71:海上の戦い

甲板(かんぱん)には続々とイカモンスターが釣り上げられている。
攻撃を加えられた後なのでぐったりと伸びており、白く丸々とした腹を晒して、あとは保管庫に運ばれるのを待つのみだ。
まだ息があるモンスターには、船上で待機している近距離型冒険者たちの渾身の攻撃が加えられていく。ムキムキ船員のド迫力の肘落としがキマると、船内で戦闘を見守る観客から大きな歓声が上がった。

レナは[鼓舞]スキルでスライムを応援し、クーイズがイカの口から体内に入り込んで内部を溶かしていく。ゼリーボディにイカ墨袋のみを保存して体外にでてくる方法が実に有益だとみなされて、多くのイカモンスターがクーイズの目の前に並べられた。夕飯はイカ墨料理になる、とのこと。
有毒な内臓は食べていいと言われたので、クーイズも嬉々としてイカモンスターに飛びかかっている。

今回ハマルとリリーは補助要員。
仕留めの甘いイカモンスターが水揚げされた場合に、[快眠]、[幻覚]スキルで誰かが攻撃される事がないようフォローにまわっている。強力なスキルを使って目立つことをレナが望まなかったため、ささやかな活躍となった。
ルーカも同様に[感電]スキルを使いモンスターを失神させて、他の冒険者に見せ場を譲っている。
レナたちが真に対応すべきは、これらの小型のイカモンスターではないのだ…。

イカモンスターは数種類が水揚げされている。
タコと見まごう赤茶色のクレナイスルメ(身が硬めで味が濃い。毒手持ち)、小さなシラユキイカ(やわらかくてお刺身向き、目くらましを仕掛けてくる)、好戦的な突撃イカ(高級食材。弾丸のように泳いで海中から体当たりしてくるため、船の大敵)…などなど。複数のイカの群れがたまたまかち合ったところに運良く居合わせたらしい。
レナと”運”の組み合わせはたいてい喜劇しか生まないので、今回も期待したいところである。

「お嬢ちゃんたち、フォローがうまいね!
こうして補助を専門に請け負ってくれる人がいるとすごく効率がいいな、助かるよー」

近くにいた仕留め係の船員がレナに話しかけてきた。
レナはスマートに対応する。

「少しでもお役に立てたなら光栄です。私たちは攻撃より補助の方が得意なので、できることをやっているだけですよ」

大嘘である。ハマルの突進にリリーの吸血、スライムの溶解、ルーカの雷剣ととんでもない重火力パーティである。女王レナ様に関してはフォロー専門と言えなくもない。悪党の心を完膚なきまでに粉砕し、マゾヒストを量産することに長けている。
船員は快活に笑った。

「かなり世渡り上手みたいだね!はっははは!
あの弓使いのお兄ちゃんたちも仲間なのかい?健闘してくれているよ」

レナは、船のヘリ近くで大弓をかまえてイカモンスターを射続ける、ライアンとオーウェンに視線を移した。普段は子供っぽくて騒々しいエルフ兄弟だが、さすが上位冒険者だけあって射手(いて)としてはかなり優秀。真剣な表情で静かにモンスターを見つめ、胴体を確実に射止めていく。
今は実物の矢を使っておらず、威力が低めな弓スキル[光矢]を連発してダメージの蓄積を優先させていた。凝縮された光でモンスターを焦がしながら射抜いているのだ。
彼らの弓が向く先には、多数のイカモンスターが腹を見せてぷかぷか海面に浮かんでいる。
レナも双子エルフを見直したようだ。

「すごいですねぇ」

「ああ、いい腕だな。一緒に船員として働いてくれたらすごく漁が捗るだろうな。試しに勧誘してみるかな?いや、苦労もしょい込みそうだが」

「あはは」

船員はかなりちゃめっ気がある人物らしい。どこか緊張していた様子のレナを自然に笑わせてみせると、してやったりとばかりにニカッと笑った。
船員の態度から、自身が知らず緊張していたことを自覚したレナは目をぱちくりさせて、ありがとうございます、と微笑んだ。

『『ウマウマーー!……あっ!?』』

「!?きゃっ…!」

▽モンゴウゾンビが 現れた!
▽レナを ロックオン!
▽モンゴウゾンビの 毒手攻め!

