54:共闘

森の奥から姿を現した呪われ鹿たちは赤く淀(よど)んだ目をレナパーティに向けた。
身体の表面には粘り気のある黒いドロがこびり付いており、所々の毛皮が溶けて薄ピンクの肉をさらしている。
息を吐くたびに、半開きの口からはなんとも言えない腐臭がただよってきた。
呪いのおぞましさに皆眉を顰めている。

「…早く楽にしてあげなくちゃね」

『『まかせんしゃーーいっ!
呪いなんて怖くないもんっ』』

『でも、クーもイズも、油断大敵なの。
呪いは…触れたら腐化が感染するのと…狂化してるから、がむしゃらに攻撃してくる。
…身体能力も上がってる。
だよねっ!ご主人さま?』

「リリーちゃんよく出来ました!
ああ、こんなに立派に成長して…ぅぅ。ウチの子ってなんて素晴らしいの!」

勉強面での問題児、リリーが学習したことにオカンは感動している。
将来、過保護なモンペにならないかが心配だ。
1.5M級に大きくなったハマルがレナに寄り添い、地面スレスレに頭を下げる。

『女王様に万が一何かあるといけないので。ボクがお守りいたしますー、どうぞお乗り下さいー』

「ハーくん、ありがとう。でもね、いつもみたいに普通にレナ様って呼んでほしいなぁ…」

『レナさまとお呼びーー♪ レナさまとお呼びーー♪』

「ああっ、シルフィーネちゃん、違うの…!」

シルフィーネには完璧に女王様として認識されてしまったようだ。
そんなつもりではなかったレナは涙目である。
しかし様呼びは普通ではないと言っておく。

魔法剣に雷魔法をまとわせ始めていたルーカは思わず吹き出してしまい、周囲にはパチパチと小さな電気の火花が舞った。
呪われ鹿が眩しそうに眼を細める。
まったくの偶然だが、どうやら白魔法系統の光には呪われた生き物の眼をくらませる効果があるようだ。
良い事を知った、と言わんばかりに口角を上げると、ルーカはチラリとリリーに目配せして魔法剣を軽く一振りする。

「ーースキル[雷光]」

『スキル[魔吸結界]!』

リリーがルーカに応えて、流れるように自身の新スキルを発動させた。
[魔吸結界]は、結界に低威力の魔法攻撃が当たった場合にそれを吸い込んでしまうとても便利な結界スキルだ。

[雷光]スキルにより呪われ鹿3体の真ん中で小さな光球がはじけ、離れているレナたちの目もくらむほどの白い光が森に一瞬満ちる。
光球になる雷光など珍しいが、ルーカはいつの間にか”制雷マスター”の称号をセットしていたようだ。

味方の眼にダメージを与えてしまう前にと、リリーが瞬時に黒いドーム型の結界を創りだし鹿達を包み込んでしまう。
本来なら自分たちに使用して身を守るスキルを、あえて鹿たちに使った。
ドーム内に収められた雷光はさらに輝きを増して、鹿の眼と毛皮に強烈なダメージを蓄積させていく。
わずかに残っていた鹿の知能は混乱によりまともに機能せず、身体をめちゃくちゃに結界に打ち付けさせ始める。
腐りかけの身体が無残に崩れていった。

10秒ほどでルーカは[雷光]スキルを解いた。
リリーの[魔吸結界]がそろそろ消えてしまうと読んだのである。
この結界はかなり堅牢だが、そのぶん持続時間は短く、魔吸効果が消えればあとは一気にもろいハリボテと化してしまう。

呪われ鹿たちは渾身の頭突きでリリーの結界を破壊し、その勢いのまま突進するように飛び出してきた。
ボタボタと流れ落ちるドス黒い血を、ルーカは地面に落ちてしまう前に器用に雷魔法で焼き消していく。

片脚をついた体勢からふらりと立ち上がった鹿と向き合うのは、ジュエルスライムたち。
ザザザッ!と身体下の土をこすり合わせ音を出して、眼を潰された鹿を誘導した。
もしヒト化していたなら、ニターーッとしたイヤラシイ表情をしていただろう。
がむしゃらに駆けてくる鹿3体をすべて頂いてしまおうと、ぐわっ!!と大きく薄く身体を伸ばした。その面積の全てが”クチ”だ。

▽呪われ鹿×3の とっしん攻撃!

