43:夜のお屋敷2

「ちぃッ!小娘は…この先か?」

アリスの部屋はお屋敷の2階、廊下の真ん中くらいの位置にあったため、悪党たちは左と右どちらにアリスが逃げたのかと目を凝らしている。
スチュアート邸は2階建て。
とは言っても天井が高く、それぞれの部屋も大きいため全体的に見てたいそう広い建物だ。
コの字型になっており、中央は庭園とはまた別の中庭になっている。大きな池が月のわずかな光を反射してキラキラ輝いていた。

壁が分厚かったり、構造が奇妙なのはゲイルお爺さんがからくり仕掛けを凝りすぎたせいである。
長く広い画廊(芸術品の飾ってある廊下)には、部屋が6つならんでいる。
コの字型になっているため、曲がり角の先も含めた部屋の合計数は10にものぼる。
薄暗い画廊の両端、中央には階段があり、両方(・・)の曲がり角の手前にぼんやりとアリスが見えていた。

「はあ…?」

「なんだ…魔法かァ!?」

「「ふふふっ!おバカな鬼さん、こーーちら!」」

アリスは楽しそうに手を叩くと、悪党たちを挑発した!
ちなみに彼らは知る由(よし)もないが、彼女らはスライムに幻覚をかけてつくられた偽アリスだ。
よく似た声は、変声機をスライムボディに埋め込んで作ったものである。

「っちくしょう!気味が悪ィな…」

「ここまで来てビビってんじゃねぇよ。両方捕まえればいいじゃねぇか!
…覚悟しろやぁ、チビガキッ!!」

「よしっ、二手に分かれるぞ!」

「「やーーーんっ」」

偽アリスは憎らしいほど可愛く微笑むと、頬を両手で包む乙女ポーズをしてペロリと舌を出し、足音も軽やかに走りだした。階段を駆け降りて行く音が聞こえている。

…足音があるということは、少なくともゴーストの類(たぐい)ではない。
悪党たちはこっそりと安心から来るため息を吐いて、それを誤魔化すように、全力で走りだした!

打ち合わせもしていないのに綺麗に半数に分かれる悪党たち。魔の花園を抜け、苦楽を共にした彼らはいつの間にかとても仲良しになっていた。

右方向へ走り出した一人が、絨毯の模様の一部を思い切り踏む。
カコン!と、何やら嫌な音がした。

「な、なんだ…?」

「ちょ、お前、バカ…!立ち止まるなよッ!
ちっ!」

「…う、うわわ!?」

▽廊下脇のオブジェのヘビが 催涙ガスを吹き出した!
▽対象は 悪党A!

▽悪党Aは 悪党Bに 吹っ飛ばされた!
▽悪党Bに ガスが命中!
▽目を押さえて 悶えて転がっている。

「ぐああああッ…!」

「お、お前!なんで…!?」

「…どうやら俺はここまでのようだぜ…。
はは、ステータスが弱化している俺たちには、お前の[夜目]スキルがどうしても必要だからなァ。
つい柄にもなく庇っちまった」

「……!」

「っ…!手助けはいらん。行きな。まだ、やるべき事が残ってるだろ?
目をやられた俺は一緒に行けねぇが…お前たちを信じてる!」

「「「う、うおおおおおおん!!」」」

悪党Bは、目を押さえながらも手でしっしっと仲間を追い払う仕草をして「行け!」と叫ぶように告げた。

そのカッコ良さにシビレた仲間たちは、口々に「絶対また戻って来るから!」「小娘はまかせろ!」と言葉を贈って、その場に縫い付けられていた足を無理やり動かし、去って行く。
彼らの目にも、涙が滲んでいた…。
催涙ガスの余波なのだろう、ということに、しておこう。

…男たちが階段を駆け降りていく音を聞いた悪党Bは、緊張をすこしだけ解いて一人ニヒルに笑ってみせる。
おそらく仲間はもう一階に降りたはずだと判断して、ようやく思い切り叫んだ。

