339:ラビリンスは夢の中4

ハマルは、夢の世界がじわじわと侵食されて自分の手を離れていくような感覚を必死につなぎ。
キラは、この場に現れた冷気が、目覚めている方のラビリンスから無理やり持ってきたものであると分析した。

夢と現実の境目がぐちゃぐちゃだ。
自分たちがそのぐちゃぐちゃに呑まれたって、夢の世界であれば悪夢を見たような心地で目覚めるだけだろう。

でもできれば、怨念だけを倒して、氷の聖霊をレナへと届けたい。

こんな時、レナを見てしまう。
自立できるようにね、なんて主人に望まれて技能を磨いていたって、まだまだすがってしまうのだ。

レナはわずかに揺らいだり透明になったりしながらも、スッと背筋が伸びていた。

従魔として、気を引き締め直す。

『いよーし。新しい夢を増やしてもいーい?』
「ハマルさんの存在に似ているものでしたら!」
『じゃあねー』

ピカリと紫の光が[夢吐き]されて、超巨大なスライムとなった。

「……シャボン、あれはシャボンにしてしまいましょう! ちょっと尖ってぷるんとしたシャボン判定とするには……中をくり抜いてくださーい!」
『はーいっ』

風船ガムを吹くようにハマルがスライムに鼻先を突っ込み、プクーーっと膨らませてゆく。
スライムは10メートル級の高さになった。
……いっけね、シャボンシャボン!
弾力強めのシャボン!

▽冷気が凝縮して 氷の剣になる
▽約一千本が 宙に浮かんだ

▽聖霊の 氷の一千突き!

▽シャボンが はね返した!!

ボヨヨヨーーン……とスラ……シャボンが揺れる。

「あーーっ割って!割って! シャボンならさすがに割れますからシャボン判定にしちゃってどうぞ!」
『忙しい〜〜っえいえい』

▽ハマルの ボディプレス!
▽スライムシャボンが 割れた。
▽ハマルは スライムまみれになった。
▽泡で洗って洗って! ごまかせごまかせ!

((ふうーーーーっ))

二人が肩で息をしながら、敵を見据えると、氷の針のむしろのようになっている。

晶文の言葉からしても、青の剣が刺さった周辺を凍土にしてしまうような魔法なのだろう。
勝手に領土を広げるようなめちゃくちゃなものだ。

「……カルメン様が記憶を取り戻したらになりますが、もし白炎の晶文も土地の景観を変えるものであった場合、聖霊と信者による土地取り戦が行われていたのかもしれませんね!」

『古代って野蛮〜。土地ごと変えるんじゃなくてーそこに在るものを惚れさせてきた赤の女王様を見習ってほしいものです〜』

……クスリ、とキラが微笑んだ。
ハマルの見解もレナの実績も大変面白い。
世界広しといえど、レナのように開拓してきたものは激レアである。

『こんなんじゃとても従えてーって思えませんね〜?』

ハマルの言葉の何かが、氷の向こう側に響いたのか。
──がくんと氷の一角が崩れた。
泥人形が頷いたのか、聖霊が崩れたのか、まだ分厚い氷にはばまれて真相はわからないが……。

『お、新たな氷魔法が生成されていませんね〜? チャンス』
「ここが攻め時ですね」

▽空から光が落ちてきた。
▽一直線に聖霊の方に向かって、ちゅどーーーーーん!

『えええええええーー!?』
「ちょおおっ、あれルーカティアスさんでは!?」

▽外部からの追撃は予想外だよ!

