345:進化の障害

 

エントランスで熟睡してしまい、ようやく昼前に目覚めたレナは、半分ほどの従魔がここにいないと気づいた。きょろきょろすると、中央の噴水上にキラウィンドウが浮いている。

抱きしめて眠っていたはずのキラはいない。魔物型になってすり抜けていったのだろう。おそらくキッチンに。

キラウィンドウにはキッチンで料理ができあがっていく様子が映されている。

「もー。働き者なんだから。ふああ……」

リリー、ギルティア、チョココ、ミディ、アグリスタ、ルーカ……お寝坊さんの従魔たちをレナが起こしてまわる。最後はもちろん、みんなのベッドになってくれていたハマルだ。

よっこらせ、とハマルが羊姿のまま立ち上がる。
その背中にレナたちを乗せたまま。

『今朝はボクが運んでいきますよー。たまにはこうやって歩きたいのですー。そぉれー』

のっし、のっし、とハマルが館内をゆっくり歩く。
また寝てしまいそうだな……と目をこすったレナは、小さな従魔たちとルーカに支えてもらってこのように草原を歩いていた感覚を、ずいぶんと懐かしく思い出した。

今、一緒にいるたくさんの従魔とルージュたちが、食堂でにこやかに迎えてくれた。

▽昼(・)の食事は 凍土をイメージしたひんやりメニュー
▽海鮮出汁をゼリー状に固めたものを散らしたキラキラパスタ、冷やしサボテンのサラダ、青く色をつけたゆで卵、レアチーズケーキにキウイヨーグルト。

帰宅後すぐに眠ってしまったレナたちは、お腹がぺこぺこだった。
寝起きにも関わらず完食するつもりが満々だ。
もちろん、それを見越したメニューなのだろう。

「いただきます」
「「「いただきまーす!」」」

食事の時に座る席は決まっていないが、今日は珍しいペアができていた。
リリーの隣にギルティアが座っている。
クリスティーナが報告のためにこの場にいないのも理由だろう。

レナは静かに耳をすませている。

「リリーは……あのまま置いてきても良かったのかよ」
「なにを? ごっくん」
「氷の聖霊っ!」

(あんなに頑張って守ろうとしてたもんね、リリーちゃん。怨霊たちから奪おうとすらしてた。けれどイエティたちと暮らすって決まった時には、なにも言わなかったな)

レナもその件はあとでリリーの話を聞こうと思っていたけど、ギルティアの方が早かった。

いっそう耳をそばだてていると、クレハとイズミが耳たぶに戯れてきた。邪魔しているように見えて、レナがあからさまに眺めているのを誤魔化してあげるつもりのようだ。ありがたや。

「氷の精霊……やっぱり、なんで?」

「自分たちの仲間に欲しかったんじゃないのかよ?」

「違うよ。あの子が、あのまま飲み込まれて消えてしまっていたら、そんなの、望んだことじゃ……ないでしょ? でも、イエティとは……一緒にいたいって、思ってた。凍土の精霊になるって、決められた。じゃあハッピーだと思うの!」

「ハッピーねぇ」

ギルティアは馬鹿にしたような顔で笑い飛ばした。
あの怯えていたイエティと、いいようにそそのかされた氷の精霊のどこがハッピーなのやらと。

リリーはパスタをちゅるんと口に入れて、ニッコリとした。

「ごっくん。お腹が満たされてハッピー。私は、お腹が空いていて、美味しいものを食べたくて、美味しいものが食べられたから。……氷の精霊は、存在があやふやで、支えになるものが欲しくて、支えになるものを得られたから、ハッピーでしょ?」

「そう誘導されただけじゃん」

「いいじゃない。目的が達成されたんだから」

きょとんとしたのは、ギルティアの方だった。

そして違いをゆっくりと咀嚼してから、不機嫌になる。

ギルティアは結局、”他者の介入を受けること”に忌避感があって、それを嫌がるあまりに効率が悪くなってしまうタイプなのだ。
ちょっと強引だが、レナパーティの介入を受け入れたからこそギルティアの伸び悩みが解決したといえなくもない。

欲しいもののために手段は選ばない。リリーは野生に生まれた魔物だ。

手段を選ぶギルティアのような者は、生まれながらに選ぶことを教えてもらう魔人族である。

どちらがヌルいのかといえば、自分のような者の方だ、とギルティアは認めざるをえなかった。

このような思考ができるようになったのは、ギルティアが「自分」しか見ていなかった頃から、「種族としてどうなのか」まで視野を広げられた成長である。

(って僕は視ております)
(サポートありがとうございます。人数が増えちゃって全員をずっと見ていられないので、助かってます。はいゆで卵どうぞ、ルーカさん)
(頂きます)

