350:一ヶ月後の目覚め

 

▽キラから 説明を聞こう。

<スカーレットリゾートの運営は無期限延期としております。その間にドワーフ族に監修してもらい建物のチェックなどを完璧にして、雑草が生えたりしないようにガーデナーのみなさんが環境整備していました。瞳の一族のメデューサ様には一旦帰っていただいて、ホテルは淫魔のみなさんに[キープルーム]魔法をかけてもらったあと専属従業員を探してもらっています。
舞台も延期のチラシを配布して、そのつど新たな小話を載せることで赤の信者の獲得に余念がありません。赤の聖地においては、ルージュ様がこの地を完璧に守っておられました。問題は何も御座いません──だから、どうか、マスター・レナを帰してくださいとなんども祈っておりました。運命やトラブルなんてもう知りません。
私たちは…………会いたかったですうーーーー!!>

機械的な説明からどんどんと声にノイズがかかって、最終的には感情がダダ漏れでキラが叫んだ。

レナは重い腕をあげて(こんなに腕が鈍ってるの!?)と驚きつつ、そうっと表面を撫でてあげた。

ほんわかとボディがあたたかくなったので、キラは喜んだようだ。可愛くて、ちょっと申し訳なくて。

「まさか一ヶ月も寝てたなんてね……。ん? その間、私はどうやって生きてたの?」

キラの制御ルームにいたはずなのに、ベッドに寝ているのだから、誰かが世話をしてくれていたのだろう。
服も変わっている。着心地がいい絹のワンピースパジャマ。
誰が、どのように?

▽キラが ふいっと目をそらした。
▽悪い予感がする……!
▽レナの 覚悟完了。

<まず世話係はレグルスさんでした。マスターの服を脱がせて、スライムプール……紫色の球体で内部に温水を沸かしたものに全身浸してお風呂がわりにして、栄養分もそのときねじ込んでおりました。毛穴から。よって排泄の必要もなく……>

「よかった。意外とまともじゃないの」

<まともですか!?>

「えっ、私の感性がおかしいの……?」

レナはその光景を想像してみる。
スライムに浮かぶ少女は、ちょっとSFちっくだが、何も問題はないような気がするのだが。

いつものドタバタに比べたらなんのこれしきだ。
それに旅を始めてすぐ、簡易お風呂をしていた時にシチュエーションが似ているし。毛穴から栄養をねじ込まれたのは初めてだけど。なんのこれしきすぎる。

<マスター……一ヶ月の間にずいぶんと変わられて、おいたわしい……。……。……?>

キラは本体を点滅させている。
これは本人も違和感を覚えていて(あれ?昔からこんなんだったのでは?)とアルバムを振り返っているのである。

<………………私の感性のほうが、普通に戻っていたようですね。アップデートしました。テヘペロ☆>

「まるでレナパーティが普通じゃないみたいじゃない?」

▽そうだよ!!
▽すっかり忘れてたけどね!!

レナが、クスッと笑った。

側にいたキラが、すすすすーーー……と下がって距離を取る。

「ど、どうしたの?」

<いえその、マスターが今、微笑んだじゃないですか。ナマ映像をみると、ウウッッ……>

「映像じゃなくて現実ね」

<ウウウウッッ>

「それ隙間から何が漏れてるの!? 涙!?」

<エリクサーです>

なんと、エリクサーに変換できたのも久しぶりなのだという。高等魔法はずっと調整しづらくて、必要最低限しかエリクサーを使っていなかったそうだ。主にレナの栄養分とするために使っていた。

<わぁん! 体がオーバーヒートしそうですぅ! アッチッチッチ……>

▽レナは 扇子で扇いであげたい!
▽腕の筋肉が衰えている!
▽失敗! 扇子はへちょりと落ちた。

「こんなこともできないなんて。鞭も振るえないじゃない? 気分は浦島太郎だよお……。私の体はいつのまにか弱くなってるし、キラたちの様子は違うしさぁ」

ゆーっくりと、キラが近づいてくる。
レナも、そーっと手を差し伸べた。

──つん。

ここから始めなければいけないようだ。
クレハとイズミに初めてチョコレートをあげた時のように、少しずつ。
なんということだろう。

(えーっ、さみしい。ついさっきまで、みんなすぐ側にぎゅうぎゅう詰めになっていてくれてたのに)

