357:魔王に乗っていこう出発準備!

 

海底ダンジョンまでは魔王ドグマの背に乗っていくことにした。

早く着きたいし「魔王様はそのお姿で狩りに行くこともあるので」と宰相が許可したためである。

「すっごく大きいですー!」

初めて魔王国を訪れた時とまったく同じ感想をレナが口にする。
目はキラキラしていて大きな獣の豊かな毛並みを熱烈に見つめていた。

「あまりにも毛並みが良すぎる。モフモフしてもいいですか」

「”モフモフするとはどこの言葉だ?どうせ乗るのだから触るのは好きにせよ”……だって……ねえ……主さん……その衝動は俺の毛並みで済ませられると思うんだけど」

「オズワルド先輩翻訳お疲れ様です。さあみんなで乗りましょう、レナ様のこと担いでもらっていいですか?」

ジレのフォローが素早い。

「もちろん構わないし。それには俺がふさわしいと思うし」
「じゃあ早く」
「今心の準備してるから……」
「オズくんが運んでくれるの? ありがとう」

オズワルドはスマートにレナを抱えてひょいと父の背中に乗って見せたが、その尻尾がぼふりと膨らんでいて緊張しているのが後方からは丸分かりだった。
ジレはゆっくりと頷くと、何も見なかったことにして、よじよじと魔王の毛並みを掴んで登っていった。

毒耐性のある特別衣服を着ているし、魔王にダメージを与えることはない。
さらに毛並みを引っぱっても(背中ではレナがモフモフに勤しんでいても)咎められないようだ……と第二の苦労人枠であるドリューがほーっとため息を吐いた。

レナたちの騎乗を見届けて、護衛が一番最後に乗る。

地面から足が離れるのはドリューにとっては快適だ。もともと魚護人(マーマン)として海をゆうゆうと泳いでいたのだから。靴の魔道具を作動させて高く跳ぼうとしたところで、レグルスに呼び止められた。

魔王の頑丈な後脚の影からひょっこりと頭を出している。ここはひそひそ話をするのには最適で、柔らかな尻尾の毛が音を吸収してしまうのだ。

「ドリュー。お前に聞いてみたいんだが……レナ様の印象をどう受け取っている?」

ドリューはパチリと瞬きした。
かなり驚いたのだが、そのくらいの動揺で収めることができるようにはなっている。

(ここで驚愕してみせたらレグルス激怒したかもな)

「”あっさり”」
「そ、そうか……あっさり……そうなんだな」

(レグルスもそうだしずっと従魔はあたふたしてんね、無理もないけど。答えに怒るかと思ったらしょんぼりするのかあ)

レグルスの赤々としたライオンの耳はペしょりと伏せている。眉尻も下がっていて(どうした)と声をかけたくなるような有様だった。
理由はわかっているので口は閉じたが。

(盲信してるんだと考えてたけど、意外に冷静なところあるじゃん)

「レナさんはさ、当たり前に一ヶ月後の状況を聞いてきて、従魔の様子を聞いて、これからの動き方の方針をすぐに決めただろ。優秀なリーダーだと思う。それにレグルスがダンジョンに行くなら自分もって、愛されてんね〜」

ピン! とレグルスの耳が喜びを主張する。

髪の色が燃え上がるような赤になった。

「レグルスが日和ってなくて、安心した」

ドリューは少し笑った。

レグルスがぽつりぽつりと話す。

「一ヶ月、あまりに長かったんだ……。それ以前の生活がどれくらい充実していたのか思い知らされた。
前は、朝起きたら朝食の支度をして、レナ様を起こしにいって、大きな食卓でごちそうを食べたら、レナパーティの活動を始める。スカーレットリゾートの支度に戦闘特訓、先輩や後輩とともに技を磨いたらまた腹いっぱいに食べて、大きな風呂に入り金毛(スターライト)布団で眠った。欲しいものは技術でも物でも環境でも望めば手に入りそうだった」

「あまりにも自慢話」

「レナ様がいらっしゃらない間は。──食事はかきこむくらいで、全員一緒に食べることも無くなった。
口論で嫌な思いをすることもあったし、なにかささくれていた時にはいつもレナ様が起きて下さらないかと無い物ねだりをした。カーネリアンの実家で婚約話を強行されたから打ち負かして婚約破棄したし、そのときに白炎を使いすぎて倒れてからは白炎の制御もおぼつかない。だんだん眠れなくなっていた、レナ様が目を覚ましてくれるかもとやっぱり無い物ねだりをして。
無いものを願うのは、キツイものだと思い出したな」

レグルスは雌ライオンで、もともと雌はたてがみをもたず成長打ち止めの種族でさんざん辛酸を舐めた。

レアクラスチェンジの恩恵に預かって火炎獅子になれたものの、種族として強くなっても、主人のレナがいなければ満たされないと知ってしまったのだ。

「それを今、オレにいったのはどうして?」

「俺はレナ様をお慕いしているのだと宣言をしたかった」

死ぬほど知ってる。
情緒がぐちゃぐちゃに乱れた従魔をなだめるのがどれだけ大変だったか、ドリューは死ぬほど知ってる。
そんなこと知ってるし!!!!