あらためて自分の目で、リリーとギルティアを眺める。

リリーはさらにニッコリしてキウイヨーグルトに花蜜をかけているし、ギルティアはやけ食いのようにサボテンサラダを貪っていた。
隣のシュシュが負けじとサボテンサラダを貪り始めて、漢女(オトメ)たちの視線が交わるとバチバチと火花が飛ぶ幻覚が見えそうなくらい。

(このテンションならもう大丈夫そうかな)

レナはホッとしつつ、ほどよく冷めたアイスティーを飲み干した。

食後に、キラが動画を編集している。
なぜかといえば魔王国と冒険者ギルドに提出してあげるため。
▽親切親切ぅ!

ラビリンスに氷の聖霊杯が落ちていくところから始まり、眠りながらうなされている聖霊やレナパーティの様子(夢の中で精神戦をしております、とテロップが入っている)、凍土にラビリンスが溢れてしだいに同調していく様子。イエティを中心に森の動物たちが集まり、”儂は氷の精霊である”と宣言するところまで──

それからオマケ。
レナパーティは氷の聖霊を手放すことに遺恨はないのか? について。

ーーーーーー
「うんっ。だって、あそこにいたほうが……真の恐怖を、味わえるでしょ?」
▽言い方
ーーーーーー

リリーの裏のない発言と、ツッコミのテロップを入れて、制作完了!

精霊は「こわい」にまだすがっていて、イエティたちは凍土の調整を求めている。WIN-WINなのだ(強調)。

ふいー、とキラが額の汗をぬぐうような仕草をする。
いちいちリアクションの動作が大きくて芝居がかっているのは、キラの個性である。

「さーて、これで後腐れもないでしょう。成功報酬を受け取って、白竜のお叱りについて聞いて、それでこの度の依頼は終了です」
「「おつおつ〜♪」」

「白竜どうしちゃったんだろうね〜」
「我らがスライムシートベルトきつくしすぎちゃって体調不良引き起こしたかな〜?」
「えー束縛技術で縛って差し上げたのに〜?」
「「不思議ねぇ〜?」」

「クーイズ先輩、そこまで。理由は分かった」
「「そうなの!?」」

シュシュがタブレット端末をみんなに見えるように掲げる。
チャット画面には桃色髪の天使族のアイコン。

<HNウサギパンチさんへ。レス遅れてしまってすみません! HNホワイトジョークとHNシンセカイが立ち去り際に白竜を煽ったために、天上まで追い回されていたんですよ……>

「「なんと」」

クレハとイズミがお腹を抱えて笑い、椅子から転げ落ちた。レナは深く納得したように頷いている。ありそう。

「あの白竜煽り耐性なさそうだったもんね。世間知らずでいいとこの坊ちゃんって感じでさ…………ご主人様に暴言吐くような奴はシュシュミトメナイ」

シュシュの目からハイライトが消えている。
チャットへのレスを爆速で打ち込む。

<レス遅れ上等! 快適なゲーミングライフにはタイミングが大事だよ、押忍!>
<あ、ありがとうございます。HNウサギパンチさんはほんとうにお優しいゲームマスターです>
<ところで白竜がどんな煽りに反応してどんな返事をしたのか知りたいなあ? ログ残ってない?>
<脳内ログでよければここに記しますね>
<ちょーだい>

一切のまばたきもなくタブレット画面を凝視して長文レスを目に焼き付けたシュシュは、赤い目をさらに赤くして、にーんまりと口角を上げた。

「ディスたちも勝手に天上を抜け出したことを大々的に証言するのはむずかしいし、口頭証拠をもらっただけだけど、白竜の弱みは握ったよ。勝つる」

シュシュがガッ! と拳を天にあげた。

▽レナパーティは慈善事業ではないので。

「ほどほどにね〜」

と、言うだけにレナはとどめた。

もしも従魔がやりすぎてしまったときに注意をしてあげるのも、主人の務めである。
つまりやりすぎてしまうという経験も必要なのよ、とレナに教えたルージュ先生がいい笑顔だ。

▽物騒になってきたなレナパーティ。
▽今更。

「さて。レアクラスチェンジの経験値が溜まっているわけですし」

▽進化しちゃう!?