▽クーイズの イタダキマス 受け身!

バチュンッ!!と、弾力のあるボディと鹿がぶつかり合う耳慣れない音が森に響く。
どちらが優勢かなど、言うまでもなかった。

『『うっへっへ…』』

ぬらぬらとスライムボディで鹿の動きを絡めとり、猛毒まみれであろう呪われた身体を溶かし喰べはじめるクーイズ。
たとえ骨が折れようとも全力でジタバタ暴れていた鹿たちだが、まず関節を溶かされると、グッタリとして動かなくなった。
猛毒の刺激を味わうようにスライムは時間をかけて食事をしているが、実はこれはレナからの指示で、呪われた動物を食べてみる場合はお腹を壊さないよう少しずつね!と注意喚起されていた。
本当にオカンである。

『…不意打ちなんて、させないの!スキル[吸血]っ』

一瞬の雷光に誘われてやってきた別のコウモリモンスターがルーカを狙い滑空して来たが、それはリリーによって空中で阻まれた。

「ありがとう」

『……ぷはっ!どういたしまして!…やっぱりご主人さまの血が美味しいなぁ』

カラカラに干からびて干物になったコウモリを、ネコの獲物土産のようにレナにプレゼントするリリー。
レナは主人の威厳にかけて、なんとか硬い笑顔をつくりそれを受け取っている。

「ふふっ、また明日にしてあげたら?
朝4時にはレナの血液量も回復している筈だよ。
クレハとイズミもお疲れさま。
結界内でこぼれた血は僕が浄化しておこう」

『おつかれルーカ!
腕上げたねー?かっこ良かったジャーン!』
『ビリビリ痺れちゃったわぁーー!制雷マスターだけにねっ』

『『ねぇ。雷ビリビリ幻シルフィーネ、ってルーカのことー?』』

「はははっ。そんな噂が立ってたんだね…」

なぜか遠い目をしているルーカ。
魔法剣を地面に突き刺し[浄化(パージ)]をかける、その背には哀愁が漂っている。

「そうか……それで、僕はやたらと覗きの被害にあっていたのか…」

「ル、ルーカさん…。
まさかそれが、水浴び中にズボンを履いたままだった理由なんですか?」

「うん…。毎度毎度のことだったからもう気持ち悪くて…。
まあ、下心のある人たちに水浴びを覗かれた時点で電撃浴びせて失神させて、記憶を飛ばしていたんだけどね。
…電撃があまかったか。今後は気をつけよう」

「もうそんなことがないよう私達が守りますから…!もう、大丈夫なんですよ」

「…!感動した…ありがとう…」

今後はパーティ全体の守護神である幸運さんが、ルーカを覗きの魔の手から守ってくれるに違いない。きっと。
幸運に恵まれたぶんだけ反動が来る仕様らしいので、確約はできないが。

呪われた鹿を討伐した一行は緊張を解いて、お互いの健闘を称えあった。
しかし、すぐにまたルーカとリリーが森奥を視つめて目を細める。
ルーカの紫の瞳がキツく鋭く、奥にいる者(・)を睨みつけた。

「ーーまずい、逃げるよ!」

『クー、イズ、ハーくんに絡まって!…ハーくん、全力で走ってぇ!』

「スキル[瞬発]!」

『はーい、先輩!
いっくよーレナ様、掴まっててねーっ!』

「う、うわわわわ…!?」

ルーカには”こちらを指差す緑髪の男”が視えたのだ。
リリーは、かなりの速さで向かって来る赤黒い小鳥たちに危機感を覚えて逃亡指示を出した。
追ってくる妙な小鳥は5羽。
“心眼”で視つめると、呪いまみれの状態。
駆け出すハマルに[瞬発]スキルで追いついたルーカは、器用にレナのうしろに飛び乗る。

『スキル[駆け足]ぃーー!』

『スキル[黒ノ霧]っ』

ひたすら駆けるハマル。
リリーは小鳥の進路に真っ暗な霧を発生させて妨害を試みた。

3羽の小鳥は視界を遮られて木に衝突、腐った身体を崩れさせる。
勢いを殺すことを全く考えなかったところを見ると、やはり狂化の呪いで心を壊されているのだろう。
残りの2羽はすぐそこまで迫ってきている。
ツツツキは普通の野鳥だが、窮地に陥ったときには鋭いクチバシで全力突撃をしてくるバイオレンスな鳥だ。速度はおそらく呪いで強化されている。

