65:精霊祭

今日は、アネース王国民が待ちに待った精霊祭!
空は雲ひとつない快晴。
精霊たちが姿を現すかも、という噂に、国中の人が期待に満ちた明るい顔をしている。

街の随所にカラフルなタペストリーが飾られており、風にはためいている。
私たちは精霊シルフィーネたちを歓迎します!という意思表示だ。
加えて、白と青の花々が空間に爽やかな彩りを添えている。
風と水の乙女シルフィーネをイメージしている青と緑。光属性を併せ持つという大精霊シルフィネシアをイメージした白。
今年はこの三色の組み合わせの花や雑貨、土産物が多く売られていた。
寄せ植え鉢やら、特大のブーケやらが街道にたくさん飾られている。

花屋はどこも大忙し。
開店したばかりの小さなお花屋さん<フラワーショップ・ネイチャー>にも、早朝からたくさんのお客が訪れていた。
丁寧に愛情を込めて世話された花々は、花弁も葉もとてもみずみずしくかなり好評。
よそから来た観光客らは、特別出店の屋台をわいわいとめぐって祭を楽しんでいる。
どの街も大変な活気に満ちていた。

昼前になると、それぞれの街の中央広場に大きな音声拡散魔道具が運ばれてくる。
凝った制服に身を包んだ国の器楽隊が楽器を手にズラリと整列して、ラッパの高らかなファンファーレをついに響かせる!

<アネース王国器楽隊が、精霊祭のはじまりをここに正式に告げます。
風と水の乙女シルフィーネ様が日々与えてくださる、豊かな自然の恩恵に心からの感謝を!
大精霊シルフィネシア様の誕生に祝福を!>

わああああっ!!と、広場を中心にとても大きな歓声が上がった。
人々はそれぞれの頭の中で、自分なりの美しい乙女をイメージする。
そして、アネース王国に恵みを与えてくださることに感謝しています!と純粋な気持ちで強く念じた。

清らかな信仰心は、精霊の力となる。
それぞれの宿り木に住まう美しい乙女たちは、幸せそうに頬を染めて微笑んだ。

気が遠くなるほど長い間…ゆっくりと氷のように冷たくなっていった体に、あたたかい魔力がぐんぐん巡っていく。
肢体はまろやかな白みを帯びていき、豊かな乙女の髪は若葉を思わせるみずみずしい緑色に染まる。
桃色の唇の端をきゅっとあげた。

宿り木を守っている警備の者は、なれない気配を感じて背後を振り返り…絶句する。
宿り木の幹近くには、いつの間にか、神々しいオーラを纏った美少女が静かにたたずんでいたのだ。
宝石のようなブルーの瞳が、警備の男たちをやさしく見つめている。
白肌が目にも眩しい。

「…シ、シルフィーネ様でいらっしゃいますか…!?」

『そうよ!私たちの愛しい子たち』

ようやく男たちの口からこぼれた声は、みっともないほど震えていた。
しかし乙女はそれを咎める事もなく、美しい微笑みを浮かべる。
数人がふっと卒倒しそうになった。
それを見ておかしそうにくすくすと笑うと…シルフィーネは軽く手を振って、ふわっと宙に浮かび上がる。

『少しだけお散歩してくるわね。
街のみんなにも挨拶をして…私たち精霊の感謝の気持ちを、伝えたいの。
みなさん。
シルフィーネが確かに存在することを、今までずっと信じ続けていてくれてありがとう。
姿の見えない精霊を信仰し続けるのは大変だったでしょう?
貴方たちのおかげで、私たちはこうして再び姿を現すことができたわ』

「…そんな、こちらこそ…!
いつもアネース王国を、その民を、自然を見守って下さって本当にありがとうございます。
シルフィーネ様にはどれだけ感謝しても足りません!
感謝しているのは私たちでございます」