キラが慌ててウィンドウに指を走らせたところ、再びぐっちゃぐちゃに文字列が乱れており叫びそうになったが、金色の光を帯びているところにルーカの生体データを見つけた。
どうやら金色子猫状態のようだ。

『なんで外から来ちゃうかなー!? あ、レナ様飛び出していった』
「自動で動いてくださるマスター・レナ助かるぅ!」
『よっ、救世主ーーーー!』

ヤケクソである。
動き続けるレナにハマルは魔力を注がなくてはならないし、キラはレナの進行を阻害しないように空間データのほうを最優先で整えている。

「それあとで称号追加を検討しますからひとまずブクマしておきますね!!」
『ぶくま?』
「業界用語です」

別に世は救わなくていいやとかレナは言いそうなので、キラはブクマに留めた。
言葉遊びでもしていないとやってられない。

レナは寝ぼけて鼻ちょうちんを作りながら、分厚い氷をスライディングハイヒール(※ドジ)で砕き、マントを腕にからめるとヘナチョコアッパーで泥を殴り、赤い光で怨念の泥を弾きとばしながら、腕を伸ばした。

氷の聖霊杯と、ピンポイントで頭をぶつけて目を回している金色子猫を、掴んだ!

いったんバックする。
レナの腕は、金色子猫と氷の聖霊杯でもういっぱいだから。

穢れた泥が<返せ!>と伸びてきたが、赤のマントに触れたところからザラザラと消滅していく。
黒い魂を持つものはこのマントに直接触れたらダメージを負う、レナの称号効果をキラが夢の世界にも反映させた賜物であった。

泥人形は、かろうじて一体ぶんの形を保っているだけとなっている。氷の聖霊のような姿をしているが、泥まみれ。

レナの手の中の聖霊杯はうつくしく透き通っているのに。

「──こちらに聖霊杯があっても、あちら側にいるということは、これまでの人格は取り込まれたのですね」

虚ろな目はもうゆらぎもしなかった。
悲しみも苦しみもイヤだという言葉にすら成らない。

『……レナ様が氷の聖霊のだめなところ昇華しちゃったー?』
「まだしていません。そんなこと言わないのですよ」
『あうちっ』

キラがハマルの足先をコツンと叩いて、ハマルは大袈裟に痛がった。
そんな場を和ませようとした気遣いすらも、冷めきった空気がシーーンと鎮まるだけであった。

うとうとしつつレナは手に持った金色子猫を、ずいっとキラのほうに向けた。

キラが金色子猫のまぶたを「ちょいと失礼」と押し上げて、紫目から意思を受け取って、理解した。

「ははあ〜……なるほど。外に飛び出した一撃が白竜にクリティカルヒット、従魔が外に放り出された中で、ルーカティアスさんは運の悪いことにラビリンスに真っ逆さま。ラビリンスで眠る聖霊杯にそのままぶつかり、脳震盪でも起こしているのであろうと」
『脳震盪で夢の世界に来ないでよー!?』

ごもっとも。

ハマルが寝かしつけ直して、なんとかルーカの意思を聞きだす。

「”そろそろ外に出ないと危ないと見たよ”」
『落ちてくる瞬間によくそこまで視れたねー』
「”というか外側を見ただけで、ラビリンスの周辺が歪んでいたからもう限界と判断したんだ”」
『そんなにー……!? ラビリンスの出口ってどこだっけ』
「さっき光線が外に出ていったところと考えていいでしょう」
『脱出先がわかっててラッキー』
「”いやその風穴が無理やりこじ開けられたからラビリンスが揺らいだんだけどね”」
『アンラッキー!?そりゃあルーカも悪運に引きずられて落っこちてきちゃうかぁ……』

とんだ流れ弾を受けたルーカはしゅんとネコミミを伏せる。そのままくうくうと熟睡してしまった。しゅわりと夢の殻に閉じこもってしまう。

『ラビリンスで眠ったあと強い光でボクらを起こしてくれるのルーカの役目だったよねぇ、確かー!?』
「ええ、こうなったらプランBです、幸いにも上空にいてくれる天使族に光を届けてもらえるように取りはからいましょう」

▽ピコーーン♪
▽新着通知です♪
▽<期間限定イベントが実装されました。凍土のラビリンスに光あれ!>
▽<ワールド:ラナシュ>
▽<報酬:称号付与>
▽<期間:77秒>

(((押忍ッッッーーー!!!)))