魔法剣に纏わせた雷で残り2羽のツツツキをルーカが倒したが、わき道から、追撃でさらに5羽の小鳥が飛び出してきた。
どれだけ増えるのか…。
あの緑髪の男ーー呪術師は、どうしてレナ達を狙ってきたのか!
全員の心に焦りが生まれる。

劣勢になりかけたこの場を救ったのは精霊シルフィーネだった。

『ウインド・ウォール~!』

レナ達と呪われた小鳥の間に立ちふさがり、華麗に宙返り。
すると彼女の目前には、かなり強力な風の渦が縦方向に出現した。
シルフィーネの髪はやわらかく穏やかに揺れているが、ツツツキたちは凶悪な風の壁に巻き込まれて身体をバラバラに散らしていく。

『ここはわたしが 引きうけるよー。
あとで追いかけるから みんな さきに かえっててー』

「シルフィーネちゃん…!?」

『だいじょうぶだよー、レーナ♪
わたし すごーい精霊なんだもんー』

シルフィーネは可愛らしくニコッと笑ってみせる。
ルーカが鋭く声を通す。

「…敵の持ち札はあと7羽みたい。いける?」

『まかせてーー♪』

「助かる、ありがとう!
宿にいるから。終わったらそこに来てね、治療する。…気をつけて」

シルフィーネはパチリと瞬きすると、ほんと何でも分かるんだねーすごーーい!と困ったように笑う。
レナは不安な顔になったが、ヒツジに騎乗したルーカに促されて、後ろ髪を引かれながら街へと戻った。

残りの呪われツツツキを全て片付けたシルフィーネは、バラバラになった亡骸を一山にまとめて、レナのふところからくすねていた”おしらせ札”をペタリと貼る。
パーティの面々がそうしていたように合掌したあと、黒く染まった爪先を悲しげに見つめて、ささっとその場をあとにした。

緑髪の男は遠方からじっと、不思議な風が吹いた一角を観察するように視ている。
しばらくして高位冒険者が集ってくると、興味を失ったように踵を返して、また森の奥へと消えていった。

***

宿に戻ったレナパーティの元に、精霊シルフィーネが軽やかに舞い訪れた。
開けられていた窓からするりと部屋の中に入ってくる。
にぱっ!と明るい笑顔を見せてくれたので、レナたちもようやく安心することが出来た。

「シルフィーネちゃん…!
助けてくれてありがとう。おかえりなさい!」

『『『『おかえりーーっ』』』』

『ただいま、みんなーー♪
わ。なんだか こうして迎えてもらうのって しんせんー♪ うれしいー』

「おかえりシルフィーネ。
呪いの影響を受けてるでしょう…手をかしてくれる?」

『はーーい』

シルフィーネはふわふわと宙に浮かびながら、指先を揃えて両手をルーカの目前に差し出す。
ルーカは「気休め程度だけど、体調はラクになると思うよ」と告げて、光魔法の[浄化(パージ)]を唱えた。
柔らかい薄黄色の光がシルフィーネの指先を包んでチカッとかがやく。

黒かった爪はほんのり灰色がかった程度の色になる。
完全に穢れがなくなった訳ではない…乙女の宿り芽に直接 [浄化(パージ)]をかけなくてはならないのだ。

確実な話ではないが、見た限りではどうやら精霊はかなり呪いに弱い存在らしい。
人々の信仰心によって生まれるため、その対極の怨念で攻撃されるとダメージが大きいのかもしれない。

完全に浄化はできていないので、皆は心配そうな目をシルフィーネに向けたが、当の彼女は『からだが ラクちんになったよーー♪』とお気楽に喜んでいる。
楽しげな舞いに魅せられて、いつの間にか場の空気は和んでいた。
ルーカが繊細な指先を離して、シルフィーネを見上げる。

「力不足でごめんね…。
また明日はラビリンスにいく予定だから、貴方の芽を浄化してあげられるよ。それまでもう少し待っててもらえる?」

レナたち全員の手の甲には、またもラビリンスのスタンプが押されている。
短期間で何度も押印してもらうのは本来ならいけないことだが、事情が事情なので、リリーの強力な[幻覚]+2スキルで姿を偽ってスタンプをゲットしていたのだ。
あとは幸運さん、よろしくお願いします。