『ふふっ、シルフィーネがアネース王国の土地を富ませるのは当然よ。
風と水の乙女は、アネース王国を、その民を愛する精霊なのだもの』

「…!…話しに聞いていた通り。なんて慈悲深くお優しい方なのだ…」

ほろほろと涙を流す国属魔法使い、警備隊の男たちにとびきりの笑顔をみせたシルフィーネ。
軽やかにトンッと地を蹴ると、ついに、街へと飛び立っていった。

輝く風を纏い、街の上空を優雅に吹き抜けていく風と水の乙女。
本当にシルフィーネ様がいらっしゃる…!?と驚愕している国民たちを空から眺めて、楽しそうに笑う声はまるで鈴が鳴るよう。
まだ、身体はほんのりと透けている。
それでもなお、白い肌は光を浴びて艶やかだ。
風に遊ぶ豊かな緑髪には自然のエネルギーが凝縮されている。爽やかな新緑の香りが辺りにふわっとただよう。
美しい姿を目にした誰もが一瞬で目を奪われてしまった。

たまに地上付近に降下しつつ、シルフィーネたちは空中散歩を自由に楽しんでいる。
彼女らを追って、あっちへこっちへと街の住民は慌ただしく大移動していた。
それに気づいた乙女が手をふると、信仰心はこれでもかと上昇する。
もう上限がみえない。

『みなさん。
私たちシルフィーネの存在を信じていてくれて、どうもありがとう!』

「「「うおおおおおおおっ!!」」」

声援が、あつい。

王都はさらに輪をかけてすごい騒ぎになっていた。
なんと、大精霊シルフィネシアが現れたのだ!

ラビリンス<青の秘洞>のシャボン生物たちと共に街の空を全力で駆け抜けるという、非常識…失礼。圧倒的なパフォーマンス!
シャボン・フィッシュだけではなく、ラビリンスの景観を壊さないような別のシャボン生物も生み出されている。
海ガメやらイルカ、果てはクジラなど。
どの生物も空を透かした爽やかな青。
時おりパチン!パチン!と弾けて、シャボン生物たちは王都に輝く光の雨を降らせていった。
快晴の空にきらめきがとてもよく映えている。

一団の中でも特に目を引くのはもちろんシャボン・ドラゴン!
そして、その隣を悠々と飛んでいるのは…漆黒の体を持つ巨大なドラゴン”幻黒竜”。
子と再会を果たしたウルルの母ドラゴンだ。
シルフィネシアに誘われ、このパレードに参加していた。

“グギャルウウウウッッ!!”

二体のドラゴンはいかめしい咆哮で人々の注目を一気に集める。
アネース王宮の真上で数回旋回してみせ、くるりっ!と鮮やかな宙返りを決めた。
精霊祭でドラゴンの演舞が行われるなど、誰が想像していただろうか。

この演出が行われる直前、シルフィネシアは巨大な『水鏡』を街の上空にいくつも作り出していた。
縦100M、横50Mの楕円形の水鏡が30枚も。
シルフィネシアとドラゴンたちを映画館ばりの大迫力で映し出す。
音声を届けるのも、風の精霊にとっては造作もないことだ。
ショーを”魅せる”ための激しい視点変更(カメラワーク)は、大精霊としての力技。
遠くの者にもショーを楽しんでもらえるように配慮していた。
アイデア元はもちろんレナパーティなので、自重など一切存在しない。

シルフィネシア自身も輝く風をまとって、ドラゴンたちと一緒に宙返りを披露している。
鈴が鳴るように澄んだ笑い声が、王都中の人々の耳にスッと届いた。

本来なら恐怖心を誘いかねない厳しいドラゴンの舞い…しかし、周りを泳ぐかがやくシャボン・フィッシュの群れと、大精霊シルフィネシアという特別な存在がこれを素晴らしいショーだと認識させている。

映像背景として選ばれてしまった王宮に勤める者たちは、王様も含めて全員が、口をぽっかり開けて唖然と空を見上げていた。
ドラゴン達が羽ばたくたびにごおおっ!とえげつない風がすぐ近くで吹き荒れている。
水鏡の映像よりも更にド迫力である。

