6:セカンドテイム

小都市ダナツェラを囲うように広がる草原は、夜になり不気味に静まり返っていた。
昼よりも、こっそり静かに活動するモンスターが多いらしい。
辺りはなんとかギリギリ動けるくらいの薄暗闇で、あと数刻もすれば、完全に真っ暗になってしまうだろう。
レナ一行は慎重に足を進めている。
完全に動けなくなる前にできるだけ逃げて、距離を稼いでおきたいところだった。

どうしても気持ちが先走って、足元の草をカサカサと揺らしてしまう。
…焦りは禁物だってばー!何度も自分に言い聞かせる。
魔物の潜んでいそうな草むら・岩場などは極力避けて進んでいた。

索敵要員として、スライムたちもレナの足元におり、ぷよぷよと移動している。

「…!」

ふと、耳がざわめく声を拾う。
視界の端に捉え続けていたダナツェラの街から、複数人の声が、風に乗って聞こえてきていた。
多くの灯りが街全体をぼんやりと照らしていて、昨日よりよほど活気がある様子のダナツェラ。
……嫌な予感しかしない。
自分たちが宿舎から逃げ出したことに、ギルド員が気付いたのだろうか。
もしかしたら、街ぐるみで自分たちを捕まえるつもりだったのかもしれない。

また怖さがぶり返してきて、レナは寒そうに腕をさすった。

…早く逃げなきゃ…!

でも、これから深夜の草原を移動して行くには、このメンバーでは少し心もとなかった。
スライムは索敵があまり得意では無いらしいのだ。
新しく、索敵特化の仲間が欲しい。

「クレハ、イズミ」

『『なぁにー?』』

「あのね。
この草原で、夜目が効いて、索敵が得意そうなモンスターって知らないかな…?
私がテイム出来るくらいの強さの子って、いない?」

従魔に問いかける。
完全に夜になる前に、出来ればモンスターテイムをしておきたかった。

さいわい、スライム達には心当たりがあるらしい。

『うーん。ナイトバタフライかなー?』

『幻覚で相手を惑わせてる間に逃げてくの。
基本的に攻撃はしてこないから、レナにオススメだよー』

『見つかって、逃げ出すまでがいつも凄く早いから、気配察知のスキルとか持ってるのかも?』
『森の方にいるんだよ!』

「!…ナイトバタフライ、ね。
夜に強そうな名前のモンスターだね?
よしっ、その子を探してみようか」

『『はーい!』』

…どうか、蛾より蝶な見た目のモンスターでありますように!と、そこも祈るレナ。
それも心配要素なのだ。グロくないって大切。

進行方向を少しだけ横に逸らして、レナたちは森へと向かって行った。

***

森の中は草原よりもさらに暗くなっている。
豊かすぎる樹木の葉と枝が地面に影をつくって、登りかけた月の光すら遮っているのだ。まだなんとか目のきく森の入り口付近に限定して、ナイトバタフライを探す事にした。

スライムたちにモンスターの見た目の特徴を聞いてみると、
『白い!』
『青い!』
というなんとも言えない回答が返って来る。
「うーん」と額に手をあて、悩むレナ。
(…とりあえず、薄暗闇の中でぼんやり光る蝶々らしいから、しゃがんで移動しながら探してみることにしよう。
光るなら、いたら分かるよね?)
バタフライ捜索は、蝶々のちゃんとした姿を知っているクレハとイズミが主力になりそうだった。

「…いないねぇー」

音を立てないように気をつけながら、お互い少しだけ離れてバタフライを探す。

さすがに、すぐ都合良く見つかったりはしない。
皆で目を凝らして、見逃さないぞーと薄闇を睨みつける。

『んーとね、レナの手のひらくらいの大きめの蝶々だからね、いたらまず気づくと思うー』
『チューレの花によくとまってるんだよー?
だからね、地面近くに目を向けながら探すといいのかも!』

「そうなんだ。
うん、頑張って見つけようっ」

『『はーーい!』』

一応、他のモンスター対策もしている。

ナイトバタフライをレナと一緒に探しているのは基本的にはクレハだけで、まだ目立ちにくい青色のイズミは、岩の上から辺りを見回し警戒していた。

時々モンスターを見つけては『レナー、そこから左には動いちゃダメだよっ』なんて小声で指示してくれている。
実に頼もしい。

…しばらくして、とうとう辺りが真っ暗になってきた頃。

ついに、クレハがナイトバタフライを発見した。

『レナ!』

「!あれが、ナイトバタフライなのね」

その蝶々モンスターは、確かに白くて青い。
花の蜜を吸うため花弁にしがみつく身体はぽわぽわの毛?がほんのり生えていて、発光して白っぽく、翅(ハネ)が青いのだ。
見た目は普通の蝶のようで、グロくない。
ホッとしたように、レナが小さく息を吐いていた。

