64:夢喰い

昼間の賑やかさも次第におちついてきて、穏やかな夜のとばりがラチェリの街に下りてくる。
昔から受け継がれてきた伝統的な街並みが、それぞれの軒先に飾られたランタンの光にぼんやりと照らし出されている。
ラチェリの夜街は薄暗く、住民も観光客も早々に帰宅してくつろいでいた。
早めに家に帰り少し凝った夕食を作って、家族みんなでゆっくりと食事をするのがラチェリ流の夜の楽しみ方だ。
有名な観光地ではあるものの、夜は閑散としている。

よいこのレナ達は、もちろん夕方には宿に帰ってきていた。
すっかり顔なじみになった受付のお姉さんには最近、毎度のように「赤の女王様ー、サインちょうだい?」などとからかわれてしまう…
曖昧な笑みでそのジョークをスルーして、レナは仲間たちと共にそそくさと部屋に入っていく。
装備品を外してラクな格好になると、ふぅーと長く息を吐き出した。
ハマルに話しかける。

「…夕食を作る前に。
ハーくんに、ストックした夢のチェックをしてもらいましょう!お願いね。
うまく故郷の調味料をとり出せるといいなー」

『『ドンドンぱふぱふーーっ!』』

『はーい、おおせのままにーレナ様ー。
ボク頑張りますー!』

『うむ。…くるしゅうないっ』

「どうしてリリーが胸をはるの? ふふっ、おかしいね」

和やかな雰囲気のなか、皆は夢喰いヒツジ・ハマルに注目する。
注目を浴びても【鈍感】なハマルは照れることもなく、虚空を見つめて何かを考えているような様子だ。
少し大きくなった綿雲のしっぽがふよふよと揺れている。
その内部には、いくつかの星のきらめきが存在していた。

『…えっとねー?
多分だけど。緑色の光がスライム先輩の夢でー、赤色のがリリー先輩の夢かなー。
白金色のお星様はルーカ。
レナ様の夢は、今回はオレンジの光みたいだよー』

「そうなんだ。見た夢の内容と星の色が関係してるのかな?」

「おそらくその通りだね」

ルーカティアス、実に便利な青年である。
颯爽と新スキルの指導を始めた。
もはや皆はこの展開に慣れきっており、驚く様子もない。

「ハマル。目を瞑って、しっぽの光に意識を集中させてごらん。
どれかひとつに絞って…内容を視たい、と念じてみて。
そうしたら夢に干渉できるはずだよ」

『おおーさっすがー。んじゃ、やってみまーす』

「うん」

…ハマルは瞳を閉じて、ウトウトと船を漕ぎ始めた。
あれ?とレナ達がルーカを見つめると頷きを返されたので、どうやらこれでいいらしい。

「[夢吐き]で”物を取り出す”には、しっかりとした詳細な情報が必要なんだ。
どれを持ち出すのか。それはどのような見た目、機能の物なのか。
選別する必要があるから、意識のほとんどを夢覗きに割かなくちゃいけないんだよ。
集中するために眠っているんだと思う。
夢の内容があいまいなままでも吐き出せるのは…おそらく”現象のみ”。
例えば、ひどい大雨に降られてしまったとか…とても上手にダンスができた、とかは可能だと思う。
これらは攻撃とか、相手の混乱を招くために使えるかな。
ハマルは起きた状態でも、夢の大ざっぱな内容なら理解できてるはずだよ」

「わ。それなら、例えばダンスの夢を[夢吐き]したらハーくんは踊り出しちゃうんですか?」

「夢の内容が”みんなが踊った”というものなら周りの人々も一緒に踊り出してしまうだろうね。
だいたいの認識はそれで合ってる」

今更ながら、なんともすごーいスキルだ。
使いどころを間違えれば大惨事になりえるが…楽しいイベントにも幅広く使えそうである。
ハマルを中心に人々が手を取り合い、混乱しながらもくるくると踊る様子を想像したレナはクスクス笑った。