「ーー目が!目があああッ」

本当は相当痛かったのに、ガマンして気丈に見せていたのである。
これが、右側の悲劇のドラマ。
そんな彼の背後には、紅目の執事が気配もなく立っていた。

左側の様子をご覧頂こう。

右側と同じく、男たちは全力で駆けている。
こちらには[危険察知]のパッシブスキルを取得した者がいたため、催涙ガス、弓矢が飛んでくる罠は見切られかわされていた。
走りながら喝采を受ける悪党Cは実に得意げである。

「!次、そこの金ピカのオブジェには触っちゃダメだぞ!なんか嫌な気配がする」

「あっぶね!…流石だなぁ、助かったぜ」

「おいおい、あんまり無闇にお宝パクろうとすんなよ。持って帰っても、有名な品は売ると足が付くぞ?」

「なぁに!社長サマに売ればいいのさ。上流階級ってのはこういうのが好きなんだろ?
…多分。俺には分からんが」

「だよなぁ。何だよその枯れ木重ねただけみたいなの」

「芸術って分っかんねーな」

仕掛けを踏むなどの条件を満たしたら発動する悪意ある攻撃、それが”罠(トラップ)”。

そして、この屋敷における罠の発動条件は”女王様が罠を発動させたいと思うタイミング”にとっくに変更されていた…。

レナは現在、アリスからお屋敷トラップの全権を託されている。
罠は基本的には自動式だが、司令室にこもる彼女の目の前には緊急用の手動(・・)トラップスイッチがずらりと並んでいた。
どうして司令室などが存在しているのか?
ゲイルお爺さんが張り切りすぎたのである。なんて爺さんだ。
つまりは、罠発動のタイミングなど自由自在。

▽罠を見切った 男たちは 安心している!
▽ひゅるるるるぅ~~

「ん?なんか上から音が…」
「ぐううぅッ!!?」

ぐわわわわーーーん!!

▽悪党Dに タライが命中した!
▽悪党Dは フラフラしている!

むごいものである。
スイッチであるオブジェに触らなくても、金ピカのタライは容赦なく悪党Dを攻撃した。

「どうしてだッ!?」

▽悪党Cは ハゲしく混乱している!

危険なスイッチを見切ったのに罠が作動するなんて、と男たちは動揺しまくっていた。
これでは、トラップ対策など取れる筈もない。
[危険察知]スキルを持った悪党C(ちなみにハゲ)が、絞り出すように声を出す。

「くっ……!…今こいつがダメージを受けたのは、便利なスキルを持ちながらもトラップを察知出来なかった俺のせいだ。
こいつはしばらく、ここから動けないだろう…その間、俺も残るぜ。
それが俺の責任ってもんだろ?
回復したらすぐ追いかける。だから、残る許可をくれないか?…勝手を言ってすまん!」

「あんた…!?」

「[危険察知]しかスキルを持ってない上にステータスも大したことないのに、この危険な画廊に一人で残ろうっていうのかよ…!?
くっ、お前、オトコだぜ!」

「分かった…。そこまで言われちゃ、連れてくわけにもいかねぇな。
だけど、絶対に後から追いかけて来いよっ!?待ってるぜ!」

「!おう、ありがとな…!」

「おぉ、俺を忘れてもらっひゃ、困るぞぉ…。こんなだけどぉ、筋力には自信があるんだ。
フラフラ状態から回復したら、こいつを抱えて、すぐに追いかけてくぜぇー…!
護衛はまかせひぇくれっ」

タライに当たった悪党Dは、震え声で自分も頼ってくれと告げて、ニヤリと笑って見せる。

「はははっ…頼もしいなぁ!オトコマエは二人いたのか」

「くっ。カッコ良い、カッコ良いぜ、お前らぁー!また1階で会おうなーー!」

「「「あばよッ!!!」」」

「「おうっ!」」

支え合うオトコマエな仲間たちに背中を向けて、無事だった左側担当の6名の悪党たちは、全力で駆け出し二階画廊の角を曲がる。

「ぐあッ!目がああああ」

▽悪党Eは 催涙ガスをくらった!