蝶々はこれから食事を始める所らしい。
3名が見守る中、くるくると丸めていた口吻を解き、花に差し込む。
翅(ハネ)をわずかに開閉させながら、静かに食事を始めた。

大きな声で会話をしていたらすぐ逃げられてしまいそうである。
声を潜めて会議するレナたち。

「…こっちに攻撃をしてこないんだったら、今回は[鼓舞]スキルを使わなくてもいけそうかな?」

『大丈夫だと思うよー』
『逃げられないようにだけ、気を付けなくちゃね!』

「あの蝶々に気づかれた瞬間に幻覚を見せられちゃうんだよね?
うーん…。
…モンスターテイムをするには、私が”従魔にしたい”と思っていることをまず相手に伝えて、勝負してもらわなくちゃいけないでしょ。
だから、契約魔法を使って。
それからすぐに、クレハに飛びかかっていってもらおうかな?
カラダ全体を風船みたいにして、バタフライを中の空間に閉じ込めるの。
出来る…?
イズミは、周りの別モンスターの警戒を引き続きお願い」

『多分できるよー!お任せあれー!』
『ふふん、警戒はイズに任せんしゃいっ』

「ありがとう、頼りにしてるね!
よし。じゃあ作戦はそれで行こう。
バタフライが私だけを狙うように、頑張って引きつけておくからね。
怖い幻覚を見せられてても、貴方たちの勝利を信じて待ってるから、えーと…」

『『レナ、ファイトーー!』』

「…っこんな事しか手伝えなくてごめん!
…でも、主人も頑張るからねー!
一緒に戦ってくれる?」

『『もっちろーん!えいえいおーーーっ』』

「ありがとう!」

レナとスライム達は、それぞれの配置についた。

イズミは、中くらいの高さの木に登り、上方からレナたちの周囲を警戒しておく。

クレハは蝶々の向こう側にこっそり潜んだ。挟み撃ちにするためだ。

レナが、蝶々の真正面に向かって息を潜めて近づく。
草をかき分け進んで、わずかに視界に白い光が見え始めたところで…ガササーーーッ!
派手に音を立てて立ち上がった。
▽レナが草むらから飛び出した!(蝶視点)

「…私は貴方をテイムしたいですスキル[従魔契約]ぅーー!」

レナさん超早口!なんとか噛んでない。

「(ッ!?)」

逃げられてなるものか、と気合いを入れたレナのスキル発動は、かつてないほどの超速だった。

バタフライは驚いて翅をパタパタと勢いよく羽ばたかせ、魔法陣をくぐり、攻撃姿勢に入る。
花から飛び立ったその瞬間に、カラダからほのかに光る粉を散らせて、彼女に目くらましをしかけた。

「………ッ!」

ゆらり、と視界が大きく揺れて、レナは思わず両膝を地面についてしまう。

…目の前の、森が消えていった。
まるで幻だったかのよう。
代わりに、未だ恋しすぎる日本の風景が、薄闇に浮かび上がるように鮮やかに出現していた。
蝶々の姿なんてもうぼんやりとも見えない。

…泣いてしまうかと思った。
レナの目の前にはある男の人がいて、いつもの優しい笑顔で、大きくてあったかい手を差し出してくれていたのだ。
今すぐにその人の名前を呼びたい。…すがってしまいたかったなぁ。

「ーーーーーっ…」

会いたいよ。
…でもね、今、私が名前を呼ばなきゃいけないのは…貴方じゃないの……

「ーークレハッ!!!」

『はーい、ご主人さまーー!』

今のレナにはもう、共に戦う従魔たちがいるのだ。
クレハはバタフライに飛びかかっていってるし、イズミだって、真剣に木の上から自分たちを見守ってくれている。

(…彼らがここにいて”くれる”ことを、私は絶対に忘れちゃいけない!)
甘い幻覚を振り払って、しっかりと蝶々を見つめなおすレナ。
今度はきちんと、その姿を捉えていた。

