343:雪山のイエティ1

レナたちは針葉樹の森林を出て、湖にやってきた。
ぽっかり開いた湖面の近くには、白竜と天使族の姿はない。

「あー……もし時間ヤバかったら帰っていいですからね、って言ったもんね。うん言った。……だけどそれは天使族の方に対してであって、白竜についてはいてもらわないと帰りの便がないんだけどね?」

「マスター・レナってば不安そう、かわいそう。まあ〜〜なんとかなりますよ、いざとなれば呼び笛もありますし。ロベルトさんはこの凍土にレナパーティが居てくれたら最高なのになあって顔してますけどね?」

「していない。トラブルを起こさないでほしい」

「人のことトラブルメーカーって言いました? 残念ながらもう称号持ってるんですよねえ。セットしてみせましょうか〜」

「腹いせはやめるんだ」

レナとキラの愚痴にさらりと付き合い、こつんと拳の裏を合わせて(あとで白竜に文句言いましょう)(お腹が空いて狩りに行ってるとか?)(職務としては怠慢だ)視線で会話を終えると──ロベルトは湖の向こう側にある雪山を指差す。

「あそこにいるのが”静”の長であるイエティだ。その体は小山ほどもあり、巨人族をルーツとしている」

巨人族、長、と聞いてオズワルドの獣耳がヒクヒクっと動いた。
レナがよしよしと撫でてあげた。

人型の者はトナカイに乗り、動物たちが列をなして真っ白な雪原をゆく。
ときおり北風が吹いてきて、粉雪が肌をくすぐっていくのが心地いい。

雪妖精がリリーの周りをチラチラと舞い、たまにリリーが微笑みかけてあげるとハートの雪を降らした。色も淡い桃色だ。

『──ケッ』

と悪態をつくのは氷の精霊である。

さっきまで自分の言うことを聞いたと思っていた雪妖精がこのザマだ。リリーに首ったけで精霊のことを見ようともしていない。現代の凍土を統べるものとしてまだまだ力が足りないと思い知らされる。

氷の精霊は、あの懐っこい雪豹に乗っている。
体が雪のように軽いため足さえ上手に組めば、小柄な雪豹にも乗れてしまうのだ。

たわむれに雪豹の喉を乱暴に撫でてやり、精霊は、先頭にいるレナにぶっきらぼうに言い放った。

『氷の聖霊杯を落とすでないぞ。お前の手の中に貸してやっているのは特別なのじゃ』
「はいはい」

レナが苦笑していなす。
おっと、「こわーーい」

……そろそろダルくなってきたレナであった。

(うーん。教育は根気)

▽頑張ろうね!

(もしも精霊のよりしろにふさわしいものが見つからなかったり、元の聖霊杯がいいって言われたなら、その時は私がなんとかしてあげなきゃね。精霊をまた聖霊に戻すとなると……そこまで変えるなら私の[レアクラスチェンジ体質]か……。精霊を”従えて”しまったら、一体どうなるんだろう?)

──背筋が凍るような想像はここまで。
人の心が決めるようなことは、結果を迎えてから悩むべきだろう。

ポジティブに。
と自分に言い聞かせる。
イエティは精霊を敬い、素晴らしい宝物を快く譲ってくれてうまくいく。──かもしれないよね?

雪山が連なる中にはおかしな窪地があって、かまくらのようなぽっこりとした|はぐれ小山(・・・・・)があった。

ふわりとした表面で傾斜がゆるやか。うっすらと上部にたゆたうのはオーロラの光を模した結界。

「かまくらっぽい!」
「入口探そうぜ!」
「こらこら〜、クレハにイズミ。そのワキワキと動かした手はやめてあげましょうね? くすぐるつもりだったでしょ?」
「「きゃはは♪」」

「……こんなふっくらした雪見てるとさ、テンション上がってくるんだよな……」
「オズくん?」
「イ、イヌ科の獣人だからってだけ」

オズワルドが赤くなった顔をふいっと背けた。尻尾はパタパタしている。本能的なものだから仕方ないのだろう。

逆に、ネコ科の獣人は寒いのがあまり得意ではないらしく、ルーカとレグルスは尻尾を縮こまらせている。
ここにはまるでビル風のように独特の冷風が吹き込んでくる。それでも表面が微動だにしない小山は明らかにおかしかった。

ロベルトは、雪の小山にむかって叫んだ。

「おーーーいイエティ!……ニャアーーー!」

雪豹語で。
──部下たちの目から光が消えている。笑わずに済むように、感情を殺しているのだ。

ニャア、は山々にこだまして何度も響いた。

(雪山でもこだまってあるんだ?)
(こだまっていう魔物がいるからね)
(なんと!)

