66:アリスとモスラと精霊と

トイリア高級住宅街に佇むスチュアート邸には悪党が入りこんだ時を除いて、いつも静かで穏やかな時間が流れている。
それは、騒がしく賑やかな精霊祭の当日でもまるで同じ。
木の葉の擦れる穏やかな音、小鳥のささやかなさえずりの声しか聞こえてこない。

いつも通りにお屋敷の資料室で勉強をしていたアリス・スチュアートは、ふと肩の凝りを自覚してうーん!と大きく伸びをした。
時計を見やると、午後の勉強を始めてからいつの間にか二時間も経っている。
集中していたため気付かなかった。肩も凝るはずだ。

紅茶のカップに手を伸ばしかけて…すでに飲み干していたことを思い出す。
残念そうに眉尻を下げたが、絶妙なタイミングで執事モスラが姿を現した。

「お疲れさまです、アリス様。
もう3時になりますので、焼き菓子と紅茶をお持ちいたしました」

アリスはにっこりと笑う。

「素晴らしいタイミングね、モスラ。
ちょうど一休みしようかと思ってた所なの。
ふふっ、相手の気配や気持ちを察する技術にさらに磨きがかかってきてる。
あなたがスチュアートの執事でいてくれて誇らしいわ」

「恐れ多いお言葉、大変光栄に感じております。
アリス様の執事として不足のないよう、これからも精進してまいります」

「私も貴方に負けていられないなぁ。
今回の商業試験の対策はもうバッチリだけれど…まだまだ理解できていない商業流通の常識は数多いし…。
勉強しなきゃいけないことなんて山ほどある。頑張らなくちゃ。
ただでさえ初対面の人には年齢的に不安な目で見られがちなんだから、そこはしっかりした対応力でカバーしてみせるわ!
バイヤー・スチュアートブランドは、私が絶対守ってみせるんだから」

「きっと全てがうまくいきますよ。
アリス様は聡明ですし、こんなにも頑張っていらっしゃるのですから」

お互いを褒めちぎって少し照れたのか、アリスとモスラはほんのりと耳を赤く染めて、顔を見合わせてくすっと微笑んだ。
話している間にもモスラは手を動かし続け、アリスの広げた紙束やら本の山の隣にアフタヌーンティーセットを見栄え良く配置している。
資料室の机は横に長くて重厚なもの。
机の濃いブラウンの色に、高級陶器の白がよく映えていた。

音もなく注がれる赤みがかった紅茶はアップルティー。
ふんわりと漂う湯気の香りをすうっと吸い込んだアリスは、幸せそうに表情を緩める。

これは先日知人が紹介してくれた、小さな農家で手作りされている林檎チップブレンドの茶葉だ。
[鑑定眼]を使わなくても、アリスは香りと見た目だけで商品を見抜いていた。
味よし色よし香りよし、のまさに逸品だったが…製造数が少ないために一般市場に流すことはできず、商品にふさわしいだけの値段で在庫をいくつか買い取っていた。
スチュアート邸でのお客様おもてなし用にしよう、と大事にしまい込んでいたものだが。

私、贅沢しちゃっていいのかしら…?とアリスが苦笑しつつモスラを見上げると、言いたいことを察したモスラは「お祭りの日ですから」と柔和な声でささやく。
まだ試験に合格してもいないのに、甘いなぁ…と思いながらも、大きな青の目はもうティーカップに釘付けだ。

ふたつのカップには紅茶がたっぷり注がれている。
最後に、あまーいチューレ蜜がほんの一滴落とされる。これはアリスのぶん。
モスラのカップには、底に固まりになって沈んでしまうほど大量のチューレ蜜が注がれていた。バタフライは甘党なのだ。

「「いただきます」」

同時にカップを傾ける二人。
客人のいないプライベートな場では、モスラは執事業をこなす傍ら、アリスの友人として食卓を共にしていた。
ひと口。
さらりと紅茶が喉を通っていく。
甘酸っぱい林檎の風味がさわやかに鼻に抜けて、疲れがじんわり溶かされていくようである。

