いの色を写しあう。
ふっ、とルーカの唇が弧を描いた。

「もちろん。そのつもりでいるよ。全て話そう、そのために変装を解いたんだから」

落ち着いた声で返答する。
パトリシアのくすぐり攻撃がようやく収まり、レナがぜえはあと荒く息を吐きながらベッドに崩れ落ちた。
パトリシアとモスラの二人に穴が空くほど鋭く見つめられながら、ルーカは己の生い立ちから、レナたちとの出会い、驚愕の能力、そしてここに至るまでをざっくりと語り始めた。

***

ルーカが旅の同行者となったいきさつを全て聞き終えたパトリシアとモスラは、大変疲れた顔をしている。
なんという厄介事を背負いこんでいるんだ…レナは実は隠れたマゾヒストなのではないだろうか…との疑念を抱いた程である。安心してほしい、どちらかと言えば真逆の存在である。そうでなければ信者など生まれない。

よりにもよって、同行者ルーカティアスはあのガララージュレ王国の元王子らしい。それも、本国より正式に死亡説が流されているとはいえ一度は死に物狂いで捜索されていた【☆7】ギフト所有者だと…。これはひどい。
確かに才能豊かで、旅の仲間としてはとても頼りにはなるだろう。しかしそれ以上に、トラブルに巻き込まれるリスクが高すぎる!

そのような者と知り合いになった経緯も、レナの特殊体質、従魔の特異さを考えれば至極納得のいくものだったが、だからこそ頭が痛い…。レナが異世界からやってきた人物だ、というところが極め付けの頭痛の種だった。
従魔は皆事情を知っているのにモスラにだけ話さない訳にも、とレナが恐る恐る申し出たことで、ルーカの[テレパシー]で異世界に関する全ての事情が説明されたのである。 故郷に帰るつもりはない、とレナが補足した事で、安堵した自分がいたことをモスラとパトリシアは自覚し、少し申し訳なく思った。
ルーカが勇者召喚の魔法実験に大きく貢献させられていた、と告げられた時には、パトリシアは拳を思い切りぎゅっと握りしめたが…感情にまかせて殴りかかることはなかった。
このやろう!お前のせいでレナは死にそうな目にあったのか!と激しい怒りを抱いたが、ここで彼を殴ったところで誰も幸せにならないと理解し、衝動を抑えたのである。
後で何かしらの制裁してやろう、と心に決めて、おとなしく話を聞き続けた。眼を細めたモスラとて同様だ。

…………。
難しい顔、困った顔になってしまった4名を気遣い、先輩従魔一同が『疲れてるみたいだからみんなでお昼寝しようよー!』と声をかける。
巨大化して床にころりと転がったハマルのやわらかーいお腹をベッドにして、皆で1時間ほどぐっすりと[快眠]した。
いわゆるふて寝だったが、起きた時には程よく気持ちがリフレッシュされていて、疲れもすっかり消えている。
気持ちを切り替えなければやってられないな、と苦笑した後、大人組は今度こそ落ち着いて話し合いを始めた。幼い従魔たちはまだくぅくぅと寝息を立てて眠っている。

「なあ、アンタさ、目立ちたくないからジーンの変装してたってのはよく分かるよ?あいつひたすら地味だからなー。…で、その姿で何かやらかさなかった?」

さっそく話が脱線している。いやいや、ジーンの事も気にしてやるべきなのだ。

「? 普通に生活してたつもりだけどな。そのジーンさんに何かあったの?」

「唐突に[マゾヒスト][ロリコン]なんて称号を授けられちまったんだよ……そのことで何か心当たり、……あるんだな!? その顔は何かを確信してるな!? ちくしょう、よくもジーンを…っ!」

「あーうん…。ごめんね。多分だけど、マゾヒストはレナ関連、ロリコンもレナ関連かな」

「こ、この変態!」

「否定しておくね。この20代後半の見た目と、歳より幼く見られがちなレナとの組み合わせがまずかったのかもしれない。
僕が何か行動を起こしたわけじゃないから安心して。むしろ叩かれたりした方だから」

「じゃあ原因は……レーナー。お前、何やってたんだ…」

「私に全部被せてくるのやめて下さいルーカさん!パトリシアちゃんの誤解がひどいことに!」

「誤解ではないけど、過剰に反応されてしまっているね。
まあ、そもそも全ての原因は他人の姿をそっくりそのまま映してしまった事だから、今後改善してみよう。目元をちょっといじって、泣きぼくろを反対位置に付けたら印象が変わるし、もうジーンさんが影響を受ける事はなくなるはずだよ」

「そんな簡単でいいのかよ…ラナシュ……。
いや、マゾヒストは別に良かったんだよ。良くないけど。ロリコンの方がなぁ。
…あいつ歳上のルルゥに惚れてるだろ。ルルゥもまんざらじゃないっぽかったんだけど、ロリコンの称号が付いたことでジーンとお互いにぎくしゃくしちゃってさ」

