338:ラビリンスは夢の中3

聖霊杯が見えている!

レナのすぐ目の前だ。

あの強い意志があればハマルの指示がなくともレナはそれなりに動けるはずだった。
しかし、聖霊杯をとるために前進するのではなく、大きく後退した。

右手に鞭、左手にリリー。
レナの手はこの時、いっぱいだったのだ。

▽そういう所も従魔は好きだよ!!!

聖霊杯がまた泥に呑まれていく……。
隠れてしまった。

『でも場所はわかりましたからね〜』

「ええ。あの場所にあるのだから、目覚めてからそこに手を伸ばせばいい。泥の怨念を夢の世界で昇華してしまえば、あの聖霊杯を取ることを邪魔するものもいなくなりますね。……こちらに見えている怨念の泥の山も一気に小さくなりましたか。赤の後光を浴びてなお残ったものはさすがに少ない」

『あの光に焼かれて昇天って〜きっと気持ちいいよね〜いいな〜』

ハマルがほわわわんとシャボンの泡を昇らせる。
おそらく回想しているのだろう。

まだ野生だったころ、草原でレナの指揮する炎に焼かれそうになったこと。

あの容赦のなさに惚れて従魔になることにしたのだった。

「……。……最期がそれで報われたと思いますか?」

『ん? ボク的にはそう思いましたよ〜キラ先輩』

「それはそれは。マスター・レナがお喜びになることでしょう。きっと気になさっていますからね、怨念の魂の昇華のことまでも。……美しいように赤の教典に書き加えておきましょう」

『美談だね〜』

▽ツッコミが いない!

ボケ倒しである。
もともとボケ比率の高いレナパーティで少人数制などとればほとんどがボケで埋まるのだった。

▽あとはキラの采配次第(地の文に任せておきましょう)

「残った泥は強力ってことですが」

ハマルが展開していた銃に泥がまとわりつき、ベキベキと変形させた。靄(モヤ)となって夢が散る。

『うわ……なにかドロドロと叫んでるー。聖霊とべちゃべちゃ混ざってるね〜?』

美少女のような人型だった聖霊だが、泥の隙間から覗く体はもはや泥で引き伸ばされ押しつぶされ、無残に変形してしまっている。
氷のように透き通っていた瞳も濁り、肌は半透明でうつろい、かろうじて在るような状態だ。

なにを訴えようとしているのか。
口がぱくぱくと動いて、すぐに泥にまみれた。

リリーが、腕を伸ばして飛んでいこうとする。
レナはそっと抱きしめて制した。

そしてハマルの方を振り返り、その目はトロンと眠っていながらも命じるかのように瞬いた。

『──分かったよ〜レナ様は、リリー先輩を後退させたいんでしょー? だって聖霊のこと気づかって突撃しちゃいますものねー。いいですよぅ、スキル[快眠]〜』

▽ハマルがリリーを深く眠らせた。

リリーがかくんと頭を下げて、しゅわ……と白い靄になって夢の殻に吸い込まれていく。

あっちへふわふわ、こっちへふらふら、不安定だったギルティアも快眠状態に戻してしまった。

ここにいる身内はハマル、キラ、レナだけだ。

『ふぅぅ。ボクも維持するのが大変だったので〜眠ってもらえてよかったですー……ほとんど制御に魔力を持って行かれてましたから〜……』

「三人も現すのは難しい、ということがわかりましたから、必要な実戦でしたよ。お疲れ様で御座います。夢羊アルテミスリトルの力、これからもっと探っていくことにしましょうね」

キラが言い、ハマルがパチリと瞬きした。

白金色のまつ毛が星の輝きをまとって、ゆっくりと上下に揺れる。
巨大化しているのでそよ風が起こってシャボンがふわふわ浮上していった。

ひとつ弾けたシャボンの泡に当たった”泥人形”が、呻き声をあげる。
ハマルの背後から。

『あー!? 狙われてるぅ、このお!』

▽ハマルの ヒップダウン!