目の前に確かに在った”日本”は、男の人と共に、夢だったかのように消え去っていた。
……………。

『逃がすもんかーーっ!』

バタバタと暴れる蝶々を、クレハは体内にしっかりと捕らえている。

「…ナイス、クレハ…!」

思考を切り替えたレナが、クレハのすぐ近くに走り寄った。
蝶々は予想通り、隠れていたクレハにまでは気がつかなかったようだ。

モンスターテイマーの従魔は主人の力のうちと考えられているので、レナ本人がバタフライと戦わなくても、従えた魔物が対象を倒したなら、テイムの条件として認められる。

「そのまま加圧して」

レナが指示を追加した。

『加圧?』

「身体の中にある空気を抜かずに、クレハのサイズを小さくしていくの。
そしたら、体内の空間にも圧が加わる。
ナイトバタフライにも、確実にダメージを与えられると思う」

えぐい。

『あいあいさー!』

クレハが収縮を開始した。
ぎゅぎゅぎゅーーっ…と、徐々に身体のサイズを小さくしていくと、中の蝶々が苦しそうにもがきだす。

だんだん羽ばたきの回数が少なくなっていって、そして……力なく翅の動きを止めて、レナの方を見た。

「!」

ベルの甲高い音が響く。

<[従魔契約]が成立しました!>
<従魔:ナイトバタフライの存在が確認されました>
<従魔:ナイトバタフライのステータスが閲覧可能となりました>

「…やったー!」

皆で小さくバンザイしながら喜び合い、さっそくバタフライにスキル[従魔回復]を使用した。
早く、ステータスを確認したい。
索敵、もしくは逃亡に有利なスキルなんかを持っててくれたらとても助かるけど…

「これからよろしくね、ナイトバタフライさん!
私は、藤堂 レナって言います。仲良くしてくれたら嬉しいな。
ステータスの確認をさせてもらえる?」

『クレハだよー!』
『イズミだよー!』

『……名前、まだ、ないの。…よろしく』

レナたちは軽めに挨拶をかわした。

宵闇はもう直ぐそこまで近づいてきているのだ。視界はほとんど真っ暗になっていて、ゆっくり会話している余裕は無い。

新しい従魔のステータスは、こんな感じだった。

「名前:バタフライ(仮)
種族:ナイトバタフライ♀、LV.2
適性:黒魔法、黄魔法

体力:15
知力:4
素早さ:12
魔力:18
運:12

スキル:[幻覚]、[吸血]
ギフト:[バタフライ・アイ]☆2」

レベル低めのため、ステータス値はそこまで立派なものではなかったが、気にすべきはスキルとギフト欄だ。

「きゅ、吸血……」

また恐ろしいスキルを持っていらっしゃいますねバタフライさん?ははっ

僅かに顔を引きつらせるレナ。
この草原の魔物、見た目がグロくなくても、中身はそんなのばっかりなのだろうか…?
スライムたちの[溶解]といい、えげつない。

「バタフライ・アイって?」

話を代えることにしたレナ。バタフライに問う。

『……夜目。あと、心眼の、効果がある…』

「!良かった、夜目はこれからとても助かるよー!
心眼は…?」

『相手のね。…嘘、本当、タマシイ綺麗、汚い……みたら分かるの』

「すッッッごく助かります!!!」

だよね!
涙目ですレナさん。
相手の人となりの見極めの大切さは、まさに身を持って痛感していた。

今の主人に、ある意味もっとも必要な能力を、従魔が代わりに持っていてくれたようだ。
これから、きっと大いに役立ってくれるギフトだろう。
従魔たちが頼りになりすぎる…!

「よろしくね。えーと……リリーちゃん。
で、どうかな?」

『…はい。私は、リリーです』

ナイトバタフライの名前はリリーに決めたらしい。
白っぽく輝く身体から、百合をイメージしたようだ。
花が好きらしいし、女の子だしね。

いい子いい子、と笑顔でリリーの小さな頭を撫でてやる。

『あーっ。いいなー』
『ね、ね、レナーー?クーとイズもっ!』

「もちろんだよー!」

スライムコンビが懐きにきた。
ぷにぷに。えへへ。ふよふよ。
緊張感を持ってなくちゃダメだよレナさん?逃亡中なんだから…

ハッ!とその事を思い出したレナ。
どうにも、元々の根っこの部分が能天気なようだ。

慌ててリリーに「森の中で比較的安全な場所に案内してもらえないかな!?」とお願いした。
彼女は返事代わりに、ふよっ、と手のひらから音もなく飛び立つ。

そのまま、先頭をきって飛んで行ってくれるのかと思いきや……主人のセーラー服のえりに着地した。
あれっ?
目を丸くしてレナはリリーを見つめる。

『ご主人さま。私は、お腹が空いてます。……血、ください』

「う、うわーぉ!」

早速今からですか!?
まあ、お食事のジャマしちゃったのはこちらだけど。

…新しい従魔もなかなかにマイペースな子のようだ。
自分のあまりの引きの強さに、ちょっとビビっているレナさん。
従魔ちゃんたちはみんな可愛くて大好きだから、テイムして後悔なんてしてないけど、それにしてもキャラが濃い。