やはり[危険察知]スキルがないのはとてもつらい…。
だが、漢(オトコ)を見せた仲間のように自分たちもカッコ良くあらねばと、悪党たちは今度こそ駆ける足を止めなかった。
目をやられたEは右側のBのように「行け!」と叫んでいる。

自分たちに出来ることをやる。
同じ過ちは繰り返さない。
悪党たちは絨毯のブドウ模様を踏まないように気をつけて、高そうなオブジェ群にはもう目もくれずにアリスを追って走って行った。

ヒタ、ヒタ、ヒタ…。

脱落した3人に、不気味な足音が近づいてくる…。
大きすぎず、ギリギリ耳に残るくらいの、恐怖感をより掻き立てる絶妙な歩き方だ。

バッ!と、悪党たちが青ざめつつ振り返ると…そこに佇んでいたのは、紅目の執事。
やたらと柔和な表情をしているが、弧を描く口元に対して、目だけは一切笑っていない。
彼の背後には、亀縛りの男がすでに2人転がされている。

「て、てめえは……うッ!?」

モスラは、[威圧]スキルを容赦なく使う。
暗闇の中からとんでもない数の刺すような視線を感じた悪党たちは、ガタガタとハゲしく震えだした。
上品な仕草で、執事は、ふぅ…とかるく息を吐く。

「お嬢様方に仕える私を『てめえ』と呼ぶなど、許しません。黙りなさい」

「くっ…!」

「…面白い劇を見させてもらいました。
そのお礼に、今度はこちらが楽しい劇を貴方たちに披露しましょう。
ああ、お二人にもエキストラとして参加して頂きたいと思っていますが、いかがでしょうか?
え?そうですか。はい。分かりました良かったです。
まさか、そんなに喜んで下さるとは!
一緒に良い劇を作りましょうね」

「……まだ何も言ってねぇ!?」

「この、てめ……いやアナタ様!なにを勝手に決めてやがるッ!」

「勝手など。全ては運命なのですよ」

運命。妙に宗教くさい。
モスラは、もうそれ以上は何も言わずクスリと笑うと、手際良く抵抗する男たちを縛っていった。
やかましい口も器用に縄で封じる。

催涙ガスをくらった悪党Eにも同じように声をかけて、反論を許さず物理で丸め込んだ。
ちなみに、暴れる大男をかるく抑え込む執事モスラの腹筋はバキバキのシックスパックである。
ギガントバタフライの柔毛の下の岩のようなボディに、超速ホワイトマッチョマンの遺伝子が事故で紛れ込んだチューレ蜜を飲んだため、このような成長を遂げていた。

門向こうの階段からは、あわれな残党たちの悲鳴が聞こえて来ている。

「楽しみですねぇ」

モスラはアリス誘拐未遂にとても怒っていたが、魔物らしく、悪党狩りを思いっきり楽しんでもいるようだ。

***

左右それぞれの階段前まで走ってきた7名・5名の悪党グループは、二人のアリスが上と下どちらの階段を使ったのかと考え、いったん足を止めた。
すると、誘うように1階から幼女の笑い声が聞こえてくる。

罠、だろうか…。
数多くの防犯トラップに嵌められた彼らは、少しだけ学習したらしい。警戒していた。
…そんな時には、コレっ!

『スキル[紅ノ霧]っ!』

リリーが妖精にしか聞こえない愛らしい声でスキルを発動させ、階段の手前に恐慌効果のある霧を出現させる。
ふわりふわりと自分たちにまとわりつく[紅ノ霧]を、悪党たちは気持ち悪そうに手で払っている。

そして妖精とコンビネーション技を行うのは、2階の一部屋にアリスと隠れていたパトリシアだ。

「ーースキル[投擲(とうてき)]!」

鬼に金棒、【剛腕】ギフト持ちに[投擲(とうてき)]スキル。
恐ろしい技をいつの間にやら身につけていたパトリシア。レア種(たね)持ちの花職人にこのスキルの組み合わせは…超ヤバい。

モスラと交代してこそこそっと廊下に出た少年娘は、”超速シミールローズ”の種をアクアの水に包んで、残党のいる両方向にーー投げたぁッ!