レナがギルドカードを手に取る。
……ちょっと割れていた。

「!? いつ割れた……?いや、いつ割れてもおかしくなかったけどさ……ここここれどうしよう!?」

「落ち着いて。これって……」

ルーカがレナの手からギルドカードをひょいと取る。そして自分のギルドカードをシャツの下から引っ張りだして、比べながら”視た”。

「容量が爆発してる」
「爆発!?」
「あーわかります」
(キラってば今、スマホの電池パックが膨らんだこと想像してない?まあそうか……)

凍土での怒涛のレベルアップのアナウンスを思い出す。
レナのギルドカードときたら、従魔のレベルアップがある毎に内容が書き変わるのだ。それも内容のひとつひとつが特殊なので”重い”。

要するに、レナのギルドカードは”容量不足”になってしまったのだ。
そんなことがギルドカードで起こるなんて前代未聞なのだが。ほら、レナは前代未聞と仲良しだから。

「新しいギルドカードの開発(・・)が急務だろうね」

なにせギルドカードは身分証明書。
出身地が異世界日本であるレナにとって、ラナシュ世界で保障を受けるためには、無くてはならないものである。

「──ハッ。もしかして、進化のためのタップができない!?」

「キラウィンドウでしていただくことはできます。が、万が一のトラブルを起こしたりしないように慎重になりましょう」

「うう……進化させない、っていうのは無理と思っているの。しばらく全く強化できないってことだから。しばらくが結構長くなりそうだし……私の判断としては、気をつけながらレベルアップかなあ……」

「承知致しました。世界情報については私にお任せを、マスター・レナ」
「みんなの体調は僕が見るよ。リリーとオズワルドの瞳にも協力してもらおう」
「はーいっ」
「うん」

思いがけない状況に陥ってしまった。

だがギルドカードを製造するためのツテはある。材料はバイヤー・スチュアート、製造はドワーフ王国、付与魔法はアンベリール・ブレスレットなど……なんとかはなるだろう。

そして今はそれよりも。

「さて進化ですが」

パン! とレナが手のひらを叩いて切り替える。

「慎重にやるとして、どのような慎重さが求められますか? 助けてキラー!」

「はあいマスター♡ まずは一人ずつ進化させていくということです。そしてマスターの場合は必ずレアクラスチェンジとなりますから、この世界に存在しないネオ種なのか希少種なのか、ルーカティアスさんに”真実の泉”で視極めていただきましょう。希少種ならその種族について図書館で文献を調べて、私たちの認知を高めておくこと。ネオ種ならば、どのような姿になりそうか明確に想像することです」

「……了解。ちょっとピンときてないところもあるけど、それはやりながら慣れていくしかないよね〜。大雑把にまとめると、新しいことを詰め込んでギルドカード情報に負荷をかけないように、ってことかな」

「マスターかしこい! えらい! かわいい! 今日もステキ♡」

「好意は伝わったよ〜」

レナがへらりと笑って、ぱちんとウインク。
ファンサービス!

▽この一連の流れがしばらくレナパーティ内で流行った。

「俺が、冒険者ギルドにとりいそぎ報告してきます。あちらで共有されているギルドカード情報が閲覧できないとなれば、ギルドカードの破壊にともなう所有者の死亡と判断されているかもしれません」

レグルスが席を立つ。
音もさせずに椅子を引いて、誰かが止める隙もなくさっと立ち去った。

「レグルスが裏道を使っていくのが一番早いはずだから、まかせておくといいよ。冒険者ギルド経由で魔王国にも連絡が入るはず。だから俺はここでみんなのこと視ておくね、主さん」

オズワルドはひらりと手を振って、立場を忘れていないとアピールした。それから「お花の水やり」と立ち上がったジレやアグリスタ、チョココにつきそって庭に行く。

「僕は……これからの”真実の泉”の利用についてメデューサの族長に話してくるよ……。い、行かなくちゃ。僕が行かなくちゃ。逃げちゃだめだ……!」
「ルーカ大丈夫? シュシュも一緒に行ってあげる。悪運の餌食にならないように」
「本当にありがとう」

