45:フィナーレ2

ギガントバタフライの姿を隠し、仕掛けの騒がしい音やシミール匂いを周囲に拡散させないために、現在のスチュアート邸宅と門周りにはドーム型の強力な結界が張られている。
結界担当はジーンとルルーだ。
ルルーがジーンに対して魔法強化の補助スキルを発動させ、その上で彼が結界を張ることにより、クオリティを高めている。
中級魔法使いがこのような結界を一人で作ろうとすれば、通常ならまず魔法が成立する以前に魔力枯渇で倒れてしまうだろう。ベテラン付与術師ルルーの手助けがあってこそのものだ。

「……んっ」

「どうしたの?」

塀に腰掛けていたルルーがふいにピクリと身体を震わせて、虚空(こくう)を見つめる。
ジーンが不思議そうに彼女に問うと、渋い声音の答えが返ってきた。

「…予想、ハズレていて欲しいと思ってたんだけどねー。例の破戒僧(はかいそう)が、場を引っ掻き回しに来たみたい。
私、ちょっと加勢してくるわね?
あの破戒僧なら[すり抜け]スキルくらい持ってるだろうし、結界を抜けてくると思うけど…まあ、通しても構わないわー。
これからの結界の管理はジーンに任せたから!頼りにしてる。壊されないでねー♡」

「そんなセクシーな声で言われたら、張り切っちゃうんですけど?
うん。まあ、結界の維持頑張ってみるよ。まだしばらくは魔力ブーストの効果も持ちそうだし、俺にまかせて。
気をつけて行ってらっしゃいー」

「うふふっ、素直に反応してくれる子は好きよぉー♡
じゃあ、またね」

ルルーは赤い唇を小さくすぼめて「ちゅっ」と軽くリップ音を鳴らすと、宵闇に姿を紛れさせる。
破戒僧に見つからないよう警戒しながら、屋敷門のあたりに向かったのだろう。

去り際の年上淫魔の色気にあてられたジーンは、彼女の姿が見えなくなってしばらく経つと、胸に手を当てながらほうっと淡く頬を染める。

「見た目は若いけど熟女。胸も大きいし、すごくセクシー…。
パーティメンバーだけど、彼女に投げキスされる度にときめいてしまうなぁ。素晴らしい美女だ」

「よおっ、ジーン!
聞いてくれよー、悪党どもにラリアットをかましてきてやったぜ!仮面を被った俺の姿にたいそう驚いていてなぁ、ぶははははッ」

▽とにかく 元気な ゴルダロが現れた!

自らの仕事を終えた大男ゴルダロが、豪快に笑いながら登場した。
哀愁を背負ったジーンの小さなつぶやきは、彼の笑い声にはかなくかき消される。

「…余韻、だいなしだなー」

地味青年よ、強く生きたまえ。

***

貿易会社の社長、グラハムはどこからともなく吹けてきた強烈なシミル臭いに悶えていた。
せっかく高級魔道ブローチで姿を消していたが、夜空に突如現れた化物蝶々にビビって失禁し、さらには腰を抜かした状態で身をよじっていたため、黄色い汚水があたりに飛び散っている。
その場に何者かが居るのは誰の目にも明白だ。

ハイスケルトンブローチは裏社会でのみ流通している特殊な魔道具。
能力が一段階下がるスケルトンブローチは一流冒険者が装備していることもあるが、その上を行く性能のハイスケルトンブローチは隠蔽能力が強すぎるため、防犯魔道具ですら感知できないことがあり、各国で製造が規制されている。
流通量がとても少ないのも、値段が超高価である一因と言えよう。

ブローチの効果を解放した時点で、身につけている服や装備品は全てが透明効果範囲となる。
壁をすり抜けることは出来ないが、だいたいの結界は無効化できる。
弓矢などの飛び道具はブローチ装備者が放った時点で透過が解かれるため、汚水も人の目に見えるようだ。