水包(すいほう)種は見事なカーブを描き一人の男の顔面にヒットすると、地に落ち、絨毯上に根をはりグングン成長していく。
黄緑のみずみずしい芽は太く茶色くなり、頑丈な株にはたくさんのバラの蕾(ツボミ)が付いた。
場違いに美しい花が開く。
動揺している悪党たちの鼻を、忘れたくても忘れられないクセのあるツンとした臭いがくすぐった…。
またたく間に溢れ出す涙。

ああッ!これはまさか、魔の庭の…ーー?

「「「う、うわああああッ!!?」」」
「「「嫌だああぁーーーーッ!!」」」

クサイし、シミルー!!
…とにかく臭いから離れようと、焦った残党たちは弾かれたように駆け出した。

全員が階段を降りはじめたタイミングで、例のあの音が屋敷中に響く。
そう……”運命”。

<<ダダダダーーーーーン!>>

<<全員、アウトーーーー!>>

レナ様の無慈悲な合図とともに、階段トラップが作動した。
階段の”段”がペタンと斜めに収納されると、即席の巨大滑り台が出来上がる。

「「「うおおぉーーーーッ!!?」」」

あがらう術など無い。……何故ならこれは、”運命”なのだから。

滑り階段のカドにガンガン身体をぶつけながら、男たちはようやく一階にすべり降りてきた。
そこでトドメである。

<<お尻にローリングソバット!>>

▽超速ホワイトマッチョマンが あらわれた!
▽先制攻撃!
▽悪党たちの尻に 蹴りを 放つ!

「ぎゃあ!?」
「ぐおおっ…!」
「ケ、ケツに穴があいたぁーーッ!?」

▽ナイスキック!
▽ポージングを爽やかに決めたマッチョマン達は、一列に整列し、小走りに立ち去っていった。

一体、彼らが何をしたというのか…。
説明しよう。
欲にのまれて幼女監視依頼を受け、ギルドカードと魂を黒く染め、無料につられて闇職に転職し、現在はアリスを攫おうとしているのである。
同情の余地などまるでない。
思う存分やっておしまいなさいレナさん。

レナの[伝令]スキルにより、スライムアリスに新たな指示が出される。
床でのたうちまわっている男たちの目前には、二人の可憐な幼女がわざわざ現れた。
オトナを小馬鹿にしたように笑っている。

「「あーあ。鬼さん、ダメねぇーー?
そんなんじゃ、お屋敷の守り神さまにおしおきされちゃうのよっ。
やーーーんっ☆」」

「「「~~~~!?」」」

奇妙な言葉を残して、アリスたちはなかよく走り去っていく。
曲がり角まで来ると、あっかんべー!と舌を出した。

男たちは顔を見合わせた。
この不気味なお屋敷の”守り神”…?
そんなものが本当にいるとでも言うのか、と、恐慌状態により働かない頭で必死に考えている。
やがて、一人が結論を出した。

「ええい…!んなこと考えてたって、しゃーねぇだろ?
俺たちは侵入者だし、その守り神とやらにもとっくに目をつけられているだろうよ。もし、居るんならなっ!?
ーーそれより、小娘だ。倒れた仲間たちの思いを繋ぐぞおッ!そうだろ!?」

「「「…おおおおおおおッ!!」」」

脳筋たちは難しい思考をやめたらしい。
クサいものに蓋の理屈で恐怖心を無理やり抑え込むと、一心にアリスを追いかけ始めた。

「「「コラ待て、小娘ーーッ!!」」」

「「おいでませーーー♪」」

鬼ごっこは、まだ始まったばかり。

しかし、彼らの人数はまたも2人減っている。
薄闇にまぎれたモスラとパトリシアにとっ捕まり、部屋に連れ込まれて縛られたのだ。

幼女を猪突猛進に追う彼らは、目の前のことに精一杯で数が減った現状に気づいていない。
親切なレナさんは、アナウンスして教えてあげることにした。

スッと小さな唇に拡声器の魔道具をあてる。
雰囲気づくりのため、細く長く息をした後、か細い声を出す。

<<あと……。10人>>

「「「ーーーー!!」」」

吐息を混じえて囁いてみせた。けっこうなホラー声である。

悪党たちは湧き上がる恐怖を振り払い、ただひたすら走り続ける。
大男が全力で走っているというのに、歩幅のまるで違う幼女との距離が縮まらないのはなぜだろう…?
アリスは息も切らさずに、まるで滑るように小さな足で廊下を駆けていく。