クーイズがイカ墨袋のみを体内に保存して内臓を溶かしつくし、一匹のイカの体内から出てきた瞬間……死亡したはずのイカがゾンビとなり蘇る。
一番弱そうなヒト族めがけて襲いかかった!つまりはレナである。モンゴウゾンビの黒紫の手がうねうねと少女めがけて伸ばされる…!

『スキル[魔吸結界]!』
『スキル[夢吐き]…束縛の夢、後頭両手縛りー!頭垂れよー』

ご主人様の悲劇など、従魔たちが許すはずがなかった。
リリーの結界によりレナが守られ、結界に毒素を吸収されたイカの手は、ハマルが保存していた夢により見事に縛りあげられる。ハマルの尻尾からもくもくと夢産の縄が伸びており、全ての手をぎゅぎゅっときつく縛りあげた。

▽モンゴウゾンビは 動けない!

「ゾンビ化したイカモンスターはもう食用にはならないようですね。処理してしまっても構いませんか?」

「あ、ああ…」

「スキル[雷剣]」

抜け目なく船員から攻撃許可を得たルーカは魔剣をモンゴウゾンビに深々と突き刺し、バチバチィッ!と強烈な雷を浴びせる。雷を圧縮していたので一瞬ピカッと光っただけだったが、体長1メートルのモンゴウゾンビの脳部分が消し炭になってしまった。
雷の威力を間近で見てしまった船員の顔が引きつっている。先ほど、パーティの攻撃力について嘘をついたレナがとっても気まずそうな顔になる。
ルーカが神妙に告げた。

「このイカモンスターの体内には寄生型魔物”アニザラキス”がいたようです…。寄生したモンスターが死んだ場合に身体をゾンビ化させて乗っ取るという特性を持っていますね。
今回のイカモンスターの群れはかなり大きなもの。数の分だけ寄生魔物付きの個体が紛れているのかもしれません。気をつけましょう…」

ルーカの目は、モンゴウゾンビの脳内で不気味に蠢(うごめ)く魔物の姿を捉えていた。
アニザラキスは海洋生物の脳に寄生するため、クーイズの捕食範囲からは外れており、食事中に発見されなかったらしい。
船員がぼりぼりと頭をかき、苦い声を出す。

「そうだよなぁ…アニザラキス付きの海洋モンスターは珍しいんだが、この大群だもんな。数匹は寄生された個体が紛れていてもおかしくないか…。
ん、ありがとな黒髪の兄さん。あんたの攻撃も大したもんだよ。船内放送をかけてくる」

「よろしくお願いします」

「あ!すみません…私の蝶々の従魔がこちらに向かっているので、見かけても攻撃しないよう、その件もアナウンスして頂けないでしょうか?かなり大きい子なので、敵だと思われて撃墜されないか心配なんです…」

船内に引き返しかけた船員をあわてて呼びとめたレナが、モスラの件についてお願いする。
船員は申し出をこころよく引き受けると、今度こそ甲板を後にした。

寄生魔物がいる可能性については大急ぎで注意喚起しなければならない。ゾンビモンスターは強烈な毒を持ち、痛みに怯むこともなく好戦的でとても危険なのだ。

『レナぁー…ごめんね、もっと注意するべきだったよぅ』
『うう、グスン……危ない目に遭わせちゃった…』

ふるふる震えて落ち込むスライムたちに、レナは苦笑して、優しく言葉をかけてやる。

「私は大丈夫だったから…泣かなくていいんだよ。うん、寄生魔物って存在を知らなかったんだから仕方ないって。これから皆で気をつけていこう」

確かに、仲間のフォローが間に合わなかったらレナは毒手に巻き付かれて死んでいただろう。しかしだからと言って、イカの内臓溶かしを頑張っていたクレハとイズミを責めるのはおかしい。
冒険者としての経験が足りない分はこれから補っていくしかないのだ。規格外な実力があろうと、レナたちはまだまだ駆け出しの冒険者なのだから。
レナの優しい笑顔、後輩従魔とルーカの励ましにより、クーイズはようやく元気を取り戻した。

