56:精霊結界の元へ

ラチェリの街の入り口付近には冒険者たちが集っていた。
ギルド長、新人ギルド嬢、高位冒険者、索敵の得意な下位冒険者、そして皆が待ちに待っていた国属高位魔法使いたち。
選り抜きの精鋭で、姉シルフィーネの宿り木の元へこれから向かうのだ。
新人ギルド嬢がパーティにいるのは、眼がいいため、そして唯一しっかりと緑髪の呪術師の人相を記憶しているから。
[幻覚]で姿をフツメンに偽っているルーカは小さく震えていた。
トラウマは根深い…。

森奥の結界の元まではごく細い道が作られている。
年に2、3回、結界整備のために老齢の魔法使いたちが訪れるためだ。
知力極振りの彼らが、自然のままの森を長時間歩くことは不可能である。
魔法使いたちを乗せたかなり小さな人力車が数台連なって、索敵要員たちで列の先頭・側面・後ろを守りながら、精霊浄化パーティはラチェリの街を出発した。

***

さすがに10名近い索敵要員がいるとモンスターの発見がおそろしくはかどる。
たまたま近場にいて攻撃を仕掛けてきた呪われ動物やモンスターたちをテンポよく狩りつつ、一行は順調に歩みを進めていった。

「枯れた爺ですからそう重くはないと思いますが…毎度わざわざ人力車を引いてもらって、悪いですなぁ」

「何をおっしゃるのですか。
国属の魔法使い様を護衛できるなんて、とても光栄な事です。
急ぎの馬車の振動はお身体に負担をかけたでしょうに…早急に駆けつけて下さって、本当にありがとうございます」

「ほほっ、なんのなんの。当然ですわい!
早くシルフィーネ様の宿り木を浄化して差し上げたいですな…」

「よろしくお願いします!」

精霊の結界整備を任せられている高位魔法使いたちは、ほとんどが高齢の爺様たちだ。
おだやかな性格の彼らは、冒険者ギルド所属の面々ともよい関係を築けているようである。

アネース王国では、白魔法に適性がある優秀な魔法使いたちが特別枠で国に雇われており、精霊結界整備員として長い目で教育されていた。
彼らが実際に結界に干渉できるようになるには、30年以上の修行が必要だと言われている。
なぜ白魔法適性に限定されているのかといえば、精霊のほとんどは光を好むため、結界も光属性だから。
今回は呪いという特殊な事情があったため、熟練の技術を持った魔法使いが特に望まれ、後光のさしそうなありがたい爺様ばかりが派遣されていた。

「(レナ。地中10メートルの所からドリルワームたちがこちらを狙ってる。
あともう少しで3つめの人力車の真下に来るよ)」

ルーカの紫の目が、チラリと一瞬だけレナに向けられる。
懐かしのテレパシーである。

「(分かりました!)
あの、うちのバタフライがかくかくしかじか…と言ってます」

レナがリリーの名前を借りて、モンスターの接近を冒険者に伝えた。
リリーはこれ見よがしに胸を張ってアピールしている。
ちなみに今は妖精ではなく、ジャンボバタフライの姿だ。

「なに!分かった。おーい三番車、ちょいと横によけてくれ!
地中からドリルワームが浮上して来てるらしいぞ」

「はいよっ」

「ん!…お、なんかちいせぇー音が地中から聞こえてるなー……来るぞっ」

「「おう!」」

▽ドリルワームが あらわれた!×2

ボコン!と土が勢いよく盛り上がり、肌色のヌメヌメした異物が地面から顔を出す。
ブヨッとした身体を半分だけ地表に出して、クネクネとその場にとどまり動き続けている。
今のところ、ワームの方から攻撃してくる様子はない。
どうやら獲物を確実に襲えると確信して飛び出たのに狙いが外れてしまい、激しく混乱しているようだ。

その数秒の隙を上位冒険者たちが見逃すはずもなかった。

「[脳天割り]!」
「[槍突き]ッ!」

なすすべもなくワームはブツ切りにされていく。
切断された大きな肉片がビチビチと地表を勢いよく跳ねて、透明な体液を撒き散らしていった。
ドリルワームの肉は食用としてはひたすらマズイだけだが、肉も体液もかなり優秀な森の肥料になるので、でかい肉片をその場に放置したまま一行は歩みを再開する。