触れたキラは金属の表面を真っ赤にすると、ぴゅーっと下がってしまった。

レナはいたたまれなくて、毛布に潜らせたままだった手のひらをもそもそと動かした。もはや従魔のような可愛いものを撫でることが精神安定剤となっているのだ。
マシュたんが柔らかい。

(……できることから。前向きになれることを見つけて、ってずっとそうしてきたじゃない。だから、嬉しいことを考えるの)

「ねえキラ。みんな元気でいるよね……?」

<もちろんですとも。居る場所はさまざまですが、鍛錬と安息を可能にする場所にみんなおりますよ。オズワルドさんはシヴァガン王宮に、キサさんはラミアの里に、リリーさんは宝飾店メディチに、シュシュさんは天空に、ルーカさんは真実の泉に、ハマルさんはエルフの里に……>

「おお……意外にみんな遠くにいるんだ?」

<眠っているマスター・レナが心配なあまり、情緒と統率が乱れてしまったんです。従魔同士なのに喧嘩が絶えず……おそらく、従魔契約の効力が弱くなっていたのでしょう。もともとみなさん種族特性が全然違いますから。ふぅむ……私の価値観が戻っていたことを考えると、根本的な価値観が違った、という問題が表面化したのかと>

「そっか……。それで距離を取る選択ができたのは、えらかったねぇ」

<それは褒められることですか?>

キラはちょっとすねた声を出している。

「うん。私も昔、喧嘩した時ってそうしていた気がするんだあ。もうよく覚えていないけどね。キラにとっては褒められないことだったの?」

<せっかく問題が表面化したなら解決のチャンスです。すぐさま正常に戻しませんと>

「なるほどね〜。でも感情はなかなか思い通りにはならないから、時間が解決するのを待つほうがいいこともあるよ。話し合うためにも落ち着いてなければいけないし、喧嘩して傷つけるより、和解のために前もって距離を取るのはえらいでしょう?」

<それは、思い知っているところで御座います……>

キラがしおしおと答える。
くにゃり、とパンドラミミックの本体が熱に溶かされた鉄のように曲がっているくらいだ。おそらく恥ずかしくなり熱を持っているのだろう。一ヶ月ぶりに感情を溢れさせたのだから。

レナはそんなキラを当たり前のように見ながらも、感情がないキラについて、想像してみた。

(もしも、キラが私に従属していなかったら……コンピュータらしく、間違いがあれば正すような性質を持っていたのかもしれないね)

硬質なパンドラミミックの輝きを眺めつつ、考察する。
すると真面目な顔のレナを、パシャパシャパシャパシャとキラが撮影した。

「まぶしっ!?」

<マスター・レナのどんな瞬間ももう逃したくないでござるーーっっっ>

「落ち着いて!?」

<ご帰還おめでとう御座います!ありがとう御座います!……従えてーーー!!>

「ぷっ」

(従属しないほうがよさそう?なんて、冗談でも懸念でも、聞かないほうがいいな。選択肢をいろいろ用意してあげる以前に、キラはちゃんと自分の言葉として、従えてって言ってくれているじゃない。これを信用できないのはご主人様じゃないね!)

ちゃんと覚えている。
従魔のみんなと歩んできた大変な旅路も、嬉しい思い出も、全部がレナパーティを作ってきたのだから。すべてはガララージュレ王国から、今まで。

「もう従えてるよー」
<きゅん!>
「そのペンは何……?」

▽キラは ペンをレナに渡した。
▽スペースペーストで ぽとんとレナの手に落とされた。
▽”ドチャクソ油性”と表記されている。

「何これ!?」

<アップデートした最新の言葉を反映して……変でした?>

「言葉遣いが初見だなあ」

<どうあがいても消せないインクということが伝われば幸いです>

「これで、どうして欲しいの?」

キラがくるりと回った。
パンドラミミックの裏面、見事に磨かれたボディにむかって、電子矢印が現れる。

<ここ、ここ。ここに”藤堂レナの”って書いてくださいまし!!!!!!!!!!>

「音量!! ふー、それで精神が安定するんだね……?」

<だいぶ!>

「やろう」

▽レナは ラナシュ文字で筆記した。
▽世界情報が固定されました!!!!!!!!!!
▽キラは 永遠にレナの従魔となった。

コンコン、と部屋の扉が叩かれた。

誰がやってくるのか。
どんなテンションで来るのか。
どれくらい荒ぶっているというのだろうか。

▽レナは、ゴクリと生唾を飲んだ。

▽キラは 真顔で レナの手の側にある毛玉を眺めている。

 

 

 

 

 

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