46:宴のあと

少女たちと従魔は現在、スチュアート邸の広いキッチンでわいわいと朝食を作っている。
「出来上がるまでロビーでくつろいでお待ち下さいね」と、丁寧に家主におもてなしされてしまったトイリア領主とアネース王国商業ギルド総括の2人は、苦笑しながらふかふかのソファーに腰掛けていた。
ドッキリ☆大作戦の余韻で昂ぶった気を落ち着けるために、軽装に着替えてリラックスしている。

より縁を深めておくために、忙しい彼らをつかまえておきたかった商魂たくましい幼女バイヤーアリス。
彼女の隠すつもりのない思惑に「まあいいか」とのっかった男性2人は、執事モスラの淹れた紅茶をひとくち口に含んだ。
彼らとて、アリスとは良い関係を築いておきたいのだ。

思わず、といった風に刮目(かつもく)した商業ギルド総括ルイーズが、すばらしい…とうっとり呟く。

紅茶を淹れる技術ももちろん素晴らしいが、茶葉と水、陶器のティーポットの相性が抜群に良い。
舌をさらりと撫でる水の質、甘みの濃い茶葉の味、少しだけ混ぜられていたラベンダーチップのほのかな香りが心を落ち着けてくれる。
紅茶の口当たりを良くするために、縁の薄い繊細なつくりのティーカップが使われているのも文句なしの品選びである。
男性たちはごきげんな様子で、風味を楽しみながらゆっくり紅茶を飲み干した。
音を立てずにカップをソーサーに置いたところで、ルイーズが領主に声をかける。

「いやはや…。本当に将来が楽しみな少女ですなぁ。
どれだけ優秀なバイヤーに成長するのやら。出来るだけ長生きして、活躍を末長く見届けたいものです」

「ふむ。貴方がそこまで褒めちぎるとは珍しい…。
確かに、どこを見てもいまのところ欠点の無い、良い商人ですな。
商業知識は業界の枠をこえて幅広く、美的センスもあり、大人のあしらい方にも長けている。
彼女には是非、この街を生涯の活動拠点としてもらいたいと思っております」

「ほほっ!でしたら、高級住宅街の警備をもっと強めた方がよろしいのではないですかな?」

「…大至急とりかかるつもりでいますよ」

有能な住人は小都市トイリアの大切な財産である。
今回の騒動でアリスが亡き者になっていたら、とんでもない痛手だった…。
倫理以前に利益を考えなければいけない立場であることも含め、頭が痛いのだとアピールするように、領主は眉間をグリグリ揉んでみせる。
ルイーズがほほっ!と笑い声を上げた。

広いロビーはお屋敷の玄関を入ってすぐ目前にある。
客人を待たせるためにつくられた場所なので、一段と高価な家具が揃えられている。
食事前の軽いティータイムを2人が満喫していると、通信魔道具がピリリッ!と高めの音を響かせた。
影者(カゲモノ)からの連絡である。

<大変申し訳ございません…。破戒僧モレックを捕まえることは、できませんでした>

「…そうか」

残念ながら、あの不愉快な破戒僧は逃げ切ってしまったようだ。
あとで捕縛隊を叱り、厳しく鍛えなおさなくてはならないな、とルイーズは考えて、領主と同じようにしんどそうに眉間を揉む。
まがりなりにも人を害する許可を与えられている、税金給与の特殊部隊が「出来ませんでした」では国民に示しがつかない。
強い立場にいるものほど、努力どうこうではなく結果が求められる。

