60:報告

レナは落ち着いた様子で静かに言葉をつむぎ、精霊との出会いについてゆっくり語っていく。
詳しく知られてはマズイ部分などは適度に作り話を混ぜておいた。

<ラビリンス:青の秘洞>を訪れた際に、意図せず、小さな乙女の宿り木に出会っていたこと。
呪われたイノシシに遭遇し、事件に関わることになったという経緯。
姉シルフィーネの声を聞いて行動していた、元仲間との再会について。
姉精霊との信頼関係を持った者の出現により、妹シルフィーネがレナたちにも心を許して、特別に姿を見せてくれたのだと話した。
これは作り話。
呪術師に対して目が利きすぎていた件については、”シルフィーネたちの特別な力を借りていたから、他の者以上に事件についての有力情報を得ることができていた”と話しておく…。

冒険者たちも爺様たちも、目を丸くして真剣に話に聞き入っていた。
[赤の女王様]はなかなか話し上手で、まるで子供たちに読み聞かせる童話のように話全体を綺麗にまとめてみせた。
説明がざっくりしすぎている部分も多くあったが、シルフィーネたちが特に異議を申し立てずおとなしく控えていたので、皆、レナの話をそっくりそのまま信じたようである。
精霊シルフィーネはアネース王国民にとって、それほどまでに絶対的な存在なのだ。
話が終わり、爺様のひとりが感嘆のため息をつく。

「はあ…!
まさか、ラビリンス<青の秘洞>の中に新しい宿り木が芽生えていたとは。盲点でしたな。
今までそのような前例など無かったゆえ、考えが至りませんでした。
レナ様、先ほどはあなたに不躾な視線を向けてしまい申し訳ありませんでしたな…」

「ふふっ、構わなくてよ。許すわ」

「あ、ありがたき幸せ…?」

「…あの。
もしや、そちらのジミーさんも、レナ様も、”精霊の友達”の称号をお持ちでいらっしゃるのでしょうか…?」

レナが従魔たちを撫でる手を止めて、ルーカ(偽名:ジミー)を見上げる。
ルーカも何と答えようか迷っているらしく、口元に小さく苦笑を浮かべていた。

リリーが疲れて眠っているためルーカのジミメン[幻覚]は解かれたままだが、顔について冒険者たちからツッコミが入ることはしばらく無さそうである。
皆、まず精霊のことを優先していた。
ひとりイケメンを優先しそうな人物もいるが…まだ気絶している。

“精霊の友達”は、ラナシュ世界においてとても特別な称号だ。
清らかな魂を精霊に気に入られた者だけに贈られる珍しい称号で、世界中の精霊たちから無条件に好かれるという破格の効果を持つ。
人前に姿を現さない精霊などもこの者にだけは自ら歩み寄り、声をかけ、まれに加護を与えてくれることさえあるのだ。
精霊をこよなく愛するアネース王国民にとってかなりデリケートな話題なので、ルーカもしばらく沈黙して、最善の回答を模索している。
称号は持っていない。
しかし、姉シルフィーネにルーカが好かれただけの理由が必要だ。

場の空気が徐々にピンと張り詰めていく。
…誰よりも先に言葉を発したのは、シルフィーネその人だった。

『あなたの瞳は きれいなきれいな 紫色のアメジスト~♪
ひかりの子の まなざしに 精霊だって うっとり 魅せられちゃう♪
あなたの血潮は あまいあまーい 至高のデザート~♪
きっとだれもを 惹きつけてやまないわ たまらなーい 甘美なお味ー♪
どちらの子も とってもだいすきよーー♪
いとしい子 私たちのたいせつな友達。
ラララ~♪』

「「!」」

豊かな若葉色の髪をふわふわと風に遊ばせながら、幸せそうに微笑み歌う、風と水の乙女シルフィーネ。
妹が高らかに歌い、姉は今だ木に背を預けたまま瞳を閉じて、やさしくハミングしている。
どうやらレナとルーカは、早々に既成事実を作られてしまったようだ。
ウインクしている妹シルフィーネはおそらく気を利かせてくれたのだろう。
笑みを浮かべながらもどこか遠い目をしている二人の頭の中に、高らかに福音(ベル)が響く。

