42:夜のお屋敷

賑やかな仮装焼肉パーティがアリス邸宅で催されてから、1週間が過ぎた。

スチュアートのお屋敷前には、未だかつてない大人数の荒くれ者たちが集合している。
月明かりが、彼らの険しい顔をぼんやりと映し出している。

「……いいか。これが最後の仕事になる。
アリス・スチュアートを誘拐して、雇い主のいる貸倉庫まで連れて行く…。
成功報酬は一人100,000リルで間違いないぞ。
契約書もちゃんと確認したからな。
前払金の5000リルは全員が受け取ってるな?
よし。
…小娘はおそらく殺されるだろう。
でも、まあ、俺たちがやるのは誘拐までだ。
万が一捕まっちまっても、罪はそこまで重くはならねぇ筈だぜ。
ーー気合い入れて、娘を捕まえるぞッ!!」

「「「「おおおおおッ…!!」」」」

辺りは閑静な住宅街なので、掛け声はかなりの小声だった。
が、皆ギラギラとした欲にまみれた顔をしている。
相当気合いが入っている様子だ。

破戒僧ーー闇に堕ちた聖職者と接触し、今回のために転職の儀を行って”盗賊”に身を堕とした者が[解錠(かいじょう)]スキルを使用し、スチュアート邸宅の大きな門扉を……開けた。

ほんのわずかな音しか立てない手腕は、スキル依存の能力とはいえ見事なものである。
今日のために、スキルを使いまくり特訓を重ねていたのだ。
…努力の方向性を間違う者は、どこにでもいる。

「よしっ!!」

またも小声で、気合いを入れる掛け声を発し 頷きあった男たちは、こそこそと足音を殺して、お屋敷の敷地内に入っていった。

ーーそこに、生涯のトラウマとなる程の恐怖が待っているとも知らずに…。

ーー彼らの背後で、音もなく門の鍵を閉めた紅(あか)い目の執事が、愉快そうに笑っていた。

***

数日前。
貿易会社の社長とその補佐たちは、雇った荒くれ冒険者たち全員をトイリア内の貸倉庫に呼び出していた。

倉庫の床には巨大な魔法陣が描かれ、その効果により、壁の薄い突貫工事の建物にもかかわらず完全防音になっている。
自分たちが冒険者に襲われないようにと、兄弟は結界石のアクセサリーをいくつも身につけていた。

豪奢な宝石を身につける彼らを、冒険者は案の定舌舐めずりしながら見ている。
結界効果があることを告げていなければ身包(みぐる)みを剥がされていたかもしれない…と考えて、息子たちは「いやしい浮浪者どもめッ!」などと心の中で悪態をついていた。

わずかに額に青筋を浮かべながらもグラハムは微妙な笑顔を造り、呼び出しの理由を高らかに告げる。

「よく来てくれた。礼を言う!
私がお前たち全員を今回呼び出した理由は、他でもない。
…これまで続けてきた監視はもう終わらせる。
その、今までの仕事に対する労(ねぎら)いのためである!」

「……はあ!?」
「ふざけんなッ!デブジジイ!」
「てめーらの悪事全部バラすぞゴラァ!!」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「バーカ!バーカ!」

唐突な雇用終了宣言に、冒険者たちからは口汚い野次がとんだ。

社長は額に青筋をがっつり増やしていたが、冷静な弟たちに肩を叩かれてなんとか怒りを自制し、言葉を続ける。

「ごほん…!
もちろん、労(ねぎら)うというのは、言葉でただ”ご苦労”と伝えるだけではない。
話は最後まで聞くのだ。
もう小娘の居座る屋敷の監視はやめることにする。
…だが、最後に、お前たちがこれまで以上に稼げる大仕事を用意しておいたぞ!」

「はあ?」
「…稼げる…」

「ああ。
アリスというオレンジ髪の小娘を誘拐して、ここに連れてこい。それが仕事内容だ」

「「「!!?」」」

冒険者たちは、青ざめ目を剥いている。
…これまでよりも圧倒的に危険な仕事ではないか!

