59:決着

レナを守り、鼓舞するようにかがやく風が吹く、それは必然。
赤き衣を纏いし女王様が、悪を裁く、それは運命。

呪術師の手を焦がした熱は、黒い魂を持つ者にのみに効果を発揮するとても特別なもの。
白手袋の内側の皮膚さえも「無礼者!」とばかりに思いきり熱した。
熱いだけなら我慢できるが、どうにも嫌な予感がする…と、勘のいい呪術師は腕の中に捕らえていたレナを解放する。
せざるを得なかった。

不思議な熱については楽しんで思考していた彼だが、好奇心の対象を手離してしまった事についてはかなり不満そうである。
悔しそうに眉を顰めている。
レナが意外そうに目を瞬かせた。
この根っからの悪党にも少しは感情らしいものがあるのだな、と考えて、ニコッと勝気に笑ってみせる。

「そんなに私が欲しかったの?」

「…ああ。お前の全てが知りたい。
こんなに渇望する感覚は、人生で初めてだ」

「少しだけなら、私の秘密を教えて差し上げてもよろしくてよ。
冥土の土産に、なんて、いかが?」

「俺もいずれは必ず死ぬ。
冥土のことを知るのはその時でいい。それまでは、この世界の未知なる物事についての考察を楽しむつもりだ」

「…そう」

レナは呆れた顔で一言だけ呟くと、おもむろにバッと赤いローブの裾を払う。
またも呪術師は勘をはたらかせて、舞うローブを警戒し一歩後退した。

「知恵ある者が亡くなる時、怨念が現世に遺ったら”呪い”となるわね。
では、その反対とは何かしら?」

イタズラっ子の表情で、レナが呪術師に問いかける。

「謎かけか?」

「今、貴方の手を焦がした熱に関係しているわ。
あまり悠長に会話する気はないし…もう教えてあげましょう。
“呪い””怨念”の反対はね……とても幸せな祝福、なのよ!」

レナが満面の笑顔でそう告げた瞬間、彼女を中心にして華やかな光の風の渦が現れる。
ちなみにだが、これは妹シルフィーネのわっしょいと、レナの称号効果のひとつ[後光]によるもの。
脅威的な闇職を目の前にして、称号”赤の女王様”がついに本当の意味で目覚めたのだ…!

呪いのアイテムだった”恐皇のローブ”が、赤の女王様の祝福を受けて新たなる装備として生まれ変わっていく。

「ふふっ。私は赤の女王様。祝福を与える側の者」

覚醒したレナ様は、自分の称号の効果を完璧に理解していた。
黒歴史が着々と蓄積されていく。
進化を遂げた赤いローブの驚くべき効果を紹介しよう。

ーーー
[赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣(ハゴロモ)]
…女王様を守るために独自の進化を遂げた元・恐皇のローブ(赤)。
闇に堕ちた者がローブに触れた時には、手酷い火傷を負わせる。
防火、防水、魔法反射、覇気、闇焼き、運ステータス+100の効果がある。
ーーー

なんということでしょう。
とんでもない壊れ性能なローブが出来上がってしまった!
もうレナには運のプラス値なんていらないくらいだが…そこはまあ流そう。
先ほど呪術師の手を焦がしたのは、この[闇焼き]の効果によるもの。
赤の女王様は、あらゆる手段で、魂を黒く染めた者たちに正義の制裁を下すのだ。

「[赤の女王様]の称号効果はね。その者、赤き衣を纏いて、かくかくしかじか」

「なるほど。闇堕ちした者に裁きを与えるための称号、と。
…”赤”が鍵になりそうだな。
そのローブがあってこその制裁効果なのでは?
赤いローブを取り去ったなら、再びレナ様に触れられるのではないか」

「さあ、どうかしら。
でも、身につけている赤い装備はローブだけではないわ?下着も赤よ」

「なるほど。素晴らしい。鉄壁の守りというわけか」

一体何の話をしているんだ。
男たちがぶふっ!と吹き出し、ただ「威嚇しなきゃ…!」と思って発言したレナの精神が逝った。
従魔たちが『レナ様にそんなこと言わずなんてサイテー!』と呪術師の評価をさらにドスッと下げる。これはひどい。

試しにローブに手を伸ばしてみて、再度[闇焼き]にあてられてしまった呪術師の指先がピリピリと熱くなる。
痛みに手を引っ込めるが、なぜだろう…痛さを心地よく感じる…
[後光]には、これまで他人を痛めつけていた者を痛めつけられたい願望に目覚めさせるという恐ろしい追加効果があった。

