340:”今”の凍土

 

▽ラビリンスが崩壊した。

脱出したレナたちは、光の中をリリーに支えられて一生懸命に上空に昇っている。

「んしょ……。!!」

天使族たちの[上昇気流]によって飛行が助けられた。ともにレナに腕を伸ばして、リリーの飛行を補助したのは、シュシュだった。翼が上下してしっかりと風をとらえている。

「あっ!? シュシュ……すっごく、飛べてるね!?」

「ふふ、天使族のみんなに教えてもらったんだ。ってのは確かだけど、一番は白竜の背中から放り出されたからかなぁ。自力でもがいててさ」

「自力って、いいよねっ、自分の力に……なるんだからっ」

もし天使族に全て任せていては、いつまでたっても自在に飛べたりはできなかっただろう。

助けようと手を伸ばした時にはすでにシュシュが自力飛行していたのだから、ディスは苦笑しているが。

赤い瞳でジーーっとシュシュの背中を眺めている。

(三対六枚の翼、か)

それを見てしまえば、カーバンクルを授かり天使に進化してゆくのはシュシュであると、明白であった。

(前回いらした天使風の従魔さんはおとりだったんだろう)
(HNうさぎパンチさんが仲間入りとか、パネェー)

複雑な事情をこの場にいる天使族が受けとめられたのは、ひとえに「ゲームメイト」として絆を深めていたからだ。そうでなければ、デビルガールのコスプレをしていた女の子なんて、どう扱えば良いかわからなかったに違いない。

なにが幸いするかは分からないものである。
▽ゲーミングラッキー!

レナは再び白竜の背に戻ってくることができた。
待っていた従魔たちが、わあっとレナに群がってくる。

「……捕食されるかのような……」
「シッ、静かに!」

天使族たちはハラハラしながら白竜の背を眺めていた。
なぜなら、先ほどまでの従魔たちの「自力で白竜の背に戻ってくる獰猛な戦闘スタイル」を目の当たりにしていたから。レグルスが生み出した火球を蹴りつけて足場にしていたり、オズワルドが重力操作して浮かんできたり……凄まじかった。

小柄なレナが押しつぶされるのではないかとヒヤヒヤしている。力加減をしている従魔たちをみて、ホッとすると同時に、冷や汗をかく。

(あの獰猛さがいっきに穏やかに……!これが魔物使い……)

天使族も魔物をルーツに持つ。
シュシュを見ていれば現在の天使族だって従えられるのだと分かる。
それゆえに意識してしまう。

レナのカリスマ性による親愛よりも、従魔契約による縛られ方のほうを……。

(おそらく氷の聖霊も従えられたのだろう)

慎重に、天使族たちは上空からレナパーティの在り方をうかがっていた。

「「レーーナーー!!」」

クレハとイズミがぎゅうっと抱きついて、髪をきらめく触手のように伸ばしたら、レナに絡めてシートベルトのように固定した。

さっそく何が始まったんだ!?とハラハラしたり赤くなったりしている天使族の前で、くりかえし従魔たちの穏やかな抱擁が行われた。
レナの手はいっぱいなので、みんなが抱きしめてあげる形だ。

小さな従魔たちはレナの腕の中でしめつけられてグエエっと声を上げたので、ごめんごめんと仲間がくすくす笑う。

▽健全だ、と天使族たちが安心した。

そんな中、レグルスがすんっと鼻を鳴らす。

「血のにおいが……」

ぐるるる、と喉から低い警戒音。

「主人が傷つけられたのならば、俺たちは怒ります」
「ステイステイ」

レグルスがレナの首筋のあたりにグイグイ顔を近づける様子はあまりに耽美。

天使族が指の隙間から眺めて「キャーっ」と呟く。
閉鎖的な場所で生活している天使族たちは娯楽に飢えている。

▽不健全だ!と天使族たちが興奮した。

「どこ?」
「確かに血のにおい……」
「ちょ……埋もれるから……」

オズワルドなど獣人たちが鼻を近づけてきてすんすんと嗅ぎにくるので、髪の毛先が触れて、レナはくすぐったくなってしまった。くすぐったいのにスライム触手で逃げられない、とんだ罰ゲームである。