グラハムの背後に仮面を被った二人の男が現れて、静かに声をかける。

「…おや。こんな夜更けに姿を消して散歩とは、実によろしくないですな」

「ほほっ!スチュアート邸のお客人ですかな?
それとも…望まれない訪れ人でしょうか。ふーむ、貴方はどうやら後者のようだ」

「~~~~ッ!!?」

はっ!と息を飲み込むグラハム。
音を立てないよう立ち上がって逃げようか、と考えるも、足元に散る自らの汚水たまりを全く踏まずに逃亡することは不可能だと、すぐ悟った。
悔しさと屈辱に、まるまると肥えた顔を歪めている。
立ち上がっただけでも、スラックスに滲んでいる汚水がポタポタこぼれ落ちてしまいそうだった。
この場をどう切り抜けようかと悩み、脳内は人生最大のパニック状態である。

二人の男たちはグラハムを挟んで、門から約3Mほどの位置に立っている。
小男の部下である捕縛隊もこっそり周囲にはり込んでいるため、なりふり構わず長男が逃げ出したところで、結局全員を振り切ることはできなかっただろう。さらに、彼の目前にはホラーハウスが控えている。捕まる運命なのだ…。

混乱中の長男は、まったく動けない。

ーー男たちはしばらく様子を静かにうかがっていたが、捕縛対象が何のリアクションも起こさなかったため、警戒をやめてさっさと捕えることにした。
高級スーツを着こなした背の高い偉丈夫(いじょうふ)が、呆れたようにため息を漏らす。

「…ひどく滑稽だな」

「本当に。あわれですなぁ…まあ、全て自業自得なのですが。
捕縛隊、もう待たなくて構わない。この者をすぐに捕まえてくれ」

((かしこまりました!))

とりあえず、一生懸命気配を消すいじらしい努力をしていたグラハム。
結局不審者として捕まるらしい!と理解して、ジタバタ見苦しく逃げ出そうとしたが、屈強な男たちに即座に取り押さえられてしまった。
「離せ、薄汚い影者(カゲモノ)め!」と口汚く喚(わめ)いている。

影者(カゲモノ)とは、ギルドの契約違反者をとらえる索敵と捕縛に優れた裏部隊のこと。時には、抵抗する悪党を始末することもある。政府も公認している組織だ。
犬歯をむき出しにしてニヤリと笑う彼らの手の甲には”債務者捕縛を許可された人物”の証である、特別な契約魔法印が輝いていた。
その捕縛隊を従える、ほがらかに笑っている一見冴えない小男。彼はアネース王国商業ギルドの総括だった。
シミール臭いも拡散されて落ち着いてきたので、禍々しい仮面が外される。

縄で複雑に縛られ、ようやく振り返って小男の顔を睨みつけたグラハムは、顎が落ちそうなほどあんぐりと口を開く。口内はカラカラに乾いている。

「なんで…貴方のような人がわざわざ、こんなところに…!?」

「ほほっ!こんな所、とは失礼ですぞ。
ゲイル・スチュアートの後継者、バイヤー・アリスと繋がりを作っておきたいと思うのは商売人なら当然ではないですかな?
グラハム氏。
…いやあ、タイミングがとても良かった!このような縁に恵まれて、契約違反者もついでに捕まえられるとは。幸運極まりないですなぁ。
はるばる王都から足を伸ばしたかいもあったというものです。私の日頃の行いが良いからこその巡り合わせでしょうな!ほほっ」

「…貴殿の日頃の行いは悪い方だと思っておりましたが」

偉丈夫がぽつりと余計な口を挟む。

「何をおっしゃる。政治家たる貴方こそ、後ろ暗い面が多いでしょう?」

「…不毛な会話ですな。お互いにとって損しかない」

「まったくです!」

そのとおり。これ以上のツッコミは互いの首を絞めるだけである。
商業ギルド総括も、”トイリア領主”も、トップに立つ者というのは裏仕事に携わることがとても多いものだ。魂が黒く染まらないよう気をつけて善行も重ねているが、叩けばホコリなどいくらでも出てくるのである。
彼らはどうやら面識があり、なかなかの仲良しさんらしかった。
ルルーの人脈の大勝利である。

グラハムは会社を興(おこ)す際に、商業ギルド総括に一度だけ会ったことがあった。
…どうして、未だ姿を消している自分の名前を当てることができたのか。もんもんと思考している。
もしや、このハイスケルトンブローチは偽物で、自分の姿は他人にも見えているのだろうか…?
モレックが自分たちを裏切ったのか。
ギルド総括に今回の悪事の全てが知られているのなら…たとえアリスのぶんの遺産をぶん盗った所で、貿易会社を再建することはもう絶対に叶わない。
それ以前に、犯罪者として刑務所に送られる…!?