もういいや、話を戻そう。
女王様が愛用した赤い装備はしばらくすると[赤ノ祝福]をさずかり、運ステータス上昇・その他追加効果のあるマジック・アイテムとなる。
超絶レアな「祝福ノ装備」を創りだす能力を、レナは手に入れた。
実質、新たなる特殊体質を取得したようなものと言えよう。
[トラブル体質]?
気付かないふりをしておいてやってほしい。

赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣(ハゴロモ)は、もともと幻の赤蚕糸で作られているかなりの逸品だったが、その生地は今やジュエルスライム並みに輝いており、さらなる極上の高級感を漂わせている。

「貴方はもう、私に触れることは出来ないわ。
諦めて冥土に去りなさいな!」

「ふむ。冥土を推すな。
…確かに、俺はレナ様に触れられないようだ。
それに、邪魔が入る。実に分が悪い」

レナが呪術師をまっすぐに睨みつける。
呪術師は[観察眼]パッシブスキルにより視界の端におかしな光を捉えたため、とっさにマジック・ロッドに弱い結界を纏わせて思いきり振るった。
バシンッ!と、雷と闇結界が相殺されて破裂する音が大きく響く。

「…うっとおしい」

「貴方が、ね」

呪術師を襲ったのは、魔法剣士の[雷剣]スキル。
間髪入れずに、またもルーカの魔剣が閃く。
今まで冷静にタイミングを測っていたのだ。

▽ルーカの [雷剣]攻撃!

▽イヴァンの 短剣防御!

レナの[後光]のまぶしさに目を細めながらも、呪術師は高価なロッドを一旦下げて、短剣で斬撃を受け止めた。
ガツンッ!と硬質な音が響く。

…一撃がかなり重い!
かなりいい腕の剣士だ、と考えてほんの爪の先ほどの興味を抱いたが、近くにいる女王様にまた全ての関心を持って行かれた。
レナが自分から距離をとって後退している…
呪術師は苛立ったように邪魔者を睨む。

ルーカはなぜかローブのフードを脱いでおり、あれほど嫌がっていたにも関わらず顔を晒していた。まだ[幻覚]がかけられているため地味顔だが。

バチバチッ!と強烈な雷が短剣を伝っていく…が、高級魔物素材の革手袋は雷を通さず、呪術師本人へのダメージはない。
直接頭を狙っていた[ボルト]の魔法はマジック・ロッドに魔力ごと吸い込まれてしまい、致死量の雷をお見舞いするつもりで攻撃したルーカが舌打ちをする。

「リリー」

『はーい!
…クスクスクス、[幻覚]解除!顔のみ、だよねっ?』

「いや、”目だけ”でよかったんだけど」

『あ。……えへっ♪』

ルーカが合図をすると、リリーが彼のジミメン[幻覚]を解いた。
「目の[幻覚]のみを解除する」と打ち合わせていたのだが…巨大な蝶々はセルフ頭こっつんこ☆をしてミスを誤魔化そうとしている。
もう一度いうが、今のリリーは巨大な蝶々姿である。
が、それすらもどこか可愛く思えてしまうのは仲間贔屓ゆえだろうな…とルーカはほんのり苦笑した。

その笑みの意味とは?と、無駄な思考をしている呪術師に、紫の目をしっかりと視合わせる。
珍しい目の色と整った美貌を見た呪術師は「なぜ顔が変わったのか?」と首を傾げたが、どうでもいい、と考えなおして魔剣を力ずくで押し返し始める。
ルーカの黒髪がシルフィーネのかがやく風になびいている。

…そして、呪術師は自身の体の異変に気がついた。
なぜか腕に力が入らない。
それに鈍い痛みが感じられる。
女王様の称号の効果だろうか?…いや、この局面でよりにもよって、魔剣を受け止めた時に腕の筋を痛めたようだ。
なんて運の悪い!と今度は呪術師が舌打ちする。

ギリギリッ、と金属がこすれる不快な音が耳に入り、不利を察した呪術師はロッドを力任せに振りまわした。
無理やりルーカから距離をとったのだ。

ルーカはあっさりと一歩後ろに下がる。
彼の”作戦”は、もう完了していた。

「ーー月の光に導かれ、穢された大地を浄化するため現れよ!神聖ホワイトマッチョマン!」

レナが省略詠唱&シルフィーネとの連携で残り2つのお花の種を芽吹かせ、

「スキル[鼓舞]!!」

ありったけの魔力を込めた[鼓舞]スキルで従魔をパワーアップさせる!
ドラゴンに負けないほどのヒツジの咆哮が森に響く。
スライムがうすーーく伸びて、[体型変化]でさらに大きくなったハマルを覆い全力で[超硬化]した。
ダイヤモンド装甲を身に纏ったヒツジが、駆ける。

『スキル[跳躍]!…からのー、ドッスーーン!』

▽ハマルの 超重量級プレス攻撃!