「ああいうミニゲームありますよね!?」
「リアルゲームだ」
「クリア報酬なんだろう」

▽天使族たちのボルテージが上がっていく。

「……あっ。私が……[吸血]したからだね? 驚かせて、ごめんね〜」

リリーがペロリと舌を出して、レナの首筋に滲んでいた血をペロペロと舐めた。えぐれていた薄皮の上からエリクサーをぶっかけて応急処置をする。

……はーー、と獣人たちがため息をついた。
わずかに開いた口を舌舐めずりする。
唇がやけに乾いていた。

(……肉食獣の前で弱ってくれるな)と思った。

魔物使いの主人は、魔物よりも強いことを示してこそ従えることができる。その前提が崩れるような状況になってしまえば、契約が緩んでしまうかもしれないのだから。

危なっかしい主人に、思わず愚痴もこぼれるというものだ。

「地味に回復役がいないんだよな」
『レナ様がー回復を担ってくれているんですけどねー。ただ基本的に従魔に関する[従魔回復]ですしー』
「うわあ懐かしっ」
『そうそうー。あんまり怪我をする機会もないままここまできちゃったねー』

次に従魔にするなら回復特化の魔物がいい、と従魔たちが口々に言うので、レナは「考えておきます」とだけ返した。
こんな魔物に出会いたいなんて口にした結果は目に見えているから。巨大な幸運と絶大な悪運が「まってました!」と押し寄せてくるにちがいない。

▽増血キャンディを噛み砕いた。

▽天使族の祈りの回復をうけた。
▽いいもの見せてもらいましたから。

▽レナの貧血が回復した。

「っしゃおらあーーーー!」
「状況を説明するね」

レナの腕の中からすり抜けた金色子猫が、人型のルーカに変身した。

凍土用の分厚いコートをまとっているから体型は隠されているが肩幅は男性のそれで、えりの間からは喉仏が見えているし、金色の髪がなびいてネコミミがピンと立っている。

(ちょ、あのシルエットは……!?)
(あーあ、ディス副族長……)

墓地にて、天使族らしい桃色髪で現れた美少女そのものだよなあと、現実をつきつけられた。

(この凍土クエストでは、ずっと金色子猫だったので気付けなかった……)

HNうさぎパンチがリトルエンジェルだったのはなるほどと思ったが、まさか偽天使の方が男子だったなんて。

ディスの初恋が儚く散った。
ああ、綺麗な女子”だった”。

いやぁな空気を上空に感じながらも、ルーカは無視(スルー)した。
なまじ魔眼に長年悩まされていただけあって、どのような情報を受け取ったらダメージを負いそうか、かなり正確に察知できるのだ。悪運が招いた数少ない幸いであった。

ルーカは下を指差す。

「──ラビリンスは崩壊したんだ。あの中で、ハマルの夢の世界と怨念が混ざりあって、世界情報が混乱してぐらついてしまった。キラが情報整理してなんとか保ってくれていたのを、脱出したときに手放したら……この結果というわけ」

みんなは瞬きも忘れて眼下を眺めた。

凍土にラビリンスが溢れてきている。

ぐずぐずと氷が溶けかけていた湖の中央から、凝縮された冷気が鉄砲水のように吹き出していて、回りをまたたくまに青白く染めていく。

凍りついた木々にはおかしな氷のイバラが絡み、めきめきと折ってゆく。巨木であっても断面が空洞のものが多くみられ、もともと弱っていたのだろうとルーカが話した。
凍土には住む場所が少なくて、小動物たちが木の幹を掘ってなんとか暮らしていたのだと。

湖の氷はどんどんと砕かれて、濁った水と流氷が混ざった「陸の海」のように変化した。
割れた氷の断面は「薄く」「バリバリとしていて」この環境変化には耐えられなかったようだ。

「今の凍土って正直、貧しくて厳しい環境だったんじゃないかな。管理するものがいなくなったから、どんどん衰退していった」

ルーカの声はやけに淡々としていた。
ロベルトをちらりと一瞥すると、長い前髪が揺れて引き結ばれた口元が見え(思うところがあったか)と、あとは彼に託して沈黙した。

ただただ、壮絶だ。

おそるべき勢いで環境が変わってゆく。

「……俺たち雪豹は……」

ロベルトは珍しく、言葉を迷いながら呟いた。

「……ずっとこの凍土の地で生きてきたが、豊かではなかった。そう知ったのは魔王国に行ってからだ。豊かな緑の実りと太った動物たちを狩り集め、腹がいっぱいになるまで食べたのは初めての経験だった。