<<称号:[精霊の友達]が追加されました!>>
<<ギルドカードを確認して下さい>>

やったね!
これからも旅のイベントには事欠かないようだ。今更すぎる。

<<大精霊:創造樹シルフィネシアの加護が贈られました>>

ちょっとまて、雲行きがあやしい。

<風魔法[テンペスト]を取得しました!>
これはレナへ。

<従魔:イズミが水魔法[ファウンテン]を取得しました!>
<従魔:モスラが風魔法[サイクロン]を取得しました!>
従魔たちへ。

<光魔法[サンクチュアリ]を取得しました!>
そしてルーカへ。

…とんでもないものを贈られてしまった…。
大嵐、猛烈な風の渦、超噴水、光の聖結界。
これらは極大魔法だとか、そういうのではないだろうか?
女王レナ様が動揺して思わず高笑いを始めてしまい、シルフィーネたちの”友達のうた”に感激していた爺様たちを大いに驚かせてしまう。
ルーカが口端を引きつらせた。

「(うわ…。
…えーと、レナが女王様として覚醒したことで、血液を摂取していたシルフィーネへの影響力が増したみたい。わーすごいねー。
シルフィネシアは貴方に従属はしてないけど、大精霊にクラスチェンジしてるし…光属性も足されてる。
光属性は、マッチョマンたちの聖光を浴びすぎた影響かも。
姉シルフィーネにも光属性が足されてるから。
…どうやら、大精霊シルフィネシアの加護は、庇護下の者の風、水、光魔法の才能を開花させるというものらしい)」

「(ひえええええぇぇ!?
こ、これ、私はどう収拾つけたらいいんですか…!?)」

「(落ち着いて。まず、高笑いは鎮めよう。
従魔たちが起きちゃうからね?
…シルフィーネがクラスチェンジしたことも、僕らがヤバイ魔法を取得してしまったことも、まだ皆はしらない。
誤魔化すなら今しかないな)」

「シルフィーネ様たちは、レナ様たちをお友達だと認めていらっしゃるのですね」

『んー? うふふ、お姉ちゃんはシルフィーネ♪
私はねー、創造樹シルフィネシアだよー』

「「「…なんですとぉ!?」」」

「(あっ、これムリだ。女王様、説明お願い)」

「(まさかの丸投げ!)」

「(冗談だよ。…なんとかしよう)」

ルーカはそう言うと、騒(ざわ)めくギャラリーからレナを隠さない程度にスッと前に出る。
そしてこっそりと小声で[麗人]、[話題のイケメン]の称号をセットし、その美貌を存分に生かしてニコッとキレイに微笑んだ。
なぜ、ルーカが[話題のイケメン]称号を持っているのか。また後ほど説明しよう。

高笑いによりレナに集まっていた注目を、全て自分に集めてみせる。
称号効果で頬を染めた男がいることと、気絶したギルド嬢がピクリと動いたのは見なかった事にして、話し始めた。

使えるものならば己の顔でさえ使おう、と覚悟を決めたようだ。
“美貌の麗人”ではなく、ただのルーカティアスという人間を認めてくれる人と出会った事で、ルーカは精神的に成長しはじめていた。
上品な声が皆の耳にスッと入りこむ。

「貴方たちは、女王様を信じますか?」

どこの宗教家だろう。
困惑するギャラリーに、女王様の素晴らしさについてとうとうと語っていく。
まるで思慮深くなったハマルのような物言いである。

「こちらにおられるレナ様は、女王様としての素質を内に秘めたる、とても特別な運命を背負ったお方です。
普段はごく普通の少女。
しかし、それは世をしのぶ仮の姿。
非常時には女王様として覚醒し、圧倒的な力をふるい、懐に入れた者たちを守ってくださる強く優しいお方なのです。
魂は気高く、美しく、精霊さえも惹きつけてしまう。
まず私にシルフィーネ様からのお声かけがあったのも、レナ様の配下だったからこそでしょう。
すべては女王様の恩恵なのです」

「なんと…!」

レナがここで意味深に微笑んでみせる。
…もうなるようになれ、だ。
ルーカティアスのあほーー!と内心でこっそり叫んでいる。

「ジミーさんの顔がイケメンになったのは…?」

「私の場合は、こちらが仮の姿と申しましょうか。
本来の姿はとても地味なのですが、女王様の偉大さについて語る時だけ、このように見目が整うのです」

「なんだと!?」
「バンザイ!女王様、バンザイ!」
「「くっ!信仰心が足りないのか…!」」

「なーにバカなことやってんだ、弓使いのにーちゃんたち…」

女王様を賛美すればイケメンになれると信じてしまった弓使いの双子がはしゃぎだして、戦士に呆れた目を向けられている。
まあ、それはいい。

ここでルーカはいざシルフィネシアの説明に移ろうとしたが、絶妙なタイミングでマッチョマンたちの寿命が尽きてしまう。
最後に渾身のマッスルポージングを決めたあと、はかなく枯れてしまった。
そちらに皆の意識を持っていかれてしまう。
男たちはマッチョマンに敬意を払って二の腕に力こぶをつくってみせ、聖なる光をめいっぱい浴びたシルフィーネたちが心地よさそうに深呼吸する。

