359:ダンジョン前の噂

[海底ダンジョン]──侵入。

巨大な苔岩に空いた「穴」に手を触れさせると、吸い込まれるように中にゆく。

ダンジョンへの侵入は、ラビリンスに似ている。
おかしな浮遊感と、空間を移動するときの肌が引っ張られる感じ。産毛がそわそわとして、世界の外にいるかのような不安感にさいなまれる。

それでもすぐ、このラナシュ世界の一部に戻ってくる。
ダンジョンの中だって、ラナシュ世界の管轄なのだから。

<──と私は解析しましたねえええ!エライっ!すごくすごいっ! 前は、ダンジョンやラビリンスはラナシュの管轄外のような気がしていたんですよ。ですが今となっては、これもまた「ラナシュ世界のイレギュラー」であるとみました。現場の性質を随時察するのはルーカティアスさんの方が得意ですけれど、世界そのものへのアクセスは!この私!この私キラも有用である事が証明っ うぎゃあんっ>

「ごめんキラ、ちょ、ちょっとお静かに……ね…………」

レナが青い顔でつっぷしている。
ころんと白砂の床に寝そべって気持ち悪さに耐えているようだ。

<あああんマスターレナ・ごめんなさいいいい。私ちょっとはしゃぎすぎましたよね、テヘ☆ 久しぶりの転移によって体調を崩した感じでしょうか。ぴえん、海底ダンジョンを背景に激写していい?パシャパシャ! さてエリクサーをお飲みくださいませ>

「そ、その、器を持ち上げるのも……きつそ……ウプ……でもなんとかするぅ」

「大丈夫ではなさそうですね、レナ様……」
「レグルスそこもう口移しで飲ませてあげたら」
「不埒だぞドリュー貴様ああああ!?」
「不埒にしなければオッケーだから、不埒は周りが決める事だからほら不埒じゃない言ってみて」
「フラチジャナイ」
「レナさんも行くって言ったのにここでへばってたら本人が苦しいじゃん、楽にしてやりなよ」
「ラクニスル」
<ここ一ヶ月間みたいにスライムボディで毛穴から栄養素注入できたらよかったのですけれどねぇ>

▽レグルスは 粗茶(エリクサー)を口に含んだ。
▽ドリューが 背中を叩いた。
▽自分で飲み下してしまった。

「ゲホッゴホッ」
「よし、意地はってたレグルスの回復も完了した」
「おまっ」

▽レナは「なんとかした!」
▽自分でエリクサーを飲み干して、おかわりして、体調回復を成し遂げた。
▽気合いはいってるうーーー!

<やる気があるならマスターの底力を引き出す事が大事ですしね。よしっ>
「くっっっっ、よかったです」
「ありがとうレグルス。またいざという時には頼らせてね」

レナがそういえば機嫌を持ち直すので、かくも従魔と主人とは、罪深い関係性である。

▽ジレは[虚無]スキルを使い 冷静に粗茶を飲んだ。

「オズくんと魔王様はさすがだねー。あの転移でも酔わなかったんだ?」
「うむ。落ちることや受身には慣れているからな!!」
「俺は多分、血筋なのかも」

プイと横を向いたオズワルドの顔が若干赤い。

先ほどまで大変な茶番が繰り広げられていたのでドギマギしていたのもしょうがない。

「堅実に、小手調べのモンスターから遭遇できるといいよねえ」

▽レナが願った。

「二人とも。さっき持ち崩したのは治せた?」
「はい」
「うん」

レナがちょっとからかい混じりの声で聞くと、オズワルドもレグルスも返事をしつつ、バツが悪そうに耳を伏せる。
そして、ジレはちょっぴりジト目になり先輩を眺め、ため息をついた。それくらいしてもいい。

少しだけ振り返っておこう。従魔契約の問題点を。
あれは、つい先ほどのこと──

***

レナたちは速攻でダンジョンに入ろうとしていた。
だってお金を払ったのだしもう権利は得ているのだ。わざわざ魔人族に中の様子を尋ねるのは時間もかかる上にトラブルの元にもなりやすいし、こちらには[野生の本能]を持つ魔王ドグマがいる。

ところが──

「不思議なくらい人数の多いパーティじゃのお」

先ほどレナが全員分の料金を払ったことで、何名でダンジョンに挑むのか周知されてしまっていた。
懐のキラ、ポケットのマシュたんも含めるとそれなりの大所帯である。
ここでは多人数の構成は珍しい。海水ではぐれると厄介だからだ。

ただの噂話なら別によかった。

「魔王様の隠し子だったりして?」

ぼそり。

▽大問題である。
▽大問題である!!
▽レナ様はレナ様だし!!!!
▽その遺伝子は日本のもんだし!!!!!

