47:旅立ち

レナ達はなんだかんだと理由を付けて、小都市トイリアにズルズル滞在し続けていた。
もともと短期滞在のつもりで訪れた街だが、環境があまりにも快適すぎたのだ。

本日もルルゥのお宿♡から冒険者ギルドに向かい、軽めの依頼をこなしたあとパトリシアと待ち合わせて、共にスチュアート邸を訪れる。
モスラの淹れた紅茶を飲みつつ、乙女3人で新作フラワーについて話し合った。
かわいい花の種はすでにたくさんの種類が揃いぶみ、そろそろフラワーショップが開けそうな見込みである。

身体が大きすぎるためになかなか魔物姿になれないモスラは、先輩従魔と庭園で毎日組手をしていた。
それにより更に数回のレベルアップを果たしている。
ご主人さまが側にいることで、成長がより早くなっているようだ。
モスラはヒト化していても扇を持つことにより[吹き飛ばし]、[風斬]などのスキルを使用できる。
魔人族の場合、スライムの[溶解]などヒト化した状態では使用できないスキルも存在するので、幸運だったと言えよう。

穏やかな日常がいつまでも続けばいいと皆が願っていた。
しかし…変化は突然やってくる。

真水に劇薬をひとしずく落としたような、そんな知らせがミレー大陸中に広がった。

『ガララージュレ王国の王政世代交代が行われたことを、ここに正式に発表する。
新君主は現プリンセス、シェラトニカ・ダーニェ・ライアスハート!
前国王、王妃が病により倒れた為の世襲交代である。またそれに伴い、役職交代が行われる。

宰相:グエン・リーダー→ジャクソン・ロー
外交官長:マグナリア・ユージェ→カーター・ソニア
財務官長:ネイビー・リグ→ラージ・グレイン
聖職官長:カイネ・ディマクーラ→モレック・ブラッドフォード
………………
………………
………………
以上の者を、新王国政府従事者として発表する。』

それは全ての国々にとって衝撃的なお触れだった。

世代交代により役職の者が入れ代わった場合、新任者と前任者を共に知らせることはラナシュ王政においては一般的である。
悪意ある前任者が不正に前役職を偽り、政治を混乱させることを防ぐための措置なのだ。役職が入れ替わったということは、汚職を摘発された場合がほとんどなのである。
…しかし今回の役職交代はあまりに数が多すぎ、また、”全て”が”病気”と発表されていた。

とても不気味だった。
悪い噂の絶えないガララージュレ王国のお触れであるというところが、気味悪さにさらに拍車をかけている。
本当に全員が病気であるなどと素直に信じるほど、政治家たちは単純な脳みそをしていない。
かの悪の王国は小国なれど、優秀な能力を持つ王族貴族が多いと言われている。
ミレー大陸各国の政府がそれぞれ影者(カゲモノ)を使い、ガララージュレ王国の現状を裏からさぐろうと動き出していた。

レナたちがその知らせを聞いたのは、普段通りに友達とお茶会をしてお宿♡に帰ってきた時のこと。
難しい顔でカウンターに座る淫魔の、ただならぬ様子に気づいたのである。

「…ルルゥさん?何かあったんですか…?」

「!レナ。ごめんなさい…私ったら、お仕事中についボーッとしちゃって。ダメね。
んー、ちょっと気になる話を聞いちゃってねー」

ルルゥはまるで取り繕うように笑っている。
彼女が仕事中に暗い顔を見せるなど、とても珍しいことだ。

「ルルゥさんの心にそこまでどっぷり入り込むお話なんですか?…私、気になります!」

「あははっ、貴方も言うようになったわねー。
仲良くなれた証みたいで嬉しいわよ、レナ♡
うん。…ちょっと元気出たかも。聞いちゃう?」

「はい」

それでルルゥの気持ちが少しでも軽くなればいいな、とレナは考えていた。
少しつつかれて話せるくらいの悩みなら、誰かに吐き出すと楽になることが多い。

いずれかは国民全員が知る話でもあるので、ルルゥはそのままロビーで話すことにした。
レナ達以外にロビーにいるのは、常連客の屈強な獣人が一人だけ。彼はカウンターに背を向けてソファーに座り、新聞を読んでいる。

