49:遭遇

ラチェリの生鮮食品店では、ストックを切らしていた牛乳とパン、葉野菜をいくつか購入した。
別の瓶詰めソース専門店では、トマトソースの瓶と、オイルサーディン(鰯の油漬け)の瓶を3つづつ購入する。
ラナシュには固形スープの素がない代わりに、こうした味付け済みの瓶詰めソースがよく売られていた。
複数の野菜とベーコンなどの脂を合わせて、塩などで濃い目に味付けされたソースは、炒め物によし、水に溶かしてスープにしてもよしの万能調味料である。
オイルサーディンの瓶が売られていたのは、海が近い証かもしれない。久々の魚はレナをとても喜ばせた。
その日のレナパーティの晩御飯は、芽キャベツとオイルサーディンの太麺パスタになった。

相変わらず賑やかな街の中を観光しつつのんびり歩いて、レナ達は冒険者ギルドを訪れる。
まずはモンスター図鑑を借りて、ラチェリ周辺の森で出現する魔物をくまなくチェックしていく。
ラチェリ郊外には鳥モンスターが特に多く見られるらしい。

レナ達にとって狙い目なのは、大きなダチョウ型モンスター「グーグー鳥」だろう。
強さはFランク級。繁殖力が強く、一日に平均3つほどのタマゴを産む。
その中には、貴重な金のタマゴが紛れていることもあるのだとか。
年に数個しか見つからない金のタマゴは、王族が思わず涙するほど美味しいと言われている。黄身がキラキラ光っている栄養満点の超高級卵だ。
かなり高く売れるため、庶民の口にはまず入らない逸品である。
しかし…もしレナさんが件のタマゴを入手したなら、確実に売らずに自分達で食べるのだろう。
お財布は潤っている。

グーグー鳥はタマゴを背に乗せて群れで行動しており、畑を荒らす事がまれにあるため、常時討伐対象となっていた。
討伐の証としてギルドに収めるのは、長さ20cmほどの頑丈な下クチバシ。これと引き換えに100リルを受け取る。
もちろん、丸々と肥えた美味しい肉は全て討伐した冒険者の物だ。肉も全て売れば、結構な金額を手にする事ができるだろう。
魔物の肉は味が濃くスジが多くて硬い事が多いが、鳥モンスターの肉はあっさりしていて比較的柔らかい。
明日のレナ達の予定はグーグー鳥の討伐と、から揚げ作りに決まった。

まだ昼だが買い物も依頼の下見も済んでしまったため、早々に宿に帰る道中、ラチェリ冒険者ギルドの話題になる。

「なんか……独特な雰囲気のギルドだったねぇ」

レナはうっすらと苦笑していた。

『ねー。なんていうか…空気がピリピリ?』
『一部で、デレデレ?』

「…その通りかも。トイリアギルドは居心地良かったんだけどなぁ…ここの冒険者ギルドには、あんまり長居はしたくないな」

『その方がいいと思うよー。レナ様、いろいろと巻き込まれやすいですしー』

『うんうんっ。あの、デレデレな空気の真ん中にいたギルドのお姉さん…ちょっとだけ、魂がグレーだったの。
…悪人ってほどでは無いけど…関わらない方が良さそう?』

みんな揃って、なにやら微妙な表情をしていた。
彼女たちにそんな表情をさせている原因である、ラチェリ冒険者ギルドの様子を軽く説明しておこう。

冒険者よりも観光者が多いラチェリのギルドは、トイリアよりも一回り小さい建物だった。
ギルド内部には古参の受付嬢が3人と、まだ成人したばかりの若い受付嬢が1人、カウンターに並んで座っていた。
カウンターには数名の冒険者たちが並んでいたが…一列になっていたのである。そう、”一列”。若い新人ギルド嬢のいるカウンターにだけ、列が出来ていたのだ。

これにどうも納得がいかないのが、古参のベテランギルド嬢たち。彼女たちももちろん美人だとフォローしておこう。
「お待ちの冒険者様、こちらにどうぞ」と列に並んでいる男たちを一人一人素早くさばいていくものの、若い新人の所にばかりまた新たに男たちが並ぶのである。
事務処理はベテラン嬢たちの方がよほど早いというのに、これはまあ…面白くない。
その若干の嫉妬の感情を抜きにしても、仕事がまだ遅い新人の所にばかり並ばれては業務が滞ってしまい困るのだ。

