355:ヴァーチャルレナとオズワルド

キラによって、赤の聖地と魔王国のモニター通話が実現している。

その範囲外でものすごい音がしたのは、おそらくオズワルドが椅子から落ちたりしたのだろう、と思われたが……

(グルルルってすごい獣の唸り声。魔王様みたいな……)

少なくともオズワルドっぽくない、とレナは思ったが、考えを改めた。

(一ヶ月寂しがらせたもんね〜)

しょうがなくなのだが、事実を言葉にするととたんに悪女っぽい。
なお現在、右手でレグルスの喉を撫でて、左手はスカートのポケットの中でマシュたんを包み眠らせている。定期的にキラを褒める。魔物使いのご主人様にはマルチタスクが求められるのだ。

(千手観音様になりたいな)

▽その発言も懐かしいね。

「えーと……オズくーん!」

▽レナの 先制攻撃!

『あ る じ さ ん』

(やたらゆっくり。でも動揺はしてないのかなー)

▽そうでもない。
▽オズワルドに77777のダメージ!

獣の唸り声がなくなったのは、オズワルドが必死に心臓に空気を送りかろうじて呼吸しているからだ。それくらいしないと一ヶ月ぶりの主人に耐えられないらしい。死にそうだ。

一応毎日そばにいたレグルスよりもはるかにダメージが大きい。

自分を律することができるタイプのオズワルドでさえこれである。

(会いに行く順番考えないとなあ。落ち着いてる方の、クーイズやルーカさんが対応しやすいかもね〜)

▽説明しよう!!
▽レナはただ考えているだけなので誰にも止めることができなかったのである!
▽結果はまたあとで。

オズワルドがあまりにも画面に顔を出さないので、宰相が横を向いて催促した。

(あ、やっぱりお疲れの顔だ……目頭にぎゅっとシワが。目の隈も)

ふう、と小さくため息をついてからエリクサーを一口。

▽ウルルンツヤツヤっっっ!
▽宰相は 疲労回復した!

「あっ、エリクサーの効果こんなにすごかったんだね!?」

『元が乾いているとこのようにわかりやすいらしいですね。そちらのキラさんが喜びそうなのでこの際に飲みました』

地獄のような低音であった。

<ハイハイハイハイ!マスターに褒められて私大満足っ♡>
「すみませんすみません」
『いいんですよ』

あの宰相が、いいんですよ……と。キラと接する機会が増えたゆえだろう。対応に慣れている。ここ最近の苦労が偲ばれる。

<オズワルドさん。マスター・レナに会いたくないんですか?>
『そんなわけないだろう』
「よかった」
『あ、あるじさ……。っ!』
「従魔契約魔法の効果きつい?」
『それなりに……』
「会う?」
『死ぬ』
「しぬ!?」

俗に言う「嬉死(うれし)ぬ」というやつである。

<ヴァーチャルなマスター・レナをあちらに召喚してみましょう。それから慣れていくのはいかがでしょう?>
「わー美少女ゲームみたいだねえ。私は別に美少女でもないけど」
「はあ? いやすみません」
「レグルス落ち着いて。ありがとうね気持ちはもらっとくから」
「俺たちだけの美少女でいて欲しい気持ちと、美少女として世界に認めさせたい気持ちがせめぎ合うんです……ッ」
「宣教師か信者かって葛藤みたいだねー」

さらりと流している間に。

<システムを構築します>
『拒否権はないんですか?』

宰相が尋ねている間にもう、あちらには半透明のレナが現れた。

<サディス宰相であればその執務室に見られて困るような書類は放置していないでしょうし、マスター・レナに会って動揺することもないでしょう?>
『……。まあ、私は。けれどオズワルドがどうなるか、……』

「やっほーオズくん」
『久しぶり主さん』

先ほどまで動揺の限りを尽くしていたオズワルドだったが、ヴァーチャルレナが視界を整えたとたん、スッ──と姿勢を正した。目に光はないが。

そこでレナは、ようやく落ち着いてオズワルドの全貌を見ることができた。

(大人びてる!)