そんな彼らの様子を見て、グラハムはバカにしたように鼻を鳴らした。自信満々に告げる。

「おそらく小娘は屋敷にこもりきっているだろうから、侵入して誘拐するのだ。
なに、こちらで侵入のための用意はしてある!
お前たちはまだ普通の冒険者だろう。…しかし、”業”を重ねてギルドカードは黒くなっているな?
闇職に転職してしまえ。
[解錠(かいじょう)]、[忍び足]、[隠蔽(いんぺい)]などのスキルが取得できるはずだ。
そうすれば、今回みたいな利益率のいい仕事もこれから受けやすくなるぞー?
“破戒僧(はかいそう)”にも、こちらから声をかけてある。
この機会に転職するなら、無料だ」

「…どうぞよろしくお願い致しますー。モレックとお呼びください。
今回の逢瀬が終わったら、私の事は、すぐに忘れて下さいね?
他言したら殺しますからー」

貸倉庫の隅から、ぬらりと一人の黒ローブ男が姿を現した。
あまりにインパクトのある自己紹介に、冒険者はおののいている。

「やめろ!あなたは余計な事を言わなくていい!
…ごほんっ。まあ、そういうことだ。
ーーやるよな?」

グラハムは威圧的な眼差しで、集った大男たちをじろりと睨(ね)めつけた。

「っちょ、そんなん…ッ」
「俺らの人生だろーが…勝手にあんたらが決めんなよ!?」

「成功報酬は一人100,000リル。前払いで5000リル渡そう」

口角を吊り上げて告げる。

「「「!!!」」」

「やるだろう」

「「「………」」」

…冒険者たちは顔を見合わせて迷っている。
が、やがて一人の者が、恐る恐る前に足を進めて、破戒僧に声をかけた。

それからはタガが外れたように他の者も、一人、二人と彼に声をかける。
無料という言葉につられて、冒険者たちは次々に闇職へと転職していった。
戦士は”盗賊”へ。
弓術師は”詐欺師”へ。……。

もともと素行が悪くて魂の業が積まれていたところに、今回の監視依頼を毎日のように受けていたため、彼らの業はすでに許容限界点を突破しており、ギルドカードはドス黒く染まっていた。

ラナシュ世界に生きる者は、皆等しく魂に”善”と”業”の秤(はかり)を持っている。
普通に生きていれば十分に善人とみなされるが、盗みや騙し、殺人などを繰り返せば”業”が積まれ、魂とギルドカードが黒く染まるのだ。

カードが黒い間は、冒険者ギルドでまっとうな仕事を受けることはできない。
カードを提示した瞬間に捕まって、更生院送りになってしまうのである。業が深すぎるようなら、即、犯罪奴隷に堕とされる。

もちろん、カードの色を戻す方法もある。善行を積めばいい。
ただし、悪い行いをしていた者ほどたくさん善い行いをしなければならない。
自身の力だけで色を戻すのはとても難しい…。そうやすやすと善(い)い人になりきれないし、困っている人もわざわざ悪人に依頼などしないのである。

ゆえに、そのまま悪の道へと走ってしまう者がとても多い。

…ここにいる冒険者たちは、すでに闇職に転職してしまっている。
ギルドカードの色を戻すには、善行を重ねたあと”聖職者”の祝福を受けて、転職しなおさなくてはならなくなった。
一度闇職になった者は更生院ではなく、犯罪者刑務所へと送られることになる。
日の当たる場所に戻ってくるには、長い年月を要することだろう…。

逃げ帰った者はいなかった。
青白い顔をしながらも、自らを奮い立たせる意味もあるのか、ゲスな笑みを浮かべている。

三兄弟は満足そうに彼ら全員を見渡した。グラハムが再び口を開く。

「よし。よく覚悟してくれた。礼を言おう。
契約書もこちらで用意してある。アリスを攫って来るのは、5日後だ。いいな」

「…よくねぇ!?」
「俺ら闇職っつっても、職業補正抜けてステータス低いし、レベル1から鍛えて行くんだぞ!冗談じゃねーわ!」
「バーカ!ハーゲ!」

まさかの短期決戦発言に、冒険者たち…いや、犯罪者たちは、再びぎゃーぎゃーと喚(わめ)き出した。

ピキピキと青筋を作り顔が般若になりかけている社長を、弟たちが再びあわててなだめる。

「…お前たちに契約書に使われる魔法紙の代金が払えるのか!
払えるのなら、期間を書き直した書類を作ってやってもいいがな?」

「…もう闇職になったよね。逃げ道なんてないんだと、自覚しなよ。
弱いかけだし闇職なんて、警備隊の格好の獲物さ。
それに、金がなければ、どこかに隠れる事も出来ないだろう。
この仕事を素直に受けておいたほうが、お互いにとっていいと思うよ?
貴方たちは大金を手に入れられる
し、闇職としての成功実績もできる。
…また、俺らも依頼するかもしれないし…?」