少々ピリピリした視線を向けられている渦中の新人ギルド嬢がかわいそうかと言われれば、別にそうでもなかった。
とびきり可愛い彼女は、とびきり図太かったのである。
先輩の視線など気にもとめない。
好みのイケメンがいれば甘い声で会話を絶妙に弾ませて、ギリギリ怒られない程度の時間内に連絡先をゲットしていた。あざとくてとても計算高い女性だと言えよう。
冒険者のほとんどはゴツくて強面のおじさん達だったが、彼らを邪険にあしらって自分の評価をわざわざ下げることはしない。
先輩にミスを指摘されたとき涙目になれば、そんなに怒らなくてもいいじゃないか!と彼らが庇ってくれるのである。先輩はまさにとばっちりと言えよう。
ひたすら居心地のいい逆ハーレムをこのギルド内で築いていた。

彼女の魂がグレーなのは…付き合う気もない男性にわざと甘えて、大量の貢ぎ物をもらっているためだと思われる。

「世の中にはいろんな人がいるよねぇ…」

そんなあざとさは欠片も持ち合わせていない純朴なレナさんは、遠くをぼんやり見つめながら感慨深そうに呟いた。

『『そうですなぁー。クーとイズのご主人さまがレナで本当に良かったよー』』
『うんっ。ご主人さま、好きですっ!また髪、梳かしてあげようか…?』
『もふもふはレナ様のものでございますー』

「か、可愛いね貴方たちは……!」

イケてないギルドの話題は、主従のいちゃこらの餌にされてしまった。
相変わらず平和なオチである。

▽レナは 従魔を愛ではじめた!
▽愛情ゲージが 振り切れた!(本日3回目)

常時依頼は狩りを終えてから討伐品をギルドに収めればよく、前もって依頼受託をしておく必要はない。
その日の夜はゆっくりと休んで、翌朝の早朝から、レナ達はグーグー鳥の討伐に繰り出した。

***

そしてまたも魔物たちに追われていた。

「ああああーーーーッ!!」

『『『『きゃーーーーーっ!?』』』』

彼女たちの背後には、20はいるかと思われるグーグー鳥の大群。
レナと身長のほぼ変わらない大きな鳥達が、砂埃をあげてすごい勢いで押し寄せてきていた。迫力と臨場感がやばい。

▽野生の グーグー鳥が あらわれた!×20

から揚げをたくさん作ろうと張り切っていたレナさんだったが、こんなはずじゃなかったと言いたいだろう。既に半泣きである。
群れるといっても通常は5、6羽程のコミュニティを築くはずのグーグー鳥がこんなに集まってくるとは…運がいい、のか?
いや失礼、とてもそんな場合ではないようだ。

走るレナがまだ魔物に追いつかれていないのは、もともと両者の間に結構な距離があったためである。
踏み潰されるのもすぐだろう。

しかしこうした展開を、ご主人さまはあらかじめ警戒していた。
二度も同じ目に遭えば、人間学習するものである。

「ハーくん、訓練した通りにいくよっ!スキル[鼓舞]!」

『おおせのままにーレナ様ー!スキル[体型変化]ー』

レナの隣を走っていたハマルが、ぐーーーん!と巨大化する。
主人は羊の首元にひらめく青いリボンに必死でしがみ付く。
スライム達が彼女を青いリボンにくくり付けてやり、騎乗の手助けをしてくれていた。

「ありがとう!」

『…ん!?グーグー鳥、私たちに攻撃をしてくる訳じゃ、ないみたいだよ…?
何か、黒い魔物に追われてるっ』

『『『「!」』』』

『なんだろう…。とっても、嫌な気配なの…』

状況把握担当のリリーの言葉は、とても意外なものだった。形のいい小さな眉をしかめて、後方を不安そうに視ている。
4M級になったハマルの背の上でレナも振り返り、目を凝らして土煙の中を見やると、がむしゃらに走ってくる大きな黒い影が見えた。

