336:ラビリンスは夢の中1

ラビリンス<|氷の楽園(アイス・ヘヴン)>が眠りについた。

白夜が青白い光をそそぐ神秘的な光景はそのままに、風はやみ、氷はきしみ一つ上げず、植物が震えこともない。
やんわりと瞼を閉じてレナたちが眠っている。
真っ黒い怨霊共もその念を、眠りの世界にいざなわれていた。

真っ白なままの現実世界をそっと置いておいて。

藍色の夢の世界で、ハマルの精神が目覚める。
ぱっちりと藍色の瞳を開いた。
そして、あくびをひとつ。

「よっしゃあ〜」

うーん、と腕を上げて伸びをして、夢羊アルテミスリトルの姿になる。

もこもこと羊毛を膨らませて大きくなって、約10メートルほどの高さになった。尻尾付近の羊毛で、レナたちが眠っている[夢の殻]をふわりと隠す。

これを守るために大きくなったのだ。

小回りは利かなくなっても、鈍感ボディで大体の攻撃は受けとめられるし、少々痛いのは好きだし、自分がいてもたってもいられなくなるのはレナたちが狙われた時だけだと自覚している。

(まあ、あの怨霊の狙いはなにかなーって思うとー、多分なんでもいいんだよねー。飢えているだけだからー。氷の聖霊の認められたいって飢えと〜、怨霊的には亡くなった時の飢餓がまざってる的なー?)

あのヒリヒリした雰囲気は知っている。
草食獣の本能が危険を訴えてくる。
ハマルが野生のヒツジとして草原で暮らしていた時、肉食獣に狙われた時に感じたものと同じ、首の後ろの地肌がヒリヒリとするのだ。

(ボクはきっと美味しいヒツジだけどー、喰われてやるつもりはないですよー?)

がおっ! と肉食獣を真似て大口を開けて、

『めえええええええ!!』

威嚇すると、怨霊たちは震えた。
震えただけだ。こちらを恐れる様子はない。

おや、と首をかしげると、ヒト型のキラが現れて解説した。

「おそらくアタマがよい存在ではないのですね。怨念として在るのは怨念だけなのですよ。煮詰まった感情は強いですが、それ以外の繊細な考えは、とうにあの世に昇華されているのでしょう」

『キラ先輩〜。寝ないのー?』

「不満そうにしないで下さいませッ。私、鉱物系の魔物だもんッ。んもうッ。でも、スリープモードになりましたよ?」

『ふふーん♪』

「満足そうで何よりで御座います。そして成長が素晴らしいです。私をスリープモードの省エネにできたことで、浅い眠りと同義になり、このように夢の中で動けるようにして頂けたのですから」

『キラ先輩に助けてもらえるの心強いな〜』

「左様で御座いましょうオホホホホホ!」

キラが高笑いすると、キンキンと遠くの方にまで音が響き、しかしこだまが返ってくることはなかった。

「壁はなし、はるか遠方まで空間が繋がっている。それが現実の<氷の楽園>と同じなのか、あちらは<青の秘洞>のように壁があるのか……検証することによって[夢の世界]とラビリンスの関連性が判明しそうですねぇ。いやあワクワクします!」

『研究熱心〜』

「マスター・レナの安寧のお役に立つことが私の存在意義で御座います♡」

キラがオホホホと高笑いして、ハマルがぷすすっと愉快そうに鼻を鳴らした。

▽怨霊は黒い小山となり うごめいている。
▽攻撃してくる様子はない……

『敵意はあるんだけどなー。知能が「飢餓」の唯一なら〜、なにも考えずにすぐに襲ってくると思ったんだけどー』

「なぜ飢餓なのか? と思考しますと、生け贄になっていた古代人がその状態になるシチュエーションは、飢饉によって氷の聖霊に生贄を貢いだ時、もともと飢えていた念。聖霊がいたずらに古代人を喰らった時、生きたいという精神の飢餓の念。聖霊を畏れた時、力が足りぬ自分たちの無力さからの飢餓の念、と考えてよいでしょう。……さて、あのうごめいている小山の中でなにが起こっているんでしょうね?」

