332:白竜便と光の道

白竜に乗りこむレナパーティの手際がよい。
慣れている。
大型で翼のある飛行体、という共通点があれば、必要最低限のスライムシートベルトを施して風の抵抗は魔法で緩和する。

さらに上昇の魔法をかけて白竜の飛び立ちをサポートまでしてみせた。
眼下に見えるリゾートで、ルージュたちとペチカが手を振っている。

「うんっ上空から見るスカーレットリゾートもいい感じ。広場を中心に、四方に見所があるレイアウト」

レナの声は後方を見つめて弾む。

「上空からやってくるお客様にもワクワクしてもらえるんじゃないかな!」

『おい今白竜に乗ってんだぞ?』

これほどまでに「自分のことを話題にしない」レナに、白竜は心底驚いている。

『俺様の飛行だぞ!? こっちに集中しろ!』

急に上昇。雲の真下あたりを飛ぶ。
どうだ、という顔でふんすと鼻息を吐いた。”まっすぐ前を見て飛ぶ”という罰の制約があるために、レナの方を振り向くことこそ叶わないが。

「大丈夫? 調子悪いの?」

▽白竜の声は聞こえていないということにしているレナは、言葉を選んだ。

──はた、と気づかされる。

(調子が悪い……か)

翼こそ万全であるものの、白竜の足先のあたりは穢れたままだ。爪は黒く、周りの肉が膿みかけていて、じくりじくりと痛い。
飛行に問題がないなら、と治すことはされなかった。
あの宰相の冷徹な目を思い出す。
”この送迎業務は、罰なのです。”

胸くそ悪くなった白竜は、ガブガブと空気を飲み込んだ。
上空の澄んだ空気は美味しく、しかしわずかに酸い泥のようなにおいが混ざっている。

最近、どこもこうなのだ。

白竜など光属性のみに特化した種族は、地上にいれば穢れに汚染されひどく体調を崩す。

「ルーカさん。治してあげられますか?」
「僕が扱うのは[|浄化(パージ)]だから適切だけど、この白竜の爪に魔剣を突き刺すことになるね」

『なんつーこと言ってくれてんだ』

▽白竜はビクッとした。

親にもぶたれたことないのに。
レナの鞭はくらったけども。

「キラ、水をかけて治すのはどうかな?」
<エリクサーの場合は体力回復が主ですから、趣旨とはちょっとずれますね>
「あ、むしろ血行がよくなって悪い部分がさらに腐食しちゃうかも……」

『やめろよぉ!?』

レナの声しか白竜に届いていないため、余計に不穏なイメージを与えてしまった。
▽白竜がちょっとおとなしくなった。

レナパーティが持っているカードは、あのコミカルなメンバーに反して危険であるらしいと知る。
レナの鞭を、白竜は思い出した。
顔の傷跡がヒリリとする。

「じゃあ天使族を呼びますか」
『カードがおかしい!!』

シュシュが「オッス!」と手を挙げた。

タブレットを取り出して、指をすばやく動かしてフリック入力。
<オフ会しよう!>
秒速で<……やりましょう!>と返事が来た。
一瞬のためらいまで文章にしたためてくるあたり、キラネットワーク・コミュニケーションの上級者といえよう。ここだけの特有文化が生まれている。

レナが気分で呼びつけたのではないことを、名誉のためにお約束しよう。あらかじめ、凍土に行くときは協力してほしいと天使族(ディス)に相談してあったのだ。
遊ぶときには、数日前から予定を立てておく。よいこのお約束だぞ。

──三分。

(早ッ)

雲の間から、光が差してくる。
隙間をむりやりこじ開けて、なにがなんでも会いに来た。
オフ会を楽しみにしていた引きこもりは、強いのだ。

シュオオオオ! と天使族らしからぬ翼の音がする。まるで猛禽類だ。

風を切るように飛び、白竜の隣に並ぶ。

(パチモンじゃねえのか?)と白竜が一瞬混乱した。天使族はコンナンジャナイだろう。

しかし真っ白の翼に、中性的な美しい顔を持つヒト族系統の体、桃色の髪、白布を重ねた服装はまっとうな天使族にしか見えない。
彫刻のように微動だにしない表情……と思いきや、ふにゃりと格好を崩した。

「おおおお久しぶりです、HNウサギパンチさんっ」
「押忍! HNディスコミュニケーション、略してやっぱりディス!」
「うわーっそう呼んでいただけるの新鮮ですっ。やっぱりディスではあるんですけど、そもそもディスって呼ばれることも少なくて」
「たまには呼ばれるの?」
「あ、はい、若い天使族にはこっそりと呼んでくれる者もおります。けれど私、ずっと塔の中で謹慎中なのでね」

(きちゃってよかったのかよ)
と、
『俺様の背中で再会を喜んで盛り上がるな!』
という文句を白竜は、叫びそうになる。

そのたびに”言うなよ絶対に言うなよ”と悪魔契約が縛るので、首が苦しくて、ゲホゲホと咳をした。
背中のレナたちもわずかに跳ねる。

「ディスさん……白竜の苦しみを取り除いてあげてくれますか?」

『どんな手段で??? おいっ』

「あ、レナさんお久しぶりです……承知致しました。光魔法でコマンド上上下下右右左って感じでやっちゃいます」

『なんだと???』

「ええと私にも通じないです……」
「あああすみませんっ! ウサギパンチさんどう伝えましょう……」
「ディス、上手くやるから任せとけ! でいいんだよ!」

説明しよう。
光魔法で[|究極浄化(エクセレントパージ)]を施す。天使族は飛ぶことができるので、安全に足付近に接近可能。さらに副族長の魔法ともなれば、その光で白竜の体力を増すことも可能なのだ。