「「うわぁごめん」」

随分とひどい状況に陥れてしまっていたらしい。
災難に見舞われたジーンとルルゥについては、パトリシアがトイリアに帰った際におかしな称号の原因について説明するということで話がついた。早急に関係が改善され、さらに進展することを祈るばかりである。

「パトリシアちゃんはそもそもどうしてモスラに同行してたの?もちろん、久しぶりに会えて嬉しいけれど」

今度は、レナがパトリシアに問う。
パトリシアは「そういえばそうだった」と言って、肩掛けバッグからひとまわり小さい金属製の鞄を取り出す。見覚えがあるな、とレナは思った。花職人の大事な商売道具、品種改良した種を保存しておく特別な鞄である。パトリシアはエプロンに刺繍されたお花の刺繍をつん、と指先でつついた。

「ちわーーっす、フラワーショップネイチャーでーっす!花の種をお届けにあがりやしたー、ってな。
ラチェリでマッチョマンの種使っちまったんだろ。補充が必要だろうと思って、新作の種を届けに来たんだよ。
レナのとこ行く時は誘ってくれってあらかじめモスラにお願いしてあったんだけど…まさかクラーケン戦になだれ込むとは想像もしてなかったなァ…」

パトリシアは遠い目をして、背に哀愁を漂わせている。

「お、お疲れさま。うわぁ、ありがとう! マッチョマンの種があるといざという時に安心なんだー。すごく助かる。ラチェリでも呪術師を追い払うのに大活躍してくれたんだよ!……ハッ」

「構いませんよレナ様。どうぞ続けて下さいませ。私とアリス様からのお話は、後ほど聞いて頂ければ」

暗黒微笑、と言いたくなる微笑みである。背景に般若(アリス)が見えている。
▽レナは 墓穴を掘った!
まさしく墓穴、というか地獄の門というか。

「お話案件が増えたーーー!?」

「あー、まあ、そうだなぁ。レナ。アリスからの預かり物も持ってきてるから、花の種と一緒にまとめて渡すわ。ちょっと待ってて…マジックバッグちょーだい、モスラ」

「どうぞ」

パトリシアはモスラから、赤色の可愛らしいリュックサックを受け取った。
長さの調節できる華奢な肩紐がとても女の子らしくて、白い糸でロマンチックな小花の刺繍が施されている。レナたちの持つシンプルな見た目のマジックバッグと比べて、随分と凝った見た目。品が良くて高級そうだな、さすがアリスちゃん、とレナは感心した。

「このリュックも中の物も、全部レナの物だから。赤色アイテム欲しいって言ってただろ。アリス張り切っちゃってさー」

「はうっ!?」

「…色々あるぜ。赤い、強烈に呪われた魔道具…」

なんとも心臓に悪い言葉を聞いてしまった……高級アイテムを手にしたパトリシアは青ざめていて、あからさまに「中のアイテム群やばいぜ」とにおわせている。

頭を抱えたレナを、どこかに逃亡してしまう前にとしっかり腕の中に確保して、パトリシアは男性2人をいったん部屋の外に追い出した。ハマルはまだ幼児なので許容範囲とする。
モスラはこの行動の訳を把握しているようだが、ルーカは目を丸くして、突然の展開に驚いていた。
扉の隙間から顔の半分を覗かせたパトリシアは、顔の下あたりで指でばってんを作ってみせ、ルーカを見下ろす。

「…今からレナに赤色魔道具を見せて、効果を説明するから。アンタたちは部屋にいちゃダメ」

「そうなの? 僕なら魔道具の情報を誰よりも詳しく視ることができるけど。部屋に入れてくれないの?」

「ダメ!」

「そっか。じゃあ仕方ないね」

どうやら、男性陣には見せられないものが披露されるらしい。
まぁ、必要とあらば後でレナが聞いてくるだろう、と考えたルーカはあっさりと引き下がった。

うむ、と頷いたパトリシアは部屋の扉を閉めてガチャッ、と鍵までかける。

自分より格段に男っぽいパトリシアが乙女の花園にいるなんて不思議、なんて大変失礼なことを思考していたルーカは、ふと冷たい視線を感じて隣を見上げた。
長身のモスラが紅色の瞳をゆっくりと笑みの形にしてみせ、ルーカを見下ろす。見るものの体温を下げるような、一切熱のない作り物めいた笑い方である。

「お待たせしました。私から貴方に、話しておかねばならないことがあります」

「…旅の同行については口出ししない、ってさっき発言してたよね」

「ええ。先輩方が貴方を仲間だと認めているのですから、同行することには私も異論はございません。たとえ貴方が某王国の……だとしても。そこまで出しゃばるつもりはありませんよ。
ただ、先輩方は皆、とても純粋な魔物です。生まれてからまだ数ヶ月しか経っておりません。
貴方の魂は確かに黒く染まってはいないのでしょう。
しかし、年長者である私は貴方に対して、違う警告を行わなければならないと感じておりまして」