『『…うんっ、もう同じ手には引っかからないもんー!』』

「そうだね。皆で頑張ろう」

『『えいえいおーー!』』

「とりあえず、クレハとイズミにはこのゾンビイカの[溶解]をお願いしてもいいかな…?邪魔なだけだから全部喰べちゃっていいって、さっき船員さんが言ってくれたの」

『『わーーい!』』

悪喰のクーイズは大喜びでモンゴウゾンビに覆いかぶさり、さっそく捕食を開始した。
膨れ上がったキラキラジェルボディの内部でぐんぐんとイカが溶かされていく…正直かなりグロい。
派手な立ち振る舞いで結局目立ってしまったレナパーティをチラ見していたギャラリーは、一斉に目を逸らして、再び自分たちの作業に没頭した。
冒険者のステータスについて無遠慮に尋ねるのはマナー違反なので、甲板での作業が忙しいこともあり、詳しい事情を聞かれることはなさそうである。

バリスタでどんどんと水揚げされ続けるイカモンスター。
びちん!と甲板に叩きつけられると、うねうね身をよじるまだ息のある個体は冒険者たちに仕留められていく。
しかし冒険者も水鉄砲やらヌメヌメビンタやらで攻撃されているので、油断はできない。どちらも生き残るため、食料を得るために真剣なのだ。

船員たちがイカを保管庫に運ぶ速さが、水揚げの速度に追いつかなくなってきた時…。

ふいに、ぽつりぽつりと雨が降り始める。ドス黒い雲がもくもくと空に渦を巻き、湿気を多分に含んだイヤな風が海上に吹き荒れ始めた。
雲は海上の一部のみに不自然に出現しており、しだいに雨足を強めて海を荒らしていく。
これは…エンペラー・クラーケンの強力な種族ギフト[海の王者]によるもの。
まさかの事態に、船員の男たちが「まじかよ…」と顔を青ざめさせ、最大音量で警報音が鳴らされた。急遽、船内放送が響く。

<ーー緊急連絡です!
海中に海の王者”エンペラー・クラーケン”の存在を察知しました!
海を荒らす力を持った巨大で凶暴な魔物です。船を攻撃することもあるため、海上での警戒レベルは…S級!
本船は只今より、エンペラー・クラーケンの攻撃に備えて迎撃準備をしつつ、現在地から速やかに遠ざかります。
モンスターは船の前方に潜んでおりますので後退、迂回することになり航海予定が大幅に変更となりますが…どうかご了承下さいませ。逃亡を最優先致します。
乗客の皆様は船内の避難広間に集まり、くれぐれも甲板に出ないようお願い申し上げます。
現在漁に参加している冒険者の皆様につきましては…申し訳ありませんが、引き続きご協力をお願い致したく。
船長判断で船賃は特別に8割引とさせて頂きます。どうかご助力をよろしくお願い申し上げます。
ーー繰り返します!
海中に海の王者”エンペラー・クラーケン”の存在を察知しました…!>

「「「!?」」」

冒険者たちの間に緊張が走る。
戦いにくい海上での戦闘、相手は恐るべきS級モンスター。そのような者を相手にどれだけ健闘出来るだろうか…?と考え、最悪の事態すら頭をよぎり表情が強張る。
しかし、どれだけクラーケンが恐ろしくとも、万が一船が沈められてしまえば自らも命を散らせるしかないのだ。
戦うしかない。船内に戻りたいと申し出る冒険者は誰一人としていなかった。甲板にいる者は皆、勇者であった。

レナたちも表情を引き締める。
遠距離戦闘に特化した仲間はこちらに向かってきている最中、それまでなんとか船を持たせなければならない。
船が襲われないのが一番だが…そう都合良くはいかないだろう。クラーケンと戦う展開が運命だと言うのなら、より良い未来を手にできるよう頑張るのみだ。
ここからは戦力の出し惜しみはなし、と覚悟して、レナは深呼吸をして鞭を強く握りしめた。
海面に出現した大きな渦潮の中心をきつくにらむ。