「ガララージュレ王国、って知ってるかしら?
そこの王様が病で倒れて、トップが交代したらしいの。
現在のプリンセスが政権を引き継ぐことになったそうよ」

「…!」

「正式にお触れで発表された情報だから、確実ね。
…うーん、政権交代自体は別に珍しくはないんだけど…ガララージュレ王国って所が気になっちゃって。
いい噂は聞かない国だし、アネース王国の隣だから。
それに…国王でさえ治療されない病気って何かしら?
ラナシュのほとんどの病気は高価な薬さえ使えば治療できるし。
まさか新種の病気?それなら別で発表があるべきだけど。
王様が倒れたらまず、希少な魔法薬をどれだけでも使って介抱するものだから不自然だなあって…。
国王はまだ若かったはずだし、回復も早いはず。
それなのに、よりにもよって更に若いお姫様に世代交代なんて…なぜ?
って、考え込んじゃってたの」

「…そうだったんですか…」

今度は、レナが難しい顔になってしまった。
彼女の細腕に抱えられた従魔たちが不安そうにご主人さまを見上げている。

ルルゥはレナの様子を、バレないようにこっそりと伺っていた。
この特殊な魔物使いパーティが、何者にも目をつけられていないとは考えていなかったのだ。レナは賢い少女だが、一人で生きてきた旅人としては無防備な所がありすぎる。
それこそ、手厚い庇護下から無理やり放り出されたような子だと…実に正しく彼女のことを認識していた。
色々バレバレである。ドンマイ。

ガララージュレ王国が関係しているのではないかと思い、今回の話をふってみる事にしたのだった。
淫魔の予想したとおり、レナの表情は目に見えて曇ってしまっている。

立ち尽くす少女を安心させるように、ルルゥは優しく声をかけた。

「こんなお話をしてごめんね。気分悪くさせちゃったわね」

「っいえ…!
全然、そんなことはないです。私が自分から質問したことなので、ルルゥさんが謝らないで下さい…。
ただ、びっくりして」

「うんうん、そうよねー。
でも、ごめんねって思ったの。せっかく笑顔でお宿♡に帰ってきてくれたのになあって。
レナ、私の愚痴聞いてくれてありがとう。気分がスッキリしたわぁー!
今日の夕食は張り切っちゃおう。
マッシュルームのクリームグラタンにするつもりだけど、貴方たちも注文してみない?
心をこめて作るわよぉ♡長くここに泊まってくれてるし、半額に割引しちゃう♡」

「本当ですか!」

とりあえず、レナを元気づけるためにはご飯だと認識しているらしいルルゥ。またも大正解である。

『『ルルゥが極上グラタン作ってくれるのーー?わーーい!』』

『クリームソースを使ったご飯、とっても好みですー』

『…デザートは、ご主人さまの、血液がいいなっ』

しゅんとしていた従魔たちも一斉にはしゃぎだした。この主人にしてこの従魔あり、食い気がすごい。

もうすっかり吸血展開に慣れてしまったレナは「痛くしないでね…!?」と、吸血を引き受ける前提でリリーに頼み込んでいた。
その表情はいつも通りの元気を取り戻しているように見える。
ホッと息を吐いたルルゥとスライムたちがからかうように「やーーんっ♡」と発言して、ご主人さまを赤面させ場を和ませていた。

部屋に戻ったレナ達は、再びすこしだけしんみりした空気の中で、話し合いをした。

「そろそろ旅立ちの時、かなぁ?」

『…さみしいねぇ』

『『お別れって辛いよねぇ。
でもでも、クーもイズもね、レナとずーっと一緒にいるよ?大好きだもーん!
皆もだよねっ』』

『先輩のおっしゃるとおりー!』

「…ふふっ。ありがとう」

友達とはお別れしなくてはいけない。
でも、レナにはいつも側にいてくれる可愛い従魔たちがいるのだ。
主人にあたたかい愛情をいっぱいいっぱい注いでくれる幼い魔物たちを、ガララージュレ王国なんかに害させないために。
旅立つという選択肢を、レナは選んだ。
いつかはこんな日が来ると、心の奥で覚悟していた。