「んー、まあ、貴方はその辺も気にするか。うん、普通はそうなんだよね。常識がかみあうこの感覚って久しぶりだな……いいよ。話し合おう」

「ありがとうございます。では、貴方の部屋に参りましょうか」

モスラはざっと周辺の部屋のドアを見渡した。どこがルーカの部屋なのか、と問いかける視線を投げかける。

「…………うん。ここなんだよね」

「…………今、なんと?」

ルーカは大変気まずそうな顔で、先ほどパトリシアがドアを閉めた、レナの泊まる客室を指差している。
なんだと。信じたくない。基本的にポーカーフェイスなモスラの表情がひく、と引きつる。
そのまま、一瞬の沈黙が訪れる…耐えきれず、ルーカは重い口を開いた。

「……えーーっとね、ほんと申し訳ないんだけど。僕もレナたちと同じ部屋に泊まってるんだ。 ふた部屋取るよりも安くなるからって。
一応告げておくけど、皆納得してくれてるよ?野宿する時と状況は変わらないし。……いや、ほんとごめん」

「…ええ、ええ、そうでしょうね。全員納得して、なかよく枕を並べていたのでしょう。おそらく節約家のレナ様のご提案なのでしょうね…。……また一つ、お説教案件が増えてしまいました。はあ」

「うん、申し訳ないけど、そういうことなんだ。
だから貴方と話し合うなら別の場所を探そうと思う。ちょっと場所を考えてみるね。…そんな絶望的な顔させてごめん」

「よく謝るお方ですね。意外です。…生い立ちを考えると、もっと高慢な振る舞いをしてもおかしくないと考えましたが」

「親のようにはなりたくないんだ。
嬉しいことがあればまっすぐに感謝の気持ちを伝えたいし、悪いことをしたら謝って、まっとうに生きたい」

「………辛いことを言わせてしまって申し訳ありません。今の発言は完全に私の八つ当たりです」

「いいよ。僕の謝りクセはちょっと大げさらしいから、気になるよね。よくリリーに根暗だって言われるんだ」

ルーカは耳をペタンと伏せさせながら、クスリと苦笑してみせた。
モスラから思わぬ話を振られたが、レナが男性と旅する事についてきちんと話し合うという意見には賛成である。
モスラも旅の同行には反対していないようだし、それならば自分が不満を訴える道理もない。

落ち着ける場所を探して、廊下を見渡し[透視]を発動させかけたルーカだが……ピキリ!と身体を硬直させた。
不思議に思ったモスラが、彼の視線の先に目を向けると……廊下の端やら各部屋のドアの隙間やらから、およそ十数人もの人々が美男子2名に熱い好奇の眼差しを向けている!ギラギラと瞳を光らせている女性もいた。
現在、ルーカのジミメン[幻覚]は解かれている。つまり、熱のこもった視線は猫耳金髪青年にもビシバシ注がれている…ということだ。数々のトラウマが蘇る。

▽ルーカは 恐慌状態におちいった!

「…ごめん!パトリシアここ開けて!お願い開けて!リリーに会わせてぇ……ッ!」

乙女たちが集う一室のドアを必死でドンドンドンドンッ!と殴打するルーカ。その鬼気迫った様子はとても優雅な元王子様には見えない。
一体どうしたというんだ、とモスラが困惑の表情で眉をひそめる。
ギャラリーたちはルーカの叫びを聞いて「中にいる女性と修羅場の最中なのか!?締め出されたのか!?」と一層耳をそばだて始めた。余計な誤解が船内に広がっている。
ルーカの切実な訴えは結局聞き届けられる事はなく、無情にも、ドアが再び開けられる事はなかった……。

その直後。じり…じり…と距離を詰めてきていたお嬢さん方に恐怖心がマックスになったルーカは、モスラと共に駆け出し、落ち着ける場所を探して船内廊下をひた走り、やがて最も落ち着けないであろう双子エルフの客室を訪れてしまった。うっかりである。ルーカには友達が少ない、つまり選択肢が限られているのだ。

レナとルーカ、どちらもが閉ざされた部屋でお説教を受けることになってしまった。
解放された時、二人はお説教が終わってホッとしているのか、それとも…体力を絞り尽くされて息も絶え絶えに撃沈しているのか。それについては、もうしばらくお待ちいただきたい。

▽Next! おはなししーましょ

 

 

 

pixiv fanbox

 こちらにはイラストまとめ、創作裏話、ホームページ制作の記事を書いています。ぜひお楽しみいただけますように。
 100円ご支援いただけることは、書籍一冊買ってくださったのと同じ助けになります。
みなさまいつも応援ありがとうございます!