…脳はどんどん煮詰まっていき、思考がついに停止すると、グラハムの脂(アブラ)ギッシュな身体からは暴れる気力がみるみる抜けていく。
透明な彼の正体については、リリーからの通信で「アレは長男」とネタバラシされていたのだが、それを知らないため心底恐怖していた。
ハイ・スケルトンブローチは本物だったが、それだけでは異常戦力警備に太刀打ちなどできるはずもなかった。

<<ーーギャオオオオオオッ!!>>

屋敷神に睨まれていることも忘れるなよ、と言わんばかりに、怪獣の大咆哮が響き渡る。
夜空に佇(たたず)むモスラを再び見上げたグラハムは、ついにがっくりと頭を地面に預けて「全て終わりなのだな…」と涙声でつぶやいた。

「悪事は必ず暴かれる運命にあるのだよ」と、トイリア領主が律儀に返す。

ーーこうして、貿易会社社長グラハムは捕縛された。

ぐったりと全身の力を抜いたグラハムを捕まえて一同が一息ついていると、ギルド総括の男のもとに通信が入る。
貸し倉庫の張り込みを任せていた影者たちからの連絡だった。
どうやら、夜逃げしようとしていたスチュアート貿易会社の次男三男も、無事に捕縛されたらしい。
小男が「ほほっ」と満足げな笑い声をあげる。領主と目を合わせて頷きあった。

通信魔道具が偉丈夫に手渡される。
彼は冒険者ギルド専属の影者たちと連絡をとろうとしたが……騒がしい足音を耳が拾ったため、魔道具を再び小男に返した。

「ん?どうされましたかな?」

「…こちらから連絡を取るまでも無かったようだ。おそらく、破戒僧はもうすぐここに来るだろう」

「なんと!…さすが裏社会の有名人、と言うべきですかな。
あの影者たちを振り切ってきたというのですか!」

「奴は”コレクター”でもあるらしい。今までも、貴重な魔道具を駆使してギリギリの所で捕縛隊から逃げ切っていると聞いた」

領主はじっと、高級住宅街の入り口方向を鋭い眼差しで見つめている。

[集音(しゅうおん)]スキル持ちの彼が察知したとおり、そこそこ強力な結界を力ずくで[すり抜け]て、黒いローブを乱しながら小柄な破戒僧が駆けてきた!
駆ける速度がやたら早い。ラビットブーツを装備しているのだ。

破戒僧が無理やり[すり抜け]スキルを使ったことで結界が大きく揺らぎ、ジーンが必死で維持のために魔力を注いでいる。地味だが大切な仕事である。

破戒僧は縄でがっちり縛られた透明な人物をパッと見やると、あーあ!と大仰(おうぎょう)な声を出してみせた。
さすがに逃げることに慣れている、と賞賛すべきか、社長に話しかけるその間にも走る速度は一切緩められていない。

「ちょっと社長さんー、捕まるの早すぎですって!せめてお屋敷に侵入くらいはして欲しかったなぁ…。
アリス・スチュアートの殺害、楽しみにしてたのにー!もう!
私、とっても残念な気持ちですよー?
今日のごはんは美味しくなさそうだなっ……ぎゃっ」

早口でダラダラ発言していると、彼の頭めがけて短い弓矢が数本放たれる。
破戒僧を追いかけてきた影者の仕業である。

プロが確実に相手を殺すためにしかけた必殺の攻撃だったが、モレックは後ろに目があるのかと疑うくらい鮮やかに、それら全てを避けてみせた。
…領主の目つきがいっそう鋭くなる。この男は危険な存在だと、改めて認識したようだ。ぜひ、ここで捕まえておきたい。