「スキル[鼓舞]…魔力多めでいくよ! 皆、命大事に頑張りましょうー!」

ぐーーーん!と従魔たちのテンションが上がる。皆、瞳に力強い光をギラリと宿らせている。

『やったるでぇー!でもクーは海洋生物とは相性が悪いからぁ、レナの護衛をするね。まかせてー![超硬化]で盾になるのだ』

『いざとなれば[ファウンテン]してみるから、レナ、号令よろしくねー?』

「分かった。とりあえずは[氷のつぶて]がいいかな」

『モンスターの、視界を奪うのは…私の、お仕事なの。頑張るぞっ』

『周りの小さなイカモンスターは[周辺効果]+[快眠]で眠らせてみるよー。レナ様が[鼓舞]してくれたからー、効果範囲ひろーく出来ると思うー』

「エンペラー・クラーケンの思考は僕が読む。攻撃予測はまかせて。あとは…補助にまわろう」

黒髪魔法使いのジミーは[遠視][透視]能力持ちなのだと、渦潮が出現した時点で船員たちに申告済みである。
船員たちは短距離通信魔道具を持っているため、ルーカの得た情報は船内で共有することができる。

「了解です。モスラにも連絡しておかなくちゃね…スキル[伝令]。
“エンペラー・クラーケンが現れたから、これから船上で防衛戦に入ります。黒い雲の渦を目印にして助けに来てくれるかな?モスラの戦力を頼りにしてるの!”…っと。
よし!じゃ、まずは船員さんの指示を待とうか。それまではフォローね。勝手に動いて足並み崩しちゃうわけにはいかないから」

『『『『はーーい!』』』』

「ん、そうだね。…遠距離特化の冒険者たちは引き続き船の周辺の小型イカモンスターを攻撃してるし、今のところ手は足りてるみたい。…本命の出現に備えよう」

弓使いを始めとした遠距離攻撃特化の冒険者たちが、船周辺のモンスターに限定して攻撃を繰り返している。もちろん、漁は終了だ。
渦潮付近から逃げてきたイカモンスターがべったり船の壁に張り付き、重みが増して、船の歩みが鈍くなっている…。
ある程度の知能を持ったモンスターは船上が比較的安全であることを理解しているのだ。船の影に身を隠したり、船の速度にあやかり早急に逃亡しようと考えている個体もいる。
しかし、ヒト族たちも自分たちが生き残る事に必死である。
船壁に張り付いたイカモンスターをピンポイントで攻撃して引き剝がしたり、船に向かってきている魔物を牽制したり…と忙しく働いていた。
一般乗客の船内避難は完了したようだ。地球と違い、モンスターがうようよしている船外にボートで逃げだすという選択肢はありえない。

「「…右側面にリトル・クラーケンを確認、弓、射ますッ!スキル[ヘビー・ショット]!」」

ライアン&オーウェンが大弓に高威力の実矢を構えて、鋭く放つ。彼らはすでにかなりの数のイカモンスターを討伐していた。
次の標的は…白いボディ、青黒い模様が特徴的な大きいイカモンスター”リトル・クラーケン”。全長約3メートル。
リトルと名付けられているのは、これは全てのクラーケン種の進化元になるモンスターだから。…この種が現れたことで、渦潮の中にエンペラー・クラーケンがいることが確定したと言える。リトル・クラーケンは上位のクラーケン種と共に生活しているのだ。

高波により大きく揺れる船の甲板で足をふんばって、ルーカが海中を覗いてみると…まるでアリジゴクのように、波にさらわれた小型イカモンスターを渦潮の中心部で捕食している大きな影が視える。
足元がふらつき視点が定まらず、詳細なステータスまでは視ることがかなわなかったが、エンペラー・クラーケンがいると船員に伝えた。
別種のイカモンスターを捕食中だが、エンペラーの目は船の方を向いている、とも…。

リトル・クラーケンは強力な吸盤で船の側面に張り付き、甲板に登って来ようと蠢いていた。しかし双子エルフの矢で両眼、脳を潰されて、力なく海に落ちていく。さいわい、死亡したら吸盤の吸引力もなくなってしまうらしい。

「おう!?……ッチ、リトル・クラーケンに、エンペラー・クラーケンとは!たいがい予想はしていたが、実際にいると聞くと恐ろしいなぁ!?
リトルの方は、おそらく親の命令で船を襲いに来てやがる…まずいぞ…全力で船まわせェ、遠ざかれぇーー!
全船員に告ぐ。全力走行体制!風を起こすぞ!スキル[強風]!」

「「「おうッ!!スキル[強風]!」」」

ベテラン船員が声を張り上げて、号令をかける。それを合図にムキムキの男たちは見事にタイミングを合わせて[強風]スキルを発動させた。
下からナナメ上に向かって強烈な突風を人為的に起こし、大きな帆をパンッ!と張らせる。
船は一瞬海面からふわっと浮上すると、バチャンッッ!!と船底を海水に強く打ち付けさせた。この瞬間、張り付いたイカモンスターのほとんどを払いおとした。
そして一気に加速し、渦潮から遠ざかり始める。

ーー渦潮からはかなり距離があいた。
エンペラー・クラーケンは未だ海上に姿を見せていない。リトル・クラーケンも追いかけて来ていない。
ーー逃げ切れたのだろうか?…助かった?