凍土では在るものを利用して生き延びていたが、命を繋ぐくらいの狩りをしたら解散するのが雪豹の掟だった。腹をすかせておくのは俊敏に動くため、限りある恵みを次世代にも残すため。そう受け継いできたが……

弱い草食獣などは食うものがなくて凍土を出て行った。そして草食獣がいなくなったらますます肉食獣が腹を空かせる。不規則な環境の変化で植物もよく枯れた。じりじりと追い詰められているのは感じていたから……。……先日、この凍土に来たとき、仲間にはもう逃げろと言おうか迷ったな」

レナを横目で見ると、しょんぼりしていたので付け足した。

「しかしたまたま運が良く、環境が良い時期だった。植物は余分にあったし痩せすぎた雪豹もいなかった。だから言わなかったのは、俺の判断だ」

さらに付け足した。

「ここまで語ったのは、君たちが採取などを申し訳なく思ってしまいそうだから。ほら、スクーを見てみろ」

「私ですかっ!? へへ、採っていいと言われて必要なぶんだけを採ったんだから、なにも悔いるところなんてないですね」

ロベルトにヘッドロックされたスクーは、飄々と言って笑みまで浮かべてみせた。

「常に万全ではなかった、ということだけ汲み取ってもらえたらいい。今の環境変化を知るために、必要なのはそれなんだろう?」

ロベルトは分かっている。
とはいえ、感情的になり敬語も忘れて吐露するほど心には”クる”事情だったのだ。獣耳がわずかに伏せている。

スライムシートベルトをしているレナは撫で技術を発揮することもできない。
むしろレナが落ち込んでしまっているので、従魔たちが主人を撫でくりまわしている。

ルーカが問いかけた。

「ロベルトさん。元(・)の名前はなんだったんですか?」
「……今、ロベルト以外の者はここにいないさ」

ルーカの問いに答えたことで、ロベルトはやっと私情を切り離すことができた。
ここにいるのは聖霊対策本部長ロベルト、そのための思考だけしなければ。

ここで足並みが乱れては困るのだ。
情緒の乱れは、情報の乱れ。
名前の乱れも、情報の乱れ。

整えるものはわずかでも少ない方が、キラが世界に集中できる。

「マスター・レナ。お願いできますか?」
「これね。スキル[従魔回復]」

レナのおだやかな声と抱きしめるような魔力が、従魔たちを包む。
みんなの心が整ってゆく。

ラビリンスを出るときにも、キラに同じお願いをされていた。

「あとはどうか私に期待をして下さい」
「キラ、きっと大丈夫だからね。幸運があなたに味方してる」

レナが言ってあげると、キラはもうひとつおねだりした。二人だけの秘密にするために、ウィンドウに”日本語”で示す。

<下級神(キラ)って呼んで!>
「ルビ!?」
「さあ、せーの」
「…………キラーーー!」
「はあーーーーーーい!」

▽レナパーティは 茶番が大好き!
▽楽しくって肩の力が抜けて いい結果出せちゃうんだから!

キラは人型で白竜の頭に登ると、両手を指揮者のように掲げる。

白銀のウィンドウがずらり──と1000ほど宙に現れて、それぞれに銀の文字列が滝のように流れ続けていた。

キラが腕を交差させる。
重なっていたウィンドウが、横一列にきれいに整列した。

「あっ、氷が……いろんなところに散乱してたのに、まとまって大きな一枚になったよ!?」

キラが腕を下に降ろして、文字列をスクロールしながら|不要な箇所(ラビリンス)を削除。

「氷に埋もれてた倒木が浮かび上がってきたあああ!?」
(上の薄氷のデータを消したのか……)

乱れていた文字列を加筆修正。

「……!氷のイバラが倒木に巻きついて、起こした。マッスルだね」
「森林地帯のような光景だな。生きた木じゃないのに並べてみせてどういうつもりだ?」
「しかし綺麗じゃな〜」