近づいて来ると、それはイノシシのような生き物だと分かる。
ただ…体全体に黒い泥の様なものがまとわりつき、まるで知性を奪われたようによだれをダラダラ垂らし続けていた。
赤く光る瞳は禍々しくて、とてもマトモな状況とは思えない…。

ごくり、とレナの喉が大きく鳴る。
グーグー鳥の狩猟を考えている場合ではないらしい、あの黒い魔物?をなんとかしなければ、と即座に思考を切り替えていた。
華奢な身体は震えていたが、恐ろしい魔物をじっと見つめて、目を逸らすことはない。
ーー頼もしい限りである。
主人の様子をチラリと横目で見た従魔たちは、誇らしそうに胸をはり、静かに指令を待っていた。

「…作戦を変更します。
ハーくん、グーグー鳥たちが脚の間を走り抜けるまで、今の立ち上がった状態のまま動かないでいて。
走り抜けたら、後ろ足で思い切りあの黒イノシシを蹴ってね!
クレハとイズミはハーくんの後ろ足にくっついて待機。蹴りの時は例の”スライムニードル”で攻撃を手助けしてあげて。
リリーちゃんはイノシシの魂の見極めをお願い。危ないから、近づきすぎないようにね…」

『『がってん承知ーーー!!』』

『ん…!まかせてなの!』

巨大羊ハマルがブルルッと大きく鼻を鳴らす。
皆で背後の黒イノシシをきつく睨みつけた。

「いくよ…スキル[鼓舞]!」

レナがテンション上昇スキルを重ねがけする。従魔たちの目がギラリと光った。

できれば一発の後ろ蹴りでイノシシを確実に仕留めたい所だ。
ギルドのモンスター図鑑にも載っていなかった黒イノシシが高い知能を持っていた場合、二度目の奇襲は成功しない可能性がある。
あの魔物のことが何も分かっていない分、余計に用心をしておかなくてはならない。
いざとなればマッチョマン種とモスラの呼び笛を使うこともレナは視野に入れていた。隣街くらいの距離なら、モスラも早々に駆けつけてくれるだろう。
ぎゅっ、と手のひらで種のカプセルを握りしめる。

場の空気は、緊張でピンと張り詰めていた。
グーグー鳥たちがハマルのおなかの下を必死に走り抜けていく。

『うっくくく…くすぐったいぃー…!』

耳と尻尾をピコピコ震わせながらも、ハマルはなんとかくすぐったさを耐えたようだ。
少しだけ距離をあけて、黒いイノシシが怒涛の勢いで走りこんで来る!

レナパーティ全員の目がイノシシに負けないくらいに鋭くなった。
頑張ろう、とかすかな声がレナの口からこぼれると、従魔たちも力強く頷く。……来た!

“ブルォォオオオオオオッ!!!”

▽野生の 黒イノシシ(仮)が あらわれた!

『『やったるでぇーーー!
スキル[超硬化]っ!伸びるわ伸びるわぁーーっ』』

クレハとイズミが素早く動く。ハマルの足裏にくっ付き、ボディをトゲトゲに変化させた。
▽ダイヤモンドより硬い スライムニードルシューズが 出来上がった!

『…こっち来んなぁーーーッ!!邪魔ぁ!』
『『スライムニードルゥーー!』』

▽黒イノシシの とっしん 攻撃!
▽ハマルの 後ろ足蹴り!

▽トゲトゲ後ろ足と 黒イノシシは 互いに勢いを殺さず 思い切り衝突した…!

「……!」

レナがハッと息を飲む。

▽黒イノシシは トゲに貫かれつつ 思い切り吹っ飛ばされた!

イノシシは空高く撥(は)ね上がり、10Mほど離れた後方に吹っ飛んでいる。地面に叩きつけられていた。
衝突の瞬間にぐんと長く伸びたスライムニードルにより、”腐りかけ”の体はぐちゃぐちゃになっている。
ほとんど黒に近い紅色の血を撒き散らし、肉を崩れさせたイノシシは、地面に倒れ伏せたままピクリとも動いていない。

…これはどう見ても仕留められただろう!