端正な顔はあどけなさが抜けて、少年としても大人っぽい。すっきりとした凛々しい美少年。
肌に傷ひとつないのは、故郷で怪我をしてもしっかりと治療されるからだろう。光が当たると青く見える黒髪もつやつやとしている。
背がよく伸びて、高級なシャツとスラックスがよく似合っていた。

けれど立派な獣耳は根元がピクピクしていて頑張って上に立たせているし、金色の目はレナを見ているようでいてもっと遠くに焦点がある。

要するに緊張しているのだ。

(さっきのドタバタ音はやっぱりオズくんだよね?)

レナだからこそささやかな特徴がわかってしまう。(可愛い)とどうしても思ってしまうのだ。

レナが、にこ! と笑みを向けると、オズワルドは目を半分隠した。全視界で主人を浴びるととりつくろっているものすら崩れると勘でわかる。

「オズくん、オズくん」

ピクピク、と耳の先が動いた。
ぐっと唇が噛み締められている。

レナが、そろーーりと前進した。
オズワルドはがっつり一歩下がった。

「慣れようオズくん」

▽悪魔の囁きである。

そろーーり。

オズワルドが踏ん張ってその場にとどまっている。

レナは、様子をうかがいながらそっと手を伸ばして獣耳に触れてみようとした。オズワルドが嫌そうにしていないか、気にかけながら少しずつ。ポーズは完全にカバディである。

ぽふり。

すりすり。

と、レナが手を動かすもののヴァーチャルなのでその感触はない。
だからギリギリオズワルドが耐えていられるのだ。尻尾をふるふる喜ばせながらも。

すりすりすりすりすり。

<感触機能もアップデートしましょうか?>
「やっちゃう?」

オズワルドがものすごい勢いで首を横に振った。しょうがない。何事も順番が大事だからね。

<あ、やっちゃいました>
「キラーーーーー!?」

突然レナの手のひらの感触ダイレクトに撫でられたオズワルド、窮地。

「だ、大丈夫?」

しかし撫でることをやめないレナ。だって従魔は可愛いんだもん。

質問をされたからには答えなければならない。
頑なだった口を仕方なく開いた。

『馴れ馴れしくしないで……! あっ』
「!」

ここ最近話す相手といえば、一日六時間くらい父親だったのだ。
もう口癖のようになっていた言葉がつい溢れたオズワルド。レナのことを意識しないように焦点を逸らしていたことも災いした。

ふう、と悟り目になった。

『ちょっと一回死なせて………………』
「ダメだよ!? 私気にしてないからさ」
『死の淵から蘇って強くなるから』
「なんの話!?」
『我がそうだったのだ!!!!』

バァァン! と扉をあけてやってきたのは魔王ドグマ。

レナを見つけるとにいいっと口角を上げて、質量があるらしいと見るや否や”攫い”にかかる。

オズワルドがレナを持ち上げて、大きく後方に飛んだ。

書類の山がバッと飛び散って、それらがスルスルと蜘蛛の糸に絡め取られてまた同じ並びの書類の山となった。

『ほう、今の速さを避けたのは初めてではないか!? 実に愉快!!』
『父様に主さんを渡したり絶対しないし。っっってこれは、その、ごめん!』
「うん……抱えられて、ウプ、視界がぐるぐるしたから酔ったなあ……でも自分から触れるようになってくれたのは、よかった」
『よかった』

よかった、が頭の中をリフレイン──。
ぼふっと毛並みの半分が真っ白に染まって燃えてしまう。レグルスが慌てて話に割って入った。

「オズワルド! 白炎を消せ!」
『あ、うん……』
「スキル[従順]落ち着こうね」
『主さん!?』

じゅわああああ、と髪の色が戻っていったオズワルド。
それとともに従属魔法の効果が顕著に現れて、顔色が赤くなったり青くなったりしている。

『ふーむ……しばらく主人にあっていない従魔が影響を受けるとこうなるのか。興味深い』
「ところでどうして魔王様が突然話に入ってきたんです?」
『死の淵から蘇った我の話を聞きたいか?』
「魔王国の危機なんじゃないですか、それ?」
『魔王になるもっと前の昔話なのだ。うむ』

うむ、ではない。

しかし魔王ドグマが椅子にどかっと座る。帰らない。
宰相の執務室にやたらと巨大で頑丈な椅子が放置されているのは、魔王ドグマの訪問に耐えるためであった。椅子がなければ帰るということはなく床に座るから。

宰相が残りのエリクサーを一気飲みした。お疲れ様です。

オズワルドは照れに耐えながらも、レナを自分の横にエスコートした。
また、部外者に主人を取られようとでもしたらたまらないからだ。それがたまらない衝動であるということは、今初めて知った。はあ、とため息が溢れるのも仕方ない。そのたびに主人が慰めるように手の甲をトントンと叩いてくれるのは、困りすぎるし嬉しすぎるしやっぱり困る。尻尾がにょろにょろ動いている。

▽魔王は 昔話が大好き!