…姉シルフィーネが静かに立ち上がった。
皆、ハッと彼女に視線を向ける。
乙女の緑のまつ毛が柔らかくふるえて、雪のように白い瞼が持ち上がり、澄みわたる青空を思わせるサファイヤの瞳がのぞいた。
思わず、うっとりと見惚れてしまう青さだ。
姉シルフィーネはその身体に神々しいオーラを纏いはじめ、徐々に半透明になり透けていった。
本来、結界遮断により弱っていた精霊シルフィーネは人の目に姿を映すことなどできない状態だったのである。
再び精霊として息を吹きかえした姉シルフィーネは、完全に姿を消し、人の目には見えなくなってしまった…。

レナとルーカ、シルフィネシア、眠っている従魔たちにのみ、やさしく微笑む美少女が見えている。
冒険者と爺様たちが説明を求めてレナを見つめた時、乙女の美しい声”のみ”が広間に響きわたった。

『わたしたち精霊シルフィーネを愛し、闇の者の手から救ってくれた皆さま、どうもありがとう。
みんなの頑張りのおかげで、わたしはようやく救われました。
勇敢な戦士たち。やさしい魔法使いたちに心からの感謝を…』

「と、とんでもございませぬ!
我らアネース王国の民が、シルフィーネ様の御身をお守りするのは当然でございます」

爺様たちが首がもげそうなほど頭をふっている。

「今一度、お姿を拝見することは叶うでしょうか…?」

『ごめんなさい。
長く精霊結界のなかに一人きりでいたから、すべてのシルフィーネは精霊としての力が弱っているの。
シルフィネシアだけは特別だけど…わたしたちシルフィーネは、しばらくは人の目に姿を映すことはできないわ。
他の姉妹たちもおなじ状況よ…。
精霊結界はね。精霊を守ると同時に人々が宿り木に直接触れる機会を無くしてしまったから、信仰心を拠り所にしているわたしたちをジワジワと弱らせてしまったの』

良かれと思って続けていた精霊結界の維持が、敬愛する精霊シルフィーネを苦しめていたとは!
魔法使いの爺様たちは大変なショックを受けて、跪(ひざまず)いた姿勢のままふらりと倒れてしまいそうになる。
あわてて冒険者が支えようと駆け寄るも、清らかな風が爺様たちをふんわりと包みこんだ。
爺様たちはそのやさしさに涙をにじませる。

『…心配させてしまったかしら?
大丈夫よ。
あなた方アネース王国の魔法使いが、誰よりも精霊を大切に想ってくれていることをわたしたちは良く知っているから。
どうか泣かないで。
あなた方の大きな敬愛の気持ちがあったからこそ、シルフィーネは今も、このように存在できているの。
時折訪れていた黒い魂を持つ者たちも、結界のおかげでわたしたちを害することはできなかった。きちんと意味はあったわ。
ありがとう』

「…我らをお許し下さるのですか…!」
「なんと、慈悲深いのだ…」

『ふふっ。わたしたちは風と水の乙女シルフィーネ。
アネース王国を、その民を愛する精霊なのだもの』

姉シルフィーネが、妹と目を合わせてにこっと微笑んだ。
シルフィネシアがその言葉に応えて、嬉しそうに宙返りを決めて返事してみせる。

『みんな いつもありがとう~♪ 大好きよ~♪』

感激した爺様たちがむせび泣く。
姉シルフィーネは穏やかな風で爺様たちの顔を包むと、濡れた頬を撫でて、大粒の涙をすくってやる。

『…精霊結界を解除した状態で、信仰心が一年でもっとも高まる精霊祭を迎えることができたなら。
シルフィーネたちはふたたび従来の力を取り戻す事ができる。
善の魂をもった人々の前に姿を現し、今よりももっと土壌を富ませることが可能になるでしょう。
…あなた方が結界の維持を頑張ってくれていたことはよく知っているけれど…どうか、解除か軽減をお願いできないかしら』