弟たちが半ば脅しのような文句を口にすると、闇に堕ちた者たちは怒りに顔を赤く染めながらも、ぐっと口をつぐむ。

やがて、社長たちとの橋渡しをしていたリーダー格の男が、一歩前に出て口を開いた。

「……ちっ。頭じゃ、あんたらにゃかなわねぇなァ。
確かに、いい仕事ではある。
ステータス値が心もとないが…あの屋敷に住んでるのは小娘と執事だけで、まだ護衛なんかは雇っちゃいないみたいだったからな。イケるだろ。
…受けようじゃねーか!誘拐、してきてやるよ。
なあ、お前ら!」

「「「ーーおうッ!!!」」」

「ははっ!
…俺らの意思はこの通りだ。前払い金は今頂くぜ」

「!おお、そうかそうか…!!
ふむ。成功を期待しているぞ」

「任せときやがれッ」

商談は成立した。
雇われた側が一方的にハメられた気がしなくもないが、もともと業持ちの荒くれ冒険者だった者たちである。
早々に気持ちを切り替えて、今では、これから裏社会で成功を収めて、金持ちになる妄想を盛大に膨らませていた。
だらしなくニヤついた顔が不気味である。

犯罪者たちが去った後。
黒ローブの破戒僧は、楽しそうに三兄弟に問いかけた。

「お金。本当に払ってやるんですかー?」

「…ああ。そのつもりだ。誘拐が成功したらな」

契約書類のチェックをしていた社長は、彼を振り返らずぶっきらぼうに返す。

「私たちのギルドカードもすでに黒く染まっている。
…これから裏社会と関わりながら会社経営をしていくなら、料金不払いなどの悪い噂が流れるのはマズい。
確かに、大金を払うハメになるが…それで屋敷と残りの遺産を手に入れられるなら、はした金だ。
成功報酬という形にしておいて正解だよ」

「なるほど!そうでしたかー。納得しました。
…では、どうして契約書類は偽物なんでしょうか?」

「突っ込んでくるな…」

「すみませんー」

社長は胡乱(うろん)げな目でモレックをチラリと見ると、弟たちに「今、書類整理をしてる。お前たちから言っておいてくれ」と話をふった。
弟たちはめんどくさそうにしながらも、渋々説明を始める。
この破戒僧は裏ではそこそこの有名人らしいので、機嫌を損ねてはいけないと判断したのだ。
長く裏社会にいる者なら、口は硬いはず。

「…多分、あなたの想像通りですよ。
魔掛けの正式な契約書類を作成してしまうと、万が一警備隊などに嗅ぎつけられた場合、どんな言い訳も出来なくなりますからね。
双方が合意したことが分かりますから。
偽造書類なら、あちらが勝手に会社名を書いたものを用意したんだろう、と嘘をつくこともできる。
そのためです」

「…ギルドごと、依頼ランクごとに契約書類が違うでしょう。
高ランクで多額の報酬が約束されているほど、より高度な魔法掛けの書類が使われる。
今回のは”商業ギルドBランク級の契約書”として彼らに見せた。
あの程度の冒険者ならそんな書類見たこと無いはずだし、簡単に騙せたよね…。
お金をしっかり払ったら、最後までバレないんじゃない?」

「なるほど!
ちなみに、書類は正規の物ととても良く似ていましたが、どの印刷会社に依頼されたので?」

「「手描きでつくった」」

「素晴らしい才能ですねー!」

才能の無駄遣いがひどい。
まっとうに生きていたなら…と、彼らを見限った多くの先輩社長たちも惜しんでいただろう。

書類に書かれた魔法陣のほんの一部を変えて複製したため、”契約魔法”は発動していない。
上級の契約魔法がかかっている書類は契約締結時に紙がハデに光るのだが、中級冒険者だった男たちはそれを知らなかったので騙されてしまった。
アリスを屋敷から連れ出しても、誰かにつけられているようだったら、三兄弟は今回の作戦に早々に見切りをつけて依頼料を払わずにバックれるつもりである。

