353:一ヶ月ぶり(レグルス視点)

(レグルス視点)

レナ様がお目覚めになった。
そのことは従魔契約魔法が復活したことで、全従魔に周知されたことだろう。

やばいだろうな。
どいつもこいつも阿鼻叫喚に違いない。俺もだ。

スーーー、ハーーー……

よし。
何もよくない。
レナ様が緑茶を飲んだらしく、清涼な香りと息遣いの音がこの扉の向こうにまで届い……っ

キラ!!!!
ダンジョンの防御を甘くしているな!?
わざとなのだろう、おそらく、扉をあけて入ってこれない俺を挑発するために。

ああそうだ、扉をノックしたのはいいものの、いざ中に本物が起きていらっしゃるとなったら床に膝をついてしまった。絨毯を燃やしそうな勢いで毛並みが燃え乱れている。

「おいで」

やばいやばいやばい。
くそっ、ドリューの口癖が軽率に出てくるくらいやばいやばいやばいやばい。

扉の前で深呼吸する。
一度息を吸うごとに、心臓が燃えるかのように熱い。

ふと見ると、尻尾の先がわずかに”白炎”になっていた。
──本当にまずいな。……

よし。
落ち着いた。

「レグルス〜」

!?!?!?
レナ様の存在感が増したことで、声を殺す特訓をしていなければ社会的に出てはいけない悲鳴が出ていた気がする。

乗り越えろ、レグルス。
あなたならできるよ、レグルス。
レナ様の激励を思い出してしまっ……ああああああーーーー!!!!

尻尾暴れるな! 膝震えるな!
よし、冷静さを取り戻してきた。そろそろ入らないとキラの催促がやってくるだろう。くっ……扉がギィと2センチほどだけ開いた。ホラーか。

しかしそこに額を当てて中の様子を覗き見てしまった俺もまたホラーなんだろうな。

なんの思考をしてたんだっけ????

さて、クールに。
うん、しなやかに。
気品、勇敢、忠実のカーネリアン。
只今、参ります!!

扉を開けたときに飛び込んできたレナ様に不意打ちされた。

「従えて下さい…………!!」

「オッケー」

ほがらかに笑って、小首をかしげると三つ編みが揺れて(俺が編みました)、頬がほわりと染まっている。
あなたがそこにいた。

レナ様の手がひたすらに俺の頭を撫でている。
一ヶ月前とまるで変わらない手つきで。
俺は心を落ち着かせるべく、虚無の呼吸である。(マイラに教えてもらったのだ。従魔一同)

レナ様の指が、前髪の生え際からかき上げるようにして動き、髪をそっと後ろになでつけて、毛先がするっと指を抜けたところで、ライオンの耳の根元をくすぐる。わざとからかうようではなくマッサージ的に、軟骨のあたりをくにくにと押している。やがて手のひらが後頭部にまで来て、包みこむように小さな手が動く。

実況でもしていないと無理。
喉を鳴らすなレグルス・カーネリアン。
これ以上の醜態を晒さないように、レグルス・カーネリアン。

「可愛いねぇ」
「仰せのままに」
「おおせのままに!? そうだなぁ、おそろいのワンピースでも着る? なんちゃっ……」
「仰せのままに」
「おおせのままにマシーンになってるよ!? ねえレグルスの趣味じゃないでしょ!?」

服などなんでもいいので。
できればスカート以外を選ぶけど、もはやこだわりはないので。

雄か、雌か、従魔か、と言われたら俺は従魔にしていただいたので。ふう。

<すごく得意げに獣耳がたちましたね、レグルスさん?>

「……キラ。……良かったなぁ」
<ええ、本当に。良かったです。良かった>

言葉が見つからないとはこのことだろう。
俺もキラも、レナ様の状態やしぐさを見逃さないことに忙しく、余計な思考をしている暇もないのだ。良かった。

催促をしてきたキラはどれだけ挑発的な表情をしているのかと思ったが──……なんてことはない、やさしそうな笑みを浮かべている(パンドラミミックに投影された絵文字とやらだ)

それがふと、「<・><・>」と何かを凝視するような形に変化し。

キラの眺める先を見て、俺の目もスッと鋭くなっていった。

赤いスカートのポケット。
白くもさっとした毛玉が入っている。
頭なのだろうか? フラフラと動いている。
目が合ったとき、カッとなった。

このダンジョンに部外者がそうそう入ってこれるはずもない。
これが生命体だというのなら、それをキラが許容しているというのなら、これこそが、レナ様に影響を与えた存在に違いないのだ。

氷色の目は、氷の聖霊杯のなごりか?
そのマシュマロのような体は白雪の表現なのか?

レナ様を一ヶ月も活動停止にしていたのは、お前なのか?

……ルージュ様のお言葉を思い出す。

「……レナ様の手の中で育まれたものなら、きっと良いものなのでしょう、か……」

「レグルス? えーと、毛並みが良いねえ」

「ぐっっっ」

それは再会したときのためにずっと手入れを怠っておりませんでしたからね!!