はー、可愛さに癒されるなー。

『(ちゅううううううぅ)』

「ひゃああぁーーーッ!?」

現実逃避してる場合じゃないんですよ、ご主人さま!

注射的なものがとても苦手だったレナ。
吸血前にはちゃんと合図をして下さいお願いします、リリーちゃん……覚悟がいるの!なんて拝みたおしている。

結局、そこそこの血液を新しい従魔に献上(・・)したレナと一行は、できるだけ静かに足を動かして、さらに森の奥へと歩んでいった。

***

森の中に入ってから、もう数日目。

レナは、身体中にスリ傷を作りながらも、モンスターとのエンカウントをとにかく頑張って回避しまくり。
冷たい小川で無理やり水浴びをし。
時に焼いた蛇なんかを口にして空腹をごまかし(もう何でも食べるよ…)。

サバイバル生活を満喫していた。
はっはっは。ここまでくるともう笑いが止まらない。

レナの回復した魔力は、ほぼすべて[従魔回復]に使い続けていた。
自分の鞭なんかより、従魔さんの方がよほど役に立ってくれるのだからとご奉仕しまくっている。
何をするにも「ありがとう」を連発している主人の精神状態を、さすがのマイペース従魔たちも心配していた。

スライムボディを伸ばしたベッドでほんの少しだけ休むのが、彼女の今の唯一の癒し。
…もうほとんど気力だけで生きている状態になっている。
いつ敵が来るのか、気が抜けなくて本当に疲れるし、何より日本育ちのレナには基礎体力がなかった。
足取りは重く、ダルそうだ。

従魔たちも交代で見張りをしていて、なんだかんだ疲労が溜まってきている。
先の見えない過酷な環境に、4名の表情は、どうしても暗いものになってしまう。

…これからどうなるんだろうか。
歩き続けていたレナだけど、ついに座り込んで、膝を抱え込み途方にくれてしまった。

…国外逃亡しようとは決めたけど、逃げる方角もよく分かってないし、そもそも逃げた後暮らしていくアテもまるでない。

もしかしたら指名手配されてたりするのかもしれないし。
現状は、とりあえずダナツェラから逃げてきたというだけだ。
それはもちろん大切な事ではあったけど、これからを考えると、まだ全然、平穏への道のりは遠い。

(ふつーに、暮らしたいだけなのになぁ)

従魔たちが心配そうに見つめていたので、なんとか笑ったレナだけど、表情に疲れがにじんでしまっていた。
それを恥じるように、目を伏せる。

うーん、どうしようか…?
再び同じ思考を巡りかけた、その時。

少し遠くの木の影がキラリと光った。
こんな森で見る筈もない、眩しい金色に違和感を覚える。

「何なの……?」

つぶやくレナ。
正確には、何、ではなく「誰」が正しかったのだが。

ゆっくりと木陰から姿を現したその人物(・・)は、キレイに整った顔立ちに、上品な貴族服が似合いすぎる一人の青年だった。
金髪紫眼。
まさに見た感じだけなら完璧な王子様のよう。なんでこんなところに?

…そう、見た目だけなら王子なのだ。

ソレを「物語に出てくるような王子様みたいだー、ステキー!」なんて感じるには、今のレナは疲れすぎていた。

(人を見た目で油断させといて殺すタイプのモンスターなんだきっと……ブツブツ…
………そんなキラキラした王子感なんかに、私は騙されないぞ!ふふん!
もうさんざん痛い目みたあとなんだからね!)

「やぁ。初めまして、レナ」

この人の第一声もまたマズかった。
どうして名前を知っているのか…警戒心が跳ね上がる。

テノールのやたら耳に心地いい声が、レナの思考に悪い意味で干渉していく。
その結果、

「…あああ悪霊退散んんんん!!」

こうなった。

▽レナは 混乱している!
▽ムチを がむしゃらに振り回した!
▽自分の頭に当たって悶絶している。

▽金色モンスター(仮)があらわれた!

 

 

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