…黒ローブはにまにまと笑っている。

息子たちは再び「覚悟しろ、小娘」と呟いていた。

***

お屋敷の正面玄関にようやく辿り着いた男たちは、すでにボロボロになっていた。
盗賊の男が[解錠(かいじょう)]スキルを使い屋敷の扉を開けると、皆が一斉に室内へとなだれ込む。
隠密作戦もなにもありはしなかった。
ひたすら、あの”魔の庭”から避難したかったのだ…。

顔は涙まみれ。足にはトゲトゲの小さな実がこれでもかとくっつき、手足は軽い痙攣を起こしている。
何があったのか。察しのいい皆さんはもうお気づきだろう。
数分前の彼らの様子を実況しよう。

「…なんだか、ここの庭はやけに足元が暗くて見えづらいなぁ。草ボウボウじゃん。
ちゃんと草刈りしろよなぁ、お嬢様」

「…小娘がお嬢様でいられるのも、今日までだけどな!ははっ!」

「おいっ。うるさいぞ」

「[防音]スキル使ってるっての!
へへ、俺の半径1Mにしか声は聞こえてないよ。すごくね?」

「…スキル無駄に使って魔力消費すんなよ。節約しろ」

こちら、悪党たち。
緊張からアドレナリンが出まくっているらしく、皆テンションが高めだ。
静かにしなくてはいけないと頭では分かっているが、覚えたての闇スキルを使いたくてウズウズしている様子。
無料につられて闇職になった者の初仕事なんて、こんなものである。

お屋敷前の庭園は、彼らですら不思議に思うほど薄暗い。
これだけの豪邸なのに外灯がひとつも灯っていない。防犯のためにも、外灯をつけて庭を照らすのが富豪たちの常識なのだが…。
月のほのかな光だけをたよりに一同は歩みを進めている。
[夜目]スキルを獲得した者が先導していた。

彼らのブーツを雑草がかすめて、ささやかな音を出す。
足元には何やら黒いもやがまとわりついており、草の種類は分からなかった。

誰かがふと、「んっ!?」と声を上げる。

「どうした…!防犯の罠か!?」

「い、いや。今、何がぐにょっとした物を踏んだような…。気のせいか?」

「なんだよ…。ネズミでもいたのかね?
それくらいでヘンな声出すなよ」

「す、すまん」

「あッーーー!」

「どうしたッ!?」

「俺も踏んだ…!なんか、こっちはプチプチしたやつ。
き、気持ちわりぃな…」

「お前もか。なんか臭うなぁ。
あやしい臭いがプンプンしやがる……げっほッ!!?」

「ちげぇ!あやしい臭い、とかそんなんじゃねぇよ!
物理的にクサイ、なんだこれ…!?」

「め、目にしみるぅーーー!」

「っちょ、なんかにおいが辛い!鼻いてぇぇ!!」

ここで、活躍しているお花を紹介しよう。

・シミールシャボングミ……地面を這うようにツタを伸ばし、黄色の花を咲かせたあとにグミの実をつける植物。
実がはじける瞬間に超シミル液体を飛散させる。

・カラシベリー…ツタに紅色の花を咲かせ、ラズベリーのような実をつける。
実の中には粉末状のカラシパウダーがたくさん入っていて、うっかり食べると地獄を見ることになる。

もちろん、パトリシアが[品種改良]した劇物…もとい、お花たちである。
どちらもとても可愛い花を咲かせるのだと、フォローしておく。

強烈な刺激臭に目と鼻をヤラレた悪党たちは、なんとかその”におう”一帯から抜け出そうと駆け出した!

必死の形相に涙と鼻水が合わさり、とてもきちゃない絵面である。

数十歩駆け出した辺りで、誰かが転んだ。

「っぶッ!!?」

「お前、なにして…!…落とし穴!?」

「ちくしょう!膝から下が妙なもやで見えねぇ…[夜目]はどうだ!?」

「…使える!近くの地面は見えてる、が…やべぇよコレ…。
全員の道筋カバーするとか絶対無理だわ。たぶん庭中、落とし穴と草むすびだらけだぞ…。
慎重に歩かなきゃコケるぜ」