ルイーズが脳内にメモを取りながらモレックを逃がした時の様子を聞き出していると、執事モスラがロビーに姿を見せた。

「ルルゥ様がお見えになりました。彼女もこちらにお通し致しますが、よろしいでしょうか?」

「「構わない」」

「ご配慮ありがとうございます」

執事として働きはじめてからまだ日も浅いモスラだが、その所作は実に自然で美しく、なおかつ礼儀もしっかりと教育されている。

大人たちが舌をまくなか、玄関扉が静かに開けられて、少々疲れた様子の淫魔ルルゥが姿を見せた。
艶やかなピンク髪もわずかに乱れている。

「ただいまぁ~~…」

「お疲れさま。…君に追いかけられて逃げ切れる者がいるとは思わなかったよ。
モレックという破戒僧は相当厄介なのだな」

領主が難しい顔で、ルルゥにいたわりの言葉をかけた。

「そう、そうなのよぉ!もう、すっごくヤな奴だったぁ~っ!
…愚痴、聞いてくれるっ?」

領主はチラリとルイーズに視線をなげかける。
ウインクを返されたので、きっと通信を聞きながら又聞きもできるのだろうと判断した。「ぜひお願いしよう」と口にして淫魔に向き直る。

新しくモスラが淹れた紅茶を受け取ったルルゥは「ありがとう」と礼を言ってようやく一息つき、ふかふかソファーに身体を沈めながら悔しそうに愚痴を吐きだす。

「破戒僧を袋小路に追い詰めた所までは良かったのよ…。
ただ、彼、魔道具コレクターだって言われてるでしょう?
とんでもない物を持ってたの。
捕縛したタイミングで、”身代わりドール”を使われてしまったの」

「なんと!そんな物まで、入念に準備していたのか…。
…ハイスケルトンブローチを手に入れるために身代わりドールを使ったとなると、とても採算は合わんがな」

「それくらい、損してしまえばいいのだわ!」

唇を尖らせるルルゥ。

“身代わりドール”は、ハイスケルトンブローチに輪をかけて高価な裏社会でのみ取引される魔道具である。
人形を作ることに命をかけている超変態級の人形師が造った人形(ドール)をわざと壊れる寸前まで痛めつけて、呪術師(闇職の付与術師)がまじないをかけた、ミイラのような不気味な外見の魔道具。
あらかじめ契約印で繋がっておいた使用者が呪文をとなえたタイミングで、人形と場所が入れ替わるという転移効果がある。
価格はとても高く、地方貴族の屋敷が買えるほどと噂されている。

今回モレックを取り逃がしたのはかなりの痛手だが…ドールを使わせたことは、確実に向こうの痛手になっただろう。
そう何体も身代わりドールを保有しているとは考えられない。今後は捕縛がしやすくなったと言える。

「あまり悲観的になるのは良くないな…良い面もあったのだ。
奴がどのようにして魔道具を集めているのか、知ることが出来た。それに人相も判明した。すぐに手配書を作らせようと思っている」

「そうね…。
裏社会の新参者に取り入って高価な商品を購入させて、わざと破滅の道に導く。魔道具が押収されるギリギリのタイミングで、それを奪取する…といった手口なのかしら。
どうして押収ギリギリまで待っているのかは分からないけれど」

「購入させた時点でスキを見て奪ってしまえばいいからな。不可解だ」

「愉快犯なのかしら?」

「………」

トイリア領主は「だとしたら、とても理解できん感情だ」と独り言のように呟いて、キッチンの方向に目を向けた。

どうやら、朝食の調理が終わったらしい。それを客人らに知らせるため、丁度モスラがロビーに歩いてくる所だった。
領主と交わった紅色の瞳がゆっくり細められて、艶やかな笑顔でその場で会釈される。

この者がこれからもアリス・スチュアートの護衛を勤めるというのであれば、ひとまずは安心できるだろう。
破戒僧モレックがただの愉快犯であるならば、アリスに執着するよりも、新しい悲劇を望むのではないかと予測できる。

そう思考しながら、領主は、執事がロビーに来る前に率先して立ち上がる。
通信を終えたルイーズ、紅茶を飲み干した淫魔が偉丈夫を見上げた。

「朝食が出来たようだ。相伴(しょうばん)に預からせて頂くとしよう」

「!やったぁーレナの手作りなのよね?
あの子の手料理食べるの久しぶりだから、楽しみだわー♡」

「ほほっ、仮装パーティでの料理も美味でしたからな。お腹が空いてきました」

絶妙なタイミングで、ルイーズのふくよかな腹が「ぐぅ〜」と音を立てる。
特別な立場にいるため、日々気苦労の絶えない大人3人は愉快そうに笑って、そろって食堂へと歩いて行った。