冒険者たちは緊張を保ちつつも、表情にわずかな期待を滲ませている。
クレハに触手壁ドンされて帆の柱に縛り付けられていたレナも「もしかして?」とちょっぴり明るい表情になった。
しかし、口元を押さえながら険しい顔で船の後方を視るルーカに気付き、気を引き締め直す。レナから視線を送られていることに気づいたルーカは[テレパシー]を発動させた。

「(あの渦潮の下にはまだ、巨大なエンペラー・クラーケンがいる。ただ、移動していないのは慌てている僕らの様子を楽しんでいるからで、未だに船を狙ったままだ…。まだ脅威は脅威のまま。気をつけて)」

「(…!そうですか、まだまだ危険な状況なのですね…。…ところでルーカさん、なぜテレパシーをお使いに?何か、この会話を内緒にしなきゃいけない理由が?)」

「(…いや…さっき船が大きく揺れた時に舌噛んじゃって痛くて…それだけ…)」

「うわあ。緑魔法[ヒール]」

「ありがとう」

ルーカは気まずそうに視線をそらし猫耳を伏せている。こんな時でも悪運は彼を離してくれないようだ。

船はさらに渦潮から遠ざかる。
舌を治療されたルーカが船員に現状を伝え、皆が抜け目なく武器を構える中、渦潮の真上に存在していた黒い雲がその範囲を拡大し大雨を降らした。
甲板にいた皆がぐっしょりと濡れネズミになった時、ルーカの猫耳がピン!と立つ。

「…エンペラー・クラーケンが動きました!海のかなり深いところから足を伸ばして、船を捕らえようと目論んでいるようです!
大きな個体のため、こちらに近づく速度もとても速い…このまま船の勢いだけで逃げ切ることは不可能かと。攻撃の準備を!」

「……とのことだ、皆聞こえたなぁーー!? 立派なイカ焼き、イカ刺し、作ってやろうぜー!」

「「「おおおおおおおお!!」」」

船員と冒険者たちから、うっとおしい湿気を振り払うような気合いの怒声が上がる。

「乗客と船を守れなきゃあ船員の名折れよッ!絶対生きて帰るぞぉ!」

「あたぼーよぉ!バリスタの矢も対魔物仕様に変更済みだ。一番威力高いやつな!いつでもイケるぜ。黒髪のにーちゃん、場所とタイミングの指示頼む!」

船員たちは、冒険者の力を適材適所で借りることを徹底教育されている。ちっぽけなプライドの優先など許されない。
長年海上で働いている自らの経験ももちろん軽んじてはいけないが、せっかく敵の動きを視ることができる者がいるのなら、その者に戦闘の指示を請う、とても柔軟な対応をとった。
もちろんルーカの隣にはベテラン船員がいて、指示がおかしなものでないか判断し、皆に聞こえるよう号令をかける役目をこなしている。

「あちら…右後方からエンペラーの触手が2本、あと20秒ほどで到達します。次、向こうに触手が2本、到達は25秒後!」

ルーカが分かりやすく海面の一部を指差して、ベテラン船員を見やる。

「バリスタ3番4番、角度下向けて右、回転40度!…撃てッ!
8番9番、角度下向けて左、回転30度!撃てぇッ!」

言葉に耳を傾けつつ、ベテラン船員は自らも鋭く声を張り上げた。

バリスタからはバヒュンッ!と金属製の棘矢が放たれる。
何かに突き刺さったところで棘を伸ばしギュルギュルと高速回転し始めた!
二本は狙いが外れてはるか海底に刺さってしまったが…残りの二本は狙い通りにエンペラーの丸々とした白い足先に突き刺さり、ズタズタに切り裂いてみせる。

バリスタが沈んだ辺りに、冒険者たちがさらに追撃を加える!
それらも触手にいくらかダメージを与えたらしく、激怒した海の王者はついに海面にその姿を現した…!

