342:”今”の凍土3

 

森林を再生してここでの活動は完了と思ったら、雪豹が一頭と、氷の精霊がいなくなった。

どうなっているのやら?
レナたちは様子を見守ることに決めた。

▽キラウィンドウで!

▽大画面には精霊の後ろ姿が映っている。

「精霊にまとわりついているこの白い光はなんだ……?」

ロベルトが首を捻っている。
同種族に関することなので、後方に控えていることが多い彼にしては珍しく、画面のすぐそばで鑑賞するつもりのようだ。

「エフェクトですね。この動画では彼女が主人公という視点でたのしm……ゴホン、観察をしてみようかと。精霊の心も分かるといいですよね」

「なるほどTPSなんだ。プレイキャラクターの後ろ側から客観的に見るやつ」
「もーシュシュってば、ゲーム脳っ」

「この子になってるみたいネー!」
「みなさぁんお菓子は足りてますかー? 私が出しますねー」

▽チョココの [|お菓子な魔法(スイーツマジック)]
▽雪が バニラポップコーンになった。

「鑑賞に集中するためなので」

「……レナ様。……まだなにも言っていませんが?」

「ふざけていられないってロベルトさんの顔に書いてありましたので。でも肩を怒らせて叱りつけただけでは精霊に心を開いてもらえないと思いますし。まずは知るところから。私たちも柔軟にいきましょう? はいポップコーン」

「……」

「腹ごしらえしたい動物の皆さーん?」
『『ニャアニャア!』』
『『ヒヒィン!』』
『『ルルル♪』』

「……ご配慮ありがとうございます」

レナが差し出したバニラポップコーンを、ロベルトはやっと受け取った。
ポップコーンの入れ物は樹人の葉っぱをくるりと丸めたもので、チョココはそれもお菓子にしてしまったのでクリスティーナとギルティアの背筋がちょっと寒くなった。

口の中でぱりぱりとポップコーンが弾ける。
甘さがみんなの疲労をホッと癒した。

ーーーーー
キラウィンドウには精霊の背中が映っており、葉をかきわけている。

低木をかきわけて道無き道を進んでいるようだ。手つきが危なっかしくて、白雪の肌にはちいさな擦り傷をつくり、そのたびに青みがかった氷がポロポロと溢れている。チッ、と精霊が舌打ちをしている。
ーーーーー

「太古であったなら木の葉はすすんで聖霊を避けていたんだけど、現代はそうではなくてギャップに困惑しているようですね」

▽ルーカ先生の解説が入りました。

「雪豹はどこにいるノ?」
「あっほら、見つけたようですよ〜!」

チョココとミディがきゃっきゃと画面の奥を指差す。

ーーーーー
『居たな。……はあ』

氷の精霊が眺める先には、まだ幼い雪豹が蝶々を追いかけている。
青いモルフォのような翅を持つ蝶々は、風に反してとまったり時折スーッと速く飛行したり、まるで雪豹を誘導しているようだ。

追いかけている雪豹の瞳はいやになるくらい青い。モルフォ蝶しか見ていない。

やがて氷のイバラに絡まって『ニャア!?』と情けない声をあげた。

氷のイバラはめきめきと雪豹の体を締め上げてゆき、モルフォ蝶が雪豹の周りに集まってきたかと思うと、氷のイバラを”呼び寄せた”。イバラにとまると、青薔薇となる。

この青薔薇が蝶々に擬態していて、”狩り”を行なっていたのだ。

トゲが刺さり、赤くしたたった血が雪面にじゅわりと染みて、根に吸収されていく。
ーーーーー

「やべぇ古代生物」
「多分、魅了も、してたよね……?」
「危険度が高い緑系統の魔物のようじゃ」
「いや魔物未満のようですよ。古代では普通の植物として生息していたものです。動かず素直に光合成だけしている植物の方が珍しかったんですよ」
「修羅の世界すぎる」
「こわいねー」