ついにはドラゴンを越す7メートル級となった巨大ヒツジが大跳躍して、ぐったりへばっていたドラゴンを…思いきり押し潰した!
怪獣映画さながらのド迫力である。
衝撃で地面が大きく揺れている。
あわてて逃げ惑う冒険者たち、飛び散る血液、あえぐ精霊…

「神聖なる白の戦士たちよ、その身に秘めたる光を解放し、闇を払いたまえ!」

そしてかがやくマッチョマン!

▽神聖ホワイトマッチョマンたちの マッスルポージング!×20
▽血の穢れが 浄化されていく…!

マッチョ達がひとつポージングを決めるたびに、身体からは眩いほどの聖なる光が溢れでて、血に濡れた大地をグングン浄化していった。
もはや魔力も残り少なくなった魔法使いの爺様たちは、この思わぬ手助けに感謝し、ホッと息を吐いている。

たくさんの聖なる光を浴びて、姉シルフィーネの黒く染まっていた身体も徐々に癒されていく…
指先はうっとりするような柔らかい桃色を帯びていき、足は爪先まで全てが透き通るような白さに変化した。
精霊らしい神々しいオーラを取り戻しつつある。

トドメの一撃を喰らった幻黒竜は、優しい光の中でゆっくりと目を閉じると、まるで光に溶けるようにして儚く消えていった…。
赤く濁っていた目は、閉じられる直前になってようやく穏やかな知性を宿し、おそらく最期は正気のまま逝ったのだろう。
それは、本来誇り高い生物である竜にとってなけなしの矜恃(きょうじ)だったのかもしれない。

…上位冒険者たちは己の心の中でドラゴンに静かに手を合わせて、力を出し切ったために元のミニサイズに戻ったヒツジとスライムを背後に庇う。
従魔たちは気を失っていた。
彼らに感謝をし、そして事件の元凶の呪術師を睨みつけ、攻撃の指標をしっかり合わせた。

…さすがに、この場面を切り抜けてレナを攫うのはかなり厳しい、と呪術師も判断したようだ。
周りにいる上位冒険者たち、蝶々、魔法剣士、女王様、それに精霊も、疲れてはいるだろうが全員がなかなかの強敵である。
さらには自分の体調もよろしくないため、分が悪すぎる。

「…今回はここまで、か」

呪術師はひとり呟くと、すでに魔力を注ぎ込んで待機状態だったとっておきの魔法を発動させた。
マジック・ロッドにはめ込まれたかなり大きな宝石が夜空を思わせる藍色にかがやき、星の光の粒をまとう。
足元には黒い魔法陣が出現していた。

「また会いにいく」

レナを振り返り一言だけ告げる。

「[トライ・ワープ]」

そして即座にかなり希少な黒魔法を発動させ、その場からあっさりと姿を消してしまった…。

呪術師めがけて、冒険者たちの怒涛の遠距離攻撃が逃してたまるか!と言わんばかりに叩き込まれたが、とうとう逃げられてしまう。
おそらく、ダメージは届いていないだろう。
男たちは悔しそうに地団駄を踏んだ。

[トライ・ワープ]。
黒魔法であり、上位派生である時空魔法を取得するための初期呪文のひとつである。
時空魔法は取得の難易度がかなり高い。
空間魔法[スペース]、時に関する魔法[タイム]。
そして、その両方の素質を必要とする[トライ・ワープ]。
[トライ・ワープ]を使える者は世界でも十数人しかいないかなり特別なものだ。
それを扱える誰もが、高名な魔法使いである。
データがとても少なく、また秘匿されているため、転移距離は込めた魔力に準ずる…としか一般には知られていなかった。

こうなってしまうと、あの呪術師を追うのは困難を極める事になる。
まさか[トライ・ワープ]まで使用してみせるとは。
上位冒険者たちは冷静に現状を見つめて、過剰なぶんの警戒を解き、まず現場で傷ついた者たちを手当てすることにした。
治療用の魔道具を取り出し、腐化の呪いにかかった者の患部に壊死を食い止めるための護符を貼っていく。
呪術師への怒りはまだまだ燃え盛っていたが…この切り替えが出来るあたり、さすが上位冒険者と言うべきだろう。