「ちいッ!!」

長くこの破戒僧を追い続けていた影者が、らしくもなくイライラした様子で舌打ちする。
ここに来るまでにも、必殺の矢をことごとくかわされ、腹立たしい言葉遣いでおちょくられていたのだ。

「…だからー、危ないじゃないですかーー!もう。
せっかくの温度調節機能つき快適ローブに傷でも付いたら、どうしてくれるんです!?コレ、とっても高いんですからね!
それに私、すごーく風邪引きやすいんで重宝してるんですよーー!?」

破戒僧は相変わらず能天気に、どうでもいいことを叫んでいた。

「ーーそんな事情知らないわよっ」

「……アッ!?」

…後生大事にローブのフードを押さえて抗議していたモレックだが、暗闇からの突然の第三者の攻撃により、黒ローブの頭部分は無残にもビリイィッと裂かれてしまう。
白髪混じりの薄紫の長髪があらわになった。憎々しげに第三者…淫魔(ルルー)を睨みつける顔はとても色白で、一見とても優しそうな中年の男性であることが確認できた。中身は下衆(ゲス)だが。
イエローの瞳がギラギラと光っている。

「このローブとても気に入ってたのに…!もうーー!
…すっごくムカついてますけどー、ふんっ、今日は見逃してやりますよぉ。今ここで迎え撃つのは、あまりに私に分が悪いですから。
そのうち貴方がたに、大きな不幸が訪れますようにっ!元聖職者の呪いはきっと効きますからね!?
…だいっきらい、です!」

「私たちも、平和な日常をわざと壊そうとする貴方のことが嫌いよ!」

「きーーーっ!ああ言えばこう言うーー!」

それはお前のことである。
破戒僧は意地の悪い捨てゼリフを口にすると、破れた黒ローブを潔くバサっと脱ぎ去って、縛られた長男へと距離を詰めた。

領主が立ちふさがったが、”くらくらの眼帯”効果でよろめかせて押し通る。

「おおっ…!」

グラハムが期待に満ち満ちた声をあげたが、口角を吊り上げたモレックは[鑑定]スキルを使ってブローチを識別して、それのみをむしり取って走り去っていった。
強制的に透明効果を解かれたグラハムはあんぐりと大口を開けた間抜けな表情のまま、固まっている。

超高級ブローチを自らの胸元に付けた破戒僧は、ニヤリと笑った。
ルルーが、長男を押さえている影者たちに「ソレを早く捕らえて!」と叫んだが、彼らが動きだす直前に、モレックはブローチの強力な効果で姿を消してしまった…。

「…私は追いかけるわ!一緒に来る人は?」

「私も行きます!」

元々モレックを追っていた弓使いが、ルルーの問いに対して名乗りを上げる。

「社長の捕縛はもう出来ていますからな。商業ギルドの影者たちにも協力させますぞ!
頼めるな、お前たち」

((おまかせ下さい!))

商業ギルド所属の影者も加わり、総勢4名が破戒僧モレックを追って暗闇の中へと走っていった。
こんな時に魂の視えるリリーがいれば良かったのだが、居合わせていないものは仕方がない。
ほんの僅かな足音を聞き分けつつ、捕縛隊は何もない空間に「数打ちゃ当たる」方式で攻撃を繰り返していく。
時折、ぎゃーーっ!と小さな悲鳴が聞こえてきていた。

そんな彼らと反対方向からは、縛られた次男三男を担いだ影者たちが一足遅く登場する。

「騒がしいわね?」とクールに呟きながら、今だにお姉様モードのレナ様一行もお屋敷から現れた。

「ああ…。すまない。例の破戒僧だけがまだ捕まっていないのだ。ルルーと影者たちが現在追跡している。
…あちらは彼女たちにまかせようか。
夜もそろそろ明けてきてしまう。この者たちへの制裁を先に終わらせよう。
よろしいですかな、アリス嬢」

「…ええ」

領主が”制裁”の言葉を口にすると、三兄弟はそろってビクゥッ!と身体を震えさせた。
土気色の顔でアリスを睨みつける。
幼女は気丈にそれを受け止めて、目を逸らさなかった。これから自分が、ゲイルお爺さんに代わって彼らを叱ろうという腹づもりなのだ。こんな些細な事でビビるわけにはいかない。
恨まれる覚悟だって、とっくにできている。

