333:凍土の深みへ

▽凍土に ついた。

ひんやりした空気にレナたちもブルリと震える。
特製の防寒着があるからこそこの程度で済んでいるが、はるか下は冷気が渦巻くような極寒の地で、そびえたつ氷山がまるで口を開けている竜のように見えるほどだ。
そして中心は澱んでいる。
竜の喉をどこまでも落ちていけそうなくらいの深い群青色。

『なんだあ、これえ!?』

白竜が叫ぶ。
寒い地方は苦手だからと来ていなかったら、火山地帯がおかしいなんて言えないほどに、凍土も同じような状態じゃないか。
瘴気が感じられる。爪先がピキピキと痛む。
天使族が光のカーテンを展開していなかったらどうなっていたか分からない。

(レナパーティは運が良いらしいが……)
たまたま天使族を呼んでいてちょうどよかったな、とちらりと後ろを見た。

『俺様の背中で談笑をするな!!』

▽ゲームは楽しいし集中しているとつい周りを気にすることを忘れちゃうから仕方ないね。
▽ここには口うるさい先輩天使はいないしね。

タブレットを持つディスとウサギパンチの周りに、天使族が集い、わーわーと雑談に花を咲かせている。

レナだって考えもなしにゲームの追加コンテンツをダウンロードしたわけではない。

「ここから先、みなさんにとっても辛い環境になると思います。一緒に頑張ってくれますね?」
「「「オッス!!」」」
「浄化の魔法って、善い心が安定しているほどに効果的ってうかがったんですよ。例えば土地を守るために祈る、など」
「その通りですねー」
「ところでこの楽しいゲームタブレット、瘴気に強くない仕様になっております。濁り湿気のある空気や、微細なホコリに弱い」
「「「嫌ああああ!」」」
「守るために祈ってくださいますか?」
「全力でやります」
「もちろんです」
「天使族が長年かけて完成させてきた浄化魔法の底力を見せて差し上げましょう」

ゲームタブレットを安全なところで保管しておいてもらったらいいのでは? というのは愚問である。天使族の若者たちは、とにかくこの娯楽に執着しているのだ。

タブレットの画面が付いているところを常に見ていたい。他のものがプレイしている時でも、プレイ動画を見ているだけでも楽しい。浄化のために飛行しなくてはならない時でも、BGMを聞いていられるのは楽しい。

今、最高にゲームに依存している!!

御身安全にタブレットが仕舞われて娯楽が失われてしまうのは完全にナシなのであった。

「ちょうどいい感じの結界を張ってもらっていいでしょうか?」
「「「オッス!」」」

レナはひくひくと口元が歪んでしまいそうなのをこらえて、微笑みを浮かべている。

(なんか、別に悪いことをしてるわけではないんだけど、尊厳を失わせてごめんね……!?)

『天使族だぞ? それを手玉に取っているとは』

白竜の口元が思わずゆるんだ。

『イイ女!』

心臓のあたりがムズムズするこの感覚を、恋と表現するべきかマゾヒストの才能と表現するべきか──。

結界ができあがったことで、レナたちはさらに凍土の上空に進み、中央の真上にやってきた。

凍土の光景を、レナパーティは想定していた。

一度行ったことがある場所ならば、キラが立体地図を作ることができる。魔王国から伝えられた環境変化を、その地図に反映させたら、どのような状況であるか即座に計算することが可能なのだ。

一番確実なのはルーカが真実の泉にて遠視をすることであるが、それには時間的・体力的な負担が大きい。
今回の場合は、早さをとった。

レナが握りしめているのは氷の聖霊杯。

「この光景を見てどう感じる?」
『ーーーー』

頭の中に語りかけてくる声は、ない。
代わりに、ギリギリと氷が軋むような音がわずかに聞こえる。

獣人のレグルスたちはその音をしっかり獣耳で拾って、眉を顰めた。
異変を感じる。それに”攻撃的な闘気”をその本能で察している。

『レーナ。それを渡して?』
「イズミ、だめだよ? こらこら持って行こうとしないの」

うねうね、レナの周りで水色の触手が舞う。
すごい、スライムトラップが現実に! と呟いた天使族たちは、ゲーム脳を継続している。

『だってレナの指先が凍ってきてるじゃん〜』
「手袋をしてるから大丈夫。一応私は、司祭なわけだからさ」

白炎聖霊杯のね……というのは白竜と天使族がいるこの場では省略した。
聖霊違いではあるが、レナが聖霊対応に一番適した人材であると言えるし、いざとなれば、待てをさせているカルメンに願って指先をあたためてもらうくらいすぐできるのだ。

「うーん。司祭だからなにかしなきゃ、って感じてる部分もあるのかな。称号を得るくらいもともと偏っている部分もあれば、称号を得てからそれに自分が影響されることもあるのかも。何度も女王様になってみて、今の私の落ち着きがあるように?」

ハートの女王様スチルの話!? と呟いた天使族のひとりは乙女ゲームにハマっている。なおハートの女王様は絶対に攻略できない天の声ポジションとして設定されている。蛇足失礼。

「この気持ちはなんだろうね。多分、魔物使いだから従魔がいてくれるって状況みたいなもの。司祭だから聖霊のことが気になっちゃう。それを大事にするのかは、聖霊の方が寄り添ってくれるかどうかにかかっているけど」
『──聖霊に望むなど、あつかましい!』

氷の聖霊の意思が呼び起こされた。
上手く煽れたようだ。

冷や汗をかいて舌を噛みそうな自分を鼓舞しながら、レナは質問を重ねていく。

「たくさん望んで祈ったから、聖霊が生まれて、望みを伝える司祭が居たんじゃないの?」

敬語を使っていないのは、氷の聖霊に、昔と今は違うのだと伝えるためだ。
それが正しいのかは分からないけれど、どちらかを選ぶならレナはカルメンとの関係のような同じ目線の高さを望んだ。