皆へのサプライズとして迷宮生物との演舞の打診があったことを内緒にしていた王様だが、シルフィネシアの気合いを入れまくったパフォーマンスにより、自身にも盛大な驚きのしっぺ返しをくらっていた。
もっとこじんまりとしたものを想定していたぶん、他の者よりも更に衝撃を受けている。
心臓がバクバク鼓動していた。
…王都から沸き起こった盛大な歓声により、王宮の皆はようやくハッと我に返る。
手が痛くなるほどの拍手を、敬愛する大精霊シルフィネシアたちに贈った。

王子と姫たちがおかしそうに笑い、父に話しかける。

「ははぁ、父上。
大精霊様との内緒の会談はこの打ち合わせをしていたのですね」

「皆を驚かせようと内緒にしていたのでしょう!
それにしては父上もたいそう驚いていらっしゃいましたけど。ふふふ」

「大精霊様に敵うはずがなかった…というところでしょうか。
予想していたよりも更に素晴らしい舞いを見せて下さったから、驚いていたのですよねっ?」

第一王子が最後にそう尋ねて笑顔で王様を見上げると、王様は照れたように笑った。
水色の目が優しく弧を描いている。

「ふむ。…はははっ!まこと、そちらの言葉の通りだ。
ラビリンスの生き物たちとの舞いを見せたい、とはあらかじめ大精霊様から聞かされておった。
だが…まさかドラゴンと共に、とは予想外きわまりない!
ぷっ、はははっ、とても素晴らしい、また幸せな気持ちだ…!
皆を驚かせられると我一人でほくそ笑んでおったのだが。
いやはや、我も驚かされる側の一人となってしまうとは」

「楽しい祭りですねっ」

「間違いない!」

ご機嫌な王様とその子供たちは王都が一番よく見える王宮のテラスから、光に包まれた街を眩しそうに見つめ続けていた。

大精霊シルフィネシアはドラゴンとの舞いを終えると、一礼して、王都の中央広場の噴水の上に軽やかに降り立つ。
ふわっ!と長い髪がなびいて、爽やかな新緑の香りをただよわせる。
水鏡の撮影視点を中央広場に変えた。これからライブを行うのだ。

神々しいオーラに魅せられて黙り込んでいる国民たちにパチンとウインクを飛ばす。
そして、片腕を大きく振ってアピール!
いえーい!と可愛くピースサインを作る。

『アネース王国のみんなー、はっじめましてー!
わたしは 創造樹シルフィネシアだよー♪
ラチェリのラビリンスに住む 大精霊なの。またラビリンスにも あそびにきてねー♪
みんなに楽しんでもらえるよう、たくさん試行錯誤をしてるのよ。このシャボン・フィッシュたちもラビリンスにいるのー♪
アネース王国のみんなのことが大好きだから…これから、精霊としてのおしごと がんばるね!
どうか よろしくおねがいしまーす♪
わたしのことは ネッシーって呼んでねー♡』

「「「…おおおおおおお!!シルフィネシア様ぁー!!」」」

広場からは空気がビリビリ震えるほどの大歓声が上がった。
ご老人たちなど、涙を流して拝み始めている。
しかしシルフィネシア…もといネッシーは、ぷっくりと頬を膨らませた。

『むぅ…!みんなとなかよくなりたいから、様、なんて つけてほしくないのよー。
さぁさぁ♪
ネッシーとお呼びーー♪』

「「「…ネッシー!ネッシー!ネッシー!」」」

『はーーーいっ♪みんな よくできましたー♪
おれいにお歌をうたうね。
ラララ〜♪』

ネッシーがスッと息を吸い込み、桃色の唇からソプラノの声を響かせる。
そのリズムに合わせて、頭上ではシャボン・フィッシュたちがまるで踊るように空を泳いでいる。
地表にはまるで水面のような光の模様ができていた。
ネッシーは歌が終わると、にぱっ!と明るく笑ってピースする。
また大きな歓声が上がった。