「美味しいねぇ…」

「ええ。とても贅沢な味です」

「モスラの紅茶はほとんど蜜の味なんじゃないの?」

「とんでもない。紅茶そのものの風味とチューレ蜜が混ざり合っているからこそ、素晴らしい味に仕上がっているのです」

「やっぱり、チューレ蜜が主役なのね!」

アリスはおかしそうに笑った。

ふと、窓の隙間から柔らかい風が吹き込んでくる。
スチュアートのお屋敷の防犯設備は完璧だ。窓と窓枠の間には隙間など1ミリとて存在しない。
…窓は開けていなかったのに?と、アリスとモスラは少々緊張した面持ちで風の吹き込んできた方に視線を向けた。

とんでもない美少女二人が外側から窓にべったり張り付いている。
頬を思い切り押し付けているので、せっかくの美貌が台無しになっている。
ぎょっ!と肩を跳ねさせてしまったアリスとモスラ。
二人の反応を見た姉妹は、お腹を抱えておかしそうに大笑いしていた。
今回ばかりはフィーネも妹の愉快なたくらみに乗っかってしまったようだ。

『『あ〜け〜て♪』』

コンコンッと軽く窓を叩く、緑髪の乙女。
アリスとモスラはまだ固まっている。

窓には侵入防止の魔法がかけられていたため、これを通り抜けちゃマズイかなー?と考えたネッシーは気を使って、挨拶して招き入れてもらおう!と提案していた。
姉に『えらいわねぇ』と褒められたネッシーはドヤ顔である。
精霊にとっては、家屋への侵入など造作もないことだ。

資料室があるのは2階。
おまけにお屋敷の外壁には悪党を退けるための様々なトラップが仕掛けられているので、美少女が窓に張り付いているのはどう考えてもおかしい…。

▽アリスは 混乱している!
▽モスラの背後に隠れた!

「どっ、どどどうしようモスラ!?
あ、あの精霊様たちはどなたなのかしら!?」

「落ち着いてくださいませ、アリス様。ご自分で精霊様と発言なさっていますよ。
…お一人のお客様から、レナ様の気配がします。従魔仲間では無いようですが、何か縁があったのでしょう。
事情があって私たちのもとにいらしたのかもしれません。
窓を開けてもよろしいですか?」

「え、ええ。
…うう、取り乱しちゃって恥ずかしい…」

「そういう所もアリス様の魅力のうちですよ」

モスラはそう言ってにっこりアリスに笑いかけると、静かに歩んで窓を開けた。

乙女たちがふわっとモスラの横をすり抜けて、室内に降り立つ。
通り抜けざまに二人は『いいこいいこ』と執事の艶やかな黒髪を撫でてやっていた。

目を丸くしているモスラをとりあえず放置して、乙女たちはぴしっ!とアイドルポーズを決める!
こめかみの辺りで可愛くピースサインを作っている。

『シルフィネシアのネッシーと♪』
『シルフィーネのフィーネは♪』
『『ラチェリの精霊姉妹なのよー♪ ラララ〜』』

出会い頭に恵みの歌をキメてみせた。
自由なものである。
精霊=敬愛すべき気高い存在、と認識していたアリスは目を白黒させていたが…やがてうっとりと歌に聞き惚れはじめた。
恵みの歌は自然エネルギーに満ちている。
歌を聴いたものの生命力を活性化させ、心を落ち着かせる効果がある。

歌い終えたネッシー&フィーネは美しく一礼する。
アリスとモスラは旋律の余韻に浸りながら、心をこめて拍手を贈った。

「精霊様…!…あのっ、お歌、すごく素敵でしたっ!」

▽ネッシー&フィーネは 信者アリスを得た!

「本当に美しい歌でした…声のなかにレナ様の魔力が混じってて、調和がとても素晴らしかったです」

▽赤の女王様は 信者モスラを得た!