「研究者が解き明かせていない古代のロマンを世界構造と魔眼で丸裸にしていくのもっとやってくださいありがとうございます」
「メモを取れ!!」

外野がざわざわしているうちに、

ーーーーー
精霊は雪豹に近寄っていった。

さすがに古代植物の名残りを持つ氷のイバラは、精霊が通ろうとしたらズズズズ……と道を開ける。
うずくまる雪豹の手前で、精霊は足を止めた。

キューン……と雪豹はいじらしい上目遣いで精霊を見つめている。
ーーーーー

「助けてくれるために雪豹を追いかけたのネ!」
「いい子いい子です〜」

ミディとチョココはそんなことを言っていたが、ロベルトの表情は険しかった。

果たしてあの荒れていた精霊が、こうも早く善意で動くような存在になるだろうか?と。
諜報部での経験が、”生贄”という選択を導き出していた。

ーーーーー
さっきレナパーティが「取ったど〜」と見せびらかし、「凍土のセイレイである」と宣言したものが自分の前に現れたのだ。幼い雪豹が無邪気に信じてしまうのも当然であった。

精霊はしゃがみ込む。
それ以上雪豹に近寄らずに、腕をめいっぱい伸ばして、ツンツンと鼻先をつついた。
わりと急所なので”やめてやめて〜”と雪豹はぷるぷる首を振って、精霊の指がそれをしつこく追いかける。

氷のイバラがあるので後退することはできない。

精霊はニヤリと表情を歪めて言った。

『どうだ、こわいか?』
ーーーーー

「よ、弱いものイジメだーーーーー!!」

レナの叫びがおそらく大正解であった。

氷の精霊ときたら、自分が一方的にマウントを取れる環境をもとめてわざわざ幼い雪豹についていったのだろう。
生贄ではなくてよかったが……とロベルトがこめかみを押さえた。頭が痛い。

「器がちいせえ!」
「う、うわ、愉悦の表情してる……幼い雪豹相手にしょーもなぁ……」
「自分の格をガンガン堕としていってるね」
「こいつ精霊の自覚あるのか?」

散々な言われようにふさわしい、ちっちぇえ嫌がらせを氷の精霊は行った。
耳先の毛をつまみ。
ヒゲの付け根をグリグリし。
胸毛をもふもふしてやった。ちょっと嬉しそう。

レナは(あれいつも私がやってるアニマルセラピーに似てる……)と要らぬダメージを負った。
そして獣人たちは早く面倒ごとを終わらせて主人に撫でてもらいたくなった。

▽早く終われ。

(器が小さい……? あっ)

キラが世界情報を再確認する。
ルーカとリリーを呼んで、レナが持つ氷の聖霊杯を視てもらった。

「氷の精霊は、この聖霊杯という触媒から離脱しかけているようです。おそらく遠くに離れてしまったことが原因」
「そこまでして弱いものイジメを優先させちゃったの!?」
「”こわがられたいすぎた”んでしょうね……」
「私の教育ミスだ……」

レナがしょんぼりしてしまったけど、あの精霊についてはどのような教育をしてもミスだったという結果に至っただろう。

従魔がこぞって獣型になってレナの懐に滑り込んだので、もふもふパラダイスが出来上がった。
▽レナは ヤル気を取り戻した。

「聖霊杯とつながっていないとどうなるのかな? 器がちっちゃくなるくらいじゃないよね?」
「消滅するでしょうね」
「……避けたいな!」
「かしこまりました」

キラが指を二本立てる。

「一つ目。早く精霊を追いかけていって聖霊杯に近づける。二つ目。新しい器を用意してあげる」

レナはもふもふしながら考える。
お風呂に入ってる時にいいアイデアが浮かぶことってあるじゃん、リラックスは大事大事。

「……器との繋がりが完全に切れるまで、どれくらい?」
「24時間くらいです。このままのペースでいくと。精霊がみみっちいことをするたびに、聖霊杯との解釈違いが起きているので……」
「解釈違い」
「聖霊としてふさわしくないと世界にダメ出しされているってことですね」