「…なんなんだこの愛らしさは、胸の高鳴りが止まらん…!」

「信仰せざるを得ないだろ…こんなの!?」

「ネッシー美しい!美しいですぅ!もう信者になっちゃいますぅーー!」

「俺、この国に移住するわ…」

「わたしも…!」

信仰心はもう止まらない。
あらかじめ言っておくと、精霊祭の後には、アネース王国に多数の移住希望者が押し寄せ、王様たちはしばらく忙しく対応に追われることになったようだ。

ネッシーがくるりと宙返りしてみせると、いたるところで黄色い悲鳴やら野太い歓声が上がる。
爺様婆様たちはもう火起こしできそうなほど手のひらをすり合わせていた。

一瞬でとんでもない数のファンを得た創造樹アイドル・ネッシー。
『またねー♪』と大きく手を振ると、ひとまず王都の中央広場をあとにした。
一人しかいない大精霊様は、これからたくさんの街に挨拶をして回らなければならないのだ。
いったん水鏡を蒸発させる。
ふわっ、ふわっと上昇・下降をいたずらに繰り返しながら、次々にアネース王国中の街を訪れては怒涛の勢いでファンを増やしていった。

…そして、ついにアネース王国の玄関口である小都市トイリアへ。
途中でラチェリから駆けつけた、一番近しい姉のシルフィーネとも合流して上空からとある店を探す。

『んー…フラワーショップ、ねいちゃー?
…あった!』

『まあ。綺麗な気が満ちたお店ねぇ。
花が生き生きと咲いているわ』

『ね!レナのおともだち どんな子かなぁー』

何かが起こる予感しかしない。
ネッシーとシルフィーネは手を取り合うと、風に乗って急降下、赤屋根のパトリシアの花屋にするりと入り込む。
商品を傷めてしまわないようにと、シャボン生物たちは外で待機させておいた。
間を精霊にすり抜けられたお客たちがぎょっと目を剥いている。
レジで会計をしていたパトリシアは顔を引きつらせた。
まさか、狭い店の中に精霊が二人も訪れるだなんて!

『みーーつけた!レナのおともだちーー♪』

「う、うおっ!?」

ネッシーは風にのった勢いをころさずにパトリシアの首元に抱きついた。
お客たちがあんぐりと口を開けている。
ネッシーだけならまだしも、風の勢いには負けてしまったパトリシアが後ろにすっ転ぶ。

『あ。ごめーん』

『あらあら、勢いをつけ過ぎたのねネッシー。
だめよ…パトリシアさんは女性なんだから、やさしく触れてあげなくちゃ。
ごめんなさい、がすぐ言えたのはえらいわね。
私からも謝らせて。
パトリシアさん、妹がやんちゃでごめんなさいね…』

『はーい!お姉ちゃん!
わたし、りっぱな しゅくじょになりまーすっ』

『頑張るのよ』

精霊様に謝られてしまった…。
恐れ多さと、突き刺さるギャラリーの視線がパトリシアの精神にダメージを与えていく。

「ネ、ネッシーって…?」

「えっ。店主さん女の人なの…!?」

姉シルフィーネの発言に色々とツッコミが入っている。
いつの間にやら妹をネッシーと呼ぶようになっていた姉の現在のニックネームはフィーネ。
二人合わせてラチェリの美少女精霊アイドルユニット!