オンラインゲームにて、シュシュやディスはコマンドを愛用している。
光魔法を理解するいい訓練になっているのだが、コマンドで会話までするようになっちゃったのは完全に誤算である。

現実のことを一般人に説明する語彙力も鍛えようね。

▽キラが オンラインゲームの魔法説明を 追記しました。
▽ゲー廃となった二人は もはや説明を読まないので 語彙力が増えることはなかった。
▽ドンマイ。

ディスは白竜の足に近づき、手のひらをかざす。

ビクリと震えた白竜の背にレナは触れて「動いちゃダメですよ」とよく通る声で言った。レナの落ち着きに影響されて、白竜ははばたきも静かになった。

「コマンド上上下下右右左!」

じんわりとあたたかい光に包まれて、足の穢れが浄化されていく。
全二十章にも及ぶ天使族特有の詠唱を省略したので、光はかなり控えめであったものの、早めの対処ができたことをレナは評価したいと思った。
あと、印をきるように指を上下左右に動かしたのはカッコよくてレナの厨二心が歓喜してしまった。

▽ゲームログインボーナス 追加しておきますね(物理評価)

天使族の祈りの旋律がささやくように歌われて、すうっと耳に入り込んでくる癒しのメロディを、レナたちも一緒に堪能した。

ディスのそれは無意識の所作であったのだろう。こうすべき、という行動が体に染み付いている。

しかしそれも、少しずつ変わっていく。

シュシュが手を叩いてリズムをとるから、ポップな曲調になっていき、ディスは眉をハの字にしながらもこぼれるように小さく微笑んだ。

厚くのしかかるように在った雲がふんわり解けて、空から光の筋が降りてくる。

それとともに数人の天使族が新たに現れた。
ふわふわと漂うことなく、まっすぐにレナたちに向かって飛行する。

真正面からまたそのような突撃を見るはめになった白竜は、度肝を抜かれた。

「こんにちは。墓地ぶりです、魔物使いレナさんとその従魔のみなさん」
「僕たちのことは覚えていらっしゃらないと思います。比較的若造だからとして、後方に追いやられていましたから。評価してもらうにはあと何百年かかるんでしょうね?」
「そーいうのにほとほと嫌気がさしていたんで、ディス副族長のお出かけに付いてくることにしました」
「「「オッス、HNウサギパンチさん」」」
「オッス!押忍!」

みんなオンラインゲームユーザーである。トッププレイヤーであるHNウサギパンチとHNディスコミュニケーションは一目置かれている。
離塔に食事を運んでくるついでに若者はタブレットに触らせてもらう機会があり、退屈な天使族生活の中の刺激にどハマリしている。説明完了。

「あ、ありがとうございます。じゃあ打ち合わせていたとおり、凍土までの道を照らしてもらってもいいですか?」
「「「オッス!」」」
「あの……ここはゲームの中じゃなくて現実なんで……」
「「「承知致しました」」」

ちょっと照れたように頬を赤くした天使族の若者たちは、きびしく仕込まれた美しい所作で礼をして、それから祈るように手を組む。

さらに雲が解けて、空には一定の間隔で光が差し込み、まるで廊下の柱のように並んで、ないはずの空中の道を照らし出した。

それをまっすぐに抜けていけば凍土に着く。

浄化の光のおかげで、白竜が体を痛めることもない。

(久しぶりにこんなにも清らかな空気を感じる……)

白竜は銀の目を見開いて、瞬きも忘れてとにかく飛んだ。
翼をするりと撫でていく風はさわやかで、べたつかない。
雲は薄く羽根のように軽やかで、妙に低かった天井がつきぬけたように感じる。これならば穢れを警戒して雲の中を飛ばなくても済む。
天からの光はやわらかく、大地を焼いて瘴気を立ち上らせることもない。

たまたま凍土に向かう道であり、すずしい気候であることも、白竜の体がラクな一因であるだろう。
火山地帯に近く大地が乾いている場所ほど、白竜の体は穢れに汚染されていた。

(叔父たちは考えてくれてたのか……)

もう見放されたと思っていた。
けれど罰を与えるにしても、ただ白竜を痛めつけるところが目的ではなかったらしい。
でも、しばらく気づいてやらないつもりだ。守られるあたたかさをありがたいと感じるには、白竜はまだ若く無鉄砲な年頃であった。

(むずがゆいったらありゃしねえ!)

ビュン!! と速度を上げる。

まっすぐに凍土へ。

「すごい! 気持ちいい風〜!」

背中からレナの楽しそうな声がする。そんなところをやっと見せてくれた。
白竜はまだ若く無鉄砲でピュアな年頃であった。

『そうか、そんなに気に入ったなら俺様の嫁の一人にしてやってもいいぜ。偶然だろうと俺様の顔に傷をつけられた幸運は、評価してやってもいいかなってさあ!』

▽レナは 聞かなかったフリをした。
▽従魔たちは その翻訳を聞くことはなかった。
▽翻訳カットしたキラ、ファインプレー。

ガオオオオン……と妙にふわふわした咆哮だけがむなしく後方に流れていった。
従魔たちは首を傾げている。

<マスター・レナにのみお伝えしましたが、無視を貫かれるというのであれば、私はサポートさせていただきますぅ♪♪♪♪>
(すっごい喜んじゃってる……私はねー、今興味ないんだ。従魔のみんなが心配して暴走しないように、引き続きよろしくねキラ)

レナはよく従えている。慕われている。こんなにも強く多くの者たちに。

──ギリィ。

と、氷が軋んだ。
聖礼杯の中でピキピキと音をたてる。

ああ早く己も再会したい。自分を恋い慕っている者たちに。

氷の聖霊杯もまた、はるか凍土だけを見つめていた。

 

 

 

 

 

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