「分かりました…!早急に手配いたしますぞ!
ぐすっ」

『良かった!ありがとう。
シルフィネシア。あなたも、自己紹介して差し上げなさいな?』

『はーーい、お姉ちゃん♪
あのねー 、わたしは 大精霊 創造樹シルフィネシアだよー。
アネース王国のみんな、これからよろしくね。
ラビリンス<青の秘洞>の一角に、あたらしく芽生えた乙女の宿り木なの。
だからね、ラビリンスをおおきくしたり、景観をかえたり、新しいいきものをつくったりできるんだよー。
[ラビリンス・メイキング]の 力があるのー♪
すごいでしょう?
あとはね、アネース王国内を自由に移動できるんだよ』

全員が卒倒しそうになる。えらいこっちゃ。
姉シルフィーネだけが、あらあら、なんて言って微笑ましく妹を眺めている。
創造樹、の名が示すとおり、シルフィネシアは何かを創り出す能力に特化している精霊のようだ。
姉シルフィーネが爺様たち、そして妹に語りかける。

『精霊祭はもうすぐなのよね。
うーん、それまでに全ての精霊結界を解除することは可能かしら…?』

「我らが王宮にもどれば、全ての精霊結界に一度に干渉することが可能でございます」

「ただ、一括で全ての結界に影響を与えてしまうので…今回の遠征には我らが直接こちらに駆けつけたという訳なのです」

「むむ…。
精霊祭に間に合わせるとなると、悠長に会議などしているヒマはありませんなぁ。
その経緯をすべて飛ばして精霊結界を解除するとなると、この案件は、アネース国王に直談判せねばなりますまい」

『まあ、可能なのね。
だったら…シルフィネシア、王都までおつかいに行ってきてくれるかしら?
一番賑わっている街にある王宮に、この国の王様がいるのよ。
王様に会って、精霊結界を解除して下さーい、ってお願いしてきて欲しいの』

「お、おお…!それでしたら、事がはやく進むに違いありませんな!」

爺様たちは輝かんばかりの笑顔だが、王が卒倒して事態がややこしくなる可能性も出てきている。
…まあ、多分大丈夫だろう。

『はーーい お姉ちゃん♪
ラチェリの街のそとにおでかけするのって 初めてだから とってもたのしみーー♪
…でも ひとりだとさみしいからー、レナも連れていくねー』

「えっ」

『いってきまーーす♪』

「…ーーーーーーっ!?」

シルフィネシアは言い切ってにこっと笑うと、皆の了承の言葉を待たずに、レナを風の渦で包みこみ、持ち上げてしまう。
そして二人きりでとんでもない速度で走り去っていってしまった。
去り際に『デートねーー♪』なんて呑気に呟きを残している。

レナの膝の上に乗っていた従魔たちは、空中で風のゆりかごに包まれていた。
ルーカが手を伸ばすと、風がふわりとほどけて、ミニマム4体が腕のなかに収まる。
苦笑して、姉に「速度を速めすぎるとレナが怖がるから、帰りはゆっくりねって伝えて」と告げた。
姉は相変わらずのほほんと微笑んでいる。
かなりのんびりした性格のようだ。
シルフィネシアの本体はラビリンスの中に存在するので、精霊体同士の距離が離れていても姉との会話が可能なのである。

『あらあらー。あの子ってせっかちねぇ…。
こちらの魔法使いさんたちも一緒に連れていってもらおうと思っていたのだけど。
ふふっ、また改めて送迎をお願いしましょう』

レナが連れ去られる時の超速度を見ていた爺様たちは肝を冷やして、ぶるりと身体を震わせた。
二度目の空中飛行の時には「ゆっくり」と頼みこまねば!と心にきめた。
レナは第一号として犠牲になったのだ。

***

優美な装飾が施され、咲き誇る花々が目にも美しいアネース王宮のとある一角。

「…ああーーーーーーーーッ!」

甲高い少女の悲鳴が王座の間に近づいてきていた。
それも、窓の外から。
…何事か!?と会談中だった王様が思わず腰を浮かしかけ、護衛騎士たちが剣を構える。
次の瞬間。
ぶわっ!と、大広間にかなりの強風が吹きこんできた!

