55:話し合い2

ラビリンス”青の秘洞”を訪れたのは、もう三度目。
レナもようやくラビリンスの穴を落ちていく時の浮遊感に慣れてきた。
青く美しい景色に心を癒されつつ、一同は乙女の宿り木の元へと迷いなく向かう。
ルーカが光魔法 [浄化(パージ)]をかけ、妹シルフィーネの爪先はようやく元の淡いピンク色に戻った。
シルフィーネは嬉しそうに自らの指先にキスをして、豊かな若葉の髪を風に遊ばせながらシャボン・フィッシュと踊り始める。

『ひかりの子 ありがとう~♪』
「どういたしまして」

10枚の小さな葉を付けすでに芽生えていた乙女の宿り木は、今はその宝石のような葉をぴっちりと閉じており、幹はごく小さくなっていた。
成長を巻き戻したのだ。
シルフィーネは、己の芽の成長をある程度は自在に操ることが出来るらしい。
[レア・クラスチェンジ体質]の効果ではないと信じたい。
一見しただけでは、地面が少し盛り上がり芽の先が顔を出しているだけなので、ここに今後新しく木が生えるのだろうな、としか思われないだろう。

新たな乙女の宿り木が発見されて騒がれ、結界が張られることを避けるためである。
シルフィーネが自らの意思で、芽を隠すことを決めた。

レナ達が事情をギルド長だけに話すという選択肢もあったが…まだ誰にも伝えていない。
精霊の姿が視えることをまず説明しなければならないので、乙女に血を吸わせたこと、またルーカの【☆7】魔眼のことまで明確に知られてしまうのは不安が大きかった。

アネース王国の人々は精霊をとても大切にしている。
血を吸わせた事で罪人にされはしないと思いたいが、精霊本人に事情を説明してもらうことが出来ない以上、今話すのはリスクが高すぎる。
ギルド長との信頼関係もまだ十分に築けていない。
そんな状況で大した根拠もなく、宿り木に血を吸わせてみて下さい!などと言えば怒られてしまうだけだろう。
それに、あのあざとい新人ギルド嬢をきちんと掌握できていない手腕も少しだけ気になる。
万が一、妙に勘のいいギルド嬢にまたルーカがロックオンされでもしたら…お気の毒すぎる。
レナ達は知らなかったが、ギルド長は恋愛に対して真面目で誠実なタイプの男性なので、新人ギルド嬢の八方美人であざとい思考を理解できず持て余してしまっていたのだ。

まぁ、精霊様の意思なのだし!…ということにして、皆は気まずい部分を考えることをやめた。
事件が無事解決した時には、「シルフィーネの芽を発見した!」ときちんとギルドに伝えるつもりだ。

シャボン・フィッシュの華やかな舞いに見送られ、魔物使い一行はラビリンスを後にした。

***

数日間は森の入り口付近でのみ狩りを行い、たまに薬草採取のクエストを受けつつ、レナ達はマイペースに日々を過ごした。
焦って姉シルフィーネの元に駆けつけたとしても、いま出来る事は何もない。
無駄足になるだけならまだしも、呪術師に怪我を負わされて、そもそもの呪われ動物狩りすら出来なくなる可能性がある。
悔しいが…耐えて、国属高位魔法使いたちを待つことを選んだ。

妹シルフィーネが指差す方向をルーカが街から【千里眼】で遠視したところ、結界のそばには街の聖職者と上級冒険者たちが常駐しており、気休めではあるが、定期的に浄化の儀を行っている事がわかった。
真っ先に穢されていたであろう結界付近が浄化されて、とりあえずは一安心というところ。
魔力補充のドリンクを飲みつつ、レナに目をヒールしてもらいながら遠視をしていたルーカ。だが、はるか遠くを視ることによる負担は大きかったため、その日は久々に皆でのんびりと宿で過ごした。
スマホ動画を視聴しておおいに盛り上がったようだ。