レナが思わず白炎聖霊杯を見たのはしょうがないことであった。
無視快楽をこじらせているカルメンは大丈夫だろうか、と。

「カルメン様はもう片方の聖霊杯が、聖霊らしい素質を濃く残しているかもしれませんね」
「うわあ……うわあ……ナントカナル……」
「おいたわしやマスター」

話が横に逸れかけたところで、<ニャンっ>とウィンドウから悲鳴が聞こえてきた。

「精霊がどう対応していくのかあと数分だけ見極めたい。ロベルトさん、ステイしててくれますか?」
「俺は聖霊対策本部に所属していますからね」

微動だにせず画面を眺めているロベルトの目から光が消えている。
暗黒仕事モードに浸らせたくないなあと思ったレナは、ミディとチョココの癒しペアをロベルトの膝に乗せてやり、精霊の選択がどうか望ましい未来につながりますようにと願った。

ーーーーー
幼い雪豹はもうイヤイヤをする元気もなく、血が流れ続けたせいでぐったりと雪面に伏せていた。
パタパタしていた尻尾も手足もしんなりと、氷のイバラのトゲが深く刺さっている。

『フン』

氷の精霊はつまらなさそうに鼻息を吐いた。
息はこの凍土の外気と同じ温度なので、白く染まることはない。
涼やかな風が雪豹のヒゲをささやかに揺らした。

『死ぬのか? なんと弱いものだ』

雪豹はてろりと舌を出した。
顎の緊張も保たれていない。もう本当に力が出なくなっているらしい。
チッと精霊の舌打ち。

『儂の配下に弱いものなどいらぬわ』

すらりと出てきた言葉は不思議な響きを纏っており、おそらく古代の魔力が込められたもの。氷の聖霊として、幾度となく口にしてきた定型句であったのだろう。

『キューン……』
『はああああ。しかし現代にはなにぶん頭数が足りぬ。オマエ、いつか強くなるつもりはあるか?』

精霊が睨みつける。

『であれば請(こ)え。儂の配下になりたいと願うがよいわ。情けなく地に頭をひれ伏させて降伏の構えをとるのじゃ。──そうそう』

わざわざ言わなくてもとっくに脱力している雪豹はひれ伏している状態だが。
いじっぱりな精霊にとって必要な過程であったのだろう。
精霊の体が銀色の光を帯びる。

一歩踏み出す。

『儂の配下を目指すものに手出しをするか?』

▽こわい顔!
▽キャーーーこわぁい!
▽……というほどではないけど 逆らってはいけないと本能に刻まれているので 氷のイバラは退散した。

シュルシュルとイバラが解けて森の奥へと退散していく。
トゲが抜ける時には『キャイン』と雪豹が鳴いた。

『さて。儂は回復魔法など必要としてこなかったからな。獣を癒していたのは、雪妖精じゃったか』

精霊が唇を震わすと、北風に『ルルルル』という音が混ざった。
太古の歌は現代にどれくらい響くのだろうか──
ーーーーー

「行ってきて、いいよっ」

リリーが許可を出した。
避難動物たちの列に紛れていた雪妖精たちが、嬉しそうに飛び去ってゆく。

精霊の歌は雪妖精たちに響いたけれど、優先順位としてはどうやら、妖精姫(フェアリープリンセス)が優位らしい。

リリーの言葉が鼓舞になり。
雪妖精たちが氷の翅をこすり『リリリリ』『ルルルル』と音を立てながら北風に乗って飛んでゆく。

ーーーーー
『来たか』

ウィンドウ越しの精霊の声はホッとしているようであった。
現代においても古代の習わしが通じることが安心に繋がったのだろう。口元が綻んでいる。

雪妖精たちは精霊のほうを向いて、バレリーナのようにちょこんとお辞儀をした。

『この雪豹の傷を癒してやれ。儂の配下候補として、まだ生かしてやることにしたのじゃ』

『リリリリ』
『ルルルル』

雪豹の体の上で、雪妖精たちはワルツを踊る。