と地上から声が聞こえたような気すらした。
期間限定ときたらすぐさまイベントクリアしないと間に合わない。しかも77秒。燃える。
手持ちの魔力をありったけ込めたゲー廃天使族渾身の祈りの光が、空からラビリンスにまで強く降り注いだ──

ハマルたちの意識が覚醒する。

ラビリンスで目覚めると、泥が氷漬けになっていて、聖霊杯がむき出しになっている。
起きがけに真っ先にハマルがダッシュして、その口に聖霊杯をくわえた。
ツノに乗せるように金色子猫も救出する。

天使族の光がまぶしくあたりを照らしていて、氷に光が反射すると、視界は真っ白に染まる。

足元がぐらぐら揺れていて、もう時間がないことは明らかだ。

『レナ様っおーきーてー』
「むにゃ……うん」
『はい聖霊杯』
「ありがと……」

レナはゴシゴシと目をこすって、パンと手のひらで自らの頬を張った。
それいいなあと羨んだハマルであった。

レナがヨロヨロしながら、ギルティアとパンドラミミック、金色子猫に小さくなった夢羊を、カバンや懐にしまっていく。

「リリーちゃん血を吸っていいよ」
『だあいすき♡♡』

リリーがレナの首筋に噛み付くと、血が吸われてリリーの瞳と翅が赤く染まる。
[ブラッディリリー]はレナの腰に腕を回して、ふんぬっっっと持ち上げた。

翅がばっさばっさと動いて上昇していく。

▽全力逃亡!

ルーカがふとレナに告げる。

『レナ、[逃亡者]の称号をつけて』
「……っ」

レナが、冒険を始めるときにガララージュレ王国から逃げたことで得た称号だ。

10メートルほど下の地上には、上空に向かって手を伸ばす泥がある。
だから[逃亡者]の称号が意味を持つ。

『ん?……そっかまだ聖霊の心があるって信じてるんだ。じゃあ好きなようにやってみせてよ、きっと上手くいく、僕の悪運でつりあいが取れるでしょ』

レナは、肩に乗ったルーカにお礼を言う代わりに頬ずりした。

レナの腕はやっぱり、ハマルにギルティア、聖霊杯でいっぱいだ。
だから声をかける。

「あーーーっ! こわいなぁーーーっ!」

ピクリ、と聖霊が顔をあげた。

「ちょーこわいなーっ! 私この聖霊杯ちょー欲しかったけどぉ、性格がこわーい聖霊が住んでいるから畏ろしくなってきちゃった。制御できるかな、えーんこわいよー不安だよ〜おおお!!」

▽まんじゅうこわい理論である。
▽こわいこわい、と言っていると こわがらせたい相手がまんじゅうをくれるという。

『レナは本当に相手のことをよく見てるなあ、あははははははははっ』
<ですねぇ。それこそマスター・レナの強さの真骨頂です>
『めえぇぇ♪』

もうこの世界から存在が消えようとしていた氷の聖霊が、ぎりぎりと唇を噛み締めた。唇に乗っていた泥が砕ける。

『──そうかそうか、そんなにこわいか、であれば目にもの見せてやろうぞ!!』

氷の聖霊はその姿を溶かして、冷たい空気となると上昇してきた。
光の中をまっさらな状態で進み聖霊杯に宿った。

どれだけの力が残っているのか想像もつかない。
ほとんど溶けてしまったのではないだろうか。
聖霊たるものが、土地のエネルギーをほとんど手放してしまうなど、自殺行為にも等しいが。

それでも人格一つでこのヒト族がこわがるというので、きてやったのだ。

▽氷の聖霊杯が ひんやりと冷気を帯びた。
▽古代ガラスがぎらりと光った。

「きゃーっ捕まっちゃったーっこわーい!」

レナがわざと甲高い声でいうと、レナの目の端からはひとつ涙がこぼれて、冷気に当たって氷となった。
ああ、こわかった。
こつんと聖霊杯の表面に当たる。

ちなみにリリーの飛行についてはマジで怖かった。
もともと非力(当社比)の妖精なのだから、自分よりも重いものを持ち上げて飛ぶのはかなり頑張っていたのだ。あとでたくさん褒めてもらわなくちゃね。

▽祈りの光で 怨念は昇華された。

▽レナたちが 脱出した。
▽ラビリンス<|氷の楽園(アイス・ヘヴン)>が 消滅した。

 

 

 

 

 

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