ラチェリにいるレナはこの時、くちゅん!とくしゃみをしていた。

『『ありがとう』』とネッシー&フィーネは手を振りながら嬉しそうに告げる。

アリスは幼女らしい無邪気さを垣間見せて、しばらく瞳をキラキラ輝かせて精霊を見つめていた。
が…やがてハッ!と我に帰り、あわてて表情を引きしめる。
モスラがクスリと笑っていた。

「せ、精霊様。
本日はスチュアート邸にお越しくださり、誠にありがとうございます。
当屋敷の主人、アリス・スチュアートでございます!以後お見知りおきを頂けますと幸いです。
どのようなご用件でいらしたのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「アリス様に仕える執事のモスラでございます。
兼業でレナ様の従魔も務めております」

『あ!やっぱり〜。
レナの気配がしたからここに従魔さんがいると おもったんだよー♪』

ネッシーはパッと表情をほころばせる。
あなたは私がレナに与えた祝福の影響を受けたのね、とモスラを見て嬉しそうに言った。
言葉を聞いてすぐにピンときたモスラは、大精霊シルフィネシアに深く頭を下げる。

「私が風魔法[サイクロン]を取得したのは大精霊シルフィネシア様の恩恵なのだと…レナ様にお聞きしておりました。
誠にありがとうございます。光栄に感じております。
御礼を伝えるのが遅くなってしまい申し訳ございません。
戦闘に貢献していなかった私が恩恵を授かってしまい、よろしいものかと悩んでおりましたが…」

『ぜんぜん かまわないのよー♪
レナの従魔はみんな わたしの姉妹みたいなものだもの〜♪』

ネッシーの言葉を聞いたモスラは目を瞬かせた。

「! 失礼にあたる質問でしたら申し訳ございません…シルフィネシア様は、レナ様の従魔、なのでしょうか?」

『ううん。おともだちよー♪
でもねぇ、レナの血液をちょこっと提供してもらったの。そしたらちからがみなぎってきて、大精霊になれたんだよー!
あなたがわたしとの繋がりを かんじているのは、それが理由だとおもう〜。
したしみをこめてネッシーって呼んでほしいな♪』

「…レナ様の血液の効果については、今後、あまりお声に出して話さないようお願い申し上げます。
この屋敷内には傍受魔法遮断の仕掛けが施されておりますが、外はそうではありません。
精霊様のお声を拾おうとする者はたくさんいるでしょう。
レナ様の血液が、ええと…ネッシー様に影響を与えたとは双方のために知られない方がよろしいかと」

『あっ。…えへへ、うっかり』

『あらあら。今後は気をつけましょうね、ネッシー』

『はーい!お姉ちゃん!』

苦言を呈したモスラはなんとか柔和な表情を保っていたが、内心では冷たい汗をかいていた。
危なっかしい大精霊である。
…それ以上に肝を冷やしたのは、主人の血にはとんでもない成長促進効果がある、ということ。
リリーから『ご主人さまの血液を飲むと、それだけで、強くなった気がするの!』とは聞いていたが、まさか精霊にも影響を与えてしまうとは。
ひょっとすると、ヒト族など全生物に影響を及ぼすものなのかもしれない。
絶対に外部の者に知られてはいけない情報だな…またレナ様にも改めて気をつけるようにと伝えなければ、と心の中で深くため息をついた。

アリスも複雑そうな顔をしている。
モスラがネッシーに釘を刺したので発言はしなかったが、レナを守るためより良い装備品をもっと集めなければ、と燃えていた。
呪いの装備品集めが捗(はかど)る。
別格の魔法付与効果を持つものの強烈な怨念が宿っているゆえに眠らされている品は、意外と数多いのだ。
どの取引先に声をかけようか…早くも考え始めていた。

『なんだか二人とも、動揺しているわねぇ…?
レナから聞いていなかったの?
パトリシアさんはあらかじめ事情を知っていたみたいだったけれど。
レナが[赤の女王様]として覚醒したときに、血液を摂取していたネッシーも大精霊に成長したのよ』

フィーネがおっとりと爆弾発言をかました。

レナが「試験勉強の負担になりそうなら、呪い事件の詳細をアリスに伝えるのは試験後にしようと思う」とパトリシアに伝えていたことを、知らなかったのである。
不幸な事故だ。
[伝令]スキルを使いモスラに風魔法取得の経緯をざっくり説明していたレナだが、その時には必要最低限の情報しか伝えていなかった。

モスラとアリスは穏やかな顔のまま、背後に般若スタンドを浮かべてしまった…パトリシアが尋問を受ける未来が確定した。

『ウルルちゃーん』

“ギャウウッ!”