黒い小山は眠っていない。
眠るような体を有していないし、眠りが必要なほど多様な思考を持ち合わせてはいないためだ。
怨念と泥がぐちゃぐちゃと震えるように揺れているだけ。

『ボクの感覚では〜、聖霊は眠ってそうー』
「概念とはいえ思考する存在ですからね」
『あの中で押し合いーの圧し合いーの〜、を知らなくてよかったねえ』
「想像するのもおぞましい光景でしょうから」
『業が深いな〜。そしてレナ様の幸運の恩恵にあずかれて感謝すべきですー』

ウンウン、とハマルは頷く。

『あ、でも微妙に反応があるみたいーうとうとしてるー? 生きている者の泥くさい洗礼を受けているの、初めてかもねー』
「私もいつか正式な神になった時に、地上には地道な生活があることをゆめゆめ忘れないように致しませんと」
『悪い見本みて学習してるぅ』
「学習しないのは怠慢で御座います」

──ビュン!

飛んできたのは泥団子であった。

『ちょっと!? ボクの毛並みが汚れちゃうじゃん〜!』
「まさかの攻撃でしたね。毒などは御座いませんか?」
『うん。ただ臭気がめちゃくちゃ嫌ですぅ。腐ったようなー』
「腐った卵の爆弾を思い出しました」
『ほとんどそれだよぉー』

ハマルは尻尾の星のかがやきをピカッと瞬かせると、モコモコの石鹸の泡が下からあふれ出てきてハマルの羊毛をまるっと包んだ。

今や、巨大羊がさらにひとまわり大きくなったシャボンヒツジ。
けったいな姿になることに定評があるレナパーティである。

『くさいの防止〜!』
「マスクもしますか? 時事ネタですよ」
『そーなの? 息がしづらそうなのは快感かもだけど〜、臭いが全く分からないのは不利なのでしょーがなくこのままにしますー』
「ハマルさんったらマゾヒストにして野生の草食獣!」

ただの事実を述べただけであった。

──ビュン!
──ビュン!

『めちゃくちゃ嫌なんだけどぉー!? ボクをここから退かせようってわけぇ?』
「あちらは聖霊を逃したくなくて留まっている。こちらはマスター・レナたちの夢の殻を守りたい。陣地は動かせないってわけですね」
『無力が悲しいですぅ』

▽ハマルは 夢を光らせた。
▽二丁の銃が 左右に浮かぶ。狙撃!

▽泥団子を 撃ち落とした。

「無力とは……」

キラがニヒルな笑みを漏らした。
ハマルはわりとイジワルに煽るようなところがあるから。

無力と言いつつ泥団子をことごこく殲滅していく。

ダダダダダダダダダダ!!
ドドドドドドドドドド!!

▽怨念どもが激昂した。

『──ッイイイイイイイイイイイイ──ッ!!』

歯ぎしりと金切り声と絶叫と恫喝と──様々な負の怨念を混ぜあわせた不快音であった。

あたり一面が撃ち落とされた泥まみれ。
その泥を”再利用”……ヒトガタを作り上げた。

にょろりと手足の長い二メートルほどのヒトガタ。これが古代人の姿というには体がねじれすぎている。個々のヒトガタの特徴が違いすぎていて、ずんぐりと頭だけ大きなものもあれば、ペラリと厚みが薄いものもあった。

「あー……亡くなった時の状態が反映されておりますね、おそらく」
『氷面に叩き落とされて潰れて広がったりー?』
「生々しいのでその辺にしておきましょう」
『ボクねー、草原で襲ってきたオオカミを崖の上から頭突きで突き落としたことあるんだあ。その時つぶれてたよぉ。オズには言わないでおいてやろーっと』
「優しいですね」
『ま、身内にはねぇ』

▽ハマルが マシンガンを[夢吐き]した。

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

焦げくさい硝煙が立ち込めて、ヘドロのヒトガタが狙撃されてゆく。
だって身内じゃないんだもん。
ちゃんとヒトガタだけ狙ってるよ!