朝食のメニューは、目玉焼きとカリカリベーコンを乗せた薄切りパン。
新鮮野菜にオイルドレッシングをかけたサラダと、かぼちゃの冷製ポタージュスープ。
デザートはスライムフラワーグミを好きなだけもぐ野生スタイル。

ひとつの大きなテーブルに全員が並んで座り、仲良く食事をしている。
ルルゥの口添えもあり、執事であるモスラも席についていた。料理の乗った皿全てがズラリと机上に並べられており、作法の拙(つたな)い幼児もいるため、マナーはあまり気にされず賑やかな雰囲気である。
レナが割った卵は全てが双子黄身というミラクルが起きていた。

美味しいごはんを食べると幸せな気持ちになれる。
疲れきって遅くまで寝ていたジーンとゴルダロも途中で加わり、一同はとても楽しい時間をすごした。

明日は皆でスチュアート邸宅のお片づけの予定。
その後は、レナたちはまた冒険者ギルドで依頼を受けて、トイリア周辺を冒険するのだろう。

レナが友人たちを見つめる瞳は、どこか儚く揺れている…。
この居心地のいい場所から離れたくないな、と、現状を恋しく感じているのだ。

特別なギフトを贈られた魔物使いとレア従魔たちは、どうしても目立つ。危険なガララージュレ王国から近いこの街に永住はできない…。

そう冷静に考えつつも、友人たちから「このポタージュの味付け、絶品だね!」と褒められたレナは、とても嬉しそうに微笑んでいる。

…今は、この幸せに存分に浸っておきたかった。
見守ってくれる優しい大人たちに、気兼ねなく楽しい話のできる友人、可愛い従魔たち。
地球にいた頃と何ら変わりない暖かい空間が、ひどく心地いい…。
笑顔のみんなをうるんだ瞳で見つめたご主人さまは、「とりあえずできることから。明日のお掃除を頑張ろう!」と、心の中で改めて自分に気合いをいれるのだった。

***

「いったぁ〜〜…!
もう。まさかお宿♡の淫魔まであちらの味方についてたなんて、想定外でした。
ミレー大陸にある各お宿♡の主、か…魔王国(・・・)の諜報なんて、一体どうやって取り込んだんでしょうね…?
彼女たちは個人の事情にはまず首を突っ込んでこないって噂でしたけど。
もし私が特別目を付けられてたなら…ヤダなぁ、今後、仕事がしづらくなっちゃいます。
それとも、アネース王国の捕縛業務に協力するよう祖国からお達しでもあったんでしょうか?
…うう、まだ頭皮がヒリヒリするぅー…ほんと皆不幸になれ…」

とある会員制高級宿の一室で、薄紫の乱れた長髪を涙目で梳(と)かす男。
裏社会のちょっとした有名人、破戒僧モレックその人である。

彼は、もともと拠点としていたこの宿に魔道具”身代わりドール”を置いていたのだ。
裏社会の金持ちばかりが利用する高級宿には、各部屋に頑丈な鍵が付けられており、室内には貴重品金庫もある。
もともと闇職を泊めることを想定してつくられた宿は金さえ払えば身元を問われないため、長期滞在する利用者が多く、新たに空き部屋をおさえることは困難になっているほど人気だ。

彼が貸金庫を開けると、そこには大量の魔道具がそろっている。
ルルゥの読み通り、裏社会に参入したばかりのカモを嵌めて手に入れた高級品である。

石造りの壁にすら穴をあける”強酸スプレー”。
幻覚で顔を変えることのできる”レオンの仮面”。
人を閉じ込めるトラップ小箱”鋼鉄牢(アイアン・ジェイル)”………。

それらの中から、これまたいっそう高価な”再生ドリンク”を手に取ると、モレックは一気に飲み干した。
希少な薬草を煮詰めてつくられたエグみの強い激マズドリンクは飲みづらく、腹には入ったものの激しく咽(む)せてしまう。
しかし、すぐに確かな効果があらわれる。