こだまのたびに恥ずかしさが増していく。感情は殺せ。

イエティ、とバレている。
ここに自分がいることを狙ってきた”動”の長からは逃げられない、と悟ったため小山が動いた。

ずずずずずず、と小山は横向きに回転する。

「わっ!?」

地響きによって周辺では雪崩が起きて、雪妖精がそれらを魔法で丸くまとめてスノーマンの形に変えてしまった。6段重ねだ。

周りは雪だるまだらけのファンシーな光景となった。

90度回転したところで小山が止まり、頭(・)がわずかにレナたちの方に向く。
ごくり、とレナたちが唾を飲み込む。

なんて巨大な顔!
青い肌に、全身を覆うふさふさの長毛の毛。体育座りのように膝をかかえて座っていて、それを幻覚で小山にみせていたらしかった。
これまで目にしたことがないタイプの魔物で、顔つきは若者にもおじいさんにも見える。表情はカチコチにかたまっているので大変怖い印象だ。

口髭が揺れたので、どのような大声が降ってくる事やらとレナたちは足をふんばった。

『<なにしにきたんだぞ?>』

(声小さッッッ)

キラが<イエティリンガル>で翻訳をしてくれたが、北風にも負けるほどのささやかな声であった。

音量アップは今のキラには厳しいようだ。
たくさん魔力を使ってしまったせいで、レナの懐で休みながら翻訳をするのでやっとである。

「イエティ、用があるんだ。……それにしてもどこを向いている? こっちを見降ろしてくれないか」

ロベルトが声を張る。

イエティはというと、ずっと虚空を眺めている。
体毛の先がまるでツララのように鋭利に尖っていく。まるで警戒するハリネズミ。……いや、だらだらと流れた冷や汗が凍土の冷気で凍った結果なのであった。

イエティはもじもじしている。
ロベルトが小声で(悪い奴ではないので……)などと苦しいフォローをした。

早くも(曲者の気配)を察したレナであった。

『<……い……いやだ……いやだいやだいやだ〜〜〜〜。ううううう視線、視線を感じるんだぞ。うん。たくさんの生き物が下にいるんだろ?……こっち見ないでえ……ぼくは山、自然、そこにあって当たり前の空気みたいなものであって進んで関わるようなものではなく。無視してくれえええ〜〜〜〜>』

レナがハッとした。

(これカルメンとかぶる感じ!?)

カルメン=無視を悦ぶタイプのマゾヒスト。

▽今そういう場合じゃないよ!
マゾヒスト系統の心配をするあたり、レナの感性がとても残念になってきていた。世の中そんなにマゾヒストは多くないはずだ。多分。

(サディストの称号使ったらすぐ話が済むかな?)
(傷を広げるのはオススメしないよご主人様。手伝うから視線を貸して)
(はーい)

ルーカに手伝ってもらうことにして、黒紫の目になったレナが話しかけてみる。

黒紫の目を瞬かせると、イエティは紫色のオーラを纏っていた。暗い色のオーラは、その人物の気持ちが沈んでいることを示す。

どうやら環境変動に協力をせずひとりだけ雪山に引きこもっていたことを後ろめたく思っているようだ。であれば、これから協力をしてくれるように前向きになれる誘導をしてあげたらいい。

世間知らずに説いてあげることは、ルーカの得意分野であった。

「すみません、イエティさんに用があって〜〜!」

『<こっちは用なんてないんだぞ>』

(ちっちゃいけど悲鳴みたいな声だね……)
(オーラが濃くなり、罪悪感が増した。彼はずっと引きこもっていたため、対応の仕方がわからなくて動揺している。ほら、下唇を噛んでいるね。畳み掛けるよ!)

▽レナパーティは慈善事業ではない。
▽依頼を受けて凍土の調整をしにきた冒険者パーティである。

「本当にそれでいいんですね?」

『<えっ>』

「用がないからって、話し合いをしなくてもいいんですね……!? それでは”静”の長さんのご了承はいただいたということで、”動”の長さんと話し合って今後の凍土の在り方について決めておきますね。なにせ湖が壊れて鉄砲水が噴き出したのを、みんなでなんとか納めたところだったんです。早めに方針を決めておかないと、また対応が遅れてしまいますからね〜」

『<ちょ、ちょっとちょっと……それはちょっと……>』

「声が小さくて聞こえません」

『<ちょっとおおお……!>』

「まあ及第点でしょうか。よくできました」

体毛がしんなりして、イエティが照れてしまったようなので、ここで舵を切ってみよう。

「私の方がもっと上手く鳴けますけどね。オーーホホホホホ!!!」

レナの中にいるルーカが暴走してしまった。

(舵の切り方が雑!! 何してるんですか!? イエティさんがぽかんとしちゃったじゃないですか!)
(いやテンション上がっちゃって……ゴホン。重要人物に赤の女王様が初対面するんだからこれくらいしといてもいいでしょ)
(この宣教師!)
(というのが本音で、建前はこっちのペースに引き込むためだからさ。あれ?)
(本音と建前の嘘がつけないようですね)
(共有してると、そのようだ。ちぇっ)