レナは現在の幸せな環境を精一杯噛みしめるようにグラタンを時間をかけて味わい、ルルゥやお宿♡の常連客たちと楽しく笑い合う。

そして皆で、ずいぶんと先送りにしていた旅立ちの準備を始めた。

***

何度も何度も口ごもって、レナはようやく友人たちに別れを告げた。
パトリシアも、アリスも、レナが心配していた通りあっという間に瞳を涙でうるませてしまう。

「ええっ?なんで…なんで行っちまうんだよぉ~~…!
旅立つって、いきなりなにっ!?
理解できない!したくない!
…そんな事言うなよーーレナぁ。ううっ、せっかく仲良くなれたのに…。
うううううっ……さみしぃじゃんかぁぁ…!うああああああっ」

「レ、レナお姉ちゃん…。
………っ!…なにか、先をいそぐ理由があるんだよね…?
わ、私っ、お姉ちゃんたちの旅のあんぜん、トイリアでずっと祈ってるから…。
…っまた、いつかお屋敷に遊びに来てね?………ぅぅ」

「こんな時にまで大人な対応すんなよアリスぅーー!!うわあああああんっ!
私だけが子供みたいじゃんんんんっ」

「はいはーい、ずいぶん大きなお子ちゃまねぇー?落ち着きなさいな」

…パトリシアよりもアリスの方がよほど精神的に成熟しているようである。
これは同列視したら失礼なレベルだ。

ぐっと唇を噛み締めつつも、旅立ちを祝福する言葉を精一杯つむぎ、涙をポロポロこぼしている幼女アリス。
彼女の涙は、頬を流れはじめた瞬間にモスラがハンカチで丁寧に受け止めている。

一方、レナにがしぃッ!としがみつき号泣する寂しがり屋のパトリシアは、ルルゥに脳天チョップをキメられていた。
やわなご主人さまは、剛腕少女に思いきり抱きしめられなどしたら余裕で体調不良を起こしてしまうのだ。
従魔たちの全力タックルの効果もあり、ようやく脳筋(パトリシア)の頭も多少冷えたようである。
しゃがみこんで、痛む頭を押さえつつ涙声で「ごめ”ん”」とぽつりとつぶやいた。

渦中のレナは、体の節々の痛みをなんとか受け流しながら苦笑している。
彼女も昨日はお宿♡で「さみしいよぉ」とべそをかいていたのだが、友達勢があまりにガチ号泣したため、逆にこの場面では泣かずに済んだらしい。
とりあえず、顔を上げようとしないパトリシアの頭をなでてやっていた。扱いがお子ちゃま従魔たちとまるで同じである。

「…モスラ。アリスちゃんのこと、しっかり守ってあげてね」

「おまかせ下さいませ、レナ様。
現状でも、生半可な悪党に負けるつもりなど毛頭ございませんが、これからも手を抜かずにいっそう精進をいたします」

紅色の瞳をやわらかく細めて、モスラは笑っていた。
執事姿の従魔に静かに声をかけたレナは、その頼もしい返答を聞いて、嬉しそうに微笑んでいる。
彼が自分の幸せをみつけた事を、主人(オカン)として心から喜んでいるのだ。

…ところで、皆さんは言霊(コトダマ)という言葉をご存知だろうか。
有言実行型のモスラはそれこそ言葉通りに、これから更なる成長…すなわち巨大化を遂げるだろう。末恐ろしい。
現在でさえ全長23メートル程もあるギガントバタフライが本気を出して負けるほど強い悪党など、そうそう居ないはずである。
今後のアリスの安全は保証されたと言えよう。

お屋敷玄関の広いロビーには、しばらく少女たちのすすり泣く声が響いていたが、やがて…それも収まっていった。
泣いていてもレナ達をいたずらに困らせ、出発を遅らせるばかりで、楽しい思い出を作ることが出来ないと気づいたのである。深呼吸して息を整えている。