『もうー レナったらーー。はしゃぎすぎよー?
…あ!やっと王様みーつけたーー♪』

いきなり名指しされた王様が視界に緑髪の乙女を確認して、ぎょっと目をむく。
シルフィネシアのあまりに神々しいオーラは、この乙女を特別な存在だと認めさせるのに十分なものだった。
護衛騎士たちも敵意を解いて、剣先を下げる。

「そち…!いや、あ、あなた様は…!?」

『創造樹シルフィネシアなのーー♪
こちらの子のことは レナさまとお呼びーー♪
はじめましてー』

豪奢なステンドグラスの一番上にひっそり存在する修正職人用の小窓から、若葉色の髪のとんでもない美少女と、ぐったりとした様子の黒髪の少女が飛びこんできた。
シルフィネシアは、舞い降りながらも器用に自己紹介してみせた。
髪を風に遊ばせてくるくると宙返りをキメ、ふわっ、と大理石の床に足をつける。
美しく一礼。
ついでに華やかに回転させられたレナは気持ち悪そうにしながらも、なんとか深くお辞儀をした。顔色が蒼白だ。

王様、会談相手の偉丈夫、騎士たち皆があまりの事態に唖然と沈黙していると、ドタバタ騒がしい足音が廊下からきこえてきた。

宰相やら、各部署のトップやら、国の重鎮たちがこぞってなだれ込んでくる。
扉を守っていた騎士も、さすがに重鎮たち全員に鬼気迫る表情で開錠を求められると退かざるをえなかったようだ。
本来なら「王の前で無様を晒すでない!」と叱らなければならなかったのだが…ころんで団子状に重なってしまった重鎮たちを見た王様は盛大に毒気を抜かれたらしく、はあーーっと大きなため息をついた。
まあ、焦る気持ちは分からんでもない。

実は、シルフィネシアは一発で王座の間を見つけられなかったために、王宮のあちこちに顔を出してはすぐに立ち去っていたのである。
豪華そうな部屋を訪れるたびに『あれー?王様いないなー』と発言していたため、皆がこの大広間に駆け込んできたというわけだ。
『さっきぶりだねーー!』とほがらかに手を振る乙女に見惚れ、頬を染めるいい歳のおじさんたちを見て、王様もさすがに眉間に皺を寄せて苦言を呈(てい)した。

「…いつまでそのように無様な姿を見せつけているつもりなのだ。
こちらにおられる、シルフィネシア様たちに失礼であろう」

「「「…ハッ!も、申し訳ございません!」」」

重鎮たちはあわてて起き上がると、身なりを整え、きちっと階級別に整列して深く王様と精霊に頭を下げる。
さすがにこの辺りの動作はよく教育されている。
満足そうに小さく頷いた王様は、会談相手に「王宮の者たちがすまなかった。しばし良いか?」と詫び、偉丈夫からの了解を得ると、乙女たちに向き直った。

黒髪の少女は体調が悪いのかぺたんと床に座り込んでおり、シルフィネシアは彼女の背中を撫でてやっていた。
確実に風酔いだが…そのような事情を知らない王様はレナを心配して、眉尻を下げて声をかける。

「…レナ様、とお呼びすればよろしいでしょうかな。
随分具合が悪そうだ。我が国の者に治癒魔法をかけさせても?」

スッと治癒術特化の魔法使いが一歩前にでて、一礼した。
なんとも大掛かりな話になってしまっているが、レナは気分の悪さに勝てずに口元を手で押さえながらこくこくと頷く。
贅沢な治癒が施されて体調が全快し、ようやく顔を上げることができた。
そして、引きつった笑顔をみせる。
王様に尊大な態度をとってしまう訳にはいかないので、[赤の女王様][お姉様]の称号は解除していた。

「は、はじめまして、アネース国王様。
この度は事前連絡もなくこちらの都合で押しかけてしまい、誠に申し訳ございません!
そして、よく知らぬ者に治癒魔法をかけて下さり、大変ありがとうございます。
おかげさまで体調は回復しました。深く感謝御礼申し上げます。
私には敬称など必要ございません。
藤堂 レナと申します。どうぞ、レナとお呼びください」

『えーー?レナさまとお呼びーーー♪』

「う!」

「…レナ様とお呼びしましょうかな。よろしいか?
どのようなご用件で、こちらに参られたのか。
そして、創造樹シルフィネシア様とはどのようなお方なのか。
我にお聞かせ願えますかな…」

「は、はい!
…全てを詳しく話せば長くなりますので、重要なところのみをお話しいたします。
詳細は、ラチェリを訪問してくださった国属魔法使いの皆様にのちほどお尋ねくださるとたふかります」