女の人!?と驚いたやつらは全員表にでろ、と思ったパトリシアだがさすがに発言はしなかった。
口端をピクピクさせながらも、曖昧な笑みを浮かべている。成長である。
パトリシアが暴走するのではないか!?と身構えていた臨時従業員のゴルダロとジーンはホッと息を吐いて、花の鉢を補充する作業を再開した。
恐怖のスチュアート邸大作戦だの、ジーンの妙な称号取得だの、最近は驚く出来事ばかりが続いていたのでトラブル耐性ができていたようだ。
祭りの最中はお宿♡の予約が埋まっているため、夕飯の仕込みに追われているルルゥはこの場にはいない。

既に2人の女の子からラブレターをもらってしまったパトリシアは、自身の性別誤認についてはもうかなりあきらめている…
背中にせつない哀愁を漂わせつつ、ため息をついて、上体を起こした。

シルフィネシアは立ち上がったパトリシアの隣に並ぶと、レジの向こうからお客たちにピースサインをしてみせ、明るく自己紹介する。

『はじめまして〜!創造樹シルフィネシアでーす♪
ラチェリのラビリンスにいる大精霊なんだよー。
みんな、したしみをこめて ネッシーって呼んでね♪』

『私はラチェリのシルフィーネよ。
そうねぇ、フィーネって呼んでもらえるかしら』

パチンと二人でウインク。
精霊乙女の美しさにその場にいる全員が魅了され、男女問わずポッと頬を染めてしまう。
一瞬、沈黙が店に満ちたが…駆けつけた野次馬のひと声をきっかけにすぐに大騒ぎとなった。

「…こ、ここにいらしたぞー!
あわわ、大精霊シルフィネシア様とシルフィーネ様、ふたりともいらっしゃるぅ!?
ああ…精霊様の美しいお姿を目にできるなんて今日はなんて素晴らしい日なんだ。
アネース王国に与えてくださる日々の恵みに、心から感謝しております!
精霊様バンザイ!」

「「「バンザーーイ!!」」」

「ま、負けてらんねぇ。…よし、こっちも声あげるぞっ」

「「「ネッシーちゃーん!フィーネさーん!」」」

『『はあーーい♪ わたしたちの愛しい子たち』』

「「「おおおおおおおーー!!」」」
「「「きゃーーーーー!!」」」

収集がつかない…もはやアイドルのライブ会場となってしまった花屋の現状を見つめ、パトリシアは苦笑いを浮かべている。
さすがレナの友達。と考えて、なんだかおかしくなってきた。
ぷはっ!と吹き出す。
そんなあなたもレナの友達だということをお忘れなく。
…あ!いっけなーい、もうこんな時間!と、ネッシーが店内に飾られた時計を見て目をまん丸くする。

『まだ、べつの街にも挨拶にいかなきゃいけないのー…ごめんね、みんな。またあそびにくるからね♪』

そう、パトリシアの店に。
<フラワーショップ・ネイチャー>は後に、精霊たちのお気に入りの花屋として大陸中に名をはせる有名店となった。
なりゆき(と書いて運命と読む)である。

「「「お待ちしております!」」」

すでに信者として出来上がったお客たちが腰を直角に曲げて最敬礼をしている。
教育はいつの間にか勝手に完了していた。
パトリシアが、ぼそっと控えめな声で告げる。

「えーっと…本日はご来店、誠にありがとうございました。
またのお越しをお待ちしておりまーっす…」

『うん♪ またくるねーー!ここに!』
『隣街だから、トイリアにはすぐに来れていいわよねぇ』

『『パトリシア♪』』

実に言いづらそうに告げた社交辞令は、そのまま本心として姉妹に受け取られてしまった…。
純粋な精霊には、言葉の裏を読み取るちからなどないのだ。
うわぁ…と遠い目をしているパトリシア。
ネッシーとフィーネは最後にパトリシアの肩をポンポンと叩いて、軽くハグした。

『レナの友達は わたしたちの友達だもん。
お歌をプレゼントするねー♪』
『うふふっ、フラワーショップ・ネイチャーが末長く繁盛しますように♪
さぁ、恵みの歌を…』
『『ラララ〜♪』』

清らかな歌声が店内に満ちる。
皆がほうっと歌に聞き入っている中…パトリシアの懐の袋がもぞもぞと動き出した。
護身用のとあるタネが入っている。
アッーーー!