狩りに出かけた際に魔眼で森奥を索敵してみた結果、黒ローブの呪術師は現在結界からかなり離れたところで下位冒険者たちにちょっかいをかけ続けている様子。
まるで、遊んでいるかのよう。
彼の真意は…未だ分からない。

森でツツツキをけしかけられた際にルーカが一瞬覗いたステータスから考察すると、とんでもなく強い闇職のようである。

「彼の名前は”イヴァン”。
まだ呪術師になって一年ほどしか経っていない18歳の青年。
それなのにここまでの急成長を遂げているのは…元々の身体能力が驚くほど高く、与えられたギフトがとても強力だからだろう。
レベル上げのために一人きりで魔物を狩りつつ、効率よくレベリングをしていたようだ。
群れるのが嫌いみたい。
まあ…こんな人物が大衆の中にいたら目立たないはずがないし、なんとか善の道を歩ませようと大きな組織が取り込みを図るはずだから、それは当然か…。
ラナシュ世界は変動しやすい。
前にもそう言ったね?
闇堕ちした人々の勢力が大きくなれば、その人たちに都合のいいように世界の法則が変わってしまうかもしれない。
それを未然に防ぐために、善の魂を持つ強者たちは日々治安維持に尽力(じんりょく)しているんだよ。
強者をどこかしらの組織に取り込むことも、闇職を捕らえて更生させることもその一環。
視えた部分だけだけど…分かりやすく一覧でイヴァンのステータスを書くから。
みんな、しっかり覚えておいて」

レナと従魔たちがごくりと生唾を飲む中、ルーカは紙にサラサラと綺麗な文字を綴っていく。
スライムたちは空気をビミョーに読んで、かなりの小声で『『ドンドンぱふぱふーーっ』』とこっそり発言した。

「ギルドカード:
名前:イヴァン
職業:呪術師 LV.34
装備:
適性:黒魔法[闇]、緑魔法、黄魔法

体力:
知力:
素早さ:
魔力:
運:

スキル:[魔力増大]、[観察眼]、[遠視]、[狂化の呪]、[腐化の呪]、[感染の呪]
ギフト:[神童]☆7、[並列思考]☆4
称号:親殺し、元詐欺師、元盗賊、話題のイケメン」

「……!き、規格外すぎませんか!?
それに…この称号って…」

紙を覗き込んだレナが驚きの声を上げて、グッと涙をこらえるように顔を少し歪ませる。
両親が亡くなった時の悲しみを思い出して、親殺し、の称号項目を信じられないというように見つめていた。
それからルーカの事情を考え、複雑そうな表情になる。

「とんでもない脅威だと思うよ。まさかここまで強いなんて、ね…。
とりあえず、重要な点だけ説明していこう。
彼の☆7ギフト【神童】は、成人するまでの間だけ学習能力が数倍になるって効果。
だから、実はもう効果は切れてる。
でもね。時間がなくて詳しい数値は視れなかったけど、成人するまでは動作補正があったんだから、それにつられて現在のステータス値はどれも相当高くなっているはずだ。☆7だし。
☆4【並列思考】は、同時にたくさんの物事を考えられるというギフト。
学者気質の人が持ってることが多い。
戦闘が出来るタイプの人がこのギフトを持ってる場合は、とにかく死角が少なくなる」

「うわ…。…怖いですね、そんな戦闘力の高い人が、悪意を持って呪いをばら撒いているなんて」

『『しかも、”親殺し”なのーー…?』』

「うん、そう視たよ。
あくまで僕の予想だけど…神童ってことは子供の時からかなり優秀だっただろう。
親は教育に熱を上げただろうね。
それが、うっとおしくなった。だから殺害した。…そういうことじゃないかな。
知力の上昇が早いと、幼くても人格が出来上がるのが早いって聞くし。
生粋の悪人という線もある」