テンパったレナは言葉を噛んだ。
場に微妙な空気が満ちる中、せきばらいをして話し始める。

…シルフィネシアと二人で協力しつつ、経緯を語る。
ラチェリの呪い事件については一旦解決したこと。
逃げた呪術師の危険性。
そしておつかい内容の、精霊結界解除の件について。慎重に言葉を選んでいる。

すべての話が終わると、王様は深く頷き「精霊シルフィーネ様を救って下さりありがとうございます」と、まずレナに感謝の言葉をかけた。
そしてシルフィネシアに「今まで精霊様の衰弱に気付かず、誠に申し訳ありませんでした」と誠意を込めて詫びをいれる。

精霊祭に間に合うようかならず結界を解いておきましょう、と、王の立場をもって明確に発言した。
パッと笑顔を見せたレナとシルフィネシアを優しい瞳で見つめる。
ただ、いきなり乙女の宿り木を解放すると悪党などに狙われかねないので、とりあえず祭の最中には、ごく薄い結界一枚を残すこと、騎士たちに宿り木を守らせることを、王様は追加で提案した。
そして祭後にはシルフィーネたちに悪影響を及ぼさない新たな制度を模索していくつもりだ、と話す。

これについてはシルフィネシアも同意した。

『じゃあわたしも お姉ちゃんたちみんなを 守るよー♪』

とにこやかに告げる。
広間の皆は驚いていたが、大精霊シルフィネシアには、アネース王国全土の自然に影響を与えるだけの力が存在するのだ。
宿り木の幹の強度を上げ、野生の生き物に悪党の監視をさせよう!と提案された王様たちは、手助けをありがたく受けることにした。

やはり、精霊本人がいると驚きの早さで物事が決められていく。
重鎮たちも大広間に揃い踏みしているので、伝達の手間も必要がない。
いっそすがすがしいくらい早い。
基本的に乙女たちの理想に沿うかたちで、アネース王国は今年は特別な精霊祭を迎えることになった。

アネース王国の王族の容姿は、シルフィーネを連想させるやさしい若葉色の髪に、水色の瞳。
大昔に精霊の加護を受けた王族が数名いたことで、このような特徴を今世まで受け継いでいたのである。
ほのかに涙のにじんだ水色の瞳をやんわりと細めて、王様は大精霊シルフィネシアを見つめている。

「もう、行ってしまわれるのですな…」

『うん!お姉ちゃんたちが 待ってるものー。
さあ レナ、また風にのっていくよーー♪
こんどは速度にきをつけるね?』

「う、うん。頑張る…。
従魔たちが待ってる、従魔たちが待ってる、従魔たちが待ってる……!
…よしっ、私の心の準備はもう大丈夫」

半泣きになりながらもキリリと表情を引き締めたレナと、シルフィネシアが手を繋いで、ステンドグラスの最上部を見つめた。
そして再度王様たちに別れの挨拶をする。

まるで、精霊とヒト族のつながりが再現されたように感じて、王様は水色の瞳から涙をひとしずくこぼした。
シルフィネシアは楽しそうに笑うと、振り返り手を振る。

『みんな、さみしそうなお顔をしてるよー?
また、会いにくるからね!
だってわたしは アネース王国の大精霊 創造樹シルフィネシアだものーー♪』

お姉ちゃんの真似をして一言告げて、ウインク。
シルフィネシアはスキップする時のように足先をタンッと床から浮かせると、華やかにくるりと回転しながら、窓から外に身をおどらせた。
かがやく風が二人の乙女を包んで、爽やかに吹き抜ける。

「ちょ、シルフィネシアちゃん、回転は…回転はぁ…ぁぁ……!きゃーーーーーっ!」

『あっ。ごめーーーん♪』

…まるで可愛らしい嵐が過ぎ去ったような気分になり、王様は愉快そうにふっ、と口端から笑い声を漏らした。
未だかつてないほどに気持ちが高揚している。
大精霊シルフィネシアに見つめられ、アネース王国を守護する者なのだと言い聞かされて、まるで天にも昇るような気持ちになっていた。
アネース王国民の血だな、と自ら確認して、たいそうご機嫌な様子。

重鎮たちは王様の顔色を伺い、ホッと息を吐いた。
会談相手の偉丈夫がポツリと言葉を発する。

「…相変わらず、レナ嬢の周りにはトラブルが舞い込んできているのだな。
ここまでくるといっそ才能だ」

「ふむ。やはりあの黒髪の少女は、トイリアでのアリス・スチュアート事件の協力者だったのだな。
レナ様、か。
…まさか精霊様に敬称を付けるよう導かれるとは!愉快なこともあるものだな」

