334:凍土のラビリンス

「ここが……凍土のラビリンス」

レナが感嘆の息を吐いた。
それすらも白く染まって、ふわりと漂う。

「綺麗……!」

透きとおる薄青の氷の大地がどこまでも続いているかのようだ。広い空間に、まるで雲が地上に降りてきたみたいな、白い冷気が足元をくすぐっていく。

キンとつめたく澄んだ空気。
空は白夜。
神秘的な青白い太陽の光が、帯のようにふりそそいでくる。

「こんなのまるで楽園だぁ」
<そうで御座いますね……命名するなら<|氷の楽園(アイス・ヘヴン)>というところでしょうか>

キラ本体が、電子音をレナたちの頭に響かせる。
ここ最近では珍しく、レナたちについていくと言ったのだ。スカーレットリゾートの留守はルージュたちにまかせて。

<過ぎた名では御座いませんよ? 見当違いの命名などしてしまったら、空間にバグが起きて崩壊してしまいますからね。私がマスター・レナの御身の安全を考えないはずが御座いませんわよおほほほほほ>
「はいはい。ここにいる間、守ってくれるんだね。ありがとう」
<察してくれるマスターだあいすき♡>

ポシェットからちょっとだけ飛び出ているパンドラミミックの硬質な表面を、レナは指先でこしょこしょと撫でる。

そろり、とレナの首の横から顔を出したのはリリー。

マフラーの隙間からは小さく[体型変化]したハマル。

マントの布を腰に巻きつけたところからは、ギルティアのツタが現れた。外の様子を見ようとして、ころりと転がり落ちそうになって、ツタを絡ませてしがみついた。

「ちょ、スカート脱げるめくれるっ!? ふう、ポンポンアクセサリーみたいになっちゃって」
『ばぶぅ?……じゃなくてふっざけんなっ』

テシテシとツタで叩いているのだが、腰でツタがうねうねして綿毛ボディがぽんと跳ねているだけである。
▽可愛らしくて レナは和んだ。

「生き物がいないみたいだね」

近くにある葉も、花も、北風にそよぐこともない薄氷でできている。

「それともこの状態で生きているのかな? 凍土特有の花みたいな」
<生きている、というのが心臓の動きや脈の働きを指すのなら、生きているとは言えません。かといって道具的な造形物でもなくラビリンスから生まれたもの。なので、在るもの、とだけ認識するのが良いかもしれませんね>
「はーい」

レナがバイバイと花に手を振る。

「生き物で意思があるなら、こっちを攻撃してきても困るなあと思ったの」

これに驚いたのはギルティアだ。
レナがこんなことを常に考えているなんて、思っていなかったから。敵地の中ではあるけど、きれいに見えるものをあんなに優しい表情で眺めたりしていたから、従魔を使うから絶対大丈夫だと油断していると思っていた。

(……別に、あたしがしっかりしなきゃとか思ってないし。あの妖精も羊もテンション高い道具魔物も、のんびりしてやがるからあたしの保身が大変だって思っただけだし)

ギルティアがレナのマントの内側にひっこんだ。
寒くて、それから、ここにいるということはギルティアの住処すなわちレナの身を守ることになっても致し方ないのだ。たまたまだ。

「よしよし。ギルティアは暑さに強いぶん、寒さはきついはずだから、そこにいてね」
『は? 断る』

ひょっこり顔を出した綿毛頭は、素直じゃなさすぎた。
レナは(しまったあ)と苦笑する。

『へっぷち!……チッ。その花、摘んで食べさせて』
「捕食?」
『ちがう、交配。その土地の植物を食べたらあたしは多少影響されるから、寒さに強くなる。……ってクリスティーナさんが言ってた』

なるほどとレナが氷の花びらをつまんだ。
ギルティアの綿毛頭に差し出すと、沈み込むようにして交配されていく。

<[冷気耐性]が予想されています>

キラが言うこの可能性は六割程度。魔眼ではなくデータで予想するため、精度は落ちる。とくにラナシュとレナの進化体質の前においては。

「次にレベルアップしたら取得できるかもね。よかったねギルティア」
『それがまだなくてもかなり冷気に強くなったみたいだけどな。フン。……なにすんだ!』

ギルティアがこれみよがしに外に出てきて氷の葉の上に降りたら、リリーが捕まえて、レナの頭の上に一緒に乗らされた。先輩の褐色の脚があぐらをかくように組まれていて、がっちり押さえ込まれてしまった。

一瞬遅れて、ガッ!と氷のイバラがトラバサミのように出現し、ギルティアが先ほどまで降りていた場所を刺した。

『…………。た、助けたつもりかよ』
『え? そこにいたから、拾っただけ。んでも、結果オーライ♪』
<やーんリリーさん楽観的♪>
『やめろお前ら歌うな! あたしをダシにして楽しむな! くっそぉまたこの二人かよ!』