そう、美しく。
キラが腕を振るう。

情報が整ってゆく。
並びは美しく、無用なものは排除され、ちょっとの無駄はおちゃめに加筆しておいた。

「これまるで<|氷の楽園(アイス・ヘヴン)>じゃんか……!」
「「そうなんだー」」

▽ギルティアの言葉と 仲間の賛同が 決定打になった。
▽キラが情報をフォルダにまとめた。
▽名称を変更しますか?──<|氷の楽園(アイス・ヘヴン)>

白竜の頭の上で凍土のほうを向いているキラの横に、ルーカが並んで、レナたちのほうをみて礼をする。

「それではお聞き下さい。古代の話を──」

ルーカは朗々と話す。
紫の目をやんわりと細めて、古代の生き物のたくましい生き様を語る。

「高くそびえる針葉樹。からむ氷のイバラは棘で生き物を狩り、滴るあたたかな血は氷河に流れて、肥えた魚が丘の生物の餌となった。
巨体の熊に氷の鱗を持つ竜、ツノで雪崩を起こす賢いトナカイに、雪に紛れて走る雪豹。──古代ヒト族はその種を聖霊に捧げて信仰を示すことで、加護をさずかりこの地でもっとも繁栄していた。儚き古代の夢のあと、そして現代に受け継が…………れないっ」

「「れないんかいっっ!」」

クレハとイズミが大げさにズッコケた。
するとレナも引っ張られるし、側にいた従魔たちも全員でずっこけるハメになる。すってーーん。

『俺様の背中で遊ぶな!!』

こればかりは白竜がごもっともであった。

「あははははっ、ごめっ、ふふふ。ほら僕笑い上戸だから」
「宣教師の布教の途中にそうなっちゃう??」

「それはさておき、ラビリンスから吹き出た古代の名残を、現代にうまいこと”フュージョン”させてくれたようだよ。下級神様(キラ)に感謝だね!」

ルーカが優雅なお辞儀をすると、その所作の美しさだけでみんなの言葉(モンク)を奪ってみせた。

▽ディスは なんだか心に深い傷を負った。

「──さあ、新たな凍土がこちらです。ジャーーーーーン!」

並びたつ針葉樹林は面積が広く、根をはれば大地をしっかりと固定するだろう。
山々の裾野には氷のイバラの原っぱ。

湖はどこまでも透き通った冷水を蓄え、まあるく開けている。周りは分厚く頑丈な氷に覆われていた。
氷のうえを渡って湖面にゆけば魚がいると、子熊たちが鼻をひくつかせながら向かっている。

冷えた空気を撫でてゆく風にはきらきらの白銀の粉が混ざっていて、凍土のはるか奥に隠れていた雪妖精たちが遊びにやってきたのだ。

綿毛の種が妖精の足取りとともに舞いあがり、あちらこちらに飛んでゆく。きっとすぐに芽吹きをもたらす。種をそのまま食べた小動物もいる。

動きが生まれることで、命がわずかずつでも着実に潤ってゆく。

「なんと……」

ロベルトが絶句して、ゆっくりと獣耳を立たせた。

これからの凍土は変わってゆく。
古代の名残りを美しく取りいれて、現代のものたちが暮らしてゆくのだ。

▽凍土の修復が 完了した。

▽白竜が湖の側に降りた。
ドラゴンの羽ばたきにさえ、氷面はびくともしない。

ドドドドドド……と雪を巻き上げて雪崩のようなものがやってくる。避難していた凍土の生き物たちだ。

みんなこの光景に感動していて、いち早くロベルトやレナたちにお礼を伝えようと走ってやってきたのだ。

足を包む雪の心地いいこと!
べたつかず重すぎず、適度な柔らかさ。サクリサクリと楽しくってどんどんスピードアップして来てしまった。

レナの斜め後ろで、ほとんど透明の氷の聖霊がびくりと震える。

この時代に生きるたくましきもの。虚構などではない生の命がまぶしくて、聖霊なんて恐れやしない行進のなんとおそろしい。

それなのにレナときたら、氷の聖霊杯をむんずと掴んで、堂々と上に掲げるのだ。

「とったどーーーーーーーー!!」

獣の歓声が空高く響いた。

 

 

 

 

 

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