『んー一体一体がバラバラだから、ヒトガタへの攻撃があの小山のダメージになってくれるわけじゃないねぇ。怨念さあ、こっちに八つ当たりしてくるのやめてくんないかなーもぅ〜。しかも泥が再生してるしー。ボクの弾は無限にあるけどー魔力が対価だから、それが尽きるまでですねー』

「そんなに地道にやるおつもりはないでしょう? 効率的に参りましょう」

『氷の聖霊が消えちゃっても困るしね』

「マスター・レナに顔向けできませんものね」

『ヤダヤダ〜褒めてほしい〜! ご褒美に叩いてつねって縛ってヨシヨシしてもらうのー』

「……成長した姿でおねだりするとマスター・レナは最近お戯れしづらそうですよねぇ」

『そうそう。だからねーヒツジ姿でやってもらうー外では』
「外では」

『館内ではぜんぶの姿でめちゃくちゃに縛ってもらいたいなあ』

縛られる、と聞いて一部のヒトガタが躊躇していたのは思わぬ発見であった。
怨念の原因となった生贄スタイルに、時代のトレンドがあったのやもしれない。

「マスター……不器用ですからね……」

いつぞや、縛り方がめちゃくちゃすぎてモコモコヒツジチャーシューが出来上がったことがあった。
自らの画像フォルダにしっかり存在している思い出をふりかえって、キラがまたニヒルなため息を吐いた。

ツッコミがいない。
キラだってボケたいのに。

▽戦闘中!!!!

いくつかのヒトガタがぐちゃりと混ざって巨大化した。
似た怨念が混ざったようだ。
10メートルのシャボンヒツジに対しては自分たちなど矮小だと気付いたのだろう。

『! 思考成長してきてる?』
「もとが古代人の念ですから、可能性は御座いますね。それにしても混ざり物の臭いの嫌なこと。数値が異常です」
『数値で測って臭気自体はシャットダウンしてるのずるぅい……』

ハマルが顔を顰めて、鼻先にしわを寄せている。

『効くのは[光]かな〜?』
「アンデッドやゴーストに準ずるものですからね」
『っしゃ。スキル[夢吐き]……聖なる光〜』

シュシュがお昼寝しながらみた夢だ。初めて天使族に会った日の次の昼に、うとうとと思い出していたらしい。
祝福の美しい音色とやわらかな光、よわよわしいようでいて相手に是非を許さないような絶対の清らかさ。
混じりけのなさすぎる光は、正しいもの以外が入りこむ隙がない。その性質こそが、怨念を凝縮して存在する”俗っぽい”アンデッド系統によく効くのであろうとシュシュは肌で感じていた。

シュシュが感じていた”アンデッドによく効く光”──

「概念確定しました」

キラが笑顔で告げる。

「『ゴーーー!!』」

光の矢が引きしぼられた。

凝縮には凝縮を、せっかくならやわらかい光でヒトガタの動きを止めつつ、黒い小山のほうを光の矢で打ち抜こうという作戦である。

あくまで光なので、物質(・・)としての核は保たれると予想した。

とりかえしたいのは「氷の聖霊杯」だ。

レナたちの夢の殻のように、あの小山に存在しているはずなのだ。
はるか氷の湖の下に落ちていった聖霊杯もこの夢の世界ならば拾える。

聖霊杯、夢の殻、どちらかを取られたほうが負け。

▽光の矢が 黒の小山に到達した。
▽跳ね返された!

『え!?』
「反射です、おそらく氷面の反射! 氷の聖霊が行ったのか利用されたのか……はじいて!」
『えええとすべり台、左右反転して上下反転して、オッケー天に打ち上げぇーー!』

光の矢は金属面をすべるように走って、パァン! と天に吸い込まれていった。

あたりはまた藍色に静まった。

『あれえ?』
「危機を脱しました、お疲れ様です。あそこはもしや
ラビリンスの出口の座標なのかも。夢から覚めて、帰るときに役にたつ情報です」
『ってーことは外に光の矢が行っちゃったのかもしれないー?』
「現実と夢の混ざり合い……ですか……あり得るかもしれませんね、ラナシュだし。白竜が撃ち落とされていませんように」
『ねー』

