348:古代の夢とラビリンスキューブ

ラビリンスキューブが鼓動している。
とくん、とくん、とくんと。
カルメンはそのすぐ側で瞳を瞑っていた。

するとカルメンは、古代の夢を見た──。

焼ける炎の大地にぼんやりと半透明で立っている。

赤と金色が混ざった炎がこのように大地を覆っているのは”当たり前”で、周りには、膝の下が鉱石のように硬くなった人びとが足に白い炎を纏わせて平然と歩いている。
いや、この人々から大地に炎が移ったのだ。

纏った白炎がじゅわりと草木を燃やし、大地を変えていく。はるか高かった山々もこの人びとが踏みならして、じゅうじゅうと焼き溶かしながら低くした。

景色が変わり、世界が震えたのを感じ取る。
そして新しい名付けが行われる……

「白炎火山地帯!」

もっとも大きな人が叫ぶと、全体が大声をあげて同意し、カルメンも(そうだ)と思った。

人々の間をすり抜けていく。
周りにはどうやら認識されておらず、体をすり抜けていったって振り向かれもしない。
なんだか面白かった。
カルメンはこれが気に入った。ちょっと遊びながらちょろちょろ走った。

やがて大きな人の横に立つと、すでに、もうひとつ似たものが隣にある感じがする。

(なんだろう?)

しかしそれを視認することはできなかった。おそらくまだ力が弱いのだ。

だが、感じる。
トクトクという胸の鼓動が期待していた。
この震えはかの人々が大地をふみならすリズムと同じであった。

「名付けを復唱せよ!」
「白炎火山地帯! 白炎火山地帯! 白炎火山地帯!」

大勢の声が怒号のように響く。

大きな人は、黄金の天秤を突き刺すように、大地に置いた。

その周りを指で円のようになぞると、ボッと白炎が燃え立つ。
さらにもう一重なぞり、古代文字を描き、出来上がったのは白炎魔法陣であった。

(聖霊を生もうというのだな)

カルメンがつぶやくと、

(それはすなわち領地取りに参戦するということ)

隣から似たような声のつぶやきが聞こえた。
まだ、姿は見えない。

人びとが次々に天秤のもとにやってきて、歯で親指の先端をかじると、血を一滴ずつ、左右の器に落としてゆく。
燃えるように熱い血だった。
一滴ごとに、カルメンの半透明の体が現実の質量を持つ。

右の腕に熱が集中していって……なにかに掴まれた。

(神様!)

(”──幼い聖霊よ。領土をとり信者を増やし、己が存在を示せよ。白炎聖霊杯の場合は……大地を炎で満たすべし。己の小世界を作ることができたなら、聖霊から神にもなれよう。ラナシュ世界の懐は広く深く底知れない。どのようなものでも神になれるチャンスがある”)

(なりたい)
(なりたい)

(”それでこそ聖霊。民衆の願いで生まれ、民衆を統べるもの。大地、空、海をかためて小世界を作るもの”)

(聖霊……)
(聖霊……)

(”さあ時は来た”)

光の化身のようであった神が、カルメン”たち”の腕をぐいと引いて、手のひらをくっつけた。

その瞬間焼けるような熱さを手のひらが共有して、魔力が溶けて混ざり合うと、手首には|緋々色黄金(ヒヒイロカネ)のブレスレットが輝いていた。太い鎖がじゃらりと伸びて聖霊の片割れ同士を繋いでいる。

鎖は民衆の願いのように力強く、この運命からは逃れられない。
逃れる気持ちも持たないはずなのだ、戦いを導くことを求められて、聖霊としての役割を果たしている間は。

さて、大地がずしりと固まった。
カルメンにはわかった。

マグマの地鳴りも、足踏みの振動も、生き物を飲み込むひび割れも、今はない。
儀式が成功したことによって、”小世界”が創り上がったのだ。

カルメンたちが実在のものとなった、姿を見た人々は大声をあげて歓喜した。

声を上げて足踏みをするのが、この人々の習慣である。

それからひれ伏して崇める者たちにカルメンの視線は強制的に吸い寄せられた。
統べるものを記憶に刻みつけろ。

カルメンは瞬きをせずに前を見ていた。

「白炎一族」

……と自己紹介した古代ヒト族たちは、燃える炎の髪を持ち、褐色の肌はたくましくもなめらか。膝から下の足は鉱石でできていて、白炎を纏って走るととても早い。
少数民族だったのだが、力の使い方を工夫したところ狩りの成果が上がり、爆発的に人口が増えた。これなら領地戦にも挑めると思い、このたび一族の宝を使ってカルメンたちを生んだのだ。

歓喜の小世界を。
信仰の分だけ。
((恵もう))