レナお姉様がアリスの肩をやさしく抱く。
彼女を見つめて、少しだけ緊張を解いたアリスは、落ち着いた声音で三兄弟の”運命”を口にした。

「…屋上へ行きましょうか」

全員、確実にアウト。イってらっしゃい。

仕掛け人たちが一斉に禍々しい仮面を顔につける。
異様な雰囲気に固まる三兄弟はゴルダロとパトリシアにまとめて担がれて(ズボンがきちゃない長男は縛られたまま大樽の中に放り込まれた。大樽ごと担がれている)、お屋敷神様の元へと連行されていった。

***

屋上につくと同時に大怪獣ギガントモスラに睨まれた三兄弟が失神して、オカマッチョマンたちに往復ビンタで起こされたのは蛇足だっただろうか。
クレハのフレイム魔法で、今度は松明に本物の炎が灯されている。
縄で丁寧に縛られている三兄弟の体温は、熱にあぶられてジワジワ高くなっていった。顔には大量の汗が滲んでいる。

祭壇の壇上に佇むのは、お姉様ではなくアリス・スチュアート。
背後にモスラを従えた家主は、真剣な表情でバカ息子たちを見下ろしていた。

まるで学校のように机が3つ横並びに配置されており、木の椅子にはおっさんたちが無理やり納められている。
彼らの両サイドには、ズタボロになった元冒険者の悪党たちが転がっていた。

三兄弟の後ろに控えるのは、まるで授業参観の父兄のような佇(たたず)まいのホワイトマッチョマンとオカマッチョマンである。言っておくが両方雄花だ。
アリスの授業(・・)を見守るために、友達や保護者たちは悪党たちの様子に気を配りつつ、マッチョのさらに後ろに並んでいた。
商業ギルド総括の小男は抑えきれない好奇心を表情に滲ませながら、つぶらな目をキラキラとかがやかせている。

これから、一体何が始まるというのか…?
まったく未来が予測できない恐怖感と暑さにぐったりしながら、三兄弟はじっとりとした目でアリスを見上げた。
幼女のピンクの唇が、彼らの運命を告げる。

「ーーでは。
これから、貿易会社再建計画と今までのダメダメ経営の改善点について、私、アリス・スチュアートが授業を執り行いますっ!」

「「「……はあっ!?」」」

授業ってなんだ!?…と、三兄弟が戸惑いながらも口々に発言する。
聞いた言葉の意味を徐々に脳が理解していき、兄弟全員が怒りで顔を真っ赤にしていた。

「…ふざけるなッ!!貴様のような社会を知らない青臭い小娘に、私たちが教えられる事など何もないわッ!」

「…再建計画、と言ったな。その、つまりは、会社をまだ継続させる気があると言うことか…?
…しかし、お前のような者の授業に価値など無いという意見については兄さんに完全同意だッ!!」

「…ふざけるなよ…。
俺たちがどれだけ工夫を重ねて、今日まで運営をしてきたと思ってるんだ…!大人を馬鹿にするのも大概にしろッ、小娘ぇ!!」

「全員アウト」

無表情に怒るレナ様から、速攻で運命の制裁開始の合図が告げられた。
自らの首を締めることに定評のある三馬鹿である。

さあお花の妖精さん、尻をしばいておしまいなさい!

<<ダダダダーーーーン!!>>

リリーがとっても楽しそうにスマホを操作している。地球のオモチャはお気に召したらしい。

“アウト”の言葉が指す意味をまだ分かっていない三名は、大きな音にこそビビっていたが、まだ継続してアリスを罵っていた。愚かなことだ。
その元気がもつのも、いつまでだろうか…。

「弟2人、ロケット頭突き。兄は電気爆竹」

レナ様がむごい制裁内容を口にする。
馬鹿者たちの座っているイスは、背もたれの部分が背中から臀部(でんぶ)にかけて大きく空いている特殊なデザイン。
どのような利点があるのか…皆さんならもうお分かりだろう。

▽オカマッチョマン2体が サイドチェストポーズを決めた!
▽体操選手のように 挙手する。
▽ぐっとしゃがみこんで、足に力を溜めている…

▽攻撃!
▽足の力を一気に解放して……尻にロケット頭突きィッ!!