軽口で会話しながらも、キラがこの空間の分析をやり直している。

ゆらゆらと揺らぐ情報をすべて把握して、平均を割り出し、法則をつかもうとしているのだ。それがわかるまでの間は、戦闘はハマルに任せきりになるだろう。

ハマルはゆったり構えているようでいてレナたちの夢の殻という大事なものを守っているので、キラが言葉で緊張を解いてやるのも重要だ。

正直とっても大変だ。
でも、レナが信じてくれているから。

「さて。冷静沈着に真面目におふざけ、そして勝利の聖霊杯を掴みましょう」
『おー。……おやあ?』

<従魔:ハマルのレベルが上がりました!+1>
<スキル[レム睡眠]を取得しました>

『キラ先輩のそんたくだー』
「頑張っちゃいました♡」
『ちょうど、さっきの光の名残でレナ様たちの眠りが浅くなってたし〜。ボクが初めてのスキルを使っても上手くいきそう〜。直接応援してもらおーっと』

【レム睡眠】……浅い眠りで夢をみやすい状態にする。思わぬアイデアを閃きやすい。

「これをハマルさんの能力と合わせると、いろいろ面白いことができるはずですよ」
『[夢の世界]で[レム睡眠]……ようし、みんな〜、こちら側へようこそ〜』

レナたちの夢の殻から、ふわあん、と白い靄(モヤ)があふれ出た。
それはレナ、ギルティア、リリーの形になる。半透明で、つむったままのまぶたがひくひくと動いている。

『夢羊アルテミスリトルの声は聞こえていますかー。聞こえていたら手を挙げてー』
『『『はあい』』』

ねぼけたようなゆったりした声で返事をして、三人がそっと手を挙げてみせた。
うむうむ、とハマルが頷く。

『こっちにおいで下さい〜。どうかみなさま、力を貸してー。手札は多い方がいいですものー』

「ええ、ええ、何せあやふやなラビリンスのさらにあやふやな夢の中で御座いますから、みなさまの存在が確定されるよう技能を存分に使って下さい」

キラが心配していたのは、ラナシュ世界におけるレナたちの生存情報が壊れることだ。

わけがわからない生物のまま居られるならまだいい。
情報の波に流されて消失してしまってはたまらない。

かつて、ハマルが金毛羊(ゴールデンシープ)だった頃、幻といわれた種族であったためキラが生存情報を必死に繋いでいた。そんなものは無いとみなされて消えてしまわないように。
そのあとネオ種のミディを保ち、自らを下級神と定めて、キラも成長してきたけれど、このラビリンスの情報の適当なことと言ったら!

(泥々ヘドロが情報にまで食い込んでいるのはまるで嫌がらせのようで御座いますね。……)

とりあえず、レナたちは己の技能を見せつけることで、ラビリンスにおける情報確定を手伝って欲しいところなのだ。

『レナ様、応援を〜!』
『スキル[鼓舞]』
『ひゃああああ気持ちいいいい。あっリリー先輩、あの泥防いで欲しいですぅ』
『[魔吸結界]』
『すごいすごーいっ。ギルティア……どうしよっか?』
「なんでもいいから緑魔法系統を使わせてみて下さい。彼女が一番情報が脆い」
『じゃ、脆いってことは成長期だねぇ。もーっと強いものに、なんにだってなれる〜! ギルティアは泥に草を生やせる?』
『[わた胞子]』

白いふわふわが泥にくっついた。
しかし芽生えはしない。

「土壌が悪すぎますからね。未熟なわた胞子はこんなものでしょう。認識数が大事ですから指示はそのままに」
『はーいっ』

ハマルたちは、数と手段を増やした。

相手は、数を減らしながらも、氷魔法を練り上げているので攻撃力は上がった状態だ。

リリーの[魔吸結界]が氷のつぶてを吸い込んだ。

聖霊がうとうと眠っている今のうちに、聖霊杯を手に入れる。

「『バトルですっ!』」

 

 

 

 

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