そう声を揃えたところで、やっと聖霊の役割が途切れたカルメンは、横を向いて片割れを見ようとして────

夢の内容は、起きたときには、忘れてしまっていた。

***

「これがラビリンスキューブ……ふぅむ……」

「一昨日ご覧になられましたのに〜、マスター・レナってば復習が丁寧♡」

「いや……ずいぶんと変化してるんじゃない!?」

「ですね」

「ね!」

前に見たときには、小さな正方形が重なっているような形だった。
それが今となっては、ひょうたんのような形をしている。
氷の聖霊杯にも似た形、とレナは見比べるが……

「どちらかというと赤ん坊みたいなシルエット。言いたくはないけどね、不穏だし……」
「言いたくないってところ世界情報に強調しておきますね」
「ありがと。気をつけます」

レナの「しまった」は従魔にたやすく許される。
たやすくできてしまうくらい、従魔は強くなったし、レナだって頑張ってきたのだ。

緊張が途切れたのでちょっと気が抜けているけれど。

「ラビリンスキューブとは”小世界”ですもの。変異しやすいものなのです。ほら、凍土でラビリンスが溢れたら、現代に適応してすぐさま変わっていたでしょう?」

「まあね〜。このラビリンスキューブは何に適応してこんな形になったんだと思う?」

「……」
「……」

キラはレナの人差し指を撫でた。
夢産ばんそうこうが貼られている。
植物のトゲで怪我をしたのだ。

「マスター・レナ。昔話をいたしましょう。レアクラスチェンジ体質であるあなたの血を吸収したリリーさんは」

「とっても成長が早かった」

「アネース王国で乙女の宿り木に血を吸わせたら?」

「シルフィーネが爆誕した」

「では<ラビリンス:|氷の楽園(アイスヘヴン)>では?」

「血を吸わせたことによってラビリンスキューブが変質したんだね……!?」

「ええ。血を吸った植物のところを重点的にスペースカットしてきましたので」

「えらい! それがなかったら凍土に溢れた古代の名残はもっと暴走してたかもしれないもんね」

(マスターの血を他所に流出させたくなかったんですけど、まあ、だいたい一緒か)

「そうです♡ 凍土の暴走があの程度で済んでよかったですね」

「終わり良ければすべて良し」

あの程度??という疑問は飲み込んだ。
終わりが別に良くはないが、悪くもないので飲み込んだ。

氷の聖霊は自ら氷の精霊となり、氷の聖霊杯の代わりのものを探すことができて、イエティたちとともに生きる居場所を見つけたのだから。

レナはウンウンと頷いている。

ああ指の傷が痛むぜ。
まじで。

「なるほどね……。この傷、緑魔法でも全然治らなくて、魔眼健康診断では貧血って言われるし、どうしたものかなーって思っていたけど」

「ラビリンスキューブが吸っていたんだと思いますよ」

「それにしては色が雪色のままだね」

リリーは翅が赤くなる「ブラッディリリー」として覚醒したし、シルフィーネも乙女の宿り木に「赤のエネルギーリーフ」を生らせたのに。

レナの血液を吸収し続けているらしいこのラビリンスキューブは、なぜ?

「定義が強力なのだと思います」
「ええと……氷の表面、北の雪色、ひんやり、古代パワー、みたいな?」

レナはラビリンスキューブを恐る恐る撫でる。
どれほどの力を持つというのやら。

「試みたいことがあります」
「意を決して言われると──こわいな〜。どうぞ」
「氷の聖霊杯に、このラビリンスキューブを融合させるんですよ」

さすがのレナも天を仰いだ。
ろくでもねぇ。

しかしキラがお遊びでこんなこと言わないのは、もう分かってしまっているから。

「……やらない場合のメリット・デメリットは?」

「メリットは私たちには手に負えないのでと魔王国に引き渡してしまえること、デメリットはどのように成長していくかわからずマスター・レナの血液がきっかけということが判明・拡散することです」

「……やる場合のメリット・デメリットは?」

「メリットは私たちが成長をコントロールできること、デメリットは多方面から叱りと探りがあることでしょうね」

「魔王国の後ろ盾の使い時はここだと思うの」
「アネース王国の王たちの『困ったときには頼ってくれ』も使いましょう」

ここにはレナとキラしかいない。
出来るだけ余分な情報がないほうがコントロールをしやすいから、とキラのダンジョンホームに籠っている。

壁一面に流れていた情報も厳選されていき、ラビリンスキューブ情報を雪色で示すだけとなった。
パンドラミミックの姿となったキラが壁に溶け込んで一体化する。

真っ白な部屋の中、ひとりきりで、レナはラビリンスキューブと氷の聖霊杯を持っている。

(幸運値が高い私がやるべきだ)

「称号[かみつかい(弱)]セット」

(キラウィンドウを通して従魔のみんながこっちを見守ってくれてるのがわかるよ。よっしゃ私、勇気出してこ)

「フューーーージョン!」

▽レナは ラビリンスキューブと 氷の聖霊杯を ごちんとぶつけた!
▽一面の光に包まれた。

 

 

 

 

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