眠るハマルを囲んで、先輩従魔たちが楽しそうに会話をしている。

『クーとイズの緑色の夢ってなんだっただろー?気になるー!』
『起きてすぐはなんとなく覚えてた気がしたんだけどなー。もう忘れちゃった』

『…夢って、すぐ、忘れちゃうよね?
幸せな夢なら、ずーっとめいかくに、覚えていたいのに…』

『そうだねー!たまに、起きた時に心がほわほわあったかい時があるよねっ?
楽しい夢を見てたんだろうなーって思って、忘れてることが惜しくなっちゃうの』

『分かるぅー!
夢の続きが見てみたくてまた眠るんだけど…おんなじ夢は見れないんだよねぇ。くやしいっ。
でも幸せな気持ちになる夢って、きっと、レナの膝の上で美味しいごはんを食べてたんじゃない?』

『クスクスッ!…それなら、実現可能、なの』

ハマルの寝顔を覗き込んでいた先輩たちはくるりと振り返り、我が子可愛さに泣き始めているレナの胸にぴょーーんっ!と飛び込んでいった。
まだまだ全員小さめサイズなので、効果音もかわいいものだ。
レナはひしっと可愛こちゃんたちを抱きしめる。
すーりすーりと濡れた頬で頰ずりしており、従魔たちはきゃあきゃあ騒いでいる。

『『レーナ!今日の夕飯はなぁにー?
レナのごはん大好きよーー!』』

『ご主人さまっ!私ね…ほんのちょっぴり、素敵なデザートが欲しいなぁ』

「うんうん、美味しいごはん作るからね。私におまかせあれ!
メニューはハーくんの[夢吐き]が終わってから決めるけど、みんなが好きな豚肉を使おうか。
ルーカさんも手伝ってくれるらしいから、いーっぱい作ろう!
デザートは…フルーツジャムと生クリームをスライムゼリー粉で固めたぷるるんパンナコッタね。
朝に仕込みしたから、もう固まってるはず…イズミに冷やしてもらってからみんなで食べよう。
楽しみにしててね、リリーちゃん!
今日は私があーんしてみんなにごはん食べさせてあげる…!」

『『『わーいっ!』』』

「…レナ、ダメでしょう。
はぁ。またそうして簡単に甘やかしちゃって。
従魔たちはフォークの使い方を練習してる所なんだから…貴方がきちんと教育しないと、いつまでたってもスプーンでしかごはんを食べられない子のままだよ?
心を鬼にするのです」

「う。……今日だけ!レナお母さんは明日から本気出しますので!」

「……」

パーティ内では一番の常識人(ツッコミ)、ルーカは困った顔をしている。
従魔たちがじり…じり…と彼ににじり寄る。

『…ところでぇー。明日のメニューリクエストはクーの番なわけですが?』

『はいはい、クレハさん。して、どうなさるおつもりですかな?』

『朝食にフレンチトーストを所望しようかとね!』

『わーぉ!卵たっぷり、だねっ。…ルーカの大好きなやつだー?』

▽従魔たちの 小悪魔のゆうわく!
▽ウルトラスーパーラブリー上目遣いが 炸裂した!

「………くっ。…明日からは、きちんと自分で食事をするんだよ…」

▽ルーカは 陥落した。

『『『はーーいっ!』』』

ちょろいものである。
気まずそうに目をそらす金色お兄さんを、レナはにんまりと半月型になった目で見ている…

「…ふっふっふ。
美味しいごはんの沼は深いでしょう、抗(あらが)えないくらい心地いいでしょう。
そしてウチの子たちのお願いは途方もなく可愛いでしょう!
ルーカさんももっともっと堕落してしまえばいいのです!」