目を赤くしたアリスが、レナに控えめな笑顔を向けた。

「レナお姉ちゃん。私と友達になってくれて、ありがとう。たくさん助けてくれてありがとう。…大好きです!
今日、これからすぐに出かける予定なの?
…もし少しでも余裕があるのなら、今夜は、お屋敷でお泊り会をしない?たくさんお話をしようよ。
パトリシアお姉ちゃんも一緒にみんなで!
どうかなぁ」

「…ありがとう、アリスちゃんっ!
うん。ぜひお願いしたいよー。場所提供してもらっちゃっていいの?
じゃあ、こちらからはハーくんのもふもふ生毛皮ベッドを提供しましょう」

『おまかせあれーー!』

「……!た、楽しみっ」

「…私も、泊まるぅ…」

「うん!みんな一緒だねー」

「……ぐすっ…」

「あのね、お姉ちゃん。可愛いパジャマ、クローゼットにいーっぱいあるんだよ!
丈が長くて大きめのも、小さめのもあるから、みんなに貸してあげられると思う。
レナお姉ちゃんが前に言ってた、パジャマパーティをしましょう?」

「!」

乙女度満点のフリフリラブリーネグリジェを着てのお泊り会とは、これまた楽しそうなイベントである。
レナはおかしそうに声を上げて笑う。

「いいねぇ!賛成!」

「…私がそんなの着てて、笑わない…?」

「「大丈夫大丈夫!」」

泣き顔ながらも期待にわずかに頬を染めるパトリシアを適当にはげまして、レナとアリスはルルゥを見つめた。
お宿♡のオーナー淫魔は「あら?」と口にして、しかし、申し訳なさそうに首を横に振る。

「可愛い女の子たちとのパジャマパーティ…すごく魅力的なんだけど、ごめんねー。
今夜は店番を代わってくれる人がいないから店から離れられないの。
誘おうとしてくれた気持ちだけ、ありがたく頂くわ♡」

「そうでしたか…残念です」

最後の日にお宿♡に泊まれなくなったことも含めて、レナは寂しそうな声で「また明日の朝、挨拶に伺いますね」と告げる。
待ってるわね、とはにかんで答えた淫魔はお屋敷を立ち去ろうとしたが、ふと、玄関扉を開けたタイミングで振り返った。

「ところでレナ。次の行き先は決まっているの?」

「う”」

「……えっ。それまだ決めてねーの?マジで…?」

「旅の計画って大切なんだよレナお姉ちゃん…」

友人たちの視線が一気に生ぬるいものになってしまった…。
▽レナは 冷や汗を 流している!

ネイ村でアイシャから説明を受けたものの、まだまだ地理には疎(ウト)いレナ。とりあえずガララージュレ王国と正反対の方向に行こう、としか決めていなかった。

「ふふっ!レナってちょっと慌てん坊さんな所あるわよねー。
私の個人的な意見だけれど、魔人族たちってミレー大陸では目立つし、いっそのことジーニアレス大陸に渡るのはどうかしら?
魔王様の治めるシヴァガン王国は治安もいいし、旅の道も分かりやすいからオススメしておくわー♡
王都には、友達の淫魔が経営するお宿♡もあるのよ。
魔人族にとって便利なアイテムもたくさん売ってるし。…コレなんかどう?
“装飾記録ブレスレット”。貴方の従魔ちゃんたちに絶対必要な物だと思うわ」

ルルゥはそう言うと、自らの腕を皆に見えやすいように掲げてみせる。
手首には細い金色の輪っかが光りかがやいていた。小さいが質のいい宝石が2つ付いている。

「この宝石に着ている服の情報をあらかじめ記憶させておくと、魔人族が魔物姿の時には服がブレスレットに収納されて、ヒト型の時には着ている状態になるの。
魔人族用の魔道具だから需要の少ないミレー大陸では売られていないけど、いちいち着替える必要がないからとっても便利でしょう?」

「わぁ。そんなのがあるんだ!すごく欲しいです…」

「ふふふー♡
ちょっと高価ではあるけど、手が出ない値段では無いわ。これを買うためだけに魔王国の王都に行ってみるのもアリだと思う。
大きい街の方がいろんなデザインが揃ってるわよ。
せっかく従魔ちゃんたちみんな可愛いんですもの、オシャレさせてあげなくちゃね♡」