ネッシーがシャボン・ドラゴンの名前を呼ぶと、外で待機していたウルルは鼻先を窓枠に突っ込む。
驚いたアリスは半歩ほど後ろに引いた。

かぱっ!と開いたシャボン・ドラゴンの口にネッシーは躊躇なく手を突っ込み、そこから4つの宝石を取り出す。
フィーネが羊皮紙を取り出した。

『どうもー、精霊ゆうびんでーっす!』
『お品物と証書をお届けにまいりました♪』

恐れ多い郵便配達もあったものである。
どうせ依頼主はレナなのだろう。
アリスはこわごわと宝石を両手で受け取って、目を見張った。
宝石は完璧な丸い形で直径約4cm、表面にはスターの輝きが見られる。種類はガーネット、サンストーン、ターコイズ、エンジェライト。
ハイレベルな魔法効果を付与すれば、どれほどの価値を持つだろう!
…☆5【鑑定眼】で価値を測るも、少し視えない部分がある。それほどまでに価値の高い逸品なのだ。

出処はクラスチェンジを果たしたクレハとイズミ以外ありえない。
宝石に細工を施す際に重要な、魔法付与耐久値が視えないことがかなり惜しい…!
己の力不足にきゅっと唇を噛み締めてくやしがっているアリスに、フィーネが羊皮紙を差し出す。

『宝石の鑑定書になりまーす♪』

もちろん赤の宣教師製である。
これほど確実な情報もない。

硬度、組成、魔法耐久値、向いている付与魔法の組み合わせの例が数十組。流麗な文字で書き記されていた。
あまりに詳細な情報が書かれているため、さすがのアリスも感嘆のため息をついている。

「こちらは、レナ様がおっしゃっていた”信用できる昔馴染みの友人”が作成されたものでしょうか?」

モスラが尋ねる。

『そうだよー♪…えっと、ジミーっていうの!』

『今度は気をつけられたわね、ネッシー。
実はジミーは偽名なのだけれど…本名はまたレナか彼に直接聞くといいわ。
あの子にも複雑な事情があるようだから、私たちが話さない方がいいでしょう。
そのうち呼び笛を使うと言っていたわ。いっぱいモスラを撫でてあげよう、って』

また、厄介な人物とのつながりが出来ているらしい。
モスラとアリスはもういい加減諦めたとばかりに顔を見合わせて苦笑した。
自分たちもかなりの厄介事にレナを巻き込んでしまった訳だが…従魔付きとはいえ、男性と長い旅路をともにするのはどうなんだろう。
フィーネは”彼”と発言していたのだ。失言である。
リリーが同行を許したなら善人ではあるのだろうが…

レナへのお説教が増えた。

「こちらの宝石のお代は…?」

『えっとねー、いつでもいいって!』

アリスが返事を予想しながらも一応尋ねると、ネッシーはウインクしながら予想通りの言葉を告げる。
引き換えの保証も要求せずこれほどの宝石を預けておくということは、それだけレナはアリスを商人として信用してくれているのだろう。
気合いが入る。

「ん、そっかぁ…。
じゃあ今回の試験には絶対合格して、早く商人デビューしなくちゃね。
そして一番良い条件で、信用できる取引先に宝石を売ってみせるよ。良い商品はそれに相応しいだけの名誉と金銭的評価を授かるべきだもの。
最高の対価をレナお姉ちゃんに届けよう!
えっと…赤い装飾品がいいんだっけ」

『そうだよ〜♪』

「アリス様なら必ずや大成できますよ」

「プレッシャーかけるね、モスラ?
でも、プレッシャーかけられた方が私は頑張れるんだ」

「存じ上げております」

「ふふっ、ありがとう!」

なにやら楽しそうに笑いあうお屋敷の主人と執事を見て、精霊姉妹も便乗したくなったらしい。
再び一曲、今度は”勝利の歌”を披露する。二人きりの観客を前にした贅沢なライブだ。

用事を終えた精霊姉妹は、また窓からするりと飛び出していった。

『またね〜♪』
『また、遊びにくるわね』

手を振るアイドルたちの輝かんばかりの笑顔、神々しいオーラにあてられたアリスはほうっと吐息を漏らし、屋敷の外に控えていたガチ幻黒竜(ドラゴン)に心底ビビって飛び上がり、恵みの歌によって成長してしまったパトリシア寄贈のおもしろ種の処理に忙しく追われることになった。