モスラのようになってしまったな……
会えない従魔はみんなこの症状が出るんだ。わかりやすくモスラ病と名付けてしまえ。

それから、俺が持っていたレナ様の私物のスカーフを彼女に返して。
扉の向こう側に、じわじわと駆けつけてきた従魔たちの動きを聞き。

懐の懐中時計が「ピピピピ」と音を立てる。

「それ何?」
「グルニカ様とキラが開発した音付きからくり懐中時計です」
<あまりに暇を持てあましていたので、いろいろと作りましたよねえ>
「全貌を聞くのがこわいんだけど。すごくいっぱい作ってそう」
<一応害はないものしか>
「すぐに<見て>って言ってこないからなかなかの問題作も作ってるでしょう!」

<テヘヘ♡>

キラのこの弾けた絵文字を見たのも、とんと一ヶ月ぶりだ。

本当に、日常が帰ってきたんだな……。

気づけば、口元が微笑んでいたようだ。
レナ様がムニムニと俺の唇を指で押して、たのしげに弄んでいる。この光景を眺めるためにしばらく微笑みを崩さないことにした。

「それでは俺はこれで」
「笑顔でバイバイなの……!?」
「いえ。その。間が悪くてすみません。俺は今、白炎聖霊対策本部の一員として、ミッションがあるのです」
「そのためのアラームだったのね?」
「はい」
「ああしょんぼりしないで。よーしよーし」

行きたくない。
いやしかし、これもレナ様のためになるのだから。
己の喜びよりも。実益になりそうなことを努力せよ、レグルス・カーネリアン!

「カルメン様がここにはいらっしゃいません。ですから呼び戻しに行きます」
「そうなの……気配がないから、そんな気はしてたんだ」

レナ様は[白炎聖霊杯の司祭]として感じるものがあったそうだ。
けれど、カルメン様は他の従魔のように休暇でいないわけではない。

「ダンジョン[深海の遺跡]に向かいます」
「そこにカルメンがいるの……? あ、深海って、もしかしてカルメンの片割れが見つかったとか? 確か深海の方にも白炎聖霊杯があるかもしれないから魔王国として探索するって」
「お察しがすばらしいですね」

本当に感心した。
一ヶ月前、あんなにバタバタしていた頃の報告を覚えているなんて。

「このダンジョンには深海の海水が流れ込みます。その流れとともに、聖霊杯がやってきた可能性が高いようです」
<グルニカ様と作ったダウジング装置が反応しまして……>
「ねえキラ」
「カルメン様がその情報に反応しただけでなく、自ら赴いたということは、聖霊として引き合うものがあったのだと思っております。そこでこの度のミッションは、カルメン様と合流して、聖霊杯を『宝探し』します」
「……なるほどね」

レナ様は立ち上がると、俺の周りをぐるぐると回った。
それから小走りに駆ける。ジャンプ。しゅっしゅっとシャドーボクシング。

俺は、可愛らしさを浴びさせられているのか????

「うーん……まあいっか。レグルスへ[従魔回復][鼓舞]」
「ぐっっっ!?」

サービスが過ぎますが!?!?
俺じゃなかったら尊さのあまり魔物の姿でぶつかっていったことだろう。
もともと魔人族として生まれて人型を使いこなし、感情制御の訓練を受けていて本当に良かった……!

「効果は十分にあるみたいだね。私も行きたい」
「──仰る可能性も、考えてはいましたが! くうっ……すぐにでも頷いてしまいそうなくらい、レナ様の影響を感じます……っ」

「そうみたいだねー。きっと従魔へのスキルは、一ヶ月前? よりもよく効くんじゃないかな。私は寝て過ごして体力は落ちてるけど……。……レグルスが戦力を増すことと、足手まといが一人いることと、どっちを重視した方が、ミッションが達成できそう? スキル[従順]正直に教えて」

この強い意志、判断の正確さ、圧倒的なリーダーシップだ。

「……レナ様がいらした方が、成功率は高いでしょう」
「じゃあ連れていってほしいな」
「いいのですか?」
「私は従魔のみんなに、ってことはね、一人だけのためにも動いたりしたいんだよ」

心臓がカッと熱くなって、燃え上がってしまう。
レ・グ・ル・ス・だ・け・の・特・別。

「負けました……」
「あ、私が勝っちゃった? えーと……じゃあ魔物使いが勝ったから、私に従ってくれるのかな」

ちょっと弱気なあなたの懐に潜り込む。
言う言葉はもちろん決まっている。
二度目、あらためて問われて答えられることが嬉しい。

「従えて下さい」

「あのー。二人だけで決められましても」

ともにダンジョンに向かう同僚たちが、困ったように顔を覗かせていた。

「それにしてもダンジョンかぁ。こんなに速攻再会することになりそうとはねぇ……」

とは、レナ様のほんのささやかなつぶやきだ。

 

 

 

 

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