ホラーハウスはそれからも、順調に悪党たちを飲み込んでいった。

***

トイリア内の貸倉庫では、スチュアート三兄弟がひどくイライラした様子で、雇った元冒険者たちからの連絡を待っていた。
……遅い。奴らがお屋敷に侵入してから、もう3時間は経っている。
誘拐成功にしても失敗にしても、一報は必ず入れることになっていたのだ。
それが、ない?
もしや、警備員などに捕まり魔道具も押収されたのだろうか…?

皆の緊張が高まる中で、ピリリッ!と、通信魔道具の着信音が倉庫内に響く。
全員が、ハッとした表情でそちらを見やる。

長男のグラハムは他の者に「口を閉じてろよ」とデスチャーで伝えて、通話スイッチを…入れた。
とたんに、やかましい荒くれ者の声が耳をキーーン!と刺激する。

『ーーおいおいおいおい、社長さんよぉ!この屋敷は一体どうなってるんだあッ!?
次から次へと妙なトラップに引っかかるし、仲間はいつの間にかどんどん居なくなってるし、小娘は目の前にいるのに追いつけないしよぉ…!
なんだよ、あのアリスって幽霊かなんかなのか!?』

「ーーはぁ!?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまったグラハムだが、無理もない。いきなり誘拐対象は幽霊なのかなどと聞かれたら、混乱もするだろう。
通信してきた悪党はひどく疲れたような、焦りまくった声である。
ハァハァと荒い吐息が暑苦しい。
とりあえず警備員には捕まっていないようだと、そこだけは安堵(あんど)して、グラハムも彼に負けないくらいに声を張った。

「何をバカなことを言っておるのだッ!?
アリスが幽霊?そんな事があるわけないだろう!
…すでに始末したというなら話は別だがなァ。目の前で動いているのだろう?つべこべ弱音を吐かずに仕事をしろッ」

『バカなっつったって…!
床を滑るみたいにして走ってんだよ、超はえーよお嬢様!ヌルヌル動いてるし!
俺らも走ってるけどーー追いつけねえっ』

「そんな訳があるか!?
屋敷にこもりきりのカビの生えたような小娘が、元冒険者よりも機敏に動ける筈がない!
…もしや、幻覚か?」

『足音はしてるから、多分ちげぇと思…!
っと、うっわあああ……!』

「ええい、どうした!?」

『トラップだよトラップ…!
ッちくしょう、一張羅に穴が空いちまった…買ったばっかりの鎖かたびらが…』

「鎖かたびらに穴が空く防犯トラップがあってたまるかーー!」

『あるっつうのバーーカ!』

ちなみに酸である。
こればかりはレナさんの発案ではなく、ゲイルお爺さんが金庫前に備え付けていた自動トラップだとフォローしておく。

『…とりあえず小娘は今追ってるよ!その報告だぜ、ちくしょうめっ!
長くなったら定期的に連絡いれるって約束しただろ?へへ、約束は守る主義なんだ』

「遅いわぁッ!!」

残念。頭の煮詰まった長男には悪党の誠意は通じず、ただムダに怒られてしまった。
これがもし悪党仲間なら、「危険な状況にも関わらず義は通す、オトコだねぇ!」とヨイショしてくれたのだが。

やる気を無くした小悪党は「…ちっ。中間報告はしたからな。じゃあなぅうわああああ!?」と最後に挨拶して通話を終えた。
終えた、のか…終わらされたのかはもはや分からないが。
通話口からは、ツーツー…と無機質な機械音が聞こえている。

グラハムは顔を真っ赤にして魔道具を放り投げた。カンカンに怒っている。
あわててそれを空中キャッチする弟たち。
通話内容を知るのは彼だけなので、弟は心配そうに兄を見つめていた。