『『『『…………』』』』

『そんな きもち、よく分からないよーー…』

「……。
元詐欺師、などの称号があるってことは、彼は転職を繰り返していたと考えられる」

「今も闇職ってことは、何か善意の事情があって事件を起こしてるわけじゃない…ですよね。呪い、ですし」

「そうだと思う。
そのあたりの詳しい思考は読み取れなかったよ…ごめん」

「いえ、これだけ分かったのはかなりすごい事ですから!
ルーカさん、お疲れさまでした。
この情報があれば…少しは呪い感染の被害にあう人も減るでしょうか?」

「まず、狩りに向かう時の心構えが格段に違ってくるだろうね。
だから、冒険者たちで情報共有をしておいた方がいい。
少し情報を絞って…そうだな。
それでも、レベル、魔法、スキル、ギフトは冒険者ギルドに伝えようか。
…んー、僕が【魔眼】持ちである事は出来るだけ隠しておきたいんだけど…」

「まだガララージュレ王国が近いですからね。用心するに越したことはありません。私達もそう思っていますよ。
ね、リリーちゃん」

『…ん!私が視たことに、しておけば、いいのだよっ!えへん!』

「助かる、ありがとう。ご……むぐっ」

ひょいっと後ろ足だけで立ち上がったハマルが、ルーカの口内に何やら固形物を突っ込んだ!

『…ルーカのごめんって、もういいかげん聞き飽きたぁーー!
何回同じこと言わすのーー!
ひっさつ!スコーン口封じー』

「あ。それ今日のおやつです。
ルーカさん、喉乾くでしょうから紅茶もどうぞ」

レナは展開に慣れたのか、マイペースに紅茶を差し出す。
ルーカは少しむせつつ、毒気を抜かれたような顔でおとなしくカップを受けとった。

「あ、ありがと…。…まだ温かいね、淹れたてみたい。魔法瓶って便利なものだね」

『のぅ婆さんや。ルカ坊はいつになったらポジティブになるのかね?』
『おや爺さん。力づくでポジティブに教育してみせるまでの事でしょう?』
『『ね、レーーナ?』』

『クスクスクスクスッ!!』

「あー。みんな、またこっそりと朝早起きして昔話のアニメ観てたでしょ?
さっそく影響受けてる…。
だめだよー、スマホの小さな画面をずっと見てると目が悪くなるからアニメは夜に1時間だけって決めたじゃない。
今日からはきちんと時間を守りましょうね!」

『『『『はーーーいっ』』』』

『それ、なーーにーー?』

シルフィーネがふよふよと浮かびながらスライム達が持つ電子機械を指差した。

『んっとね、レナ様のしもべのスマホさん!動画が見れるのー!
レナの故郷の、楽しい魔道具なのだっ』
『シルフィーネも今夜一緒に昔話のアニメ観るー?』

『わーーーい♪ みるぅーーー♪』

「今夜観るのは、従魔たちが今朝観たお話の次の話からになるよね。
レナ、前話のかちかち山ってどんな内容だったか教えてくれる?」

「えーと…イタズラたぬきがお婆さんをつみれ汁の肉団子に加工して、お爺さんに食べさせてしまいます。
そのことに怒った老夫婦の友達のウサギがたぬきに制裁するお話ですよ。
たぬきの背中を炎で炙り、火傷あとにカラシを塗り込み、さらに泥舟で海に送り出して溺死させます」