「…んなこと言ったって!?追い風で臭いが吹けてきてるんだぞ!
ちっくしょうぅーー!」

「古典的な罠はりやがって、金持ちのくせにーー!!」

説明しよう。
デキる執事モスラの[吹き飛ばし](微風)を使った人為的な追い打ちである。

「お前だけ罠分かってズルい!」と糾弾されている[夜目]スキルを持った男が、これまた不気味な黒いもやに包まれている屋敷の方向を大きく指差した。

「…とにかく!
屋敷はあっちだ。方角さえ間違えなけりゃ、かならず庭は抜けられる…!
できるだけ気をつけて走って、早く進もうぜ。
ーー俺たちの戦いはこれからだッ!」

「「「うおーーーっ!!」」」

涙目な男たちの叫びは、限りなく小声だったと言っておこう。
さすがに全力で叫ぶのはマズイと判断したようである。

正面玄関までの道のりは困難を極めた。
花壇を突っきったら舞いあがった花の花粉でマヒ状態になり、ちくちく痛いひっつき植物に地味に苦しめられ、何度も何度も、浅い落とし穴に落ちて転ぶ。
おまけに、どこに逃げても、カラくてシミール臭いが追いかけてくるのだ。

悪党たちは泣いた。
目が痛いのももちろんだが、この地獄からはたして抜け出せるのかと思いつめて泣いていた。
意外とピュアな奴らである。

ーー玄関ホールに逃げ込めたときの、あの幸福感といったら…!
アクア魔法で顔を洗ってみると、目も鼻もスッキリしていた。
そのことに感動して、黙って熱い握手を交わしたほどである。
空気が清らかって、素晴らしい!

思い切り音をたてて正面から相手の懐に入り込んでしまったが、まあ、過ぎた事を悔いてもしょうがない。
一応聞き耳を立ててみたが、誰かが玄関へ来るような音は聞こえなかった。

…幼女は寝ている時間なのかもしれないな。
そんなことを考えながら、男たちは気分も晴れやかに、下調べしておいた(おそらく)アリスの寝室であろう場所に向かった。

***

二度ほどハズレの部屋の扉を開けてしまったが、悪党たちは家主アリスの寝室を探し当てた。
部屋の予測は、三兄弟の昔の記憶をもとに日当たりのいい部屋をあらかじめ選別していたのである。

間違えて開いた扉の向こうや廊下には高そうなオブジェがたくさんあって、彼らの欲望をギンギンに刺激したが、とりあえずアリスが先だとマジメに捜索をした。

アリスの部屋はピンクと爽やかな水色の小物、白とベージュの家具でセンス良くまとめられている。
ふんわりと甘いお花の匂いがしていた。
これぞ乙女ルーム。

女の子を極めたような空間に、男たちは居心地が悪そうにモゾモゾしていたが、それぞれ手にロープやら魔封じのお札やらを持つと、ゲヘヘ…と悪党らしく笑ってみせる。

「…お嬢ちゃん、悪いねェ…」

チープな台詞をボソッと呟くと、ベッドでスヤスヤと眠るアリスを捕えようと、動いた…!

▽悪党たちの 先制攻撃!
▽アリスを 捕縛するため 駆け出した!

▽失敗!
▽部屋の中央のカーペットごと落とし穴に落ちた!

補足しておこう。
息子に裏切られ人間不信だったゲイルお爺さんは、そのありあまる資金を惜しみなく投入して、お屋敷をトンデモ忍者ハウスに改造していたのである。
隠し扉、地下への階段、トラップなど、把握が大変なほどのからくり仕掛けが潜んでいるのだ。

▽悪党たちは はげしく 混乱している!

高さ2M程の落とし穴の中で目を白黒させている冒険者を上から覗き込んだアリスは、とても可愛らしく笑っていた。

「こんばんはー。うるさくて起きちゃったよ。
おじちゃんたち、だぁれ?
…ぷふふっ!かっこ悪ぅーーい!」

「「「!?」」」

「大人なのに。私よりも頭が悪いの…?
お金持ちはね、常に嫉妬されてるんだもん。
こんなお屋敷に住んでて、不審者対策をしていない訳ないじゃない!
そんな事も分からなかったんだーー。クスクスッ!
…ださーーーい!」

▽アリスは ちょうはつ している!