「………げえっ!?」

恵みの歌には、生命エネルギーを活性化させる力があるのだ。
店内の花々は艶を増してこれでもかと咲き誇り、うっとりするような芳香を放ちはじめている。

それは、まだいい。問題はこれ。

▽パトリシアは大慌てで 懐の袋をレジの上に置いた!
▽開花!
▽スーパーシャボン・マッチョマンが あらわれた!×100

小さな15cmほどのシャボンマッチョたちが一斉に、店内をスーパーマンポーズで飛び始めた!
片方の腕を突き上げ、もう片方は曲げたポーズで水平に飛んでいるのだ。
無限のかなたへ、さあ行くぞ!
やめてやってくれ。

なにこれ!?新発売の魔道具の効果!?などと、店内はざわざわし始めてしまった。
精霊姉妹はすでに恵みの歌を歌い終えており、おもしろーい!とマッチョマンを指でつついている。

つつかれると、パチン!と弾けるシャボン・マッチョマン。
なぜこんな変化を。
精霊の姿を目にした者の元には幸運が訪れる、というジンクスが出来ていたような。

マッチョ水滴が降り注いだ花の茎は根元がぷくーっと膨れ上がり、なにやら赤みがかった蜜を貯めている。
パトリシアが眉を顰めつつ花鑑定をしてみると…

[ムキムキハニーフラワー]…茎にプロテインエキスを溜める花。
エキスを飲んだ者は素晴らしい筋肉美を手に入れることが出来る。

との表記が!
すでに5つの花がムキムキ仕様に変質している。

「…ぎゃーー!?ジーン、全部の花の鉢に結界張って!
このシャボンマッチョの水滴が付かないようにっ」

パトリシアが控えめながら叫び声をあげて、唖然とマッチョマンを眺めていたジーンに店主として指示を出した。
幸いにも、マッチョ水滴は人体には影響がないようである。

「え、ええ!? ちょ…僕、杖を裏方においてあるから…。
アレ無しで魔法を使うと、かなり魔力を取られるっていうか」

魔法使いは魔力の燃費を良くするパッシブ・スキルを皆が取得している。
しかし、杖を持っていなければ他の職業と同じように魔力を消費してしまうのだ。
つまりかなり燃費が悪くなる。
魔力が残り少なくなると体調が悪くなるため、ジーンはためらっていた。

「あとで魔力回復ドリンク奢るからっ!
店主が指示してんじゃん!早くしてってばー!」

「うっ!
その強気な物言い…なんか、僕…ドキドキしてる気がしなくもなくもないというか…。
やらせていただきます。大変ありがとうございます」

「お前きもちわるい」

称号[マゾヒスト]をとばっちりで取得してしまったジーンは、心当たりは全くないが、もしかしたら自分は潜在的なマゾなのでは?と…よろしくない覚醒を迎えかけていた。
強気にせかす発言をしたものの、「言いすぎたかな」と反省しかけていたパトリシアはドン引きしている。

ジーンにより結界は無事にかけられて、花の鉢は守られた。
シャボン・マッチョマンたちはしばらく店内を自由に飛び回ると、全てが弾けて消えてしまった。
見た目がミニマッチョであることを除けば、シャボンボディも弾けた水滴の光もとても綺麗なので、お客たちはこの見世物を楽しんでいたようだ。
最後のマッチョマンが消えた時には、拍手が沸き起こっていた。

『すごかったねー!あのシャボン生物、いったいなんだったのー?』

『小さくて可愛かったわね。ラビリンスでもヒト型のを新たに造ってみたらどうかしら?』

いったい何だったのか、はこっちが聞きたい…と思うパトリシアだった。

のほほんとした姉の一言で、ラビリンスのシャボン生物にはマッチョマンが加わる事になった。

すっかり長居しちゃった、とつぶやきながら、精霊姉妹は仲良くパトリシアの店を発っていった。

『『またねーーー♪』』

シャボン生物たちとドラゴンがその後ろにぞろぞろと続く。
ぶんぶん手を振る精霊信者たちをぼんやり眺めながら、嵐のような乙女だったなぁ…とパトリシアは考えていた。
精霊シルフィーネの物静かで清らかなイメージは儚くもガラガラと崩れ去っていた。