冒険者の一人が笑顔でレナに話しかける。

「いやー、助かるよ!魔物使いのお嬢ちゃん。
敵の襲来があらかじめ分かってるとすっげーやりやすい。
これほどの索敵能力があるならウチのパーティに正式に呼びたいくらいだぞ。
戦力の手助けをするから、どうだ?
特に、ドリルワームなんかは地中からいきなり攻撃してくるからほとんどのヒト族にとっては驚異だしなぁー。
随分と優秀なモンスターをテイムしてるな!うん、小さいのにえらい!」

「心強い先輩方が守って下さるからこそ、私の従魔も安心して索敵できるみたいです。
戦闘お疲れさまでした。
ありがとうございます」

「はは、持ち上げるのがうまいね!
パーティの件はごまかされちまったか。
まあ、いいや。
適材適所ってもんがあるんだからさ、戦闘は俺たちに任せてくれ。
でないとどうしてここに呼ばれたのか分からなくなるだろ?」

「違いないね!」

戦士の言葉に、槍使いが愉快そうに相槌をうつ。
随分と優秀な金色モンスターをテイムしているレナ様?
やめよう。
レナが彼を所有していると世界が誤認しかねない。

他人に絶対言えないレベルの特殊なレア技能を持ちまくっているレナ達は、迂闊に別のパーティに入ることはできない。
上位冒険者があっさり勧誘をやめてくれてよかった、とレナはホッと息を吐いた。

索敵要員たちが周囲をくまなく視つつ、一行はさらに森奥へと進む。
呪術師の姿は視えず、気配もまったく感じられない。……。

細道の先に明るい光が見えた。
空間が開けて、広場に出る。
太陽の光をやわらかく反射し時おり虹色に輝く、国の魔法使いたちで長く受け継いできた精霊結界がレナたちを出迎えた。

***

結界のすぐそばに待機していた冒険者パーティ、街の聖職者はかなり疲労している様子だったが、魔法使いのいる一団と合流すると、パッと明るい笑顔を見せる。

「皆様、ようこそおいで下さいました…!
さっそくで申し訳ないのですが、魔法使い様。
結界を一時解除して下さいますか?」

「もちろんですとも。
そのために来たのです。さあ、全力で浄化の儀を行いましょうぞ!」

「助かります!」

白いローブを着た爺様たちが横一列に並び、キラキラに輝く宝石がいくつもはめ込まれた大杖をかかげる。
すうっ、と彼らが息を吸い込むと、それだけで空気がガラリと変わった。
広間付近の風が凪ぎ、鳥さえもさえずることをやめる。
妹シルフィーネが心地よさそうにほうっと息を吐いて、優しい静けさを味わうように瞳を閉じた。

空間が清められて、皆の視界の透明度が増したようにさえ感じられる。
しばらくの間、森は静まりかえった。
そして、老人が発したとは思えないほどしっかりとした声が唯一、広間に響いていく。
伝統ある精霊の詠唱歌だ。

“麗しの乙女を守るきらめく虹のヴェールに触れる事を、どうかお許し下さい
我らは貴女様を慕う者
我らは貴女様を愛する者
害することはありません、疑うことはありません、ひたすらの敬意を捧げます
貴女様の与えて下さる大地の恵みに心からの感謝を
貴女様を慕う者たちに、どうか白魚のお手を差し伸べて下さいませ…”

魔力をのせた特別な歌声に皆が魅せられている。
緊張から張りつめていた空気は、ほんの少しだけ穏やかなものになった。

結界の虹色が揺らぐ。
ゆっくりとした動きで、極薄ながらとても頑丈な結界が一枚、また一枚と、淑女のヴェールのようにふんわり優雅に解けていった…。
夢のように美しい光景だ。

結界が半分ほど解かれたところで…索敵要員以外の結界を見つめていた面々が、ハッと息を飲む。

一番外側の結界からシルフィーネの宿り木までは約10Mほどもある。
白色に虹の輝きの結界が幾重にも張られていたせいで気づけなかった、大木の変化。
妹シルフィーネが悲痛な声をあげた。

『…お姉ちゃんが みえないよぉーー……!?』

姉シルフィーネは、もはや妹の目には映らなくなってしまっていた。
逆に、これまで精霊を見ることが叶わなかったヒト族たちの目にはその姿がばっちり映っている。
なぜか?