▽巨大エンペラー・クラーケンが 現れた!×1

ザバーーンッ!と海面が一瞬盛り上がり、巨大な白い頭が覗く。
ヌメヌメテカテカした頭には王冠を連想させる金色の模様が浮かび上がっており、どこか気品を漂わせている。波しぶきの間から覗いたのはゾッとするような気味の悪い深紅の光を放つ、三つの目。激しい怒りを宿し、大船をギラッと睨みつけていた。
…とにかくデカイ!
胴体だけで体長は20メートルをゆうに越えており、船に乗る者たちは顔を引きつらせながらエンペラー・クラーケンを見上げなければならなかった。
実は観測史上最も大きなエンペラー・クラーケンだった。

『むう。皇帝より赤の女王様の方が偉いのに、レナ様を見下ろすだなんてぇ〜…』
『『ほんとよねぇーー!失礼しちゃう』』
『お仕置き、お仕置き…』

従魔たち、ちょっと黙ってて。エンペラーは海中から10本をゆうに超える触手を伸ばして、船を絡め捕りにかかる!
冒険者たちはもちろん必死で抵抗する。
[ヘビー・ショット][雷撃波][炎遠槍][アイス・ドリル]…全力のスキル攻撃がエンペラーにこれでもかと炸裂していく。
レナの従魔たちも[氷のつぶて][黒ノ霧][夢吐き]で助力した。
数々の攻撃はエンペラーを怯ませることに成功したが…やはり、相手はあまりに圧倒的な強者。
[黒ノ霧]はエンペラーのギフトにより無効化され、[夢吐き]の海面凍結も力づくで破られてしまう。致命的なダメージを与えることは出来なかった……。

エンペラー・クラーケンは脳を潰されなければ完全には死なない。分厚いボディをちまちま削っても、その恐るべき再生能力で傷はゆっくりと塞がってしまう。時間はかかるものの、足も千切られた箇所からまた再生してしまう。
足を再生させつつ、エンペラーはこの程度か?と冒険者たちのあがきを馬鹿にしたようにくにょっと表情を歪めた。
弱者から攻撃されたことにより瞳にさらに激しい怒りの炎を宿し、触手をうねらせる。船をギラリと睨む。

海洋生物相手にどれほどの効果があるか分からないが[ファウンテン]を使うべきか?
それとも、大惨事になる危険があるが[夢吐き]とっておきの隕石落とし、もしくはレナの[テンペスト]を使う…?
いずれにせよこのままだと船は沈められてしまう、とレナが覚悟を決めて指示を出そうとした時。
レナの思考をお察ししたルーカが待ったをかけた。

「レナ、僕がやる。…これを使うとしばらく使い物になりません…あとは頼みます、光魔法[サンクチュアリ]!」

声をかけられたベテラン船員の表情が驚愕に染まった。
再び船を捕まえようと伸ばされたエンペラーの触手は、船全体を覆った光の聖結界によって弾かれる!

エンペラーは憎々しげに光の聖結界を触手で撫でまわし、結界ごと船を持ち上げる。腹いせに思い切り締め上げて負荷をかけた。
結界は揺らぎもしなかったが、負荷のかかったルーカが膝をつく。この結界はそのうち術者の魔力切れで解かれるに違いないな…と判断して、エンペラーはまたニタリと三つ目を歪めた。
…実際その読みは当たっていて、これほど大きな結界はルーカとて長く保たせることはできない…。
雨で濡れた前髪の間から覗く、鋭く細められた瞳に余裕は見られず、心配そうに自分を見つめる仲間たちに視線を合わせることもない。
なぜか一心に周辺をきょろきょろと視つめている。ふと、きつく結ばれていた唇がうすく開き、ふっと吐息が漏れた。

「……ん、きたよ」

「!」

その言葉の意味を、レナは瞬時に理解した。
スマホさんがここぞとばかりに粋な演出を仕掛ける。地球のネットワークから音源をダウンロードし、最高音質で出力。低音を効果的に響かせる。この場で一番臨場感を煽る演出が選ばれた!