「えげつなっ…!
…相変わらず、レナの故郷の昔話って苛烈だよね。
あなたの作戦の発想がえげつないのも納得。おそろしい民族だ…」

「んー、ごく普通の発想の作戦ばかりだと思いますけどね?」

「無自覚。これが当たり前な修羅の国があるのか…」

話がかなり横道にそれたが、重苦しい話の合間のいいリフレッシュになっただろう。
従魔たちに感謝である。

緑髪の呪術師の詳細な情報は、翌日ギルド長にきちんと伝えられたと言っておこう。

レナのうかがうような視線を受けて…ルーカはぴくりと眉を上げ苦笑してみせる。
自発的に祖国の話を始めた。

「今回の事件は、ガララージュレ王国が仕組んだものではないと思うよ。
今のトップはシェラトニカになってるんだよね?
彼女はとにかく自分の美しさにしか興味が無い子だから、アネース王国内でわざわざ事件を起こす理由がない。
たぶん今頃は、国庫のお金を好きに使って美容品を買いあさっているんじゃないかなぁ。
彼女が新しく指名した重役の貴族たちは、おそらく全員が魔法で思考を縛られているだろう。少なくとも、シェラトニカにとって都合の悪い行動はしない人間になっているはず。
思う存分美容を楽しむために、今は一切の助言を受け付けていないんじゃないか…と思うんだ。
あれで姫は結構警戒心が強かったからね。
自分の目の届かない所で、政治や軍戦力を好きにさせてはいないだろう。
…という根拠から、呪術師個人の思惑が原因だと思う」

「そうでしたか。王国の関係者がすぐ近くにいるわけじゃないみたいで、そこは安心できました。
えっと…その、辛いことを語らせてしまってすみません」

「そんなに気を遣ってくれなくていいよ?
僕は血縁者との繋がりに未練は一切ないし、親がどうなっていても正直…悲しくないかな」

ルーカは目を伏せて、ここで祖国の話を終えた。

皆は上手いつなぎ言葉が出てこなかったようで、静かに口をつぐみ視線をさまよわせて、揃ってどこか困ったような表情をしている。
先ほどねじ込まれたスコーンで甘くなった己の唇をペロリと舐めて、ルーカは明るく笑った。

「ねぇ。今、すっごく生きてて楽しいんだ」

「!」

レナ達は目を丸くして元王子様を見つめる。

「だって、こんなにあたたかい場所に招いてもらえたんだから。
美味しい食事に、ふかふかの布団、優しい人たちに仲間と言ってもらえる幸せ。
全部、貴方たちが教えてくれたんだよ。
心から感謝してる。
みんなの事がとても好き。
…だからね、そんなに苦しそうな顔をしないで?いつもみたいに笑ってくれると助かるかな。
…心の支えになってくれてありがとう」

ポジティブってこんな感じでいい?と、ルーカは照れ臭そうに言う。
僕を気遣ってくれて嬉しかったよ、もう大丈夫、と精一杯感謝の気持ちを伝えた。
その顔には、かつての陰りは見られない。

ガララージュレ王国の政権交代のニュースは、王族血縁者であるルーカにとって衝撃的なものだっただろう。
狙われ、追われたレナ達も震えたほどなのだ。
長く王国に囚われていた元王子はかなりのショックを受けたはずである。
それでも…こうして彼が明るく微笑むことが出来ているのは、心の支えを見つける事ができたから。
ほとんど無償で惜しみなく優しさを与えてくれる存在がそばにいる、生の幸せを自覚したからに他ならない。

ごめん、の代わりに「ありがとう」の言葉を口にすることを覚えたルーカ。
仲間たちと楽しく笑いあって、祖国でのつらい過去を乗り越え、気持ちを前向きに切り替えることができたようだ。

自分の幸せを自覚したからこそ、レナたちが自分にそうしてくれたように助けを求める精霊を救いたいと改めて思うんだ、とルーカは言う。
仲間たちは笑顔で、シルフィーネを必ず助けよう!と賛同した。

そしてラチェリの街にようやく国属高位魔法使いが到着し、冒険者たちが防御力底辺の彼らの護衛をしつつ、シルフィーネを守る結界のもとに向かうことになった。
索敵得意です!というぼかした申告+幸運で、レナ達も護衛クエストに同行することが決まった。

…余談だが、レナたちの目を痛めないようにとスマホは更なる成長を遂げ、映画館ばりの投影技術&高音質スピーカー機能を搭載して皆をおどろかせたようである。
早くも主人と先輩を甘やかすことに余念がないスマホさんは、お兄さん気質なのだろうか?

 

 

 

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