レグルスはよりいっそう、魔王ドグマの後脚に隠れた。
それは魔王国に近しいことを表すためではなくて、このあとの発言を周辺に聞かせないために。

「レナ様が変わってしまったなら。俺たちも変わるだろう。だって従魔なのだから」

ゾクリ、とドリューが肌を粟立てた。
ヒレのあたりがビリビリと警戒を促してくる。これは野生の勘が働いている証拠だ。

レグルスの緑の瞳が、影になっているところの中で力強く光っている。

(それを魔王様にもしも聞かれちゃってたら。レナパーティ全体による魔王国への宣戦布告ととられちゃいかねないもんなー。くっそー。オレはヒラ公務員なのに背負っちまったもんが重くないですかねええええ!?)

「……で? こっち出てきて話したら。あともーちょっとは話あるんでしょ!」

ここまできたら全て背負ってやる。
不安や杞憂は、知らないからこそ増幅するのだとドリューは先輩に教えられていた。

ドリューがすっかりふてくされた表情で、レグルスを睨み返した。それくらい許されるだろう。こちとら大変働いているのだから!

レグルスが、くしゅんとくしゃみをした。

パチパチと二度瞬いてから、苦笑して前に出てきた。

「……獣の勘だが、悪いようにはならないって信じているんだ。懸念はあるけど、レナ様の手のひらで生まれていくものは健全だろうって。ともに信じてくれとは言わないが、せめて知っておいてくれたら……。
──レナ様は[運:測定不能]だし、魔眼で視たら魂が輝いているそうだぞ。それに俺が手入れを欠かさなかったのでお姿も可愛らしい」

「あまりにも自慢話」

「レナ様はハッピーエンドがお好きだったんだよ。いやエンドしない。終わらせないからっっっ」

「落ち着け」

「ハッ、つい語りすぎてしまうな……。ここらで締めよう。主人が崩れそうなことがあれば俺たちが支えようと思うんだ」

つまりは。
レグルスはレナのことを好きな上で心配していて、レナが取り乱すようなことがあれば「ハッピーエンドが好き」を基準に行動すると言っている。

でも従魔として変わってしまうこともあるだろう。
せめて同僚に伝えておくことで、おかしくなっていたら「助けて」と言外に求めているのだ。

ドリューの反応を見ながらレグルスは話していた。

もしかしたら途中で話を切って、いざとなったら自分たちを止めるようにという注意喚起を強調したかもしれない。
散策して、余計な自慢話を聞いてしまっただけなのだ。

ふう、とドリューが肩を竦める。

(無い物ねだりはキツイんじゃないっけ)

おそらく現状キツイのだろう、レグルスはきりりとした表情を保ちつつも今度は尻尾が落ち着かないようだ。ピシパシ動いている。

(オレたちが動いたところで従魔全員を抑えられるかってムリだろうよ〜。無い物ねだりもいいとこだ。
モスラさんとかミディちゃんとかもう怪獣大戦争じゃん……怖すぎ……それでも乗りかかった船、いやぶち込まれた船。でも天国への箱舟にレアクラスチェンジするかもしれないんだしさ)

「いいんじゃない」
「!」

遠回しな返事をしたら、レグルスがドスッッッと肩を叩いてくる。

(テンションが上がってる時のレグルスは相手にするべきじゃないな、ハイタッチにしても肩叩くにしても威力がでかすぎる。というわけでハイタッチを躱しちまえ。おい、追いかけきて手刀をするな!!)

「これからダンジョンに行くんだぞ、分かってんのか?」

『おおそうだ。早く乗れ、お前たちよ』

──とでも魔王が言ったのだろう、グオオオオンという快活な獣の声。

レグルスがしゃきんと背筋を伸ばして、軽快に魔王の背に乗った。

(あれ……オレたちの声が聞こえてました? ということはもしやぜーんぶ魔王様に知られたのでは〜!?)

デス・ケルベロスの三頭の後ろ頭は何も語ってこなかったが、もしも聞いたうえで許容したのであれば、大騒動があったときにこれほど心強い味方もないとドリューは諦めた。

自分も登ろうかと上を見ると、レグルスが手を差し出している。

「掴まれ。引き上げてやろう」
「魚護人(マーマン)は地面のない空間って得意なんスよ」

それでもレグルスは手を引っ込めなかったので、ちょっと照れる気持ちはあったが、掴まってやることにした。

レナにえらいねと撫でられているのを見て(ははあーーーーーーーーーん)とは思ったが、善意をわざわざひねくれて解釈する必要もない。

こんなふうにレグルスが気を遣えるようになったのもレナに従えられてからだ。
そしてそれがレナの一ヶ月間の体を守ることになった。
相互補助をできるのだから、レグルスが今のように冷静な危機感も持ち、健全な己であろうとするのなら、レナがハッピーな少女のままいられるのではないかと思った。

「すげー愛してんね」

苦笑してから、魔王の体にしがみつくための補助ベルトをしたくする。長くふさふさした漆黒の毛を束にしてリングを通し、細いベルトを腰に固定。
魔道具が発動してから、デス・ケルベロスが走り出した。

その日のうちにダンジョンについた。

 

 

 

 

 

 

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