<<ドゥードゥ… ドゥードゥ… >>
<<ドゥードゥッ ドゥードゥ…! ドゥッ ドゥッ ドゥッ ドゥッ!>>

お気づきだろうか。某サメ映画のテーマ曲である。異世界でも確実に恐怖心を煽ってくれる…素晴らしい効果だ。唐突な演奏音に驚きエンペラーがそわそわし出した。

ふいに、ザッ!と分厚い黒雲が切り裂かれて、眩しい太陽の光がさんさんと船に降りそそぎ始める。
その光すらも遮って、巨大飛行生物の影が船全体を覆った。

<<…ギャオオオオオオオオッ!!>>

これもスマホさんの演出、怪獣の大咆哮である。
黒く艶やかな翅に美しい紅色の模様が、エンペラーを含めるここにいる者すべての視線を掻っ攫う。
乗員たちなど目玉が飛び出そうなほど目を剥いている。ガクンと顎が落とされていたが、ようやく悲鳴が上がった。

「「「で…でけええええええッ!!?」」」

「「ウソだろ……アレ蝶々ぉ!?」」

驚愕の30メートル級ギガントバタフライ、見参!

▽巨大蝶々 モスラが現れた!

蝶々、のキーワードが出たことで、皆のハッとした視線がレナに集まる。
全力を出さねば!と極大魔法をぶちかます気になっていた三つ編み少女は、現在すでに複数の称号を発動させており、赤の女王様として出来上がっていた。ヤッチマイナー!
くっ、と桜色の唇が勝気につり上がる。

「よく来てくれたわ、モスラ…久しぶりね。見ての通り、私たちはこのエンペラー・クラーケンに進路を邪魔されてとっても迷惑しているの。貴方の力を貸してくれる?」

『お久しぶりです、レナ様…!光栄なお言葉、誠にありがとうございます!かしこまりました。私に全ておまかせ下さいませ。
レナ様の御前で調子付くなど実に許しがたい…完璧な勝利を捧げてご覧に入れましょう!』

モスラも信者として出来上がっていた。助力を求められて大歓喜している。

「頼りにしてるわ!気をつけてね、スキル[鼓舞]」

『!…速攻でカタをつけます』

『『『『きゃあーーーっ!レナ女王様、従えてぇーー!』』』』

「赤の女王様がご降臨なさったぞー!」
「敬え敬えーーっ」
「「ははーーーっ!」」

「これが…赤の女王様…!」

「降臨って事は、お嬢ちゃんの真の姿、ってことなのかぁ?」

余計な誤解が広がっている。女王様が仮の姿であり、真のレナは内心で身悶えしていると言っておこう。…間が悪い!なぜ女王様化したタイミングで事が動いてしまったのだろう!と嘆いていた。運命である。
咆哮によりエンペラーの拘束力が弱まり、宣教師が息を吹き返した…が、さすがにこの場面ではおとなしく黙って結界の維持に精神を集中させている。
一瞬だが最敬礼した双子は落ち着くべきだ。

モスラがギョロリ…!と複眼でエンペラーを睨みつけ[威圧]した。
迫力にビビってしまった海の王者はそんな自分にイラついたようにボディを黒紫色に染め上げると、ブクブクブクッ!と墨の泡を吐き出す…。

▽モスラvsエンペラー・クラーケン!

エンペラー・クラーケンがまたも光の聖結界を触手で締め上げる。モスラに対するあからさまなあてつけである。

『スキル[風斬]!』

モスラは風の刃で無数に浮かぶ墨の泡を片っ端から弾けさせた。ねっとりした墨でモスラの動きを奪ってやるつもりだったエンペラーがギリギリ歯噛みする。
牙だらけのイカの口からキシャアアッ!!と化け物らしい咆哮をあげると、腹立たしい蝶々を捕らえようと、蠢めく長い触手を空に向かって伸ばす!

モスラは蝶々の大きな翅を器用にたたみ、まるで弾丸のように空から”降ってきた”。

『緑魔法[ウインド]』

大空の愛子は風の力を使って進路を小刻みに変え、触手をかわしつつ、加速する…!
海面近くまでくると一気にその頑丈な翅を伸ばし、身体を傾けて片翅を海面にかすらせながら、船に沿うようにくるりと一周してみせた。驚愕の機動力。
ブォォーーンッ!とまるで戦闘機のような鋭い轟音が船上の皆の耳をつんざく。彼ははたして蝶々なのだろうか。
モスラの新たなパッシブスキル[|風斬翅(カザキリバネ)]により、結界に纏わりついていたクラーケンの触手がザクザクと切り落とされていった。