「「ギャーーーッ!!?」」

弟たちが勢い良く机に突っ伏した。ナイスリアクション!

▽クーイズが イタズラおもちゃの電気爆竹を 樽の中に入れた。

「のわあああぁーーーッ!!?」

▽長男は ビリビリと弾ける爆竹の痛みに 悶えている!

ナイス運命!

鬼畜制裁をはじめて体験させられた三馬鹿は、しなびたように一気に元気を無くし、じんじん熱くなる尻やらの痛みに黙って耐えていた。
今言葉を発せば、それだけで尻に響きそうだったのである。

アリスがニッコリ微笑んで、再び同じセリフを口にする。

「では。これから、貿易会社再建計画と今までのダメダメ経営の改善点について授業を執り行います。
よろしいですね?」

「「「………」」」

「沈黙は肯定とみなします!」

独裁授業である。
幼い彼女もまた、レナパーティと関わったことにより、個性をややブラックな方向に開花させていた。

執事パトリシアが魔道具の「30秒ルールホワイトボード」を運んでくる。書いた内容が30秒経つと自動に消えていくという、学校や秘密の会議でよく使われる魔道具だ。
赤いクレヨンを、アリスは手に持った。

「まずは…お客様と良い関係をつくるための接客・交渉術から説明します。
皆さんはここが特に駄目なので、しっかり理解して下さい。
交渉は会社運営の生命線です。
相手に不快感を与えず、なおかつこちらに利がある契約を結びながらも、気持ち良く帰って頂くことがポイント。
そのための効果的な話術をお教えしましょう」

「お前ごときに何がわかっ……!」

「長男、アウト」

レナさんむごい。

<<ダダダダーーーーン!!>>

「あッ!!?」

懲りないグラハムは、お姉様のツルの一声により樽の中にカユクナーレジェルを放り込まれた。
クルミを割ったらドロドロとした痒みを促すジェルが出てくるという、新作トンデモフラワーだ。

…痛みと痒みのために騒いで授業を妨害すれば、それがまた制裁につながっていった。
尻を何発ムダにしばかれたことか…。

正論を突き詰めたアリスの授業、もといお説教を静かに聞かされながら、三兄弟はまるで地獄のような時間を過ごしていた。

経済授業の内容は、先生がかわいらしい幼女であるという偏見をなくして真剣に聞いてみれば、実に有意義で素晴らしいものであった。
机上の綺麗事ばかりという訳でもなく、現実的な実例をいくつもあげて、分かりやく説明がされている。
三兄弟が言った通り、アリスには社会経験が一切無かったが、認識の甘い点については商業ギルド総括の男性と仮装パーティの席でとことん議論しあっていたので、十分に大人も納得できる濃い内容になっている。
…商人同士がパーティの席で熱血な議論を繰り広げるさまを見た者は、剣幕にドン引きしていたと言っておこう。

うつろな目をしていた三兄弟の瞳に、徐々に光が灯り始める。

“交渉の席では、このような対応をしていれば印象が良かっただろう。”
“商品を売り込んできた相手に提示金額を下げさせたい時には、このような物言いをすれば角が立たないのか。”
“余剰資金の運用はもっと効率よく、リスクも少なくする方法があった…!”
“最新の計算方法を取り入れれば、会計にかける時間を大きく短縮できる。”
…………。

自分たちの会社の方針を変えたら…と想像してみて、いよいよ顔が明るくなってきた。
アリスの説明によれば、傾きかけた会社も、規模を縮小して資金運用の方法さえ変更すれば、ギリギリ持ち直せる見積もりなのだ。

…自分を殺そうとした相手に得意げに授業を垂れるほどの甘っちょろい小娘だ。
少し反省の色を見せれば、これまでの行いを許すかもしれない。いや、きっとそうだ!
…と、実に都合のいい考察をして、心の中で舌舐めずりをする三兄弟。
全ての説明が終わってアリスが終了宣言をした時点で、態度を180度反転させた彼らは、幼女を褒め称えた!