「本当、そうですよねぇ」

ウインクしてみせるルルゥ。
可愛い従魔たちはヒト化してもだいたいバスローブ姿なのである。そのことを、ご主人さまも申し訳なく思っていた。

「ジーニ大陸には味のいい食材が多いわ。海鮮も美味しいの」

完璧なダメ押しである。

「ありがとうございます、ルルゥさん!訪れてみます!」

「早ぇ!!そんなんでいいのかよ…」

▽パトリシアとアリスは呆れている。

レナたちの次の目的地は、なんとなく流れで決まった。
アネース王国内を旅して海岸に向かい、船で海を渡ってジーニアレス大陸へ。そして、魔王国の王都を目指す事にした。
見事にルルゥの勧めた通りのルートだが、魔王国にはレナたちにとっての利点がたくさんある。訪れる理由はしっかりした物と言えるだろう。

…可愛い妹たちとひとまず別れたルルゥは、よく晴れた空を見上げながら独り言を呟く。

「レア職業の”魔物使い”。…確か、魔王様が探していたはずなのよねー。
レナを推薦しておこうかしら?
彼女達のバックに魔王国がついたなら、誰もそうそう手出しはできなくなる筈だもの」

「…危ない賭けだと思うが。なにせ現在の魔王様は悪いお人ではないが、あまりに自由すぎる」

「宰相のクモの一族がなんとか手綱をとるでしょ!」

「楽観的だな」

淫魔がいたずらっぽく笑ってくるりと振り返った先には、いつものお宿♡の常連客獣人が気配を消して佇んでいる。

淫魔ルルゥは意外と頑固で、自分の考えを明言した時はとことん折れない。
腐れ縁の獣人はそれをよく知っており、しょうがないな、とため息を吐いた。
彼が呼ばれたということは、レナのことを魔王に知らせると既に決めていたのだろう。

大きな体をスッと伸ばすオオカミの獣人。今にも走り出しそうに脚に力を込めた。

「行ってくる」

「気をつけてねー♡お疲れさまー♡」

いわゆるパシリである。
翼を持つ鳥獣人の政府関係者も存在するが、彼らは総じてトリ頭なので記憶力が悪い。そして気分屋なので、道中寄り道してしまうことなどザラなのである。
いち早く情報伝達をしたい時には狼などの獣人が請け負うシステムになっているのだ。
魔王国の政府組織はとても特殊な構造をしている。

わざわざ足の速いエリート獣人に伝言を頼んだ過保護筆頭のルルゥお姉さんは、うーん!とセクシーに伸びをする。

「ふふっ♡…レナ達の旅に幸運あれ!」

そんなことを言うとマジで幸運さんが張り切ってしまうので、彼女の事を思うなら悪運さんを呼ぶくらいが丁度いいと教えてあげたい。

晴れやかな顔をした淫魔は、明日の皆に渡すスイーツを作るため、卵とバターを購入したあと足取り軽くお宿♡へ帰って行った。

***

ウルトラスーパーラブリーな乙女ネグリジェを着て、皆大はしゃぎでパジャマパーティをした翌日。
当たり前だが、全員が寝不足だった。反省点である。
お話が盛り上がり過ぎたようだ。
しかし定番の恋愛トークは、乙女全員が経験ゼロだったので激しく盛り下がったと言っておこう。

旅立ちの朝。
レナは友人たちからたくさんのプレゼントを手渡されていた。

「レナお姉ちゃん。これ…」

▽レナは 恐皇のローブ(赤)を 手に入れた!