「私も驚いております」

「藤堂 “レナ様”は幸運な魔物使い。
そして、従魔たちはみな短い生のうちに魔人族に進化してみせたおそろしい実力者ばかり…。
確か、馬車に乗り合わせた時におぬしも釘を刺されたのだったな?」

「…はい。
ご主人さまを利用しようとしたら許さない、と。
頷かなくては殺されてしまいそうな迫力でしたな。
それに魔王国の淫魔も、かなり彼女に入れ込んでおります」

「そのような力を持った者がアネース王国内を旅していると聞いて少々不安であったが…今回の逢瀬をへて、我も安心することができた。
精霊様にあれほど気に入られているのだ。
レナ様は、おそらく魂がとても清らかなのだろう。善い人間なのだろうな。
羨ましいものだ」

「全くでございます」

王様と苦笑しあっているトイリア領主は、スチュアート邸の事件の報告のために王宮を訪れていたのだ。
テンパっていたレナは、豪奢に着飾った彼に気付かなかったが、相変わらず巡り合わせにとても恵まれているらしかった。
トイリア領主がレナについても報告を済ませており、手を出さないよう上層部に釘を刺していたおかげで、くどくどと正体を問い詰められることはなかった。

ラチェリのラビリンス<青の秘洞>の観光整備も含め、これからとにかく忙しくなるぞ!と、王様は気合いを入れる。
このような楽しい仕事なら大歓迎だ。
成人済みの王子、姫たちを呼び出して、各部署の手伝いをするように命じる。
重鎮たちは、精霊との逢瀬という祝い事に乗じて失態をごまかそうとしていたが、王様にあとでこっぴどく叱られてしまった。
アネース王国政府の雰囲気は結構のんびりとしているようだ。

皆が明るい顔で、精霊祭の準備をはじめていった。

***

息も絶え絶えでラチェリの森に戻ったレナを迎えたのは、ははーーっ!とひれ伏す男たち。

「シルフィネシア様と、素晴らしき女王様のご帰還に心から感謝いたします!」

「よくぞご無事に戻られました、お二人様ともにお疲れ様でございましたー!」

「この世界にあなた様がいらっしゃるという素晴らしき現実に感謝を!」

「「バンザイ!女王様、バンザーイ!」」

「ひえええぇぇーーーっ!?」

一体なんなんだ、これは!
レナが青白い顔のまま、ルーカと姉シルフィーネをバッと見やる。

「えーと。説法を少々」

『あらー、おかえりなさい。きちんとおつかいできて、えらいわ。ありがとう~』

「ジミーさぁぁん!?」

ルーカは涼しげな顔で「なんと[宣教師]の称号まで取得してしまいました」などと言っており、さすがに怒ったレナに頬をつねられている。

▽レナの つねり攻撃!
▽ルーカの両頬が 赤くなった!

Mに目覚めて赤くなったわけではない。
姉シルフィーネはようやく緊張が解けてきたらしく、本来のおっとりした性格を存分に発揮して、ルーカの悪ふざけを止めることはなかったようだ。
どこまでもお上品に微笑んでいる。
喜劇…いやいや、悲劇である。

しかし、悪ふざけにもきちんと意味はあった。
頬を赤くしたルーカは神妙に皆に告げる。

「皆さん。女王様は現在、その高貴な魂を身の内に秘めております。
“レナ”は冒険者として、今まで通りに接されることを望んでいるようですよ」

「よしきたまかせろ!
お嬢ちゃん、おつかれさーん。なんだ、顔色悪いな…この回復薬を飲むといいぞ」

「風に乗るってどんなかんじだった?話し合いはうまくいった?
また俺たちにも語って聞かせてくれよなー!」

「ほっほっ、ご苦労様でしたなぁ」

「ああーん、女王様ぁーー!
どうか再びお目覚め下さいませ、そして私を使徒と認めて下さいませぇ!
…ジミーさんの超絶美形顔、私も見たかったですぅーー!」

一人、切り替えが出来ていない人がいる。
新人ギルド嬢が意識を取り戻した時には、ルーカの顔にはすでにジミメン[幻覚]がかけられていたのである。
そしてリリーはまた就寝してしまっていた。
かなりの美形だったぞー、と冒険者たちに聞かされて、心底悔しがっている。
レナは新人ギルド嬢に縋り付かれてしまった。
ルーカが、うっ、と口元を押さえる。