「もうとっくに堕落しちゃってるし…幸福感で溶けてしまいそうだよ」

『『でろでろばーーっ!』』
『あっぷっぷ!』

▽従魔たちの ヘン顔攻撃!
▽ルーカは 撃沈して もふもふベッドに突っ伏した。

これまたちょろい。
ほんとにみんな仲良しで何よりだ。
ルーカはパーティ内では一番の常識人(ツッコミ)、されど、世間的な目で見たなら立派なボケとオチ担当である。

ルーカが料理のお手伝いをする、ということについて説明しておこう。
毎度6人分の食事をレナ一人が作るのは大変なので、最近では、包丁を扱える年齢のお兄さんに支度を手伝ってもらっているのだ。
従魔たちのちいさな手では、危なっかしくてまだ包丁を持たせられない。
生活面では仲間のちからに頼りきりなルーカは、少しでもパーティに貢献しようと日々頑張っている。
もともと手先が器用なので上達はかなり早く、料理長も満足そう。
そのうちルーカ一人でもある程度の料理を作れるようになるだろう。

ハマルを起こさないように、と皆は小声で騒いでいた。
…目を閉じてから20分ほど経った頃、白いヒツジ耳がぴくぴくと動きだした。
長いまつ毛が震えて、夜空のような藍色の瞳がのぞく。
特殊な状態で眠っていたからだろうか。そのまま数回ほどぎゅっと目をつむって…ようやくぱっちりと開眼した。
そして、いつものように眠たげにとろんと半分ほど瞼をおろす。

『……むにゃー…』

「おはよう。ハーくん」

『…はーい、レナ様。おはようございまーす。
ただいま意識が戻りましたぁー。
夢の中のレナ様ね、キッチンでお料理してたよー。
見たことない道具がいっぱいの場所だったからー、多分、故郷の風景だったのかなぁ…?
ボクね、”この国っぽい調味料をお恵みくださいませんかー”って、ヒト型になって話しかけてみたのー。
夢の中のレナ様はボクのこと全然知らなくてビックリされちゃったけどー…やっぱり、優しかったよ。
なんと!幾つもの調味料をまとめて籠に入れて、ボクに持たせてくれましたー』

「おおっ!夢の中の私ナイス…!
そしてハーくんの可愛さもさすがだねぇ」

『えへへー、あとで縛って踏んでくださいー。
では。[夢吐き]いきまーすっ』

『『ぱふぱふーーっ!』』

初めて「踏んで」と言われたレナは…夢の中に兄でもいたのか、ハマルに悪影響を与えたのではないか、と心配になった。
…が、今はそれより調味料セットである。
ハマルの危ない発言など今更だ。あとでちょいちょいと足先でつついてやろう。
はたして、夢の中のレナが与えた調味料セットとは?

ハマルはレナを見つめつつ、綿雲のようなしっぽを一振りした。

『スキル[夢吐き]ー。
対象は、レナ様がお料理してる夢……いでよー”お好み焼きセット”!』

▽ハマルの [夢吐き]!

しっぽ内部のオレンジの光がふっと消える。
そして綿雲状の尾がもくもくと大きさを増して…ハマルが尾を振ったタイミングで、ぽーん!と籠に入ったお好み焼きセットが飛び出した!
内容は、お好み焼きソース、マヨネーズ、鰹節に青のり、だしの素。
トッピング一式が勢ぞろいしている。だしの素はオマケだろうか。

お好み焼きセットを具現化したしっぽは、元の大きさに戻っている。
まるで打ち出の小槌のようだ。

「まさかのお好み焼きセットとは。
…んー、キャベツと豚肉、あとつなぎの山芋は、アネース王国産のヌラヌライモを代用すればいけるかな。
チーズのストックもいっぱいあるし、贅沢に使っちゃおうか。
ふふっ、ラナシュはチーズが安くていいよねぇ。
みなさーん、今日の夕飯は”お好み焼き”に決定しました!
キャベツと豚肉、チーズをヌラヌライモで固め焼いたものに、美味しいソースをかけて食べるお料理です。
ハーくんにお礼を言いましょうね。ありがとう」