▽もちゃもちゃふわふわと遊んでいるリリーとギルティア。
▽言葉遊びを楽しむリリーとキラ。
▽あくびをするハマル。
▽あくびが移ったレナ。

▽そろそろ先に進もうね!!
▽氷の造形物には気をつけて。

氷の低木の間をすりぬけて、花を踏まないように歩いていくと、つるりと磨かれた氷の広場にたどり着いた。
まあるいスペースにはなにもない。
ただただ地表をすべる白の冷気と、ふりそそぐ青白い陽光が在るだけだ。

「ん?」

レナが目をこすった。

ぼんやりと透けるように、一人の乙女がそこに居た。

折れるように腰を曲げて、しゃがみこんでいる。
氷色のまっすぐな髪が、この凍土に溶けこむようにひろがっていて、陽光に当たったところがささやかに光っている。
雪で作ったように白い肌に、たおやかな細面。
横を向いているので、その頬がまったく赤くも青くもなっていない純白なのが、異質な美しさを醸していた。

冬の薄雲をいくつも重ねたような繊細な布をはおっているので、冷気に存在が紛れてしばらく気づけなかったのだ。
裾からのぞく足先には、なにも履いていなかった。

裸足と、薄衣と、氷色の容姿で透き通りながらこの空間に馴染む美しすぎる乙女。

そのような存在をレナは一つだけ知っている。

「聖霊……!」

キン、とレナの声が響いた。
まるでわざとその音を大きくしたかのように。
さっきはしゃいでいた時なんて比べ物にならないくらい、この空間において音が強調された。

それが聖霊だと確定されたのだ。
精霊でもなく聖霊であると、世界の定義においては自然の畏怖から生まれた存在であると。

乙女の顔がレナの方を向く。

いじわるな表情をしている、とレナは思った。

鋭い目がつり上がり、薄い唇が歪んでいる。目の青は、青い炎が燃え上がっているようにギラギラしている。ばらばらにひろがっていた髪の毛を北風が束ねて、乙女の顔がよりいっそうあらわになった。

(なんて冷たいの。凍えそう!)

レナの背中にブルリと悪寒が走る。

「……私の言葉でラビリンスの常識を確定させて、実態化してみせるなんてね。上手くやられちゃったなあ。その姿、凍土そのものみたいに綺麗だね、まだ若干半透明だけどさ」
『──ふざけた格好でここに在るお前に言われたくはないわ』

どちらの格好も常識的に考えたらふざけている。
聖霊は、薄着すぎて寒い土地にはふさわしくないし、レナもマントとマフラーだけを着込んでいて腕と脚は素肌を晒している。おまけに目立ちすぎる真っ赤なドレスだ。
異質感はレナの方が圧勝であった。しまったな。
常識的ってなんだっけ。
ラビリンスにそんなものはいらないんだよ!ってことで!でも常識感について確定しとかないと聖霊に一本取られちゃうから言及しちゃった!テへへ!

▽キラの 対応力が 上がった。

『──まあよい。どうでもよい。凍土にお前たちがいられなくなるのも時間の問題』

「ここ凍土じゃなくてラビリンスですよ。ちなみに<氷の楽園>って名前に決めました」

『──ええいうっとうしい。チクチクと氷柱の先端のようにつついてきよってからに』

「例えが氷っぽくてちょっと心地よかったです」

『──儂に返事をするな!!』

氷の聖霊はぐわ! と口を縦に開けて一喝する。
びゅう! と風が吹き付けてきて、レナは足を踏ん張るのに必死になった。
こんな時にハイヒールである。滑って転んでお尻を打った。

▽でもこれで悪運一つこなしたもん!!

聖霊はさらに身を沈めて、その細腕を氷の中に埋めている。
ぐぐぐぐ、と指先が向かう先に何があるのかと、リリーの瞳が見開かれた。

[フェアリー・アイ]…………そのものの本質を見抜く力は、曖昧なラビリンスにおいて最も頼もしい。

乙女の指先の先にあるもの。
だんだんと指先を侵食するもの。
あの、爪が黒くなっていくのは何事なのか?
黒いものの本質は──

ラビリンスをも侵食していた凍土の地下の穢れであり、氷の聖霊が焦がれてやまなかった古代の信者である。
亡きものの怨念が呼び起こされている。

『だめえっ!!』

リリーが聖霊めがけて突っ込んでいく。

『ぎゃあああああたしを離せってば!』

ギルティアが叫ぶ。

『なんだかリリー先輩、シュシュを助けようとした時みたいですねー』
<そーいうのデジャブっていうんですよ。ほほほほ>

レナもハイヒールで後を追い、すっ転んだ。はい二回分!

 

 

 

 

 

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