「いやはや、素晴らしい!
長年会社経営をしてきた私たちが聞いても、実にためになる授業だった。礼を言おう!」

「どうやら気づかぬうちに、ずいぶん頭が硬くなっていたようだな…。
別の視野を持つ者の話に耳を傾けてみるのも、良い体験だとよく分かった!」

「…これからは方針を変えて、授業を参考に会社を立て直してみよう。
貴方の言葉をムダにしないように、きっと事業を成功させてみせるよ。…あ、ありがとう……くっ…」

長年大事に抱えていた高すぎるプライドが、いやらしく顔に滲み出てしまっている。
人間、そうすぐには取り繕えないものだ。

「どういたしまして」

アリスは冷静に返答しながらも、内心「考えてることが分かり易すぎるし、言葉使いもまだまだ駄目ね。2点」とジャッジしていた。
2点、は100点満点中なので、間違えないようにお願いしたい。手厳しい幼女である。

そんな、商売関係に対してとってもシビアなアリスが、ヘタな擦り寄り程度で息子たちを許すはずもない。
今回の授業は彼らの為ではなく、ゲイルお爺さんの多額の資産を盗用しながらも会社を潰そうとしていることが許せなかったために物申しただけなのである。
独りよがりな自己満足だとは、彼女も理解している。
しかしお爺さんの人間不信具合をよく知っていたので、その原因となった息子たちに対してとても腹を立てていたのだ。せめて真っ当に会社を経営してさえいれば印象も違ったかもしれないが…。

三兄弟はいやらしい期待をした目で、アリスをねっとり見つめている。
幼い商人はニコッと微笑んで、アネース王国商業ギルド総括の男性に明るく話しかけた。

「スチュアートさん達の商業規約違反処分については、ルイーズさんからお話して頂けますか?」

「ほほっ。任せてくだされ!」

小男はおちゃめにウインクしてみせると、トコトコと歩いて祭壇の最上部へと登り、アリスの隣に並ぶ。久しぶりに運動したので、少しだけ息をきらしている。
ふぅふぅ、と呼吸を整えたルイーズ・ネスマンは、その優しげな容姿からは想像できないほど厳格な声を張り上げた!

「ーースチュアート貿易会社社長グラハム・スチュアート。副社長イーザ・スチュアート、エラルド・スチュアート!
…以上、3名に告げるッ!
貴殿たちは商業ギルドの規約を故意に破り、不当な業務実績改ざん・従業員の拘束を行い、ギルドカードを黒く染めあげた!
よって、全員を”犯罪者”とみなす!
また、アリス・スチュアートを逆恨みして殺害しようと目論んだ罪は重い。
…本日から40年間、刑務所での奉仕作業を言い渡す!
送還先は南の灼熱の大地カヴェイールの刑務所である。
真面目に勤務し、黒く染まった精神の浄化につとめよ!以上!
ーー捕縛隊。首輪をつけろ」

「「了解しました」」

ーー息子たちは驚愕に目を剥いて放心しかけている。
灼熱の大地というのは、本来なら連続殺人犯などが送還される絶望の地なのだ。なぜ、よりにもよってそんな所に送られるのか!?と…ついに涙を流し始めた。
理由としては、万が一にも再び優秀なバイヤーが狙われてはいけないと考えた商業ギルド側の都合である。そんなものだ。権力者を敵に回した彼らの負けである。

三兄弟の首には、捕縛隊の手によってゴツい黒の首輪が付けられていった…。
40年間の奉仕活動、その刑期が終わる頃には、既にいい歳の三兄弟はよぼよぼの爺さんになっているか、それこそ死んでいるだろう。
実質の死刑宣告のようなものである。
送還先のカヴェイールは、長年そこで生活している現地人ですら夏には音を上げるほどの暑さで有名な僻地だ。
贅沢に慣れきった文系の三兄弟はこれから生涯、粗野な生活を強いられる運命になった。