『『『ありがとーー!』』』

「ありがとう。ハマル、お疲れ様」

『えへん!どういたしましてー』

ご機嫌になったハマルのしっぽがゆらゆらと揺れている。気分に反応するようだ。

[夢吐き]はかなりの魔力を消費するため、他の夢は今回は[夢喰い]してしまった。
[夢喰い]は食料としてハマルのお腹を膨らませるだけでなく、魔力もわずかに回復させるようだ。

現在泊まっているちょっと高価な宿には、各部屋にささやかなキッチンが備え付けられている。
キャベツを刻み、蒸して潰したヌラヌライモ、チーズ、卵、薄力粉、だしの素を加えて混ぜ、フライパンの縁ギリギリまで生地を伸ばして両面を焼く。
ひっくり返す前には生地の上に豚肉を広げておいて、美味しそうな焼き目をつける事も忘れない。

アツアツのお好み焼きにトッピングをするのは幼児姿の従魔たち。
ボトルからソースをちゅーっとまとめて出して、ぺたぺたとスプーンで焼けた生地の上に広げていく。
マヨネーズで模様を描いて喜び、鰹節で隠れてしまってちょっぴり落ち込んでいた。
そして指についたソースをペロリと舐めて、目を輝かせる。

従魔たちはクラスチェンジを果たしたものの、ヒト化した姿への影響はまだ表れていなかった。
身長は約100cm、小学校に上がるかどうかという子と同じくらい。
ルーカいわく、過去になくクラスチェンジが早いため世界の情報整理が追いついておらず、成長のタイムラグがあるのだろう…とのこと。
異世界ラナシュは仕事が遅い。
リリーは妖精姿では少女、ヒト型では幼女という面白いことになっている。
しばらくしたらぽんっと数年分成長してみせるのかもしれない。
それまでに可愛い服をたくさん着せてあげなくては…と、保護者2名は燃えている。
散財には気をつけて頂きたい。

「いただきまーす!」

みんなで食べ始めの挨拶をしたら、しばらくひたすら無言で舌鼓を打った。
あまりにお好み焼きが美味しそうだったので、従魔たちも、最初の一枚は自分で食べるー!と宣言していた。
フォークで大きめの一切れをぶっ刺し、これでもかと口いっぱいに頬張っている。
主人に甘えてゆっくりあーんしてもらうのももちろん捨てがたいが、今回は香ばしい匂いに食欲を刺激されまくったようだ。

ラナシュにはない、レナにとっては懐かしいソースの味が皆の表情をとろけさせている。
甘めのお好み焼きソースに酸味のあるマヨネーズ、ふわっと磯の香りを添える鰹節と青のりの風味が混ざり合い、とっても美味しい!
食べ応えのある大量のキャベツにはチーズがとろーりと絡んで、豚肉の旨味・脂の相性がこれまた絶妙!
大きめの一切れをそれぞれがぺろりと完食してしまい、次の一切れを取り皿にとる。
幼児たちはじゃんけんを始めた。

「勝った人から順番ねー?」
「じゃんけんぽんっ!」
「あ。…私の、勝ち!」
「負けちゃったー…でも、次は勝つもーん」

あーん、してもらう順番を決めていたらしい。
リリー、クレハ、ハマル、イズミの順に決まった。
それぞれが期待した目でレナを上目遣いに見つめている。
色とりどりの澄んだ瞳がキラキラ輝いている。

「ちょっ、この子たちもう可愛すぎじゃありませんか…!?
はぁー癒される…リリーちゃん、あーん」

「あむ!」

「うん、バッチリ可愛いシーンが撮れたよ」

リリーが大きく口を開くと、少し尖った八重歯が覗いた。
お好み焼きの一口分をレナが放り込んでやると、嬉しそうに口をもぐもぐ動かし始める。
かっわいい。
笑顔でいそいそと次の一口分をフォークで切り分けるレナ、写メ&動画撮影に余念がないルーカ、ばっちりピントを合わせてみせるスマホさん。
光景にツッコむ者は、いない。

わいわいと楽しくご飯を食べて、お腹は満たされた。
新しい調味料セットも手に入ったし、心も幸せいっぱい!