「精霊様…ああ、なんと、おいたわしいお姿なのだ…」

詠唱を終えた国属魔法使いの爺様が、絞り出すような声を漏らして涙をぽろぽろとこぼした。
豊かな枝葉を持つ乙女の宿り木に住まう精霊は、それはそれは美しい乙女なのだと、アネース王国では民話で長く語り継がれていたのだが…。

宿り木の幹近くにぺたんと座り込んでいるのは、少女のようにも見えるうら若い女性。
確かに、輝かんばかりの美貌を誇っている。
透明感のある白くみずみずしい肌に、髪は森の生命力を宿らせたかのような若葉色。たまご型のやさしい輪郭に、鼻筋のスッととおった完璧に美しい顔立ち。
…半開きになってか細い呼吸を繰り返している桃色の唇がゾクゾクするほど扇情的だった。
…どうにも様子がおかしい。
苦しんでいるように見えるし、レナ達は、妹シルフィーネのように神々しいオーラが彼女からは感じられなくて戸惑っている。
くたりと力の抜けている身体をよく観察してみると、足先からふくらはぎまでと手のひらがドス黒く染まっており、嫌な想像がいたずらに皆の頭をよぎった。

ルーカからレナには、とんでもない情報が告げられる。

“呪いに穢されすぎたシルフィーネは現在、精霊ではなく、もっと下位の存在に堕とされているから皆の目にも見えているんだ…”

レナも涙をポロリとこぼした。
あまりに残酷すぎる言葉だ。
浄化すれば元に戻るのかとルーカに問うと、魔法使いの頑張り次第だが厳しいと思う、と苦い顔で返されてしまう…。

全ての結界が解けた瞬間、妹シルフィーネは誰よりも早く、風に乗って大木へとすっ飛んでいった。
木の根元がドス黒くなっている様を見て、また悲痛な叫び声をあげる。

妹精霊が見えないヒト族たちは、座り込んでいる乙女の元へと大急ぎで駆け寄った。
大人数のさわがしい足音におびえた乙女がビクリ!と肩をはねさせてしまい、魔法使いと冒険者たちは、しまった!と互いに目配せして歩みを止め、ゆっくり近づきながら、静かな声で語りかけ始めた。

「あー、我らは怪しい者ではありませぬ、シルフィーネ様…!
先ほど結界の外から話しかけていた、貴女様をただ慕うアネース王国の民でございます」

「宿り木を侵している穢れを浄化させて頂こうと、はるばるここにやってきました。
どうか貴女様の回復のお力添えをさせて下さいませ!」

この動きと宗教的な発言はたいがいあやしい。
しかし、必死の懇願を込めた誠意ある言葉は、姉シルフィーネの心の淵に届いたようである。
乙女は俯けがちだった顔をあげて、声のする方に首を傾けた。
閉じられたままの瞼は淡い黒に染まっており、おそらく宝石のように美しいであろう瞳が覗くことは無い…。
今は自力で開眼もできないのだろう。
弱々しくまつげを震わせる様をみた皆は、悲痛な表情になる。

呪いをばらまいたのはヒト族だろうと姉シルフィーネも予想しているだろうに。
気丈にも、彼女は自分を慕っているというアネース王国民の言葉を信じて、ドス黒く染まった手をふらふらと空間に彷徨わせた。
瞳を潤ませた爺様が、ありがとうございます、と涙声で囁き、うやうやしく線の細い手を受けとる。

「…どうか精霊様に安寧を。[浄化(パージ)]!」

「「「[浄化(パージ)]!」」」

光魔法 [浄化(パージ)]が使える者たちが揃って呪文を詠唱して、昼間にもかかわらず、広間には目にもまばゆい白い光が満ちた。
妹シルフィーネは姉がいるであろう場所のすぐ隣に降りたち、そっと寄り添っている。

どうか姉妹が救われますように…!
そしてこの悲しい事件が収束しますように、と、レナも祈るように手を組んで、心の中で強く願った。
こんな時こそ運[測定不能]にもすがりたい。
幸運さんよろしくお願いします!

結界が解かれて、更に浄化の光で目立ちまくっている今が一番の警戒時。
上位冒険者たちは乙女の宿り木を囲うように円形に配置を変え、できる限り視界を広くとり、森を睨むように目を細めた。

そんな中、最悪の展開が訪れる。

誰よりも早くルーカが異常に気付く。
さすがに今回ばかりはレナを経由している時間などなく、自らが声を張りあげる。
ーー足元に風を纏わせて、あの規格外な呪術師が超速で広間に向かってきているのだ!