「「兄さん……?」」

「ぬうううぅ!!…あいつめ!あいつらめッ!勝手に通話を切りよって!
大した成果も出していないくせに。…実に腹立たしいッ」

「!じゃあ、誘拐は失敗したのか?」

「ぬう!」

「それじゃ分からないよ兄さん」

グラハムは、ぜえはあと何度も荒く息を吐いて、ようやく少しだけ気持ちを落ち着けると、弟たちに通話内容を簡潔に話す。

眉を顰めながらも、弟たちは思案顔だ。

対照的に、グラハムは自らの口で説明したことでまたも怒りが再浮上してきた様子。

そんな長男を茶化すように、破戒僧モレックはデブ親父を見つめて、自らの首元をちょんと指差してみせる。

「……!うむ、その手があったか!
いい。イーザ、エラルド。俺が直接屋敷まで出向いて来る。
そして、アリスとやらを始末しよう」

「!?何言ってるんだっ!兄さん」

「万が一社長が捕まったら、会社はもう終わってしまうじゃないか…!?」

「なーに、考えなしに行く訳じゃないさ…。
コレを使う。そこの破戒僧モレックが珍しい品を手配しておいてくれたのだ。
“ハイ・スケルトン・ブローチ”という」

「「!」」

「これを使って誰にもバレずに侵入してみせるさ!」

侵入したところで、でっぷり太った脂ギッシュな中年おっさんに何ができるというのか。元冒険者たちに任せておいた方が、まだはるかに無難である。

そんな判断も出来ないほど、兄は耄碌(もうろく)してしまったのか…?
弟たちがあっけにとられている間に、長男グラハムは予想外に軽快な動きで早々と駆け出し、倉庫から出ていってしまった。
恐ろしくお高いブローチをその身につけたまま…。

「っちょ…!イーザ兄さん、どうするの、アレ!?
スケルトンブローチってそれだけでもそこそこの家が一軒買えるのに、ハイって何だよ!?」

「落ち着けエラルド!俺だって混乱してるさ、兄さんの行動はもはや意味が分からなさすぎる…!
はぁ。そんな現金は置いて無かったはずだが、後払いで契約したのかね?
…モレック、いなくなってるな。ちッ、事情がまったく分からん。
…俺たちだけでも逃げる準備をしておこうか。そろそろ、潮時かもしれん」

「!代替わりするのかい…?」

弟たちは、瞬間湯沸かし器のようにすぐに熱くなる兄を、最近ではかなり疎(うと)ましく思っていた。
商才が誰よりもズバ抜けていたので社長の座は譲っていたが、頭まで耄碌(もうろく)した彼に価値など一切無い、と冷酷に考えている。
血のつながりに情を持つくらいなら、三兄弟はそもそも親を裏切りはしなかっただろう。
彼らは根が薄情なのだ。

頷き合った弟たちはとても暗い目をしている。
無言で書類を整理し始め、国外逃亡に向けて動き出した。

破戒僧モレックは、コミカルに走るデブ社長を倉庫の屋根から眺めてクスクス笑っている。

「早く、私のものになりますよーーにっ!
あああっ、楽しみだなぁっ」

彼の真意は何だろうか。
…………。

***

足元にあまたの悪党たちを転がしたパトリシアとモスラは、明るく声をかけ合う。

「すげー。全部うまく行ってんなぁ。さっすがレナ。
頭よさそーだとは前から思ってたけど、マジすげー」

「ふふっ、そうですね。ご主人様は本当に素晴らしい御方でございます。
モスラはレナ様の従魔になれたことを誇りに思っておりますよ。
…さあ!フィナーレといきましょうか?」

「おうっ!」

二人は、実に禍々しいお面を手にしていた。
それを装着して仮面下で悪そうに笑うと、屋上へと向かって隠し階段を登って行く。
同時に、縛られた悪党たちも縄で引き摺(ず)られていった。

▽Next!感動のフィナーレ…!
▽運命。運命なのです。

 

 

 

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