『昔、一度死んだことがあった。ただのブラックドッグだった時に崖の境目に落ちたのだ。真っ暗闇の中で地面に叩きつけられ意識が飛んだ……確か首の骨が折れた音が聞こえていたな。その後どのようにか蘇り、デスの称号を得ていた我はデスケルベロスとなったのだ』

「……やばいことを言っておりません?」

『おりませんではない。おるのだ』

「そういう話はしていません」

『つまりは父様は死んだことがあるか死の淵まで行って、戻ってきたからこそデスの称号を得たってこと』

「あれ……その称号は、偉大な魔物に与えられるんじゃなかったっけ? それとも与えられたから偉大になれたの?」

『覚えていない。意識が戻った時に周りには多数の魑魅魍魎の気配があったため、すべて蹴散らして地上に戻ってから進化に気づいたのだ』

「あちゃー。それじゃタイミングが読めませんねえ」

『うむ!』

うむ!ではない。

「そのことを今教えてくださったのはどうしてですか?」

なぜこのタイミングなのか。オズワルドが「デス・ハウンド」に進化した直後には言わなかったのか。レナはなにを頼まれることやらと警戒して魔王を見上げた。

『忘れていた』
「嘘でしょ……」
『実は本当らしいんだよ、主さん。父様はさっき話した思い出を、巨人族の母様から脳天直下の一撃を食らった時に忘れてしまっていたんだ。そしてつい最近俺に頭を叩かれて思い出した』
『デス・ケルベロスへの脳天直撃、見事であったなオズワルドよ。ふははははははは!』

オズワルドがそわりと獣耳を揺らした。
レナが横をみたら、明らかに緊張した。期待しているのだろう。

期待に応えようではないか!!

「オズくんそんなに強くなったんだね。すっごい!」
『そうかも、ね』
『前より確実に速くなった! それに力もついてきて最近では筋トレに我の尻尾を引っ張り動かす訓練など……』
『父様ちょっと黙ってて』

なんだか年頃の少年には恥ずかしい内容だったのかオズワルドは口をとがらせている。

『主さんそろそろ消えるんでしょ。体が薄くなってるし』
「え? ほんとだ」
<魔力不足です……プシュぅぅぅ>

まだ従魔たちは本調子ではない。
魔法やレベルアップを制限した中でしばらく過ごしていたのだから。

『あのさ。速くなっただけでまだレベルアップしてない。俺、もっと凄いもの見せられるよ』
「オズくん。言いたいことがあったらなんでも言ってごらん?」

何を言われるのか、レナにはもう分かっている。

オズワルドはぐっと喉を鳴らすとちょっとだけ意地を張って、少年期にしては背伸びした物言いをした。

『ねえ、主さん。従えたくなっただろ?』
「うん! ダンジョンに誘いたいくらい」
『連れてって。役に立つから』
「ありがとう」

オズワルドがやっと肩の力を抜いて微笑みかけたところで、ヴァーチャルレナはちょうど消えてしまった。

「あ! しまったータイミング悪かったなあ。オズくんまた笑った顔見せてね。いつにする?」
『なんでそんな物言い……するの……グルルル……』
「オズワルド。体は素直だな」
『やめろレグルス!!』
「何がだ?」
『その天然のタイミングがよくなかったんだよ……』
「喧嘩なら買う。レナ様に構っていただいたあとでだ!」
『くっっっっ』

レグルスが煽るように手招きしている。

レナは不動の余裕を見せた。この従魔たちすべて従えてみせるというのだろうか。その通りである。ヨッ!

オズワルドが啖呵を切った。

『主さん。そっち行く。待ってて』
「はーい」
『オズワルド。荷物はどうするんですか?』
『あとでキラ便で届けて!』

▽オズワルドが ダンジョンメンバーに加わった。

「え、まじでこういうメンツで行くんすか……」

▽ドリューの声が虚しく響いた。

 

 

 

 

 

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