まあ、それは後ほどの話である。
精霊が去ったあとのスチュアート邸には穏やかな空気が戻ってきていた。

紅茶はすっかり冷めてしまっていたが、冷めてもまた風味が変わって美味しいという発見があったので良い巡り合わせだっただろう。
冷めた紅茶の味を楽しむ。
本当にいい商品ね、とアリスが言うと、モスラもにっこり微笑んだ。

「クリームを絞るためにタルトのクッキー生地はあらかじめ冷ましてありましたので、予定していた休息時間とはズレてしまいましたが、おいしく召し上がって頂けるかと」

焼き菓子の皿をモスラが勧めると、アリスは嬉しそうに手を伸ばす。

「あなたが作った物で外れたことはないもの。
絶対美味しいわ。
もう、見た目が美味しい!」

舌の肥えたアリスがそう言い切るほどの、モスラお手製の本日のおやつはチーズクリームタルト。

甘さ控えめのクッキー生地に、酸味の程よい純白のチーズクリームが見目よく波状に絞られている。
中央には青みがかったブルーベリーとあざやかな黄緑色のブドウが飾られていた。
白、青、緑の組み合わせは、今年の精霊祭を祝う特別なものだ。

「いただきます」
「どうぞ、お召し上がり下さいませ」

待ちきれずにうずうずしていたアリスは、今だけ!と言い訳して小さなタルトを素手で持ち、かぷっと齧りつく。
ふわっ、とチーズクリームが舌の上でなめらかにとろける。熟成魔道具で甘味を引き立てられた果物がとても美味しい…
夢中になり、ボリュームのある一つのタルトをあっさりと平らげてしまった。
あと2つのタルトが乗ったお皿を悩ましそうに見つめている。

「どうぞ、アリス様」

自身もタルトを食べ終えたモスラが、それぞれの取り皿に二つ目のタルトを問答無用で乗せた。

「うっ。ふ、太るぅ…」

「後ほど運動するというのなら、お付き合いいたしますよ。
二つ目もおいしく召し上がって下さると、作った者としてとても嬉しく思います」

「………いただきます」

「はい」

本当に嬉しそうに笑っているモスラを、アリスは少しだけ恨めしげな目で見て、苦笑した。
ひとたびタルトを口にすると、また幸せそうな顔になる。
やや柔らかめな身体を気にして日頃は食事量を少なめにしているアリスだが、食べることは元々大好きなのだ。

主人に尽くすことが生きがいなモスラが作ったタルトは材料が工夫されていて、出来る限りカロリーは控えめになっている。
それを聞いたアリスがまた物欲しそうな顔になったので、モスラが「3つ目がキッチンにありますよ」と言うと恥ずかしそうに頷く。
結局、一人3つものタルトを平らげてしまった。
今日は精霊祭だし!がアリスのなけなしの言い訳文句である。

ふと、モスラが髪に手を触れていることにアリスは気づく。
丁寧に整髪剤で整えた黒髪。仕事中に彼が髪をいじることなど珍しい。
お察し能力の高いアリスは、にまーっと笑いながらモスラに話しかける。

「とっておきの美髪トリートメントがあるんだけど。貴方のために倉出ししましょうか?
レナお姉ちゃんに頭を撫でられるに相応しい髪なのか…って、気になってたんでしょう!」

「…さすがでございます、アリス様。
人が商品を欲している気配は見逃しませんね。
…是非、よろしくお願い致します」

モスラは驚きと恥ずかしさが混ざった表情で、ふいっとわずかに視線を逸らした。
さっきまでいじられる一方だったアリスは、勝ち誇った笑顔になる。

「従業員割引で半額にするよ。東方の国の椿って花から作られたトリートメントなの。いい香りよ。
とはいえ、モスラの髪は今でも十分綺麗だと思うけど?」

「ご好意感謝いたします。
…まだまだ。ご主人様たちのために、どこまででも自分を磨きたいのです」

「やっぱり、貴方は最高の執事ね!」

精霊を目にした者の元には幸運が訪れる。
アリスとモスラに贈られたのは、ずいぶんささやかではあるが、穏やかでとても幸せな時間だった。

あまい香りがほのかに残った資料室で、アリスはやる気十分で勉強を再開する。
モスラは退室してキッチンに向かい、今日もヘルシーな絶品コース料理を作るのだった。

 

 

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