尻餅をつくように後ろに下がるとシャボンがぶわりと舞って、怨念は消滅した。それとともに泥が崩れる。

『あぶな〜。後ろにまわって夢の殻に手を伸ばしてくるとかぁ、ほんと残った泥って賢いんだ』

「ええ、怨念の凝縮度合いもマシマシですね」

『ボクらをいつまでたっても倒せないからイライラしてるー?』

「というか聖霊が持ちこたえているからでしょうね。怨念の矛先はそちらですもの」

怨念が聖霊に群がってもう随分と立つ。
それなのに消滅はしないし、すんでのところで持ちこたえている。

それはなぜか? といえば、絶望していないからに他ならない。

もう凍土にはこの聖霊が好んでいた光景はないというのに。
夢の世界には氷も冷気もないというのに。

滅んでなお存在する氷の聖霊の魂のありかは何か。
と考えれば、レナパーティにいきつく。

レナたちを倒せばこそ、聖霊が絶望するのではないかと、怨念どもは考え至ったのであろう。

他ならぬ聖霊の力であのヒツジどもを破滅させると。

『ねちっこくてヤナ感じ〜!』
「そりゃあ、怨念となって留まるほどのねちっこいのから特別ねちっこいのが残ったわけですから。超絶ねちっこ泥マンですよ」
『ネーミングが変〜』
「同じ言葉ばかり繰り返していると存在が確定されてしまいますからね」
『なるほどー』

気をつけまーす、とハマルが言った。
そしてシャボンヒツジとなって銃の夢を扱っている今の”自分のイメージ”を、あまり変えないほうがいいなと判断する。おそらく保たれている情報が混乱するだろうから。
今だってキラの指先はウィンドウの上をせわしなく動いているのだ。

(包囲檻や鉄網とかの保守的な夢は使えそうにないかなー)
うーん、とハマルが首をひねった。

(あと、そろそろ撤退? 起きたら泥が減ってるだろうから、さっと聖霊杯の実物を手に入れられる? でも聖霊の精神が融合しちゃってるのどうしよー。うーんうーん……)

『…………ん? キラ先輩音楽かけ始めましたー?』

「いえいえ静かなものですとも。なにせさっき派手に演出したせいでラビリンスの情報が揺らいできておりまして。自業自得の大変さっ」

『そっかー。じゃあこれって』

ハマルが獣耳をヒクヒクさせながら、聖霊の方を見た。

口の辺りの泥がぱかりと開き、音が漏れ出ている。

『寝言かなー』
「呪詛です呪詛! それも呪いの歌なんて軽いものではなく、聖霊が行う晶文(しょうぶん)です」
『うっそーーーー!?』

ハマルがめえめえと叫んだが、残念ながらキラの力を持ってしても、この晶文を「あれは嘘」なんて書き換えたりはできないのだ。

晶文(しょうぶん)はその魔法を極めたものが得る力。
極めてしまうほど世界に深く染み込んだ情報。

「聖霊って晶文使うんですね!」
『知らないことだらけだよー!』
「カルメン様も知らなかったでしょうね!」
『記憶片方ないですもんねー』
「起こさないように!」
『ですねー暴走したら〜ラビリンスが全部溶けてなくなっちゃうかもしれませんしー。もしカルメン様が消滅したらさすがにレナ様泣いちゃいますものー』

「それもお静かに、嬉しくってカルメン様起きちゃうかもしれませんから!」

『大丈夫ですよぅ、きっとー消滅してレナ様に泣かれるのが快感か〜? 起きちゃってレナ様に叱られるのが快感か〜? 無視がいいのか〜? 贅沢な三択で悩んで過ごしてしまいますから〜』

「……マゾヒスト(極み)の説得力ったらすごいものですね!」
『えっへん』

晶文は地を這うような呪詛の響きをだんだんと大きくしていく。
かつては美しかったのであろう詠唱も、かすれており、泥混ざりの氷を形成していく。

”──天と地と|禍々(カオス)のうち 青の剣は、地を凍えさせる
──光と闇と|狭間(カオス)のうち 青の剣は、狭間を拡げる

濃ゆき青が砕けたときには 氷の芽がはびこり 広がり 青の世界を成すであろう

畏れよ 凍れよ 骨の芯までも凍土に捧げよ

氷の中には永遠が在る 死すべきものを一千年残す
一千年 さらに一千年 そのまた一千年……

己の姿こそを後世に残したい愚か者どもよ 凍土にはべり肢体を霜の下に捧げよ

青の世界は 消えぬ怨念で出来ている──”

ケキャケキャケキャ! とぞわりと神経を逆撫でする笑い声が響いた。自虐の笑いだろうか。
紡がれた文句はところどころ別の言葉が乗っているようだ。聖霊の涼しげな声の上に泥の呪詛が乗ったのだ。

『自分たちが苦しかったからって八つ当たりする奴は緑頭の呪術野郎って呼んじゃうぞー?』
「すごい罵詈雑言を持ってきましたね」

罵詈雑言の代名詞にされるような言葉であった。

軽口を言いつつも、ハマルたちは緊張している。

 

 

 

 

 

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