ルーカが、チラリとレナに視線を向ける。

「(…呪術師イヴァンはそう遠くには行ってない。移動した距離は約150M程だろう。
[遠視]したら詳しい居場所が分かるけど、ここで僕の眼の能力を晒しすぎるのはマズいし、追い詰められたあちらが本気で反撃してきた場合、皆が揃っていても対応しきれるか分からない。
だから、今回はこのまま見逃すしかないと思った…。
貴方は、どう思う?)」

「(あ、はい、分かりました。
私もそれがいいと思います。回復を優先しましょう。
…はあ、いつ女王様の称号解除しよう。
うう…まさかここまで目立ってしまうだなんてぇ…)」

「(…しばらくは女王様のままの方がいいんじゃない?
いつものレナがこの惨事…失礼、豹変したことや精霊協力の説明を求められても、上手く誤魔化せないでしょう?
僕が代弁するっていうのもかなり不自然だし。
女王様のままなら上手く切り返せると思うよ。
とりあえず、レナは従魔たちを労ってあげて。
呪術師は、今回は貴方を完全にあきらめたみたいだから。しばらくは安心できるはず。
あ。僕は彼に小細工を施しておいたから、あとでそれがじわじわ効いてくると思う)」

「(…そうですね、うん、皆に[従魔回復]をかけてあげよう。
ルーカさん、お気遣いありがとうございます。
えーと…女王様の称号の効果[運命ノ宣告(センテンスト)]も、今頃彼にとって悪い影響を及ぼしているかと)」

「(そっか、お疲れ様。
相変わらず規格外な能力に恵まれてるね。
…運命の宣告、女王様か…。くっ……!)」

「(ひ、ひどい!
…もーーー、笑わないで下さいよ!?確かに、気持ちは分かりますけど!)」

「(…ごめん!)」

ルーカが無理やり笑いを堪えて、口元をひくひくと引きつらせている。
レナが目を釣り上げて抗議する。

「お黙りッ!!」

しまった、言葉に出してしまったら高飛車仕様に変換されてしまうというのに!

ルーカが口とお腹を押さえて沈んだ。
冒険者たちが、なんとも複雑そうな表情でレナ様に控えめに声をかける。

「あー…その、お嬢ちゃん。今回はあなたと従魔たちがいてくれてすごく助かった、本当にありがとうな。
お疲れさん!
…んー、色々と聞きたい事があるんだが、いいかい?」

『レナさまとお呼びーー♪ レナさまとお呼びーー♪』

「………うおっ!?」

冒険者のすぐ隣に、妹シルフィーネが姿を現した。
以前は人の目に姿を映すことは出来なかったのだが、また器用さを増したようだ。

冒険者があんぐりと口を開けている。
極上の美少女精霊は、彼に向かって楽しそうに『ふふっ』と微笑んでみせると、空中に移動してくるりと宙返りした。
若葉色の鮮やかな髪が日の光をキラキラと反射して、とても美しい…
誰もが一瞬、妹シルフィーネに見惚れた。

魔力が切れるまで[浄化(パージ)]をかけ続けていた爺様たちが、唖然とつぶやく。

「もう一人、シルフィーネ様がいらっしゃるとは…!?
このラチェリ近郊には、乙女の宿り木は一本しか無いはずじゃ。それなのに…あの精霊様はいったい…?
…もしや、新たに芽吹いた精霊様なのでしょうかな」

爺様3人が、じっとレナを見つめる。
冒険者たちも、視線を、堂々と仁王立ちするレナに向けた。

「…説明していただけますな?レナお嬢さん」

『レナさまとお呼びーー♪ レナさまとお呼びーー♪』

「し、失礼いたしました!
レナ様、どうかこの老人めらに、あなた様がご存知の精霊さまの事情について教えて下さいませんか」

「その態度、悪くないわね。構わなくってよ!」

もうやめてあげて欲しい。
シルフィーネの輝く風効果が絶好調で、赤いローブをはためかせる。
内心のレナとルーカが瀕死になった。

とても頑張った従魔たちを膝の上に乗せて優しく撫でながら、ポージングするマッチョマンに囲まれつつ、レナ様はシルフィーネとの出会いから順番に語っていった。

 

 

 

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