『──聖霊は畏れられることで生まれた。強大な自然の働き……流氷の川の反乱、天から落ちそうなほど近くなる青白き太陽、食料が根こそぎ奪われる寒冷期。それそのものが聖霊、祀ることで安寧を願われていたのじゃ。ただ穏やかであればいいのが聖霊である。願われることと、望まれることは違う!』

「そうなんだ。それは初めて知ったなあ」

レナはあくまでもゆったりと返す。
重圧に耐えられるのは、司祭であるから。
そして白竜は[|重圧解除(プレッシャーブレイク)]の技能を持つため乗り物として最適であった。

「教えてくれてありがとう。現代のセイレイは、精霊って発音するんだけど、意思ある生き物たちが深く信仰したことがきっかけで生まれたから、望みを叶えてくれるような存在なの」
『──馬鹿馬鹿しい。そのようなものと似た音で呼ぶでない』

とりまく冷気の中で響くような声音が、ぐっと重みを増した。

『──セイレイは、聖霊じゃ』

それしか認めない、という拒絶が込められていた。
ビキビキと凍土そのものが音を立ててひび割れている。

「やば、興奮させすぎたかな。レグルス、ロベルトさんにあれを!」

レグルスが、無言でカバンに手を突っ込み、上司に渡したのは音声拡散用スピーカーであった。
(寒冷気候も訓練したいからとついてきたが、まさか上司に物申す訓練にも……なってしまうとは……)
そしてこの上司はやるのだ。社畜だから。

ロベルトは受け取ったスピーカーのスイッチを入れて、白竜の背中から半身を乗り出すと、下を向いて喉を鳴らした。

『ニャウ。ニャウニャウ、ニャーーウ!……』

雪豹(スノーパンサー)はニャアと鳴く。
警戒音はニャウとなる。

獣型で鳴いているならば、まだ違和感は少なかっただろう。
ヒト型のままで、他種族の前で、このような鳴き方を披露しなければならなかったことに同僚は同情した。

ロベルトの顔からはすでに表情が失われていることも同情に拍車がかかった。
あの天使族たちがドン引きしている。美しくない……と呟きがはかなく北風に散った。

▽結果良ければ良いんだよ!!!!

凍土へに届いた『ニャウ!』の効果は絶大であった。
かつて凍土をまとめていた雪豹の咆哮。
それによって動物も魔物も大移動を始める。

氷の泉から遠ざかっていく。
足踏みによって大地がめきめきと鳴った。
避難地帯に指定されている地盤が硬い場所までくると、レナが天使族に願って、結界を張ってもらう。

生き物の安全はほぼほぼ確保された。

『──畏れの情を感じない』

レナの手の中で氷の聖霊杯が震えている。

『──よくもやってくれたな!』

「うーん、善意でやったことが必ずしも返ってこないことを思い知るよねえ……」

『──善意だと!?』

「善意だよ? だって壊れかけだったあなたを直して、この凍土に招待して、どうするのって決める機会を作ったわけだから。それは私にとって善意なんだ」

『──押しつけがましい、ヒト族め』

「あ、ヒト族知ってるんだ。古代の火山地帯の民みたいに、ヒト型のみなさんがこの凍土にもいたのかなあ」

『──ああ、いたぞ。自然を畏れて、凍土の隅で生きていた。信仰の深いものは中央にやってきて、氷の泉に沈む生贄となっていたのだ』

言うやいなや、レナの手から氷の聖霊杯が弾け飛んだ。
ボロリと氷を脆くさせて、自然に落ちていくようにこの氷の聖霊が仕向けたのだ。

まっさかさまに、氷の泉の中央へ。
冷気渦巻く、竜の喉の奥底へ。
──ぴちゃん。

小さな水飛沫の音をたてて、魔眼でも視えなくなった。
と、ルーカが言う。

「”ラビリンス”だよ、レナ!」
「なるほどなるほど、ったくもー! 一番藤堂レナ、生贄スタイルで行ってきまーす!なお返ってくるからよろしく!」

レナが覚悟をキメて、白竜の背中から飛び降りる。
小さな従魔をめいっぱいコートの下に仕込んで。
魔物使いの鞭を握りしめて。
でもそれだけで。

『なんでそこまでするんだあ!?』

白竜が叫ぶ。

天使族は、レナを心配しながらも、白竜の発言に首を傾げていた。
聖霊が蘇りラナシュ世界の危機が訪れているのだから、救おうとするのは当然だろう? と。そして(竜人族のお坊ちゃんは世間知らずでいらっしゃる)と自分たちの引きこもりを差し置いてやれやれと小馬鹿にしながら、手を組んだ。

天使族の祈りによって、レナが飛び込んでいく道は光で照らされる。
光のなかで、レナが赤の女王様スタイルに変身していく。

▽シャッターチャンス!
▽激写しました!
▽けれど本心を言うなら こんなピンチの展開はいらなかった。

『レナが安全で幸せなら、それでいいのに〜』

クレハとイズミがうねうねしながら不満を呟き、背に残った従魔たちはそれぞれ深く頷く。

『でも、ひとりきりで泣いているようなあの聖霊を、放っておけないんだよね』
『ラナシュにやってきた自分みたいだから?』
『『そうそれ』』
『そしてレナは力をつけたと自覚してるし?』
『従魔が自分を助けると信じてくれているからさ!』

よぅしサポートするぞと、従魔は白竜の背中で立ち上がった。
俺様の背中で円陣を組むな!! と悲鳴が上がった。

 

 

 

 

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