翅から白銀の鱗粉を降りかけて、傷口をまたたくまに治していった。

すっかり毛色が白銀に染められた雪豹が立ち上がって、ふるふると頭をふる。

『ニャア!』
『フン、救ってやったぞ。これにて儂に感謝したならば今後は鍛錬に励み、その弱い体を鍛えてみせるがよいわ。そうしたらいつか正式に信者と認めてやってもいい…………乗るな!舐めるなぁ!』

氷の精霊は雪豹にじゃれつかれている。
幼い獣はまだ、精霊の尊さや扱いかたなど知らないのだった。
ーーーーー

「……信者としてまだ認めていないなら、ラナシュ世界における精霊の存在理由として足しになりませんから、さっさと承認しちゃいなさいと後で進言しておきますね」
「キラ、お役所仕事してるみたいだねぇ」
「ゆるっゆるなのでバグを起こさないように努めていきたいんですよ。マスター・レナのご負担は私にも一緒に背負わせて下さいませ♡ いつもお疲れ様ですぅ♡」
「うっうっキラが成長してる……!」

昔、魔王国に入国する前後くらいにはレナの悩みのタネの一つであったキラの強引上等ハイテンションがこうまで落ち着いてくれるなんて。

(やっと、やりたいことに能力が追いついてきたからですよ。レアクラスチェンジさせてくださったマスター・レナのおかげ。昔はがむしゃらにラナシュ世界を乱そうとしすぎていましたからね──反省、反省。てへへっ。黒歴史フォルダにしまっておきましょうっと)

キラが照れたように微笑んでいたのが可愛らしかったので、レナも嬉しくなったが、レナの赤歴史も公開ではなくてフォルダにしまっておいてあげてください。
▽だが断る。

「そろそろ戻ってきそうですね……」

ロベルトが胸を撫で下ろしている。
ぺたんと伏せた雪豹の耳をミディとチョココが触っているのでやたらと美味しそうな匂いがついてしまった。

「道を外れてしまったあの雪豹は懐っこい個体です。これからもおそれずに氷の精霊にじゃれていくでしょう」

▽おそれてあげない宣言。

▽氷の精霊が戻ってきた。
▽ウィンドウとかお菓子とか 隠せ隠せ〜!

まず雪豹が駆け込んでくる。精霊の氷の羽衣を口にくわえて。それに引っ張られるようにしてかけてきた氷の精霊は、髪は乱れてぜえぜえと息を吐き顔色は青く、控えめにいってズタボロであった。ミイラ取りがミイラとはこのことである。いや待てよ。

「こわーーい(オバケみたいで)」
『そうだろうそうだろう!!』

涙目であった。

▽|こわがるの(リップサービス)は レナが適任なようだ。

むしろそれ以外の動物がまだ事態を把握していない。
こわがるというよりも懐いてしまっている。

▽聖霊杯と精霊の解釈違いが明確になった。
▽レナは あたらしい精霊媒体を検討してあげることにした。

シルフィネシアにおける精霊樹のようなものを想定して、ロベルトと相談をしていたのだ。
24時間のうちに、精霊の今後について決定する必要があるだろう。

「さっきここにいる動物のみなさんと話し合いをしててね……。雪山の方に行ってみない? そこには巨大なイエティが住んでいるの。今の凍土の”動”のリーダーが雪豹族、”静”のリーダーはイエティ族だからね。氷の精霊として一緒に行ってくださいな」

イエティは凍土のさまざまな宝物を集めているコレクターだという。
長寿ゆえにその収集数は恐るべき量だとか。
ただ、避難指示にも従わなかった極度の引きこもり体質なのが不安だが。

当たっていこうぜ!何もしないよりマシでしょう!

▽レナたちは 雪山に向かった。

 

 

 

 

 

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