「…いやだぁッ……!!」
「た、助けて、許してくれぇぇっ!!」
「どうか慈悲を!ア、アリス・スチュアートぉぉ…!弁明を!」

息子たちは涙で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、悲痛な声を上げる。

アリス様に余計な負担をかけるなッ!!と言わんばかりに、モスラは魔力を込めまくって全開で[威圧]スキルを使った。
断末魔の悲鳴を上げて、グラハムたちは一瞬で気絶していく。
領主と総括ですらドッと冷や汗をかくような、えげつない迫力だ。

…アリスは何も言わずに、ただ静かに運び出される息子たちを眺めていた。
彼らは自分が厳罰を受けることを嫌がったが、罪の無い幼女は、ただの言いがかりで殺される所だったのだ。慈悲をかける理由など全くない。
それでも、例えば地球人であれば、40年の地獄勤務を恐れ泣き叫ぶおじさんを見たら同情心が生まれたかもしれない。だが、ラナシュ世界に生きる者の心はその程度ではゆらがなかった。
アリスは精神を病まずにすんだようだ、と友人たちはホッと息を吐いた。

首輪をつけられた息子たちと、悪事に加担した悪党は、影者によって迅速に仮刑務所へと運ばれていく。
闇職になったばかりの悪党たちの処分はまだ決められていないが、魂のにごり具合を聖職者が視てから決定がくだされるので、ある程度改心出来ていれば、更正する道もまだ残されているだろう。
魔法のかかった首輪をつけられた彼らは、自殺して地獄を終わらせることは許されていない。
刑期を全うするまで、身を粉にして働くしかない。

静かに立ちつくすアリスを心配して、お姉さんたちは柔らかく声をかける。

「ねぇ、アリス…。
今から朝食を作ろうと思っているのよ。貴方のために気持ちをこめて作るから、一緒に食べましょう?
美味しい物を食べたら、きっと幸せな気持ちになれるわよ」

「お、いーねぇ!それは楽しみだ。
アリス、今日は本当にお疲れさん。
…授業の最中居眠りしてたのは悪かったよ。悪かったって、反省してるからそんな目で見ないでくれ…!
っと、まあとりあえず、ちょっと休憩しようぜ?
屋上の片付けは明日以降にして、今日は皆でのんびりしよう」

「「さんせーーい!
ね、ね、アリス。喜びのダンス見せてあげよっかーー!とっておきのやつ!」」

レナさんはまだお姉様モードのようだった。
すっかりアリスと仲良くなったスライムたちが楽しそうに彼女に話しかけて、ヒト化を解く。

グレープフルーツ大のミニスライムと、[体型変化]でちっちゃくなったハマルはアリスの前に横一列にならんで、喜びのダンスを披露しはじめた!
妖精リリーが、リズミカルに指揮をとる。

きゅっ、きゅっ、きゅっ、ぷよーーーん!もふーーーん!

きゅっ、きゅっ、きゅっ、ぷよーーーん!もふーーーん!

くるくると回って、二段宙返り!
小首をかしげて、キュートなポーズ!

反則である。
あまりの可愛らしさに、その場に居た全員がノックアウトされた。
こっそり頬を染めている男性2人も、どうやらツボにはまったようだ。この大物二人は味方につけておくと心強いよ!とルルーから助言されていたので、従魔たちは全力で己のプリティーボディを魅せ付けている。
あくまで魅了はついでであり、一番の理由はアリスを和ませるためなのだと言っておこう。

うずうずし出したリリーも加わって、華麗なフェアリー・ダンスを披露しだす。
ダンスが終わって、拍手喝采のなか…長く続いたフィナーレはようやく終了したのだと、皆が確信した。
ーーこれからは再び、アリスは穏やかな日常をおくることが出来るだろう。

風に巻き上げられた白いシーツを器用にまとった魔人族モスラが、幼い家主に一礼する。
優しい人達に囲まれながら、スチュアート邸の主は幸せそうに微笑んでいた。

「皆のことが、大好きです…!」

それを聞いた友人たちは、相思相愛だね!と嬉しそうにかえしていた。

 

 

 

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