344:雪山のイエティ2

 

イエティはあとずさり、背後の雪山に背中をつけてしまって、頭を抱えた。

氷の精霊がとても大切な存在であることは本能的にわかるが、だからといって200年引きこもっていたコミュ障にとって、初対面で朗らかに挨拶をするのはハードルが高過ぎた。

(ぼくには無理、無理無理無理無理)とブツブツ呟く。ツン。

『<ほぎゃあああああ?!>』

ぐわんぐわんぐわん……恐るべき音量がこだました。

精霊がイエティの足元をつついたのだ。
青い岩のような青い肌、それに氷の爪。ふんわりと雪が積もったような長い体毛。声は北風が吹きつけるよう。
驚くほど凍土そのものだと精霊は感じた。

そんな存在が自分のことを畏れている!!

ツンツン。びくうっ! という反応が楽し過ぎて、繰り返す。

一生懸命追いかけていく精霊に、ウブな反応を返すイエティ。
害はない。耳が痛くなってきたくらい…………なので雪豹は動かない。
この関係の行く末を重視して、じっくりと見守っているのだ。

▽雪豹たちも慈善事業ではない。
▽凍土のみんなの生存戦略のために 妥協はできない。

ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、と荒い息を吐きながら走ってくる精霊が、イエティには相当恐ろしかった。

『<な、なに、なんの用なの……!? ぼくになにを望んでるんだっ>』
『ぜえ、はあ、ぜえ、ハアハア』
『<ヒッ……なんで近寄ってくるんだよお、いやだいやだよ〜〜〜〜っかかか環境変化の承認とか、それ以外にも、なんでもするからあ……!』

▽ここだ!!
▽精霊が息切れしている間にたたみかけろ!

レナが拡声器を使って、イエティに声を届ける。

「ではあなたが持っている”凍土らしい秘宝”を精霊に捧げて下さいますか。なんでもしてくれるなら、それがいいと、赤の運命が仰せなのです」
『<運命!?>』

(ルーカさあん!?)
(言葉選びを反省します)

決着をつけてしまおう。

『<ご、強盗? ぼくの持ってる宝石類は……凍土の仲間が生きていた証だから、ううう奪われたくないよ……>』

「いいえ合法的に話し合いが成立しただけのこと。奪うのではないですし、氷の精霊に捧げてくださったならそれで結構です。持ち去ることはございませんわ」

『<こわいよ!?>』

『こわい?』

キランと精霊の目が光る。
グダグダである。とてもグダグダしている。

相性がとても良さそうだ。
問題はイエティの精神的負荷だが、雪豹グループに目配せすると(あれは人見知りだから)(そのうち慣れる)(20年くらいあれば慣れるかな)……とのことだったのでいけるいける!

ロベルトがこっそりと、レナに耳打ちした。

「では”静”の長のイエティさん。このたびの凍土の騒動をおさめた功労者であるレナパーティと、動物の避難誘導をした”動”の長である雪豹グループが問いますわ。イエティ族の名にかけて、氷の精霊様には凍土にいて頂くのがふさわしいと思いますか?」

ぴた、と動きが止まった。

イエティも、氷の精霊も。

二人ともが真っ青になっている。
湖よりも顔色が青い。

この答え一つで、氷の精霊と凍土のこれからが決まってしまうのだと理解した。

『<……凍土にいて頂く、以外の選択肢ならなにがあるんだい?>』

「レナパーティが彼女を連れて行って、魔王国の近くでお世話をすることになるでしょう。その場合、凍土に何かあってもすぐに駆けつけられませんし、精霊様は凍土の民の支持を得にくくなります」

『<……いて頂く、なら必要なものって?>』

「みなさんの支持と精霊のよりしろです」

イエティは聡明だ。コミュ障なだけで。

精霊についておそらく詳しく知っている、とレナは思った。
精霊とは、支持者が多いほどに力を増し、コミュニティに恵みをもたらす存在。国や土地、海に空、線引きができるところならば精霊が存在する可能性がある。

『<ううう動かないで。絶対に動かないでね……>』

イエティは精霊に念を押し、くぼみの大地を指先で掘って、ある宝物(ほうもつ)を掘り出した。

氷に包まれたそれは、砂時計のような形をしていた。
というか氷の聖霊杯そっくりの見た目で、レプリカといった方が正しいくらいだ。材料は劣るだろうが。

『<これは……先代イエティからぼくに託されたもの。大昔に氷の聖霊様がいらしたときに、このようなものがよりしろになっていたんだって伝説があるんだな>』

氷の精霊はギギギ、と奥歯を噛んだ。
とても複雑そうな顔をしている。
まさか、自分のことを言い伝えている生き物がいるだなんて思ってもいなかった。
──昔の信者のことを思い出してしまい、膝が震える。トラウマは根深い。