「ええっ!?アリスちゃん…こんな高級なのもらえないよー!」

「お願い、持って行って。
いいの!それ、レナお姉ちゃんくらい幸運な人じゃないと、着た瞬間に呪われてしまうから。ゲイルお爺さんでさえ持て余してたし」

「そ、そうなんだ…?」

「装備できる人が現れるなんて、私も思いもしなかったよー。だから、お姉ちゃんの物になる運命だったんだと思うの。
素材は幻の赤蚕糸を紡いだもの。防火防水、魔法反射の効果があるから、旅の防具としてすごくオススメだよ」

「なんという有能ローブ…!」

レナは”恐皇のローブ(赤)”を羽織って、なんとなくいろんな角度からまじまじと眺めてみた。
元々おどろおどろしいデザインだったローブだが、悪趣味なドクロモチーフの金属装飾はボタンから何から全て外されており、代わりに金糸を使い可愛いツタ刺繍が施されている。
首元には大きなリボンが揺れていた。
レナが着るには丈が長すぎるため、腰あたりで生地を切断したのだか、ハサミを入れた瞬間に彼女を呪おうとした恐皇の亡霊は、暴君幸運さまの効果で強制成仏させられてしまったと言っておこう。
怨の篭った呪いのアイテムは装備者の運ステータスが高ければその効果を発揮できないのである。

続いて、パトリシアからレナに何やらビー玉のような物が数個手渡された。

「超速ホワイトマッチョマンと超速オカマッチョマンの種だな」

「!?」

「それぞれ更に品種改良を重ねて、知能を底上げしてある。発芽させた者の命令を聞くから、レナのいいように使ってやってくれ。
この丸い玉は、花職人が種を管理する時用につくられたまだ発売されたばかり魔道具なんだ。
値段高めだから少ししか買えなかったけど…。
玉に包まれている限り種は発芽しないから、うっかり種を落として野生花モンスターを作る心配はない。
玉を開けられる人物はすでにレナに設定してあるからな!」

「あ、ありがと…。わあー頼もしいなぁー」

「へへっ!」

▽レナは 空気を読んだ!

パトリシアが嬉しそうなのでおとなしくプレゼントを受け取っておく事にしたようだ。
欲を言えばお菓子フラワーの種の方が嬉しかったが、おくびにも出さない。

▽レナは 超速ホワイトマッチョマンの種改×3と 超速オカマッチョマンの種改×3を 手に入れた!

間違っても従魔が種を食べてしまわないよう気をつけよう、と心に誓う。
幼子がモスラのように腹筋シックスパック姿になってしまうのは流石によろしくない。むにむに柔らかい身体がとっても可愛いのである。

「では、レナ様。私からはこれを」

「なあに?魔道具…?」

執事から渡されたのは、黒い筒状の…えーと、筒。
若干角笛にも似た形の漆黒の筒には紐がついており、首から下げられるようになっていた。

「”モスラの呼び笛”でございます。昨夜こっそりバタフライ姿になって、口吻の先端を切り落として作りました」

「唇の欠損大丈夫!?」

盛大に青ざめた主人(オカン)が、執事モスラの頭をガッと掴んで引き寄せ、まじまじと唇を確認する。
よく見ると赤い唇の端にはわずかに切り傷があり、レナは涙目になってしまった。我が子にリストカットをされた気分らしい。

「ほんの少しの傷ですので、大した事はございませんよ。
笛を吹いて頂ければ、レナ様がどれだけ遠くにいらしてもモスラは必ず駆け付けます。どうか覚えておいて下さいね」

「…とってもありがたいけど、自分の身体は大切にしてください!」

「大変失礼いたしました」

ほんのり苦笑しているモスラだが、主人が自分を心配してくれてやはり嬉しいらしい。珍しく、いつもはクールなその表情も緩んでいた。

▽レナは モスラの呼び笛を 手に入れた!

「その笛を吹いたら、モスラと間接キスしたことになるの?」

「「えっ」」

パトリシアがとても余計な発言をする。
切り落とした口先と、とは、ずいぶん猟奇的な間接キスもあったものだ。
一瞬皆が固まったが…スライムたちが揃って明るく声を上げた。