▽あとでお叱りね。

「さて改めまして、私は魔物使いの藤堂レナと申しますわ。凍土の環境変動に関わることになったため、あなたに言──まあ、なんてこと!?」

そんなに驚かれると、イエティも思わず気になって下を見た。

これまで見たこともないくらいたくさんの動物や魔物が、自分を注目していて心臓が縮み上がった。

真ん中にいる三つ編みを風になびかせた小さな少女が圧倒的存在感を放っていて、なぜか目が離せない。

『<ヒッッッッ>』
「あら、ごめんあそばせ。こわいですか?」
『<こわいこわいこわいこわい………>』

『──こわい?』

それに反応したのは、もちろん。
レナが乗るトナカイの影からひょっこりと頭を出した、氷の精霊である。

(特別な存在だ)

イエティは凍土の生き物としてはっきりと実感した。長毛にかくれていたつぶらな目が丸くなって、氷の精霊を凝視した。

やたらと存在感を放っていたのはこの氷色の美少女の方だったか、とレナからは視線が逸れた。

▽今だ。

「こちらにおわしますのは”氷の精霊様”」

精霊に集中しているからこそ、レナがまた語り始めてもイエティは下を見続けることができた。

そして氷の精霊はダイヤモンドダストをまとい、幻の雪妖精をはべらせて、足元から七色のオーロラを立ち上らせている。
太古の光景をリアルタイムで見せつけられた衝撃は相当なものだった。

……ネタバラシをすると、従魔たちがこっそりと暗躍してこの光景を作ってあげたのだが。

レナの横に宣教師のルーカが並ぶ。
それでもイエティは目を背けない。
よしっ!

▽宣教師に選手交代だ。

「彼女は凍土の危機にこそ現れてくださいました。凍土の”動”の長を中心とするコミュニティは、こちらの氷の精霊様を支持し、これからの凍土を守っていくと決めました」

危機を引き起こした張本人でもあるのだが……凍土の底が怨念と汚泥で汚れていたことも原因だったのだし、ギリギリ嘘ではない言い回しでカバーしていく。
うつくしい嘘も時には必要なのだ。
とくに、困難から奮起するときなどには。

「イエティは”静”の長。ともに彼女の手をとることを許しましょう」

許す。
その言葉はイエティによく効いた。
ずっと罪悪感を募らせるばかりだった。最期の一体となったイエティ族がこのような引きこもりの臆病者であるなどと。でもどうにもできなかった。今なら精霊に許してもらえる。

たらり、と冷や汗がひとつぶ、青い皮膚をつたった。

ひょい、と氷の精霊が一歩を踏み出す。

それにビビったイエティは「ひえっ」と一歩ずり下がった。大地がどすんと揺れる。

にいいいいい、と氷の精霊が笑みを深めた。

また一歩。距離は縮まらない。
さらに一歩。距離は縮まらない。

ザクザクザクザク!! と氷の精霊がすばやく踏み出す。

イエティはあわてて後ろに下がっていった。

200年座っていた地面はなんとも珍しい水晶粒でできていて、きらびやかな光に埋もれて、ガラクタから高級品までさまざまな道具が蓄えられていた。

──”静”のイエティとは、その知恵によって動物たちを助ける立場であった。いつでもこの雪山地帯にいるので、困ったことを解決したければ動物たちはイエティに話をしにいく。

止まり木にしている針葉樹が倒れてしまった──それならば東の林の木に住処を変えてごらんよ。

薬草畑が落石に潰されてしまった──テコの原理で岩を退けてあげて、緑魔法をかけてごらんよ。

毒のある木の実を食べてしまったみたいで──洞窟の泉で水を飲んでごらんよ。

など、あらゆるものに詳しくて凍土で生きてゆく術を教えてくれた。

あの小さな声に助けられた動物は多かったのだ。それゆえに引きこもりのイエティであっても、凍土の動物が彼に向ける視線は優しい。

動物たちは相談のお礼に「綺麗なもの」を渡していた。

それらが足元に溜め込まれていた。
精霊様が気に入りそうな「杯」もあるんじゃないかな……相談しよ? と動物たちが主張したのも納得であった。

動物たちは大事な精霊様と友達のイエティを、心配そうに交互に眺めている。

いざとなったら体を張って動いてくれる”動”の長たちは、まだ動く気配はない。

 

 

 

 

 

 

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