「ル…ジミーさん…!?」

ぎょっとしたレナが、慌ててルーカに駆け寄る。
新人ギルド嬢は「ちょ、女王様に無礼を働くなよ!」と男たちに取り押さえられた。
ルーカは苦しそうに吐息を漏らして、ついに地面に膝をついてしまう。

「…ごめん、もう、無理そう…。
ちょっと、失礼。
…称号[器用裕福]セット、光魔法[サンクチュアリ]!」

「えええ!?」

何事だろうか。
ルーカが魔剣を起点に、半径1.5Mほどの小さな光の聖結界をつくりあげる。器用に込める魔力を絞ったようだ。
自分とレナ、従魔たちのみを光り輝く結界で包みこむ。

光魔法[サンクチュアリ]の効果は、魔法陣内に究極の[浄化(パージ)]を施すことと、光属性の強力な結界を作ること。
さらに、内部で話している言葉を外部に漏らさない、という芸当もできる。

心配して背中をさするレナに悪いな、と思いながらも、ルーカは己の抑圧し続けていた感情を…おもいきり爆発させた。
もう、限界はとうに迎えていたのだ。気力だけで耐えていた。

「……ふっ…ぅ、くくっ!…くっ…あはははははははは!!」

「!?」

突然の大笑いに、レナが固まる。

「はははっ、ふぅ、んっ……!
お、おかしすぎる……!…レナ、女王様の姿が…ふふっ、様になりすぎだって。
……くくっ、あははははははっ!」

「…あ、あんまりですよー!!
もう、私だってやりたくてやってる訳じゃないんですからね!?」

「ん、それはよく分かって……るんだ、けどね…!
…ふくくっ、こう、内心のレナと女王様の立ち振る舞いのギャップが……たまらなくて………ふぅ。…もう大丈夫」

「おだまり?」

「ふふっ!」

「ルーカさんのばかーーーー!」

地面に両手をついて肩を大きく震わせ続ける撃沈状態のルーカと、彼の背中をバシバシと思い切り叩きまくっているレナ。
従魔たちがあまりの喧騒に起床してしまい、何が何やらよく分からないまま、レナに乗じてルーカの背でとび跳ねて遊びはじめる。
風の精霊であるシルフィーネは[サンクチュアリ]を無視して音声を拾っており、まあ仲良しさんねぇ、なんて発言していた。

この間の結界の外側の者のやり取りをご覧いただこう。

「えっ!?レナ、何して…!?
ジミーめっちゃ気分悪そうにしてるじゃん。あんなに強く叩いたら、なおさら体調崩しちゃうんじゃ…」

「バカ!
あれはきっと、レナじゃなく女王様だ。
体調を崩すほど頑張ったジミー、再び現れた女王様、背で跳ねるのは彼女の従魔。
あとは…わかるな?」

「!?
まさか…ご褒美…だと…?」

「ヒツジ従魔の恍惚とした咆哮を思い出してみろよ。
それしか考えられねぇ。
女王様は精霊様に好かれるほど、慈悲深くてお優しいんだぞ?
きっとジミーがご褒美を望んだんだ。
シルフィネシア様だってやさしく見守っているだろう…」

「パねぇ!女王様、パねぇーー!」
「赤の運命、やべぇーー!」

恐るべき事態が起こっていた。
このあと、レナはまさかの[サディスト]の称号を取得してしまったと言っておこう。
ちなみに[マゾヒスト]の称号は、ルーカが姿を偽っていた対象であるトイリアの魔法使いジーンが取得した。
とばっちりである。

[サンクチュアリ]が解かれたレナはまたも男たち全員にひれ伏されてしまい、悲鳴をあげた。
持ち直したルーカが説法を始めて、なんとかその場を収める。
その場が収まっただけでレナ様への認識は悪化したような気がしなくもないが、ようやくみんなは落ち着いて、ラチェリの街へ帰還することになった。
爺様たちは明日、王都へと送られることになる。
傷ついた者たちは、数人の護衛をつけて先に返されていたと言っておこう。

また明日ね、とシルフィーネ姉妹に挨拶をして、美しい歌声に見送られながら皆は森を後にした。

あとは、ドラゴンを倒した従魔たちのクラスチェンジを終えて、精霊祭を楽しむだけだ。
レナたちは宿に戻り、よかったねーと明るく笑いあうと、久しぶりに心から安らかな気持ちでぐっすりと眠った。

 

 

 

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