351:主人のいない時

 

時は少しさかのぼる。──1ヶ月前。

光に包まれたレナが、倒れてしまったあとのこと。

聖霊杯とラビリンスキューブは消滅していた。レナの手のあたりに光が収縮すると、はかなく消えてしまったのだった──。

その光景を遠隔でみていた従魔たちが駆けつけてきた時、キラはぼうっと側に立っていた。

心配して、後悔して、思考がショートしているのであろうことは明らかだった。

だってあれほど流れ続けていた壁のデータ数値がぴたりと止まっているのだ。
従魔たちは知らなかったが、この時、赤の聖地の上空だけは、雲もとまり、地面の草も揺れなかった。

従魔たちは怒るつもりで来たのではない。
心配で、やってきた。

レナの周りに寄り添って、手をとったり脈を見たりと状態をたしかめていく。
とても、とても時間をかけた。
大丈夫、も、だめだ、もなかなか判断ができなくて。

リリーがキラの前に立ち、まっすぐに見上げた。
しばらく言葉を選んでいたけど、理屈はキラが何万通りも考えたあとだろうしと、自分の率直な気持ちをうちあけることにした。

「あのねキラ先輩、わたしたち、みんな同じ”従魔”なの。いつだって、ご主人さまの……側にいたい。わたしが妖精女王になっても、側に置いて、従えていてって……きっと……思っちゃうから。みんな、キラ先輩を、理解(・・)しているの。
大好き!」

ぎゅーー、と正面から抱きしめた。
その方法はレナにそっくりで、ようやくキラの目の焦点が定まって、ほんのささやかに抱きしめ返してくれた。

(ご主人さま、言ってた。「キラは従魔のなかでも飛び抜けて”なんでも”できちゃうでしょ。だからこそ、できなかったとき、脆いかも」──って)

レナはかつてこんな心配を、リリーやクーイズなど、とくに感情豊かな従魔にだけそっと打ち明けた。きっと、救ってあげてねというメッセージが込められていたのだとリリーは思っている。

(んーキラ先輩は……できないだろうなって想定しておふざけで予防してるのとは、また違う状況なんだろうなぁ。異世界ラナシュの曖昧さに、してやられたとき……想定外のことが起こったとき……ううん、”マスター”がいなくなったらこんなにも崩れてしまうんだ〜……)

ぎゅぎゅっとリリーが腕に力をこめた。
細身の体はひんやりしていて、妖精の魔人族とはまた違う生き物だ。

(ねえご主人さま、キラ先輩抱きしめ返してくれた。ねえ、あとでわたしたち二人を、褒めてもらわなくっちゃ。きっと目覚めてね?……おっと?)

「「うわわ!?」」
「え、崩れそう!」

ダンジョン赤の聖地が、揺らぎ始めた。
キラが泣いているから。

情緒を安定させてあげなくてはならない。情緒なんてなければ完璧に制御はできる、だけれどレナはキラが感情をもったことを喜んでくれていたから。

(大事にされていたものはその記憶で強くなれるよ)

「ご主人さまがやりたいことも、きっと、従魔を愛でることなの! ね、キラ先輩。だから涙を拭いて。わたしたちが、やるのは、バイブみたいに震えるのじゃなくて……えーと、あれっフラフラ、ダンスみたい、楽しいね?」

「……っふふ」

「! 笑った……そう、いい感じ。目覚めたら褒めてもらえるように…………おしたく、しよ?」

「──まったくその通りで御座います」

キラがへにゃりと泣き笑いをした。

リリーが手を取り、キラをリードする。
たくさんこのダンジョンで踊ってきたから上手にできる。

くるり!!……さあ、震えが止まった。

一応、スマホだった頃の設定画面を開いてバイブレーション機能をオフ。そうしたらキラもダンジョンも震えなくなるだろうとルーカが言ったことは、やはり外れない。

従魔がそれぞれの考えを口にした。

「ベッド!」
「着替え!」
「検診!」

▽ここまでよくぞ育てられました!
▽精神世界をぶち破ったり 打撃で起こそうとしなくて えらーーーい!