皆が期待に満ちた目でチラリとリリーを見るも、彼女はまだ難しい顔のままイノシシを睨み続けている。

『!……まだ警戒しててっ』

『『『「!?」』』』

あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、黒イノシシは自力で立ち上がっていた…!

しかし、やはり様子がおかしい。
腐りかけの身体の隙間からはいよいよ白い骨が見えている。
ドロドロと地面を汚す腐肉は不快なにおいを発しており、血を吸い込んだ地面まで黒く穢(けが)し始めていた。
イノシシはそれだけの重傷を負いながらも痛みにのたうつ事もなく、ただひたすら、赤い目をギラギラと光らせている。焦点はあっておらず、うつろな様子だが。
異様な迫力に、レナ達全員が顔をザッと青ざめさせた。

…リリーの眉尻が悲しそうに下がる。

『…どうかもう、安らかに眠って…』

ぽつりと呟かれた妖精の言葉を聞いたのか、もう耳も聞こえていないのかは分からないが……イノシシはムリやり身体を引きずり数歩前進したのち、今度こそ絶命した。
………。
赤かった目は現在、白く濁っている。
しばらく誰も言葉を発しなかった。他の森の生き物たちも、その黒イノシシの死骸を避けるかのように、虫でさえ姿を見せない。

『ねー、レナー…。クーとイズね、さっき黒いドロドロに触ったでしょう?』
『”呪い”効果をギフトで防いだみたいなのー』

「……えっ!?だ、大丈夫!?
うわ、二人ともすごく顔色悪いじゃない、真っ赤と真っ青で…」

▽レナは 混乱している!

『『ぷふふっ!元からだよーーんっ』』

おマヌケな発言をしてしまったレナさんのおかげで、図らずも場の空気は少しだけなごやかになった。
皆がほんのり肩の力を抜く。
レナがリリーに「呪い状態のイノシシだったの?」と聞くと『多分』と弱々しい声で返事が返ってくる。
リリーのギフトは魂の善悪を見極めるためのものなので、状態異常については曖昧にしか分からないのだ。
すり寄ってきた妖精の白絹のような髪を、レナは優しくなでてやった。

「…何事もなかったなら、良かったよ。みんな本当にお疲れさま。
スキル[従魔回復]」

『『はうーーん♡』』

『クーとイズ、ルルゥの真似、してるの…?…クスクスッ』

『絶妙に似てるかもーー』

「ふふっ、ほんとだねー!笑わせてくれてありがとうね。
とりあえず、ハーくんは身体を小さく戻してくれる?このままじゃ森の中で目立って的になっちゃうから」

『かしこまりましたー。あ、レナ様に吉報があるよー?』

「ん?」

[体型変化]で高さ1Mほどに小さくなったハマルが主人に恭しく差し出したのは、グーグー鳥の大きなタマゴである。
その数は全部で4つ、しかも、金のタマゴがひとつ混ざっている!
グーグー鳥が胴の下を走り抜ける際に、もふもふにタマゴが引っかかっていたのだ。
黒イノシシとの戦闘というえげつない試練はあったが、同時にとんでもない幸運を引き寄せていたようである。
苦労なくして幸運を手にすることは出来ない、ということなのだろうか。

タマゴたちはとりあえずマジックバッグに全て収納した。
他の者に金タマゴを見られては騒ぎになるので、もし調理をするなら、野外でなければならないだろう。

タマゴ採取はとっても嬉しかったが、目の前の黒イノシシの惨状を見てしまうと、手放しで喜ぶ気持ちにはまだなれなかった。

とりあえずギルドに報告だね、とレナが言い、一同はイノシシまでの道を忘れないよう木に印をつけながら、ラチェリの街へ帰っていった。
ここに異様な死骸を放置しておくのは少々気が咎めたが、触れるのがためらわれる状態なので仕方がないと言えよう。

またも厄介ごとに遭遇してしまったようである。

▽凶悪な 黒イノシシを 倒した!
▽Next!ギルドに報告をしよう

 

 

 

 

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