「レナのファーストキッスは、クーとイズがとっくに奪っちゃってるのよー?」

「ハーくんが仲間になる前はね、クーとイズがレナのベッド役をしてたの!
でね、レナが寝返りした時にー、唇がちゅーってくっ付いて」

「「きゃーーーっ!奪っちゃったぁーー♡」」

頬を小さな手のひらで包んで照れるクーイズはなんとも可愛らしかったが、全員に声を届けるためにヒト化しており、つまり、現在全裸である。

「服、服ぅーーー!?」

「「やーーーんっ」」

大急ぎでバスローブを被せるご主人さま。
早く魔王国でブレスレットを買わなきゃ、と彼女は強く思うのだった。

***

「ばいばーーい!お姉ちゃんー!」

「また絶対遊びに来いよ、レナーーっ」

大空に翅(は)ばたくモスラとその背に乗った友人たちに見送られながら、ハマルに騎乗しているレナは大きく手を振る。
スライムたちがハイジャンプからの宙返りを決めてみせ、リリーも美しいダンスを披露した。

レナたちの旅立ちを見送るように、草原にはさわやかな風が吹きぬけている。
ここはツェルル草原ではなく、アネース王国内、トリイア領主の治める領地の一部である。

話には聞いていたものの……と、モスラを見上げた草原の警備員たちは思いきり顔を引きつらせた。
とんでもねぇ、と誰かが乾いた声で呟く。

悠々と草原を闊歩する大きなヒツジ。
主人と先輩らに影をつくってやっている心優しい巨大蝶々。

はるか前方で吹き荒れる理不尽な暴風により転げまわるモンスターたち。
覇者の気配に恐れをなして逃げ惑うモンスターたち。
[威圧]によって気絶するモンスターたち。

いつも通りのレナさんパーティクオリティである。
行く先には、おかずとなる獲物が既にたくさん転がっていた。
全てが傷ひとつなくただ気絶しているだけなので、スライムの[溶解]スキルで溶かしてしまえば特上新鮮肉が手に入るだろう。
今後のご飯を想像して、全員が狩人の目をしている。デザートは淫魔ルルゥがくれたマドレーヌの予定だ。

次の街が遠くに見えてくると、モスラは大きな身体を優雅に反転させて、小都市トイリアへと戻って行った。
魔王国に着いたら彼のブレスレットも買ってあげなくちゃなぁ、とレナは腕組みして考えている。
そんな事してると…あーあ。バランスを崩して落っこちかけて、慌ててハマルの首もとのリボンにしがみ付く。

これは昨夜ベッド役をしていた彼への、アリスからのささやかなプレゼントである。
ハマルの[体型変化]に合わせて伸び縮みする青の魔法リボンは、騎乗したレナが手綱としてとても有効に活用していた。

モスラと友人たちが去り、全員がしばらく黙って、静かに草原を進んでいく。
レナが優しく従魔たちを撫でると、くりくりと頭を擦りつけてこられた。
本当に可愛い。寂しさを紛らわすように、主人はしばらくその可愛さを満喫した。

主人を背中に乗せた状態で、ハマルがハッとしたように顔を上げて目を細める。

『……!もちもち大ウサギがいるぅっ!仕留めるっ!』

『『ほんとーー!?』』

もちもち大ウサギ。もっちりした肉質の、高級食材モンスターである。
一度だけ仕留めて食したその肉はとても美味しかったと、全員がよく覚えていた。

『…いっけーーー!』

リリー先輩の特攻指示が出される。
俄然ヤる気を出したゴールデンシープは、[駆け足]スキルを使い全力で草原を駆け始めた!

「あああああッ…!」

レナさんが必死でリボンにしがみついている。
余裕など欠片もないが、彼女の脳内には世界の福音(ベル)が高らかに響き始めた。

<称号:[赤の女王様]が追加されました!>
<ギルドカードを確認して下さい>

<お手持ちのスマートフォンデータのアップデートを行います>
<更新中…更新中…>
<新規連絡先:[パトリシア・ネイチャー]、[アリス・スチュアート]が追加されました!>
<連絡先一覧を確認して下さい>

「え、ええっ!!?」

しがみつくのに精一杯でとてもスマホなど取り出せそうもないが、何やらとんでもないお知らせが紛れ込んでいる。
混乱のあまり涙目になっているご主人さまを乗せて、今日も元気にヒツジは獲物を撥(は)ねていくのだった。

▽レナは 小都市トイリアを 旅立った。
▽友人たちと 長距離通信できるようになった!
▽ジーニアレス大陸を目指そう!

 

 

 

 

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