毒塗りの弓矢がかすめた切り傷はなめらかにふさがり、淫魔に引き毟られて十円ハゲの出来ていたむき出しの頭皮には元通りに髪が生えてきた。
新たに生えてきた髪は胸下まで伸び、それにともなって全体の髪の長さは太ももにまで達している。
さすがにうっとおしかったようで、腰から下の髪はハサミでばっさり切断した。

少し皺が目立っていた肌も若々しくハリを取り戻している。

「おお〜。いいじゃないですかー?」

年相応の野暮ったさが抜けた己の顔を鏡で確認したモレックは、満足そうに笑った。
もともと童顔であるため歳より若く見られた彼だが、ドリンクで若返った現在の姿は20代と言って通じるほどである。
再生ドリンクは身体への負担ゆえ寿命が数年削られるものの、全身を若返らせる効果があるのだ。

これを手に入れるために危険な裏社会に関わろうとする貴族の女性は今だあとを絶たない。
そのほとんどは、闇職たちにカモにされて金を毟られ、立場は降格し、最悪命まで奪われる…。

長髪をゆるい三つ編みに編んだモレックはひとりにこやかに笑った。

「お高い貴重品こそ、使い所を間違えちゃダメですよねー。
死んだら魔道具を使うこともできないんですから、それこそもったいないです!
これから本格的に指名手配されるだろうし…体調管理はしっかりしておかないと。
ふふん、私ってすごーーい。あははっ!
……身代わりドールは、さすがにちょっと痛かったですけど」

冗談めかして高笑いしたあと、しゅんとしおらしく落ち込んでみせる。
身代わりドールは、彼のコレクションの中でも特に珍しい品だったのである。替えのドールがいつ見つかるかはまるで分からない。
今後奪取するにしても、相当な苦労を強いられるだろう。

…まあ、あそこで使っていなければ人生終了でしたし!と、自分を慰めるように明るい声を上げたモレック。
防音魔法が使われた部屋であるのを良い事に、「みんな大嫌いだーーッ!」と思いきり叫んでみせる。

彼がそこまで、他人を嫌う理由は何だろうか…。

今回のアリス殺害計画に関わったのも、魔道具収集という己の目的もあったものの、完全に”楽しむため”だった。
理不尽な理由で殺されるアリス。
会社を再建したところで、裏社会の取り立て屋から追いかけられる運命だったグラハムたち。
おそらく先輩らに喰い物にされたであろう新人の闇職たち。
悲しむ幼女の友人。
ーーそれらをただ、純粋に”見たかった”のだ。

だからグラハムに[悪のささやき]スキルを使い、己の身に釣り合わない程高価なブローチを買うよう仕向けた。
[悪のささやき]スキルには、欲望に忠実になってしまう効果がある。
余談ではあるが、聖職者は対の[善のほほえみ]スキルを覚える事ができる。

金庫の魔道具全てをマジックバッグにしまったモレックは、新しい黒ローブをはおった。
こちらは何の効果も持たないただの高級品。
また魔道ローブを調達しなくちゃいけませんねー、と、ぶるりと冷え性の体を震わせてつぶやく。
独り言の多い男である。

長く拠点としていた宿を後にして、朝の日差しが差し込みかけた路地裏を歩いていく破戒僧。
この街に長く留まっているのは、自ら捕まえてくれと言っているようなものだ。
今回はなんとか逃げ切れたが、とびきり優秀な影者(カゲモノ)たちは今後血眼でモレックを探すことだろう。

「国外逃亡の頃合いですかねーー…」

モレックの口元がニヤリといやらしく歪む。
どこへ行こうか。
どこで…また、悲劇を観覧しようか。
不幸になげき悲しむ人々の顔が見たくてたまらない!

身なりのいい小柄な闇職をカモだと思い絡んできた男たちをラビットブーツで翻弄しつつ、しばき倒して、にんまりと笑うと、邪悪な破戒僧はハイスケルトンブローチで姿を消してしまった。
…………。

▽Next!ダークプリンセスの覚醒

 

 

 

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