あおるあおる。
演技派なアリスは、幼女らしい可愛らしさを残しつつ人を見下す高度な表情を、器用に作ってみせた。
セリフは、レナさんがスマホさんに相談(検索)して作った台本の一文である。

「…んの、くそガキィィ!!」
「絶対攫ったらぁッ!!」

効果はてきめんだった。
激昂した悪党たちは我先にと、落とし穴のフチに手をかけ這い出しはじめる。
あまりに単純すぎる?
…よく見たまえ、落とし穴の底は紅色。リリーの[紅ノ霧]スキルを使用して混乱に拍車をかけているのだ。

パジャマ姿のアリスは早々にふわりと駆け出し、安全な廊下からおっさん達に向かって声をかける。

「おバカな鬼さん、こーーちらっ!
捕まえられるかしら。ふふふっ!」

「「「くそガキーーーーッ!!!」」」

顔を真っ赤にした悪党たちがアリスを追いかけようとした、その瞬間。
ーー唐突に、大きな効果音が屋敷中に響いた!

<<ダダダダーーーン!!!>>

<<全員、アウトーーーー!>>

「……は?」
「なに…?」

悪党たちは思わずマヌケな顔になって、互いの顔を見ている。
聞こえてきたのは彼らが知るはずもない、地球では有名な『第五・運命』の始まりの重厚な音。少女の可愛らしい『アウト』の声。
その一瞬のうちに逃げれば良かったのだが、悪夢はもう…始まってしまった。

アリスは、笑いをこらえきれず顔を俯けて、小さく肩を震わせながらその場で棒立ちになっている。

それを好機とみた悪党たちはまた舌舐めずりしながら駆け出そうとしたが…廊下から現れた30cmほどの人形?に意表をつかれて、またも目を点にして硬直してしまった。

ーー薄暗闇に映える純白のボディ!ポージングするごとに美しく盛り上がる筋肉!筋肉!筋肉!ワァオ!

ーーパトリシア力作の、そしてファン待望の超速ホワイトマッチョマン達が現れた!

<<お尻にジャンピングハイキック!!>>

無慈悲な一言により、悪党たちの未来は決まった。合掌。

バイヤーをなめてはいけない。
珍しい品なら屋敷の倉庫にごろごろしているのだ。レナさんは最大音量の拡声器を手にノリノリでスマホを操作していた。
ダダダダーーン!の音源はスマホである。
相変わらずなぜか充電が減らず、更新こそレナがトリップした日から止まっているもののウェブ検索もバッチリできる。

レナは激レア品の透視スコープも使い、タイミングの調整に大忙しだ。

廊下に潜んでいたパトリシアには、レナからリリーへの[伝令]スキル経由でGOマッチョサインが出されていた。
惨状を脳内イメージしてしまった笑い上戸のパトリシアとリリーは、床をゴロゴロと転がりながらお腹を抑えて、必死で笑い声を抑えている。

▽ホワイトマッチョマンの ジャンピングハイキック!

「ぎゃああッ!?」
「ぐわッ!!」
「げぇえっ」
「…ケツが割れるーーー!?」

▽悪党たちの尻に ダメージ大!
▽悪党たちは 落とし穴に 落ちて行った!
▽底で 悶えている!

アリスももう腹筋崩壊してしまいそうだったので、惨事早々に移動することにした。

「……ッ!!お、おじちゃん達、またねーーーっ!
私、お屋敷の中にいるから。ッふふ…!」

なんとか復活したパトリシアに抱えられて、アリスは悪党たちから距離をとる。
彼女が捕まったら終わりなのだ。
絶対に渡さない!と、パトリシアは痛むお腹をさすりながらもキリッとした表情で己に誓った。
もちろん、自宅の花壇をグチャグチャにしてくれたお礼はまた別できっっちりするつもりである。

「「「ま、まちやがれぇぇ~~…ッ!!」」」

内股でお尻を押さえつつ、かっこ悪くアリスを追う大男たち。
これから何発蹴りを食らうのか。楽しみである。

彼らはまだ気付いていないようだ。
仲間が、一人減っていることに…。

静かになった部屋の中に、紅目の執事が静かに佇んでいる。
足元には、縄で亀のように縛られた男を一人転がして…。

「ふふっ。どこまで恐怖に耐えられるか。楽しみですねぇ」

逃げ遅れた者には、このお屋敷の守り神に逆に捕えられる運命が待っている。
早々に脱落できたモスラの足元の悪党は、まだ幸運だったのかもしれない。

ーー脱落者を絡め捕(と)る、恐怖のホラーハウス大作戦。

レナさんが目を細めて、誰に言うでもなく呟いた。

「はじまり、はじまり」

 

 

 

 

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