レグルスとオズワルドの獣耳が”ぐりん”と後ろ側を向いた。

ひそひそ、あちらこちらに面白がるような囁きが生まれている。

「あの子黒髪だからなあ。魔王様やその息子と親子なんじゃないか?」
「それにしちゃあひ弱で似合わないって。さっきの高笑いはなんだか覇気があったけどなあ」
「魔王様の覇気と混同しちまっただけという可能性も」
「おうおう、それならますます親子っぽさがあるなあ」

「赤毛の獣人はどうなんだ?わりと体格が良い美男子だが」
「ありゃあネコ科か? イヌ科か? あんまり見たことねえな、よし”視”てみよ……目があああああ」
「竜種の尻尾を持ったやつも希少種族のようだが、どんな関係性?」
「もう全員隠し子でいいんじゃん。そうだ新聞記事に提出してやったら面白…………」

「「主人を侮辱したのはお前たちかーーーーーー!?!?」」

▽レグルスと オズワルドが 吠えた!
▽グオオオオンと獣の咆吼が響く。

▽なんと 二人がUターンしてダッシュし始めた!

(こんなに暴走しやすくなってるの!?)

レナがとっさに動けたのは、旅の経験からくる反射だった。

「スキル[伝令]助けて!」
「「なにっ!?」」

▽レグルスと オズワルドが またUターンしてくる!
▽ぶつかるーーー!

「そのまま私のこと担いでダンジョンの入り口にゴー!!」
「「??了解!……??」」

▽よくわからないままレナを騎馬戦のように担いで運んでいった。
▽楽しげな魔王が並走した。小脇に抱えられたジレが悲鳴を飲み込んだ。
▽ドリューが海に竜巻を作り レナたちから注意を逸らした。

このように暴走したのは従魔契約の法則のせいであろうと、キラが言った。

レナも頷いて、旅の初期のアネース王国での思い出を語る。

まだレナパーティとして活動し始めたばかりだった頃、知名度のないレナたちはなめられやすくて、悪口を言われることもあった。その時にクーイズやリリー、ハマルたちは激しく怒ってしまい、レナがいつも必死で止めていたのだ。

魔物使いとして従魔と絆を繋いでいるならば、当たり前の現象であるとレナは言った。

それから、

「これまでは先輩たちや幼い従魔が怒っていたでしょ? でも今はいないから……二人がその役割を担ってしまってたんじゃないかなー。役割が必要なわけではないけど、もともと怒っていたのを先輩たちがまとめて肩代わりしていたのかもね。他人が怒ってるのをみて冷静になったりするっていうし」

「その冷静さに至る前のものが、俺たちに現れてしまったのですね……くっ」

「なんか恥ずかしいし死活問題の気がする。プライド的なものが死ぬ」

「あのね。行動はびっくりしたけど怒ってくれた気持ちは嬉しいんだよ」

「「従えてーーー!!……ハッ」」

「衝動的になっちゃうねえ、うん」

***

「あの時どうしてレナ様は助けてって言ったんですか?」

ジレが不思議そうにレナに尋ねる。
別に、その言葉でなくともよかったはずなのにと。

レナはニコリとした。

「例え話なんだけど。助けて!って言っても周りの人がこっちをみてくれないことがあるから、火事だ!って言ったら窓を開けて一斉に注目してくれる、という法則があるのね。そして従魔に絶対注目して欲しいなら、やめなさい!ってあちらのことを言うよりも、助けて!って言うほうが確実なの」

「魔物使いって感じがする」

「(私の精神を)助けて!(もし攻撃したら厄介な事になっちゃう!)って意味だとしたら間違いではないし。それに、”すきるじゅうじゅんもどっておいで”よりも言葉が短いでしょ?」

「すごいね」

ジレがぱあっと目を光らせてレナを見上げた。

「そろそろ行こう」

魔王がしびれを切らした。早い。
周りをすこし索敵していたドリューも合流した。

ダンジョンに入った時、毎度同じ場所に落ちるわけではないらしい。
それでもこのダンジョンはわりと親切設計なほうで、まだ階が浅い地下一階のどこかに導かれるようになっている。そして下に下にと潜るほど、強力なダンジョンモンスターがいるそうだ。

レナたちは地下一階の薄暗い浜辺にいた。

白砂の床に、水たまりくらいの潮溜まりが一定間隔で存在する。空気はわりとからりとしていた。
白灰色のささやかに光る岩壁に、紫色の深海植物がツタを這わせている。ぷつぷつとした実からは白胡椒のような匂いがする。
ところどころにヒトデとマリンガラスが散らばっていて、それらはモンスターではないようだ。

<地図に載っていた地下1階の特徴と一致します。まだまだ先は長そうですね。観測されているのは地下50階とのこと。下に通じる穴を探すか、潮吹きとともにまぎれこんでくる下層のモンスターを倒すとその階層にワープできるようです。上に戻るにはこの”地上への蜘蛛糸”を手にぐるぐる巻きにして、詠唱──>

▽ズガアン!!!!

▽巨大海賊亀が現れた!×5

「小手調べふっとんだよねコレーーーー!?」

▽このメンバーに応じた小手調べ!

「腕が鳴るなあ!」

ベキゴキメキャ、と魔王が拳を鳴らしている。腕の血管もギュイイィ、と妙な音がしている。

[ハイ・テンション]だ。

▽魔王は 息子と共闘できそうで嬉しい!
▽空気は読んだ! ここは戦うしかないね! よーーし!(ヤケクソ)

「やるっきゃない、オズくん、レグルス、ジレ。連携行くよ!」

ジィィィンン、と従魔の心が熱く燃え上がる。

▽戦闘開始!

 

 

 

 

 

 

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