レナはふかふかハマルクッションにポスンともたれかかると、精霊祭のお誘いをかけるため、パトリシアに電話をすることにした。
スマホさんを手に取って、話しかける。

「スマホさん、スマホさん。
パトリシアちゃんとお話がしたいんだけど、繋いでもらえるかな?
…あ、でも今時はお食事中かもしれないか…」

<マスター・レナのご用件を確認いたしました>
<現在のパトリシア・ネイチャーは……花の寄せ植え鉢を試作中のようです>
<マスターからの通話は作業の障害になり得ない、と判断いたしました>
<呼び出し中…… 呼び出し中……>

「あ、大丈夫そう?よかった」

できる子、スマホさん。
フレンドのプライベートも主人のためなら赤裸々に公開してみせるその心意気や、よし。
主人贔屓がすでにひどい。

<ん?レナぁ…?もしもーし>

スマホの上部の空間に、半透明の四角いウィンドウが浮かび上がる。
そこには<通話中。パトリシア・ネイチャー>との文字が表示されていた。
パトリシアの中性的な声が部屋に控えめに響く。
室内であることを考慮してか、音声ボリュームは最初から小さめになっていた。

「パトリシアちゃん!久しぶりだねー」

レナが明るく友達の名前を呼ぶと、少し拗ねたような声が返ってくる。

<そーだなー、久々!
最近、レナは全然私に電話してこなかったもんなー…>

「あはは、ごめんごめん。ちょっとバタバタしてて、疲れが溜まってたんだよねぇ。
心配かけちゃったかな?」

<かなり>

「か、かなり?ごめんね」

<いや、まあ事情もあっただろうし、私は別に良いんだけどさ。
ちょっと寂しかったくらいで。
…いや、ほんと、私のことは別に良いんだけど…。…レナ、覚悟しとけよ。
あと二人が、やばいぞ>

「んっ!?」

…なにやら不穏な流れである。
あと二人、とは…?
なんとなく察して、その二人が”ヤバイ”という想像をしてみたレナの表情がピキッと固まる。

<モスラとアリスがさー。…もう、めちゃくちゃ怒ってんの!
あとで特大のお説教がレナにあるだろうなー?頑張ってくれ>

「ひいっ…!?な、なんでぇ…!?」

<そりゃ。
ラチェリにタチの悪い呪術師が現れた、ってアネース王国中で指名手配されてたし?
レナたちは大丈夫かなーってみんなで心配してた所に、[赤の女王様]一団が苦戦しつつも呪術師を退けた!って一報だろ。
あ、これはルルゥが裏で手に入れた表には出てない情報な。
[赤の女王様]ってレナの称号じゃん、って話になって。
実際そうだったんじゃないの?
なんかモスラが急にヤバげなスキル覚えてたし。驚いてたぞ。
…主人が苦戦してたってのに助太刀に呼ばれなかったモスラは無言で身体鍛え始めるし、アリスは怪しく笑いながら呪われた魔道具集めだすしで…もう、私の胃が痛いわ…。
私も、レナが危ない時にモスラ呼ばなかったことにちょっと怒ってたけどさ。その怒りも冷めるくらいの気迫。
正直、あれはやべぇ>