ーーばしゃん!と拘束が解かれた船が海に落とされる。

その周りをモスラは再びくるりと周回してみせると、エンペラー・クラーケンの頭部分にガッ!!と蝶々の脚を差し込み、力任せに持ち上げた。UFOキャッチャーを想像して頂きたい。
脳を蝶々の豪脚で直接傷つけられたエンペラーがおぞましい悲鳴を辺り一帯に響かせる。さすがレナの従魔、戦法がえぐい。

空に向かってぐんぐん上昇していくモスラ。
蝶々のはばたきは力強く、触手の巻きつき攻撃など意にも介さない。翅に巻きつこうとした触手はブチリと切り落とされてしまった。
余計な足掻きをしたエンペラーは迫力たっぷりに[威圧]され、脳をガリガリ掻き毟られ、もはや虫の息である。

エンペラー・クラーケンは海の王者だが、ここは大空。モスラのための舞台。エンペラーなどもはや主役を引き立てるための脇役だった…。

<<ギャオオオオオオオオッ!!>>

ここで咆哮効果!スマホさんがキラリと画面を光らせた。

『ーー風魔法[サイクロン]!』

モスラは船に影響を与えない安全圏で極大魔法を発動させ、ドス黒い雲を、そしてエンペラー・クラーケンを鋭い風の刃でザックリ切り裂いた!

分散した黒雲の隙間から、目を眩ませるほどの太陽の光がキラキラと降り注ぎ…モスラを包む。
海上史に後世まで語り継がれるほどの、それはそれは美しい光景であった。

<従魔:モスラが[クラーケン・キラー]の称号を取得しました!>

…………。
…怒涛の勢いで戦闘が終わり、船上の誰もが言葉を忘れて呆然と空を見上げる中、レナ女王様が澄んだ声で「素晴らしいわ!」と高らかに告げる。
従魔であるモスラにとっては何より嬉しいご褒美の一言である。
小さな先輩従魔がコミカルな勝利のダンスを踊り始めた。くるり、くるりっ!きゅっ、きゅっ、きゅっ、でんぐり返りー!

…ドボォン!ズドォン!と、金色混じりの純白に戻ったエンペラーの身体の断片が海に降ってくる。
ゆるんだ空気とイカ豪雨の衝撃で、船上の皆はようやく我に返り、わあああああああッ!!と歓声をあげて手を叩き、助かった喜びを分かち合った。むさくるしい男たちも一様に瞳に涙を浮かべている。

ルーカがふっと表情をやわらかく緩めて、[サンクチュアリ]を解く。相当の魔力を消費しており、ぐったりとその場に座り込んでしまった。

「お疲れさま」とレナが猫耳お兄さんの隣で労わりの言葉をかける。
レナの前に、ふわりと音もなく青年が着地した。
艶やかな黒髪は風にあおられて少し乱れているが、それがかえって浮世離れした美貌を引き立てている。とろりと潤んだ紅色の瞳が主人を見つめて、ゆっくりと弧を描く。
よく鍛えられた身体にはレナパーティ御用達のお宿♡のバスローブを纏っている。空中で上手いこと着替えたのだろう。
美貌の執事、現在はレナに仕える従順な従魔であるモスラは、顔面蒼白の少女…?を抱き抱えたまま膝を折り、恭しく頭垂れた。
彼が敬うのはこの世に二人のみ。

「改めまして…お久しぶりです、レナ様!
久々のお声かけで有難くも声援を賜り、戦闘の全てを私にお任せ下さったので…つい張り切ってしまいました。
僕(しもべ)として相応しい勝利を収めることが出来たでしょうか?」

「先ほども言ったけれど、モスラ。素晴らしい活躍だったわ!貴方が私の従魔でいてくれて本当に誇らしい」

「!ありがとうございます…!」

この時の、モスラの嬉しそうな表情といったら。
女王様状態で対応することになってしまったが、まあ喜んでもらえたならよかったかな…とレナは内心で優しく微笑んでいた。女王様大公開を後悔するのはまた後ほどである。

パトリシアが「お前マジ自重しろってばぁ…」と死にそうな声で呟いたが、はかなく風にかき消されてしまった。

▽レナ一同は 注目の的!
▽説明展開からは 逃れられない!

 

 

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