「呪術師が来ますッ!!
大型の魔物も共にいる…皆さん戦闘準備を!」

さらにその背後には、呪われた恐ろしい魔物の姿まで視えている。

「なんだと!?」
「ちッ、承知した!」

「乙女の宿り木に呪術師を近づけるなよ!
魔法使い様たちを守りながらの難しい戦いになる、みんな、気を抜くんじゃないぞぉ…!
姿を捉えた者から攻撃開始、迅速に仕留めろ!生死は問わん!」

「「「おおおっ!!」」」

レナも鞭をかまえて、従魔たちに[鼓舞]スキルをかけてやった。

「リリーちゃんは皆の補助をお願いね!
ハー君は必ず身体にクレハとイズミを纏わせてて。戦い方はまかせるけど、呪い感染には気を付けるんだよ!
私は、まず足手まといにならないようにするから。
定期的に[鼓舞]、[従魔回復]スキルを使うね!」

『『おーし、やったるでぇーーー!!』』

『ん!…油断せずにいこうっ!
私たちは、ご主人さまの力のうちだからね。一緒に、頑張ろうっ』

『えいえいおーー!』

「ふふっ…ありがとう!」

とんでもない脅威が迫って来ているのだ。
基本的には上位冒険者たちに戦闘を任せる方針だが、いざとなれば全力で呪術師たちを撃退しなければならない!と、レナたちも覚悟を決めていた。
シルフィーネを必ず救うと約束したのだ。

レナが振り返ると、妹シルフィーネは潤んだ瞳で心配そうに皆を見つめている。
頑張るからね!とレナたちが力強く頷いてみせると、驚いて目を真ん丸くしたあと、泣き笑いの表情になった。

ルーカも魔剣を構えて、森奥の一点をキツく睨んでいる。
声を出したことで新人ギルド嬢の疑惑の視線が背中にチクチク刺さってきていたが、さすがに彼女も空気を読んでおとなしくしているので、無視しておいた。

▽ルーカは 心が 強くなった!(当社比)

「「見えました!弓、射ますっ!」」

目のいい双子弓使いが巨大な弓から矢を放つ。
まっすぐに鋭く向かっていった矢を、呪術師は軽々とよけてみせた。
ーーやはり、油断ならない!
大きな魔物には矢が数本当たっているが主人?はそれを気にした様子もないので、仲間思いというわけではないらしい。

数名が遠距離攻撃を仕掛けるも、全てかわされ、呪術師はついに広間に辿り着いてしまった。
確かな実力に、冒険者たちの額に冷や汗がにじむ。

呪術師は地面に足をしっかりと付けて、風に乗っていたため出過ぎた速度を殺す。
ズザザッ!と、砂と靴裏の擦れる音が大きく響いた。
次いで、魔物が現れて耳障りな咆哮を上げる。

“グギャアギャアアアアッッ…!!!”

全身を闇魔法の[シャドウ・チェイン]でぐるぐるに縛られた、異様すぎる姿のーーおそらく、ドラゴン。
黒緑の鱗は半分以上が無残に剥がれ落ち、肉が腐りかけている。
前腕に付く翼はたたまれていた。露骨に骨が見えているほど腐っているので、飛べないのだろう。
腐化の呪いの影響だと考えられる。
呪い感染の効果もかけられているはずだ。
凶化の呪いについては、ドラゴンほど知能の高い魔物にはかけることが出来ないのでナシだと考えられる。
怒りに燃える青の瞳が、憎らしげに呪術師を睨みつけている!
……仲間ではないのだろうか?

「ちょ、もしかして、森の幻黒竜か!?
…アレ、この森のヌシと言われている魔物じゃないか!」

ラチェリ出身の索敵特化冒険者が思わず顔を引きつらせながら叫んだ。
森のヌシ。
なわばりの頂点にたつ存在で、この者が消えてしまうと生態系のバランスが崩れてしまうため、災いを呼ぶから手を出してはいけないと言われていた。
さらに言うと、”幻”の名前のとおり倒しても素材を残さずに光となって消えてしまうため、経験値以外は大変オイシクナイ。
それを聞いた冒険者全員が額に青筋を浮かべる。
あのクソイケメン呪術師め!!

「この人です!フードの下は、私の出会った緑髪美形その人です!」

新人ギルド嬢が黒ローブ呪術師の顔を[透視]し、高らかに声を上げる。
イケメンこのやろう!!
この場にいる上位冒険者たちはたまたま皆男性だった。

「「「うおりゃああああああッ!!」」」
「「せいやァァァアアッ!!」」

冒険者たちの渾身の魔法・スキル攻撃が呪術師とドラゴンを襲った!

▽Next!戦闘、そして呪術師の目的

 

 

 

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