レナがザッと青ざめる。

「う、うわああああ…!?
違うの…モスラが頼りないから呼ばなかった訳じゃないんだよ!?
ほら、魔物姿のモスラってかなり目立つじゃない。
まだアネース王国内の住民権とか、立ち位置がどうなってるかもわからない状態で無闇に呼び出して迷惑をかけたくなかったの…。
それに、もし敵と間違われてモスラが攻撃されちゃったら、たとえ味方でも、私は主人としてその人達に制裁せざるを得ないもん。
それもかなりマズイし。
…呪術師と戦闘してた時、マッチョマンの種でどうにもならないようなら笛を吹こうと思ってましたぁ!
って、是非モスラとアリスちゃんにお伝え下さい…!
大親友パトリシアちゃん。よろしくお願いします!」

<ふぅん。なるほどねー。
まぁ、そんなとこだろうとは私も考えてたけどさ。
アリスもモスラも頭いいし…レナのその気持ちも既に読んでる気がする。
で、そのうえで怒ってるっつー可能性が高くね?こわっ…>

レナは撃沈した…もうどうにもならないらしい。
ヒツジの金毛にぐりぐりと頭を埋もれさせているレナを、小さな従魔たちがよしよしと撫でてやる。
口を挟めば面倒な事になりそうなので、ルーカは黙っていた。
みんなにも音声が聞こえるようにと、今は念話モードをオフにしているためパトリシアとの会話は筒抜けである。

長く返事が聞こえてこなかったので、レナきっと凹んでるんだろうなーと察したパトリシアはささやかな助け舟を出してやった。

<まあ、レナはモスラの事を大事に思ってるからこそ呼ばなかったらしいぞ、ってきちんと伝えておくよ。
このフォローがあるのと無いのとではかなり違ってくるだろ。…多分。
あとは…あいつも平気そうに見えて寂しがってるからさー。
用事とかなくてもいいから、また早めに笛で呼んでやってくれな。
従魔と主人の繋がりってかなり特別なもんなんだろ?
アリスもモスラの主人だけど、レナへの気持ちはまたそれとは違う…なんつーか、崇拝?みたいなもんを感じるし。
モスラは執事業全般的こなしててかなり忙しいけど、もう一人の主人に会ってたまに息抜きするのもいーんじゃないの。
って私は思うぞ。
アリスも遠出の許可出してるから気にせず呼びなよ>

「…そうだよね。あの子もよく頑張ってるよね。
…うん、また早めに呼ぶよ。
私たちももちろんモスラに会いたいし。
モスラは魔人族の姿が大人だからつい甘やかしそこねちゃうけど、今度会ったらいーっぱい褒めてあげなくちゃね!
…そして、真剣に謝ろう…」

<ぷははっ!そうしな!>

パトリシアは撫でくりまわされるモスラを想像して、愉快そうにカラカラと笑った。

そして、モスラは特例としてアネース王国での住民権を既に獲得しており、魔物姿についても広く周知され始めていると語った。
トイリア領主が頑張って手を回したらしい。
レナの元までギガント・バタフライ姿で駆けつけるのも、問題はないようだ。
アネース王国内の上空飛行許可は出ているし、国を抜けてからはかなり上空を飛んでいけば姿に気付く者も早々いないだろう。
【大空の愛子】は空をどこまでも自在に飛ぶことができる。悪天候の影響を受けることもない。

通常ならば、魔人族の魔物姿については所属している組織やギルドの役員のみが認識しているものだ。
今回のように、住民にまでモンスターとしての情報が周知されている例はかなり珍しいと言っておこう。
ギガントバタフライはとにかく巨大なので、魔物姿になれば必ず人目に触れてしまう。そのことで混乱が起きないよう、このような措置がとられたのだ。
強大な新種モンスターが街にいるということで不安に思う住民もいたが…美貌の執事モスラがひとたび街の広場で微笑むと、誰もが彼の存在を受け入れてしまった。
モスラはいつの間にやら[カリスマ]の称号を取得していた。
美幼女主人アリスと共に街を歩く様子は実に絵になっており、トイリアの隠れた名物となっているとか。