精霊を見送るためお客は全員外に出ており、店内はがらんとしている。

「…おつかれさん」

パトリシアがジーンに声をかけると、花鉢の結界は消滅した。
鉢ごとに小さな結界をかける、という細かい作業をしていたためジーンは魔力を大幅に消費していた。
パトリシアは具合が悪そうなジーンに魔力回復ドリンクを差し入れる。
ありがとう、とか細い声を出した魔法使いはどこか恍惚とした表情をしており、パトリシアにまたドン引かれていた。

ゴルダロが、ムキムキハニーフラワーの鉢をまとめて店の裏に持っていく。間違えて売ってしまったら大変な事になる。

「また、えらいもんができたなぁ!がははははッ!
んで、これはどうするつもりだ?」

「それなー。…アリスに流すか…」

後ほどアリスを通して筋肉組合に卸された[ムキムキエキス]は、その素晴らしい効果からマニアによりかなりの高値が付けられて、バイヤー・スチュアートはまたひとつ名声を得る事になった。

ゴルダロ・ジーンとムキムキハニーフラワーについての話し合いをしていた時。
パトリシアはたくさんの自分たちを見る視線を感じて、店の入り口を振り返る。

精霊を見送り終わったお客たちが目を輝かせて<フラワーショップ・ネイチャー>を覗き込んでいた。
視線の向かう先は、精霊に好かれているらしい店主と…咲き誇るいくつものおもしろフラワー。

スライムグミフラワー、食用鬼アザミ、マシュマロ綿花、回転ヒマワリ、などなど。
特殊な花の種はまとめて棚にしまっておいたのだが…精霊の恵みの歌に影響を受けてしまったらしい。
武器系の花々が開花していないのはさいわいだったが、惨事である。

この瞬間、パトリシアの店はふつうの花屋としてやっていくことが不可能になった。
おもしろフラワーショップ・ネイチャー誕生の記念日は精霊祭当日。
それもネッシー&フィーネのお導きとは実に縁起がいい。
そうとでも気持ちを切り替えなければ、もうやってられない。

まず、子供たちがおもしろフラワーの虜になる。

「なにこれ!?甘い匂いがする!食べられるの?」

「こっちの綿花の白いふわふわ、すっごく触り心地いいよー!弾力があって…うわっ、指が押し戻された!?
まるでマシュマロみたい」

そして、大人たちがパトリシアにおもしろ花購入のお伺いをたて始める。
店頭に並んでいなかった花々はとっておきの逸品だったのだろう、と思いつつも、気になって仕方がないようだ。

「あのー、すみません。こちらの花を売って頂けたりは…?」

…パトリシアは吹っ切れた。もうヤケクソである。
にこやかな笑顔の仮面をばっさり捨て去り、冒険者時代を思い出せるどこか凶暴な印象の表情でニヤリと笑う。
保護者たちが「あちゃー…」と、残念な子を見る目でパトリシアを眺めた。
ルルゥに怒られちゃうかなぁ、でもそれってご褒美です、とジーンがぼそっとつぶやいた。

「っしゃあ!
この花を買いたい人は手ェ上げてくれ!
ただ、まだ値段をつけてないから競りになるぜ?
商業ギルドの一般売買品目に登録はされてるから、誰に売っても問題はない品だ。そこは安心してくれていい。
まずは、これから!
[超速スライムグミフラワー]…植えた瞬間に種が芽吹いて、実をつけるまで育ち続ける。だいたい収穫まで5分、そっから30分間はスライムグミが食べ放題!
もいでももいでも実るっつー大食いの人向けの商品だなァ。
すでに咲いてる花じゃなく、種を売るよ。
まずは300リルから!どーだい?」