目深にフードをかぶって若干震えながらもルーカが勇気を出して、シュシュに背中を押されながら部屋をあとにした。

みんながのんびりと活動を再開する。
レナは(そう、私だって焦らなくてもいいから)とみんなにつられるように肩の力を抜いて、追加のアイスティーをグッと飲み干した。

「マスター・レナ。進化の相談(・・)をいたしましょう。集中したいので、ぜひ私の部屋に」

「キラ。帰ってきて早々に働いてくれて、無理はしてない?」

「気力も体力も充電済みですぅ♡ マスターの愉快な寝言もバッチリ録音しております♡」

「抹消! 抹消!」

「可愛い従魔の宝物ですから……ね?」

「くうう。お蔵入りにしといてくれる?」

「シュシュさんに決闘を挑まれかねませんね」

「容易に想像した」

軽口をたたきながら、レナとキラが移動する。
羊の行進に揺られて。

うつらうつらとしてきてしまう……。

「ハーくんの金色ベッドもまたアップデートか〜」
『えへへ〜そうですねぇ。またレナ様の寝具にふさわしい羊になりますー。これからは夢見もサポートしちゃいます〜』
「そういえば最近夢をみてないねえ」
『夜は熟睡なさっていますし〜。昼は夢をボクが喰べていますから〜』
「悪夢もあったりする?」
『ありますね〜』
「助けてくれてありがとうね」
『こちらこそー。レナ様の悪夢はダイナマイトになったりメカになったりとー、攻撃力が高いのですー』
「ぷっ」

レナは笑ってしまった。
あの怨霊退治にも役立ったならなによりだ。

キラの部屋に入ると、無重力空間なのでふわりと浮かび上がる。

縦に長い煙突型の構造。そして壁はガラスのようにつるりとしていて、一面に電子データが滝のように流れている。ここだけまるでSFの世界だ。

『キラ先輩〜目がチカチカしますよ〜』
「ではナイトモードにしましょう」
『おやすみ〜』
「こらこら」

夕闇のようなうっすらとした暗さになり、電子データの光も控えられた。

「ハマルさんが羊型なのは正解なんですよ。元々の姿になってもらう方が負荷が少ない」
「なるほどー。そういうことをこの場で教えてくれるんだね?」
「はい」
「キラは魔物型にならないの?」
「物を取り出したり説明するときに人型の指先は都合がいいんですよね。これを矢印のアイコンにしたりすると、その方が容量が大きいです。ゼロからイチを創造するためです」
『「へえー」』

レナとハマルが頷いた。

▽情報が少ないものほど 安定させるのは大変。
▽情報がなかったものを 創造するのは大変。
▽わかった!

「ところでこれを見ていただけますか?」
「キューブ?」

キラが取り出したのは、氷色のキューブ。
雰囲気としては古代のオーパーツという表現がふさわしいだろう。

こんなもの、レナは見たことがないのだが、この氷色を知っていると思った。昨日嫌というほど見た、あの凍土で。嫌な予感がクリティカルヒットするのは早かった。

「ラビリンスをスペースカットしたものなんですけどね」

「何を持ち帰っているのかな!? お土産ってレベルじゃないよね!?」

「ダンジョンマスターであるゆえに、ダンジョンになる前のラビリンスが良い参考になるかなと思いまして」

「理屈はわからなくもないけど……」

「氷の聖霊を理解するために、私はあのラビリンスの情報を限界まで解析していたのです。そのためキューブ状にまとめて持ち帰ることができました。そして興味深いことがわかりまして」

レナは渡された氷色のキューブを、そろりと受け取る。

とくん、とくん

鼓動?

「ここにまさに、幼神が生まれようとしております」

ギョッとして、レナはキューブを落としそうになった。落としたとしても無重力なので壊れてしまうことはないだろうけど。

(聖霊すっ飛ばして、神!?)

「要件としては、マスター・レナに[神使い]の称号を手に入れて頂きたいのです。そうすれば神属性のものを強化したとしても、マスターへの負担が少ないはずです。私のレアクラスチェンジ──アップデートの前に、ぜひこなして頂きたいと思いました」

進化は計画的に、と話していたものの、こんな計画になろうとは想定外もいいところだ。

レナは、キラがこの相談をレナにだけ持ちかけたのはなぜだろうと思った。ルーカに視てもらうわけでもなく、ともに聞かせているのは同じく進化をしたいハマルだけだ。
ハマルは断れない。
だからか、とちょっと呆れてしまった。

「私をこれからもお側に置いて頂くべく、マスター・レナ、どうかワガママを聞き届けてくださいませ」

「キラ……それはないよ。ワガママなんかじゃない。貴方は従魔で、主人の側にいられるようにって私が努力するのは当然なの。だからもっと当たり前にお願いしてちょうだい」

「マスター・レナ……っ従えてえええーーーーー!」

「いいよ!」

レナはしょうがないなあと笑い飛ばした。

▽神使いにだって なってやろうじゃありませんか こちとら藤堂レナLv40 じゃい!!

▽Next! 称号取得をせよ!
▽舞台[神の誕生]をメドゥーサにみせつけよう(賄賂)

 

 

 

 

 

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