ここまで聞いて、レナは「よかった」と頷き、ようやく本題に入る。

「ところで、パトリシアちゃん。精霊祭の日って忙しい?
一緒にお祭りを楽しめたらいいなーと思ってるんだけど」

<…あちゃー。んー、そうだなァ。
…悪い!その日は花屋の開店の日だから、多分時間とれないわ。めっちゃ忙しいと思う。
時間作ってラチェリまで会いに行くのは無理そうだし、トイリアに来てもらったとしても、忙しくて相手できないと思う。
せっかく誘ってくれたのにごめんなー…>

「そっか。残念だけど、それなら仕方ないねぇ。
たしか、精霊祭の日はアネース王国でいちばん縁起が良い日…なんだっけ?」

<そうそう。その日に開店する店はかなり多いんだ。
それに、今年は精霊様が街にいらっしゃるなんて発表もあったじゃん?
一段と気合いが入るよなー!
精霊様にいい加減な仕事見せらんねーし、私も頑張って店をきれいな花で埋め尽くさなきゃ>

「応援してる!」

<あんがとなっ>

「そうだ。シルフィネシアちゃんとシルフィーネさんにも、<フラワーショップ・ネイチャー>のお店の宣伝しとくね」

<ちょっと待て>

…相変わらず規格外なレナの近況をくわしく聞いて、パトリシアは頭を抱えた。
レナに目をつけた呪術師は見かけたら全力でぶっとばすとして。
精霊たちとお友達、実力のある信者の大量確保、アネース国王とは会談済み、あげくに…大精霊シルフィネシアを育てたのはレナのレアクラスチェンジ体質?
なんて濃い生活を送っているんだ…!と、驚きを通り越してもはや呆れてしまっていた。
ちなみにこのヤバイ話の間は、気を利かせたスマホさんがパトリシア側の受信を念話モードに切り替えてくれていた。
本当に気遣いができる子である。

…気がつけば、もうかなり長く話してしまっていた。
従魔たちはウトウトと船をこぎ始め、目をこすっている。
リリーはちいさな手で、ハマルは毛づくろいをするように、スライムたちはくにょーんと身体のハリを緩めていた。
ルーカはテレパシーで「(今日はちょっと冷えるから、ブランケットを受付で借りてくるね)」とレナに告げて、静かに部屋を出ていく。
その際にドアノブの静電気にあたって、小さく悶絶していた。

レナはパトリシアに「赤い装備品をいくつか見繕ってほしいの」との伝言をお願いする。
今のタイミングで頼むのは少々怖くはあるが…伝言を願った先は、天才バイヤー、アリス・スチュアートだ。
品選びにおいて、これほど信頼できる相手もいない。
赤の祝福装備についての説明をしておく。
赤色で、なおかつ魔法効果を持つ逸品ほど早く祝福を授かりやすいらしい…と告げた。
対価はスライムのスター・ジュエル。
そのとんでもない価値を聞いた庶民のパトリシアは、ウィンドウの向こうで「ひえっ!?」と悲鳴を上げていた。

アリスの商業試験は精霊祭のすぐ後。
装備を揃えるのは早い方がいいが、もしアリスの負担になるようだったら伝言は試験が終わってからにしてほしい、とレナは気遣いの一言を添える。
この判断をパトリシアにしてもらうため、アリスに直接電話をしなかったようだ。
アリスの様子を伺いつつ、装備品を見繕うのがいい気分転換になるようならレナのお願いを伝える。
もし焦りが見えたなら、試験後にレナが要件を直接伝える…ということになった。
魔道具やら、価値のある品を集めるのはアリスの趣味なのだ。
珍しい逸品を手に入れたらなら連絡してほしい、とはあらかじめ言われていた。

特別な精霊祭を楽しみにしつつ、レナたちはゴールデンクッションに頭を預けて、暖かいブランケットにくるまると朝までぐっすりと眠った。

 

 

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