『はーーい♪ ひかりの子 ありがとうー♪
みんながね。精霊のためにって がんばってくれてるから、わたしも いっしょに がんばらなくちゃって思ってるのー。
みじゅくだから 小さなことしかできないけど…みんなが あぶなくなったら 助けるからーー!』

「シルフィーネちゃん…。
精霊さんの風に呪いが触れると影響を受けるって分かってたのに、助けてくれて本当にありがとうございました」

『ふふっ、いいのよー、レーーナ♪
女王様が あたまをさげちゃ だーめだめよ♪
また お姉ちゃんたすけた時には おいわいのお歌をプレゼントするからねーー? ラララ~』

『『わぁーー!クーとイズも歌うぅーー!変身っとうっ』』

「ああっ、バスローブを用意してからにしてーー!?裸はダメ!」

『クスクスクスッ!!』

レナ(と書いてオカンと読む)があわててマッパのスライム達にバスローブを被せる。
きゃーーっ!と甲高い声ではしゃいでいるので、しーーっ!宿では静かに!と教育的指導も入れておく。
いつも通りのドタバタ感に過剰な緊張は抜けていった。

裸族が服を着て落ちついたところで、みんなで現状を見つめなおす。

「あの緑髪の呪術師は、べつに僕らを特別視して狙ってきたわけじゃないみたい。
呪われた動物を狩られるのが気に食わないらしくて、冒険者たちに手当たり次第にツツツキをけしかけてるらしいよ。
今朝からいくつか被害が報告されてるんだって」

『へえ。そうなんだーー?』

「襲われたグループの人たちが治療院にいらっしゃいましたね。
冒険者ギルドからもすでに注意喚起がされています。
…治療院に入っていったグループの方、腐化の呪いに感染してしまってすごく辛そうでしたね…。
私たちも今のところ無事だけど、本当に気をつけなきゃ。
…あの腕は治るんでしょうか…」

「参考にとおもって視ておいたけど、皮膚のほんの表面が腐りかけてただけだったよ。
知能ある生物に呪いを感染させてもそこまで重症化はしないから、治せる。
あの程度ならラチェリの治療院でも大丈夫だろう。
腐りかけた患部を削ぐか、炙り焼いて、治療魔法をかけてもらえば皮膚は問題なく再生するよ」

「うわ…魔法すごい」

「魔法でだいたいの身体の欠損も治せるけど、腕を生やしたりするのは比喩じゃなく気が狂うほどの痛みを伴うからオススメはしないね。
精神強化のギフトを持っていないと、最悪廃人になってしまうケースもある。
廃業したくない冒険者がムチャしたケースは珍しくない。
レナたちも、ケガはできるだけしないで」

「は、はい」

レナがぞーーッと顔を青ざめさせている。

他にも街には変化があって、緑髪の不審者が森で数人に目撃されたという話が市民の間にも広まっていた。
街の入り口には警備員が配置され、人相チェックを始めている。その者がラチェリの街をうろつくことはしばらくは無いだろう。

「お姉さんのシルフィーネの状態はどう?」

『…げんきがない きがするー…』

一番の問題はこれだ。
ルーカが尋ねると、妹シルフィーネはしゅんと俯いてしまう。
冒険者たちが呪われた動物を狩るペースが落ちたことで、姉シルフィーネの体にまた穢れが蓄積され始めているらしい。
国属高位魔法使いがラチェリに到着するまでの間、なんとか穢れの進行を食い止めなければならない。

「頑張ろうねーー!」

『『「「えいえいおーーーっ!」」』』

途中で事件を投げ出すことはせずに、新たに気合いを入れ直すレナと従魔たち。
そんな仲間を見たルーカはほんのりと苦笑している。
「かなり危険だよ…それでもまだ手伝う?」と言ってしまって、リリーに”仲間をしんじろキック”を受けたばかりだった。

なんだかんだと立て続けに騒動があって、外はもう薄闇に包まれている。
みんなでカンタンな煮込みポトフの夕飯を食べて、スタンプが輝いたのを確認したあと、ふかふかゴールデン枕に頭を預けて眠った。

 

 

 

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