「350リル!」
「な、なんの。400リル!」

…とうてい花屋とは思えない威勢のいい声が飛び交い、おもしろフラワーの種が次々と買い付けられていく。

およそ二時間後には、店内の花鉢、既成のブーケも含めて全てが完売してしまった。
お客も帰り、すっからかんになった店内には疲れきって床に座り込む店主と従業員らが3名。
開店の日がまさかこんな事態になるとは…と誰ともなしに呟いて、力のない笑い声を漏らした。

お宿♡の夕飯作りとベッドメイキングを終えたルルゥが、差し入れのサンドイッチセットを手に花屋を訪れる。
商品がひとつも置かれていない棚と床に座り込む仲間たちを見て、パチパチと瞬きした。

「…どうしたのぉ?」

「…話せば長くなる」

「いいわ。もうお宿♡の仕事は済ませてきたから」

同じセリフを口にしても、つもる話を聞いてもらえなかったどこぞの呪術師とはえらい違いである。
これが信頼関係の差だ。

精霊が訪れたことを始め、すべての話を聞いたルルゥはひたすら楽しそうに笑った。

「なかなか、こんな愉快な経験できないわよ!
パトリシア。レナのお友達になった時点でこうなる運命だったんじゃないかしら。
うふふ♡もうトラブルを楽しんじゃえば?
確かに忙しくて慌ただしくて大変だっただろうけど、お花もすべて売れたし、いい日だったじゃない」

「…確かに、お客さんみんな笑顔で帰ってってくれたもんなー。
…嬉しかったよ。私の育てた花を喜んで買っていってくれて。
夢だった花屋を開店させられて、売れ行きも順調なんて、私って恵まれてるよなぁ。
精霊様にも会えたんだし。
身体はたしかにしんどいけどさ…なんか心は満たされてる感じがするかも…!」

「おめでとう。それがマゾヒストへの目醒めよ」

「ちげーだろ。おい」

「うふふ♡」

「そーいうのはジーンに言ってやれば?喜ぶっしょ」

パトリシアが適当に話を振ると、ルルゥは嬉々としてジーンをからかいはじめた。
二人は恋人同士ではないものの、なかなか仲良しだ。

ルルゥが差し入れてくれたサンドイッチを、それぞれが手に持つ。
がぶっ!とやわらかいパンに噛みついたパトリシアは、満足そうに口をもぎゅもぎゅ動かし、「おいひい、ありがと」とルルゥにお礼を言った。
ルルゥはジーンをつつきながら、笑顔で手を振る。
ゴルダロが、「いただきます、の食事の挨拶はちゃんとするようにな」と、保護者としてパトリシアを注意した。

ひとつめのサンドイッチを飲み込んで、4人は大きなグラスを手に持つ。
そこに体力回復ドリンクをなみなみ注いだ。
ガチン!と強めにグラス同士を打ち合わせる。

「精霊祭と<フラワーショップ・ネイチャー>の大繁盛に!乾杯ッ!お疲れさん!」

「「「かんぱーーーい!」」」

<フラワーショップ・ネイチャー>はこれからも長きに渡り繁盛していく。
ラナシュ商業歴史に残る、おもしろフラワーショップの名店として。

今年の精霊祭は例年にないほどの盛大な盛り上がりをみせた。
シルフィーネたちがほぼ完全に従来の力を取り戻すほどの信仰心を集めていた。
乙女たちの清らかで美しい姿は、それほどまでに人々の心に影響を与えたようである。
濁った目をしていた闇職すらどこか表情が明るくなっており、夜になってもなお、アネース王国の街の熱気は冷める様子がなかった。
精霊祭後は犯罪が大幅に減少して、精霊たちのファンクラブができ、国にとって良い影響をもたらしていた。

シルフィネシア・シルフィーネたちは夕方になると、街を引き上げてそれぞれの宿り木に帰っていった。
ネッシーとフィーネだけは、どこかに寄り道をしていたようだ。

▽Next!閑話・精霊のよりみち[アリスとモスラ]、[レナパーティ]

 

 

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