氷の精霊の足元が大きく揺らいだので、キラがあわてて世界情報にアクセスして整えた。
イエティリンガルの効果は切れてしまった。

『ーーーーー』

イエティがなにか呟いた。翻訳はされず北風に消える。

レナになんとなく視えたのは(ぼくなんて先代の足下にも及ばないけど……できることがあるならば)という気持ちだった。オーラは希望に光る七色だ。

「それを捧げてくれるのか?」

ロベルトが拡声器でイエティに尋ねた。
イエティはレナたちの方を向くとコクリと頷いた。

▽交渉成立!
▽イエティは 氷の精霊に よりしろを献上した。
▽氷の精霊は 凍土にとどまることを受け入れた。

『儂は、お前など、こわくないわッ!』

氷の精霊は悪夢のトラウマを乗り越えようと、虚勢を張る。

『<ぼぼぼぼくはこわいんだな。ひいっ!>』

イエティはなんとか精霊とコミュニケーションを取ろうと、頑張っているようだ。

「がうがう、ニャン♪」

幼い雪豹が混ざりに行く。
それに乗じて、雪豹たちが群れとなって精霊とイエティに向かっていき、尻尾をからめて匂いをつけて調和を誓うのだった。

やがて凍土の絆が結ばれてゆく。

もう夕方だ。
レナはデジタルタイマーを見て気づいたが、それにしてはやけに空が白い。
夕暮れで太陽は赤くなるどころか、白く輝きを増している。

古代と現代が混ざった<氷の楽園(アイスヘヴン)>としての”白夜”だ。
まだまだ未熟な氷の精霊がまぶたをこすった結果、太陽はすんなりと沈み、暗くなってしまったが。

暗いところが苦手(トラウマ)な精霊は白い体毛のイエティにしがみつき、こわがられて、嬉しいやら眠いやらで忙しそう。

レナが試しに氷の聖霊(・・)杯を撫でてみた。
氷の聖霊はふしぎそうに周りをキョロキョロしていたので、前ほどしっかりとは繋がっておらず、だんだんと現在の精霊杯のほうに存在が移っているようだ。

▽聖霊杯は持ち帰ろう。

「お疲れ様です。あとは帰宅して休んでください。報告はまず我々が行います。──ところでどうやって帰りましょうか?」

ロベルトが空を睨んでいる。
レナがポンと背中を叩いた。

「こういうものがありましてね。SNマッチョマンの種っていうんですけども」
「SM!? あっ聞き間違えました……SNとは? まるで磁石のようですね」
「まさしくその通りです。赤の聖地に片方のマッチョマンが埋まっていますので」
「字面がすさまじい……」
「もう片方のこの種を発芽させるとですね、引き合うんですよ。それはもう強烈に。というわけでオズくん、お支度」
「オッケー」

▽レナは 巨大な絨毯をとりだした!
▽オズワルドが [重力制御(グラヴィティ)] で絨毯を軽くした。
▽みんなが乗り込んだ。

「いきますよ。発芽!」

▽水に包まれたマッチョマンの種がぐんぐん成長していく──
▽スライムの[束縛技術]!

「ゴーーーーーーーーー!!」

悪夢のような魔法の絨毯による空の飛行でぶっ飛んでいった。

下から見ている分にはロマンチックな光景であったため、後日、魔王からあの魔法の見世物をして欲しいといわれたレナが、全力で断ることになるのは余談である。

▽赤の聖地に 帰還した。

聖霊対策本部が報告のため立ち去ったあと、レナたちはドッとエントランスホールに倒れ込んでいた。
巨大化したハマルの羊毛に埋もれて、今にも寝落ちしそう。

キラには人型になるように言って、レナは腕枕をしてあげようと言い放った。

キャーー! イケメーン! レナ様従えてー!
羨ましがった他の従魔が来る前にここにこなくていいのかな!というレナパーティ総出の悪ノリで、キラが強制休息させられた。

「よーしよし」
「マスタァーーー? 前が見えませんっ」
「そうしてるんですぅー。キラ、後半フラフラだったでしょ? でも放っておくと後処理頑張ろうとしちゃうでしょ。ルージュがまかせてねって言ってくれたから、頼ろうよ。じゃないとご主人様も心配になっちゃって眠れないなあ、疲れたのになーっ」
「……それでは休まないわけにはまいりませんね」

くすくす、とキラがくすぐったそうに笑った。
これまでせっせと作った自動セキュリティプログラムも動いていることだし。
人型であれば完全にスリープモードになれるように成長している。レナが「安眠を」と望んでくれたから。

しばらくは長めのスリープモードに甘えることにする。

(いつだって騒動の終わりは想定していた形とは違うけど、絆が深まったならそれもまたよし。かな……ふああ〜)

がんばったぶん、明日にはレアクラスチェンジが待っている。

▽レナたちは ぐっすりと眠った。

▽凍土の調整が 完了した!
▽お疲れ様でしたー!

 

 

 

 

 

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