ルージュはそっと目尻にハンカチを当てながら、レナに賛辞を送る。

(従魔自ら考えられる教育を進めていたご判断、英断でございました。ええ、この子たちは大変破天荒。それに将を失ったらまとまりが乱れるのは必然ですもの……)

現代は戦乱の世ではない。
だからゆっくりと自立を促せばよいとルージュは実家の教えを伝えたのだが、レナはそれよりも急いでこの教育を進めていた。

(わたくしたちの家訓では、従魔を一生主人に縛っておくことを前提としていましたものね。けれどあなたは従魔を自由にしてあげたことで、新たな可能性の扉をひらいた……)

レナとの従魔契約は解けていない。とても弱くなっているけれど。
それは、従魔たちがレナに従いたいと自ら願ったことも関係しているのではないかとルージュは想うのだ。
ここはラナシュ世界。
運が良かったり、感情が奇跡を起こしても、よいではないか。

ルージュは胸を押さえて、深く息を吸った。

従魔の中でも最も不安そうにしていたルーカに助言を。と、ルージュが声をかける。

このような状況下の従魔は気性が荒くもなるため、慎重にいつも通りの声音で。

『よく落ち着いて最後まで聞くのですよ、悪い知らせではありません。
魔物使いが、死に近いほど昏睡したとき、従魔契約は途切れたり弱くなったりしますわ。戦乱の世では、そのような混乱を狙ってまっさきに魔物使いの主人が狙われます。けれどレナ様は安全な場所で、よく懐いた従魔に守られていて、あとは目覚めを待つのみですわ』

「……魔物使いになるには、ポジティブが大事なのかな?」

『ええ。主人が不安になれば従魔に伝染しますものね』

「じゃあ僕たちがあんまり不安じゃないなら、レナもいい夢を見ているのかもね……」

レナの寝顔は安らかだ。
呼吸も安定している。
すうすうとゆっくり息を吸い、吐いて、胸部がおだやかに上下している。

(あら、この子も思ったより安心してはいるのかしら?)

ルーカも話しかけてみれば返事は穏やかだった。

では、なぜネコミミが伏せていて眉が寄せられているのか。

「……レナの体の状況は視えたんだ。健康ってね。けれどステータスは固定されているように感じる」

『固定……?』

「まるで、レナだけ時が止まっているような。……違和感があるんだ。状態異常も表れていないなんて。昏睡、熟睡、レム睡眠と、いつもはそれも視えるのに」

『わたくしの考えでは』

「うん」

『聖霊杯とラビリンスキューブの合体ということまでやっておいて、変化なし、健康体、なら上出来ではなくて? それ以上は神のみぞ知るのではないかしら』

ルーカが遠隔でフュージョン中のレナを見守っていたときに、一瞬視えたキーワードだ。

“幼神”

『──わたくしが主人としての視点で語るなら、幼神様とちょっと話しているから待ってて、というところかしら』

「!」

『仮説です。けれど魔物使いの主人ならそう想います。そして、レナ様の手のひらで生まれた存在がおぞましくなる想像はできないのです』

「……ものすごい説得力……そうだよね。はは……」

ルーカの不安が払拭されたようだ。

「かみつかい、だしね。幼神だろうときっと絆すだろう」

首輪に手を当てた。

そしてネコミミを触った。

「……うん。おぞましくは、ならないだろうな」

「「ルカ坊がそこまで言えるようになったなら上出来上出来えらいぞ〜〜っ」」

クレハとイズミがとろとろと絡む。
撫でられた金髪は、スライムまみれになってしまった。

「二人の手のひらが溶けてるけど!?」

「「あっれー。なんかねぇ、魔人族の形が保ちにくいっていうか?」」

「……魔物型になっておくといいよ。急激に進化した魔物は、本来ならこれほど成長した魔人族姿になれないはずだった。レナの影響が弱くなって調子が出ないんだろう」

「あいあいさ〜〜」
「ちょちょいのさ〜〜」

▽クレハとイズミはスライム姿になった。

『この姿でも問題はないのよね!』
『ね〜〜〜〜!』

ぽむぽむと跳ねていった。

羊型のハマルがレナを背中にのせて、すたこらと運ぼうとしていく。

『んーーと。どの部屋にするー?』

──従魔たちの間に雷がとどろいた。ピシャアアアン…………

キラがおもむろに右手を上げて、パチィン!と指を鳴らす。

ダンジョンの揺らぎが消えた。
ふっきれた。
そして告げる。

「いま、プレーンな部屋を従魔の人数分作りました。どの部屋にマスターをお招きするか?──ルームコーディネート対決、開始いいいい!!」

▽ッカーーーーーーーン!!
▽ゴングが鳴るぜ!

▽従魔たちによる本気の部屋づくりが始まった!!

わーわーと活力を増している。
お祭り大好き!!!!!!!!!!!!!!
オラオラわっしょいオラオラ!!!!!!!

『から元気でも、鼓舞の代わりにはなるのだものね』

ルージュが慈しむように微笑んだ。
対決中、託されたレナの頬をそうっと撫でていた。

 

 

 

 

 

 

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